テストテストテスト239

―おうラーブ説明しろや。何だこの展開は一体―


―それを問うなら俺ではない。俺の妹たちに聞いてくれ。俺とて好き好んで貴様と行動を共にするものかよ―


 アルシオーネとオニィの死闘。

 オニィからの凄惨すぎるヘミニステへの蹂躙。

 そしてアルシオーネとナルナイの決戦。


 ナルナイの優勝で幕を閉じた大武会からしばらく。

 ガミルナ邸で盛大な打ち上げも終え、彼女たちの師匠である一徹ラーブは今日この日、弟子であり妹分であるナルナイとアルシオーネに手を引かれて魔都郊外の自然公園にやってきた。


―何が悲しくて週末にこんな僻地まで来なきゃならんのよ。歳ぃ重ねると、だんだん出不精になっちまうのに。しかもこんな朝早く。本来は日がな一日中酒を飲んで好きな時に眠って……―


―デブになんぞ師匠―


―遊びに行くというならお前たち二人でも良かったろう。大会故の衝突。しかしお前たちの根底からの絆は揺るぐことないはずだが?―


―別に仲直りでアルシオーネと来たわけじゃないですよ兄さま―


 ナルナイに腕を引かれては、ラーブも仕方なしに来るしかない。

 一徹と言えば、ウェイブソーサリー利用で膂力強化をしないままではアルシオーネのパワーに太刀打ちできないから、首裏襟を掴まれ、ずるずる地面を引きずられていた。


=着いたっ!=


=キャンプ場……だと?=


 ナルナイ、アルシオーネがパァっと顔明るく息もピッタリなら、一徹ラーブは怪訝な顔で声合わさった。


―今日は私達以外いないようですし、コテージを予約するかテントを張るか。夕飯はキャンプ場が用意した食材を料理してもいいですし、湖で釣った魚や、裏山で狩猟した獲物を捌いても良い……とのことです―


―いや、いきなりそんな説明をされても困るんだが―


―お前たち、これはどういうながれなのだ?―


 年下の女の子たちに振り回されて一徹もラーブもどうしていいか分からない顔。

 聞きながら、首を何度も横に振る。眉間にシワ寄って、目なんか細くなった。


―……その、仲直りをしてほしいと思って―


=はぁ?=


―兄さまと山本一徹はかなり昔からの因縁がおありの様子。ただ時々、話やタイミングが合ったりすると凄く仲良さそうにも見えて。だからもしかしたら良い友人関係が結べるんじゃないかと―


 少し恥ずかしそうに、苦しそうにナルナイは紡ぐ。

 両人差し指を合わせて口にするいじらしさに、ラーブ、一徹は数秒押し黙った。


 押し黙って……


―うぬぅ……―


―ぐっ……―


 ニ者二様の反応。

 ラーブは下唇を噛んで空を見上げる。

 一徹は腕を組み、右手中、一指し、親指を眉間に添えて目を閉じ、呻いた。


―うぅっ―


 アルシオーネが弱弱しく鳴いたのは、そんな状態の一徹が首をアルシオーネに向けてチラッと視線を向けたからだ。「お前、マジか」と目が物を言っていた。


―生真面目な兄さまは同期の中でも一際実力が抜きんでて評価も高い。だから同期で話が合う方はそういらっしゃらない。英雄としての格もあって近づきがたいところはあるでしょう―


 ぎこちなく言葉を選ぶナルナイだが、要は「ラーブは友達が少ない」と言っている。


―性格こそチャランポランタンな山本一徹ではありますが、同じ遥か高みで物事を見ることが出来る。兄さまの見ている世界を共有することで理解者にもなり得るのかなと。山本一徹だって、この国で少しでも気の置けない存在が必要では?―


 次いでナルナイは魔族が支配する《アマオウ魔国》における、一徹の肩身の狭い滞在状況を憂いて見せる。

 魔族の娘が、人間族の男を心配した。


―ま、参ったねコイツぁ―


―心配は嬉しいが、その願いはすこし……―


 その純粋さこそが、ラーブと一徹を凍り付かせてしまう。


 オルシーク・ストレーナス。

 一徹は、ナルナイの実の父親を決闘形式の処刑でその手に掛けた。自らの手を初めて血に殺め、殺めたのだ。


 それはなぜか。

 一徹にとって何より大事な女性だったリングキー・サイデェスを犯し、孕ませ、徹新が生まれる生まれないの最中に心中を決めさせた男を指揮した大将だったから。

 

