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『そうですか順調ですか。ソイツぁ良かった。リングキーちゃんも初出産で不安はあるだろうが、何かあったらいつでも街の者頼っていいからね』


「ハイッ」


『で、三泉温泉ホテルさん』


「俺ですか?』


『子供産まれて母子健康。親子にゃ色んな形はあるだろが、やっぱりそれが良いでしょう。三泉温泉ホテルさんがシッカリしなきゃ。ゆめゆめリングキーちゃんに心配なんか作らないように』


「ですね。ありがとうございます」


 今晩は三縞市内、商売している旦那女将衆の寄り合い……と言う名の飲み会。


 一応俺もホテル経営者ってんで、呼び名は本名ではなく《三泉温泉ホテルさん》ってぇ屋号だ。


『でも良かったねぇリングキーちゃん。待望の子宝だらぁ?』


「ハイ、足掛け十何年。『駄目かもしれない』と諦め掛けたときもありましたが」


『なら尚更可愛く思えるさ。もうどっちか分かってるら?』


「男の子です。名前まで決まってるんですよ?」


 リングキーとの馴れ初めから結婚生活から。覚えていないことは全く問題じゃなくなった。

 忘却状態で目覚め、リングキーに色々教えてもらいながら今日までもう半年が経った・・・・・・・・


 色々、リングキーとのことを覚えていない部分に関しちゃ、そこまで突っ込んで来ない。

 なんなら「これからの人生を思いきり大事にしてくれればそれでいいじゃないですか」とさえ言ってくれる。


 気立てが良くて優しい。

 可愛い寄りの美人。鼻周りに散ったソバカスに愛嬌を感じる。

 飯も旨いし働き者。頭だっていい。


 これ以上何を望めって?


 忘却っちゅうことで一旦ゼロだった筈のリングキーへの好感だって問題ない。

 日に日に、リングキーの事えお好きになってる。

 

 なんちゅうか本中華……

 《好きな娘》って恋。

 《カレカノ》って恋愛。

 なら「ずっと一緒にいたい」ってのは何だろね? 前述2つに更に増して信頼を加えようか。


『跡継ぎが出来た。なら晴れて《三泉温泉ホテルさん》の将来もこれで安泰だら?』


「さてぇ? まずは無事に産まれてくれることを願うばかりですが、跡を継いでくれるかは別として、ちゃんと守りますよ。リングキーも、子供も」


 守りたい。

 それほどのレベル感。


『偉い! よく言った!』


 よーけ喜んでくれるどこぞかたなの女将に強めに背をバシッと叩かれる。

 悪い気分はしなかった。


『《三泉温泉ホテルさん》には、我々旦那女将衆も期待しているからね』


「ですか?」


『そうさ。桐桜華皇国人には素通りされるこの三縞に、外国人旅行客を呼び込んでくれるんだから。《いんばうんど》って言うんだろ?』


「は……ハハハ……」


(もうそろそろ、偶に感じる壮絶な違和感は無視したほうが良いんだよな・・・・・・・・・・・・・?)


 俺が経営してるホテルが、三縞の観光客を増やしている。そう言ってもらえるのは確かに嬉しい。


(そもそも……この三縞は超人気観光地じゃなかったのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・……とか)


 リングキーとの生活に順応してきてる一方で、まだ違和感感じる部分は多々あった。


 例えば三縞には、国家としてとんでもなく重要な課題の解決・・・・・・・・・・・・・・・・・・・を使命とした集団が居なかったか・・・・・・・・・・・・・・・……とか。

 故に全国的な知名度があって、移住者が集う・・・・・・・・・・・・・・・・・・……とか。

 だから街は発展していってそれを見に全国から旅・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行者が集まる・・・・・・……とか。


 思い出しきらんというより、脳内イメージのボヤけが過ぎた。

 そういった「アレ? こうじゃなかったっけ?」と、今眼の前に広がる現実とのギャップに狼狽える事が良くあったのだ。

 

『アンタら夫婦が前の代からホテル経営を引き継いだ時はどうなるかと思った。けど今は三縞の一層の発展に向け、期待させてもらうよ』


「そりゃあ、参っちゃいますね」


 三縞駅2つ前にゃ、渥海あたみ温泉郷があるじゃないの。

 魚が上がる港は、隣駅の沼都ぬまづなんだぜ?

