全キャラ好感フルカンスト！ 記憶なくして若戻り！

四者四様

「お、おぉエメロード」

　その表情と振る舞い、ルーリィにとってアルファリカ公爵の感情を容易に伺わせた。その一方で不憫だとも思った。

「我が、娘よ……」

　父親アルファリカ公爵は、生還したわが娘を前に体を小刻みに震わせ、信じられないという表情を浮かべる。

　飛びつきたいのをなんとか押さえつける代わり、利き腕を伸ばしたというのに……

「いかがしたのです?　お父様」

　その正面に立って公爵を臨む、娘のエメロード。

「む、いや……よく帰ってきたなエメロード」

「ご心配をお掛けし、申し訳御座いません」

　不思議そうな顔を浮かべて首をかしげ、結局その意図わからぬまま、今度は頑なな雰囲気で答えた。

　あの襲撃から数週間。

　ラバーサイユベル伯爵の治める領土の都、《レズハムラーノ》。場所は伯爵の屋敷の広い一室。

　自領に帰ったフィーンバッシュ侯爵は除く。

　この屋敷に滞在していたアルファリカ公爵、ルーリィと先日王都から帰ってきたアーバンクルスは、エメロードに注目した。

　どこからエメロードを連れ帰ったかは決して口にしなかったラバーサイユベル伯爵は、アルファリカ公爵へ無事にエメロードと引き合わせられたことに安堵の面持ちを浮かべた。

　これでエメロードの保護という務めは終えられたのだ。

「どうぞ私ごときへの心配などなさらず」

「お……まえ、如き?」

「お父様には重要なお役目が御座いましょう?　状況は決して静観できるようなものではないはず」

「な、何を言っているのだ？」

「公爵家（わたくし）主催のパーティで、各家からのたくさんの来賓が殺された。しかも襲撃が起きたのは、同盟に関わる者たちの懇親の場。同盟推進派の長たる我が家はいま、旗色が相当にお悪いはず」

　命からがら、やっとあの襲撃を生き抜けたのだ。そしてその後に父と娘はすぐに別れた。

「お父様はおそらくご対応に奔走されている状況で御座いましょう?　私など、心配したところでいったいこの家になんの利益がありましょうか?」

「なっ！？」

「少し意外でした。私はこのままアルファリカ領に帰るものだと思っていた。《レズハムラーノ》に連れてこられ、お父様がいらした。本当は、襲撃に端を発した各問題に対応なさらねばならないはずなのに。私のせいで」　　

　数週間が経ってやっと再開を果たしたというのに、エメロードの物言いはあまりに淡白。

　その言葉のなか、まったく自分の命が勘定に入っていない。

　驚きこそかろうじて顔に表さないアルファリカ公爵だが、唾を飲み込むことで受け止めるしかなかった。

「公爵閣下はお父上としてエメロード様の身を案じられたのです。それは本来、損得勘定で左右される物ではない。親子ならば当然の感情では御座いませんか?」

　不憫さがあまりに極まったから、ルーリィはフォローを入れた。

　しかしアルファリカ公爵の次に息を飲んだのはルーリィだった。

　言葉を受けて、ルーリィを見つめ返してきたエメロードの瞳。なにか冷ややかさが光った。

　じっと向けられたエメロードの視線は、やがてフイッ、とアルファリカ公爵に向く。

　まるで嫌っている者からの忠告を致し方なく聞かなければならない。そんな顔。

「申し訳御座いませんお父様。せっかくあの襲撃のとき、お父様は危険に身を投げ出しかねないほどの心配を見せてくれたというのに。私ときたら……」

「お前が無事なら……いい。母も、皇太子妃殿下も、そして弟も心配しておった」

「お姉さまが?　そうですか」

　生還したというのに、やっとエメロードは本来いるべき環境（セカイ）に戻っていたというのに、微塵も喜びを感じさせない。

　それが気になり、ルーリィは黙ってエメロードを見つめた。

　当然といえば当然。

　かつてはエメロードが親友とも慕ったルーリィは、今では所詮敵。

　一徹を巡って、邪魔でしかない障害。

　エメロードがこのような感じだから、誰もがいまの空気をどのようにしてよいのかわからなかった。

「とにもかくにもよかった。これでまずは誰もが一心地をつける」

　この状況をなかば強引に動かしたのが……

「襲撃は終わった。同盟に強く関わった者の命にも身体にも大事無い。あれからずっと懸念されていたエメロード嬢の安否も、最高の結果が示された」

　ルーリィの恋人、アーバンクルス・ヘイヴィア・アルト・ルアファだった。

　「如何でしょうアルファリカ公。貴国の社交界は、今回の一件で同盟賛成派と反対派で議論が深まるでしょうが、まずは賛同派中核メンバーに一人として欠ける者がいなかったことを不幸中の幸いと判断します。ゆえに明日からはもう、各自当初の予定に戻っても良いかと」

