満たされゆくシャリエール。打ちのめされるルーリィ

「お前がっ!」


『ギッ!』


 食用ナイフテーブルマナーセットとはいえ、銀食器はやすやすと眼孔に深く刺さった。


「お前もだ!」


『ヌグッ! ガァッ!』


 それを引き抜く。

 次にシャリエールの目に入った敵の、首から顎の間を下から差し込んだ。

 口腔内は、舌を貫き、上あごを貫く。


 先端は、鼻の内部にまでいたっているのだろう。

 そこに異物が辿り着いているのだと本能的にわかったからか、刺された男の焦点は顔の中心へと寄っていた。


 根本まで刃が深々と刺さっている。敵の顎には、一人目の目玉・・が触れていた。

 別の男の眼孔からナイフを引き抜いたとき、一緒に持ってきたものだ。


『アァアァァ! ッヒャアッァァァアアァ!!』


 あまりにも対照的。


 顎にナイフが刺された男は既に絶命。

 目を抉り取られた男は……天を仰いで泣き叫んでいた。

 泣き? その涙は、もちろん透明であるはずがない。


「黙れっ! 黙れぇぇぇぇっ!」


 GAJAAAAAAAAAAAAAA!!


 渾身の気合を込めてシャリエールは吼え上げた。生まれたのは、闇を感じさせる光の柱。


『ヒッヒィィィィ!』


『無詠唱魔技!? どうして人間族以外がここにっ!? それも封印枷かせすら付けられていないのだ!?』


 襲撃者たちの顔色が変るのは仕方のないことだ。


 光の柱に貫かれ、目玉をくり貫かれた男は黙ってしまったから。


 ほんの一瞬の静寂。

 やがて綺麗に先が見えた胸の位置に開いた穴から、ブシシャッ! と赤い洪水が飛び散る。

 ゴトッ! という重く鈍い音が、一瞬と間を置かずに生じた。


「貴様……らぁぁぁぁぁぁっ!」


『助けてくれっ! フワァァァッ!』


『ギャァァッァァッ!』


 たった一人の女が、会場内の状況を大きく変えた。


 剣を振りかぶられた。

 なら振りかぶった腕に食用ナイフテーブルマナーセットを刺込み、引き抜き、腕が上がったままあらわになった敵の喉に銀食器をシャリエールは穿うがった。

 

『調子に乗るなよ!? この穢れた……コヒュ……』


 無事に武器を振り切れたとして、それでもシャリエールは最後まで敵にセリフを言わせることをさせない。


 真横に薙がれた剣。身を低くし、剣閃をい潜ったそのまま身体をひねる。

 逆手に握られた食用ナイフテーブルマナーセットは、回転した勢いに乗り、まるで裏拳を叩き込むような流れで敵のわき腹に埋まった。

 たどり着くは、心の臓。


「よくも私にっ! 旦那様のあのような顔を、見せてくれたなぁぁぁ!」


 既に絶命。

 力を失い寄りかかってくる敵を、うっとうしげに殴りころがし、シャリエールは一喝を轟かせる。


 たった一人、魔族の女がこの会場を飲み込んだ。


 天井向かって猛るシャリエール。会場の空気はビリビリと振るえた。その場にいるもの全てを沈黙させた。


 フッとシャリエールは姿を消す。次に悲鳴が上がったことで居場所を知った者たちが目にするのは、首もと、脊髄に銀のナイフが突き立てられ、前のめりに倒れるところ。


 AGYAAAAAAAAAAA!


 魔に染まった光線で、腕を持っていかれた泣き叫ぶ襲撃者が……


 RUGAAAAAAAAAAAAAAA!!


 次の咆哮を耳に認めるか否かには、胸より上が消失していた。遅れ、血が吹き出る。倒れる。倒れたのち、床板に広く紅を広げていった。


『……魔族か』


「汚い口で言をっ! 吐くなぁ!」


 思いのたけを殺戮にぶつけるさなか、不意に声を背にかけられた。


 シャリエールが振るおうとしたナイフは、持ち手そのまま握られ、止められてしまう。


 GARURAAAAAAAAA! 


