181

(なぁんか……気持ちが悪いっつうか……)


 誠に申し訳ない、覚えてないままに始まってしまった、この三泉温泉ホテルでのリングキーと彼女に宿った新たな命、そしてヴィクトルとの暮らし。


(記憶喪失から始まる新たな人生ってか? その展開からして覚えがあるような……)


 ガチで申し訳ないのだが、その覚えの中にボヤァっと浮かぶ存在は、リングキーじゃあない。

 ヴィクトルはお呼びじゃない。頭の中にボヤける存在は、女なのだ。女……達。


(ったくぅ、悪いやっちゃね俺も。ハーレムな夢でも見ていたのかな)


「30超えて、見る夢じゃないでしょ。信頼できるヴィクトルがいて、可愛い嫁さんがいる。子供も生まれてくる。こーんな理想的な環境でありながら女に飢えてる? 物足りないってか?」


 海越えてくんだりこの国にやって来た観光客との一期一会を繰り返すなか、出会い1つとて同じじゃない。迎える客毎に新たな発見がある。

 ほんちゃん温泉旅館と違って客の痒いところに手が届くレベルまでサービスに気を使う必要もない。

 手を抜こうと思えば何処までも抜ける。

 仕事としちゃ気に入ってる。

 素晴らしい人たちに囲まれる。


 楽しい人生じゃないか。なのに……


(あんまり毎日が……嬉しくない。なんだこの感覚?)


 そんなことを思っちゃいけないのは分かっていた。

 でも、輪廓はまるでハッキリしないのに、ボヤァっとしたものは頭の中で膨れ上がって、俺も悩まされちまう。


 今のような仕事なら、こちらの好き放題にタイムテーブルが組める。

 今日の接客業務は終了。こっからは事務処理だ。

 トントン……と、宿の経営書類仕事を片す書斎の机を指で叩く。

 

「あぁ、違う。ッダメダァ! 絵心無・さ・す・ぎっ」


 ふと、白紙の一枚に向かってペンを滑らせる。 頭に浮かんだ光景を、書き出すことで思い出そうとした。

 絵の心得なさすぎて、書き出したのは女性どころか、怪物のような。顔はのっぺらぼうのよう。


 ペンを置いて溜息一つ。

 絵描きさんのスキルは無いのはよくわかった……が、となるとはっきりしない顔も定かでない誰か達5人の事が一層気になってしまう。


「やめやめ。一服しよっと。夜風に当たって気持ちも切り替えてだなぁ」


 徐ろに胸ポケットを弄る。

 指先に触れる、紙質の箱体。それにプラスチック質感。

 ここも気持ちが悪かった。


 俺は確かにタバコを吸っていたと思う。

 ……本当に吸っていただろうか?


「おぉっ……とととぉっ?」


 椅子を立ち上がり書斎から出ようとして……一歩目。

 ムニュリなにかをふんづけちまって、つんのめってケンケンして。


「人形? あ、コレぇ、生まれてくる子供用に貰……あ……」


 踏んづけたのを拾い上げ、まじまじと見つめてみる。


「試して……みるか?」


 なぁんか、閃いたような……


――自分探しの旅ぃ……なぁんて響き、実に昭和じゃないの。

 仕方ない。そこは昭和最後の産まれってぇことなんだろう。


「えっ? アラハバキですか?」


「うん。今日このあと、朝から出掛けてくるよ」


 うんめぇいつもの味噌汁を啜りながら、この朝食後のスケジュールを伝えてみる。

 「善は急げ」ってね。

 昨日閃いての今日動きたかった。


「差し支えなければ、理由を聞いても?」


「子供が生まれりゃ晴れて新生活。空気清浄機とか、今まで気にしなかった物も入用になるかも? なるべく早く色んな種類を見たいから、地元の家電屋より、本場で見たい」


「そうですか。では私も着いていって良いでしょうか?」


「構わない……けど、随分歩くことになるぞ?」


「それこそ構いません。知っていますか? 健康な赤ちゃんを産むために、まずはお母さんの健康からなんです」


「そっか。良いだろ。にしても凄いねリングキー。もう気持ちもお母さんか。赤ん坊未知の生き物だって言うぞ? どうしていいか分からず、ブルーになっても良いだろうに」てのは


