186

「……フヒヒフヒヒブヒヒヒヒッ」


 なぁんて言ってみたら、も少し雰囲気出て盛り上がるとも思ったんだけどね。


「イケナイ気分になりそーだ」


 お宿の社長っちゅう仕事は今日のところは終わった。

 ゲストハウスなんだ。深夜に客が宿に帰って来ようが出迎えは必要ないし、酒に酔っ払って街にて悶着起こしゃ志津岡県警が面倒を見てくれる。


 リングキーは先に休んだし、いろんな残務は我が忠臣のヴィクトルに託した。


「さてさて、どんなコスチュームと今日は出会えるかな?」


 俺といえば、書斎の文机に押し並べた下着姿のフィギュア体を前に両手指をワキワキさせていた。

 

 ちょっ、待てぃ。これにも一応訳がある……はず?  


「サブカル大好きな人間に取っちゃ阿鼻叫喚かも知んないね」


 一方でシコシコ画面を見ながら手を動かし、一方でカチカチマウスをクリックしながらとあるウェブサイトのページを次に次にと繰り返した。


 因みに決して卑わいな意味でシコシコやってるわけではないと言っておく。

 細かい目の紙ヤスリでフィギュアの顔面をこすり削っていた。


「これ以上削ったら、肌を突き破っちゃうかな? フィギュアの中は空洞だって聞くし……」


 そういうわけで顔を削ってやったからもう美少女フィギュアじゃない。

 ただのフィギュアだ。


「ただの……フィギュアか」


 手に持った青髪のフィギュア。その顔面削りカスを強く息吹きかけ飛ばす。


「なんでかね。顔を削り飛ばしてなお、俺にはそれでも美少女だ」


 青い髪の一体だけじゃない。机に並んだ、顔を削り取られたフィギュア全てがだ。

 何を持って美少女なのかも、顔のイメージが湧かないってのに。

 

「オイオイ俺ぇ、いよいよヤバい奴になってんぞ〜?」


 青い髪のフィギュアなんかは削り取られてなくなっちまった口目掛けてチューしたくなってくる。

 俺には可愛い嫁さんがいるにも関わらずだ。

 

「このセーラー服は……なにか違う。こっちの制服も……いやいや、これじゃない感」


 でね、コスチュームを探してるのは、フィギュアーズに着せたい何かがあるからだ。

 だけどどんなコスチュームか、はっきりわからないんよねぇ。


「……第三魔装士官学院……ハッ!?」


 のっぺらぼうフィギュアをボーっと眺めるさなか、フと知らない単語が口に出る。

 知らないはずなのに知っている気がする。

 

 バッとパソコンに齧り付いた。

 すぐにでも検索したかった。まるで覚えがないはずなのにとてもとても俺にとって重要な気がした……


「……えっ?」

 

 ……のにね……


 「検索したキーワードには、ヒットがありませんでした」とか、パソコン画面に出て来るじゃない。


「あ、アレェ?」


 第三魔装なんちゃらだけじゃない。

 ナンバリング外して、魔装士官学院で検索してみた。

 そもそも魔装士官ってなんだよっつって検索してみるも……


 やっぱり、検索結果には出てこない。


「パシッとハマるようなコスチュームを着させられたら、この娘に俺が求めてる、俺自身ハッキリしてないイメージがハッキリするはずなんだ」


 こんなことを考えちまう俺もいよいよ人形愛好家である。


「ハハッ、なぁに柄にも年甲斐もない。お人形に必死になっておままごとしたいってか」


 自分自身に呆れちまって、くたびれ笑い。

 人形を一旦机に立たせた。


「……んっ」


 お片付けが苦手な俺だぁ。青髪フィギュアを立たせた左手側に、細いシャープペンが転がっているじゃないか。

 

 その2つ、なんだかセットにも思えた俺は、試しにシャープペンを持ち上げ、フィギュアの左腕に抱え込ませた。

 ペンの先は俺に向ける。

 