 爆ぜるは光線。だがそれも、自分を捕らえた男が大きく上半身を反らせたことで避けられた……


「ッガ! ……カッ……ハッ……」


 だけではない。

 上半身を戻す勢いに乗り、下から振るい上げられた拳はシャリエールの腹を打った。


 インパクトは絶大。もろに受けた彼女は溜まらず息を漏らす。


 終わらない。

 そのまま、男に両腕を引っ張り上げられ、体を宙に吊り下げられた。


『非奴隷の存在か。封印術練り込んだ首枷の無い魔族が、これほどに厄介だとはな』


 片手でシャリエールの身体を持ち上げる。その怪力具合、図体がそれを納得させた。

 大男。

 人の身としてはあまりに上背が高く、肉も厚い。


「グゥッ! アッ!」


 腕をとられたシャリエールは今や動かぬ的。

 宙ぶらりんの状態で、大男からもう一方の腕による拳打を幾多浴びせられた。


『さ、さすがだぜ大将!』


『隊長! 殺された奴らの恨み、晴らしてくれっ!』


『貴様は我らが目的ではない……が、同胞はらからをこれほどられたこと、汚らわしい魔族如きに、人間族が玩具おもちゃにされたことは許せん』


 巨石を思わせる拳骨を食らい続け、呻くシャリエールに語る大男。

 シャリエールが捕われたことで集まった、襲撃者仲間の想いを受けたこともある。

 言葉と共に、表情すら変えず、おもむろに腰からハンドアックスを抜き放った。


 ……ハンドアックス? いや、大戦斧だった。

 男のあまりの巨体は、それをハンドアックスのように錯覚させるほどということ。


『では……』


 水平に振りかぶられる。


『ケジメを取ってもらお……!』


 そして思い切り振り抜かれん横薙ぎの斧頭はシャリエールの腰に吸い込まれる……


『なぁっ!?』


 はずだった。

 だが、もう後わずかに届きそうというところ、一瞬その動きが止まった。


 GAJAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


『クソッ!』


 その隙をシャリエールは見逃さない。自身を捕らえる太い腕に向かって咆哮す。

 生まれた光の柱に、大男は舌打ち交じりに構わず斧を振り切った。


 一瞬の出来事。


 まだ両手首を握る男の拳が支点となっていたから、腹筋と振り子の要領で、大きく足を持ち上げたその勢いにシャリエールの体は上に流れる。

 これによって何とか戦斧の一閃をかわしきった。


 大男と言えば、光の柱に溜まらず、シャリエールの腕を放してしまって……


『逃っがすかぁっ!』


 しかし、シャリエールが逃げ切ることは許さない。

 手放すもすぐさま、シャリエールが間合いを取る暇もなく距離を詰め、彼女のドレス、胸の生地に掴みかかり……


『おおおおおおおおおおおっ!!』


 振りかぶり……


「キャァァァアァァッ!」


 ビリリィ! と生地が裂ける音。

 ドレスごと、シャリエールを力任せに投げ飛ばしたのだ。


 豪腕。シャリエールを持ち上げる以外でも発揮した。

 数メートル以上先、投げ飛ばしたシャリエールを、凄い勢いで壁に叩きつけるほどの力。


「クッ! ウックゥッ……!」


『な、なんだったのだ。いまの……得も言われぬ悪寒は!『』


 焦りの混じった、声を上ずらせた大男。

 対して、壁に叩きつけられ、後に重力に身体をとられ床へと崩れ落ちたシャリエール。


 叩きつけられた壁の箇所から、パラパラと零れる欠片を浴びながらも何とか立ち上がって……


「え……?」


 絶句した。


「あ……」


 パーティ会場生存者たちもそう、襲撃者たちもそう。

 全員が言葉を失わせ、視線を集めてきたから。


 その中に、エメロードがいた。

 一徹にとって、シャリエールにとって不愉快な騎士の女と、そしてその恋人であり、女とともに戦っていた男も。


『なぁにアレ。火傷のあと?』


 たったの一言。誰かの発したその言葉に、ズグンと全身に波打った感覚を得たシャリエール。

 意識を己に向け……目を見開いた。


 足首から、腿から、腰、腹、胸まで広がった、ただれて黒ずんだ肌。


『……気持ち悪い・・・・・


「……あ……やめ……」

 

