混沌のマスカレード 聖女と従者と女流騎士
数分前には恐怖で仕方がなかったこの戦況。
望んでいないながら、結果として《高みの見物》となってしまっていたこの状況。
今は黙って目を奪われていた。
驚きの光景。ただただショックで頭を真っ白に、黙ってそれを眺めていたのは……
「閣下! いい加減お諦めなさい! このままでは……っ!」
フィーンバッシュ侯爵の怒声耳に入れながら、彼の私兵に引きずられそうになりながら、それでも火事場のバカ力とでも言えばいいか、手すりにしがみつくアルファリカ公爵。
娘を想う気持ちが、それだけ異常な握力を可能にさせた。
「エメロード、お前は……」
エメロードを想う。
父親として、娘が死地にいるのが耐えられないといわれれば、そうなのかもしれない。
それだけではなかった。
眼下にはいくつもの色が広がっていた。
王家の別邸、今日のパーティ会場として煌びやかなのだから当然。
しかし今むせ返るのは、血の赤銅色ばかり。
いや、数分前まではそうだった。
アルファリカ公爵が目を奪われているのは、その中で淡く立ち上る白い光り。
……正しくは光りではない。その光り生み出す存在。
襲撃による重傷人の、傷の患部に手を当てることで、その白い手を真っ赤に汚す。
体も震わせ、涙で顔をグシャグシャにする。
それでなお《治癒魔技術》を行使し、怪我人の治療に当たる娘。
《
《悪徳公爵令嬢》とすら呼ばれていた己の娘の、その儚さと、神々しさに、父親をして目を奪われた。
☆
「_}?*}_:/::ヒッ! ?//;:」
もう、無理なのはエメロードも分かっていた。
『お願いでございますエメロード様っ 私の妹をお助けくださいませっ!』
ブジュル、グジュル! と鮮血が噴き出すその場所に手を当てる。
噴き出す圧と熱を感じる一方、噴き出す元、すなわち怪我人の体から奪われていく温度は、下がり止まる事を知らない。
『あ、あぁぁ……』
いまエメロードが治療に当たっている少女。
先ほどまではまだ荒かった息も大分静まり、声は薄れがかり、逃げ惑う中で仮面は取れてしまったから、瞳の光が消えかかっているのも分からせてしまう。
「[*+>ヒグッ! *?_}*{}**」
それでもエメロードは嗚咽を何とか抑え、《治癒魔技術》の詠唱はやめなかった。
『う、嘘だっ! 嘘だぁぁぁっ! あぁぁぁぁぁ!』
だが、《治癒魔技術》とはいえ万能ではない。
「間に……合わなかった……」
必死の治療も虚しく、懇願していた男が絶望に打ちひしがれた声を耳に、そして治療に当たっていた少女がカクリと、一切の力を放棄したのを認め、エメロードも呟くしかできなかった。
「私、救えなか……」
エメロードは《聖姫》であり、《治癒魔技術》を使うことが出来る。
それを知っていたから、いま亡くなった少女の兄は、
『エメロード様っ! 私をお救いください!?』
『次はこの私を!』
『私めを!』
『私をぉぉ!』
「ヒィッ!?」
だが生存者たちは、エメロードが意気消沈する暇すら与えない。
男も女も、エメロードが《治癒魔技術》を使えるとわかった途端、前に治療を受けた者が駄目だったと分かった瞬間、項垂れたエメロードの肩をガバリと持ち上げ、無理やりにでも顔を上げさせた。
妄執と言えばいいか、生に対する執着の凄まじさ。
パーティ開催当初はにこやかで配慮のあった者たちの目は、血走っていた。
ゴリっという音、それにエメロードは目をやって……身の毛がよだった。
たった今、救えず命を落とした少女の首を、エメロードに押し寄せる者の一人が踏みつけ折ってしまった音。
その異常な
襲撃者たちとはまた、別の恐怖に襲われた。
(怖い、怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!)
