カラビエリの咎。呪い恨む赦し

―隣、開いてるか?―


―開いてはいるけど、そっちこそ良いのかよ。こんな夜更けに酒引っ掛けにくるなんて。高級官僚様は御多忙なんじゃなかったの?―


―いつからお前如きが俺を心配するようになったんだって。お前から心配される時点で俺も終わりだ―


 酒を飲むなら河崎となった一徹の隣に座る者。


―良くケータイに連絡も入れずにここがわかったね兄貴―


―コイツめ、言うて着信出ないじゃないか。だから顔見にお前のアパート行ってみたら、『河崎Barドルチェ・スタジオーネにいます』って張り紙付き―


―流石に兄貴の登場は予想外だよ―


 一徹の兄にして、唯一身長とそれに比例した体の部位のサイズ以外一徹に勝ち越している完璧超人、山本忠勝その人だった。


―最近のお前はおかしいよ。さっきの張り紙だってそうだ。誰に見てもらうつもりなんだ? 治安の悪い河崎の、繁華街は螺旋階段登った二階のショットバーなんて玄人好みの選択。仕事は? 明日だってあるんだろうが―


―一挙に問われても困るぜ? それに『治安の悪い河崎』だなんて人聞きが悪い。隣町鶴聞のヤンキー、チーマー、ギャングが遊ぶ場所欲しさに流れてきて悪名に一役買ってるってだけで―


―生まれも育ちも鶴聞育ちが言うのかよ―


―鶴聞っ子だけが言えるブラックジョークさ―


 たっぷり美味いものを食わせ、満足故に爆睡するヴァラシスィを残し、一人アパートを抜け出す。

 深夜帯は、少ないながら一徹のプライベートタイムだ。


―アレ? 兄貴の耳に入ってない? 俺の前の職場に家宅捜索家捜入ったの―


―……な……にぃ?―


―とのことだけど、警視様にも報告されないとか、エゲツない仕事するねオタクぅ―


―や、本当に偶然なんですかね。偶然だとしても、アタシに振らないでいただきたい。アタシはアタシの仕事を全うしたに過ぎないんです―


―ま、全うしようとしたのは認めましょ。ただ、見当違いだった―


 忠勝の問を後押しに、一徹は忠勝とは反対側の席に座る男に声を掛ける。

 男は、忌々しげにハンチング帽を深く被り直した。


―この男は……―


―兄貴も知ってるでしょ? 公安の、現場のリーダー的な―


 忠勝は唖然とした顔から毅然とした顔に切り替える。

 

―なにか出たのか?―


―何も?―


家捜カソー実施の話もさることながら、ガサ失敗の報告も挙がってこないのは組織のガバナンスの脆弱性に繋がる恐れがある。この件は内部に俺から報告する。実施者、許可者には後日に内部調査員を向かわせるから覚悟しておきたまえ―


 堂々と言ってのけたのは、可愛がってきた弟に集る虫を駆逐するためか。

 それとも警察上官の立場ゆえか。


―まぁ、イジメないでやってよ兄貴―


―だが、職場にいれないだろう?―


―あぁ、辞めたよ―


―ヤメッ……―


―でもこの隣のオジさん以下、部下の面々にこれ以上の制裁は必要ない。もう、受けてるから―


 実弟をコケにする者共を「さぁどうしてやろう」と思う間も無い。「やめてくれ」と一徹が言った。


―まぁ、許可した上官たちはトカゲの尻尾切りしてるかも知れないし、そこ、徹底的に宜しく。上の人なら蹴落としちまえ。繰り上げ昇進あるかもよ?―


 更に国家権力たる警察の公安集団に向けて「痛い目は見てもらった」との上から目線に、忠勝は首を傾げた。


―全・員、降任降任♪―


―なっ! 懲戒免職一歩手前だぁ?―


―いや、実は今日アタシが山本さんとご一緒してるのも、それが理由なんですよ警視殿。これで我々も……正義の為に生きてきたつもりです。なのに、この仕打ちとは―


―徹に会いに来たのは、復讐の為か?―


―だとしたら御冗談もすぎるよね。家捜実施のあと、『俺に触るな』って命が出ていたはずなんだ。『触るな危険』とか『押さんで〜押さんで〜』なんて触りたくも押したくもなっちゃうじゃぁん―


