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『ごめんなさい……ゴメンナサイッ。もう無理です……許してください』


「こ、これは一体、どういうこと?」


 からがら……と言う言葉が正しい。


 震える女。体を両腕で抱きしめながら、他者や外界との繋がりを断とうとの必死さと悲壮が見えた。

 濡れた衣服から異臭が立ち昇るのは、吹き出た汗を衣服が吸って、吸いきれなくなったのだろう。


『皇家からの依頼で派遣された者です。心理療法に長けた者をとリクエストがありまして』


 立場的には下女の者から告げられ、陰陽薬師大家、玉響家令嬢のまゆらは眉を顰めた。

 

「皇家? シキ……ではないわよね。あの娘の所望なら、私に直接話があって良い」


『もしくは聞かせたくない話でありましょう』


「……どういう事?」


『この者を今一度ご覧下さい。そのナリと、足を』


「足? って……何これ……」


 眉をひそめただけでは足りない。

 まゆらの顔は曇った。

 両足ともに、何重も包帯が巻かれていた。

 

『着の身着のままと言えば良いか。帰ってきた時、裸足でした。砂や小石、小枝など、素肌を傷つけたはず。足裏を切って血が出るのもいとわず駆け込んできたとの、門の者からの報告です。今でこそ塞いでいますが、帰ってきた時は錯乱状態に近かったとも』


「本当に尋常ではないわね。ソレ……」


『ヒィッ!?』


 まゆらがそこまで聞いたとき、自らを抱きしめた女は悲鳴を上げる。


『いやっ! 来ないでっ! 来ないでぇぇぇ!』


 近くには誰もいないのだ。

 それでいて女は間合いを開けるか、距離を離したいか、ブンブン両手を振った。


「これ……は……」


 玉響家は陰陽薬師だけでない、医療美容も生業とする。

 本家、分家、働く者たち皆、容姿に優れる。奇声上げ発狂する女も、本来は同じだったはず。

 違和感? いや狂い方には、恐怖さえまゆらに感じさせた。


「幻視……」


 ポツリ。まゆらの確信だった。


「私達異能力者は霊能にも通ず。無力無能者で視認出来ない物でさえ、見ることは叶う」


『ご推察の通りかと。発狂者本人の恐怖対象が、無力者では感知できない心霊のたぐいなら、私達の目に怨霊か亡霊、憑きものが目に映る。なれば……』


「あくまでこの者の頭や心に刻まれた印象が強く作用し、その瞳にのみ映ってしまっている。この者は心理療法に長けるとして駆り出されたと言ったわね。それによる後遺症だとしたら……」


