テスト・テスト・テスト224

 ヒソヒソ話も小さくなければ内緒話になり得ない。

 自然と声が大きくなってしまうほど、その状況は目についた。


―えっと、メルシーク様に何したんです貴方は?―


―何だろねぇ。もしかしたら迸る熱いパドスを抑えられないのかもしれないねぇ―


 士師養成機関の食堂でお世辞にも美味いとは言えない食事をボソボソ咀嚼する一徹に、オニィは遠くから睨みつけるメルシークについて言及する。


―どうせ貴方がなにかしたんでしょう?―


―ヒデェ言いよう―


 長いものに巻かれなければ生きて行かれないオニィは、一徹を心配するよりも、共に行動することで一層自分が目をつけられることを恐れた。


 メルシーク・ストレーナスは、少し前なら「人間ごとき気にするに値しない」と吐いて捨てた。

 それが今では殺気を散らすのだ、一徹がなにかしたに違いないとオニィは思い至った。


―ま、問題はないよ。お前はただ俺に生暖かい目を向けてくれればいいのよ?―


―普通見守る側が暖かい目を向けますよね。僕の師匠を勝手に自称する貴方が言いますか?―


―あっはは。良いじゃない良いじゃない。俺達、親友の間柄なんだし―


―誰が!?―


―あらまお呼びじゃない? おっかしいねぇ。コレで俺も人が人なら「お近づきになりたい」ってんで高いハードルクリアしないと仲良くなれない高難易度攻略キャラなんだけどな―


―おかしな人ですね本当に―


 一徹のせいで自分も変な眼で見れみられる。ゲンナリ顔のオニィに、一徹はクツクツ笑った。 

 

