テスト・テスト・テスト262

「あ……れ? あれっ? あれ?」


 いつもの見慣れた我が書斎。

 だけど何かが違う。


「えっ? ちょっ、嘘っ」


 程なくもせず違和感の原因に気が付いた俺は、瞬間で身体中の毛穴と言う毛穴が開いた気がした。

 全身からつゆダクよろしく肉汁ブワァってなもんで、熱くてならない。


「無い……無いっ……無いっ!」


 随分前にリングキーとデート名目で赴いたアラハバキで買い揃えた、6体のフィギュアが無くなっていた。

 俺には人形偏愛の趣味はないと言っておく。

 

 趣味ではないから。ライフワーク……というのも違う。

 だがフィギュアのコスチュームを剥いて、別のコスチュームに着せ替えさせ、小物などを取っ替え引っ替えする。

 そうやって削り消したフィギュアの顔に、朧げに思い浮かびつつもボヤけハッキリしない輪郭の誰かの面立ちを追い求めた。


 それは一つ、自分探しの様にも思っていた……のに……


「何かお探しか旦那様」


「あ、ヴィクトル。その、いやだな……」


 あともう一歩で届きそうで届かない。だが確かにキーアイテムであるフィギュアも小物もコスチュームもが、無くなっていた。


「……処分……致しました」


「なっ」


 書斎は我が城。方々漁る俺に、廊下から声を掛けたヴィクトルは訝しげな表情をしていた。

 そのままため息交じりの一言は、俺の息を詰まらせる。


「何を……処分した?」


「私に言わせるおつもりか。よくおわかりのはずでしょう」


 無くしたんじゃない。捨てられた。

 わかった途端だ。自覚してる。沸点に、一瞬で到達した感覚。


「おいおい、コイツァ……なんて事……してくれやがる。どういう……事だヴィクトル。俺ゃ、ご丁寧に文机の引き出しに仕舞っていたはずなんだ。それがどう言う意味か、分からねぇ訳じゃねぇよなテメェ」


 室内に飾っていると来れば、「あ、フィギュアが好きなのね」位には思われるだろうか。家庭内じゃオープンな趣味ってこった。

 だとしたならわざわざ人目に付かないようにしてるっていうのは、ただプライベートって訳じゃない。


 その先のことは、プライバシーやデリケートって言うはずじゃないのか?


 いつもと一見変わってないように見える俺の書斎。だがお目当てのブツだけがない。

 それすなわち……狙いすまして、俺の触れられたくない心の深いところをヴィクトルが土足で踏み込んできたに等しい。


「答えろ! どう言う了見だヴィクトル!」


「落ち着かれなさい旦那様」


 落ち付けるわけがないんだ。だから、ヴィクトルの首襟をひっ掴むの不可避。

 ヴィクトルの事を、それはそれはもう俺は信頼していたはずだった。

 何と言ったって、俺が「敵わねぇ」と思う程の漢が想い慕ってくれるのが分かるからだ。

 

 なのにそんな存在は、勝手に書斎に侵入した……はいい。干渉して欲しくない部分をターゲットに、それを盗み出し、勝手に処分しやがった。

 空き巣に泥棒じゃないか。


「開き直りやがるとか。それ、何ていうか知ってっか? 『盗人猛々しい』ってんだよ」


 野郎、罪悪感や反省の色もない。


「なぜお怒りになるかはこのヴィクトル、理解できませぬ。が、怒り自体は理解できますゆえ、罰は受けましょう。殴りたければ殴ればいい」


「ぐっ、てめっ!?」


 何なら胸張って、盗んだヴィクトルが盗まれた俺と対峙しやがる。挑発まで見せるから、両手で襟首掴みながら、俺は床に顔を俯かせた。

 ヴィクトルとなんか視線すら合わせたくなかったからだ。

 

 殴り飛ばしてやりたい。だがちょっと待てと。もう30も超えて久しい身。ガキじゃねぇんだ感情にまかせた行動はハッキリ言って幼稚。

 だが、ぶん殴ってもいいじゃないか。俺にとってあれほど大切な人形達を処分されたという。確認もない。それは、俺に了解を取らないままに殺されたにも等しくはないのか?