『イヤぁぁッ! バラバラッ! 身体! 腕! 脚っ! もう死にましたっ!? だから、もう……やめでぇ! 山本いっでづ!?』


「……え……」


 女の寄行が不気味だ。

 だが、それ以上に突然出てきた名前。サァとまゆらは青ざめてしまって、衣服の中、首筋から背筋ん汗が伝うくすぐったさを感じた。


「山本……君? どうして山本君が……ハッ、まさか……」


『予想通りかと。この者の突然の精神氾濫。山本皇宮護衛官の名前。この者しか見えない、山本皇宮護衛官の幻視が、脳に刷り込まれた残滓だとしたなら……』


「夢追の呪。山本君の精神世界に入り込んで、何かを見てしまって緊急脱出をした。でも脳はその何かを刻みつけ、ここまで連れてきてしまって……」


 汗はブラジャーの背ホックバンドをすり抜け、腰まで伝うのだ。


「あぁ綾人様。ゴメンナサイ。こんな、いきなり……」


 なんとなく良くないことが起きている。

 うっすら思っただけで、まゆらは動き出した。


 すぐさま学院支給の携帯端末に耳を当て、掛けた先は桐京から離れた志津岡の地。元婚約者の蓮静院綾人。


「お伝えしておこうと思って。四國騒乱平定後、《対転脅》によって収容されたのち、なんの情報も降りなくなってしまった、山本君について」


 一徹の現在の状況を、三縞校三年三組も気になっているであろうところが一つ。


 どうだろう。

 相思相愛でありながら、皇の意向で婚約破棄と相成った元婚約者と話すネタが出来たのも、大きいところかもしれない。


 なお、まゆらも、通話先の綾人も、二人の婚約関係が破綻した全ての現況が一徹にあることを、まだ知らない。



「わかった。情報有難う綾人。ルーリィには私から伝えておく」


 まゆらからの情報は、瞬く間に綾人の口から灯里に伝わった。


 まゆらと綾人が元婚約者なら、一徹とルーリィが婚約関係。

 そしてルーリィとの親友が灯里だった。


「マズイことになったわ」


「アーちゃん?」


「噂じゃ、四季女皇陛下は精神作用術に長けたものを集め、山本に夢追の呪をかけているみたい」


 通話を終わらせ、学院支給端末を口に当て考え込む灯里。

 キッチンでせっせとお料理中のネーヴィスはIHコンロを止めて、リビングで寛ぐ灯里に歩み寄った。

 

「夢追の呪。睡眠者、昏睡者の脳に自らの意識を侵入させ、眠る者が目を閉じてなお瞳に映す光景を見ることが出来る。でも、本来そんなことには使われません」


「ある意味、私や風音の吸血時に稀に起こるフラッシュバック現象と同じよ。侵入先の記憶を垣間見ることができる。意識的か無意識的か、侵入先当人が覚えていないものすら……ね」


「ブラックボックス。或いはパンドラの函とまで言ってしまいましょう。それは山本様が忘れてしまった、朴訥な男性が修羅道を征き《灰の盟主》に成り上がるまでの道程」


「《灰の盟主》に成り下がった……よ。そのためにアイツが歩んだ道は王道でも覇道でも無いもの。道を、外れてしまったんだから。同じ葛藤を持ち得る……ヤマトには絶対に堕ちて欲しくない成れの果て」


 近づくネーヴィスに灯里は目を向けない。

 深く息を吸って吐いた。


「下手すれば、記憶を盗み見た者たちの精神が崩壊しますね」


「現にしているらしいのよ。玉響さんの元に逃げ戻れた一人はまだ良いものの、他の全ては山本の精神世界に潜ったまま心が壊れ、意識はアイツの精神世界から出られなくなった」


「……未帰還者……」


「魂が肉体にずっと戻らないと、やがて本当に戻れなくなる。或いは空いた肉体をコントロールしようと死霊の魂が入り込んで蘇ろうとするかもしれない」


「どのみち、このままでは状況は好転し得ませんね」


 思い沈黙は、数秒のみ。

 灯里はスックリ立ち上がると、玄関へと向かう。靴箱の横の収納スペースから外套を引っ掴み羽織った。


「ちょっとルーリィの所に行ってくる」


「あら、では私もご一緒しますわ? もう夜分ですし、女には危ない時間ですから」


「こ、子供扱いしないでよ。それに『夜こそ我が生きる世界』の妖魔の姫が、そんな体たらく」 


「ただいま……って、二人共何処かに出掛けるのか?」


 外套を着込み、ネーヴィスからのからかいに唇を灯里が尖らせながら玄関扉に手をかけようとしたところ。

 丁度帰宅したヤマトと鉢合わせた。


「もう外も暗い。何かあったら事だし、事実灯里にはコトが起きたことがある。俺が付いていっても構わないな?」 


「あ……う、うん」


  一目見るだけで状況を察したヤマトの判断は早い。

 「かまわないか?」ではなく「かまわないな?」のニュアンス。

 「拒否しようが付いていくから」感が満載。


 灯里に対する心配は見え隠れする所か、わかりやすすぎる。

 突っ込まれた灯里は息を飲んで、はずかしげに目御見開き、顔を赤くしておずおずと頷いた。


「フフッ、良く出来ましたねヤマトさま。綱渡りになってから今日まで、一度も間違わなくなりましたね?」


「一つでも間違ったら、ゲームオーバーの身ですから」


 二人のやりとりを眺めるネーヴィスは実に満足げに笑う。

 からかって見せたのだが、ヤマトがそっけない答えと共に、灯里の手を引いて部屋の玄関を開き、外に出て行ってしまうのを認めて、やれやれと首を振った。


「『アーちゃんに対してたった一度の間違いも許さない』とは確かにヤマト様に申し上げました。ただまさか、私がアーちゃんと共にある事さえ良しとしない程、アーちゃんに関わろうとするのは誤算でしたわね♪」


