テストテストテスト235

 この世界に漫画は無いが、あったら間違いなく、ズタボロっとの擬音がオニィの脇に浮きまくっているだろう。


―う……うぅっ……―


―よしよし、よくやってるぞオニィ。今日も放課後飯連れて行ってやる。好きなだけ食っていい。ご褒美だ―


―ご褒美なんかじゃないです先生―


―いやいや、ハードトレーニング後のモリモリ飯はマジでいいんだって《食トレ》なんて言葉もあるくらいだ。今が育ち盛りのお前さん。筋肉を発達させ、身体作る時期には丁度良い―


 シセイギャ・ノールレインと公の場で一徹がオニィ事で約束を取り付けてから半月。

 士師養成機関内の武道場のような場所。

 

 当のオニィは、普段アルシオーネが一徹から受ける理不尽レベルの大絶賛地獄中。


―知ってますか!? その後御屋敷に戻って元帥様の特訓が待っていることを! ここ毎日、先生にご馳走になっている物全部吐いてしまって!―


―なんだと!?―


―ちゃんとした食事を先生がご馳走しているか『怪しいものだ』と。その特訓が終わったらまた、今度は元帥様に無理やり食事を詰め込まれる!―


―やるようだな元帥。かくなる上は元帥の特訓で吐き散らかしてなお、満腹でいられるようもっとオニィに食わせるか?―


―そ、そういう話をしているんじゃなーい!―


 ちょっと前まで甘甘どころかゲロ甘だった一徹など「これでやっと痛めつけられる」といい笑顔で高負荷過ぎる修行を課してくる。

 

ツー一日二回のデイ練習、そしてこまめな食事。前者はアメリゴン・フットボール本場、アメリゴプロ選手のトレーニングメニューみたいだ。そして後者はさながら、ボディビルダーの食トレに近い―


―士師養成機関の訓練を入れたらスリー一日三回のデイ練習なんですけど!? もう僕の体が持たないんですけど!? アメリゴってなんですか!? 最近食道が痛いんです! 胃酸で焼かれて!―


―フフフ。オニィ、頑張れ―


―グレンバルドお嬢様からもなんか言ってください!?―


―テメェの鍛錬に師匠が本腰入れてから、ほんの少し俺への地獄が分散されてる。俺の為にも引き続き師匠の地獄の特訓を頑張れ。諦めろよ。師匠、絶対逃がしてくれないから―


―あぁ、駄目だこの人も!―


 心無しか自分にだけ向けられた鬼師匠の目が分けられたことが嬉しいのか、アルシオーネはオニィの肩に手を起き、もう一方の手でサムズアップしニカっと笑う。


―仮にオニィが強くなれたとして、『元帥の特訓と食トレの賜物』と言われちゃ俺も面白くねぇ。『俺の薫陶のお陰』と言われる為、後はあの修練を追加し、アレも食わせて……―


―ムーリーだぁぁ! 死ぬ! 死んじゃう僕!―


 オニィなんて発狂しそうだ。


―おう! 殴らせろやキャネートン!―


―ボッコボコのギッタンギタにしてやる!―


 食トレ? 一徹からの訓練?

 そんなもの、オニィのストレスの一因に過ぎない。


―ヒィッ! また来た!―


 一徹が睨みを効かせていたから、誰もオニィに絡むことはなくなっていたのに。

 最近のオニィは、かつてイジメて来た者達から更に苛烈に絡まれる事が多くなった。


―オ、オイ山本一徹! 低俗なゴブリン種から話は聞いている! 例の話は本当だな!?―


―ガミルナの? ホントの話だよ?―


―よぅし! 殺る気出てきた!―


 少し状況が変わった。

 