 だからラーブは復讐者となった。一徹という男は、命に替えても仇を果たすべき復讐相手先。

 襤褸を纏いて人間族の観客に混ざり、一徹がその手でオルシーク・ストレーナスを殺害した場面を見届けた。

 処刑上にオルシーク・ストレーナスが引きずられることになった最初のきっかけは、ダブア・ラブタカが一徹に敗れたから。ラーブの父親だ。

 人間族の領土、集落近くの森や岩場に魔族の一団が潜伏したことを人間族に知らしめた一徹のせいで、ラーブは多くの同胞を失い、ただ一人の生き残りとなった。


―私、私は……お二人とも仲良くなってほしいんです―


 それから約5、6年。


 ある意味ではナルナイも、一徹の息子でありラーブの異母兄弟である徹新と同じ。

 

 ナルナイの相貌は時に一徹が殺した男を想起させる。

 ラーブがみすみす見殺しにし、救えなかった大将を思い出させる。


―私はアルシオーネの姉妹分です。兄弟分とはいかなくても、師匠であり兄にも等しいお二人がいがみ合っているところはあまり見たくない。もっとお二人が仲良く出来れば、4人でいてもっと楽しいのに……―


 ナルナイとは……呪いだ。一徹とラーブを歪に縁付けさせる呪い。


 必死になってたどたどしい。

 嘘偽りなどなく本気でピュアなこと宣ってくるナルナイに、一徹とラーブはつばを飲み込んだ。


―……テメェ、ナルナイ嬢ちゃんにどんな教育をしてんだよ―


―俺も困っている―


 鬱陶しげに一徹が切り出すから、ナルナイはビクッと震えた。

 折角みんなで楽しもうとキャンプ場くんだりやってきて、だが自分の考えが連れてきた全員の空気を悪くさせたと怖くなった。


―箱入りも過ぎんだろ。この厳しい世界に置いて、穢れのない物言いなんざ現実が分かっていないとしか思えねぇ。甘ったるいことばかり言うような甘ちゃんじゃ、いつか痛い目を見ることになるぞ?―


―(俺と貴様の因縁を)知らん故か―


―知らなかったとしてもだ。魔族と人間がお手て繋いで仲良しこよしってのは個人的には歓迎だが、もう少し穿ったものの見方を叩き込めよ―


―なんだ?―


―こんな簡単に俺を仲間認定しやがったぞ? もっと疑って、もっともっと疑いまくって時間かけて肚ぁ明かすのはその後でもいい。すぐ信頼しやがって。こんなじゃ悪い話に誘いを信じて飲み込まれる可能性もなくはない―


―難しい所だな。この子の純粋さを嬉しむべきか。その純粋さを手玉に転がしかねない残酷なこの世界を呪うべきか―


―俺やお前だって、いつまでもコイツラを面倒見るわけにもいかないんだぞ?―


―……あぁ、気を付けることとしよう。来るべきものが来たときに目すらかける暇がなくなったその時、どうあるべきか。どうやら俺たちが仕込むのは戦い方以外にもあるようだ―


 息苦しそうな顔を男二人がするのは、この純粋さを自分本位で潰してよいのかと葛藤があるからだろう。


 だが……


―ん? チィッ、しゃあねぇな―


 ラーブは一徹に右手を差し向ける。一徹はその右手に自身の右手を組ませると、二人とも力任せにお互いを引っ張りあった。


―……日に日に、ナルナイを殺せなくなってきてるよ。情が湧いちまう―


―初めは貴様を警戒し、遠ざける方がいいとも思ってたが。これはコレで好都合か―


 互いに耳元で囁く。

 離れ、組んだ手を千切ったのち、一徹は屈伸をし始める。ラーブは腕のストレッチを開始した。


―俺はさっそくテントを張ろうと思うが、ラーブはどうする? ぶきっちょなお前には可哀想だから、コテージを取っても構わないぞ?―


―フン、貴様が俺の手際の良さに歯噛みする顔が目に浮かぶ―


 その口ぶり。話に乗ったことが分かって、ナルナイは目を見開き顔を挙げた。


―じゃ、じゃあ俺とナルナイもテントを張り始めよう! 全員で競争しようぜ!?


