《ダンスマラソン》-裏 動乱 ヴィクトル

ガチャ……コ……ギィィ……


 重々しい音、大きな荘厳な扉が、番を軋ませゆっくり開けられたときの音。

 そして……


 ……ドンッ!


 力強く、大地を踏みしめられる衝撃音が木霊した。一人ではそんな音、鳴りようない。


 両開きの金属製の扉を、筋骨隆々、背丈タッパも立派な戦士然とした男二人が、左右それぞれの扉を開け切った。

 そうして、中から、出てきた。

 ヴィクトルを筆頭にして続く、戦士たち二十数名。


 彼らは、彼らも何とか修羅場を潜り抜けてきた猛者たち。

 騎士に、護衛の兵に。

 あの時、不意に斬りかけられたのはヴィクトルだけではなかった。タイミングを同じくして、ヴィクトルが呼びかけられ、後にした使用人待機所では、酒に肴に楽しんでいた護衛、使用人たちも、ヴィクトルと同様に襲撃を受けたのだ。


 最初は200名以上いたはずだ。だが、出てきたのはその1割程度。

 もっと生存者は多くて良かったはず。もし仮に、それら逝ってしまった者たちが口をつけた酒や料理に、毒や薬が入ってさえいなければ。


 運がいい……だけじゃない。奇襲にもかかわらず、こうして命からがら、使用人待機所のある大きな建物を出てきたところに、彼らの戦闘能力の凄まじさが伺えた。


 ゆらぁりと開けられた扉から、一歩ヴィクトルが踏み出したのと同時。偶然だろうか? 大地をヴィクトルが踏みしめるその一歩に、全員が足並を合わせ、大地に向かって「未だ我が命あり」と轟かせた。


 夜に差し掛かってからパーティが始まってからしばらく経っている。

 闇が大地を包み、冷え込んだ大気。だが、彼らだけは違った。

 死地を潜り抜けるさなか、自然かつ強制的に上げられた体温。修羅となり、死線を踏み越えて来た彼らは、体中から汗が吹き出ている。大気に体温のギャップが、湯気を立ち上らせた。


 頭頂から顔、首、腕、指先、胸からは腰、下半身まで、ドス黒い生暖かな河を流していたこともあった。

 勿論自分たちのものではない。生きるために被った、誰かの物。


 ここは戦場。

 既に顔も、目の光も鋭く、冷たくし、既に戦士へと変貌していたヴィクトル以下、各家の従者たちは、白い湯気を立ち上らせながらのっしのっしと建物外へとたどり着いた。


 その凄み、何の覚悟もない者が彼らの前に立とうものなら、一秒経たず失神するか、動くことをさせず、失禁、腰を抜かせるほど。


「よくないな。思ったより時間が掛かってしまったか」


「アンタは……冗談を言っているつもりなのかオッサン? まずは、この場から出られたことに安堵するだろう普通」


 従者待機場となった建物から脱出が叶った所で第一声を放ったヴィクトル。その内容に、顔をゆがめたのは、ヴィクトルとは少し毛並みが違うが、同じく赤毛の、野性味あふれた逞しい美男子。


 名はローヒ・ドッレ。

 同盟のために《タベン王国》にやってきた、アーバンクルスたちをお守りするための、《ルアファ王国》の騎士の一人。


「それで? どうするよオッサン。いまだきゃあアンタがオレたちの将だ。作戦が有るなら聞くぜ?」


「十四、十六……二十五人……か。始めの人数を思えば、よくもまぁそれだけ失って生き抜けたもの」


 作戦を練ろうとし、顎に手をやったヴィクトル。その隣に控え、初対面のヴィクトルを将とまで言い切ったローヒは、殺気迸らせる雰囲気なれど、何とか冷静さを顔に貼り付けさせていた。