―さぁ、このオニィ・キャネートンを見事沈め、『我こそは!』と自らの腕に自信ある方は何処いずこ!?―


 これが、その状況。


―挑戦料は、倒した賞金に競べればお安くってよ!? 更にかかった時間が規定より短ければボーナスまでプレゼントッ! 奮ってお挑みになって!?―


―やめてぇ! お願いですからガミルナさんもうやめでぇぇぇ!―


 図体大きが気はちっちゃいオニィ。涙もチョチョ切れで、図体小さく気が大きいガミルナにすがる。

 彼女の胸の中でオイオイ泣くオニィを「まぁまぁ」と宥めながらも、ガミルナは不敵な笑みを絡む数人に向けた。


―では挑戦なさる?―


―言わずとしれたこと―


―ゴブリンの小さな目じゃ、俺達を見ても何したいかわからないようだ―


―よくってよ?―


 一徹怖さにオニィにちょっかい出せなかった連中がまた絡みだしたすべての理由。

 ガミルナが、「オニィ・キャネートン模擬訓練権」を士師候補生達に販売し始めた・・・・・・から。

 

 桐桜華通貨感覚で言うと、挑戦権に一千圓と言ったところ。

 オニィをせば賞金一萬圓。三分以内に倒せれば五千圓上乗せ。一分以内で倒せれば賞金は倍。


 一徹編入前まで、無料でオニィをサンドバッグにしていた者達。有料で虐めることを面白く思わない筈だが、なかなかどうして学内商売は上手く行っていた。


―こちらの本日日付のリストに芳名を。オニィに手を出す免罪の権利を与えます―


 先日、改めてオニィがノールレイン家の使用人であることを、一徹は士師養成機関内で再認識させた。

 それもノールレイン元帥の直言を引き出してだ。

 

 そもそも他家の使用人に意図持って害するのは非常識筋。

 しかしコレを逆にガミルナは商売に利用した。

 ノールレイン程の名家の使用人をボコボコに出来る機会。

 有償であっても需要ありと見込んだ。


 早々、ビジネスを生み出した。

 身体は小さくとも行動力と図々しさだけはピカイチなガミルナだから。 

 「都度挑戦料を受領することで、オニィをサンドバッグとする免罪符を与えてよいか」と、士師養成機関理事長でもあるノールレイン元帥に直談判。見事了承を得た。


―因みに確認です。模擬戦にて万が一オニィが貴方がたを倒してしまう可能性もありますが、その点はご存知?―


―ハァ?―


―……ハハ……笑い話にもならないな―


 いまやオニィ模擬訓練権販売のマネージャにもなるガミルナの確認に、絡んできた連中は笑って飛ばす。


―オニィょ。お前の時代がやってくる・・・・・・・・・・・なぁ―


 それを見て一徹は、仄暗い笑みを浮かべた。強気な連中をよそに、オニィの首に腕回し引き寄せ、耳打ちした。


―どうしてこんなことに……―


―お前が虐げられてるのは、元帥も看過できないってこったろ? 知らんけど―


―あの先生、もしかしなくても元帥様がお嫌いですか?―


―嫌いだね。死ねばいいとすら思ってる。『どうして?』は聞くな。ただこの展開は俺にも都合が良い。乗ってやる―


―乗られ、苦労させられるの僕ですよ―


 泣き言止まらないオニィを、一徹はワシワシ力強く撫でた。

 

―ま、俺も無茶させてるのはわかってる……が、せいぜいチャンスと思ってやってみろ。強い弱い、勝敗なんてのもどうでも良い。お前に足りないのは心持ち。それさえ変われば、あと足りてない場数を踏めばグングン伸びる―


―そう言っても、怖いものは怖いんです―


―だろうな。だから『戦おう』と考えるな。まずは足掻くことから。痛いの嫌だろう? じゃあなりふり構わず腕振って拳ぶつけて。とにかくなんとか終わらせる事に必死になれ。したらきっと、殻を破り始める―


―殻を破るって……―


―奴さんも全力で掛かってくる。防御一辺倒じゃ何時までも痛いだけ。そうなるとさ、もう怖いとか感じる余裕すらないはずだ―


―そんなの、先生の編入前から……―


―……少なくともこの模擬訓練は一対一。俺の編入前までお前の常だった集団リンチもない。ま、あーだこーだ言っても始まらねぇ。とにかくここから残りの二週間、キャンペーンは継続していくから、そこんとこ宜しく―