気持ちの悪さ、吐き気を催したまらずエメロードは口元を手で押さえるも、それでも生存者たちの勢いは止まらない。
『いい加減諦めて往生しろやぁぁぁっ!?』
……生存者たちの押し寄せる波の中に、襲撃者の一人が飛び込んでくるまでは。
『っアああ阿ああ吾あ、ギィヤャあアあ!』
その襲撃者が……見るもおぞましく顔を歪め、苦しみを
『ちょっと待ちたまえ君! 私は……っ!?』
そして……エメロードに押し寄せる生存者の貴族の一人が殴り飛ばされていなければ。
「あぁ、すんませんね。ちっとばかり詰め寄る
だが、もうエメロードは目を向けるまでもなかった。
その声が聞こえた瞬間、体から力が抜け、ため息をつくことが出来た。
やっぱり変な男には違いない。
「完全に脱出する機会逸っしちゃったなぁ。つか、なんでったって俺が他の参加者守る形になったぁ?」なんて。
こんな絶体絶命な状況に置かれているというのに、この男と来たら、いつもと変わらず真面目に受取ろうとしていない節が見えた。
「にしてもエメロード様、流石に強すぎです。普通は『キャー! 仮面の騎士様ぁ! 助けてぇ!』の悲鳴の一つも上げていいもんでしょうが。なにこの状況で、他人の治療なんて余裕をかましているのです?」
「か……」
「か?」
「仮面のバカ様……」
「ば、バカァ⁉」
本当、エメロードにとって不思議な男だった。
「……エメロード様は治療に全力を尽くした。でしょ? だったら義理は果たされた」
ふざけているのか、真剣なのか。
こんなときでもそれを、エメロードには判別させようとはしなかった。
「あまり気負われませんよう。特に、『自分は救えなかった』……なんてね」
「え? だけど……」
「心の傷になる」
「うん……ありがとう」
「エメロード様が私にお礼を? こりゃあ明日は槍が降ってきますね」
だけど、だからか……エメロードは山本・一徹・ティーチシーフがそばにいるだけで、これ程怖いのに安心できた。
彼がいれば、どういうわけだかこんな状況でも、おちょくる言葉が出てくるくらい。
「って、『こういう状況でまたふざけて!』と怒られてしまいますか?」
礼を失したなら、たとえパーティ参加者相手でも、一切の手加減を見せない一徹。
これを理解したからか、生存者たちはうかつに動けなくなった。
それを尻目に一徹は歯を見せ、襲撃者の方へ振り返った。
「《治癒魔技術》か。《聖姫》としての責務を全うしようとしているのですか?」
「力が足りなくても、助けられるのが私だけだとするなら迷いようがないもの」
「そーですか? ご自分の命の危機に瀕していたら、自分か他人か迷うでしょう? 迷うべきだ」
「でも山本一徹、貴方は……私を守ってくれるのでしょう?」
苦々し気な口元。一徹はボサリボサリと黒い短髪をかきむしった。
「……救う価値があるとは思えない」
「……え……?」
「『守る』……ね。その言葉、苦手なんですよ」
重苦しそうな物言いに、一瞬言葉の詰まったエメロードは俯いてしまった。
本来この場にあって思うことじゃない……が、自分の中で思う一徹への感情と、一徹が自分に対する感情との乖離の大きさに、ショックを受けてしまった。
「恩をすぐに掌返しするのが人間族だ。なのにいまだ十八の女の子が、誰かを癒やす為に自分の死ぬリスクを負うかよ。なんでまた、俺の知ってる貴族のご令嬢ってのは、こうも心が強い」
だが、一徹が伝えたいのはそうではなかったようだ。
彼が続けたセリフが、そうではないことをエメロードに分からせて……
「……《聖なる癒し手》の上位互換、《聖姫》。称号ねぇ。くだらねぇ」
しかし、やはり一徹の言葉の真意はエメロードでは掴みかねた。
人間族に対して失望したセリフ。
エメロードにとって生きる
人間族の中でしか生きてきたことのないエメロードでは、理解に至らない。
だけど一徹は答えを残さない。何か深いことをボソリと呟いて、また、猛突進してくる敵に向かって走っていくから、エメロードは悶々としたままだ。
「エメロード様!」
時折見せる、含みある一徹。
大体その雰囲気を見せるとき、必ず何かあるのがエメロードにもわかっているから、不安になったその時、新たな声が耳に飛び込んだ。