―山本氏、今宜しくてぇっ!?―


 二人の昼食は、3人の輪となる。

 盆に配給された昼食をガタンとテーブルに置き、テーブル挟んで一徹の前に座ったのはガミルナだった。


 普通のゴブリンが必要とする3倍は盛られている。

 「食べ盛りの男の子なんだからモリモリ食べなさい」と、三分の一をオニィによそい直した。

 かくしてゴブリンにとって必要量の二倍を食べようとするガミルナだが、それでも一徹の盛りよりは少ない。


―カデリカさん。貴女は良くそんなハツラツしてこんな人に関わっていられますね―


―こんな人言うな―


 うんざり顔でカデリカに問いかけるオニィ。

 混血のオニィとは違って、ゴブリン種という魔族の純血には違いないガミルナだから、裏切り者と後ろ指刺されてもおかしくないのだ。


―何を言ってますの? 虚より実です! 名誉や誇りでお腹が膨れまして!? 山本氏は金になる木! どちらを大切にすべきかは明白ですのに!―


―うん忘れてた。貴女も大概変わっていますよね―


―オイ、金になる木って……―


―あーら、御不快になって?―


―いんや。わかりやすくて却ってありがたいよガミルナ―


 話は一旦ランディングしたからか、さっそく食事に手を付けるガミルナ。

 士師養成機関で訓練もハード、空腹極まりないはずだからガツガツ行けばいい物を。


―だからフォークとナイフって。あぁ、また俺の中のゴブリン像が壊れてく―


 綺麗な所作で食事を口に運ぶではないか。なんならナプキン使って口周りも拭っていた。


―それでどうされるつもりですの山本氏?―


―うん?―


―メルシーク様との悶着。どのように決着付けするか、もう目途は立ちまして? 立ちまして?―


=……え? /は?=


 涼しい顔で食事しながらのツッコミに、一徹もオニィも拍子抜けの声を挙げてしまった。


―メルシーク様からお命を狙われているのでしょう? それも1度や二度じゃ利きません。二週間前ほどから何度も―


―え? え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?―


 とんでもないことを言ってのけるガミルナだが、青天の霹靂過ぎるオニィは驚きを隠せず叫んでしまう。

 食堂の全員が一瞬で意識を集めた。気付いたオニィはこれに恐れて委縮した。


「チィッ! 腐れた忌子は静かに飯を食うことも出来ないのか」や、「卑しいゴブリンは人間族にも尻尾を振り始めたようだ」なんてヒソヒソ話がさざめく。

 まぁ大方は、人間族の一徹に対する静かな「死ね」コールが殆どなのだが。


 この空気に身を浸すオニィは顔も真っ赤に、息苦しい顔を見せる。


―おい、龍鬼魔人―


―えっ?―


 一徹に呼びかけられ、顔を挙げたオニィは……


―うん?―


 一徹とオニィの間に右手でVサインを作ると、オニィの目の前に向けて自分の双眸に向け直す。これを何度も繰り返す。

 柔らかな笑顔だ。「俺だけを見て居ろ」とでも言ってそうで、ゴクリと唾を飲んだオニィは少しだけ落ち着けた。


―よくそこまで知ってるねガミルナ。オルシーク坊ちゃんと俺だけの話のはずだが? みんな知ってたら、それこそ機関内の候補生すべてが俺を殺しにかかる話さ―


―小柄なゴブリンをお舐めにならないでくださいまし。実録、「ゴブリンは見た!」ですわ?―


―ハハ、なるほど? 人気のないところでやり取りしていたはずだったが、その体躯なら物陰に隠れてうかがい知ることもできるか。ヤレヤレ、ゴブリンは有能だね? ガミルナを前に、下手な隠し事は出来ないらしい―


―でしょう!? ゴブリンは有能なのですわ!? この私、ゴブリン種社会的地位向上委員会青少年の部委員長、ガミルナ……―


―あ~、わかったわかった。もう何度も聞いてわかってるよ―


―あらお人が悪い。言いたかったセリフですのに―


 まさに学内では3人だけの集い。

 周囲の者達の敵意が迸る中で、変わり者のガミルナはあまり気にしない感じ。気にしぃなオニィは無理やり一徹に意識を奪われる。


―あぁ、そうです山本氏。チョットこちらを確認頂けまして?―


 空腹が落ち着くレベルには物を口に通したガミルナは、おもむろにポケットから紙片を取り出した。

 受け取って目を通した一徹は……


―オイオイコイツぁ……―


 苦笑いを浮かべつつ、頭を右手で抱えた。


―ガミルナ・カデリカ。やはりこの娘も……天才か。それともゴブリンの特徴によるものか?―


―オッホホ! もっと賛美してよくってよ!? よくってよ!?―


 ご満悦なガミルナと打ちのめされた笑顔の一徹に、オニィは話が分かっていなかった。


―なんですコレ。変な文様ですが……人間族の言語の文章ですか?―


―人間族の言語にゃ違いねぇ。《桐桜華皇国語》って言うんだ―


―トーオーカ?―


―この世界じゃ、かつて俺しか使えなかった言葉だよ―


―貴方しか?―


―いまは水準に個人差は有れど、全世界で2,30人知ってるか知らないかの言語さ―


―えぇと、それってつまり……―


―初発注ですわぁっ!?―


 驚いた一徹をよそに、ガミルナは嬉々としていた。


―世界で2,30人しか知らない言語は、もはや言語というより暗号に近いのですわぁっ!? ゆえに私がこの言語を使えるイコール、山本氏に近しい存在だと。遠く離れた地のこの言語を知っている山本氏のお仲間は判断が出来るのですっ!?―


―はぁ―


―ハァ……じゃありませんわ!? 山本氏は遠く離れた地でもともと商売されていた。同じ暗号を使える者同士で山本氏との関係の共通化が図れます―


―それがなんです?―


―同じ俺の仲間同士でのやりとりがしやすくなるってことだよ。外部に漏れない形での俺ルートを確立することが出来る―


―えぇと、それってすごいことなんですか?―


―んまっ!? 図体デカくて大きな頭の中は空っぽですの!? その頭の中の脳みそも、知識貯え大きくなさいな!? ―


―やれやれ。凄いねどうも―

 