(それでなお、感情爆発するほどに怒れなきゃ、それは生物としておかしい)


「やはり、処分しておいたのは正解だった」


「なんだと……」


「そんなものを愛でたいとの旦那様のお考えを、私に察しろと?」


「テメェに、迷惑かけたか? 誰にも知られず、俺だけの趣味として、俺だけの世界プライベートとして遊ぶことのなんの謂れもないはずだった」


「迷惑? えぇ迷惑です。それに、私の心中を察して下さらないことに失礼ながら失望も禁じ得ない。コレら・・・をこれまで、隠してきたなどと」


「何様だテメェ!? 俺の……彼女達俺達の世界を壊してくれやがったテメェが、説教とかふざけるんじゃねぇぞ固羅ッ!」


(駄目だ。もう我慢も……限か……)

 

 体が熱い。収まらない。


「お前、俺がどれだけあの人形達世界を!」


 自分でも感情が優先して、何をすればいいか分からなくなった。ただただ、両手で襟を掴んだまま揺さぶった。


「いい加減……およしなさい」


 ヴィクトルがこれまで見せたこと無いほど顔を険しく、怒声を上げなければ、きっと俺はそのまま彼の首を絞めていたに違いなかった。


「殺した! お前は殺したんだ! オレの大事なが!」


 ヴィクトルは人形として処分した。

 だが俺には、として殺された捉え方しか出来なかった。


「クソッ! クソォ!」


 スタイルグンバツな青い髪とか。


 黒髪、浅黒い肌のボンキュッボンとか。


 雪の様に白い肌とショートヘアなペッタンコとか。


 幼い顔立ちでセックスアピール凄まじい紫髪の浅黒い肌とか。


 暴力的な我儘ボデーに真っ赤なボサ髪と、「情熱」を体現してそうな奴とか。


 気高さも過ぎて高飛車領域に届きそうな、悪徳令嬢感満載とか。


 ……栗毛のトランジスタグラマーとか。


 7体の、俺がやすりで顔を削り取った美女美少女(だった)フィギュア。


 削り取ったのは、そこに記憶ぼやけてハッキリしない7人の顔立ちを落とし込んだら、忘れかけているらしい彼女たちを思い出し出逢える気がしたから。


 そこに恋愛感情を抱いているのか、恋愛抜きかはわからない。ただ俺はその7をずっと大切にしたかった。


「それほど……狼狽なさいますか。気持ち悪いだけではないですか。そんな、人形に感情を贈りのめり込むとは。情けない。醜い。このヴィクトルが認めた主人ともあろう貴方様が」


 間近にぶつけられる、軽蔑と恐怖が混じったヴィクトルの声。さらにオレの怒りの炎を燃やした。


「こんな……性癖。私は、気持ちが悪い。正直狂気です」


「うるせぇぇぇぇぇ!」


 怒りと喪失感がひどい。

 仕事が終わって疲れて帰っていることもある。腹が減っていることもあるから余計に気が立った。


(……殺してくれやがった。なら……いい。別に、ヴィクトルが「良い」と言った。なら、感情のままにヴィクトルの鼻っ柱に一発……)


「書斎の文机からアレらゴミを見つけた瞬間、どれだけ恐怖を感じられた・・・のか」


 両襟を掴んでいた状態から、左の握りだけ残す。右手は大きく振りかぶった……ところがだ、


「……んっ?」


 手が止まった。

 