 血の気が強いのがローヒ。本来このような状況では、周囲の指示も聞かず、我先にと暴れるような青年。

 今回ばかりは違った。


「己が主人のみを救いたいのであれば、このまま会場へと駆けつけるのが一番だ。戦闘は最低限でいい。一刻も早く主と合流し、その場から撤退するのが肝要だ」


「ああ、それがオッサンの基本スタンスだってのはわかってる。が、騎士って言う立場ならな、そうもいかねぇんだよ。不条理を、見過ごすわけにはいかねぇ」


「……お前は隣国の騎士だろうが」


「たとえ国違いだろうがだ。そこに悪意が渦巻いているなら、止めないわけにはいかねぇ。それが騎士ってもんなんだよ。オッサンにゃ、分からねぇかもしれねぇけど」


「若造が、いっぱしに分かったように物を言う」


 意見を求めていい。ヴィクトルにはそれを聞いておくだけの強さと経験があることを、ローヒは知っていた。


 今の状況だって、不満そうな口ぶりのヴィクトル。だがローヒにとっては奇跡。

 奇跡なのだ。ローヒをして《剣鬼》と表現してそん色ないほど化物じみた動きを見せたヴィクトル。


 二十五人も生存者が出たのは、奇襲を食らったローヒ含めた護衛達が劣勢だった状況を、何処からか待機所に戻るなり、その圧倒振りで、たった一人で覆してしまったから。


 もしそうでなければ、やっと外に出てこれたとして、数人といっていい所だった。


 王子を守る兵として選ばれる。その実績から見れば、ローヒだって戦士としてはただものではない。が、そんなローヒは、異論反論することに躊躇ちゅうちょするほどの恐れを感じるくらいに、ヴィクトルの強さを、別格だと感じ取っていた。


 間違いなく、指示を仰ぐに足る冷静さや経験。圧倒的技術に強さを誇るヴィクトルに、ローヒは本能が従ってしまったといっても過言ではなかった。


「では、一人馬を駆って救援を求めに行くべきだな」


「はぁ?」


「ここはラバーサイユベル伯爵の治める領地。領都、《レズハムラーノ》から遠くもない。伯爵も本日のパーティに出ていることは知っている。我ら二十数人で会場全てを救うのは無理だ。領兵による援軍が必要になる」


「冗談じゃねぇ。ここにいる二十五人各員、それぞれおのが主を救うためにここに集った。誰か一人に助けを呼びに行かせることで、この戦列から離れさせるって言うのかよ」


「なら……従者待機場に残した仲間たち他、生存者たちををさっさと連れてこい」


 そんなローヒでさえ恐れ入ったヴィクトル、おもむろに言葉を放った。


「あ、アンタが『使えないなら拾っても意味がない』ってさっき……」


 ローヒはその発言の意味がわからず、声を上ずらせた。

 当然だ。

 ローヒがヴィクトルを恐れる理由は単に強すぎるからだけでない。

 

 外に出ていない生存者という意味では、もう十人ほどいた。

 が、「戦力にならないものはいらない」として、見捨て、動ける者だけでここまで率いた、冷酷な一面があったから。

 それが一転、「中の生存者を引きずり出せ」というのだからローヒが戸惑うのも仕方ないこと。


「待機場しかり、そしてこの建築物に火を放つ」


「な!」


「夜の闇に飲まれた今という時間。これ程の建造物ならよく燃える。大火を作る。遠方からでもわかるくらいに。さすれば《レズハムラーノ》の守護兵達も気づこうというもの」


「こ、この離れは従者待機場に使われたが、この国の王家別邸の一部だぞ・・・・・・・・・・・・・?」


「ではお前が考えるんだな。『自分の主を助けたい』と言い、『敵勢力を抑え、会場に集う主人級皆も助けたいと』言い。それでなお、護衛としてのプライドが邪魔をし、『救援に向かう事も出来ない』という。我儘が過ぎる」


