テストテストテスト215

 婚活に明け暮れた異世界の五年目が終る。

 

―そろそろ出航の時間……か―


 明確な差をルーリィに見せつけられた当時のシャリエールは何を思っていたか。一徹にとって知る由もない。

 だがルーリィと結ばれたこと・・・・・・・・・・・は、一徹にとって確かなる幸せだった。

 心の底から、穏やかな時間を暫く過ごすことが出来た。


―君はここ迄でいいよ一徹―


―すまねぇなぁルーリィ。本当は最後まで見送るべきところだ―


―皆まで言わないでほしい。ちゃんとわかってる。それに君が見送りにこれない理由と責任は、私にある―


 この日は、別れの日。

 一徹が仲間と共に支配する海洋立国この港町から船に乗って、ルーリィは洋行ルートで母国へと帰らねばならない。


―行くな……―


―んっ―


―行かんでくれるといいなぁ……なんてな―


―うん、いいよ?―


―即答かよ……ックク。ありがとな。んでもって悪り。無理難題言っちまった―


 ルーリィはただの女ではない。伯爵家当主代行という立場を全うする責務がある。

 どうにもならない。だから約束されたルーリィとの再びの別れを、一徹は冗談交じりながらも惜しんでまう。


 複雑そうに笑う一徹の左頬に右手を添えたルーリィは、そのまま一徹のうなじに手を掛けると自身に寄せる。

 

=んっ=


 少し背伸びをしたと同時、一徹とルーリィはくぐもった声を挙げた。


―ううん、引き留めてくれた。言葉にしてくれて、私も耳にできて、君の想いを感じ取れる―


 港湾部の人気ない物陰に二人。

 先日の根掘り葉掘りルーリィが聞きだしてから今日までに、幾たびも重ねてきたキスも別れの前とあってこれが最後のものとなった。


―……ルーリィ様・・・・・、お迎えの方が参りました―


 二人の顔は離れ、互いに見つめあう。 

 一徹の想いへの回答を見せルーリィが薄く笑ったところで現れたのが、シャリエールだった。


―例の……王子殿下ですが―


―あぁ、ありがとうシャリエール―


 たった今の二人のキスを見てしまったシャリエール、人形のような感情ない顔で淡々と告げてくる。

 呼び方も改まった彼女に、ルーリィも真剣な顔で返した。


 数秒見つめ合うも、シャリエールが踵はを返し港湾部に去っていくから、ルーリィはその背中を目を細めて眺めた。


―さよならだね一徹―


―おう―


―でも、もう私には気兼ねしなくていい。手紙を送るよ。君も書いてくれ。今回の事があって、中々私は国外に出れなくなるだろうが、君はいつでも私に会いに来れる。会いに……来てくれるね?―


―俺も《種族無関係対等》の仲間の面倒を見なくちゃならない。なかなか体は開かないだろうが、無理やりでも時間を作るさ。できる大人ってなぁ、目的のために時間を作るものなんだぜ?―


―それでいい―


 シャリエールのあとに続こうとして一歩踏み出したルーリィは、


―……謝らないからな。アーバンクルス王子殿下とのこと。ルーリィを……苦しませたとしても―


 その一言に足を止めた。


―不安になるなよ一徹―


―いいんだな?―


―君が気にすることじゃない。私がハッキリさせるべき問題。人聞き悪い言い方だが、私は君を選んだ。それで良いじゃないか―


 一徹が気にするのももっともなのかもしれない。


―君が、今更不安にならないでほしい。私まで不安になってしまう。私は君にハジメテを捧げた・・・・・・・・んだ。その責任くらいは取って貰わねばね?―


 正しく、ハッキリ言って……今日この日までに一徹は、アーバンクルスと交際状態にあったはずのルーリィを何度も、何日も、来る日も、明くる日も寝取っていたには違いない・・・・・・・・・・・・

 

 ハッと目を見開いた一徹は、クツクツ笑うと、急にニッと悪辣な笑みを見せた。


―バーカ。責任を取るのはお前だルーリィ・・・・・・・・・・・・・・。年上のオジサンにとって恥ずかしくてこの上ない、年下の女の子に弱みも何でも打ち明けさせた。そのうえで俺の心を救いやがって。絶対……手放してやらねぇ。覚悟しろ?―