 三縞を始発とする伊頭函根いずぱこね鉄道に乗りゃあ韮岡にらおか反射炉は国指定重要文化財だし、最終駅の修繕寺しゅぜんじ駅は由緒正しい寺あるだけじゃない。山中の密湯として人気。


 三縞? 中継地点やねん。


 言葉に何ら不自由ないから、移動時の一挙手一投足淀みない桐桜華皇国人にとっちゃ乗り換え地にすぎん。

 が、外国人に取っちゃ乗り換えってのがハードル高い。


 だから俺は自分の宿を、渥海や沼都や修繕寺を三角と見立てた中心、何処にもアクセスしやすい《ハブ拠点》というコンセプトのもと経営した。


 俺もリングキーもヴィクトルも多少なりとも外国語を使える。

 

 「居酒屋行きたい」宿泊客言われたら、全力で中継地三縞の店に予約取ったるわ。

 何なら決まって紹介する店の外国語メニューだって、俺が作ったわ。


 望めば外出せんでも、夜は宿で桐桜華の夜の妖しき大人文化、《飲み放題》体験可。


 うちの宿から、数ある有名観光名所への行き方だってマップ作って文章つけたわ。

 

 別の駅の行き方に関しちゃ、外国語で三縞駅何番ホーム。帰りはその駅何番ホームで乗ればいいのか分かるように。

 ちゃあんと時刻表までつけた紙体渡しとるわ。


 週末は地元の高校生達人が教える《桐桜華武芸》の真髄。


 汗をかいたら温泉あるよっ。ひとっ風呂浴びちゃおう。


 ……「三縞から始まる、楽しい渥海、沼都、修繕寺トラベルタイムッ!」とまぁ、そういう訳である。


 見事に外国人客にしか刺さらんかったが。


良い人生ですね。今の私達・・・・・・・・・・・・


「うん? ん〜……だなぁ」


 リングキーがニパッと笑ってくれるじゃない。

 完全同意しかない……から、ほんとにチョクチョク感じる違和感は無視・・・・・・・・・・・・・・・・・・・したほうがいいかも知んない・・・・・・・・・・・・・

 この掛け替えのない日々に、水を差しちまう。

 無粋しかないねどうも。


 ――寄り合いと言う名の飲み会とはいえね、身重なリングキー連れ立つってんなら車しかないわ。

 

 そういうわけでソフトドリンクで会を済まして宿に戻った後が……


「では旦那様、失礼して……」


「おうっ」


「「乾杯っ」」


 やっとお酒飲めるでやんす。

 飲酒運転ストップってやつですもんよ。


「寄り合いは如何でした?」


 ビール……は腹に溜まるく・せ・に、バンバン行けちまう。

 ビールっ腹も気になるお年頃。

 

 ゆえ、宿で俺がヴィクトルと酌み交わすのは桐桜華酒だった。

 お猪口サイズでもどっしりとした飲みごたえ。結構インパクトがある。


 こんなこと言っては行けないのだが、桐桜華皇国人でないヴィクトルの方が、お猪口クイっの仕草は桐桜華皇国人の俺以上に様になってやがった。


「良かったぜ? 色んなたなから感謝されたよ」


「そうですか。いや素晴らしい事で。そんな方が私の主で誇らしく思いますぞ」


「誇らしく……ねぇ?」


「どうかなされたので?」


 切れ味辛口ィ(上げ調子)な酒じゃないの。 

 俺もお猪口煽って、一杯目から手が止まる。

 喉を液体が通るの感じながら、歯を食いしばった。


「時々思うんだよ。『これで良いのか・・・・・・・』ってな」


「何を悩むことあります。望むべくもなく今が最上でしょう。それがいけないとでも?」


 空になったお猪口に、言いながらヴィクトルが徳利傾けた。


「いけないってぇわけじゃない。強いて言やぁ怖い・・。あまりにも物事が出来過ぎてる」


「出来過ぎ?」


「苦労らしい苦労はない。宿の経営は順調。蓄えにも問題ない。町じゃまさかの名士扱いで持ち上げられるのも気持ちいい。リングキーはいてくれる。子供も生まれる。それに……」