 納得していないオニィの背を一徹は軽く叩き、イキリ立つ候補生へと送り出す。


―早めに終わらせたほうがいい。ホレ?―


 重い足取りで対戦相手に向かうオニィに向け、親指クイクイ明後日の方を一徹は示す。

 やっぱりイキり散らかした連中の多くが、列を成して自分の番が来るのを待っていた。


―お、終わった……―


 イジメていた奴を叩きのめすだけで小遣い稼ぎが出来る。気楽なお遊びなのだろう。


―勝手に終わらせないで下さいまし! 賞金は私が出してるのですわ!?―


―だったら出さなきゃいいでしょう!? 無駄金になります!―


 いよいよ処刑台に上がる心持ちのオニィに、ガミルナは発奮した。


―浪費を見事、貴方の手で投資にしてみなさって!? 私はファイトマネーを用意し少しでも多く試合を組む。いつか私が世界中を行商で回る際、守ってくれると約束したでしょう?―


 オニィは非難轟々も、ガミルナはポジティブ。


―ガミルナさんが勝手に思い込んだ約束!―


―私を守りたい。私のことがオニィは好きだから! ゴブリンと忌子でそれは、禁じられた間柄! しかし私は貴方の覚悟をんで……―


―そっちもただの思い込みぃっ!―


―おい! いつまで待たせやがる忌子とゴブリンが!―


―は、ハイスミマセン!―


 いつまで経ってもウジウジする(と言ってもガミルナと一徹とノールレイン元帥が悪いが)オニィに、とうとう待たされた側は限界を迎えた。


 諦めたオニィ。おずおずと対戦相手の前に立った。


―んじゃオニィ、やられちま……やっちまえ?―


―いま『やられちまえ』って言った!?―


―では、試合開始!―


 無理くりその場に立たせないと、立って戦うのも億劫なオニィの、何十人組み手は始まった。



――優しいオニィに連戦をさせるため、ちゃんと試合の様相とさせるため、一徹とガミルナが使うのはあの手この手。


 桐桜華で言ったらアルマジロのように、身体の前でアームブロックして前に屈むオニィ。攻撃への積極性は見えない。

 

―3・2・1。時間一杯。チャレンジ終了!―


―クソが! 残しやがって! 挑戦料を無駄にしただけかよ!―


 それでも一徹が評価したオニィのタフネスは光る。

 苛められていた事で打たれ強さは凄まじいから、ガミルナは挑戦料でうるおった。


 だがこんな結果、一徹もガミルナも満足しない。


―これほどの体力、防御力。申し分無ぇ。もっと効率的なガードを身につけたらそれこそオニィを殺れる奴は数える程しかいなくなる。折角才能に恵まれ過ぎてるのに……―


―あとほんの少しの攻撃。それだけで、この機関では連勝のハズなのにですわ?―


―オニィ! 相手を叩き倒したら明日の訓練はなしだ!―


―勝ったら私の熱烈なチューが待ってますわ!?―


 やはり遠慮があった。

 イジメて来た相手を仮に倒してしまうと、その後に待つのは陰湿な仕返しかも知れない。


 確かにノールレイン元帥は、「オニィの勝負事で報復させない」と、一徹の問いに大々的に答えた。

 しかしいまオニィの前にいるのは、年単位でオニィの心に痛みを植え付け傷を刻み込んだ、恐怖そのもの。

 

