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「チョッ……どうなってんの一体? って……う、嘘だろぅ?」


 ハッと目が覚めるまではいい。


「んぎっ」


 問題は二つ。

 横向きに寝ていた状態から身じろぎしただけで、机に接するのとは反対側の脇腹と背中に痛みが湧いたこと。

 も一つは……


「一徹様……起きられたのですね? いきなり動いては……」


「起きてなお、衝撃的すぎるよエリィ。添い寝してた・・・・・・のもそうだけど、その……」


「その?」


 感触で、わかってしまう。


「は、肌を重ね……ち、違う。語弊があり過ぎる。ふ、服はどうした? どうして裸で・・・・・・。しかも俺、俺まで……」


 二人寄り添い、ブランケット一枚の下で寝ていたと知った。


 オロオロも過ぎる。

 なんなら状況認め口にした「嘘だろぅ?」なんて声が震えたくらいだ。


「やはり体温は急上昇したようですね。一徹様、凄い汗」


「ちょ……」


 エリィと言えば、大胆な行いを恥じることはない。徐ろに俺の額に掌を当てた。 

 そのさなかブランケットがズレてしまうから、俺は中を見たい衝動にかられながら、我慢するに必死になった。


「まずは一安心です。一徹様」


 柔らかな笑みをこんな時にも崩さないから、なにか「当たり前の振る舞いをしてるだけなんだから安心して良い」と言われている気がする。


「細かな破片がまだ体内に残っているまま、わたくしも傷を閉じるしかなかった。体外からの異物に反応し、肉体を守ろうと抵抗力が働くのです。免疫を高めようと体温は上がります」


「大汗をかいた理由」


「服を着ていては、吸った汗が身体を冷やしてしまう。お風邪も召されます」


「そして俺がパンツ一枚なわけ……か。だけど裸での密着は流石にやり過ぎじゃ……」


「ブランケット一枚に一人では体温も上がりません。私が服を着なかった理由は先と同じ。汗をたくさんかいて体温も通常。一徹様はもう大丈夫です」


「そうは言ってもねぇ……」


 一応顔は背けてみた。全く意味なかった。目が、エリィに釘付けになっちまう。

 しょうがないじゃない。横向きに寝る俺の真正面、向かい合って横たわっているのだから。

 

「着替えられますか? 皆さんの前に出て安心させてしまいましょう。《山本組》の皆さん、処置が終わって眠ってしまった一徹様を見舞いに来て……『兄貴を死なせてしまった』なんて泣き崩れてしまって」


 エリィが話を進めてくれたのはありがたい。


 鼻先十センチの距離に顔があって笑い掛けてくれたことにドキマギしっぱなしだったから、佇まいを直そうとしてくれるのも有り難かっ……


「あ、アイツらなんでもかんでも大袈裟……ッゥ!?」


 いや……ブランケットから抜け出たエリィの全身を、横たわったままの俺が見上げるまでの話だ。


「ん、どうしたのです一徹様?」


(どうした……じゃないでしょうよぉ)


 前言撤回。

 裸ではなかった。下着姿で俺に添い寝をしてくれていた。


 純白の上下。しかしながら複雑で精工な刺繍が入り、下はVラインの角度も際どい。

 刺繍だってレース状の部分はシースルーになっていたりする・・・・・・・・・・・・・・。胸と下半身の極まる点・・・・が隠れてくれていたのは割かし本気で助かった。

 更に、太腿這うのは白のガーターベルトって言うね。


「ゴクッ……」


 黒の下着。分かりやすいエロエロ〜なんてテンション高ぶらせるものだが、意外や意外。

 一見清楚な白のうちに、あたかも白に無理矢理塗りつぶした黒が隠れ潜んでるかのような心持ち。


 鼻周りに散ったソバカスは決して絶世の美女にはさせないが、絶妙な愛嬌を与えられたのがエリィ・キング。

 素朴でピュアなはずなのに、ただ直感でエロさを感じるよりも、引き出しを開けてみた先のサプライズと考えれば、断然こちらの方がエッチな気がした。


「起きますか。さぁ、お手をどうぞ?」


「ちょ、前々!?」


 俺より高い位置から、見下ろしながら両手を差し伸べる。

 下着以外、隠すもの無い状態。女性らしい双丘はその動きによって盛り上がる。

 

(元も意外と大きい……とか、そうじゃなくて!?)