「そう……ですな」

　当初の予定。何事も無ければ、先日のパーティの後に各自が手がけるはずだった予定のこと。

　きっとアルファリカ公爵やラバーサイユベル伯爵は、領運営の政務もあるだろう。同盟に向けた活動にも精力的になるはず。

「ッツ!　アーヴァインッ!?」

「予定より一月以上延びてしまったからね。結局我々は、半年近く祖国を空けてしまった」

　そして、アーバンクルスとルーリィにとってのそれは……《ルアファ王国》への帰国だった。

「いい機会だよ。この国でいいこともたくさんあったけど、最後の事件が強すぎたから。いったんリセットしよう。それでこのお話はおしまいさ」

　ルーリィがその決定に何を思うか定かではないアーバンクルス、言葉とともに人を食ったような笑顔を見せた。

「あら、それはとても宜しいものと存じますわお二方。ねぇ、ルーリィ様？」

　コレに乗ったのがエメロードで、反論しようとしたルーリィは絶句した。

　言いながらほくそ笑んだエメロードの貌。悪意に満ちていて、瞳には怪しい光がきらめいた。

「では《ルアファ王国》国境まで、我が領の兵を3,4百ほどお付けしましょう」

「ありがたい申し出だラバーサイユベル伯爵。半年前、この国に立ち入ったときに私に付いてきてくれた私の精鋭50人も、いまやルーリィともう一人を残すのみとなってしまったから」

　状況はルーリィを置きざりにする。

　ラバーサイユベル伯爵の提案に、悲しげに表情を綻ばせたアーバンクルス。

　次に言をあげたのはアルファリカ公爵だった。

「エメロード」

「……ハイお父様。殿下とルーリィ様の国境までのお見送りで御座いますね?」

「帰国したばかりで疲れているだろうが、行ってくれるか?」

「ご命令とあらば」

「……フム。で……あるか？」

「お父様がお二人のお見送りが出来ないのは、私が保護を受けているさなか、お父様の時を悪戯に食（は）んだことによるもの。如何様にしても償えぬことはわかっておりますゆえ、せめてこれくらいは。殿下、出立はいつ?」

