177

「ホラ一徹起きなっ! 一体何時だと思ってるの!? まぁたダイニングのソファで寝てしまって!?」


「だぁ、もうちょっと寝かせてくれよお母たまぁ」


 真っ暗闇。体全身あったかくて心地が良い。

 この感覚、僕はお眠中でお布団にくるまっておりますん。目ヤニがまつ毛上下の間で固まってしまうから目が開けられない。

 まだ目を起きるなってことでね。わかりま……


「んがぁ?」


(あれ、母ちゃんてこんなに声が若かったっけ?)


 お母上様恒例の息子起こしの儀と思いきや、違和感が仕事する。

 

(って言うかなんか、良い匂いがする……)


「うぅん……」


 長時間睡眠によって脱力した肉体を何とか働かし、仰向け状態からうつぶせ上体に反転する。

 パリパリとまつ毛に固まった目ヤニが剥がれ落ちていく音を聞きながら、無理やり目を開けてみる。


 映るのは……背中だった。しかもその背中はとても、母ちゃんの背中とは似ても似つかないというか。


(おいおい。母ちゃんってこんな無駄に後姿美人だっ……)


「フフッ、今日は一回で起きてくれましたね。よく頑張りましたね一徹様? やっぱりお義母様のやり方を真似するのが一番……」


「あ、アレぇ? なんか、今日母ちゃん、ものすんげぇ綺麗な。お化粧頑張っ……」


「エイ」


「あたぁ~っ」


 振り返った、視線の先の存在。

 綺麗だったから正直な物申しをしてみたのだが、そういうことではなかったらしい。

 額をぺちっと掌で叩かれちまった。でも、心地よかったりする。


 このままではよくないと、目の周りを手首辺りでごしごし。

 全身全霊を掛けて起き上がってみる。

 ちな、ここで体の力を振り絞ったなら、1分後には休眠の為にぶっ倒れていいよね? 良いと思います。


「え、えぇと……」


「なぁにまぁだ寝ぼけているんですか? この分じゃ『結婚してくれないかリングキー』って言ってくれたことも覚えてないんじゃないです?」


(えっ?)


「だから『無理してお酒をのませないで』ってお義兄様に言ったのに。旅館経営一年達成できたからって、お祝いにパーティ開いて喜んでくれたのは良かったんですけど」


 やっと視界がハッキリして、俺の目に映るのはよーけ見覚えのある和式宅の、台所と繋がるダイニング。そして和服姿。

 実った麦穂のような落ち着いた黄金色の髪を持つ素朴な女性。鼻周りに散ったソバカスが愛くるしい。

 一見面立ちと装いは合わないかとも思ったが、見事にシックリ着ていた


(そ、そうだったか?)


「ねっ? 一徹様?」


「あぁ……そうだね。リングキー」


(いや、きっとそうなんだ)


 なにかハッキリしない。


(ノリでお母様とか言っちまったし、兄貴がどうのとか言ってたのも気になるけど。っていうか母さんに兄貴ね。確か……アレ?)


 思い出そうとするも、ズキッと頭がいたんでそれどころじゃない。


「朝ごはん出来ていますよ。一緒に食べましょう?」


 今は考えるところじゃないだろう。

 リングキーが言ったらそうなんだ。それよりまずは腹拵え。

 物凄く腹が減っていたから、考えるのは後でいい。



「お味はどうです?」


「うまいよ。この焼き魚なんか、秀逸」


「それは素材自体が良いんじゃないですか。お味噌汁とか卵焼きとか褒めてほしかったなぁ」


「あ、いや、そっちも旨い。それは本当」


「なーんて、フフッ。ゴメンナサイ。少し調子に乗っちゃいました。いつも褒めてくれて、毎日受け止めてるのに、それでなお、欲しがってしまって」


(……毎日食べてるのか。あんまり覚えが。いや、美味いものを習慣的に食べていると、感慨が薄くなるのかな)


 どれをとっても逸品な朝食だ。

 良い味してるからこそ、毎日食べていたんだと思うと逆に不安になってきた。


 ぶっちゃけ俺はリングキーという女性のことを覚えていない。

 モリモリ飯をお代わりしていてなお、まだ寝ぼけてるんだろうか?


(とはいえ、なんか俺とは浅からぬ縁らしいし……っていうか話聞いてみりゃ、俺の嫁さん? こんな可愛い女性が?)