 際立つ谷間を見てはいけないから顔そらしたのに、やっぱり目だけは離すこと出来ない。


「あ、あのさ、あんまりそういうことに・・・・・・・頓着とんちゃく無いかもしれないけど、もしかして天然とか言われない?」


「天然?」


「一応俺も男だし。三縞にいた時なんて《銀色マンジュウ》とは別の右手の相棒・・・・・に毎晩お世話に……じゃなくて。だから同じく『相棒』と呼ばれることを《銀色マンジュウ》も嫌がり始めて来て……とか、そういうことが言いたいんじゃなくて……」

 

 駄目だ。

 せっかく差し伸べられた手を頼りに俺も身を起こせたが、気恥ずかしくて顔が熱い。


「ハックシュン!?」


「ツッ!?」


「アハハ、やっぱりこの姿では寒いですね。冬ですし、眠っていた時にかいた大汗も……」


 が、そんな恥ずかしさ、エリィがクシャミ一つしただけで消し飛んだ。


「い、一徹……様?」


「大汗を吸い込んだ服が冷えると良くないから服を脱いだんだろ? とは言え、肌に纏わりついた汗が冷えるだけでも風邪はひく」


 台から降りて立ち上がる。


「俺を心配してくれるのは嬉しい……けど、も少し自分も大事にして頂戴よ」


 先程被っていたブランケットの両端を持ち、エリィの正面から近づき、両サイドから巻き付けた。


「『自分を大事に』……ですか。それが出来ていれば・・・・・・・・・あの時一徹様と離れ離れになる事は・・・・・・・・・・・・・・・・無かったのでしょうね・・・・・・・・・・?」


「ん? いま、何か言っ……」


 何だろう。よく聞こえなかったが重要発言だった気も。


 でも、聞き出すことは出来なかった。

 ブランケットを巻き付け下着姿を隠した時、正面向かいだったリングキーがくるり体を背け後ろを向いたからだった。


「……エリィ……」 


 俺に背を向けた状態。

 となると、最初ブランケットを巻き付けようとして彼女の背中にあった俺の両手は、向きを変えたことで彼女の両鎖骨のあたりに来る。


「エ……リィ?」 


 エリィはその状態、自身の両手で俺の手首を掴む。もっと深く、彼女の身体側に引くじゃないか。

 まるで俺に、背中からエリィを抱き締め・・・・・・・・・・・・・・・・・・させるように・・・・・・


「このままで。一徹様」


 再び、喉を鳴らしちまった。

 後ろから抱きつく。彼女がそうさせている。


 おかしいな。戦場じゃタオル濡らして身体を拭くが精一杯。風呂にも入ってないはず。

 キャバギャルジャンル美少女、鷺波さんにだって汗クセー(失礼すぎ)と思うのに。

 後ろから抱擁する形で、俺の顔至近距離にある彼女の黄金色の髪からはとても、甘い匂いがするんだ。


(……る……)


「ハッ……」


 鼻腔を香りがくすぐる。始めは不可抗力だった。だが俺はこれを、今度は思い切り鼻で吸い上げてしまった。

 クラリ。香りは脳天直撃……ではないが、頭蓋のうち、脳味噌周りを漂い、優しく触れてくれるような。


(……レる……)


「ハッハッ……」


 目を背けることが出来ない。


 ボサボサに乱れた彼女の髪に顔を突っ込・・・・・・・・・・・・・・・・・・んでしまいたい・・・・・・・。甘い香りと柔らかい髪が俺の顔面を撫でてくれるんじゃないだろうか。


 俺が髪に注目してることになにか感じたか。エリィは後ろ髪を纏め、左肩から身体の前に通す。

 それが俺にはもっと良くない。いや、サイコーだった・・・・・・・・・・


 白く、抜けるような肌はまだジトッと汗ばんでいた。珠になって、首すじから肌を伝って下に流れていく。

 ……いや、白味がかった肌は少しずつ紅くなっていく。これは、火照っているのか。

 更に香り。髪から良い匂いを感じていたが、纏めてどけたことであらわになった首筋から立ち昇る香りにはもう……


「一徹様、黙ってしまいましたね?」


(……ヤレる・・・……)


「ハァッハァッ……ハァッ……」


 こんなの前にチラつかされて・・・・・・・・・・・・・耐えられる訳がない・・・・・・・・・

 