「貴方様との赤ちゃんですから」


「そ、そっか……」


(そう言ってくれてる。嬉しむべきなんだよな)


 アバキに付いてくる事を認めた途端、ホッとしたように笑ってくれるリングキーが愛おしい……のに、なんだろう。

 なんか、彼女といればいるほど、なにかボタンがかけちがっているように感じた。


「では、ヴィクトルさんには念入りに感謝しなければですね。幾らゲストハウス形式でも、今日を切り盛りするのはしんどいでしょうから」


 あ、夫婦水入らずで朝食取る中、朝の挨拶か、ヴィクトルがどこぞからやって来やがった。

 

「大丈夫じゃない? だってヴィクトルだもの」


 多分、聞こえたらしい。

 一発で、泣きそうな顔してやがった。


「ウィ〜、ヴィクトル」


「おはようございます旦那様、奥様」


「……というわけで、頼んだ。話はなんとなく聞こえてただろ?」


「無茶な注文をなさる」


 ピクピク口角が痙攣していらっしゃる。

 いやぁ、立場があるって良いね。なかったら絶対グーパン飛んでるはず。


「寄りにもよって今日ですか?」


「あん? なんだよ」


「今日はアノ日でして……」


「アノ日? あの……あ、まさか……」


「そう、そのまさ……」


「お前さん女性だっ……」


「違うわぁっ!」


 前言撤回でヤンス。

 速攻後頭部バチコンやって来やがった。


『すみませぇん!』


 飼いヴィクトルの思わぬ反撃にあったことでしばしポカンな俺……をほっとくこともない。

 3人いる建屋の、その外から、若い声が聞こえてきた。


「まさか、急遽私のホテルワンオペになるとは思わなんだ。そしてもう来てしまったか」


「来てしまった?」


 ヴィクトルさん、外からの呼びかけに覚えがあるらしいが、こちとらトンチンカンですな。


「旦那様、ちょっと私に付き合われませい」


「は?」


 なのに、箸持った俺の右手を取るじゃあーりませんかっ。


「毎週この曜日に若者達に願い事をしていたではありませんか。本来私が担当でしたが私が担当をこなせない以上、旦那様から話を通してもらいますぞ?」


 ワケワカメすぎる。

 完食ままならないまま、手引かれて外に連れて行かれるじゃない。


「あ、おはようございます! 山本支配人。ヴィクトルさん」


「フム、支配人の方は、まだ朝食途中の様だな。挨拶する縁としては相応しくなかったようだ」


「フン、そこな支配人はいつも腑抜けているようにしか見えんがな。なぜユートノルー程の男が、支配人についているのか。父に宗近がいるように、ユートノルーは俺のもとにスカウトしたいくらいだ」


「……あ……」


 玄関前に立っていたのは、男子高校生3人。

 一人ひとり系統は違えど、いずれもイケメンの域極み過ぎていた。


「市立三縞高等学校3年生、刀坂ヤマト」


「蓮静院綾人」


「同じく同校3年、牛馬頭斗真」


(ッツゥッ!?)


「「「本日も学外研修を宜しくお願いします」」」


 俺は、彼ら3人のことをよく知っている気がした。

 おかしいな。でも、自己紹介されるまで、その名を忘れていた。


「ヴィ、ヴィクトル。学外研修って、何だっけ?」


「ま〜だ寝ぼけていらっしゃいますな? 週一回の頻度。宿泊客には思い出作りのオプションメニューとして、桐桜花皇国の武道体験コースを用意した。その講師役として呼んだのが、彼ら3人。起案者が旦那様だ」


(んなもん知らんねん)


「旦那様が三縞高校に、武道に心得がある学生を貸して欲しいと頼んだのですぞ?」


「お、おう」


「刀坂と蓮静院は剣。牛馬頭は長槍。これがなかなか、この若さに反して結構な使い手」


「やっぱり桐桜華剣道や、宝蔵陰流槍術的な?」


「それぞれ古武道流派です。本当に大丈夫ですか旦那様? 寝ぼけ過ぎですぞ。学校側には『外国人客の相手をさせることで異文化交流させてやる。国際感覚を身に付ける機会をやるからタダで貸せ』と言ったではないですか?」