 ヘラヘラ〜っとそんな顔してたのに、


―……いや、全然駄目だからね?―


 急に真顔になった一徹はドスの聞いた声で公安の男の顔を見つめ囁いた。


 降りた空気感は2つ。


 まずは一つ。

 公安の男は自分の直感に間違いなかったと確信する。


 クワカァッと見開いた一徹の目は、焦点合わずに逝っていた。ダラァンと舌なんて垂らして……


 狂人の貌。

 汚泥の様な濁りまくった瞳。

 人殺し……なんて甘っちょろい次元の話ではない。

 いや、殺しを甘い甘くないで見てはならないが、とても一人二人なんてレベルにない。


 とんでもない。


―なんとぉぉっ―


 公安の男の長い警察官人生の中でも、果たしてこれだけの顔した的はいただろうか? いやいない。

 

 想像を遥かに超えた暴虐と巨悪。なんとかこれまで秘めてたものを一徹はほんの一瞬垣間見せるだけで、公安の男は慄き仰け反った。脚の長いバーの椅子から転げ落ちた。


―一徹、お前!?―


―このオッサンに顔向けただけで、指一本触れて無いのは兄貴だって見てただろ?―


 2つ目。

 それはあくまで公安に向けた顔であって、後頭部しか向けられない忠勝はずっと何が起きていたかハテナなのだ。

 

―まさか、信じられない。上層部はアンタみたいな奴を野放しにするのかっ―


―まぁ、野放しにするんだろうねぇ。今俺がここにいて、こうして酒を自由にやれるってことが、何よりの証明―


 焦った表情で尻もちつきながら放つ公安の男に、一徹は一瞥もしないまま脚くんで酒アテのナッツをポリポリやっていた。

 

―兄貴、俺今日はもう帰るわ―


―……俺いま来たばかりなんだが? 一杯も飲んでないし、お前ともほぼ話せていない。っていうか、どうせ鶴聞なら、タクシー拾ってやるから途中まで……―


―悪いな兄貴。コレが、コレやねん―


―……はっ? おま、トモカちゃんと……―


―トモカとはつい最近別れた。あ、てかやり直してすらなかったか―


―……はぁっ?―


―まぁ、良いじゃない。今日は一人で帰らせてよ兄貴。男には……孤独に浸るカッコつけも必要だ―


 トントン話を一徹は進めてしまう。


 自分の代金を現金払いの上、忠勝と話したくないからか「釣りは兄貴に渡し……いや、収賄になってもいけないからお店で貰って」などで支払いも終わらせる。

 

 呆気に取られる忠勝を余所に、店の出入り口を開いた。


―お、おい徹!―


―コレが、コレやねん。ま、今週末は実家に帰るよ。兄貴にもし時間あれば―


―待て! 待……―


 兄の呼び声は虚しい。

 一徹はそのまま姿を消してしまうのだから。


「魅卯少女、コレがコレ……とは? 小指を立て、腹の前で抉るように腹に向かって半円を描いていたね」


「本来はね、小指を恋人と示して、お腹とは反対の方に半円を描くんだ」


「女性、お腹が膨れ……だからお義兄様はトモカ殿を挙げたのか」


「本来は恋人や伴侶の妊娠の意だからですね? でも一徹様の半円は反対方向でしたが……」


「多分深い意味で使ったわけじゃないと思います教官。今回の場合、ヴァラシスィ神……と言っても私が私の世界で会った方ですが。女性であること。そして食いしん坊ゆえお腹を空かせているという意味ではないでしょうか」