(そうさ。俺は目覚めてから何度も警告した。エリィが真に受けなかった。なら悪いのは俺か? 違う。何を安心しきったか。俺も男だって自覚ないエリィが悪いんだ・・・・・・・・


「い、一徹様? あの、少し苦し……」


 後輩らが、俺が率いてきたばかりに死んじまうかもしれない。したら戦力バランスが崩れ俺も含めて全滅。一般人が皆殺しの憂き目に会うかもしれない。

 俺を信頼して四國に遣わしたシキの期待を裏切ることになる。さすれば国民の皇への当たりは凄まじいものとなるだろう。


「抱きしめる腕が……キツく……」


それは・・・……とてもとても気持ちの良いものだと聞くぞ?)

 

「あぁ、そういうことですか一徹様・・・・・・・・・・・・


 シキに勅命を受けたときから、空を移動し、降下し、そして今日まで、失う恐怖に毎日吐きそうで頭はいつでもおかしくなりそうだった。


「思ったより時間が掛かりましたがやっと……」


(せめて、そういう事で忘れることの何が悪い)


 負に苛まれる今ここで、快楽を貪る・・・・・。きっと通常にいたす時より快楽の度合いは凄まじいかもしれない。


「やっと……発情したんですね一徹様・・・・・・・・・・・わたくしに、発情してくれた・・・・・・・・・・・・・


(どうせ俺は消える。ならせめて、その前にセックスの一度もしてみたいじゃないか。なんならこの戦場で死ぬかもしれない。今更、猶更、殊更、体面など気にしてられるものかよ)


「あっ」


 ……随分悪いことが頭を占めたものだった……のだが、一瞬で霧散した。


「……一徹様……」


 後ろ向きだった、俺が抱き締めていたエリィが不意に、首だけ右に捻って俺の目を見つめ上げた。

 少し不安げな顔。なのに一点の曇がない眼差し。

 黒い思惑は、浄化され……


「いいですよわたくしも」


「い……いいって?」


「貴方様なら良い。貴方様だから良い。違いますね」


 ……いや、黒い思惑とか、浄化とか、もうそんなことどうでも良くなった。


「わたくしは……貴方だけが良い・・・・・・・


「あぁ、エリィッ」


 言われた次の瞬間には、俺はエリィの唇との間合いを詰めきった。


 理屈とか、そんなんじゃない。

 

 エリィの口に、自分の口を押し付けねじ込んだ俺の頭の中は真っ白。


 たまらなくエリィが欲しい。

 

 堕とす。

 

 手に入れてやる。


 ただただ、それだけ。



「以上が今日の結果。《山本組》の戦死者無し。四國校の殉職者も、応援4日目でやっと零になった」


「そうか。一徹は無事……良かったぁ」


 大きな溜息過ぎる。肩もガックリ落ちていた。


「君は気に入らないかも知れないが、やはり石楠であることも魅力だよ灯里。他エリアの作戦に関わる詳細情報は秘匿事項。石楠グループが全国展開企業だからこそ支店情報として私も知ることが出来る」


「かつて伯爵代行だった貴女から見ても驚くレベルなんだ?」


「そうだね、石楠の影響と財力がそのまま私の世界に移ったなら、瞬く間に世界征服されてしまうかもね」


「お貴族様だった頃のルーリィか。会ってみたかったな」


 まずは一徹の生存情報が聞けた。灯里は親友ということもあって、ルーリィは沈痛の中にも薄く微笑んだ。


「聞いていい?」


「うん?」


「綾人がね、元婚約者の玉響さんから『ルーリィとシャル教官が山本を拒絶した』って聞いたらしいの。事実?」


「事実さ。私はまた間違えてしまった」


 問いに答えるルーリィは目をつむる。ため息を零したところに、後悔が見えた。


「一徹は遂に、《記憶をなくす前の一徹》を認知した。そして私の本来の身分が《記憶をなくす前本来の一徹》の婚約者なのだと知った」


「『自分には違いないけど、自分じゃない自分』か。《記憶をなくした一徹アイツ》にとってはもはや別人だった。じゃあルーリィも《記憶をなくした一徹今のアイツ》にとっては別人の婚約者って認識じゃ……」