 はて、おかしいな。

 一度でも美人を見たなら記憶に残るのが俺……とか言いたいが、悪い頭じゃ胸張って言えないのだが。


(ただ関係が関係なら、何時までも思い出せないってのはヤバイんだけど)


 アカン。

 虫の居所悪くてうんまい味噌汁にくちつけるしか出来ん。


「でも、なんとかなるものなんですね。まさか出会った頃はこんなことになるなんて思っても見ませんでした」


「う、うん。だな」


 なんの話かわからないから、とりあえずは墓穴掘らないように、口に汁物含んだ状態から炊きたて白米を思い切り頬張った。


「両親が他界して、祖母が住んでいた桐桜華皇国に身を寄せたとき、私全くこの国の言葉を話せなかった。鶴聞高校に通うことになって、とても怖くて……」


「鶴聞……高校?」


「言葉が通じず、周りが距離を取る中、一徹様だけが働きかけ続けてくれて……」


 高校名だけは、覚えがある。うん。


「お義兄様の影響で、よく学習されてた外国語を使って、でも実用会話には慣れていなくて、それでも交流を取ろうと頑張る一徹様は、とても可愛かった」


「ぶぐっ、可愛いとか、言わないで頂戴よ」


「でも本当ですよ?」


 遠い目して懐かしむリングキー。

 その様が俺への想いを分からせるから、まだ思い出せないのが申し訳なくて恥ずかしい。

 含んだお茶吹き出しそうになった。


「やがて少しずつ学生生活やこの国の言葉に慣れて、チア部に私は入って……夏の練習中の事件が、止めでした」


(鶴聞高校。チア部。夏の練習時の事件って……)


「当時柔道部だった一徹様は……」


「熱中症と脱水症状で倒れた女の子を保健室に運んだ」


「お互い、あのときの事は絶対に忘れられませんよね。お姫様抱っこなんて、人生出始めてで……」


 良かった。

 完全に記憶ゼロではないらしい。

 語られるのは俺たち二人の歩み。そこに言差し込めたなら、やっぱり実際に俺がそれをしたということなんだろう。


 高校時代の俺と、リングキーの学生生活は存在した。


(前身汗びっしょり。首や額にノペペーっとショートヘア張り付いて。まるで黒い眼出し棒をかぶってたみたいだっ……黒髪のショート?)


 リングキーとの共通の思い出があったと安心するや、ふと頭に当時の光景がよみがえる。


 鶴聞高校で柔道部員だった俺が、夏場倒れた女の子を慌て保健室まで運んで行った覚えはあった。


(なんか混同しているのかな。当時ショートかロングかは別として、リングキーの髪は黒くないのに)


 覚えている一方、なんか違和感が仕事するのが嫌だった。


「二年生の時でしたか。完全にやられちゃいました。当時の一徹様には好きな人がいたのに、私、告白してしまって」


「ちょ、もうその話はやめてって。有栖刻先輩に関しちゃ割かしトラウマなんだ」


「お兄さんと付き合っていたことへの当てつけに、私の告白を受けたわけではありませんね?」


「だからやめてぇ。めっちゃ心苦しくなっちゃうからぁ」


(……いやぁ、やっぱり気のせいか。有栖刻先輩が好きだったのも、確かに俺の記憶の通りだ。リングキーから告白されたことについては……やべぇ、悟られるな? 全く覚えてない。これだけは本格的にバイヤー)


「嘘ですよ。一徹様が何より私を優先してくれたのは知っています。まぁ留学だけは、一徹様の想いの強さがありましたけど」


「高校時分に思ったもんだ。外国語なら何とかいけるかもしんないって。外国の目新しい文化にも興味がわいたし。だから俺は大学時代にこの国を2年離れて……」


「迷惑とはわかっていながら、私は一徹様の留学先、住居に押しかけてしまって……」


「……ん゛っ!?」


「今思えば私も若かったんですね。驚いた一徹様がそれでも迎え入れてくれたからよかったですけど、いくら付き合っていたからってそんな特殊な形で私たちの同棲生活は始まったんです」


(こ、これは……いよいよあきまへんで?)