 ガミルナを見る一徹の目。いつもオニィを見る時と同じように温かいから、歓迎できる展開なのだとオニィは知る。


―人間族の国との交易が叶うのさ―


―い、いやいや。人間族と交易出来るわけ……―


―人間族の国にて俺がかつて展開した商会。働き手の中に、人・魔・獣・忌子をも抱えていたとするならどうだ?―


―ッツゥ!?―


 そこまで聞いて、ことの重大さがオニィにもわかった。


―人間族の国でしか手に入らない物の価値は、この《アマオウ魔国》では高値で取引される。ただ珍しいだけじゃない―


―人と魔の天敵同士の関係。滅多に取引がないから流通量もない―


―それはこの《アマオウ魔国》でしか手に入らないものが人間族の国において超貴重なのと同じ。だが……―


―種族枠のせいで取引が少なかった現状。でも、貴方の商会に所属する魔族が運搬などを行うなら……―


―この国の大半は魔族だから、同じ種族同士なら物の受け渡しはスムーズだろうよ―


―魔族の国以外からの流通量が……大きくなる。希少、貴重品の流入量がこれまでより格段に増える。しかもガミルナさんの商売相手との認証し合いは、《トーオーカ》という暗号を用いられる。だから誰かがいきなり途中参入や割り込みすることができない。すなわち……―


―下手すりゃこの国の外国貿易の大発展を、この娘が成し遂げる。喉から手が出るほど貴重な舶来品を、カデリカの商会だけが膨大に扱える。新規取引先の引き合いも増える―


―濡れ手に粟のビジネスモデル! 新規参入のハードルの高さ! 既に条件をクリアしているこのわたくしっ! ド・ク・セ・ン……ですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!―


 ゴブリン種の女の子が、最強に到りうるポテンシャルを一徹に認められた忌子の青年と、鬼にも修羅にも成れる人間族の男との空気を、この場は支配してみせる。


 喜びに興奮するガミルナに、参った様に一徹は朗らかに笑った。

 オニィは話の規模の大きさにポカァンと固まってしまったが、「食事の手を止めない! しっかり食べなさい! 今が食べ盛りの男の子なのですから!」と、ガミルナにたしなめられた。


 なんだろう。

 何かが大きく変わり始めていると、オニィは自らの胸に、少なからず熱が宿った気がした



――……そんな、ふたりの若人を前に期待と慈しみの目を向けていた一徹も……


―弱いなぁ、弱すぎる。士師養成機関の候補生長様はどんなものかと思ったが、非力だわ学ばねぇわ。今の立場は親の七光りなのかな? まぁ、お前の親も大したことなかったけど―


―だ……まれ……―


 本日の訓練課程が終了し、候補生たちが養成機関から姿を消したのち、人気のない武道館に残ったのは二人だけ。


―許さん……貴様だけは許さん―


―そうか?―


―父上の仇、この俺が必ず討って見せ……―


―んじゃ今討って見せろよ―


―グフゥ―


―「必ず」なんて言葉簡単に吐くんじゃねぇ。その一言を垂れ流せるのは、俺が都度お目こぼししてやっているからだと忘れるな―


―ガ……ハァッ!?


 対照的な人影だ。

 落ち着いた方の声は仁王立ち。苛立ちを隠せない方は床に伏せっていた。


 セリフの途中で鳩尾や脇腹を蹴られ踏まれ、息は絶え絶えだった。


―今仇を打てないお前が口にする「必ず」ってさぁ、「いつか必ず」ってことだよな。これが普通一般の人と魔の決戦なら、敗北は死。次は無いから「必ず」もないんだよ。おん前、甘えすぎ―


―グッ―


―しかも突っ込まれて黙るとか、図星かよ。魔族は誇り高いんだろう? その戦士としての矜持を見せてもらいたいもんだ。普通なら俺に何度もやられて生き恥も極まる。「これ以上恥を晒すつもりもない。殺せぃ!」って言ってもいいはずだが?―


 二人がこの場にいるのは、メルシーク・ストレーナスが父親の仇を一徹に望んでいるからだ。

 何度も決闘している。その度に一徹は痛烈な皮肉と共に、見逃してあげていた・・・・・


―それを言う覚悟もない。何度も俺に挑戦させてもらえているその甘えの数々。も少し俺に感謝してくれても良い―


―……くぅっ!?―


 これが、一徹がミシュティリル・ストレーナスに夫の魔剣を返してから最近の常。

 ナルナイの実兄である長男坊は、一徹への復讐を果たそうとしていた。


 ミシュティリルよりメルシークがまだまだ弱いことが幸いしたかもしれない。

 どんなに一徹が油断しても、メルシークにはやられない。それだけの実力の差があった。


 これがもしミシュティリルレベルであれば油断が出来ない。

 迷うことなく、一徹はメルシークを殺しただろう。


―まぁ、俺への復讐をお前の中だけで完結しようとしていることだけは評価してやる。お友達使って複数人で俺を袋叩きフクロにしようとしたり、カデリカやキャネートンを的にしようとしてたら、お前、その時点で終わってた―