「それに?」


「お前ほどの英傑まで俺の傍に控えてくれる。なんだ、向かうとこ敵なしじゃないか」


 お猪口満ちるまでに指で摘んだチーズ鱈を口に入れ、咀嚼しながら注がれた酒を飲み干す。

 早速ヴィクトルは3杯目を注いでくれたが、口をつける前に奴から徳利を奪い取り、注ぎ返してやった。


「ははぁなるほど。旦那様、不安に囚われておりますな? もしこれが壊れてしまったならと」


「おん?」


「それとも、今の幸せを鬱陶しくお感じになるか?」


「そんなことないよ。ただ、今のままじゃチョイ張り合いがないっつーか」


「隠されますな。あまりに完璧なものは損なわれる事が怖い。故に不完全なものの方が気楽で良い。それも人のさがでありましょうや」


 俺に注がれたお猪口を、「改めて乾杯」と掲げ、キュッと飲み下したヴィクトル。

 ニッと笑みを見せた。


「ったぁくお見通しかよ。いよいよ謎だよ。なんだってお前ほどの漢が、俺みたいな奴のもとにいてくれるのか」


因果律を震わされました」


「だからなんでだってーの」


 なんだか、からかわれてる気がする。


 頭の回転は早い。腕っぷしは間違いなく立つ。年齢差もあるからか考え方も大人だし達観。

 背は俺よりたけぇ。年齢は結構離れてる。

 

 ヴィクトルと比べちゃ、俺なんざ全方位下位互換にも思えてくるのに、それでなお旦那様とか宣ってくるのが厄介だ。


色々……忘れてんじゃねぇ〜べってね・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


「忘れる……ですな」


「それはメッチャ大切なものなのかも知れないぞ?」


「本当に大事な物は、忘れませぬよ」


「そうなんだろうが。う〜ん」


 空になった自らのお猪口。

 呑み口を右手親指と薬指で「キュンっ♡」マークを作って拭ってやった。


「物事ってのはさぁ、ゴール至るまで障害に幾つも当たるものじゃない? 何でもかんでもここまでスムーズだと、それらを忘れたか目に入れず無視して通り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・過ぎたんじゃないか・・・・・・・・・って」 


 拭い終わったところで、またヴィクトルが徳利を傾けた。


「存外、俺の目に触れる前に誰かが排除してくれて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いたりして・・・・・


「ッウ!?」  


 注ぎ口からのチョロチョロ。

 いきなり、跳ねた。


「んおぅっ!?」


「あっ、申し訳ありませぬ!」


「ん勿体無え。『酒の一滴は血の一滴』と申しましてなぁ、尊いてぇてぇなんだぞ?」


「って、旦那様もお止めなさい! なんてお行儀が悪い。もうまもなく父親になろうと言う貴方が!」


 液体がビャッとテーブルに零れてしまっても問題ない。

 チューの要領で口すぼめテーブルに吸い付き、ナメナメしようとしたところで叩かれてしまうとゆー……


「まぁなんです。あまりお気になさらないほうが宜しい。それに、今の暮しがハッピーエンドの継続中かもしれないではないですか?」


「なんだぁ?」


「……半年以前の、奥様との記憶をお忘れになった」


「おまっ!」


「あまり言及はしてきませんでしたがそうなのでしょう?」


「あー……そうなんだけど。も少し優しく出来ない? 隠してる俺も不味ったけど、多分気づいてるリングキーだって追求しないでくれてるんだぜ?」


 気を取り直し、ヴィクトル三度目の酌を俺に、済んでは自ら手酌。


「記憶をなくす前が激動だった。記憶が失われる直前がクライマックスだった。よろずのことが解決し、すべてが丸く収まった。記憶を失ったあとの今が何においても滞り無いのは、ハッピーエンディングが続いているから」