 ところどころ俺の記憶と符合しているというのは、その記憶をリングキーも同じ時期、同じ場所で共有してきたからに他ならない。


 なら、一部記憶にないってことは……きっと俺が勝手に覚えていないだけに違いない。


「高校2年生から付き合い始めて、留学先で同棲したのが4年目。あっ、そこまで来て初めて私に手を出したのは、いよいよ諦め時だと私に対して思ったからじゃないですよね?」


「そ、そんなことは……」


「ちゃんとわかっていますよ。安心してください」


 疑うような問い。でも、悪戯っ子の笑みで横目で見つめるのが可愛くてしょうがない。


「け、結婚したのは確か……」


「24歳の時でしたねぇ。社会人になって3年目。勤務先商社のオーストラリアット支店への海外赴任が決まった時、『奥さんとして、一緒に来てくれませんか』って嬉しかったなぁ」


 マジで俺のヨメッ! ……なのだ。


なおさら申し訳なさしか募らなくなった。


「それからシェンガポー支店にも駐在して……」


 オーストラリアット支店やシェンガポー支店駐在時代も覚えている。


 メガ付く巨大商社や巨大銀行駐在員なんかは危険手当、海外居住手当、駐在手当が高額で、現地妻何人も作って両手に華のウッハウハ。


 そこに遥か及ばない俺はうらやましすぎて指くわえて横目で眺めていたはずだが……


(いやいや、こんな奥さんいたら、そもそもそんな気すら起こらないはずなのにな)


「でも、一徹様も情に厚いというか。28歳で日本に帰ってきて主任から課長にまで上がったというのに、私に相談もせずに温泉宿を買っちゃって」


(ってぇ……帰国してから宿買うまでが雑ぅぅぅっ!?)


 なんといいますか、出会いから海外駐在までは結構刻んできたのに。


(帰国から一気に宿主ってよ)


 そこを再認識したいは。

 リングキーとの今後の人生の為だった。


「えっとぉ……戒めの為に、その間のこと聞いていい?」


「正直口にするのは憚れます……のに、私に言わせるんですか?」


「うん。わかってる」


(わかんねぇけど)


「そこからきっと暗黒時代突入の、リングキーに掛けた迷惑は計り知れないってぇのは分かってるけど……」


(全くわかってないけど)


「その苦難を改めてリングキーの口から聞かせてもらうことで、『これからもっと頑張るんだ』って思いたいじゃない?」


「はぁ。他人事のように言いますね。まるで全く覚えていないんじゃないですか?」


「そ、そんなわけないじゃないか」


(まるで覚えていないんだけど。悟られてはならないのだよ)


 まいったね。ジト目でゲンナリしないで欲しい。


 可愛いらしいには違いないが、みそ汁や焼き魚の塩味が強まっていく気がした。


「……どんなに望んでも、励んでも、私たちの間に子供は産まれ……」


「ゴメンッ! マジ! そうだった!」


(知らねぇけど一番へう゛ぃな奴ktkr。全力投球謝罪不可避な奴! 100対0で俺が悪いことにした方が絶対いい奴!)


「でも、今考えてみたらそれも良かったかもしれません。お金がない状況は昨年まで続いた。そんななかで赤ちゃんなんてとても」


「お゛……温泉……宿ぅ!?」


「いくら鶴聞高校で仲が良かったからって、友達の借金を一徹様が負担することはなかったのに」


(俺が宿主って言われてる原因。件の温泉宿がその理由かぁぁぁっ!?)


「大体その借金だって、その娘のものじゃなくて、当時この宿の所有者だったその娘の旦那さんが拵えたものなのに……」


「Oh」


 やべぇ。


 奥さんも忘れちゃヤバいけど。こっちだって忘れちゃダメすぎてた。


「当時の宿主夫婦がどうにも首が回らなくなったのが私たちが33歳の時。手放した宿は買い手がつかず資産価値は下落。国の競売システムに出されるくらいまで値段は下がって……」


「『これくらいの価格なら何とか俺が購入してやる。その代金を少しでもお前らの借金返済に充てて頂戴よ』ってか?」


(きっとそんな流れ……なわけないね)


「いくら一徹様でも、二度とそんな無茶は許しませんから」


(って、ほんとにそんな流れだったぁっ!?)