 何か今、ヴィクトルの発言がおかしかった。

 それは桐桜華皇国語が奴の母国語でないゆえか。それにしても今の違和感は……


「ヴィクトル、この話は……俺とお前の二人の間だけの話しか?」


「私、処分しました」


 何か、とても嫌なことに俺が気づいちまった。

 見れないはずだったヴィクトルの目。だが見なくては。真相を聞き出す為にも。


「……誰が・・、人形を見つけた」


「私が処分を決めたのは、書斎から現れたリングキー・サイデェス奥方様が落涙するのも拭わず、力任せに人形の束を私に押し付けた故」


「ッツゥ!?」


 そういう……ことなのだ。


「奥方様は逃げるようにその場から、私から走って行かれました。人形7体あれらを目にして信じられず」


「あっ……」


「お二人は永遠の愛を誓われたのでしょう。其れこそが夫婦めおと関係契り。ですがあの7体のドールの存在。貴方様は……リングキー・サイデェス奥方様に飽きたのだと」


「ち……」


リングキー・サイデェスご自分では旦那様には物足りないのだと」


「ちが……」


自分ではなかったのだ・・・・・・・・・・と。旦那様には奥様ではなく、『その7体の人形を通した何者かなのだ・・・・・・・・・・・・』と」


「ぐっ……くぅっ」


 理由が、俺に言葉を失わせ、頭を空虚にさせ、胸を苦しくさせた。

 発言の重みたるや、俺の怒りを上から押しつぶすほどだった。

 掴んでいた首襟も解放せざるを得ない。


「……行け」


「殴ることでお気が紛れるなら……」


「それより先はただの挑発だ。俺が噛みついたのはさぞ不快だろう。そして今の話を聞いた俺がお前を殴れないことを、お前なら分かってる。ならこの煽りはただの悪意によるものだ」


「……失礼しました。それでは」


 きっと論破、というやつを食らってしまった。

 

 襟を掴んでいたことで息苦しい所があったのか、ヴィクトルは掌で喉ぼとけや首襟をさすりながら一息。

 深く頭を下げてその場を去っていく。


「かくなる上はって、奴なんだよな……」


 認められない。美女美少女(だった)フィギュア7体については俺が悪いのか?


 認めなくてはならない。それがリングキーを傷つけてしまったのは事実だから。


「覚悟を……決めるか?」


 結婚状態にはある。だが入籍をした記憶も結婚式を挙げた覚えもない。

 この状態になるための交際期間についても経験した実感はない。


 だから、本当はこんなことを言ってはいけないかもしれない。


 結婚って、こんなものなのか? 

 相手に、自分の人生と自分の意識を注ぎ続けるものなのだろうか?


 もしかしたら違うかもしれない。

 もしかしたらそうなのかもしれない。

 

 ただもしそうなのだとしても、その決断をするための心の備えという物を、出逢って、デートして、交際して、肌を重ねて、そして時間の経過もあって「この人の為なら」ってなるんじゃないのか?


「リングキーのことは……そう、愛している」

 

(本当に、そうなのか?)


 胸に手を当ててみる。じわっと、何か異色が小さくにじみ出ているような感覚。


「いや、そうなんだ。だってリングキーは俺を、愛してくれるから」


 結果を取るか。経過を取るか。卵が先か鶏が先か。

 

 だから違和感が酷いんだ。

 リングキーとの出会いも、デートも交際も……セックスだって俺には記憶はない(最近のもの以外)。

 だから結果に紐づき、結果を裏打ちする過程根拠がないリングキーに全てを捧げるべきか戸惑いがある。


 別にそれで良いと思っていた。今回のこと以外なら。すなわち「リングキーと共にあるために、人形7体への執着彼女達の正体や記憶を追い求める事を捨てる」ということ以外なら。


 でもそうすべきなんだろう?