「あぁ、グレンバルドお嬢様の事ですね?」


「なんでだし!」


―……と、よくよく考えりゃ今週末に実家帰る必要もないのか。もうこの世界で、一晩過ごすってだけで異世界何年ってのも無いんだから。いや、それでも帰るか―


 店に出てタクシーを捕まえられそうな道に向かって歩く一徹。

 立ち止まって、開いた両手のひらを眺めた。


―家族……かぁ―


 そうして呟き、握った。



――母親から唯一託された使命を打ち砕いてくれたのが一徹だったから……


―主の、一族と食事ぃっ!?―


―うへぇ。随分とまぁ嫌そうな顔してくれるねどうも―


 ヴァラシスィが嫌そうな顔する訳である。


―好きなだけ菓子にジュースにアイスも食っていいぞ?―


―それはスナックじゃろうが! 飯は!?―


―お前がついてさえ来ればありつけるぞ? だが、おれんちに来るのが嫌なら明日まで我慢する他ねぇな―


―うぅ、うぅぅ〜うーうーうーっ―


 ヴァラシスィ幼女、まさに子供である。身体を左肩右肩ゆらゆら揺らし、ピョンピョン飛び跳ね、着地の段に脚力物言わせドスドス床板を鳴らした。


―あのですね、まず当人の実家に、当人以外の者で且つ異性が訪問することは一つの高いハードルであることは忘れてはいけないと思うんです―


―……はっ? って、え゛っ!?―


 ご機嫌斜めな小娘をどう宥めようかと思ったところで、一徹はあらぬ方向、されど室内に生まれた声の主を一目見て声挙げた。


―か、カラビエリ―


―スミマセン。ファスナーを上げてくれません?―


 カラビエリ、一徹に向けて背を向けていた。

 翠玉色の細身のワンピース姿。ファスナーは後ろに取り付けられていて、脱げないようにするにはこれをあげなくてはならない。


―手が、届かなくて―


 上げやすいように後ろに長い金色の髪を束ね、肩より前に流した。

 白いうなじ、滑らかな背中。ブラジャーの水色の背中紐とホックまで覗けてしまう。

 だが艶かしいとか感じてる風もなく、一徹はファスナーに手を掛けようとして……


―どうしたんです?―


 触れる前に止まった。


―恥ずかしいとか、私に対して思っています? 女慣れしている貴方が?―


 カラビエリは困ったように軽く笑うが、これに一徹はムッスリだ。 


―悪ノリしてんじゃねぇ。っていうか、よくよく考えりゃ露出狂のど変態が、どの面下げてんなこと宣ってやがる―


―なんじゃ、気づいておったか一徹も―


 二人の会話と結論を耳に、先は不機嫌だったヴァラシスィは呆れがちに笑った。


「トリスクトさんどういう事? カラビエリ長官秘書って……」


「露出狂……とは?」


―吸血か、はたまた吸精、吸卵に似た……主の場合、吸魂か?―


―コイツはエネルギー生命体さ。サイファイ映画を見るようになった今のヴァラシスィなら、エネルギーと言う概念は分かるな?―


―女体にも化けられる。裸婦にも、服を着た状態にも。だがどちらも生身が変形した形に過ぎんということか―


「「「「ハァっ!?」」」」


―裸婦の格好で出回りさえしなけりゃ、一見服を着てるようにしか見えない……が、言ってみりゃ高度過ぎるボディペイントだ。で、生身に触れるならそりゃもうセクハラだよ―


―フムゥ……フムゥ? 一徹よ―


―んだぁ?―


―ボディペイントとは聞き馴染みがないが、どんなジャンルの映画を見ればよいかの?―


―……忘れて頂戴―


「し、知らなかった……」


「か…関係省庁とか、真っ裸で回っていたんだ」


「なぁ、そういう場所ってセキュリティゲートとか無かったっけ? 熱、金属探知機ありの」


「まぁ、あの人に関しては考えるだけ野暮というか」


 引っ掛け失敗にため行き着いたカラビエリは、束ねていた髪を再び背中に流すともう一度掻き上げる。

 ファスナーに手を付けたわけではないのに、しっかりと閉じていた。


―お前、俺の人生を目茶苦茶にしてくれた割には、軽いんだな―


 秒前まではお笑いな掛け合い。

 だが、豹変が如く冷めた突きに、カラビエリはクッと顔を硬直させ項垂れた。


―安心してください。あくまでこのような仕様は今日だけですから―


―今日また現れた理由。それもカジュアルとフォーマルなバランスのその見た目。お前、呼ばれてもねぇ俺の帰省に相乗りするつもりか?―


―アチラから連れてきた彼女。向こうの神と同じ名を与えたんですよね。どう見ても異国の幼女を、ご実家に連れて行ったのちご家族にどう説明するんです?―


―そ、それは……―


―でも私は、貴方が何度目かこの世界に戻ってきたとき、一度ご家族に挨拶をしています。祖国から親戚が来たとでも言えば納得するかもしれません―


―チィッ!―


―……良いんですよ? 幾ら貴方から嫌われ、呪われ罵られても。人を殺させ続け、大事な物を奪わらせ続け、貴方を壊したのは事実。許されると思っていません。貴方が何時まで私を嫌悪し続けようとも……それは貴方の私への権利です―