 攻めることが出来ず、ただひたすらに痛いのを堪えてタイムアップ。

 もう何度繰り返したろう。


 防御一辺倒で亀の様に身を守るだけのオニィに、どうしたら攻撃に転身させることができるのか。

 なかなかうまく行かないことに、一徹も困り……


―……フム、少なからずショックだ。キャネートンにとって恐ろしいのは、《アマオウ魔国》元帥の私より、一介の士師候補生らしい―


 ……困り始めたその時、一迅、落ち着いた声が吹き抜ける。


 流石は……超大物の声・・・・・

 模擬訓練の順番待ちで並んでいる者、試合中のオニィと今の対戦相手も動きを止めた。


―あぁ構わん。続けてくれたまえ―


 まさかこのタイミングで、ノールレイン元帥が姿を現した。


―ご機嫌麗しく。獣爵殿?―


 元帥はあろうことが一徹の隣に立ち、オニィを眺めたまま一徹に挨拶する。


―……どーも―


 一徹はなんでも無いような顔をするが、右手で左腕を抑え、握り込んだ。


 元帥は知らない。

 一徹はいま水面下で、この場所この機会これ幸いにと、元帥に残虐非道の限りを尽くしたいと思っているのをギリギリ抑え込んでいた。


―そこな候補生を恐れて手が出ないと言うなら、放課後の訓練でお前が反撃するこの私を、ずいぶん長い平素から舐め腐っていたということか―


―うっ!?―

 

―私との恐怖に慣れさせ、私以外との戦闘では一切の気後れが無くなるほどに、この上は更に特訓の強度を増すか。いや……私を舐めるようなお前など果たして、当家に必要かどうか―


―……えっ!?―


 さぁ、いよいよ持ってオニィは針のムシロ。


―放逐もやむ無しか。食えなくなり、生活もままなくなるかもしれんが仕方ない。この私の教鞭を受けてこの体たらく。寧ろキャネートンにとって、当家の庇護が不必要なのだ―


―えっ!? えっ!?―


 二つに一つ。

 これまでイジメてきた相手からの報復怖がって手を出さないまま終わるか。

 それとも、手を出さないからノールレイン家から追放されるのか。


 なおノールレイン元帥の言葉は、オニィの生活を握っている上での脅迫に他ならない。


 あぁ、防戦一方のオニィはただでさえ痛みに顔引きつらせているのに、元帥の一言によって悲壮感すら漂わせる。


―……おっ?―


 そんなの……


―良い考え浮かんじまった―


 一徹にとって絶好の玩具でしかなくなる・・・・・・・・・・・・・・・・・・のに・・


―なぁオニィ。『お前の身柄、ウチで面倒を見る件』……忘れちゃっていいから・・・・・・・・・・


―え゛っ!? え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ!?―


 悲壮感タップリ顔で相手に対峙するオニィは、今度こそ一徹を見た。


―だって『仮にお家を追放されても自分がいる』って!?―


―言ったよ? 言ったけどお前にはガッカリだ。俺は立ってファイティングポーズを取り続ける奴を助ける。そういう奴と恩の売り買いをしてぇじゃねぇか。少数派に違いない《種族無関係対等》の理念、手たずさえあって助けあえると思うから―


―た、戦い続ける姿勢っていわれても―


―謝る。ゴメンな? だけどお前の場合は俺の見込み違いだった。お前は手を差し伸べられるのをただ待つだけ。自分がやらなきゃいけない場面も、誰かがやってくれると思って動かない。動けない。んなお荷物、ウチじゃ要らねぇ・・・・・・・・・・・・・・


 可哀想に。


 報復怖がって手を出さないで終わるのか。

 それとも、手を出さないからノールレイン家から追放されるのか。


 実はその先があった・・・・・・・・・

 万が一ノールレイン家から捨てられても、一徹がオニィをすくい上げてくれる……筈だった。


―会ったよな? トリーシャさん。人間とエルフの忌子ダークエルフだ。旦那と出逢うまでに汚れ仕事すらいとわなかったってよ。糊口ここう凌ぐために、旦那にゃ語れないことまでしてたってよ―


 決してオニィは、一徹を舐めていたわけじゃない。


―会ったなぁ? 魔族とエルフの忌子ダークエルフ、ガレーケ姐さん。《獣帝ジンブジャックボー》がまだ《獣王》だった頃の集落に所属してたあの人は、集落を破門された。何なら集落外の全獣人族に絶縁状まで発行されたよ。でも戦って信頼を取り戻した―


 だが、考えが甘すぎたことを突きつけられた。


―そしてレージュ。お前と同じ、魔族と獣人の忌子だ。アイツの過去は語らねぇ。知るのは俺だって怖い。だが低賃金に次ぐ低賃金で酷使されながら金を貯め、とうとう人間族の大学の夜間コースに上がってみせた。今や大店おおだなの女主人だ―