 玄関口がガチャっと閉まったその時だ。

 ネーヴィス所持の民間用スマートフォンが鳴った。


「ハイもしもし。珍しいですわね。貴方からの着信は初めてではありませんか?」


 ヤマトは、灯里がネーヴィスとどこかに行くというなら、その機会さえ自分が奪いたいと思ったのだろう。

 それでなお自分がついていくのは野暮だと思ったのが一つ。


「それで、どうかなされたんですか? 斗真様」


 発信元は灯里のクラスメイト、牛馬頭斗真縁の下の力持ち

 なれば珍しいが知り合いが掛けてくれた電話にて、会話の華一つでもさかせようと思った。



「そっか。そこまで緘口令が敷かれているんだ」


『すんまへんな生徒会長。何しろ有栖刻長官から直々やねんから』


『ちゅうてぶっちゃけ俺達も話せることあんまないべ? べ?』


『話せんことも無いないやっし? いうてもてかじゅら、騒乱最後のとこ以外に留まるばぁって』 


『正直なとこ、騒乱最期らへんは俺達も言葉が見つかりませんや。そもそもあの時の俺達ゃぁ、いったん撤退したんでやすからねぇ』


『グレンバルドさんの事もできれば勘弁いただけませんか? 会長』


 騒乱が収まってなお一徹が帰ってこない。

 いてもたってもいられず、一徹に一番近しい後輩たちに話を聞きに来たのが魅卯だった。


 生徒の中でトップの立場。良いも悪いも情報は集まる。

 集まるが、虫食いのように所々かつ重要点が抜けたていたりするのが嫌だった。


 一徹は皇家管轄になってしまった。騒乱が平定して以降帰って来ないわ情報もない。

 あまつさえ一徹の小隊員たるアルシオーネは人を殺して国に拘束される結末。

 

 人殺しの件は疑いたいが、明言こそ避けるものの、彼ら一徹の筆頭舎弟5人の反応を見れば本当に殺したのだろう。

 噂では、彼らの目の前でアルシオーネが貴桜都校の女生徒を殺したのだと。

 アルシオーネを、この五人が拘束したというじゃないか。


「あんのぉ、勝手に人の家に押し入って話をほじくり出そうとか、一体どんな了見です? いい根性しているじゃないですか魅卯様?」


 考え込み、自分の世界に入りそうだった魅卯は、かけられた少女の声で我を取り戻し振り返る。

 

「あ、話は変わるけど、5人皆ってよくここに来るの? 女の子のお家に男子が。しかも体も大きな男の子5人が押し掛けるって、チョット気になっちゃうんだけど」


 皮肉というか苦情を言われたはずなのに、取り立てて気にもせずに気持ちを切り替えた魅卯。

 本当に話を変えて、しかしズバッと放って見せた。


『『『『『ただの一妻多夫制やで/やっし/じゃん/でさぁ/ですよ』』』』』


「ちょぉっ!? お前ら!?」


 その問いは鮮烈な物でありながら、「何を今さら」ばりに男子五人が言って見せるから、もう一人の少女は慌てた。


「出征前に芋煮を振舞ったんです。コイツら山本先輩の為なら死んで良い感出してたから。絶対生きて帰ってくると誓った奴だけ食べさせた。したら何を勘違いしたか、三縞に帰ってきてから毎日当然のように夕飯を食べに。紗千香、毎晩芋煮を……」