 倒れるメルシークの頭近くに一徹はしゃがみ込む。

 話しながら右手人差し指と親指でメルシークの鼻柱を摘むと左右に揺さぶった。


―グッ……クゥッ!?―


 揺さぶりははじめ小さく。少しずつ大きく。

 遠心力もかけるとメルシークは目を閉じクシャッと顔になっていく。


―や……やめろぉぉぉっ!―


―おっとぉ!?―


 これを、感情の爆発とともに食い止めたのは……


―何やってやがんだアンタはっ!?―


―旦那……山本殿!?―


 どこからか現れたアルシオーネ、そしてシャリエール。


 現れるなり憤怒のアルシオーネは、鼻っ柱を軸にオルシークの頭部を揺さぶった一徹に体当たりをかまそうと突っ込んだ。

 一徹は楽しげに声を上げると、メルシークを開放して大きく後ろに飛んだ。


―メルシークけい! ご無事ですか!?―


―なんてやつだ。お前が来てくれねば、俺は意識を刈り取られていたアルシオーネ―


 一徹から開放されたことで床に四つん這いになったメルシークは自分で顔を何度も振った。

 その背に手を添え、呼びかけるアルシオーネは片膝をついた。


―……何があったのです山本殿?―


―うん? いんや、なんでもありませんぜフランベルジュ特別指導官殿?―


 魔族若人二人を尻目に一徹に問いかけるシャリエールだったが、一徹はのらりくらり躱すから下唇を噛んだ。


―そんな顔しないでくれ。結構響くんだ。特に、お前から……―


―お……前?―


―……いんや、なんでもない―


 シャリエールの憂いた表情に対し複雑そうに笑う一徹だったが、忌々しげな顔のメルシークが今の呼び方に不意にキョトン顔するから、ゆっくりと何度も首を振る。


―さ、じゃあ今日は御披楽喜おひらきということで―


―ま、待て!―


 思い詰めるようなシャリエールの目を見ないように、一徹は背を見せる。

 メルシークは引き留めようと声を挙げるが、一徹は其の場から離れる足を止めなかった。


―無理無理。しばらく使いもんになんないよお前さん―


―なんだと!?―


―頭をゆさぶった。頭蓋の中で、頭蓋の内壁にお前の脳みそは右に左にぶつかった。脳震盪。身体に司令出す電気信号は……って、言ったとこで分かんないね?―


 メルシークらに、果てはシャリエールにすら背を向け離れる一徹。


―こんな大雑把で、技でもなんでもない動きに伸されるんじゃ、まだまだ俺にゃ遠いねぇ。坊や?―


 ヒラヒラ手をはためかせ、そのままその場を後にする。


 一徹がいなくなった修練場。

 轟くのは、悔しさとめどないメルシークの咆哮。



――人間族にとって天敵魔族の国に滞在することは、一徹を一徹足らしめなくするだろうことはシャリエールも予想していた。


―良い加減にしてください旦那様っ!?―


―おぅふ、悪いシャリエール。なんか怒らせたかな?―


―分からないんですかっ!?―


―分からない……訳じゃないけど―


―だったら私が分かりません! 旦那様のお考えが、何がしたいのか私めには分かりません!―


 恐らく一徹と出逢って史上、最もシャリエールと一徹の関係が良くなかったのはこの時期なのかもしれない。


―ただでさえ旦那様にとって全方位致命的危険のある地。なのに何故、更にお命を狙われるような運びになさるのですか!?―


―ハハハ、気にしすぎ―


―そんなわけ無いでしょう? 今日という今日は言わせていただきます!―


 対一徹にここまで言えるのは、主従の関係を一徹が解消した故か。

 このように吠えるのは、主従を超越するシャリエールの感情故の物だが。


―ストレーナス邸に赴き、奥方に対し旦那様が御主人を殺害した旨告白なされたと耳にしたとき、私は生きた心地がしませんでした! 奥方に自らの命持って贖おうとしているのではないかとっ!―