「おっ、カッコ良いやん。まるで中世ヤラップにあったランスみたいだね」


 なんか見てるだけでいつフィギュアが力ある言葉とともにランスを突きだすようにも思え……


「違う……ランスじゃない」


 カッと閃く。

 コスチュームを探すページから小道具を探すページに切り替えた。


「ランスじゃないんだ。彼女振るっていたのは……短槍のはずだから」


 そんな気がするだけ。

 しかし確信があった。


「参ったな。フィギュア用の小物は売ってなさそうだぞ?」


 コスチュームではどんなものが相応しいかイメージが薄すぎるが、相応しい小物に関しては「これだ」感が凄い。


「それっぽい武器小物を握ったフィギュアを新たに買って取り外してこの娘達に与えるか、確なる上は作るかだな」


 もし、青髪だけじゃない。

 ほか6体にも相応しい小物を取り付けることができれば、彼女たちに俺が求めるイメージは更にハッキリするかもしれない。

 

 すべきことを一つこなすごとに、未だ輪郭がボヤケている俺が見たい、彼女達に近づける気がした。

 ピッタリなコスチュームも着せてやることが出来るのでは?


 そしてその時俺は、ハッキリした面立ちの彼女達に会えるような気がした。


 

「山本小隊。初めまして……とでも言っておきましょうか? と言っても貴方達のことはあの人から聞いていますけど」


「こちらも初めてな気がまるでしませんね。貴女の影は常に私達について回った。呪縛として」


「いつでも解呪出来るはずですが? あの方から離れてしまえば良い。すぐ楽になります」


「あの方あの方と随分勿体付ける。一徹様と呼べばいいでしょう?」


 月城魅卯親衛隊二人、気絶したヤマト、駆け寄った灯里と側に立ったネーヴィス。そして山本小隊4人。

 いよいよリングキー転生体と対峙した。


「ゆめゆめ……」


 シャリエールがまずは急先鋒として噛み付いた。


「愛しいあの方と私を引き剥がした穢れた魔族が、私と同じ呼び方で一徹様の名を口にする。まかりなりません」


「ツッ!?」


 淡々とリングキー転生体が口にする。

 語気が少しずつ強まる中で月明かり星あかりが消え、あたり一面が純然たる闇空間がリングキーを起点として広がった。

 

 広がる闇はその場にいる他の者たちを飲み込んだ。

 自身を飲み込む闇の暗度はさらに深く。空気も質量孕んだかのように重くなる。


「なん……コレ……」


 得体のしれなさ、気持ちの悪さに、シャリエールは全身から汗が吹き出た。


「その妖艶な出で立ち、肌の色。貴女が一徹様の仰ったシャリエール・オー・フランベルジュ。一徹は貴女に私を重ねた。代用品だから」


「代用ひっ……」


「お姉ちゃんっ!?」

 

 一言が強すぎる。

 ビクリと体を波立たせたシャリエールを思って食らいついたのはリィンだった。

 

「重ねたには違いないでしょう? 私は汚れた魔族に凌辱され続けた。まぁあちらでは魔族のあなたにとって憎むべき人間族だったのでしょうが、数え切れない人間族にとって、貴女も玩具だった。愛玩道具」


 が、リングキー転生体は意に介さない。さらにニィっと高角を釣り上げた。


「お姉ちゃん……ですか? まだ私をそのように呼ぶのですか? 貴女にそんな資格は無いというのに、リィン」


 言葉でシャリエールを貼り付けにしたリングキーは、スゥッとリィンに顔を向けた。


「同じ場所、同じ者達に誘拐されていたなら、変な正義感を持たずに貴女も魔族達に喰らわせれば良かった」


「うっ」


「貴女の純潔を守るために身代わりになどならなければ良かった。貴女と相手を分散させれば、もしかしたら孕むリスクも低かったかもしれない。アレを宿すこともなかった」


 文句だ。八つ当たりだ。


「そうそう。《白統姫》の称号を与えられたんですって? 私より、数段力の劣る貴女が?」


 だが、身に覚えがありすぎるリィンが反論などでにようはずがない。


「姫と言えば、タベン王国はアルファリカ公爵家の第2御令嬢。貴族のお姫様だそうですねエメロード・ファニ・アルファリカ様」


「私になにか言う前に言っておく。貴様が死んでからのリィンの成長は目覚ましいものがある。そして、《白統姫》の称号は決して力の強弱で……」


「なぜ、あまつさえこの世界にまであの方の後をついてきたのです? あの方の想いを裏切り、心を壊した貴女が」


「ッツゥ!?」


 リィンを黙らせてからのターゲットにエメロードがなる。リングキーは人差し指さえ向けていた。


「貴女の称号は《聖姫》でしたっけ。本人を称号が体現しないという意見には同感です。あの方にとって裏切り者には違いない貴方に、聖の文字は似合わない」


 裏切り者と言う烙印は、突きつけるには劇的すぎた。

 