―ッ!?―


―そう、貴方は私を呪っていい。きっとこれからもっと一層……私をどうせ呪うようになるから―


 舌打ちした一徹に、贖罪か拗ねか漏らしたカラビエリ。

 何も言えなくなった一徹は、洗面所へ向かう。


 ジャーッ……とは、勢い良く水を出してる音。続いて、バシャバシャっと水音が、何度となく繰り返される。



――さて、一徹の実家に戻ってからのお話……の前に小さな、それでいてズシンとこびりつく小話一つ。


=あっ……=


 実家に後もうわずか……といったところで、出逢ってしまう。

 

―そ、その娘達は……あ、久し振り―


―よう、久し振り。実家に連れて行くつもりでさ―


―そうなの。どう説明するつも……って、もう私が気にしちゃいけなかったよね。オジさんにオバさん、忠勝さんも?―


―オールメンだよ―


―そうなんだ。なら皆さんに宜し……ううん、やっぱ違うか―


―……いいか?……―


―……いいよ……―


 鉢合わせした一徹とトモカ。

 出会いの挨拶はあっても、擦れ違って離れる際は何も交わさない。


 小話は終わり。

 本目的たる実家にたどり着き、一徹は門のチャイムを押す。玄関を開いて現れた相手の姿形に苦し笑いしか出なかった。


―参ったな。あの時とは逆かよ。トモカが離れていって、この人が出てくるとは―


―あっ、一徹くん久し振り! ささ、入って―


 その人影とは……


「えと、何してるの二人とも?」


「ノンオブユアビジネスだよ魅卯少女」


「そう言えばそうだと、今更ですけど」


「いや、それこそトリスクトや特別指導官だって外野の存在じゃねぇか」


「「うっ」」


 現れた人影を、これ以上記憶の中の一徹に見せないように、ルーリィとシャリエールは仲良く横に並んで人垣となり、隠そうとした。

 しかし記憶を覗く者が記憶に干渉することは出来ない。何なら二人を、一徹はすり抜け、苦笑を向けた相手の目の前に立った。


―久しぶりです。お義姉さん―


―一徹くんが4年ぶりに帰国した先月の歓迎会から、もう一ヶ月。早いねっ―


―4年の海外駐在。一ヶ月ぶり。ハハッ、そうでしたね―


「一ヶ月ぶりじゃなくて、6年ぶりなんだけどね」

 

 本当、一徹がいった通り逆。出てきたのは忠勝の妻。


 かつて一徹が勇気を出して告白をした鶴聞高校の先輩女子。一徹を振ったその人。


 一徹は既に忠勝と交際している彼女にお断りされて、しかしそこにトモカ女子高生が現れた。


 此度、ヨリ戻る直前にも関わらず「別れよう」と提案したトモカと鉢合わせしてしまって、トモカが去った後に、忠勝の妻が現れる。


―貴方ぁっ?―


 一徹は何かウィットに富みすぎた物を感じながら、兄の妻が弟たる一徹が到着したのを家の中に伝え踵を返す光景に、複雑な笑みを見せながら胸を指でかいた。


 かいてから、一つ大きく息を胸で吸って、吐く。

 小さい吸って、


―……ただいま……―


 6年ぶりの、もう二度と帰ることは出来ないとまで思っていた生家の玄関を潜った。


―おぉっ!? カラビエリさんも来たんだね? ―


―お、思い余って来てしまいましたが、お邪魔ではないでしょうか?―


 忠勝の妻の次、廊下から顔見せる者……


―いいんだ気にしないで。そこの女の子は?―


―私の姪でして。このコの親は今回桐桜華に旅行に来て、今晩夜の歓楽街を回りたいと―


―そうかいそうかい。にしても、カラビエリさんとは前回あったばかりだけど、たった一月で随分桐桜華皇国語が上達したね。ウチの一徹と、一層親しくしてくれているのかな?―