 かろうじて下の内着のみを残し、全てがあらわになっていた。


『チョット待てよ。あれ、焼印・・か?』


「ッツ!」


 また、たったの一言にシャリエールは反応した。

 焼印ソレを言及されてしまったから。乳房から脇にかけ、所有物であり、所有者がいることを示すソレを。


「だ、駄目……」


 両腕を持って、二房の実りを、忌まわしき焼印を覆い隠す。


『何で魔族がいるの?』


『奴隷でもない自由な魔族が、この会場にいるというのか?』


『いや、あれは確かに焼印があったぞ。奴隷だ!』


奴隷如き・・・・と同じパーティにいたというの?』


『あの青紫の肌、なんて醜い・・


『あのドレスを着た女なんだろう? 声を掛けてしまった。私はなんてことを』


「嫌だ。嫌っ!」


 そして、しゃがみこんだ。

 大男に投げられる際にドレスを剥がされたことで肌が顕わになってしまったからだけではない。


『御覧なさいあの大きな火傷痕。目も当てられない』


『さっきの戦いを見た? やはり魔族、恐ろしい存在』


『気持ち悪い』


汚らわしい・・・・・


恐い・・


気色が悪い・・・・・


恐ろしい・・・・


きたない』


 その目だ。


「も……見な……いで……」


 向けられた目。恐れの目、嘲りの瞳、侮蔑の視線、嫌悪の意識。そして敵意。


 よく覚えのある感情いろ


「私、私は……お願……」


 かつて向けられた、まだシャリエールが愛玩奴隷だった頃……


「……れるな。お前がどれだけ得がたい存在なのか。その価値は、俺だけが知っていればそれでいい・・・・・・・・・・・・・・・。何か問題が?」


「あ……あぁ……」


「お前が過去の自分を理由に己をとぼしめる。許さない。それはお前を選んだ・・・俺に、『見る目が無かった』と言っているのと同義だ」


「ダン……」


 いや、過去に向けた意識を、シャリエールは引き戻された。


「この国が、どれほど腐れているのかを俺は知っている。だから俺はこの国ではなく、《タルデ海皇国》の籍を選んだ」


「旦那様……」


「ご来賓らいひんの客人たち。いまだ皆様が息出来ているのは、たったいまアンタ・・・たちが『気持ち悪い』だの『恐い』だのさんざんこき下ろしてくれた、《俺のシャリエール・・・・・・・・》が戦ってくれたからだということがまだわからないか?」


「ッツ!」


 背筋を走るこのゾクゾクとしたもの。

 衆目あるなかで、真剣な瞳を向け、神妙な顔で声高に叫んだのだ。

 このタイミングで、待ち望んだその一言・・・・を。


 ファサと、シャリエールは両肩から掛けられた。コートだった。

 寒空の下、一徹がこのパーティに着てきたコート。それがいまシャリエールに羽織らされたことによって、さらしていたになった肢体を包み隠した。


「恥じるなよ。下を向くな」


「旦那様ぁ……」


「胸を張れ。前を向け。凛として誇り高く、そして強い。お前は・・・……綺麗だよシャリエール・・・・・・・・・・

この会場のほかの誰よりも・・・・・・・・・・・・


 柔らかい声。ポンと、優しく頭に手を置かれた。されど、少しだけ強い力でワシワシと髪をなでられた。


「って、比較対象が会場内の、この国の愚物にんげんぞく共ってのはそりゃ、お前に失礼か……って……ん? んんん? うわっハズッ! ハッズカスィ! めっちゃ恥ずかしいこと言った!」


 確かな力、「ここに主人が居る。だから心が揺れることなど許さないぞ」と、シャリエールに思わせた。


 一徹が自らが発言したのに気づき、慌てふためいたのはそれから数秒もなかった。


 きっと無意識にその言葉が出たのだろう。それがシャリエールには嬉しくて……


「いや、今のはいわゆる《言葉の綾》って奴でだなぁ。いや、綾ってか、『得難い』ってのは本心なんだが……」


 見ようによっては挙動不審の表情で取り繕おうとする一徹のことが、とても可愛く、愛しく見えてしまった。 


 だから……


「い……一徹様・・・、お手を、腕を……怪我してございます。火傷が!」


「んん? あぁこれ?」


 踏み込んだ・・・・・

 