「そうなのかなぁ?」


「そういうことに致しませい。どちらにせよ、自分の事を忘れられるなど十余年の伴侶にとりて耐え難き悲劇です。飲み下し、旦那様とともに有りたいと言う奥様の極上なまでの想いとお優しさに、これ以上寄りかかりなさるな」


「そ、そいつぁ……」


 思い立ったら、酒の供に出来んのがヴィクトルっちゅう野郎だ。

 反面、実はこう言った事で答え示すご意見番だったりする。


「下手すれば流産となっておかしくない。それ程の精神的ショックでしょう」


「……そう……だな」


 部下のくせに、奴がそう言ったなら俺は無条件で信じた。

 それが、俺のヴィクトルへの信頼。ヴィクトルとの関係。


「壊れることを恐れるなら、壊れぬよう今一度……りませい。私も決して旦那様を一人に致しませぬよ。このヴィクトル・ユートノルー、及ばずながら、お支え致します」


 だからね、とんでもない違和感について、ヴィクトルがそう言うなら、それ以上の反論は出来なかった・・・・・・・・・・・・・・


――リングキーと生まれてくる子供を守っていくことだけを考えよ。

  きっとそれ以外は些事さじ……なんだと思う。


「でもさヴィクトル、頭ではわかってても根っこの部分はどうにも抵抗し・・・・・・・・・・・・・・ちゃうのよ・・・・・


 ヴィクトルとの晩酌は御披楽喜おひらきとなって一人書斎に。

 文机の鍵付きの引き出しを開くと、宿の過去の帳簿が姿を見せた。


「フゥ」


 それらを机に洗いざらい出す。引き出し底に寝そべっている、顔面削られたフィギュア達のお目見えだ。


「なんかおかしいんだよ。気持ちが悪いっつーかさ」


 青髪の、モデル級にスタイル良・・・・・・・・・・・・・・いのに出るとこ出てる美少女フ・・・・・・・・・・・・・・ィギュアを左手に・・・・・・・・

 栗毛で小動物を思わせるミニマ・・・・・・・・・・・・・・ムを感じさせながらバストにヒ・・・・・・・・・・・・・・ップの主張が凄い美少女フィギ・・・・・・・・・・・・・・ュアを右手に・・・・・・

 握りしめて引き出しから取り出す。文机に立てた。

 

どうして、この娘達がここに集・・・・・・・・・・・・・・っているんだっけ・・・・・・・・?」


 一番大きいのはこれだった。


 「何故?」とは愚問だ。

 俺がフィギュアを買い揃えたんだ。


 どうしてフィギュアを買ったの・・・・・・・・・・・・・・か覚えていない・・・・・・・

 青髪のフィギュアは槍を持っている。これも俺が用意した。


「思い出せない……違う。どうでもよくなってる・・・・・・・・・・……」


 他のフィギュア用の小物だってネット購入で取り揃えた。


「あぁ、そうだった。たしか……」


 顔も知らない、会ったことなぞあるはずない……のに、なんとなく俺のイメージの中にある、輪郭もボヤけたこのフィギュアに重ねる誰か・・の印象を取り戻すことで、それが何なのかを追い求めようとした。


「変な気の迷いで買っちまっただけで、本当は俺にとっちゃなんでもない存在だったのかな?」


 店先でフィギュアを見たとき、醸し出る雰囲気に俺は情熱を持ってしまった。

 その情熱の矛先である誰かに近づけるため、顔は削り取って小物や服装を着せ替えしようと思ってた。


 人形偏愛者ってぇコトなのか。36でそんな趣味に目覚めちまったのかとも思った。


 ……どうでもいい・・・・・・。俺にはリングキーがいるから。

 リングキーとの半年より前のすべてを忘れてしまった俺に、アイツはそれでも甲斐甲斐しく尽くしてくれる。


「だったら俺は満たされてる。この人形は俺にとって確かに大事かもしれない……が、所詮『かもしれない』娘達の姿を追い求める意味はあるのか? なぁんて……本当にどうでも良いのか? 忘れちまって、大丈夫なのか?」