―あ゛っ―


―……馬鹿ラビエリ。はぁ、可愛い次男坊が折角帰ってきたってのに、第一声は若い女の子にかよ親父―


 一徹の父親だった。


「お……お義父様……」


―アンタなんて二番目で良いの。折角我が家に寄ってくれたこの上は、シッカリ接待してアンタを売り込まなきゃ。いい歳なんだから、そろそろ身を固めなさい―


―ハハッ。思惑はね? 胸に秘めるが丁度いい。しかもそれ、カラビエリ前に口にしちゃいけないやつだよ母さん―


「お義母様まで……」


「お二方とも、まだこのときは、こんな顔をされているんですね。顔も身体もふっくらして……」


 母親も健在だ。

 兄忠勝を見ても一徹と似るところは多いが、やはり実の両親。

 二人の面影は、良く一徹に受け継がれたのだと言うことがわかった。

 父親はその年齢、時代の産まれに珍しく180センチ代を超える。

 母親も170センチ台を超えた。


「もう、山本君と初めて出逢った時の、交通事故で家族を失ったって背景、成り立たないんだよね。それにフランベルジュ教官の言葉。二人は……会ったことがあるの?」


「アルシオーネとナルナイの三人で海水浴に行って問題になった事があったろう? 丁度あの頃さ」


「えっ? 会ったの? ナルナイにも会ってもらいたかったんだけどぉ!?」


「四季が忠勝様を率いて三縞校に訪問した日から数日、忠勝様は休暇を取って三泉温泉ホテルに宿泊なさいました。忠勝様はトモカ様に罪の念を感じ、毎年長官御用達の箔をホテルに付けるため、家族旅行の常宿としていたんです」


「そうだったんだ。その、罪の意識って?」


「もうすぐやってくるよ。私は結論を知ってるけど、その結論に至る経緯を知らない」


「この記憶にダイブする直前に気づかれてはしまいましたが、元々私達は最後までトモカ様以外の一徹様の縁者には隠し通すつもりでいました」


「だから、急な海水浴だったんだ。山本君をホテルから隔離した。遠ざけたかった。だってその日泊まるのは長官だけじゃない」


 アルシオーネのツッコミは三人ともスルーだが、アルシオーネがあまり気にしていないことは良しとする。


「今記憶に現れる全員が宿泊されました。でも、こんな暖かい雰囲気とはとても。私達はトモカ様の奨めで仲居として担当させて頂きましたが、家族旅行にしては張り詰めていた」


「そんな……」


「もうお義兄様は《山本》の姓じゃない。夫婦関係は変わらないまま、お義姉様の《有栖刻》を名乗った。でもね、お義姉様の瞳は、この記憶とは打って変わって冷め切っているんだ」


「三泉温泉ホテルに毎年泊まることで、女将のトモカ様にも会いたくないんでしょうね。呪いから抜けられない心地に苛まれるから」


「それで、肝心のお義父様お義母様についてだけど。魅卯少女、君も、なにか重大な事が胸に引っかかりながら笑うと、無理な笑みには見えないかい?」


「……そういう……」


「私達が仲居としてお世話させてもらった数日間、ずっと浮かべられた笑みには無理が見えた」


「胸の中のあまりに大事なものがポッカリなくなっちまって普通に笑えねぇ。普通に思いっきり笑うことは、その欠落した穴に触るのかもしれねぇんだな?」


 記憶眺める四人が話すうちに、カラビエリとヴァラシスィ率いた一徹は山本家のリビングに到着する。

 一徹は、訝しげな顔で迎える兄に対しても安堵の笑みを向けていた。


「こういうことなのかもな。『長官と嫁さんが結婚15年目を迎えた。祝福してあげよう……弟の師匠は、結婚できずに死んだけど』とか」


「『忠勝様が高官の長に就任。上り詰める所まで上り詰め鼻は高い……一方で一徹様をちゃんと気に掛けてあげられたのは高二から亡くなるまでの短い間。なぜもっと大切に出来なかったんだろう。親らしい事ができたろうか』との後悔など如何です?」


「『家族旅行を用意してくれた。嬉しい。でもそこには……一徹はいないのに』かな?」


「ッ!?」


「一徹のことを、この国がどう考えるかは知ってるよ魅卯少女。でもね? 当事者に残された者たちへの影響は広く、大きい。当事者だけじゃない。縁ある者たちの人生すら崩壊させる。それが……」


「それが……?」


「ほんとの意味での異世界転移、異世界転生の実態なのではないだろうか」


「うっ」


「移った異世界での出来事しか見ようとしないのは正解なのか。本当に? 振り返らずに前しか見ない。振り返る価値も、転移転生前の世界には無いのか。果たして……」


 ルーリィが「崩壊」と口にした途端、一徹がカラビエリとヴァラシスィ連れてきて楽しむホームパーティの光景に、ビシィっとヒビ、亀裂が走った錯覚を魅卯は覚えた。

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