(な、なんとアコギな……俺がな)


 ヴィクトルの説明に高校生3人が眉を顰めることは無い。

 なら、話は本当というところだ。俺が言い出しっぺらしい。


(覚えていないとは言え、なかなか俺もいい性格しているじゃない)


「と、旦那様がこんなザマでスマナイな小僧ども」


「こんなザマいうな」


 この場に男子高校生が3人いる理由を教えてもらって、ヴィクトルは話を進めた。


「早速だが、俺は旦那様から言付かり、小僧どもの修業は付けられなくなった」


「「「えっ?」」」


「お前たちがこちらの要望に応えてくれる条件として、旅客への武道レクチャー終了後、お前たち自身の修業を俺が付けると言うのがあったが、今日はそれが叶わん。代わりに……旦那様にお願いすることにした」


「「「「はぁっ!?」」」」


 男高生だけじゃねぇよ。俺まで驚きひり上がっちゃったよ。


「ヴィクトル。お前何言っちゃってんのよ」


「旦那様、ソレが本日私をホテル業務ワンオペすることで発生する支障です」


 俺が武道だのなんだのって無理だよ。


「……よぅしヴィクトル。ご主人様命令。見事ワンオペをこなし、併せて彼らの修業もキッチリ……」


 逃げようとしたのだが、大きな掌が俺の頭を握るじゃないっすかぁ。

 なぁんか、握力マックスでリンゴが爆散しちゃうイメージが頭によ・ぎ・る?


「……旦那様♡?」


 しかもヴィクトルの野郎め、俺が断れないように少しずつ握力を強めるって言うね。


「スマセン。なんでもありません」


 ホテルにやってくる成り突然ヴィクトルに修業を付けてもらえないってぇことで、なんやDK3人衆は困った顔してるじゃないですか?


 止めてってよ。

 なんだか知らねぇけど、お前ら高3生にそんな顔されると、俺が辛くなるじゃない。


 ――アカン。考えなしの行動は、身を亡ぼす。


「ゼハッ、ブハァッ」


(ヤバい。18のガキどもの体力は、オッサンには遠すぎる)


「……スゥ……フハァ~」


「あ、あのぅまだ終わってないんですけど。タバコ吸い始めちゃったし」


「思い知らされるな。改めて、ヴィクトル殿には特別との縁がある」


「フン、衰えた体力に加え、更にタバコを常習。息が切れて疲れやすいのも当然という物だろう。醜悪極まるな」


「は……ハハ、手厳しいねぇ君たち」


 いつもは三人が旅客に武道の手ほどきをした後にヴィクトルから修行を付けてもらっているらしい。

 だが俺もすぐにアラハバキに行く必要があったからこそ、今回はレクチャー前に俺が修行相手と相成った。


 てっきり彼らの素振りとかそんなん眺めてるだけだと思ったら、普通に試合をすることになるじゃない。

 若くして手練れ揃いだからか、俺が歯が立つことは無い。

 なんぞ「スポーツチャンバラ」なる競技用の、ウレタンタイプの模造武器での試合ゆえ、かなりの勢いと力で叩かれても、痛みは一瞬だけですぐに収まるのはありがたい。


「綾人、目上の方にはもう少し敬意をもってだなぁ」


「フン。年齢が上なだけでデカい顔されてはたまらん。仮に俺が年を喰ったとして、下の者に舐められないよう格は身に着けたいものだな?」


 何はともあれ、大絶賛疲労中である。

 風呂入って疲れ切った身体を癒し、もう一回布団に飛び込むことも考えておくべきか。


(アラハバキは明日に繰り越してだなぁ)