 アカン。


 口が裂けても「忘れた」とか言っちゃいけない内容でね。しかもしでかした俺がクルクルパーとか。


「だから可愛さ余って憎さ百倍の逆ですね。憎さより、可愛さがこの《三泉温泉ホテル》に感じられる」


「ッツゥ!?」


 そういえば、今の今まで宿名知らないままここで飯食って話していた。


 聞いた瞬間ふと、別の名前が浮かんだ。


「もしかしてその高校時代からの友達って、トモ……」


「あの人の名前は話も、聞きたくありません」


 が、ピシャっと言われてしまった。


「お礼が欲しかったわけじゃありません。でも、借金を助けてもらって、礼一つなく旦那さんと行方知れずになった人のことなんて、思い出したくもない」


「ご、ゴメン。そうだな」


 朝起きて、どこまでも俺にアマアマで尽くしてくれるリングキー。

 そんな彼女が嫌がるというなら、本当にどうしようもない奴に違いないのだ。


(三泉温泉ホテルの前支配人夫婦か。旦那さんと、その奥さんの鶴聞高校同級生だったトモ……いや、もう二度と語るまい)


これ以上困らせたくないから、俺も黙ることにした。


「閉業していたこのホテルを再開させるに1年。昨年再開業して、少しずつお客さんを増やして、そうして……」


「昨年再開時点で俺がホテル支配人としてこのホテルを経営した。今日まで……1年」


(ほぉん、俺……36?)


 言われたことを頭に浮かべて計算してみる。


 今の自分の年齢に驚く……というよりも、リングキーの見た目で36は嘘にしか思えなかった。


(ってこたぁ主任商社マンで帰国28歳から8年がたったっつーこった)


 なんちゅうか本中華、俺が36歳というのは全くと言っていいほど違和感を感じない。


 なんとなく、昨日まで18歳だった気もする。

 ただピチピチDKだった肌が劣化した、自ら広げた掌をマジマジ見て、当たり前のように36を受け止められた。


 まるで昨日まで見慣れていた18歳の自分こそが、夢の存在だったんじゃないかと思うほどだ。


(うん、まぁ、なんとなくわかった)


 目が覚めてから、状況がどうなっているか全く思いだせなかった。

 それでいて俺は、俺が絶対に忘れてはならない環境にとりまかれているようだった。


 なんとかそれとなく振る舞うことで、リングキーに事のあらましを話してもらったことで落ち着くことが出来た。


(今の話がきっと俺の真実なんだ。この期に及んで、リングキーが俺に嘘をつくわけがない。なら……)


 彼女が話してくれた内容を設定として、大きく外れぬように何とか生きていくことが重要か。


 結婚12年目であることは、とても信じられないが。


(いつかすべてを思い出せば、違和感もなくなるのかな?)


「食べ終わったら早速お仕事開始です。どことなく顔色が優れないようですが、大丈夫です?」


「んぅ? 何をおっしゃる兎さん。肉体労働はどっちかっつーと得手の方なのよ」


「ちゃんとわかっていますよ〜。それでも健康だけには気を付けて頂かなくては。もう私たち二人の体ではないですから」


 どうやら俺が話をうまく呑み込めていないことについて、リングキーは気づいていないようで、ニコニコしながらモグモグしてくれているのはありがたい。


「この子が産まれてくる前に、お父さんに何かあったらコトでしょう?」


「……え゛っ!?」


 いや、ニコニコしたままは果たして本当によかったのかどうか。


 表情そのまま、リングキーは両手を自らのおなかに優しく当てた。


「でも、一徹様も気が早いというか。『男の子なら徹新という名前がいい』なんて。女の子だった時のことを考えていないんです」


「てっ……徹新?」


 その名を耳に、息飲んで止まってしまう。


 どこかで聞いたように思えるのは、俺がもろもろ覚えていないだけで、前に聞いたことがあるかもしれない名だからだろうか。


(命名? 俺が……考えた?)


「ふふっ、結婚12年目にしてあれだけ欲しかった新しい命が、お金の心配もなくなってきたこのタイミングで授かった。大切にしなければですね?」


「う、うん」


「あぁ、だから昨日のパーティでお義兄様の喜びが一入だったのかもしれません」


「そう……だね」


 青天の霹靂、甚だしすぎる。


 俺に、子供……とか。


(いや、待て? なんだこの違和感。違和感がありすぎる……のに……)


「……山本・サイデェス・徹新……か」


(……違和感が無さすぎる)


 わからない。わからない。


 俺にはもう、山本・サイデェス・徹新・ティーチシーフという名の息子が……いたように思う。


 でも別で、山本・サイデェス・徹新・ティーチシーフという名の、同い年の知り合いもいたような気もする。


(なんだ? どうしてティーチシーフの名前が入ってない。ん……アレ? 待てよ? ティーチシーフって……なんだっけ?)