―安心しなって。死ぬつもりはないし、復讐なんざやらせないよ―


―ではなぜメルシーク・ストレーナスの報復に付き合おうとするのです!―


―う〜ん?―


メルシークの復讐に一徹が応える場面を見てしまったシャリエール。

 厄介になっているグレンバルド邸に戻ってから、一徹の部屋までやってきて問いただす。


―くぅっ―


 ろくに一徹が答えてくれないのが、ある一定点に至らせたのか、シャリエールはその場を走るように去ってしまった。


―ったくぅ。お前はシャリエールを苦しめるだけ苦しめるよなぁ―


―見ていられませんね。フランベルジュさんの気持ちがわからないほど、貴方も若いわけではないでしょうに山本殿―


―っとぉ?―


 居なくなったシャリエールの背を目で負うわけじゃない。

 やらかした事に後悔の笑みを浮かべながら頬を指でポリポリやる一徹に、呼びかけたのはマスターグレンバルドとその夫人。

 許可も求めず部屋に入ってくるではないか。


―さぁて、ギルドマスター命令。有り体に話しやがれ―


―がっ―


 まず、マスターグレンバルドは一徹のベッドに腰を掛ける。


―我が家の食客になった貴方達二人ですが、存在感が強すぎます。その貴方達の空気が悪くなれば、家中の空気も悪くなる。晒しなさい―


―ぐふぉう―


 そして当主から家の守りを任される女主人は言い放って、部屋の文机備え付きの椅子に座った。


 座れる場所すべてを占領され、夫妻から借りてるとは言え、部屋の主には違いない一徹は納得できなさそうな顔で床に座り込んだ。


―んじゃ、駆付け一杯―


 マスターグレンバルドは、ハイエンデオークの体躯にしてやっと丁度よいレベルサイズのジョッキを三つ取り出すと、並々注いだ最初のジョッキを一徹によこす。

 「乾杯などいらない。まずは煽れ」とジェスチャーを見せた。

 

―『駆け付け一杯』って、ここまで来たのはお二人じゃないですか―


 不承不承これに習った一徹はジョッキを仰いで……


―それで、何故貴方を恋い慕うフランベルジュさんを困らせる真似を?―


―ッ!?―


―ズルい人。酷い人。知っていて弄ぶなんて―


―ブッ、ブグッ! ングゴッ……ゴッ……ゴホォッ! ンヅゥ! クッ……カァァァッ!―


 笑えないほどに強い酒を正しくない形で嚥下した。

 舌と喉を焼いただけじゃない。食道は勿論だが変な拍子に呼吸器系に入りそうになってむせたことで、そのあたりもアツくなった。


 一徹にとって辛いのは、そんな場面を見せてなお、夫妻二人の目の光が一切弱まらないからだ。


―あ、貴方達ほどの方がらしくない。そんなわけがない。有り得ない。わかってるでしょう?―


―えぇ、あり得ないことは分かっています。だからどうするつもりか聞いています―


 どちらかといえば、マスターグレンバルドよりも妻の声の方に雰囲気があるというか。


―もう一度聞きます。貴方はフランベルジュさんからの想いに気づいていますね?―


 黙ってグレンバルド夫人を見つめ返した一徹はため息をついて項垂れた。


―答え。気付いています。展開……進めるべきじゃありません―


 観念するしかない。そう直感した。


「さぁ! 全員刮目なさい!? 今こそ旦那様の私への秘めたる想いが小娘皆様に周知されるその時っ!?」


「「「うわぁ……」」」


 胸が苦しくなって部屋を飛び出したのはあくまで記憶の中のシャリエールだ。

 一徹の深層心理にダイブしてこの記憶を眺めるシャリエールは、なんなら小躍りすら見せて浮足立っていた。


 言われた側の、この記憶にダイブした三人は三者三様の様子だが総じてネガディブな受け止め方をしていた。


 記憶を見守るアルシオーネは口角をヒクつかせながら、様子を見るようにルーリィをチラチラ見ていたし、魅卯はコメカミをピクピクしつつ複雑な顔。これが漫画なら青筋まで経っているかもしれない。


 ルーリィについてだが……


「あ、あのトリスクトさん大丈……トリスクトさん?」


 光景に身体も顔も向けながら……白目を剥いていた。身体なんて凍り付かせていた。

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