―フッ、望むところ―


 逆に不敵な笑みを返されてしまうから、一徹は押し負けたように呆れ笑いを浮かべてため息をついた。


―……異世界人だ・・・・・


―えっ?―


―異世界人なんだよ、俺。もともとはルーリィ達とは違う世界から来た存在。ハハッ、マンガだろ―


 ルーリィにとっては不意打ちすぎる、よくわからない話が飛び出る。

 だがそれは、一徹がルーリィなら全てを受け止めてくれて、決して他言もしないと信頼があった故だ。


―今度会ったら、詳しく話したい。全部さらけ出す―


―馬鹿野郎が。どうして、今だ?―


―なんでかな。ちなみに、この話を知っているのは2人だけ―


―2人?―


―ルーリィはその二人以上のことを知ることになる。まぁその二人にはもう……会えないんだが……―


 一人目、トモカの事だ。

 異世界2年目の終わりに、一度桐桜花皇国に帰れた一徹は、トモカに洗いざらい話したことがあった。

 ほどなくしてまたこの世界に跳んでしまった一徹では、トモカには会えないのだ。


 二人目、リングキー・サイデェス。

 異世界に飛んだばかりで頼るべもなく、リングキーに依存し恋をした。信頼は絶大で、苦悩を吐露した。

 その後、彼女は死んだ。当然、もう二度と会えない。


―わかった。次会える時を、その話を聞けることを楽しみにしておく。その秘密すら私に有り体に話すことで、君の気持はもっと楽になるかな?―


―悪いなぁルーリ……―


―だが一つ、気に入らないとも言っておく―


―ん?―


―二人はどうせ、女だろう?―


―え?―


―しかも君の過去の女だ―


―げっ―


 その当時のルーリィは、一人目と二人目の女の事をよくわかっていない。

 ただ、今自分が一徹と真剣交際する中で、過去の女性を匂わされて面白いはずがなかった。


―過去に浸るのが悪いことだとは私も思わない……けど、優先するはその二人なのかい?―


―完璧なる失言。いまのは本当スマナ……―


―例えばだ。君が誰かと付き合っていたとして、その女性が過去の男性と君とを比べたなら、どう感じる?―


―だ、だよねぇどうも―


―ま、だとしても私は、君の過去の女二人に後れを取ってるところなど、何一つないと自負している―


―ッツゥ!?―


 その場から離れようとしていたルーリィ。再び一徹との距離を縮めた。


―私がいる―


 一徹の正面に立って、一徹の顔を両手で挟み込んだ。一徹の視線を、無理やり自分に向けさせるように。


―今、君の目の前には、私がいるだろう?―


―……あ……―


 瞬間だ。

 一徹の目に宿った濁った光が、久しく澄み渡った光に煌めいたのは。

 

 ルーリィは、それ以上一徹に何も紡がせない。

 右手で自らの唇を抑えて、その手を一徹の口に当てて拭うように滑らせる。


 その場の話しはそこで終わり。

 ルーリィはウインク一つ見せて、その場から停泊しているだろう船に向かうべく姿を消した。


 後に残るのは……


―……敵わねぇなぁ……―


 感嘆と呆けが混じった一徹の溢しのみ。


「あ、あの……フランベルジュ教官」


「何も言わないでください。月城訓練生」


 こんな記憶を見せつけられる記憶にダイブしたシャリエールは、魅卯の呼びかけにそっけない。腕を組んで背を向けていた。


「そんなことよりも……貴女の方が大丈夫なんですか月城訓練生?」


「えっ?」


涙を……ふきなさい・・・・・・・・・


 しかしそれ以上に光景に打ちのめされていたのが魅卯だった。

 知らずの内にハラハラと、涙がとめどなく溢れているではないか。


「心が折れては、ここで記憶に呑まれます」


 シャリエールが魅卯を心配する理由は、今更語らない。


「ハッピーエンド……だよね?」


「ハッピーエンドなのでしょうね。『過去より今を見ろ』とハッキリ言われたその時、過去リングキールーリィ様に塗りつぶされた。リングキー呪いを引きずる一徹様は、ルーリィ様を想うことで解き放たれた。でもそれは私にとっても、月城訓練生にとってもハッピーエンドではない」