「ッツ! お前らっ、生存者の搬出だ! 十分で戻ってこい!」


「待てん、五分だ」


「クソ! オッサン! アンタはっ……」


 ギロリと光る、有無を言わさないヴィクトルの瞳と落ち着いた低い声にたじろいだローヒ。

 逃れるように、《ルアファ王国》からともに来た、未だ動ける騎士仲間に声を飛ばした。


 いまだけは仲間であるはずなのに、ヴィクトルの据わった瞳は、たったいま迸らせた衝撃的発言を本気でなそうとしているのがわかるから、ローヒも冷静ではいられない。


「仲間ぁもろとも焼き殺すつもりかよっ!」


 建物を焼くことを提案し、死なせたくなかったら仲間を自分たちの手で救えという。その上タイムリミットはたったの五分。遅れれば「もろとも建物を焼く」と言いはなった。


 ローヒからしてみれば狂っているとしか思えない采配。


「そんな猶予がもてるほどの状況ではないことくらいわかっているはずだ。見ろ、状況はさらに……悪化の一途だ」


 ヴィクトルはそれで尚落ち着いていた。

 先ほどローヒに向けていた視線をはずし、少し遠くを眺める。

 表情は変えないが、目を細め、そして血と脂に塗れた剣を握りなおした。


『進め! 生き残り全員を狩りつくせ!』


『まさか、生存者がでるのかよ!』


『一人でも残してみろ!? 《レズハムラーノ》に救援を求められちゃ叶わない!』


『数で押し込め! ここで護衛従者の息の根を止めれば俺たちの勝利だ!』


 意識を集中せざるを得ないから。


 地響きが、地揺れが、凄い速さで近づき大きくなっていることを、ヴィクトル以下二十五人の集団にわからせた。

 遠くから聞こえる咆哮とて、決して穏やかでない。


「オ……イ、コイツァ……」


 ゴゴゴという音とともに、星明りに輪郭をとられた大きく蠢く、波打つ影を認めたローヒ。さすがに息を飲まされた。


『『『『『ウォォォア! 殺せぇぇぇ!!』』』』』


 闇夜に踊り出た、まるで黒い大蛇を思わせる、敵意と殺気にみちた濁流。

 外に出たことでやっとこさ夜目に慣れてきたヴィクトル達は、その黒龍のいたるところで星光に煌いた銀の閃光を見逃さない。


 剣だ、斧だ、槍だ、クワスキ。それを握るのは鬼気迫った表情、歯を食いしばった男たち。


「貴族のパーティ、そして奴らは農民、町民か。反乱……か? ますますおかしい。この領の民はラバーサイユベル伯爵に心酔しているはずだが? 旦那様が、そうなるよう状況をコントロールした・・・・・・・・・・・・・・・・・


 目など、既に振り切っているのか完全に逝っていた。


「百か二百か、あれに飲み込まれるまでわからんな。救出に向かったのは5人、こちらは20人で分が悪い。これでは3分すら持つかどうか」


「だったら『すぐにでも火を放て』って? させねぇよ、んなトチ狂ったことぁ!」


 ヴィクトルにとって、最重要なのは一徹の救出。だからローヒたちとは違い、最初から本格的な交戦を考えていないゆえ、その状況を見てもどこまでも冷静。 


「……ほう? じゃあどうするという?」  


 ローヒは違う。だから、ヴィクトルは質問した。


 つわものたちを率いたヴィクトルより、さらにローヒが先頭に立ち、向かい来る襲撃者たちを前に、立ちはだかったから。


「簡単だ。何が何でも五分持たせる!」


「騎士の扱うセリフにしては、現実的ではないな」


「うるせぇな気合だよ! 根性さえありゃなんとかなんだ!」


 前に出て立つローヒの背中に声を掛けたヴィクトルは、帰ってきた答えに呆れたように笑ったが、閉口した。


 ローヒが……得物、大戦斧を、その握り手を持ちかえることによって、斧頭を足元から真横へ、そして頭上へと孤を描きながら移し、そして構えたから。


「……似ている……」


「あ?」


「いや、騎士が大戦斧とは、らしくないと思ってな」


「何を言って……なんだよ、ありがてぇじゃねぇか。付き合ってくれるって?」


 大戦斧を構え、押し寄せる反乱者の猛進を真正面から見据えるローヒは、顔を綻ばせた。

 ローヒがたったいま前に出たことで、後ろにいたはずのヴィクトルが、真横に立ってくれたから。


 選んだのだ。この五分間の抵抗に付き合うことを。


「アンタァ外出た瞬間、速攻で主人のところへ行くとも思っていたんだけどな」


俺の主を、そこらの守ってもらうばかりの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・主人級と一緒にするな・・・・・・・・・・。最悪、俺が助けにたどり着いたときにはもう、単独で脱出している可能性だって有る」


「普通最悪な結末ってのは、『守れず、主が死ぬ』ってところだろうが!」


「俺にとっては最悪だ。守れん。が、そういうわけで簡単に死ぬような方ではないからな。たった五分、されどこの五分だけは付き合ってやる。先ほどまで、待機場から出ることに俺も手一杯だったが……少し、見せてみろ。お前の動き」


「さっきよりもいまの方が余裕あるのかよ! むしろこの、敵が押し寄せる状況のほうが俺ぁヤバイと思うけどね! だがその申し出、是非もねぇっ!」


 いつの間にか、この場に残った者たちすべてもピンと気を張り詰め、息を沈め、そうしてローヒ、ヴィクトルの真横にズラリと整列した。


「五分だ! 持たせんぞぉ!?」


「フン」


「「「「「オォォォォォォ!」」」」」


 ローヒの怒声が、数百の襲撃者が作る黒い大蛇の咆哮すら凌駕した。

 呼応するは鼻を鳴らしたヴィクトルと、雄たけびを上げる従者の生き残りたち。


 それは合図だ。

 合わさるように、ローヒ、ヴィクトルに遅れを取るまいと気合を込めた従者の生き残りたちも、前へ前へと走り出す。


 合図だ。


 二十人対数百人の、たった五分間だけの……


 決戦の合図……

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