「私とルーリィ、そしてもう一人騎士がいるのみゆえ。後はこの領の兵の支度が済み次第、というところです」

「かしこまりました。ラバーサイユベル伯爵?」

「では、急がせましょうお嬢様。明日の昼にでもこの町を発てるよう備えさせます」

「有難う。伯爵閣下にはご迷惑ばかりをお掛けしていてなお、私は貴方に頼ってしまう。いつか、この恩に報いることが出来ればよいのですが」

　本来なら、アルファリカ公爵は思ってはいけないのかもしれない。

　父である己が、ここまで娘に戸惑いを感じてしまう。

　アルファリカ公爵は、いま目の前にいる娘が誰なのかが分からなくなっていた。少なくともこれまで知っていた娘ではなかったのだ。

　アルファリカ公爵の娘、エメロード・ファニ・アルファリカは、一瞬でも目を離せないようなそんな芯の弱い娘だったはず。

　容姿だけで見ればよく知っているはずの愛娘であるはずなのに、その奥底にはどう言うべきか、強い信念を思わせた。

　信念ゆえに揺れず、その強さもぶれない。

　先日の襲撃、命をかけて公爵令嬢を務め上げようとしたエメロードを公爵自身が認めてしまったからそんなことを思うのか。

「お父様、他には何か？」

　冷静で、落ち着きを見せ、胆力を匂わせる。

「……いや、いい」

　いまだって、これまでのエメロードならば疲れから、命に従うことに渋っていたはずだった。

　即答して見せた……だけではない。なにか底冷えするような気配さえ放ってその指示に応えた。

　何か、おかしい。

　「ご命令とあれば」とエメロードは回答した。

　以前のエメロードであれば、ハッサンとの対決直前のルーリィを奥底から心配したエメロードであれば、親友の見送りをそんな業務的に見なしただろうか。

　それにだ、これまでであれば、こういう政治や仕事の話となったとき、その場にただ立っているだけで一人浮いていた雰囲気があったはず。

　なのに、いまはしっくりと馴染んでいた。

「では私はこれにて。明日がありますのでお先に失礼します」

「食事はとらんでいいのか。やっと帰ってきたのだ。腹が減ってはいないか?」

「明日の朝食をしっかりとろうかと。《ルアファ王国》の国境へは日数も掛かりましょう。私も支度に手をつけたいと。それでは皆様方、失礼いたします」

　そうして、皆からの注目を存分に浴びながらも一切気負いのないエメロードは、スカートのすそを摘んで目を伏せ、踵を返した。

「……お悔やみをアルファリカ公爵閣下。あの襲撃は、ご令嬢に子供のままでいてもらうにはあまりにも衝撃的過ぎました。大人の貴族になられあそばれましたな」

「なったのではない。黒い腹の探り合い。一人前の貴族に……墜ちてしまったのだ」

　アルファリカ公爵が、ラバーサイユベル伯爵から重苦しい声を耳にしたそのときには、

「早く子供を卒業しろと私も言ってはいたが、いざ今の姿を見せつけられると……エメロード……っ」

　エメロードはすでに己の足でその部屋を出た後だった。

☆

「ッカァァァァ!　もうねっ!　この開放感!」

　グビッグビッと喉を鳴らし、チョットした奇声を挙げながらジョッキから口を離した一徹。

　小さく息を吸って大きく吐き出し、座っている椅子に背中を預けた。

　完・全・脱・力

　それがいまの一徹の状態。

「あー、やっと終わった。先輩たちとの酒も悪くないけど、やっぱ住み慣れた我が家で好きホーダイ酒が飲めるってのはこう、安心感が違うわぁ」

「ですなぁ旦那様」

「エメロードもあんな状態だし?　娼館（フーゾク）行って女侍らし（ハーレムっ）て、ウッハウハ憂さを晴らすってのも気が引けて出来ないし?　それが楽しみで《メンスィップ》行ったところもあったんだがなぁ」

「で、ですな旦那様」

　エメロードが本来いるべき場所（セカイ）に戻ったように、一徹もヴィクトルも《ベルトライオール》の我が家に戻ってきていた。

「んー!　やっぱこれ、ハフィンこれ、この味。これが食いたかった。いや《メンスィップ》の料理が悪かったわけじゃないんだけど、なんつーの?　ハフィンの料理への禁断症状が顔を見せ始めてたって言えばいいの?」

　家族とも見なしている使用人たちと、また一同に会して食事を取ることが出来る。

　そういうこともあって安心しきった一徹の表情が緩むのは、とどまるところを知らなかった。

「そういやそうだ。シャリエール、俺らの不在中何か問題は?」

「ありません旦那様」

　やっと自分の城に帰ってこれたことが一徹のテンションを昂ぶらせる。

　ゆえに、たったいま回答を見せたシャリールの笑顔が、少しだけぎこちないことに気付かない。

「シャリ……」

　その答えに、呼びかけようとしたリュートは途中で黙らされた。

　黙殺というより、封殺。

　ギラリと光る、シャリエールの瞳のなかの感情（いろ）。「全て終わったのだ」と訴えかけていたから、慄いたリュートは口をつぐむしかなかった。

　もちろんシャリエールはそのさなかにハフィンへも睨み付けることは忘れない。

　リュートが苦しそうな表情を浮かべるのとは少し違った。

　「お前、本当にそれを選んだのか?　旦那様にその道を選ばせるのか?」と、口ほどにその目はシャリエールに向けて語っていた。憮然な表情で突き刺すような視線。

　だから一徹に向けてぎこちない笑顔を作るシャリエールは、その意識による後ろめたさを引きちぎるように顔を背けた。

「そっかぁ。んじゃあこれでやっと落ち着けるってこった！　いんやぁ、この一か月チョット……疲れたぁ！」

　こうして、状況はこのように至った。

　一徹がこの国にいることを知りながら、結局あえずじまいなルーリィが志半ばで《ルアファ王国》に帰らざるを得ない流れに。

「ですが旦那様、だからと言って以前の様にスローライフなんて言葉でだらけ続けるのはこの私が許しませんぞ？」

「えぇ？　いーじゃんヴィクトル」

「それに、婚活自体は続けていただかなくては」

「お前、俺の婚活ごとばっか」

「当たり前です！」

「だってさ、道端でナンパしてみればその場にいなかった女の恋人に全力で追いかけられた。ラバーサイユベル伯爵主催の夜会で相手探そうとしたら、エメロードと知り合ったのが運の尽き。賠償沙汰になってそれどころじゃねぇ。その上……」