『『『『『紗千香は俺達の嫁/僕のセフ……』』』』』


「……うん、何か今、一人だけとんでもないこと言ってなかった?」


「おまえらぁっ!?」


「ん~、でも本当にお料理上手だねぇ。あ、でも芋煮は醬油ベースの牛肉だよ?」


「って、アンタもシレっと食べてるんじゃないしっ!?」


 足の短い机の中心に鍋。これを魅卯、紗千香、《山本組》古参幹部衆の全員7人で囲む。

 お椀をあおり切って一息ついた魅卯に、紗千香は苛立ちを隠さなかった。


「フゥン? 逆ハーレム?」


「ッツゥ!?」


 魅卯が薄く笑って紗千香に確認する。

 カッと紗千香は目を見開いて、スッと魅卯から顔を背ける。これに魅卯はクツクツと笑った。


「何がおかしいんですか? 魅卯様如きが紗千香を笑おうと?」


「うん。笑えるよ。とってもおかしい。でね? 言わせてもらうなら……もう如きとか、私への『様』呼びは辞めようよ」


「はぁ?」


「それは私へというより、ここにいる彼ら五人の為に。胡桃音さんが逆ハーレムの中心にいたとして、でもその物言いは彼らに対して失礼」


「な、何を言って。コイツらは紗千香の下僕……」


「……下僕だとしてもね。それがすなわちイコール隆蓮様の下僕じゃないんだよ?」


「……あっ……」


 始めこそ魅卯に食いついた紗千香だが、言われてしまうとユックリ顔を2年男子五人に向ける。


「あの彼が認めた5人だもの。胡桃音さんにはきっととても素敵で、魅力的に映るんでしょ?」


「……映るように見えますか? どう見ても紗千香のカラダ目当てでしょ」


『『『『『そんなことない/そうですよ?』』』』』


 彼らはニヤニヤと、性犯罪者宜しくな厭らしい笑みを浮かべていた。

 

「ま、まぁそれも胡桃音さんが慕われる理由の一つってことで」


 話の腰を折られたこと。反論しづらい魅卯はコメカミに汗が滲み出そうになった。


「まさか隆蓮様婚約者レースで最後に残った二人が、今ここでこうしてお話しするなんて、少し前までは考えもしなかった。ねぇ、まだ隆蓮様の元に戻りたい?」


「そ、それは……って、お前ら……」


 魅卯が質問した途端だ。

 《山本組》幹部5人が光の速さで魅卯の後ろにはせ参じる。


「か、確信犯も過ぎるでしょ」


 魅卯は質問しながら紗千香に目を向けるが、その後ろから「えっ? 違うよね? もう俺たちの方が上だよね? 俺達を捨てないよね?」と目もウルウル、可愛い表情を作って紗千香を見つめた(面自体は決して可愛いくない)。


「私は……隆蓮様が駄目だったなぁ。でね? 多分胡桃音さんの場合は今……」


「い、いや言わなくていいで……」


「……隆蓮様を……超越してしまった」


「うっくぅ……」


「あの方の策略一つ取っても、きっとすべて私たちの出身、東北桜州退魔衆の未来のためだったんだと思う。でもあの方は、今回胡桃音さんが四国に出征までしたのに比べると、命まではお掛けにならない」


「それは……」


 まさか背後で《山本組》幹部五人が何をやっているかなど分からないから、魅卯は真剣に話を進めた。


「でも、東北桜州退魔の次期頭領には違いない。あの方のお傍にいれば、多分いるだけでいい思いは出来たんだと思う」


「えぇ、良い思いばかりでしたよ。ブランド品も言えばなんでも買ってくれたし、旅行にも連れて行ってくれた。魅卯様と違って選ばれたのは私だと誰もが見なした。隆蓮の威光を笠に着ることで、東北桜州退魔の誰もが隆蓮と同じほどに紗千香を崇め奉った」