 リングキーとの人生だけを考えよ。

 そのために湧いて出てくる違和感は無視してしまえ。


 言われてることは理解できる。が、葛藤もあった。


「思い出せない。なんだ……消えていく・・・・・彼女達が……俺の中から消えて・・・・・・・・・・・・・・いく・・っ」


 両手にフィギュア握りしめ、顔は机に突っ伏した。

 ただでさえぼやけている、俺が追い求める俺の中の理想の彼女たちの面影は、最近おぼろげにも頭に浮かんでこない。


 幸せすぎる一日を跨ぐ毎に、俺の中で、彼女達が消えていく・・・・・・・・・・・・・・

 「所詮消えやすいものだ」と軽視すべきなのかも知れないが、でも俺にはそれがとても恐ろしいことに感じた。


 あと2、3ヶ月も経とうものなら俺きっともう、思い出すことが出来なくなる。

 彼女達を……失う・・・・・・・・

 


 夢に沈んだ一徹が大事な事を忘れてしまう一歩手前。


「あぁ、こうして生の一徹の側立ったのはいつ以・・・・・・・・・・・・・・来だろう・・・・。だというのに……」


 皇都桐京は、国が管理する某所。


 一徹の意識のサルベージに、いま取り掛かろうとする山本小隊全員と魅卯。

 見届けるつもりの有栖刻長官、ヴァラシスィ、カラビエリ。

 全員、「してないのでは」と思わせる程に弱い寝息を立てた、目を閉じ安らか顔てベッドに横たわる一徹を囲んだ。


「眠る君の今の顔は、まるで死んでしまっているんだ・・・・・・・・・・・・・・


 肝の冷えることを、全員が一徹を覗き込むなりルーリィが口にした。

 悲しげに、寂しげに。

 おもむろに伸ばした右手で、やんわり一徹の頬を撫でた。

 不快で、痛い、胸の中のギュ〜っ。魅得はとっさに胸に手を当て抑えた。


「閣下、どうして山本小隊全員、月城訓練生まで……」


「陛下まで未帰還者となった。助ける策を私に頼ったのは君ではないかね。木之本君」 


 ルーリィ達は朝食を済ませたのち、長官手配の移動手段でここまでやってきた。


「それはそうですが……」


 歓迎出来ないのがネネだった。

 主であり親友のシキも一徹の精神世界に飛び込み帰っては来ない。

 眠る一徹の隣のベッドに、シキも横たわって瞼を閉じている。

 側女そばめとして離れられないのは当然。


 シキは先日の皇都での《転召脅威》で、一徹の色々・・・・・を奪い取る様をルーリィ達に見せつけた。

 高智派兵の折、絶対忠誠を一徹に誓わせることで、一徹に「何より女皇至上主義。月城魅卯よりも」を、魅卯に思い知らせた。


 どんな形であれ凄まじいインパクトをもって、彼女たちから一徹をシキは奪ってみせたではないか。


「《夢追の呪》を使える者は異能力者でも高位。だがそれだけでは駄目なのだろう? 彼のバックグラウンドを知っており、自らともう一人の精神を、彼の無意識領域内に投入できる。願ってもない人材だと私は思うが?」


 だがこのような究極な重要場面に置いて、一徹を結局救うのは彼女達になってしまうという構図は許しがたかった。 

 よしんば一徹が目を覚ましたとき、恩と想いを送るのはルーリィ、魅卯達になってしまうはずだから。


「では、早速始めてもらおうかしら」


 ネネの思惑など知るはずない、カラビエリが状況を進めた。


「閣下。この娘達をここに連れてきた時点で、まず貴方のこの場での役目は終わりです」


「ルーリィ君やシャリエール君らが一徹の無意識領域に潜行したなら、私にこれ以上できることはないのか」


「昨晩収監されていたグレンバルドを釈放して今に至るまで、結構なスケジュールを踏み倒しています。そろそろ長官業に戻って貰わなければ」


「信じて託すしかないか。ままならん」


 二人のやり取りを耳に、ネネは眉を潜めた。

 山本小隊や魅卯が一徹を起こすことに真剣になるのは……良い。


 なのに、「陛下を助けるために力を貸せ」とネネが頼った先の有栖刻長官が、寧ろ一徹の方を気にしている様・・・・・・・・・・・・・・な素振りを見せるのがよくわか・・・・・・・・・・・・・・らない・・・