 ちゃんとわかっていながら、シャリエールは一徹のことを、《旦那様》ではなく《一徹様》と呼んでしまった。


 自らに頭に乗せられた手。己が両手で包み込み、自らの顔の前まで持ってきたシャリエール。


「ま、これくらいならまだ何とか。今日は髪飾りリングキーもいる」


 が、出てきたのは無粋。

 シャリエールはギリッと歯を食いしばった。一徹の口から、今のタイミングでその名前だけは聞きたくはなかった。

 

「火傷か。お前の火傷も、あのとき俺が癒してやれれば……」


私が一徹様を癒して差し上・・・・・・・・・・・・げられれば良いのに・・・・・・・・・


 シャリエールの思惑に気づくことが出来る余裕は一徹にはない。

 先の、シャリエールが素肌を晒したこと、酷く殴りつけられたこともある。

 だから見せた気遣いだった。


 その気遣いは最後まで言紡ぐことできなかった。

 シャリエールの一言が、一徹の発言を塗りつぶしてしまった。


 ……それだけではない。


 顔の前、己の両手で包んでいた一徹の掌。シャリエールは自らの頬に寄せた。

 自分の意思で、行為で、一・・・・・・・・・・・・徹に己を触れさせた・・・・・・・・・


「な、なーに言ってるの? お前は、いつだって俺のこと助けてくれるじゃない。さっきだってそう。お前が出てきてくれたから、詠唱魔技の一斉射出されてなお生きている」


 それこそ予想だにしない展開。

 明らかな驚きを見せた一徹など、焦ってならないのか汗をカキカキ耳も真っ赤。


 だがそれも、やがて言葉をつらねていくうち……


「そんでもってそれは……」


 シャリエールの頬から指を離す。触れていた手を離し、腕もだらりとおろした。


「い、一徹様?」


 シャリエールに向けていた視線も、襲撃者たちへと向いていた。

 

 瞬間だった。ジャッコアッ! という音とともに、袖口内に隠していたのか食用ナイフテーブルマナーセットが、一徹の指の間それぞれに一本ずつ現れたのは。


「この場を切り抜けるときも変らない」


 両手合わせて八本。そのさま、まるで大きな鍵爪が拳に生えたが如く。


「さっきのデカブツはいい。まずはその他大勢からだ」


「かしこまりまして……」


 SHAGUWAAAAAAAAAAAAA!