「ルーリィ様!?」
「《治癒魔技術》をご使用なされていました。爵位と能力を考えるとエメロード様は……」
「……《聖姫》です」
いたわるようにエメロードの肩を抱いたのはルーリィ。すぐ隣にアーバンクルスもいた。
「ルーリィはここでエメロード嬢を! 私はこの陣の、襲撃に弱い箇所で防衛線を張る!」
「アーヴァイン!?」
「我ら四人が防衛を! エメロード嬢が治癒を! 従者たちが救援に来るまで時間を稼ぐ!」
「襲撃されてから時間はたっている。従者たちを殲滅してから、襲撃者たちはここに来たという考えもっ!」
「とは言ってもね! 他にやれそうな手もない!」
それだけ言い残し、たった今現れたばかりのアーバンクルスもその場から姿を消した。
離れていくアーバンクルスの背中を眺めつつ、
彼の案に、改めてこの状況は救いようないことをエメロードに分からせるから、戦慄せざるを得なかった。
たった五人でこの数え切れないほどの襲撃者たちを何とかしようとする。絶望的でしかない。
……そうなると、エメロードは視線を巡らせてしまった。
いまのエメロードにとって、どんな状況でも安心させるほどの存在。山本・一徹・ティーチシーフの姿を探そうとした。
それをさせるほど、一徹は……エメロードの心の拠り所になってしまっていた。
☆
「大体わかった」
独り言を吐いた一徹。
向かうはエメロード……の前に立つ、エメロードを守りながら戦うあの憎たらしいダンスパートナーの女の所だった。
「
そうして、床材が砕けた音を背に感じた。背に感じたということは……
「貴様っ!」
「『まだいたのか⁉』は無しですよ御令嬢」
床を踏み抜き、一気に一徹がその場に躍り出た……ということ。
「いやぁ、逃げる気満々だったんですけどねぇ。美しい親子愛を見せつけられたじゃないですか。私にも息子がいたものですから、何ともね」
「息……子? 嘘。だって貴方、婚活中だって……」
到着したことで声を挙げる、プッツンダンスパートナーと何か漏らしたエメロードに目を向けず、一徹は集まってくる襲撃者に意識を向けた。
「邪魔をするな!」
「そういう訳にはいかない。防衛線で一番層の薄い場所をカバーしないなんて愚の骨頂だ」
「層が薄いだと! バカにしているのか⁉」
「バカにはしていない。貴女は強い。女流騎士としての実力だって実際、『男女の違い』なんてものはとうに超えている。が、同じ女としてならシェイラの方が強い」
「なっ!」
「つーかシェイラ、すげぇ戦えるのな。ちょっ、あの強さは異常だわ。頼もしくてしょうがねぇ……というより、どっかで……みたことあるような……」
噛みついてきた《不愉快女》。しかし一徹も、まともに取り合うつもりはなかった。
「御令嬢は強い。だが、貴女のパートナーしかり、私のパートナーしかり……」
「私は貴様にも劣るというのか!」
「戦力の過信は死を招く。先ほどの組み手で、貴女は私をどう感じました?」
口ごもった女流騎士、とはいえ、それを鼻で笑う余裕なんて一徹にはなかった。
『アガッ!?』
上段から斬りかかってきた男の、胸と腕の繋ぎ目に
それによって男は剣を振り下ろすことが出来ず、痛みに、目を思いっきりつぶった。
この、深々と刺さった銀食器、その持ち手を、一徹は前蹴りの要領で踏みつけ、蹴り飛ばすと同時に、さらにさらに深くへと打ち込んだ。
「それにね、気付いているでしょう? この襲撃、一見すると町民農民の反乱のようにも見えて、違う奴が混じっている」
「正規兵……」
状況にたじろぐエメロードを、トン、と、突き飛ばすようにして、自陣深くまで下がらせた一徹。
「ま、元なのか現役かはわかりませんが。やっぱり動きが違う。戦法の取り方もね」
「だから貴様は私の援護に来ることを選んだ。貴様の目から見て、貴様を含めたこの四人で一番弱く穴のありそうなところを、襲撃者、とくに強者が狙ってくるから……で、これはなんだ?」
その防衛ライン、どこからも通さないようにと、一徹は知らずのうちに不愉快女と背中を合わせに構えを取った。
「目の前に集中してください?」