「どうしてこと恋愛において、好きな人から過去の相手を思い出し、比べてほしくないか分かった。ただ『自分がいるのに』って気に入らないだけじゃない」


「そうですね。特にこの記憶にダイブして、それは私も同じ意見です。トモカ様との青春、リングキー・サイデェスとのひと時、その時の旦那様の幸せそうな顔。そうして今、トリスクト様との一幕。『こんなの……勝てない』と打ちのめされる」


 泣いてしまって、声も詰まってしまう魅卯の言いたいことを、同情したシャリエールが代弁する。

 記憶を遠目に眺めるルーリィは、知ってか知らずか、そんな二人に一瞥もしようとしなかった。


「……でも、それでも私は、あの方を諦めませんでしたが」


「あっ」


 悲しさに呑まれそうになった魅卯は、しかしシャリエールの発言にハッとした。


 そうなのだ。

 この一幕にあったことを、当時リアルタイムで見ていたシャリエールが打ちのめされなかったわけがない。 


「厳密にはハッピーエンドではありません。ここから後3年、一徹様にはありますから。更に気を強くした方がいいですよ? 次に貴女たちに見せつけるのはこの私です」


 それなのにシャリエールは、未だ一徹の隣にいる。

 誰より一徹にとって大事なルーリィと、双璧を成すように立っている実績を打ち立てているのだから。


 ルーリィが光景を黙って見続けていたのは、ショックに落ち込む魅卯を多分見ていられなかったからだろう。

 シャリエールが力ある言葉でそんなことを言った段にあって、やっとルーリィは二人に顔を向けた。


「本当に厄介だ。我が終生のライバル殿は」


 そのルーリィの表情。実に、参ったようなもの。



――厳密には、ハッピーエンドではない。

 

―差し……出せ……差し出……せ―


 シャリエールの発言が正しかったことを、魅卯は知ることになった。

 

 ルーリィが一徹のもとから離れて一月ほど。


 一体で男の声と女の声、子供の様な声の三種を同時に。「サシダセ」と繰り返し放つ異形が、何十何百と突如現れ、一徹と仲間たちの街を襲撃した。


「何アレ? 良い言い方が見つからないから用いる言葉だけど……混血? 忌子?」


「近からずとも遠からずです。月城訓練生」


 異形との表現はおかしくない。


「神族。其は全を兼ね揃えた存在」


 苦しそうに歯噛みしたルーリィの答えに、魅卯は呆気に取られる。

 よもや、「神」……などと。


ある意味での世界の真理の一つ・・・・・・・・・・・・・・さ」


「神族が……世界の心理の一つ?」


 異形は異形で、凄まじく立った特徴を持っていた。


 獣人族の様な体毛に覆われているが、体中ではない。

 興奮状態の魔族が良く見せる、刺し貫き切り裂くために一瞬で伸ばす長くて鋭い爪を五指に生やした。

 だが肌の色は魔族のような浅黒いものではない。人間族が持つとりどりの色を一体一体持っていた。

 そうして耳。エルフのように斜め上に長い。

 全身を鎖よろしく呪詛のような文様に巻かれており、呪詛自体は光っていた。


―大丈夫かお前達、兄弟っ!?―


―あの敵性体は厄介すぎるぞ一徹! 属性が2つ以上混じった攻撃でなければ打倒せん!―


 すべての種族の血と力と特徴が備わった者たちは一体一体、凄まじい力。


 様々な種族、二族以上の血を引いた忌子の連合を率いる一徹でも、苦戦を強いられた。

 相手が人間なら人間、魔族なら魔族と、単一種族の軍団相手にこれまで常勝無敗、無二の強さを見せていた一徹の軍がだ。


 これを半壊させることで、敵集団が動きを止めて双方睨み合いを始めたところで、


―差し出せ……ヤマモトイッテツ……―


 同時に三種の声吐く幾百が新たに紡ぎ始めた。


―《ルアファ王国》インピン領都ガウクス、《タベン王国》廃都市ベルトライオール、《タルデ海皇国》メンスィップ……悪しき人間社会広しといえど我らを打ち倒せし三都市。その何処かに、ヤマモトイッテツがいる―