「この地まであの方を追って付いてきた。サポートの一つでもすることで、良心の呵責を軽くでもしたいのでしょうか」


「わ、私は……」


「まさか、そんなことで貴女の罪を一徹様がチャラにするとでも期待してはいないでしょうね」


「……あ……」  

 

 負けず嫌いで高飛車なエメロードを、封殺してしまうほどの。


「さぁて……」


 攻撃を交えることない。ただ言葉だけでシャリエール、リィン、エメロードを戦意喪失させたリングキー転生体の矛先は……


「ルーリィ・セラス・トリスクト様でしたか?」


 遂にルーリィに向けられた。


「トリスクト伯爵家と言えば、ルアファ王国生まれの私も名を聞くほどの武門。天が与えた気高さに美しさ、聡明さは、何でも現国王が王子であった時にプロポーズを引き出させたほどだとか」


 体育座りのままうずくまるルーリィは名を呼ばれたことに身をブルブル震わせる。


「貴女にも申し訳ないことをしました。あの方は貴女にその立場を捨てさせ、傍にいたいと思わせてしまった。ですが……お疲れ様でした。私が抜けた穴埋め役はもうおしまいです」


「おしまい……おし……まい……」


 身の震えが止まらないルーリィは、リングキーの言を顔伏せたまま浴びる。

 ポツリポツリ溢れるものも、声にならない。


「あとは私があの方の隣に立ちます。あの方は私だけ傍にいればそれで十分。ならば貴女はいりますか? 一徹様にとってはもう、用無しなのです」


 もう、ルーリィはなにも言わない。両腕で抱えた両足をいっそう引いて、貝の様に閉じこもっていた。


「私がいればもう良いのだと。あの方は私にそう仰ってくれた。わかります? 私とあの方との間に入る余地など最初からなかったのです」


 声というのは届けば音量以上の力がある。


「これ以上悪いことは言いません。貴女たち自ら離れた方が良い。だって一徹様、捨てて良いとまで……」


 そして声は山本小隊4人に届いていた。


「前回会った二人はいない。そうですか、なら……」


 ……致命的な、全体攻撃に等しい。


「山本小隊……全滅っ!」


 あれほどリングキーに対抗心を燃やしていたはずなのに、全員沈黙に伏してしまったから。


「思っていたほどではありませんでしたね。口ほどにもない」


 それを見届け、リングキー転生体はクスクス笑いが止まらなかった。


「いい加減にして!」


「……うくっ」


 それを止められた。

 間違ってるとして苦言を呈したのは魅卯だった。リングキーは微笑んだままだが、瞳の色は仄暗い。息を呑んだこともある。


「やはり目下の障害は貴女ですか。月城魅卯」


 リングキーにとっては月城魅卯も、いや魅卯が面白くない。


「わ、私?」


「貴女と南部トモカにはなにもない。後ろめたさも後悔も呪いも。あの方との関係は、ただただ純粋な想いのみにて構築されている。それが眩しい。それが恨めしい。私達という呪縛から逃げるに、貴女たちほど相応しい逃げ道はない」