 

「では、離れる前に最後に言っておきたい。まずは、月城魅卯生徒会長」


 疑問が浮かび、ネネが見つめる有栖刻長官。視線に気づかず、ルーリィや魅卯たちを見やった。


「私ですか?」


「……『約束を破るかも知れない。スマナイ』と」


「……え……?」


「三縞の友人達に宜しく伝えてくれと、そう言えば長官として頼まれていたな私も」


 魅卯は突然投げかけられ、ビタっと動き止まった。


「リィン君、エメロード君、ナルナイ君、アルシオーネ君。『仲良くやって頂戴よ』と、君たちに願っていた」


「待ちな……さい」


「ちょっ、それ……は……」


 エメロード、ナルナイは面食らう。

 リィンは口をパクパクさせた。

 アルシオーネはホッとしたのか、リラックスした笑みがにじみ出た。

 

「そうして……」


 最後、有栖刻長官の感情籠もった眼差しはルーリィ、シャリエールへ。


「ルーリィ君、シャリエール君には、『有難う』と……『最後まで俺の存在として好きだと言えず・・・・・・・・・・・・・・スマナイ・・・・』だ」


「「ツゥッ!?」」


 ルーリィ、シャリエールが驚嘆しないわけがなかった。


「高智戦役の終盤、私に電話を掛けてきた奴から託された伝言。全く、そんな大事なことは自分の口で言えというんだ」


 カラビエリと、鼻ほじっているヴァラシスィ以外が、食い気味な注目を有栖刻長官に集めた。


「あとで部下から報告があった。奴からの電話あったのと同時刻、高智では第四形態怒鑼権が転召されていたのだとね」


「じ、辞世の句……か……」


「遺言……一徹様は死を覚悟して、それで最後に遺されたのは……」


 ワナワナと震えるルーリィ、シャリエールを前に、溜息と共に目を瞑った長官は首を傾げた。


「だからどうしてもわからないのだ。その後どうしてアイツは君たち二人を裏切り、リングキー・サイデェスと肌を重ねたのか」


「「え゛っ!?」」


 それは魅卯にネネに初めて耳に入った情報。

 声をひり挙げさせるのは難くない。


「ルーリィ・セラス・トリスクト。シャリエール・オー・フランベルジュ」


 再び開いた長官の眼。二人をじっと見つめた。


愛されていた……君たち二人…・・・・・・・・・・・・・・…他の誰よりも……・・・・・・・・・


 時間は、止まったかのような。

 反応や答えはない。

 長官に、その反応を受け止める暇がなかった。

 「さぁ、長官」と、女性陣に言い残すことは何もない。有栖刻長官に声掛けたカラビエリと共に、居なくなってしまったから。


「ッハァァァァ〜……」


 残されたルーリィは足の力が抜けたようにへたり込んだ。


お義兄様あの方も……抜けていらっしゃる。どうして、今、仰られたのか」


「不安は極まって……私達、下手すれば殺し合いにさえ至りましたからね。昨日いらした時すぐ仰って頂けたなら、きっと喧嘩はなかった」


 そのへたり込んだ背中に、シャリエールは柔らかく右掌をあてがった。


「だが、嬉しすぎる誤算じゃないかシャリエール。一徹も……私達と同じだった」


「えぇ。そういえば以前、会えぬ一徹様へ想いを贈ろうとして、貴桜都校の五日出訓練生づてを頼りましたね。一徹様は、忠勝様を頼って私たちに想いを送ろうとした。私達の行動まで、被っていたなんて」