こんな状況でも、二人の関係は最悪だ。
特にルーリィにとっては、《不愉快男》に背中を預けるなど嫌気がさして堪らない。
それでもそんなことを敵が知るよしなどないから……
「さぁ、来ましたよ?」
「チッ!」
次々と襲撃者は二人の視界に入ってきた。
猛然と命を奪う得物を振りかぶっていた。
黙って見ているわけにもいかない……から、一徹たち二人は、一歩前へ踏み出した。
☆
鉄のぶつかり合う音と風を切る音。
ルーリィには自分の気迫のこもった声と、不愉快男の気迫の抜けた声しか聞こえなかった。
ルーリィは、ルーリィたちは、同じ方向に足をさばき、体を流し、ぐるぐると回りながら複数の相手に対応していた。
ともすれば掛け声も何もないのに、急にその流れの向きを同じタイミング、同じ速さで変え、流れに慣れてきた敵の意表を突き、《不愉快男》は殴り、蹴り飛ばし、ルーリィは
敵迫っているのに全く持って気にならない。それほどに……
「戦いやすい。これは……?」
連携を繋げやすかった。
ショートレンジまで間合いを詰められたなら槍使いでは分が悪い。
足を運び、体の向きを変えたルーリィが目にするのは、見事なまでロング、ミドルレンジから迫る者たちばかり。
ゼロ距離まで来たものすべては、不愉快男が投げ、あるいは蹴り飛ばしたのだった。
「殺さないのか!?」
「でも立ち上がってはこない。御令嬢は?」
「わ、私は……っ!」
だからルーリィは、集中して間合いのある相手ばかりに対すればよくなった。
「ほんっとうにやるもんだ。槍か。アイツに見せたら大喜びしそうなもんだが」
「何を、この戦闘中に!?」
「知り合いにね。槍に優れた女の子がいた。貴女ほどの使い手ではないが、きっといい友人になれ……引けっ!」
この状況下で思い出話すら繰り出す。それほどに余裕なのだと見せつけられると、ルーリィでさえ余裕を取り戻せそうな気がした。
「何をっ!? き、貴様ッ!?」
だが、突然思い切り腕を引かれた。
背中合わせというか、いまは不愉快男の背中の影に、すっぽりと自分の立ち姿が覆い隠された。
「ツゥッ!?」
同時。男の前半身で響くのは轟音。大きく炎が弾け、燃え盛るではないか。
勢いの凄まじさよ。
肩、腹、脚。ルーリィは壁となった男の身体、その外側から溢れる轟々たる炎を目に驚愕した。
「き……効くぅっ! ただの
「これは、《フォルムラン》!」
爆発は収まり、クロスさせていた腕を解いた黒衣の男。
手首から肘にかけ、ジャケットがボロボロになっていた。いたるところに認められる大小の穴。
そこからのぞけているのは、生地が燃えて出来た、すすに当てられたゆえか、それとも直接焼かれたゆえか。
どちらにせよ、赤土色に照りの見えた肌。
『放て放てっ! 距離を詰められるな!? 詠唱魔技術で長距離から確実にしとめろ!』
敵も馬鹿ではない。
近寄れば確実に倒されるのを理解していた。それが、こうして安全に距離を取ったところからの遠距離攻撃に切り替えさせた。
高名な魔技術師となれば、普段必要な詠唱を簡略化することも可能。しかしそういうことさえなければ、詠唱さえ唱えれば、誰もが行使できるのがこの世界の詠唱魔技術。
特にこの《フォルムラン》。光炎球を生みだしぶつける詠唱魔技術は、とりわけ戦闘では余りにもオーソドックスな魔技術。
襲撃者には農民、町民の他、兵士が混じっているとルーリィは耳にした。
とんでもない。
詠唱魔技術であれば、魔技術のもととなる大気中の
そういう意味では、集中攻撃を行うことによって、黒衣の男を殺すことくらいは出来るのだ。
「そこのっ! エメロードをその場からのけさせろ!」
《そこの》とまで呼称は来た。
つまりそんな呼びかけしか出来ないほどに黒衣の男は押されていた。
爆音は連なる。
必死に振った
欠片も余裕が無いのは、ルーリィにもわかった。
それでいて退かず、詠唱魔技術を受けとめているのは、後ろにいるエメロードの安否を気にかけているゆえ。
「だ、だがそれでは他の者がっ!」
「んなもん知ったこっちゃねぇ!」
わかっていながら、完全にルーリィは頭が真っ白になった。動けなくなってしまっていた。