 羨ましいだろう? と言ってそうに紗千香は魅卯に対して笑った。

 魅卯に対しては常に、精神的余裕を見せつけたい表れだ。


「隆蓮様の威光を笠に着たって言ってたよね? じゃあ自ら命を燃やして四國騒乱平定の立役者となり、帰ってきた今なら、それが如何に陳腐だったかって感じてるはず」


「こ、この女は……」


「四國から三縞に戻ってきて、街の人たちや出征しなかった三校生までもから向けられる羨望の眼差し、憧憬の念、尊敬。誰から与えられたものじゃない。今回胡桃音さんは自分の力で勝ち取った。どちらの方が得難くて嬉しいか、頭のいい貴女なら気付いているはず」


 駄目だ。


「こうなった時、果たして胡桃音さんは今でも隆蓮様が必要?」


 今日という今日は論破続きで紗千香は魅卯に歯が立たなかった。


「勿論胡桃音さん自身の活躍によるところもある。でも同じくそれは一緒に戦い、勝ち取った彼ら5人や組員全員によるところもある。死なせないよう苦心したって聞いた。じゃあ胡桃音さんにとってはもう、隆蓮様じゃないんだよ」


 どんどん紗千香にとって隆蓮の存在感が陳腐化している現実と結果がそこにあった。

 なら、いつまでも隆蓮の愛人であったころの栄光を引きずるより、今をもっともっと誇るべき。 

 魅卯はそう言いたいのだ。


「今の地位と名声は、胡桃音さんの為に命を張った《山本組》の活躍が大きいと私は思う。価値観の問題かな。隆蓮様の隣にいた時の胡桃音さんか、皆で存在感を増して大きな達成感を感じている胡桃音さん。どっちが充実出来て、どっちを優先すべきか」


 隆蓮は、紗千香のために命は掛けない。

 でもここにいる5人の男子をはじめ、組員100名越えは命を賭けてくれる。


 秤にかけるまでもない。

 

「いいのかな? もし私と胡桃音さんとの関係をこれからも隆蓮様ごとの尺度で図ろうとすると、すなわちそれは、胡桃音さん自身が《山本組》を軽んじているんだと《山本組》に向けて発信しているのと同じだと思うんだけど」


「……」


 きっとラノベなら、ご法度レベルのテンテンテンが満ちる……のは紗千香だけ。

 魅卯の後ろでは《山本組》幹部5人が声こそ出さないがガッツポーズを激しく、何度も取りまくっていた。


「この5人が胡桃音さんにとって、凄く頼もしくてありがたい存在なの、私にもわかるよ?」


「えっ?」


「だって、一緒くたにするのも申し訳ないけど、《山本組》組員って皆、山本君2号3号とか、そう思っているから。でね? 山本君1号がどれだけの存在なのかって、私は身を持って知っている。なんか私と胡桃音さんって、意外と共通点が多いかもね?」


「ッツゥ!? 一緒にしないでっ!?」


「アハハ、ゴメン」


 結局一徹の話しは聞けずじまい。


 紗千香が納得したかは別として、だが魅卯は紗千香とこんな話が出来たことに充足感を感じた。


「長居しちゃった。これ以上6人の世界を邪魔するのも忍びないから私行くね? 胡桃音さん、豚汁ご馳走様」


「だからぁ、芋煮ッ!?」


「あ、ちなみにハーレムに関して一個だけ。これは随分前に山本君にも言ったんだけどぉ……エッチなことはしないこと」


『そんなご無体な!?』


『関係性、認めてくれたべ生徒会長!?』


『免罪符じゃあないんでやすかい!?』


『ハーレムってったら、やっぱ入り乱れて交わるようなっ!?』


『ままなりませんね。僕だけの個々人同士でも駄目ですか……我慢の保証はしませんが一切』


「しっ……しないからぁぁぁぁぁっ!」


 ……盛り上がるどころか、空気を猛々しいものに無意識に仕上げた魅卯。

 諫めることなく紗千香の居住一室の玄関を開けて外に出た。


 「匂いかがせて。匂いだけでいいから!」や、「せめて頭! 頭だけ撫でたい!」ほか、「握るだけでいいですから!」など近所迷惑すぎる声をBGMにその場から離れ……


「……月城魅卯生徒会長」


 ほどなくして掛けられる声。

 