 リングキーが俺の嫁さんだって言うなら、その結果に紐づいた俺には記憶がない出会いやデートに交際とセックスの一幕はこれまで事実としてあったはずなのだから。


「……彼女達を……捨てるか・・・・……」



――数年ぶりに異世界から一徹が帰還した時は少なからずホッとしたはずなのに……


「私達の世界こそが……山本さんにとっての異世界?」


「そうですよ月城生徒会長。山餅魔鎖鬼の一件で、一徹様は世界籍の変更をカラビエリさんに申し出た。だから私やトリスクト様と同じ。一徹様も……貴女達から見たら《招かれざる客アンインバイテッド》には違いありません」


 元の世界はもはや自分が生きるに値しないとして、元の世界の籍を捨てた一徹は、ルーリィ達の世界籍をカラビエリに融通してもらった。


「山本君も……《世界の敵アンインバイテッド》。『達』って?」


「三縞校で生徒会長アタマ張ってるからにゃ、全国魔装士官学院有数の才媛にゃ違いねぇアンタがトボケんじゃねぇ。アンタ……たちだろうが。刀坂ヤマトに、石楠灯里に……俺ら《アンインバイテッド》は桐桜華皇国含んだ世界にとって、駆逐すべき敵だ」


「それはっ……」


「受け入れた話しだろが。アンタは師匠に近づいた。ただ近づくじゃねぇ。俺達と同じ場所に立とうとしたその時、『自分の世界を盛大に裏切ることになる』って忠告がなかったとは言わせねぇ」


 《アンインバイテッド》駆逐を声高に叫び、同胞をまとめ上げ先導し扇動する立場の魅卯が、《山本一徹アンインバイテッド》に恋をした。


 綺麗ごとが似合う魅卯に、綺麗ごとではない現実を叩き込むアルシオーネは、苦笑いも何もない。ただただ淡々と無表情。

 当然だった。その道を選んだのは何を隠そう魅卯自身なのだから。


「それ以上は良いよアルシオーネ。お義兄様は一徹の家族であること、山餅魔鎖鬼の一件もあるから覚悟を決めた話。魅卯少女は一徹と出逢ってまだ1年経っていない」


「アンタが厳しくしなくてどうすんだよトリスクト。ナルナイの手前悔しいが、師匠事じゃアンタとフランベルジュ特別指導官が筆頭。アンタが師匠の価値を月城魅卯に軽く見させたら俺らに示しがつかねぇ」


「ここまでの記憶を目の当たりにしてなお、私達についてきている。やれやれ、愛くるしい見た目のわりになかなかどうして、その根性は認めなければ。さてぇ、問題はここから……だね」


「問題というのは、一徹様の事もそうですけど」


俺達にとって・・・・・・ってことだよな」


 全焼する鶴聞港湾地区の倉庫内に、トモカに別れ告げて飛び込んだ一徹が次に見た記憶こそ……


「「「第二次、《白と黒の大戦黒と白の大戦》」」」


 一徹の8年に渡る、ルーリィ達の世界で経験した出来事の終局に到る始まり。

 魅卯から見る、一徹の新たな世界異世界冒険譚の、終わりの始まり。


 3人の口にした大戦名がバラバラなのは、ルーリィが白属性人間族で、シャリエールとアルシオーネが黒属性魔族ゆえだろう。


「7年目? 8年目?」


「いや、これまでの一年ごとの出来事とは違って、2年を戦で費やしたと見て良いだろう」


 魅卯やルーリィら一徹の記憶を覗く者達は、どうやら平原が見渡せる高所に立っていた。

 それはこの世界を選び、ヴァラシスィを伴ってこの世界に戻された一徹が最初に踏んだ場所らしかった。


―なんと……醜いのじゃ―


―ここまでの戦は、流石の俺も初めて見たな―


 時刻はどうやら朝方らしい。

 昇りかけの太陽。霧のような雨。雨は……しかし一徹たちから見て平原から噴き昇るようだった。

 上昇気流。大地が温められて膨張した空気は上へ上へと舞い上がる。


 血と死臭と煙。ただ火元から登るんじゃない。血肉、肌毛髪の焼き焦げた匂い。


 水は音をよく届かせるという。潤いを含んだ大気は、眼下に広がる二勢力の「やぁ! やぁ〜!」との咆哮を良く轟かせた。それは傷つけ、殺すための掛け声だ。それは最期に挙がる断末魔だ。