「あ、『悪しき人間社会広し』ってどういうこと?」


 数百体の異形が話す意図を掴みかねる魅卯は眉を潜めた。


「また、一徹様の物語は大きく動く。この襲撃はその口火のようなものでした」


「口火って、フランベルジュ教官それは一体?」


 シャリエールが答えるも、答えになってないから魅卯は腑に落ちない


―絶やさねべばならない。偽りの亜神。《ササヌーン・ムカータ》のかむなぎは、この世の均衡を打ち壊す。差し出せ……差し出せ―


「巫……神の使徒巫女かむなめの男性名詞。それに《ササヌーン・ムカータ》ってどこかで聞いて……」


 あまつさえ神とまで飛び出した場。シャリエールが「ことの運びが大きく動く」と言ったから、なにかとんでもなく大きな出来事だと魅卯も伺えた。


「今挙げられた三都市だけじゃない。じつは神族が突如現れ破壊活動を始めたのは、それこそ人間族すべての国、市町村でだった」


「えぇっ!?」


「ローラー作戦って奴ですよ。何処に一徹様がいるかわからない。白日のもとに引きずり出そうと」


「世界中の人間族集落の中で、今挙げられた三都市だけが神族の侵攻を食い止めた。食い止め方は……一徹と密接に関わって来た者達でなければ成し遂げられない方法だった。つまり……」


「山本さんの居所が前述の三都市であることが、人間世界全域にわかってしまった?」


―異なる次元より来しもの弁えよ。均衡を破ると言うなら、我ら真なる神の子、世界の子らがお前の大事な一切合切摘み取ろう―


 結局。一徹はそれでいて前に出なかった。

 誰も一徹を差し出すこともない。

 だが、警告自体は通ってしまった。


 言い残し、眼の前の数百の異形達は自らの肉体をスゥッと透過させる。そのまま空気に溶けいった。


―兄弟よ。人間族の神、《ササヌーン・ムカータ》の巫だと言うのは誠か? 異なる次元とは、一体どういうことなのだ?―


 程なくだ。

 一徹の敬愛する兄貴分、フローギストが確認を入れる。


―バックレは効かない。そういうことかよ。引きこもることすら……許されない?―


 だが、一徹は達観とした表情のまま虚空をしばらく見つめた。


 そうして……


―悪いな兄弟。突然過ぎるが俺、旅行したくなってきた―


 静かに溢した。


「は、話が見えないんだけど」


 ルーリィとくっついた。

 遠距離恋愛とはいえハッピーエンド……となるはずなのに、どうやら一徹にまた不穏な風が吹きすさぶ。

 

 光景を目に、それが何故か記憶たどる魅卯にはわからなかった。


「まず私達の世界は、常に冷戦状態であった事を認識しておくのが良いでしょう」


「冷戦?」


「《白と黒の大戦》。人間とエルフを白、魔族と獣人を黒の側として、このときから数百年前に世界の覇権をかけた大きな戦がありました」


「前の戦は白の側が勝利した。環境の良い土地の殆どを人間とエルフが占有した。とはいえ覇権を握るまでには至らなくてね、そこからずっと数百年両サイドの睨み合いは続いていた」


「来るべき《第二次白と黒の大戦》ってこと?」


「何故か分からないが、最初の大戦から数百年が経ってこの時の私達は、『今日明日にでも大戦が再び勃発する』と薄々感じていた」


「そのなかでも神という存在は、種族の意識を纏め上げ、士気を高める精神的な支柱だった?」


 ここまで聞いて、ゴクッと魅卯は唾を付け飲み込む。嫌な予想が頭に過り始めたからだった。


「そうだよ魅卯少女。一徹は人間族にとって戦の旗印・・・・・・・・・・・・・・。神への信仰を大義名分とし、戦いと相手の殺戮を正当化するシンボルに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なれるのさ・・・・・


「ちょっ、ちょっと待って! さっき神族の侵攻は人間社会全国、全市町村って言ったよね!? だったら……」


 魅卯も気付いた。

 やはりそれは一徹にとって絶望的な話の流れだった。


「君の予測のとおりさ。一徹と港町で別れた私も、一月後には祖国に帰った。そこでも神族達の襲撃を受けてね、そして今一徹が聞いたこととまるで同じセリフを私は違う場所で聞いたのさ」