 声を受け、改めて敵に視線をやるシャリエール。再び咆哮を上げた。

 敵の密集地帯、シャリエールが再び放った無詠唱魔技が通った後には混乱が満ちていた。


 そこに……一瞬とも間をおかず、一徹が姿を現すのだ。


 シャリエールが敵の体勢を崩し、後詰の一徹が意識を刈り取る。


 止まらない。シャリエールは、笑みが零れて止まらなかった。


 誰も、満足に対応ができない自分たちの連携。誰もがついていけない自分たちの関係。


 それはある意味で誰しもが立ち入ることの叶わない、二人だけの状況セカイ


 いまだけは一徹が自分だけのものになった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・感覚・・

 だから興奮から、シャリエールの生み出す無詠唱魔技は、無情にも命を奪うものなのに、途轍もなく、気持ちがこもっていた。



「い、一体なんて奴なんだあの男は。あの魔族の女も……」


 取り繕いようの無い現実だった。


 黒衣の男は、自分よりもずっと強い。彼がシャリエールと呼んだ魔族の女も。


 その戦いぶりを、ルーリィは黙ってみているしか出来なかった。


 そう、見ているだけ。

 襲撃者のほぼ全てが、黒衣の男とシャリエールに集中的に襲い掛かっているから。


 血湧き肉躍る襲撃者ら数十名を、たった二人で相手しているその事実が信じられなかった。


『どうしたお前たちっ! 何故男女たった一組制圧できない!?』


『農民のおれたちじゃ無理だ!』


『具合が悪くなったらアンタたちが動くって話だったろう兵隊さん!?』


『ムゥッ!』


 声が聞こえた。狼狽の声。


 当然ながらルーリィよりも、攻め立てる襲撃者たち側の方が、この状況にこたえていた。


 慌てるのは、先ほどシャリエールを窮地にまで追いやったほどの武を見せた大男。

 上げた声は、だが他の仲間たちに否定的に返された。


「ッツ! これはっ!」


 ここだ。ここだった。

 暴力と殺戮の濁流、その勢いは二人の活躍で完全にせき止った……のに加えるものがあった。


「この喚声かんせいは……アーヴァインッ!?」


「ああっ! 間に合った!」


 会場中、地揺れとともに轟音がとどろいた。そしてそれはどんどん大きくなっていく。


 鬨の声が聞こえ、そして会場の外からは、「応戦用意ぃぃぃぃっ!!」という掛け声が上がったのをルーリィは確かに聞いた。


「異変に、どこかの町が気付いた!?」


「救援部隊っ!?」


 やがて会場の外で始まる金属同士のぶつかる音。怒声と断末魔。


 外に未だいた襲撃者が、何かと大規模戦闘を始めたらしいと気付いたルーリィとアーヴァインの出した結論。


 瞬間だ。エメロードの周囲に集っていた生存者たちはワァッ! と湧いた。


「エメロード様、助けが参りましたっ! あとは救援部隊がこの会場に入ってくるまで持ちこたえられれば

……っ!」


「油断しないで! 気合を入れなおすよルーリィッ!? ここまで来て命を落としたら元も子も……」


 ゆえにだ、そうは言っても、確かにルーリィとアーヴァインは新たな状況に浮き足立ってしまった。


「なっ!」


『やっと……見つけた。アーバンクルス・ヘイヴィア・アルト・ルアファ』


 一瞬でも、愛する互いに意識を向けたところに生じた隙が、見逃されることは無かったのだ。


 声を耳に、アーバンクルスは振り返る。


『確かに改めて注目してみると……見た顔だ』


「なにっ!?」


 圧倒的な立ち回りを繰り広げるシャリエールですら、一手にて封じ込めた大男。 

 誰かが「大将」とすら呼んだ男。


 襲撃が始まってしばらく、高らかに笑い猛ていた、誰が見ても直感でわかる、この襲撃の……主犯格。


 アーバンクルスは慌てて剣を振るった。


「クッ!」


『来場者の殲滅は無理。ならばせめて……貴殿だけは葬らせてもらおう?』


 だがその一太刀、大戦斧で受け止めた大男には余裕が見て取れた。


「貴……様っ! アーヴァインをっ!」


 ルーリィが、それで駆けつけないわけがない

 恋人の、忠誠を向ける王家第二子息の、命の危機。

 

「駄目だルーリィ! 来るなぁっ!」


 それでも、想いを乗せた槍の穂先は届くことはなかった。


『なかなかの槍辻そうじん。さきの魔族といい、ご令嬢といい。近頃の女子おなごの勢いには凄まじいものがある。だが……』


 アーバンクルスからの剣閃を弾き、ルーリィの槍先を捕まえた大男の強引な斧捌き。

 思い切り振り切ったその怪力に押されたルーリィは、数メートルは後ろに跳ね飛ばされた。


『止められぬよ! 第二王子の命をもって、不当な扱いで堕ちてしまった我ら・・の誇りを返してもらおうかぁ!』


「ルーリッ……!」


「アァァァァヴァインンンン!」


 怪力、ここに極まった。


 シャリエールだけではない。主犯格は……大の男、それも背は高く、細身ながらも筋肉質なアーバンクルスですら、豪腕で投げ飛ばしてしまったのだから。


『我らが生きた証をいまこそ立てる! 貴様ら、私を援護しろっ!』


『『『『『オォォォォォォォォォォォォ!!』』』』』


 綺麗な放物線を描いたアーバンクルスの投げ飛ばされた先、会場はおろか両扉をぶち抜いた。


 廊下だ。


 廊下の壁に激突し、ズルリと床に叩きつけられた彼は、満身創痍と痛みに耐え、ブルブルと震えながら何とか立ち上がろうとした。


 ルーリィが助けようとしないわけがない。しかし主犯格の部下達がそれを許すはずが無い。

 ルーリィは前に簡単に出るわけにもいかなかった。

 