「呪い? 逃げ道って……」


「でも南部トモカはもう、あの方の逃げ道になり得ない。すでにそこには、別の男が降って湧き、成り代わっていたから」


「貴女何を言って……南部トモカさんってトモカさんの事?」


「口惜しい。恨めしい。故に……貴女さえいなければそれでいい」


 魅卯の聞き返しはすり抜け、リングキーは想いを押し通す。

 だから……


「我を知覚す愛しき子らよ」


「「ッグゥ!?」」


 咒いは紡がれ始めた。


「この感覚、さっき風音から通話を受信したときの……っ」


「違いますアーちゃん! 私は牛馬頭斗真様からの通話で……っ」


 秒もない。黙って状況を見守っていた灯里、ネーヴィスが頭を抑え、苦しみ始めたのは。


「まさか、じゃあこの呪詛が二人を狂わせたの!? 牛馬頭君も狂っていた! ってことは……催眠対象は妖魔っ!?」


「ちょっと待ちなさい!? 仮にもリングキー・サイデェスは妖魔転じてあちらで言う魔族とは真逆の存在。腐っても《白》を冠する称号持ちっ!」


「石楠灯里は妖姫! こちら側の《黒》のトップの血脈を拐かすなんて出来るはずがないわ! 仮にできたとしてそんなの……!」


「お姉ちゃ……本……気?」


 灯里、ネーヴィスは、次第に物々しい形相に変わっていく。

 先程ヤマトが命がけでもとに戻したと言うのに、リングキーの詠唱は簡単に二人を再び暴走させようとするではないか。


 リングキーは一つニコッと笑うと、左腕を魅卯伸ばし掌をかざした。

 山本小隊など、もはやリングキーの眼中にない。

 仮に抵抗を見せたなら、暴走した灯里、ネーヴィスはさっさと瞬殺されるかもしれない。


「我が腕にて微睡み、踊れ……」


 だから……魅卯殺害に集中したのだ。


「「我等はインペリアルガードっ!!」」


 若干空気だったデカブツ二人。話は見えど魅卯の前に壁として立った。


「あのお姉さんはダブルチームで行くガンスよ」


「ルナカステルムは石楠灯里と一騎打ち。申し訳ないんだな」


「……うん」


 さぁ、その時は訪れ……


「汝らが夜の父の揺り篭の中で眠っ……」




















































                 









「果たして間に合ったのかどうか……」


 ……訪れることはなかった。

 詠唱仕切る直前、愉悦に歪んでいたリングキーの首から上。


 高いところから地面に叩きつけられるトマトのように、バシャッとの音とともに爆散したから。


「いや、間に合ってはいないんだろうなぁ」


 つい数瞬前、おっぱじまりそうだった空気。

 今は、疲れた嘆きがよく通るほどに静かだった。


 つい先日首を断ち落とした時、秒間物言わせる暇を与えたことに後悔があったから、新たな声の主は首上そのものを爆ぜ飛ばした。


 物言わぬ肉体が、膝から崩れ落ちたのは、首を失って数秒経ってからだった。


「あ……え?」


 その光景に皆が絶句する中、声を挙げられたのは魅卯だけ。

 やがて……


「うっ!?」


 グロテスク過ぎる光景に、堪らず膝付き吐き散らかしたのは仕方ない事だった。

 魅卯だけでない。インペリアルガード二人もだった。


「風音……この血の匂い、何がおかしい」


「えぇアーちゃん。大凡、人の血の匂いではない」


 催眠術師の頭部が弾き飛び、すんでのところで洗脳され切らなかった灯里、ネーヴィスは怪訝な顔。


「……本当にこれで殺していないのかね?」


「言ったろ? 殺せていないってな」


「「「「「えっ!?」」」」」


 首を爆散させたのは新たな声の主。少女の声。

 そこに年齢を重ねた低い声と絡み合う。


 その組み合わせを目にして、山本小隊以外の場の全員が声詰まらせた。

 

「後処理と揉み消しは任せて良いよな長官さんよ」


「ヤレヤレ。徹の奴は本当に君の師匠を務められたのかねグレンバルド君?」

  

 当然だった。

 まず、考えられない組み合わせだったから。


「あん? そいつぁ一体どういう意味だよ」


 四國は高智の戦場にて人を殺した咎にて《対転脅》に拘束されたアルシオーネと、


「随分とまぁ、激情家だ。アイツが君を諌められたとはとても思えんがね」


 その《対転脅》ナンバー1にして最高位者の有栖刻忠勝が共に現れたのだから。












レビュー頂いた様です。

ありがとう御座いました。


いつか完結した暁に、連続投稿出来ることを願って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る