「士気を上げ覚悟を決めさせる精神的支柱は、時に集団にとっての武器になる。わかる気がする。《山本組》に山本君がいるのといないでは全然違う」


「山本一徹が人間族にとってどういう存在で、どこにいるのか。人間の社会中が知って、しかもその信憑性は眉唾にならないのさ」


「信憑性があるってことだよね?」


 魅卯は呻くしかなかった。

 突然人間族の全国全市町村に町ごと数百で現れる。

 攻撃は尽く神族に通らず、神族の攻撃だけは発揮される。

 そんなの出来たとして神業だ。だがやってみせた存在は神なる族を自称する。


 凄まじいことをやったなら凄まじい存在に違いない。

 なら神の子自称も信憑性があるかもしれない。その、発言についてもまた。


「信じられてしまった?」


「だから一徹は一人、仲間の元から離れようとしたんだよ。人間族の神の巫が手中に入れば、《第二次白と黒の大戦》でも白側が勝利できるかもしれない。狂ったように人間族は一徹の身柄を抑えにかかるだろう」


「その為の犠牲は幾ら払っても厭わないということです。例えばそれが、先程上がった三都市、一徹様と馴染み強い仲間たちを巻き込んだとしても。フローギスト様やハッサン様。ご家族様などなど危機が及ぶとしたなら」


 そういうことだ。


 一徹の身柄を抑えるに手段を選ばないかもしれない人間族の魔手が、自分の周囲へ及ばない様に自分から距離を取るしかないと一徹は判断した。


「嘘。せっかくここまで来て、また山本さんは独りを生きるの?」


 どこまで行っても、一徹に安息は許されない。

 一体この生き地獄は何なのだと、魅卯は同情以外湧いてこなかった。

 

「や、山本さんの気持ちはわからないでも……って、山本さん自身が信じたの? いきなり自分が神様の使徒だなんて、そんな突拍子もない話」


「もし……自分が巫であることを、実は知っていたとしたなら?」


「えっ?」


「夢見の術で、私達は一徹の記憶を飛び飛び見てる。跨いだ間に、それを知る場面があった」


「覚えていますか月城訓練生? この世界、今の一徹様。それが二回目の転移から続いていることに」


「二度目……そういえば山本さんは異世界二年目、トリスクトさんを陰謀から救ってすぐ、一度私達の世界に戻ったって……」


 ダイジェスト版とはいえ、魅卯だって一徹の異世界約5年分の記憶をトレースする。

 分からないことも多いが、知っていることも少なくない。


「初めて一徹様を飛ばした存在と二度目に飛ばした存在は違うのです」


「一度目は、確かカラビエリさんの手違いによって。まさか、じゃあ二度目に私達の世界からこの異世界に山本さんを飛ばしたのは……」


「飛ばしたのではありません。召喚したのです。《ササヌーン・ムカータ》が自身にかしずく巫として、一徹様を召喚したのが実際のところだった」


「一徹に、私達の世界で一徹がすべき事を吹き込んでいたのさ」


 くわっと魅卯は目を見開く。

 きっとそれこそが、意を決してルーリィに「自分が異世界から来た人間」だとカミングアウトしたとき、伝えたかった真相なのだと確信した。


「……神族……亜神……ん?」


「フム、君は聡い。何が勘付いたようだね」


 今の光景を見やった魅卯は整理しようと虚空を眺めてブツブツ呟く。

 ピシリと動きを止めた。


「もしかして《白と黒の大戦》って言うのは、ある種の宗教戦争なの?」


「その心は?」


「山本さんが巫として遣える神は《ササヌーン・ムカータ》。でも、コレをあの神族達は『亜神』と蔑み、自らを神の子と称した。それってつまり、神族には神族の神様が居るってことに他ならない」


「うん、いい読みだね」


 魅卯の推理は、苦しげな笑みのルーリィを見れば近いことが伺えた。


「そう、神族達には彼らの神がいた」


「因みに言っておくと、その神は神族だけにあらず、私達魔族も崇める神です。名を《ヴァラシスィ》と言います」


「ヴァラ……え゛っ!?」


 その名は魅卯も知っていた。

 最近そんな名をした、女神とも思しき美しさを誇る女に会ったのだから。


「あぁ、勘違いしないでくださいね。私達の知るあのお方は二代目。《白と黒の大戦》で言及されるのはその母君でいらっしゃいます初代様です。《創世神・・・ヴァラシスィ》」