「奇遇だな。こんなところで会うとは」


「あ、お疲れ。本当だねぇ」


「そうだ。折角会ったんだ。この機に乗じて話しておきたいことがあるんだが」


 低くて落ち着いた男の声だった。

 日は落ちて辺りは暗くなってはいるが、見知った相手ゆえ魅卯が身構えることは無い。


「山本について、情報が入った」  


「えっ? 本当?」


「あぁ、だがここでは誰の耳に入るか分からん。チョットついてきてくれないか?」


「あ、うん」


 一徹よりも身長が高いせいで、仮に一徹と同程度筋量を搭載していてもアスリートモデルにしか見えない牛馬頭斗真縁の下の力持ち


「って、ちょっと待って牛馬頭君! 足が長いから歩幅大きすぎるよ!」


 かつて一徹がトランジスタグラマと心の中で呼んだ魅卯だから、彼がのしのし歩けばワタワタ魅卯は小走りで着いていくしかない。



「言え、言うんだ。正解間違いじゃない。ここで決めてしまえばあとは……」


「ん? 何か言ったヤマト」


「あ、いや、独り言みたいなものさ。はは……」


 寒空の下、二人だけの外出。

 もういいよお前ら。付き合っちまえよとも言っていい関係性。


 先ほど「俺も行く」と言ってもらって心が浮ついた灯里は、しかし親友の顔を見に行くことに気持ちを切り替え、シャキッとしている。


 反してヤマトは、折角二人きりに成れたこの状況。灯里にはちゃんと目的がある事を知っていてなお、決・め・ち・ま・お・うとか何処かで思っていて、しかし結局ヘタレた自分のふがいなさに惨めさを感じて笑うしかなかった。


「あ、風音から電話だ。ちょっと待ってヤマト。ハイ、私だけど」


 でもって、行くに行けない足踏みしてしまうヤマトを知ってか知らずか。

 ネーヴィスからの電話で灯里は意識を移してしまう。


「二人きりなのはわかっていて、どうして電話なんてしてくるんだ風音さん。もう少し空気を読んでくれても良いじゃないか」


 二人きり。

 しかし二人だけにさせてくれないネーヴィスについて、ヤマトは灯里に聞こえないよう怨嗟を漏らす。


「えっ? スピーカーモード? 構わないけれど……」


 が、どうやら話はヤマトにも聞いてもらいたい物らしい。 

 ならば重要事項かとヤマトも灯里の学院支給携帯端末に意識を向けて……


「「ぐぅっ! /キャアッ!」」


 電波に乗ったセリフを耳にしたとたん、何か耳鳴りのようなものを感じ、ヤマトも灯里は悲鳴を上げるに至った



 ――そうして……


「ちょっと待って! 何をするのっ!?」


 三縞校舎裏の広い、そして今は暗い、河川と小規模な滝沿いの公園で、


「イらナイ……要ラない」


 ただでさえ身長差から見上げるばかりだった、だが今はもっともっと上を見なければ顔も見えないほどに背も高くなり、肉も厚くなった毛むくじゃらの怪物が呟いた。


「牛頭族、馬頭族のハイブリッドなのは知ってる。知っているけど……」


 辛うじて避けられたのは良かった。

 岩石宜しくな鉄槌が振り下ろされて、地面30センチはめり込んでいるのは、魅卯の脇10センチ程の所だ。


「武器を使うことも選択肢に入らないほど、意識が乱れてる。それにこれ……妖魔化ッ!? 牛馬頭君! シッカリしてよっ!?」


「イ……て……様の目ヲ曇ラセる存在ハ、必要ナい……」


 魅卯は、妖魔形態の牛馬頭斗真縁の下の力持ちに襲わるる……


 ――だけじゃなかった。


 場所は変わって三泉温泉ホテル旧館。山本小隊の下宿前の庭。

 