　そしていつか必ず一徹を、《ルアファ王国》に連れて帰ると心に誓い、そのために一徹との再開を望むルーリィがこの《タベン王国》にいまだいて、もうまもなく《ルアファ王国》への帰路の途についてしまうということを、一徹は露とも知らないのだ。

「仮面舞踏会の結果はどうだった？　後に繋がりそうな良い関係を築けたどこぞのご令嬢なんてできなかったろうが」

「それは……」

「だからな、こりゃきっと運命だよ。俺は結婚できないっつーな」

　一徹の言は、ある意味正しいのかもしれない。

　これまで幾たびも婚活を進めて行くうえで、結婚以前に交際まで進めそうな出会いも、その相手の候補も一徹の手元には残っていない。

「本当に……そうでしょうか……」

　だが、それはあくまで手元にだけ意識を向けてしまえば……という話。

　では手元ではなくその外ではどうだろう。

　寧ろ一徹ですら意識のしていないところで、様々な欲望や想いが一徹に向かって渦巻いていたのだとしたら。

　もし仮にその想いを持っていた者たちが一徹の元に集ったとして、もし素直に一徹に対し行動に移すことが出来るのだとして、それはハーレムになるだろうか。

　いやハーレムには違いないが、きっとハーレムにはならない。

　男だってそう。だからそれは女であっても変わらないはず。

　誰だって自分が想うものを……独占したいに決まっている。

　純粋な気持ちだが、闇すら抱えうる危険な感情が、そこに存在する。

　傍にいても、例え離れていたとしても、一徹を中心にその想いを抱えた者の因果は交差する。

　それはもはや……ダークハーレムではないかと。

　だからヴィクトルは、一徹の耳にも入らないような小さな小さな声でそれを漏らした。

　こうして、此度の仮面舞踏会に関わった者たちすべてが元の生活へと戻って行く。

　《メンスィップ》での土産話をリュートにしてやって、ハフィンの料理に舌鼓をうち、酒で流し込む。

　優れない笑顔にも気づかず、シャリエールに笑いかけた。

　複雑そうに眉を潜めるヴィクトルに対しては、舞踏会から脱出、《メンスィップ》までの一か月の長旅に帯同したヴィクトルを労うように、「お前も飲め」と酒を差し出す。

　一徹にとって大切な大切な、家族と言ってそん色ない使用人たちとの生活（スローライフ）。

　平凡で代わり映えのない生活が、どれだけ得難くて幸せなのかを知っていた。

　だから、やっと元の生活に戻れることを信じて疑わない一徹は、そのありがたみを決して取り逃がさないよう、誰にも気づかれないように両の拳を握りしめた。

　その顔に、達成感と解放感に彩られた明るい笑顔を浮かべながら。

　終わらない。

　こんなソフトランディング、一徹には許されない。

　3日も経たずして、《ベルトライオール》が歓迎しない非奴隷の人間族、それも騎士風の男が満身創痍で一徹の家に飛び込んできた。

　ローヒー・ドッレ。ルーリィの先輩騎士で、騎士昇格前は一時期一徹と同じ警備兵団に所属……

「やられた！」

　など、どうでもいい。

「正体不明の軍勢から奇襲にあった。俺は伝令で殿下に……って違ぇっ！」

　悔しさと焦燥濃すぎるローヒの次の言葉が、一徹を絶句させた。

「護送隊は全滅！　殿下もルーリィもエメロード姫も敵の手に墜ちたっ！　無事かどうかも分からねぇ！」

　唾呑み込み慄いた一徹は、その表情のままシャリエールを見た。

　自分が《ベルトライオール》不在中、「変わったことは何も無い」と言ったシャリエールの事を……

ハイ、前にお話しました「以前書いて投稿してた分、全話一気に投稿します」は、ここで終わりです。

なんとなくルーリィとシャリエールとエメロードの四角関係の構図と、どうして桐桜花で記憶なくして目覚めた一徹に彼女達が積極的になるのか、なんとなくでもご納得頂けたなら幸いです。

さて、何故かban（別作品がエロ規制に掛かったか）となり、数年前にエタッてしまったのがこのすぐあとの展開のところでした。

　ダイジェストにはなってしまいますが、この先を綴れるところまでなんとか来れたのは感銘の至りすぎます。

　せめて本作だけは最後完結まで行き着きたい。構想だけはあるんですよね。

　いつか完結した暁に、全話一気に毎日一話投稿が出来ることを願って。

　ということで、ここからはまた数話に一話投稿と言う形に戻ります。

　今後とも宜しくお願いします。