「フム、だが体力面と疲れで動きが鈍っていく以外で言えば、それこそ試合の始めたての時はかなり山本支配人の剣さばきも様になっていたようだが?」


「結構なものだったらしいですよ昔は」


「あ、リングキーさん」


 試合やってる、母屋前の庭に仰向けに横たわりながらプハァ煙を燻らせる中、母屋から出てきたリングキー。グラス入りのお茶をお盆に乗っけて持ってきてくれた。


「お疲れでしょうし、アラハバキは明日にいたしませんか一徹様?」


「いんや、『思いついたら吉日』ってね。疲れた体に鞭打ってでもいくさ」


「……そうですか」


「どうした?」


「い、いえなんでも……」


 先に3人へ茶を渡し、俺に茶を渡す際に聞いてきた質問。

 対する答えに少しシュンとしたのはどうしてだろう。


「結構な物って、山本支配人って剣に心得があるんですか?」


「中学の時まで地元の剣道場に通っていたみたいですから。中学生時代は神那河県大会準優勝」


(どうだったかは覚えていないけど、この歳になると中学の県大上位って大したことないよな)


「桐桜華剣道ではお義兄様が全国大会上回戦まで上がったようですし、今でも時々稽古を兄弟でしているみたいで」


「なるほど。中学県大会実績以上の剣の実力がありそうだな?」


「まぁですが、真に一徹様に目を見張るのは、柔道の方ですが」


 なんちゅうか本中華こっぱずかしいねどうも。リングキーの奴、まるで自分のことのように誇らしげに胸張ってくれている。

 俺自身が柔道凄いっちゅー覚えがないんやけどね?


「過去大会でオリンピック柔道三連覇を果たした……」


「こ、硬道加賀斗監督ですか? 今は次期オリンピックの代表選手監督を務めてる」


「えぇ。硬道君が現役だったころ、大事な大会が近付くたびに良く遊びにいらして、一徹様は行動君の調整相手として、互いに袖をよく取り合っていたものです」


「そ、そんなことが。状況が状況だったなら、山本支配人さんはオリンピック3大会連続で硬道監督とメダルを争っていた可能性もあったと?」


「フン、このボケェっと締まらん顏した中年が? にわかには信じられんが」


「だが、この話をきいて、なぜヴィクトル殿が支配人に俺達の稽古を引き継いだのかは理解出来た。武への理解と縁。それだけの実力はお持ちの様だ」


(フ……ムゥ)


 持ち上げられることで悪い気はしない……のだが、


(なんて言えばいいのかな。物足りないというか。『いやいや、もっと俺の事を褒めろ』とかそういうことではなくて)


「もともと俺たちが外国人客相手に武道をレクチャーするきっかけとなったのが、三縞高校アメフト部のコーチとして山本支配人がボランティアで就いたからだけど」


「だから俺達も支配人はアメフトに縁が深いとは思って居た。大学時代に選手だったのは聞いている。コーチになってからは全国大会にも出始めるようになった。いまでは正式なチーム名称ではなく、《山本組》という通称で恐れられているとか?」


「フン、ゴリラだな。少しばかり戦略と経営に知恵の回る筋肉ゴリラ」


「だ、だから綾人。もう少し言葉を選んでくれないか? 山本支配人に失礼だ」


(何となく……空しい……のか?)


 兄貴が全国レベルの剣道士で、高校からの知り合いに柔道オリンピック三連覇の奴がいる。

 その関係で実は俺も近しい実力をお持ちらしい。

 んでもって別件では全国レベルの高校アメフトチームをコーチとして育て上げている。だったら大学時代は結構名の通った選手だったんだろうか?

 

 覚えているようで、今初めて聞いた気もする。

 なのに聞いた途端、ストンと胸に落ちる感覚も無視できない。もしかしたら本当にそうなのだろう。


 でも……


(俺は、コイツら3人との間のこの距離感に違和感を感じているのか?)


 いくら褒められようが気持ちが浮つくことはほとんどない。

 それどころか崇められ、持ち上げられることで少しずつ鮮明になってくる男子高校生3人と俺との距離感について、もの悲しさを少なからず感じるのが嫌だった。


「さて、そろそろ外国人客へのレクチャーの時間か?」


「そのようだな。一期一会。今日はどんな縁を感じられるか楽しみだ」


「あっ」


 リングキーが持ってきてくれたグラス入りのお茶を一気に煽った三人。

 切り替えたようだ。


 俺とのけいこの時間は終わり。


 オッサン体力では地獄とも思っていた若人三人との時間が終ってしまうことに、小さくない喪失感が生まれてしまう。


「な、なぁお前たち。俺もレクチャーを見て行っていいか?」


「え? 俺達は構いませんが、なにかこの後ご予定があるんじゃないですか?」


「そ、そうだった……」


 小さくないどころか、結構大きなガッカリ感だ。

  