=お前たちはコテージにしておけ。夜のテントは危ないから=


 なんとか、ポジティブな方に転がりそうなことで、アルシオーネは少しだけテンションが上がった。

 だが一徹とラーブは保護者ヨロシク提案をバッサリ切って捨てた。


―食材の調達だが。貴様は酒をカッ喰らいたいんだろう。キャンプ場が用意するもので十分だな?―


―ハッ、ご冗談? 獣爵閣下を舐めんなよ。山の歩き方も狩りの仕方もこちとらお手のものだっての。釣りに関しちゃ《鶴菊川のボラ釣り徹ちゃん》って二つ名が疼くね―


―ハイ! ハイ! ツルキクガワは知んねーけど! 競争しようぜ! 釣りと、狩りと、料理で!―


 折角いい方向に向かいそうな空気感を破綻させるわけにはいかないと、アルシオーネはごり押しを止めなかった。


―じゃあさ! じゃあさ! こんなチーム分けはどうよ!―


 そうして、チーム分けは以下の形に落ち着いた。


 釣り対決は一徹ラーブチーム対、アルシオーネナルナイチーム。

 狩り対決が一徹ナルナイチーム対、ラーブアルシオーネチーム。

 料理対決を一徹アルシオーネチーム対、ラーブナルナイチーム。


―一日の行程。どう考えても3種に担当を振り分けた方がいいだろ。料理は別として、不確定要素の高い釣りや狩りに、時間配分はナンセンスだと思うけどね―


―まぁ、今日くらいは乗ってやるとしよう―


―じゃあ各自行動開始! あ、俺達コテージ利用でテント張らないから、その分の時間使って最初っから釣りに入るから、そこんとこ宜しく!―


=はぁっ!? /なぁっ!?=


―ニャッハハハハ☆♪―


 ムードメーカーアルシオーネの強引な進行に、なんとか和やかなスタートを切れた今回のキャンプ。

 号令を耳に、一徹もラーブも互いに背を向けてはいるが、口元は……複雑に歪んでいた。


「……あぁ、楽しかったなぁ。本当に……この時が凄く楽しかった……」


 この記憶を眺めながらボソリ呟くアルシオーネの言に、ともに記憶を眺める3人は何も言えなかった。


 楽しかったという想いに偽りはないのだろう。それ以上に、魅卯、ルーリィは気になるところがあった。


 記憶にダイブしたシャリエールは、眉をひそめて記憶から目を反らしていたから。

 そして顔こそ笑顔に違いないが、ボロボロと大粒の涙を流しながら、アルシオーネは懐かしんでいた。


 過去の出来事は過去の出来事として現在までに至っていないからこそ、懐かしむもの。

 問題はアルシオーネが楽しさを感じながら涙しているという事。


 それは恐らく、喜びを感じるほど楽しかったこの時の空気感が、ある日一気に失われてしまった。その悲嘆を同時に感じているからなのだろう。


 一見してみると、実力も肩書も備わっているこの世界6年目は、一徹のこの世界のこれまでの中で一番楽しく、幸せなもののように映る。

 それは多分この後……一気に失われることになる。


 アルシオーネだけじゃない。それをシャリエールも知っている。

 だから魅卯、ルーリィは楽し気な過去の一徹の姿を目に安堵することは無い。

 これから来るであろう恐るべき展開に、得も言われぬストレスを感じながら、その時を待ち続けるしかなかった。



――テント張り対決。

 一徹ラーブの対決は、対決にならなかった。


 何と言うか、二人の趣が違った。

 さすがはエリート軍人であるラーブは、キャンプ場が貸し出しているテントをものの2,30分で張ってみせた。

 そういった道具を使い慣れ、使いこなしてきたことが見て取れた。

 

 対して一徹は裏山に入ると、長短大小の木の枝と、葉の茂った枝を大量に持ってきた。

 太い枝の皮を剥ぎ取ると、片手斧を当て、薄く削って繊維の紐を作る。

 他の太めな枝を組み合わせ、作ったばかりの木の繊維糸を巻き付け、テントの骨組みとした。

 屋根となる部分の骨組みに、常備している油染み込ませ乾かした広い紙を乗せた。その上に生い茂られた枝葉を乗せた。

 