 とんでも事実に、魅卯は緊張と驚きから急に喉の乾きを覚えた。


「しゅ……宗教戦争なんてレベルじゃない。もはや御伽噺いえ、神話……」


「要はね、代理戦争だったんだ」


「代理せ……」


「時に戦争は神々の遊戯とも聞くよね? 戰場は盤上。兵を駒とし勝敗を掛ける遊びだと。違う」


「違う?」


「自らの闘う力は己の信者、崇める種族に委ねぶつけ合わせる。《創世神ヴァラシスィ》は魔族や獣人族に委ね、《ササヌーン・ムカータ》は人間族とエルフ族に託した」


「そしてその戦に勝ったほうが、敗者側の総大将を滅する好機を得る。正しくこれは己が生存を掛けた、神々の死闘なのです」


「世界の命運を決するほどの戦争。そのキーパーソンが山本さんだなんて。一体どうして……」



――さて、そんな出来事があった翌日には、一徹は仲間の元を去り旅に出た。


 準備に時間をかけることで、これまで協力関係にあった人間族貴族ヅテに捜索、確保されてしまうかも知れないし、それでは仲間に危害が及ぶ。


 だがこんな短い時間での出立にも関わらず、一徹の支度は完璧だった。

 いつか避けられない旅に出なければならないことが分かっていたのかもしれない。


―一徹さまぁっ!?―


 自身の住処の街を出、街道を一徹が踏んですぐのことだった。


―私もお供させてくださ……いえ、お供致しますっ!―


 一徹を呼び止め、振り返らせたのは……


―……どうしたんだシャリエール。そんな血相変えて?―


―私も参ります!―


 追ってきたシャリエール。

 着の身着のまま。使い慣れた武具装備品以外は手ぶら。


 急いで追ってきたのか、両膝に手を当て前傾姿勢。ゼハァ荒い吐息と共に、絶え絶えになりながらも一徹に懇願した。


―ありがとなシャリエール。凄い嬉しい。が……もう俺の事は気にしなくて良いんだぜ?―


 叫びを受けた一徹。

 口元は複雑そうに歪んでいた。でも目尻は下がっていた。


―言ったじゃない。ヴィクトル含めお前や他の二人にも『暇をだす』とね。ならお前たちはもう、俺の使用人という身分からも、主従の関係からも開放されている―


 そう。旅に出るから、一徹は使用人たちとの関係を清算していた。

 別に使用人たちの行動、活動範囲にこれまで制限を貸したつもりはない。だが、立場を解く事によって、「自由な存在、好きに生きてみろ」と説いたつもりだった。


―そう、だからこそ私はここにいます―


―え?―


―私は自らの意志でここにいます! 後悔はない。貴方を支える。ちゃんと覚悟だってしています! 私は……貴方とともに参りますっ!―


 その自由、考え抜いた上でついて行きたいとのシャリエールの発言。

 受けてポカンとした一徹だったが、やがて神妙な顔にて口を開く。


 開くが……何も出ず、そのまま閉じることになった。


―やれやれだねどうも。ったくぅ―


 「自由に考えて生きよ」と自分が言ってしまった手前、自由になったシャリエールの思いと願いを無碍にするのは無粋とも思ったのかもしれない。


―……行くか?―


―ッゥ!? ハイッ!―


 深く論じることもない。ありのままに受け入れた一徹は踵を返し、シャリエールはその後を追う。


 街道を行く人魔のユニット。

 その姿は、巻き上がる砂埃に消えてしまった。


「さぁ、大変永らくお待たせいたしましたお二人共!」


 その光景を見届けた記憶にダイブした三人。

 いきなりシャリエールが躍り出た。


「刮目なさい! ここからはぜーんぶ、私のターンです!」


 その表情は勝ち誇っていて、それを見るやルーリィはゲンナリしていた。


「……やっと来やがったな? 随分待たせやがって。な~にしてやがった」


 そこに、三人とは違う、4つ目の声。


「師匠6年目の記憶は、俺も帯同させてもらう。色々ここまで、ヒデ〜もん見せつけられただろうが、残りあと2、3年分。オラ、気合入れ直せや」


「グ、グレンバルドさん。無事で……」


 5年目の記憶が終わり6年目へと差し掛かる。

 現れたのは、共に一徹の記憶にダイブしたアルシオーネ。その場にナルナイがいないことに気づいたのか、剣呑な表情を浮かべていた。

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