 悔しそうに笑うルーリィとシャリエールの表情は、二人以外(耳穴ホジホジするヴァラシスィは別)には苦しいものだ。


「んじゃ、良いこともあったようじゃ。気持ちも新たに……行けるな?」


「「勿論!」」


 つまんなそうな顔で確認するヴァラシスィは……


「先に言っておく。小娘らが一徹を救えなかった場合、妾は・・・・・・・・・・・・・・一徹の因果律を砕く・・・・・・・・・。そうさの、高智出征直前までの全ての一徹の記憶を再構築し、一徹に埋め込もう。昏睡に至る前の記憶なら目も覚めよう? 当然、小娘らとの記憶の一切は、疑問・・・・・・・・・・・・・・すら一徹に感じせないほど抹消・・・・・・・・・・・・・・するがの・・・・


「構いません。一徹は、私が必ず助けてみせますから」


「いくら再構築して一徹様に埋め込んだとて、それはもう私達の一徹様ではありません。砕け散ったピースを綺麗にはめ込み直したところで、亀裂が残ってしまうならそれは元通りではないから」


「チッ、青臭いのぅ」


 一転、期待に息吹き返したような二人に舌打ちする。


山本小隊副隊長、ルーリィ・セ・・・・・・・・・・・・・・ラス・トリスクトの名を持って・・・・・・・・・・・・・・、各員にオーダーを下す!」


 だがルーリィは大いに発奮しながら声を張り上げた。


「アルシオーネ・グレンバルド!」


「あんっ?」


「リィンの精神体を伴い、《夢見の術》にて一徹の夢に潜行せよ!」


「「おうよ/ハイッ」」


「ナルナイ・ストレーナス! エメロードの精神体を伴い、《夢見の術》にて一徹の夢に潜行せよ!」


「言われるまでもありません! /夢の中では好き放題やらせてもらうわね?」


「シャリエールッ!?」


「ヴァラシスィ様に、一徹様の無意識領域内に投じてもらいます!」


 命令……ただただ一徹を救うために。守るために。


「魅卯少……月城魅卯!」


「《夢追のしゅ》を用い、自身とトリスクトさんの意識を山本君の内部に侵入させます! 目標は、山本君が目を覚まさない原因の解明と解消にて理解しています!」


「ならば皆、参ろうかっ。これより……状況を開始するっ!」


「「「「「「了解!」」」」」」


 そのためなら、小隊員だろうが、小隊以外だろうが、恋敵だって同志として協力を要請した。


 ただ、その場の成り行きを見守ることしかできないネネの前で、最初、シャリエールが膝から崩れ落ちた。


 アルシオーネとリィン。

 ナルナイとエメロード。

 最後、ルーリィと魅卯。


 二人二人ふたりふたり、倒れていった。



 夕焼けの空。

 何処かの公園。


 突如広がった光景のなか、魅卯はルーリィと手を繋いでと立っていることに気づいた。


 視界に一人、幼い男の子の背中が映った。

 ポツンと一人。サッカーボールを両手に持っていた。


――お〜い、そろそろ帰ってこ〜い――


 男の子を眺める魅卯達のさらに後ろから、声が上がった。


――お母さんが、『夜ご飯』だって――


 その声に、男の子は振り返って……


「「……あ……」」


――お友達も帰ったんだろ? 行くよ徹クン――


 魅卯、ルーリィは目を見開いた。


――お兄ちゃっ!――


 鼻垂れ小僧が、年上の男の子に呼びかけられ嬉しそうに駆け寄った。

 幼すぎる……が、たしかに面影は間違いなかった。


「ダイブは、成功したようだね魅卯少女」


「あれは……じゃあまさか」


「そのまさかだろう。喜び勇んで走って行ったのは恐らく、幼年期の一徹。声を掛けたのは、有栖刻長官その人なのだろう。まだ、山本忠勝だった頃のね」


 魅卯、ルーリィは一徹の精神世界に入り込めた。

 そして、一徹当人の記憶の彼方となってしまった、一徹の人生をトレースし始めたのだ。

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