 犬小屋の、人間版と言っていいサイズ。

 一徹がかかった時間は一時間ほど。


 マットなど何も無いが構わない。貸し出されたシェラフ(寝袋)に包まれれば、1日くらい雨風凌げるテントになった。

 山中の移動、野宿を数えられないほど経験している一徹も慣れたもの。


 伊達に自然と距離が近い生き方をする獣人族の、生物学的には違っても貴族を自称できるわけだ。


―んだよ。俺より半刻ほど早く釣りを始めたんだ。成果の一つも出せないもんかね。坊主って―


―フン、貴様こそせっかく用意された道具を使いもせんで。身近にあるものでテントを建てられる自分はカッコいいとでも言うつもりか?―


―あぁん?―


 後から湖の辺で釣りをしていたラーブと合流ざま、喧嘩しそうになったが……


=やめよう。ナルナイが見てる=


 二人の険悪ムードを感じたからか離れた所で釣りをしていたナルナイが不安げな顔で意識向けてくるから、一徹ラーブは険悪な空気を散らした。


―ちょっと情けないんじゃない? あんな女の子に振り回されてばかりだ。お前も一応、同世代の中じゃ出世コースに乗ってるらしいってのに―

 

―家が違って血も繋がらないが、ナルナイもアルシオーネも俺にとって可愛い妹だ。規則とか既成概念とか、あの二人が出てくるなら取るに足らん。それが家族と言うものだろうが―


―テメーの親父殺った俺に家族談義展開してんじゃねぇ―


 先ほど裏山に行ったときに合わせて持ってきたのだろう。虫を針に取付け、一徹も湖に向かって竿を振った。


―そんなお前にとっちゃ、徹新やシャルティエもナルナイ同様の大事な存在だと思って……って、動揺すんじねぇよ。ライン伝って魚散ったじゃねぇか―


 なお透明度が高い湖だから、魚の見えた、或いはいそうな場所に餌を投げ込めばいいはず。

 聞いた途端、ラーブが仕掛けた餌から魚が離れていくのを目に、一徹は聞かれたくない問だと直感した。


―ま、だがぁ? 聞かなくては―


―当然だ―


 ラーブは一旦餌を引き上げる。食われた箇所がないことを確かめると、別ポイントに針を着水させた。


―『俺に任せろ』と宣った徹新についてだ―


―……スマン。お前と同様。シャルティエに奪われた―


―そっか―


 チャプっとの水面以外、静かなものだ。

 互いに、次の選ぶべき言葉を思い悩んでいる。


―シャルティエが言ってたな。『お前は、あの娘の所有物』なんだと。もっと、俺と徹新みたいな感じと思ったよ―


―そうあろうと俺も思ってはいた。が、無理だった。そもそも、俺があの子と出会ったときにはもう、全ては手遅れだった。いや、言い訳だな。結局は俺の力不足だ―


 因みにアルシオーネとナルナイチームは入れ食いらしい。

 先程からアルシオーネはキャッキャしていた。


―徹新との大きな違いは、与えられてきたか。奪われ続けてきたか。お前から与えられてきた徹新の様に、アルシオーネにもなってほしかった。だが、俺が与えようとしたのはおこがましかったのかな?―


―俺やお前が徹新を奪われたのは、シャルティエが奪われ続けてきたからか。だから、奪うことしか出来なくなった?―


―徹新も時折、俺と話したいと思ってくれるらしい。だが、その機会すらシャルティエが奪う―


―お前が徹新を奪われたように、徹新もお前を奪われた。なんとも強欲な娘だね。なのにシャルティエは、お前も徹新のことも占有したがる―


―徹新はシャルティエに心酔している。文句の一つも言えん。俺の場合はなんとか心を通わせようと試みてはいるが、まだあの歳にして俺が死ぬかあの子が死ぬかほどに力が拮抗している―


―下手したら殺し合いに発展する。魂からぶつかって説教するわけにもいかねぇか―


―それに、徹新の出自を知っている俺は、同じ生い立ちにあるアルシオーネに罪悪感がある。だから叱れん。『どの口が宣うのか』とな。まぁ、だったら最初からあの子の保護者などお門違いなんだが―