「じゃあ山本支配人俺たちは……」


 その呼び方が、嫌だった。立場の差が、世代の差が大きすぎる。

 どうやら俺は、この三人とはもっと砕けた関係性を構築したいらしい。もっと適当を許されるような、互い対等で……


「「「これで失礼します」」」


「あ……おぅ」


 三人は俺に頭を下げると、武道館として利用中のホテル旧館へと離れていく。

 歳が離れた彼らの背中は小さくなっていく。思わず駆けだして背中に付いていきたくなった。


(なぁんでこんなことが頭に浮かんじゃうのかな?)


 あり得ないことだとは分かっている。

 でも、もし俺がいま高校生時分の18歳だったなら、彼らの環に飛び込んで友達として楽しく宜しくやれただろうか?


 そんなことばかり、頭に、胸に、ぐるぐると渦巻いた。



「いい加減目を覚まして! 牛馬頭君!?」


 いずこかで眠る一徹の外の世界で、三縞の夜に、魅卯を襲っているのは、夢の世界では一徹に温かみと敬服の念を見せていた牛馬頭斗真縁の下の力持ち


 けば立った艶のない体毛を全身から生やし、体躯などは身長3、4メートルほどまで巨大化した。顔は……馬だ。闘牛のような角の生えた馬面。

 白目は充血して真っ赤。黒い瞳には殺気が漲っていて、息も荒く魅卯を見下ろし、拳を振るうものだから、魅卯も一瞬でも気を抜いたたら立ち止まりそうになる。


 もし動きが止まってしまったなら、巨岩のような牛馬頭斗真縁の下の力持ちの拳が魅卯に降り注ぐ。地面と挟み、圧すだろう。

 だとしたならきっとプチィっという音共に、全身の骨を砕き、血を辺り一面に吹き出させ、直視できない程にグロテスクな成れの果てにさせてしまうに違いないのだ


「一徹様の目を曇らせる存在は、必要ない……」


「催眠術っ!?」


 今の牛馬頭斗真縁の下の力持ちが尋常でないことはすぐに魅卯も理解した。

 そもそも一徹のクラスメイトである牛馬頭斗真縁の下の力持ちは、山本と呼んでいても「一徹様」と呼ぶはずがないのだ。


(トリスクトさん? いえ、フランベルジュ教官や山本小隊……いや、あり得ない)


 牛馬頭斗真縁の下の力持ちの低く太い男の声であっても感じられる。

 先ほどから繰り返されるセリフには、嫉妬と怨嗟を感じさせる。

 始めは襲撃される理由が掴みかねた魅卯だが、確信があった。


 一徹を愛す誰かが、一徹に好意を持つ者を殺そうとしているのだと。


 魅卯のなかで一徹に「様」を付けて呼称するのはシャリエールしかいない。だが、ならば既にシャリエールはライバルであるルーリィと致命的な悶着を起こしているはず。

 

(私が、山本小隊の外の人間だから?)


 考えを変える。

 あるいは、山本小隊という枠組みの中に所属していれば、一徹を誘いたぶらかす権利があるかもしれない。

 小隊外にいる魅卯が、山本小隊という枠組みから一徹を取り上げてしまうとの害悪を感じられたうえで、暗殺を試みているのだとしたら……


(ううん、やっぱり違う)

 

 魅卯が意識する恋のライバルは、あの凛として清廉潔白。正々堂々然としたあのルーリィなのだ。

 魅卯が名乗りを挙げるまで、ルーリィはシャリエールやナルナイをライバルとしていた。

 このような醜悪な手を取るような陰湿、陰惨、陰険さを誰かが持っていたとしたなら、おおよそルーリィの好敵手にはなり得ない。


(陛下は……山本君に様を付ける理由がない)


 穿った考えをしてみる。

 女皇、日輪弦状が一徹に恋心を持っているかは定かではない。持ってほしくもないと魅卯は思うが、だとしても敬称は相応しくない。


(じゃあ一定誰が……)