 

―千は互いにぶつかっておるか?―


―この人数の衝突は初めて見るが、それでも規模としては全軍の%にも満たないんだろうな―


 入り乱れている。

 魔と、獣と、人間が。


―エルフはいないようじゃ―


―唯一の救いとしちゃそこだね。魔族、獣人側の戦力と比べりゃ、人間族のソレは充実しているはずだ。ここにエルフが出ちゃ、この均衡は無いだろうよ―


 倫理とか良識とかは無い。

 何もかも捨て去り、形相には殺意と憤怒しか両軍ともない。

 

―とはいえそれも、この地だけの衝突のみかもしれんぞ?―


―だなぁ。なんとか、全体像が把握できるような情報を手に入れにゃ。もしくはそれを可とする集団に潜り込むとか―

 

 だが、一徹は努めて冷静だった。


 それを見たヴァラシスィはジト目だ。

 ヴァラシスィの母こそ、この世界の創世神。なれば今殺し合っているのは、創世神の子にも違いないのにと。


―よもや主は、黒か白のいずれかに加担するわけではあるまいよな。目的は……―


―わぁってるって。どっちつかずが既定路線だ。ただ、こんな状況じゃぁ手段なんて選んでられないでしょ……とぉっ?―


 一徹の態度は、そんなことどこ吹く風なのだ。


―集まれっ! 参集ぅぅぅ!―


 見晴らしの良い所から平原を見ていた人影2つ。良く目立つはずだ。

 目聡い者なら、やはり気づいた。こんな状況だ。仲間を引き連れることも忘れない。

 いつの間にか、そしてどこからか突如複数人が現れるではないか。


―なんだコイツらは!―


―この女のガキ、人間じゃない!―


―黒軍が放った斥候かもしれないぞ!―


―だが男の方は人間だぞ!?―


―敵だ! 敵は殺せっ!―


―敵じゃなくても殺せ! 疑わしきは全て殺せぇぇぇ!―

 

 現れて、血走った目で息も荒く一徹達に武器を向けていた。


 そんな怒涛過ぎる終わりの風よ。

 初めて肌に感じたヴァラシスィが竦み上がらない訳が無い。


―へぇ? 良いじゃん良いじゃん。徹底されてやがる。この死地に置いちゃ、死なないための割り切りは必要よ?―


 一徹は変わらず。いや……面白そうに口元をニヤつか……


―えぃっ♡―


―……え……―


 そりゃあ、取り囲む男達が拍子抜けを重ねるわけだ。

 一徹は感心しながら、楽しそうに顔歪めながら、なんの脈絡もない。

 正面に立った男の首を刎ねたのだ。


 それでいて……


―ン゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ! ギン゛モ゛

ヂィ゛ィ゛―

 

 甘美なように、噛み締め、味わい、狂喜する。歓びの音を鳴かした。

 瞬間で、取り囲む男たちの恐怖が胸中で爆発したに違いない。

 バッと二歩も三歩も飛び下がった。


―フ……フフフ……く……―


 当たり前だ。一徹なんてフルフルと身を震わせ、返り血に塗れた己の身体を、返り血に染まった腕で抱きしめる。


―クフッ……クヒッ……クヒャアッ!?―


 笑いが、溢れて止まらないではないか。


「ッゥ!?」


 記憶越しに何度見ても、魅卯は慣れるものじゃない。

 身動ぎしたルーリィ達だってそれは同じだろう。


―あぁ、まっことご慧眼でした……皇太子殿下ぁぁぁぁ!―


 狂笑けたたましく一徹が、虚空に向け皇太子に呼びかけた意味が魅卯にはわからない。

 