 勘違いさせた一徹にも非はある。

 本当にどうしょうもなくなったとして、頼ったら助けてくれるとオニィに思わせるほどの、これまでの溺愛ぶり。


―戦い続けてきた彼女たちだから、差し伸べられた手に対し感じる恩義が強い。だから『次は圧倒的に助け返す』って心意気が凄い。俺だってそんなツワモノと仲良く宜しくしたいじゃない。だって頼もしいもの。対して、お前は何だ?―


 ノールレイン家からこぼれ落ちても、受け皿になるはずだった一徹の庇護。

 緊急避難先が……無くなってしまう。


 ……本当に、オニィは生活基盤がなくなってしまう。

 路頭に迷うことになる。

 

 このチャンスに引っかからず堕ちた場合、この世界で忌子を雇いたいなんて物好きがいるわけない。


 ……ひもじく、苦しみ続ける人生。

 それこそ救いない、生産性もなくただ無駄に命を食い潰す無為な道。


―この数カ月間お前とあれて楽しかったから、俺も変に期待しちまった。お前にも期待させて悪かったオニィ。これでサヨナラだ・・・・・・・・。俺や元帥からの地獄の特訓も終わる。お前は……楽になるよ・・・・・


 それが……理不尽にこれまで虐めてきた者たちを恐れるあまり、反撃叶わず、一指さえ返せないオニィが支払うことになってしまう代償。


 イジメは、現実にオニィを痛めつけるだけに留まらない。

 オニィの安寧、将来すら奪おうというのだ。


―……えっ……?―


 ……大人達が、朴訥な青少年を脅かすから……


―す……スミマセン……―


 壁を、乗り超えた・・・・・場面が生まれる。


 対戦相手の拍子抜けた声。

 オニィの謝罪。

 そして……


―カッハぁ……―


 対戦相手。まずは腹を両手で覆って両膝を地面に。ついで……


―おぇぇぇぇ!?―


 嘔吐に至る。

 苦しみ、悶絶のたうち回る対戦相手は立ち上がれない。 


―えっ? あっ……―


 ハァッハァッと、息も荒いオニィ。


―僕が……やったの? 僕が―


 目をぎょっと開いて信じれない顔で、足元に転がる対戦相手の様子を伺った。


 なにはともあれ、嘘でも反撃の素振りは見せなくてはならない。

 構えも体勢もない。ただただ突き出したオニィの拳は、対戦相手の鳩尾みぞおちを貫いた。


 獣人族特有の筋肉膨張はしていない。だが腐っても獣人の血を引くオニィの基本膂力りょりょくは凄まじい。

 パンチの型を成していなくても、ただ当っただけでこの威力。


―そこまで。よくやってみせたな・・・・・・・・・オニィ―


 「オニィ模擬訓練」とはつまるところ、オニィに喧嘩させるのと同義。

 オニィ初勝利。しかも、長らく苛めて来た相手にザマァして見せた大金星。

 

 勝利を、ノールレイン元帥は拍手を持って歓迎した。

 だが、一徹は違った。


押羅オラ、いつまでも呆けてやがんな。まぐれパンチ決まってめでたしなワケあるか固羅コラ。今の感覚が薄れないうちに、どんどん相手を投入していく。鉄は熱いうちに打てってな。ガミルナ?―


―わ、わかりましたわ―


 ガミルナなんて、オニィの勝利をジャンピング万歳で自分のことのように驚くのに。

 連戦求めた一徹によって、慌てて次の対戦相手を募った。


―ここからは、屍の山を所望する。お前が俺に許されるまで、はて、何人ノックアウトが必要かな? と……私、厳しすぎますか元帥閣下?―


―私もぬか喜びしてしまったが、乗らせて頂こう。その分貴殿も、今日までオニィに甘かったのだろうが―


―というわけだオニィ―


―ツゥッ!?―



――……オニィにとって、師匠山本一徹にも困ったものである。


―ゴメンナサイ!―


 悪意しかない一徹のニヤつきを目の当たりにして以降の、とある模擬戦闘。


 隙ができるまで亀のように防御に徹していたオニィは、隙を見るや両かいなを思い切り、挟み込む様に振るった。

 対戦相手を正面に、両耳に掌底を当てた途端パァンと鳴った音。


 当てた手を引いた後、相手は両耳から血を流してカッと目見開いたまま床に伏した。


―僕の意思じゃないんですぅっ!―

 