 ピッと、竿を上げた一徹。

 歯を食いしばったのは餌にあたりがついたと反応したが、餌がすべて食われていた事を知ったからだ。


―どんな理由があれ、俺達が禁忌に手を出した……んだよなぁ。シャルティエの保護者になろうとしたのも、罪滅ぼし―


―なんだよ―


―俺はお前への復讐者となった。だがそのきっかけは、お前が我ら魔族に対する復讐者となりて、親父を倒し、オルシークを殺したからだ。だが、リングキー・サイデェスや他の《白の癒やし手》を汚さなければ……―


―あぁ、お前の親父は壊れなかった。お前の部隊の同胞が失われる事もなかった。それぞれ家族がいたはずで、破綻することもなかった。ナルナイの父親だって毎日家に帰って家族仲睦まじく暮らしてたろうよ―


 竿を立てて針を手繰る。

 新たな虫を、今度は大量に針に刺した。


―俺には……滅ぼすべき罪が多すぎる……―


 再び、湖に投げ込んで、また一徹とラーブが向く方角は同じとなった。

 

―本当、テメェも一応、血も涙もあるってんだから、嫌になるわ―


―は?―


―面倒で手が掛かるから放逐したなんざ言われたら、細切れにして撒き餌にしてやるところだ。だが存外お前さん、家族どうのより、罪の意識と責任感で向き合ってるほうが強いらしい。キレイな理由じゃねぇ……が、嫌いじゃねぇ―


 クイックィッ、竿立て寝かせ、餌付きフックをあたかも水面に落ちて藻掻く葉虫の様に動かした。


―なぁんで種族枠なんて概念があるのか。いや枠があるのはいい。枠が物差しになる。自分を当て込んだとき、その種族として胸張れるか張れないか判断基準にもなるかも知れない。だからって、自分の枠を相手に押し付けちゃあなんねぇよ―


―価値観の不一致は考え方の不一致につながる。だから価値観が異なる異種族は合わん―


―当然だろ? どの種族だって、いや個々人にだって知能があって感情がある。合わないんじゃない……違うんだ―


―違う?―


―違うから相手と自分の間のギャップを埋めるんだよ。何を解決しようにも、自分を分かってかつ、相手の事を理解しようとして初めて何がギャップか捉えられるもんだ。良く言うだろう? 『敵を知り己を知れば百選危うからず』だ―


―いや、敵になっては駄目だろう―


―だけどこの世は違いを認めないどころか、多分それ以前の問題で、『合わない』ってだけで気に入らない。自種族の都合が良いように塗り潰し、相手に押し付けようとする。反発がなくならないわけだ―


―フム……―


 一徹のbrabrabra...に、黙り込んだラーブは自身が垂らした糸の先を眺める。


―それが貴様の提唱する、いや徹新の存在によって貴様が無意識に体現し始めた《種族無関係対等》の概念か―


―体現ねぇ。果たしてやれているかどうか―


―だが、そんな貴様の思いに賛同し、募ってくるものは少なくないと聞いた―


―バカ言え。四族各母体に比例しちゃ、小指の規模もない。それに見ようによっちゃ、いや結果で見て分かる通り、《種族無関係対等》に合わないってだけで俺が滅びを撒いたのも一度や二度じゃない―


―……後悔しているのか?―


―後悔がないわけじゃない。だがそのことで必要以上に自分を卑下するのは止めたよ。それは俺を信じてくれる奴らを貶めるに等しいって、教えてくれた奴もいてくれてね―


―救われた?―


―救ってもらえた。だからじゃねぇけど、2%位はお前の罪の意識ってのもわからないわけじゃねぇ。そこに真剣になるのもな―


 スゥっと息を吸ったラーブは……


―貴様は……強いな―


 ため息とともに溢す。


―徹新、シャルティエ、オルシーク、メルシーク、ナルナイ。魔族と人間族。俺と貴様は同じことで雁字搦めにあっている……筈なのに。貴様は何を使命としているのか見定め、自分の道として歩み生きる―


―単に流されてるだけだよ―


―流されているというのは、かつての俺の中の、魔族としての正義正道を惰性で往き続けることを言う―


―おん?―


―先祖代々、《アマオウ魔国》を、ひいては魔族全体を守り、道を切り開く事に身命をとしてきた。それは俺も同じ……はずだった―


―お上の命で人間族の女達を汚す話が来るまでは……か。しかもその話は、お前みたいな当時若い兵には伝えられず、経験と実力を兼ね揃えたベテランエリートにのみ下されてたって話じゃない―