「どんな言い訳をしてもよ、取り繕っても、どだい師匠はアンタの世界に帰れなかったんだよ生徒会長」


「帰れ……ない?」


「師匠はその肉体からして、その心根からして、既に人を定期的にバラさにゃ満足出来ねぇ。ブッ壊れて人を辞め……いや捨てた。当然、戻らねぇ。戻れねぇ」


「ハードウェアにソフトウェアの基本設定からして殺人狂。月城会長にはそのほうがわかりやすいかもしれませんね」


「君の好きな一徹の趣味たる作品でよくある設定だよ。殺しの技が後付のチートスキル……だったなら、まだ良かったのにね」


 アルシオーネ、シャリエール、ルーリィの言葉に、ハッと魅卯は息を飲む。


「基本設定に後付でチートプログラムがインストールされたか否かってこと?」


 息を飲みながら確認し、焦燥の面持ちで光景を見つめ直した。


「チート能力が基本設定に後付されたなら、アンインストールされれば能力は発揮されないけど……」


「そう、他にも使用環境にもよる。そのチートが、あくまで特定の環境……すなわち特定の世界でしか発揮できないとしたら? この世界と君の世界、わかりやすく言うと、リージョンが違うから使えない機能もある。でも一徹の場合は……」


「あの、殺しの技は後付ではありません。一足飛びで身につくものでもない。それこそ5年にも渡る殺し合いの過程で積み上げられ、研ぎすまれたものです」


「殺しの技が装備品のようなものなら奪ってしまえば良い。だがその身にしみ付き、染み込み、彼自身が既に殺しの技そのもの・・・・・・・・・・・・・・なら、君の世界はいつ暴発するともしれない爆発物をはらむことになる」


「でよぉ、これまでなんども他人の生殺与奪の権を握ってきた師匠だぜ? 始めは抵抗あったかもしれねぇが、優越感と話を早く進める手段だと知っちまった。相手を終わらせると言う絶大なピリオドを自ら打つことで、溜まった鬱憤晴らす気持ちよさもな」


 この時代の一徹が人ではないことなど魅卯だって知った筈なのに、それでも、無情が去来した。


「……殺さないではいられない……私達の世界、故郷に帰って平穏な人生を取り戻しても……」


「感覚が麻痺した一徹は、窮乏する刺激を満たそうとしただろう」


「今度は山本さんが私達の世界で連続殺人鬼になるんだ。山餅魔鎖鬼に変わって」


 それがわかっていたから、皇太子は自身の世界に一徹が留まることを許さなかった。

 だから拒否拒絶された一徹はあの時ばかりは慟哭に伏したが、自覚はあったから今、感謝しているのだろう。


「うくっ」


 ユラっと一徹が動き出したゆえ、魅卯は光景から目を背ける。いや、目を背けた。

 だが……


「なんです? 見ないんですか?」


「心を強く持っとけよ生徒会長ぉ」


「……楽しいんだね。一徹」


 間欠泉のように箇所から吹き上がる絶鳴の重唱。嘲声の狂い咲き。


 湿度高い大気のようだから、それらは反響して……


「ッゥ! いやぁぁぁぁぁっ!?」


 まるでサラウンドモードか。


 死にゆく者達の唇や狂悦殺人者一徹の顎が魅卯の耳元……どころではなく距離10センチを維持して360度魅卯を取り囲んでいるようだった。


 慌てて耳を塞ごうが、もう遅い。


 心折れて記憶に辛うじて飲み込まれなかったものの、脳裏と心、魅卯をズタズタにしたのは言うまでも無い。


 















……お久ぶりです。

春闘終わりました。


申し訳御座いません。

10月の資格取得を目指すことになりました。


バックグラウンドではちょこちょこ書いてはいますが、公開頻度自体は下がると思います。

 



 


 

 

 



 




 


 






 

 


 


 






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