 またとある試合。無我夢中で放ったキックは相手の脇腹へ。

 相手もなかなかの反応だった。蹴りが来る方の腕を上げてブロック。


 メギャッとの音を、その場の誰もが聞いた次の瞬間には、蹴りを受けた力の流れの方面に対戦相手は吹き飛んだ。


 問題は……蹴り飛ばされたことでも、壁に叩きつけられて倒れたことでもない。

 ……ブロックした腕を庇うようにもう一方の腕を被せた対戦相手が、天井に向かってただただ泣き叫んでいたことだった。


―もう嫌です! もう無理です! 許してください!―


 更にとある試合相手は、ハイエンデオークの男性候補生。


 見あって、試合開始の号令を泣き言叫びながら待っていたオニィ。

 床にしゃがむと前傾姿勢を取った。

 前に倒れ込みそうな体を、右手指二、三本突き立てることで支えた。空いた左手は胸の前に掲げていた。


 ガミルナの「試合開s……」に間髪入れず、ハムストリング太もも裏の筋肉を爆発させる。秒も無く相手との間合いをゼロ……いや、マイナスにさせた・・・・・・・・

 

 突っ込んだと言うこと。

 牛の猛突進か猪突猛進か。

 重さと速さ混在一体の衝突力の度合いは果たして、数百キロか、トンか。


 立ち合いの、立った一撃・・・・・・・・・・・

 ハイエンデオーク男性候補生は壁に背中から叩きつけられ、後頭部を強く打ったのか昏倒してしまった


 ……いよいよ、オニィを再びイジメてやろうと息巻いていた者たちは、何かが大きく変わっていて、得体のしれない空気にドヨメキ始めていた。


 その得体の知れない何かがハッキリしたのは……それから数試合後の事。


―もう……いい……もう……ウンザリです……―


 既に二十は試合をこなしたオニィの体力は限界に来ていた。

 筋肉に乳酸が溜まったか、動きは精彩を欠いた。


 更にこの時の対戦相手はもはや、殴ったり蹴ったりして虐めるなど、フィジカルでは分が悪いと分かったのか、無詠唱魔技を口から放射した。

 暗さをたたえた白い光線は、濁流の様にオニィを何度だって襲った。


 それを……


―フゥッ……フゥッ……!―


 全弾、オニィは受け……止めていた・・・・・


 開いた足は肩幅よりもっと広い。腰を思いっきり落として両腕は肘から天井に立てるようにして顔の前に。


 相手の無詠唱魔技がオニィに着弾して弾ける。

 それでいてオニィは一歩前に出た・・・・・・


 続く無詠唱魔技はオニィが分水嶺であるかのように左右に分かれた。

 そこでオニィは更に、反対側の足を前に出すのだ・・・・・・・・・・・・


 繰り返し無詠唱魔技は出力される……のに、ズイズズイとオニィは対戦相手との間合いを、ゆっくり確実に詰めていく・・・・・・・・


―後少し……もう少し……―


 オニィ自身が気づいていない。

 戦いは痛い。投げ出したい。逃げたい。そんな当初のスタンス、既に目の光から失せていた。


 終わらせたい。

 それが今、オニィを突き動かす、彼の目に宿る強い意思。

 

 連続無詠唱魔技を受けながらも前に出るオニィのさまよ。さながら山の傾斜にならった激流に逆らって登るような。

 