「キャァッ!?」


 頭上から拳を振り下ろしては魅卯が捉えられないからか、巨木のような長く太い腕を、妖魔化した牛馬頭斗真縁の下の力持ちは横薙ぎにする。


「防御陣結界がたった一撃でヒビ入るなんて! 一体なんて言う膂力!?」


 襲われてから瞬時に結界を張った魅卯。

 横薙ぎの一撃によって10数メートル吹きとばされても幸いダメージは大きくはないが、結界の耐久力が持たないことに冷汗が噴き出る。

 甘く見積もってもあと2撃は持たない。


 ならばもう……


「模擬訓練でも、牛馬頭君と闘ったこと無かったね」


 望む望まないではない。応戦しな……


『『『『『『テンメェェェ! 我らがルナカステルムに一体何してくれるガンスか/るんだな/るもんよ/でふ/たいぃぃぃ!?』』』』』』


 GOGAAAAAAAAAAAAAAAAA!


 ……くては?

 

 よく冷えた夕闇に、男子の声は良く響いた。

 妖魔化した牛馬頭斗真縁の下の力持ちの悲鳴も。


 ……男子の声か? いや……


『『『『『『我らは月城魅卯親衛隊インペリアルガードッ!』』』』』』


「皆ッ!?」


 男子たちの声。


「ど、どうしてこんなタイミング良い所に!?」


『丁度夜道を通りがかったらド腐れ胡桃音紗千香のアパートからルナカステルムが出てくるじゃないでガンスか!? で、すぐに三組の牛馬頭斗真に声を掛けられたのを見かけたでガンス!?』


『偶然だもんよ! 胡桃音紗千香とあの《山本組逆ハーレム》との、ただれた愛の巣にルナカステルムが入っていくのを見かけて心配して張り込んでいたわけじゃなないもんよ!』


『ストーカーみたいなほの暗い思惑は無いんだな。えぇ決して!』


『こいつら三人から電話貰ったったい! 牛馬頭斗真はずぅっと胡桃音紗千香アパート前でルナカステルムが出てるのを待ち伏せていたようたい!?』


「えっ? 待ち伏せ? 牛馬頭君が?」


『そうして声を掛けた牛馬頭は、そのまま人気のない暗い夜道にルナカステルムを連れて行くデフよ』


『牛馬頭とルナカステルムが特段仲良さげな場面は見たことない……のに、こんな暗がりに連れて行きますかって話したい。そりゃ同志たちが気になってオイたちに電話するはずたい』


「だったら本気で私を害そうと初めから狙って?」


 いや、紗千香のアパート前で待ち構えていた時点で突如現れた男子たちもストーカー感は否めないのだが……


『同志たちで合流してから駆け付けてみれば、ご覧のあり様だったでガンス』


 否、今はそんなことを考えるよりもなお、妖魔暴走化の牛馬頭斗真と魅卯の間に、一徹と志を共にする益荒男たちが立ちはだかってくれたこと、彼らと幸運に魅卯は感謝した。


 そして……


「第三魔装士官学院三縞校生徒会長、月城魅卯の名を持って命じます! 目標、妖魔化牛馬頭斗真訓練生! 武装解除および制圧を開始します!」


『『『『『『やぁぁぁぁぁってやるガンスァァァ! /もんよぉぉ! /んだなぁ! タイィィィ! /デフよぉぉ!』』』』』』


 まずは一つ。

 この三縞で同時二発的に勃発した、一徹に深いかかわりのある女子を対象とした襲撃事件。

 魅卯の場合は好転する。


 魅卯の号令に乗って、気合を爆発させた、英雄三組以外の三縞校トップエリートランカー訓練生5人が気合も爆発させて、バケモノと化した牛馬頭斗真縁の下の力持ちに飛び込んでいくのだから。


(もしトリスクトさんやフランベルジュ教官、山本小隊の誰もがこの襲撃の黒幕で無いというなら、きっと黒幕は、他の山本君を想う娘達にも手を伸ばしているはず。なら……)


「これが終ったら三泉温泉ホテルに行かないと。トリスクトさん達のもとへ」


 暴走牛馬頭斗真縁の下の力持ちと思い思いの武器を交える月城魅卯親衛隊インペリアルガードの背を一瞥してから魅卯は、遠く、三泉温泉ホテルの方へと振り向いた。















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