―知らされていなかったとしても、非人道的な命令を部隊に下した魔族のどこに正義がある。徹新に初めて会ったとき、その出自を知ったとき、俺の信じていた正義の意味はなくなった―


 一徹は黙ったまま。


―それが今の俺の状況だ。だから時々俺は、魔族の発展と安寧のため剣を振るうことより、自種族と言う枠に縛られず、多種族多様な考えに触れ、考えの違いを調整し、小さくとも確実に周囲の者たちと一歩前に踏み出すことのほうが、よほど尊いと思う時がある―


 チラリ一瞬、ラーブに目配せをした。


―なのに俺は未だ、信じるに値しないかもしれない《アマオウ魔国》の軍属だ。本当に《古の黒と白の大戦》が再来したとして、それでも俺は国の為に戦うだろう。俺には全てを投げ打ち新たな世界を作るだけの強さはないんだ―


―……言ったろ? 流されたからそうなっただけで、それは強さでもなんでもないよ―


―それに国に対し、魔族に対し不安が拭えないのに俺は、それでも『国の為に強くなれ』としかナルナイに言えん。卑怯な奴だ。もし、開戦が確かならあの娘達は貴様に託したい。あの子達が死なない道を歩めるなら別に、貴様の下でも良い―


―……ったぁく。魚が掛からないから時間潰す手立てもなくてそういう話も引き出されちまう。知らねぇ訳じゃねぇけど、やっぱ怖いね釣りってやつぁ―


 普段の一徹じゃ絶対に認めない。


―お前が闘うのは、国のためでも魔族種の為でもなくなってんだろ? 徹新、シャルティエ、ナルナイ、アルシオーネ。誰かのためだってなら、別に俺と大差ねぇよ―


 敵とは言え認めた男の曝け出しはあまり聞けるもんでも無いんだろう。


―俺だって四族と衝突する肚はない……が、守るために敵になるなら殺す。話せる余地も与えられず理不尽をもたらすなら理不尽に返す。俺にとってそれがリングキーだったように。お前にとって……―


―親父、オルシーク―


―大切な人はある日突然無慈悲に奪われる。それを知っているから必死になる。その繰り返しで俺の周りに《種族無関係対等》が構築されただけで、お前の周りにだって似たようなものが出来つつあると思うがね―


―似たような?―


―マスター・グレンバルド、夫人の二人なら、ナルナイ、アルシオーネが奪われるに黙っちゃいないだろう。お前と似たようなもんじゃないか。ま、ミシュティリル・ストレーナスとメルシークは知らんが―


 意外だったのか、ラーブも一徹を見る。

 目があって、互いに気まずそうにまた湖に意識向けた。


―お前だって道があるじゃねぇか。んでもってその道を歩みすがら周りに同じ意志を持った奴が居るってんなら、やっぱり張ってやがる。俺と変わんねぇ。そ〜ゆ〜ことに、しておけよ―


―……そうか。そうだな―


 話は一段落。改めて釣りにふたり集中しようとして……


―ハイ! タイムズ・アップ……って、何だよふたりとも坊主じゃねぇかダッセェ! この雑魚! ザァコ!―


―あ、アルシオーネそんなこと言っちゃ……こ、今晩の魚はたくさん確保できましたから安心して……―


 遠くのほうで釣りをしていたのを切り上げ、合流してきたアルシオーネの掛け声で釣り対決は終わる。

 アルシオーネがこれ見よがしに勝ち誇るから、ナルナイは慌てて諌めようとするが……


=……え……?=


 少女二人共、息を呑んだ。

 湖畔に座っていた状態から立ち上がった一徹とラーブ。

 一徹はナルナイの、ラーブはアルシオーネの……


―だそうだ。次の狩猟タイム。調子乗ったメスガキ共に、ちょーっと分からせてやりますかラーブ?―


―メスガキはやめろ。貴様にとっても妹分なんだろうが―


 すれ違いざまに、それぞれ頭を撫でたのだ。

 言葉交わす二人の表情は、少しだけ硬さが抜けた笑みだった。

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