 とうとう、今回の試合相手の顔色が豹変した。


 圧倒的タフネス。痛みと恐怖を凌駕して前に出ようとするオニィの心の強さ。


 もし、オニィに間合いを詰められてしまったならどうなってしまうのか。先程からオニィにやられた者達の例を思い出すだけで明ら…… 


 ダァンッとの爆音。

 お笑いのような「ヒィッ」との悲鳴を、対戦相手はひり出した。。


 それもそのはず。

 オニィに恐怖を抱いてからというもの、ただでさえ図体大きなオニィが一歩前に出るだけで、圧気と存在感で何倍も大きくなった錯覚を覚えさせる。


 オニィが前に出るたびに後ろに退がってしまった相手は壁に追い込まれ……


―もういいですか? もういいですよね? ウンザリなんですっ! 貴方達にはっ!?―


 終いには壁ドン。

 感情こもって力も入った。壁には手が触れた瞬間、八方に亀裂が走った。


 いじめっ子が怖いとかではなく、ただただ嫌なことを強制された。疲れてならない。止めたい。

 今や不機嫌さの方がオニィを支配して剣呑とさせた。


 苛立ちに満ちた確認と、もしここで反抗したなら今度は自分が壁と同じ道を辿るとも思ったのか、対戦相手はブクブク泡を吹いて白目で気絶あいなった。


―よぅっしOKだオニィ! お疲れさん。今日はこのくらいで許してやる!―


 いつ終わるとも知れない連戦。

 これを持って終了と告げる一徹の言葉に、オニィは崩れるように床に尻もちをついた。


―ハッハー。流石にもう搾れないね―


 そんなオニィの眼の前でしゃがみこんだ一徹は、人を食ったような笑みを浮かべていた。


―せ、先生あの……僕の事を『必要無い』って。アレは……嘘ですよね?―


―保留だ。嘘じゃあないが、連戦に次ぐ連戦で集中しきったお前さんの面構え。期待するものがあった。俺が感じたお前の才の片鱗。お前は捨てずに発揮してみせた―


―じゃあ!―


―良いぜ? 要らないって話は一旦忘れてくれていい。お前がお前自身を諦め、才能を捨てようとさえしなけりゃ、俺もお前を信じていきたい。お前さんは俺の嫁さんでも無し。無償の保障は得られないと知れ―


 正直オニィからしてみたら、この場で一徹が面倒を見てくれるとの確約を引き出したかったかも知れない。

 が、オニィが慣れ親しんだ一徹の優しい笑顔が見れたならホッとした所だ。


―さて?―


―わっ―


 一徹は笑み強めると、また強めにオニィの頭を撫でて立ち上がる。


―もっぺん改めて周りを見てみろ―


―周り……ですか?―


―そうだよ。今日のお前の実績だ―


 示されて改めて見てみる。


―お前が決して敵わないと思いこんでいた、お前を虐めていた奴らだ。お前が、たった一人でぶっ飛ばして見せた―


 言われ、オニィは胸に手を当てた。

 一気に、熱いものがこみ上げたに違いない。


―約束通り、明日の訓練はオフにしてやる―


 顔を綻ばせ、胸に当てた手を握り込むオニィを一徹は鼻で笑う。

 ふと、試合待ちの候補生列を眺めた。


―んーじゃ、どうしよっか。オニィはこれで打ち止めだから、僭越ながら俺が代役を務めるのも全然ありなんだけど……―


 この時には士師養成機関にて最強無比の一徹がそんなことを言う。

 「話が違う」や「キャネートンをボコりに来たんだ」と、聞いた者たちはスゴスゴ退きながら捨て台詞を吐いていった。

 

―言っておくが……ウチのオニィ・キャネートンは強いよ・・・・・・・・・・・・・・・・・?―


―ッツゥ!?―


 そんな者たちの背に、一徹はハッキリとぶちまけた。

 言った瞬間だ。去る者達は足早になったのだ。


―なっオニィ? お前さんは、強いんだ―


 クシャと笑って確認し直す一徹に、オニィは全身から汗を拭きだした。

 連戦とは別の意味で、体が熱くなったのだろう。


 最後の一言は、魔法の言葉。

 そう。オニィは魔法を見せつけられた。


 この日以降、目で見えるようにオニィをからかい、絡んでくる奴は、ぷっつりと途絶えたのだ。

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