「聞いて良いですか刀坂君。何があったんです?」


「俺にだって分かりません! 分からない……けどっ……!」


「「イらナイ……要ラない……目ヲ曇ラセる存在ハ、必要ナい……」」


「止めろ! 一体どうしたんだ二人共っ!?」


 妖魔2体が、二人に向かって千鳥足のようにフラフラ近づいて行く。

 マッチアップは……


「イらナイ……要ラない……」


「灯里、どうしたと言うんだい? 私が分からない訳じゃないだろう? どうしていきなり……妖魔化だなんてっ」


 抜けるように白い髪。陶磁器のようなすべやかな肌。

 白目黒目でない。赤一色瞳。

 灯里サキュバス化と、親友であるはずのルーリィ。

 

「イッてツ様の目ヲ曇ラセる存在ハ、必要ナい……」


「……サキュバスとなった石楠さんの姿もそうですが、今の姿がヴァンパイア形態ですか風音さん。それがお二人の本来の姿。成る程。こちらの魔族同胞の全容を初めて見ました」


 こちらも同じく白くすべやかな肌。だが、背には漆黒の翼が生えていた。

 シャァっとの威嚇。異常なほどに犬歯は発達していた。

 吸血鬼ネーヴィスと、シャリエール。


 この四人の中間あたりで、何とか修めようとヤマトが声を張っていた。


「にしてもイッてツ様……ですか。チィッ! あのメンヘラ糞ヤンデレ雌豚が」


「シャリエール、何か気づいたのかい?」


「えぇ、最悪ですよルーリィ・トリスクト様。旦那様を奪うだけに飽き足らない。私達を消しにかかった」


「私達を消しに? って、まさか!」


「カノジョですよ。旦那様を『一徹様』と呼ぶ女を、私は私以外に知りません。同じように呼んでいた誰かが死んでなどいなければ」


 呼称で気づいたシャリエールの言葉は、ルーリィに取ってわかり味が深かったようだ。


「何? これは一体どういう事!?」


「ルーリィ姉様! フランベルジュさん!」


 騒ぎを聞きつけ、建物からリィンとエメロードが飛び出てくる……が、諸々分かってしまったルーリィには加勢など必要ない。


「リィン! エメロード! 私達の事は良い! そんなことはどうでも良いから……!」


 ただただ、ルーリィの頭の中にあるのは最悪なイメージだ。



「では、お部屋にご案内致しますっ」


 ニコッと笑う和服姿の女の十数年前を想像しながら、彼女はその後に続いた。


「三縞は初めてでしょうか? 素晴らしい滞在になる様、心尽くしをさせていただきたいと思います」


 前を行く、仕事だからだろう落ち着いた美しい女は、ハキハキとして利発的。


 きっと若いときは弾けるような明るさを有していたに違いなくて、仮に彼が落ち込んでしまったとしても太陽のように光と暖かさをもたらし、気持ちを盛り上げ慰めただろう。


「何かご入用は、遠慮なく言ってくださいね? これでも女将ですので、結構無理が効いちゃうんです」


 三泉温泉ホテル本館くんだりやってきて、一目その姿を見るなり、従業員名バッヂを見るまでもなくカノジョは確信した。

 

 このオンナだと。


 彼は間違いなく、付き合っていた頃このオンナに夢中になったはず。

 それだけの魅力が匂い立った。そのどれもが、カノジョには無い魅力ばかりだった。


 となると、カノジョは葛藤を始めてしまう。

 比べて、自分の魅力はどれほどのものかと。


 かつて一徹の隣りにいた者。今そばにいる自分。

 どうしても見劣りを感じてしまうような。


「……いらない……」


 こんなことを思ってしまう。

 もし、自分と出会うキッカケとしてカノジョの世界に彼が転移しなければ……


「では、お部屋はこちらです。エレハイム・禁区様」


 彼は、このオンナと今もずっといたかもしれない

 

「一徹様の目を曇らせる存在は、必要ない……」


 一徹は……エレハイム・禁区リングキー・サイデェスのもののはずなのに……と。


 リングキー転生エリィ体が自らの手に刃化させたマスキュリスを握っていることに、客室の扉を

開け旅客の手荷物を運び入れる為に先んじて入室したトモカはまだ気付かない。

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