 先ほど不愉快男が言ったことは大当たりだ。


 主犯格が虫の息になったアーバンクルスの元へと赴く最中に通った道を塞いだ者達。

 町民、農民の服を着込んでいて、しかしながら間違いなく醸しだす空気が全く違う。

 集まった者たちは間違いなく、経験豊富な戦士たち。


 対するは、ルーリィ一人なのだ。


『オイ、一体多数なら……この女、れんぞ? れれば、生存者うしろを守る者はなし』


『そうしよう。俺たちとて大将にばっかり頼ってはいられないわな。逝った同胞に笑われる』


『そして笑われるくらいなら、一矢報いる』


 状況は好転したはずなのに。また、最悪へと至った。


『大将が王を刺す。なら他の駒が攻める先は決まってる』


『救援部隊がここにたどり着くのも時間の問題。なら皆殺しにはいたらなくても……』


『あぁ、れるだけろう』


 ルーリィが突きつけられるのは、何も出来ない自分の不甲斐なさ。

 集う視線と集まる殺気を受けて身が震える弱い己。

 アーバンクルスを守れない事実と、そして彼が殺される恐怖。


 完全に逆転された形勢。

 ジリジリと詰め寄る男たちを前に、ルーリィの身はすくみ始めた。


『《レズハムラーノ》から領兵が到着! 我らが生還の確率は絶望的! ゆえに、作戦の遂行を急がれたしぃぃ!』


 外での戦いは音の大きさから一層激しさを増している。

 だからだ、外から、会場内に次々と進入してくる輩の数も一気に増えた。

 皆が口々に叫ぶその内容に、死に物狂いの真剣みが伝わるからルーリィはたまらない。


 まさに手負いの獣とはこのこと。


 もう後が無いからこそ、最後の力を振り絞って残りの生存者の皆殺しを敢行しようという、狂気の所業を厭わない恐さにルーリィは当てられた。


「……なぁに……ただつっ立っているんです? ご令嬢?」


 声が聞こえた……ときだった。

 明らかに、ジワリ距離を詰めてきていた男たち全員が、大きく後ろに下がった・・・・・・・・・・


「ここまで来たのにあの紳士も運が悪い。後もう少しで生きていられたかもしれないのに、相手があれじゃあ分が悪い。ま、だからといってそれが貴女が惚ける理由にはならないはずだ。ご令嬢?」


 目をやる必要も無い。どうして襲撃者たちが下がったのか、声を聞けばわかった。


助……けて……・・・・・・・


「助け? は? え?」


「助けてくれっ!」


 この逼迫した状況。自分ひとりでは、何を選んでも行き着く先と思われる全ての可能性は最悪。


 ルーリィはここで吼えた。

 恥も外聞も無い。プライドなんてもうどうだってよかった。


 その考えうる最悪・・・・・・・・に行き着く全ての可能性を、どんなに確立が低くても抜け出す好機がその手に入れられるなら。


「失礼したことも、粗暴な振る舞い、発言、全て謝る! だからお願いだっ! 助けてくれ!」


 その言葉は意外過ぎるものだったらしい。声をかけた主は黙ってしまったから。

 ルーリィは改めて顔を向けた。

 黒衣の男は呆気に取られたのか、口は呆然と開いていた。


「……あれだけのことをしておいて、悪びれることもありませんか。先も、決断を下せず、旦那様を命の危険にまでさらしてなお。なんて図々しい」


「それはっ! その……」


 底冷えさせるような声。シャリエールの一言が、まだどこか「誠心誠意を見せれば手を貸してくれるのでは?」というルーリィの甘さを指摘する。


 口ごもってしまったルーリィ、だがシャリエールに答えることはなかった。ただ、背の高い黒衣の男の瞳をじっと見上げた。 


 仮面の下、自身を見据えてくる瞳が、ルーリィには光った気がした。

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