「え、えぇと……」


 俺はそんなことも忘れてしまったというのかとなると、バツが悪い。気分も悪い。


 ズズッとみそ汁を啜りながら考え込んでしまうものの……


「大丈夫ですよ一徹様。大丈夫」


 机を挟み朝食を共にしていたリングキーが手を伸ばし、椀を持つ俺の手に触れた。


「難しく考えるに及びません。一徹様がいて、私がいて、徹新がいて。それだけで全ては足りて、完結するのです。それは一徹様がずっと思い描いてきた……一徹様には決して手に入れることが出来ない夢」


「くっ」


 嫌だね。リングキーの鈴の音色のような声は心地が良いはず。


「私も大手を振って徹新を愛してあげられる。私たち二人の赤ちゃんになるはずだった徹新に、望んでならなかった母親を与えることのできる、優しい世界」


 言葉だって温かみがあるのに、キィンと耳鳴りが生じているような。


「貴方はただただ選ぶだけでいい。私との、この人生を。これこそ一徹様が望んだ、理想のセカイ」


「俺の夢……俺の……理想のセカイ……」


 ……いつかすべてを思い出すことで、なくなるかもしれない違和感。


 無くならなくてもいいかもしれない。


 リングキーが話してくれる通りに過ごすだけで、無条件に俺は、幸せになれる気がするんだ。


 プッ……プッ……と一定のリズムで電子音が跳ねる。


 同時、スゥっと吸入音が上がると思ったところ、反転のコハァっという音。


 普通以上に音が大きいのは、特殊な医療器具で鼻から口から覆われていたからだ。


「皆を呼んだのは他でもない。この部屋に選抜したのは、その類まれな力を貸してほしいからだ」


 病室。


 真ん中のベッドには図体も大きく、肉の厚い青少年が横たわっていた。


 病院着は着ておらず、ミイラよろしく全身包帯グルグル巻き。

 常にまき直しを行っているから、すでに血を吸って赤い個所が出ることはない。傷もふさがっている。


 つまるところ……それだけの期間、そのベッドで青少年は眠っていた。


「命に別状はないらしい。脳波にも問題はない。いつ目が覚めてもおかしくないらしいが、覚めないのが現状だ」


 ベッドわきのパイプ椅子に足を組んで座って、週刊誌開いたまま、集まった者たちに視線を巡らせたのは、パジャマ姿、長い髪を後ろに結わえた女皇シキ。


「覚めないのか、覚めてくれないのか。この辺りの調査を君たちに命じる」


 呼びかけてから、ベッド周りに立つ者たちから視線を外したシキ。


 今度は横たわる患者に目を落とす。


「調査対象、山本一徹。夢追の呪にて昏睡中の当該対象の精神世界に潜行。精神世界探査をもって昏睡原因の調査。ならび可能であれば、覚醒に向けて精神世界内部から働きかけを」


『『『『『かしこまりました』』』』』


 周りに集った者たちに告げているはずなのに、別の者に意識が取られているシキに向かって、静かながら確かなる反応が返った。


「うまくやってよ。夢追いとは危険な術。下手を打てば、この男の精神世界から帰ってこれなくなる」


 ポツッとシキは小さく漏らす。


 集まった者たちはベッドを取り囲んで立ち、何やら呪詛を唱え始めた。


「最悪のケース……私自ら迎えに行くことになるのかな?」


 詠唱するに必死になった者たち、目を閉じ念じる顔にも体にも、力が入っている。


「いや、もっと悪い場合……」


 当然ながらその忠告が、今命令を受けた者たちの耳に届くはずがない。


 ……これはもう一つの世界のお話。


 リングキーとの結婚生活を歩み始めた……という夢を見続ける一徹が昏睡したままの現実。


 一徹が切望した結末。

 一徹が決して望まなかった終幕。


 高智戦役を、リングキーとのセックスで締めくくった一徹の因果律は、砕け散ってしまったのだ。

 精神崩壊をきたし、昏睡状態に溺れることになった。


 その肉体、高智でもなく三縞の病院でもない。 

 高智におけるリングキーとのセックス事後を見せつけられ、引き篭もりとなったナルナイをはじめ、ルーリィやシャリエール、山本小隊員らのもとに返されることもなかった。


 一徹を惑わしたリングキー転生エリィ体の首を刎ねたことで、殺人の咎で《対転脅》に拘束されたアルシオーネに、そのような報せが入るはずもない。


 皇都桐京は某所、皇家の息のかかったどこかに搬送されていた。





 駄目だ。

 年度末、きっつい。

 んで持って例によってスマホ入力ツラッ! 


 ルビ振りとか、無理だよ。


 あ、新章凸やっと入りましたよ

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