エメロードだけではない。エメロードだけではないのだ。
彼女は黒衣の男に守られるさなかに、こぞって押し寄せる生存者の治療に当たっている。
きっと黒衣の男は、ルーリィがエメロードを連れてその場から移動したそのとき、魔技術に立ち向かうことを止める。
……その場に残された、他の生存者が魔技術によって焼き殺されるのを予測できていながら。
「グッ! ガアッ! 限界だ!」
「ま、待ってくれ!」
エメロードを救い、それによって魔技術への防衛を黒衣の男に止めさせることで戦力の維持を狙うか。
それとも皆を巻き込まぬため、エメロードを動かさないか。さすれば恐らく近いうちに黒衣の男が力尽きるのは目に見えていた。
それでも……
「どうする。どうしたらいい。この状況を!」
「早くっ!」
選びようない選択。
特に選ぶのは、正義感に強く溢れたルーリィ。
「私、私は……っ」
どちらか救ってもどちらか犠牲になるなど、受け入れられないルーリィだからこそ、残酷な決断を下すことは出来なかった。
『ここであの男は終わらせるぅ! お前たち、よく狙え! よーく
勝機が見えた。そう思ったのだろう。
襲撃者の一人は嗜虐心溢れた笑みを浮かべ、持っていた剣の先を、離れた所から黒衣の男に向け、吼えた。
数えるだけでも七、八人は詠唱を口にしていた。
「私には……」
『はなてぇぇぇぇぇ!!』
「ッツ! まだかよ!?」
「選べないっ!」
「……
……幾つもの声が交差した。
襲撃者の掛け声。詠唱を唱えきった何人もの重なった力ある言葉。
明らかに焦燥を見せる黒衣の男の悲鳴。
選ぶことを放棄したルーリィの叫びと……
「あ、貴女はっ!」
そんなルーリィが耳にした、悲しげな呟き。
SHAGYAAAAAAAAAA!!
RAGYAAAAAAAAAAAAAAA!!!
『あァァぁっ! ウワァッァァッ!』
『ハァァアァァ!』
『ギィイヤアッァッァァッァ!』
女の咆哮が二つ、炸裂音も二つ。しかして悲鳴は数え切れず。
ルーリィは目を見開かせられた。
ジュウゥッ! とした音を立てて、浮き上がった脂弾ける黒焦げになった男たちが、次々とその場に崩れ落ちていくのだ。
「ウッ!」
鼻が曲がるほどの人の肉が焼けた臭い。
鼻腔を突き刺す刺激に、ルーリィは思わず口元と鼻周りを手のひらで覆った。
ルーリィだけではなく、敵味方も問わない。
光景と臭いを脳裏に焼き付けた者たちは、あちらこちらでバシャバシャと胃の内容物を吐きださざるを得なかった。
「どうして、お前が……」
ただ一人、違う者がいた。後一歩で命を失いかけた黒衣の男。
絶咆とともに生み出した暗い光を称えた柱によって、襲撃者たちの詠唱魔技をかき消し、そのまま焼き貫いた女。
己よりさらに前に立つ彼女に向け掛けた声には、明らかな失望が混じっていた。
「申しわけございません……
女は、掛けられた声に謝罪で答える。答えて、姿を消した。
次に現れたのは、次々会場内に溢れる襲撃者たちの真っ只中。
猛然と、両手の銀の
確実に、命を止めることで相手の行動を不能にさせていた。
「『どうしてお前が』だと? いまの言葉は……ちょっとばかり違うんじゃないのか俺」
聞こえてきた黒衣の男の声。
彼もまた同じものを見ているのだとルーリィは思った。
余りに、異質な光景。
女が単身、襲撃者たちに突っ込んでいるからか?
違う。
悉く倒していくその強さに、ルーリィの目が釘ずけになったからか?
それとも違う。
ルーリィの注目を掴んで離さないその理由。
青紫の肌、斜め下に伸びた耳、人間族にとって種族的に天敵であるはずの魔族。
そのなかの魔人種の女が、理由こそわからないが襲撃者と立ち回り、結果としてパーティ参加者の命を救おうとしているからだった。
あ〜スマホ入力辛っ。
まだ先ですが、やっと未完前作の、ルーリィと一徹がその関係になるべくしてなった場面が書き終わりました。
記憶回想編は、全部書き終わって一気投稿するときには別枠にする予定ですが。
いつも読んでくれてありがとうございます。
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