「そう。そしてね、《記憶をなくす前の一徹》が本来の一徹である以上、《記憶をなくした一徹》は遅かれ早かれ消滅する」


消滅が近いからって……ルーリィを諦めた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


「……避けられるようになったと感じる。多分私やシャリエールだけじゃない。恋愛そのものを、諦めたんだよ・・・・・・・・・・・・・・


いつか来る、約束された別れ・・・・・・・・・・・・・


 ルーリィが沈痛なら灯里は悲痛。


「私達も同じものは感じていた。《記憶をなくした一徹》に今後変わらず寄り添うことに臆病になってしまったんだ」


「それが、拒絶した理由?」


 場所は三縞駅内、日輪背負った阿修羅がモチーフの《スペースフロンティア》なるコーヒーショップ。


「守る。そう誓っていたはずだった。でも少し前から心身ともに距離が出来てしまって守れなくなった。物事はね、離れることでやっと見えてくるものもあるのさ」


 マグカップを両手にキャラメルマキアートを啜ったルーリィは胸の位置までカップを寄せ背もたれに体を預けた。


「この世界で再会したばかりの一徹は何もできない男の子だった。守ってあげなきゃ生きていけない。そんな一徹が、私にとってはとても可愛くて……でも全然違った」


「違う?」


「ボロボロになっても戦地を駆けずり回る。劣勢な状況で、蜘蛛の糸程の生存戦略を手繰り寄せ、何とか勝利する。一寸先は死の中でこれを何度も繰り返す。どれだけの絶望と恐怖に、《因果律》を擦り減らしてきたのか」


「《因果律》は擦り減った。幸か不幸か。だからこそ却って《因果律》は強くなった。私から見て、いえ、誰が見てもそれは同じ。凄い頼もしさを覚えるくらい」


「ねぇ、《記憶をなくした一徹今の一徹》は……目で背中を追ってしまうくらい惹かれるだろう?」


「ルーリィを前にして、私は何も言わない。でももしかして少しずつ変わっていく姿に『守れなかったんだ』って自分に失望したから、会わせる顔が無くて拒絶した?」


 周囲の席は盛り上がっていく。

 二人は重い空気ゆえ声すら沈んでしまうからなかなか聞き取れない。

 

 灯里は、はじめ向かい合っていた座位置をルーリィの真横に移した。


「失望したのもあるけど、死線をなんどもくぐり抜けて『弱くて何もできなかった』という殻を破り始めた事。『俺だってやれる』とね」


 参ったように、ルーリィは笑う。またため息をついて、肩を落とした。


「少しずつ積み上がった自信。やがてどんどん魅力的にしていく。私の一徹も、なかなかカッコイイんだ」


「《記憶をなくした山本》の事も、今のルーリィにとって『私の一徹』にしたいのね?」


「そのポテンシャルが現れてはじめて惚れ直したと言うか。奥底にそれが眠ってる可能性も考えず、《何もできない一徹像》を彼に強制したくせにね。そんなことを言える権利などなかったのさ」


「好きには違いない。でも、それはアイツの可能性を潰してきたことへの意趣返しにも感じた。だから……迷った」


「このまま想い続けてよいのかと。それに一徹はどんどん、私達から離れてしまう」


 堂々巡りにも思えるルーリィの話に灯里は首をかしげる。


 ルーリィはテーブルに乗った皿上のスコーンにおもむろに手を伸ばす。

 行儀悪いが、カカオ色な飲み物に小指をつけると、白い皿に縦書きで真ん中に線を一つ。


「左が、私達の故郷。右が桐桜華皇国」


 話しながら、スコーンを皿の左に移す。


「私たちの故郷にいたのは、《記憶をなくした一徹》と私。婚約者同士の二人と、山本小隊員だけ。それだけで私達は完結されていた。でも今は……」


 次だ。


「一徹は肉体こそ共有するものの、《因果律》は二分した」


「《記憶をなくす前》、《記憶をなくした》ね?」


 スコーンを半分に割ると1個は皿の外へ、1個を皿の右に。

 桐桜華皇国に来たことを指したいらしい。


「……魅卯少女が現れた。3組の皆に出会った。組員に出会った。私達だけものだった一徹が、急に私達以外との交流を持つことで活動の幅を広げていった」


「そういうこと」


「新しい誰かと会うたびに、一徹の役割は増えていく。お調子者ムードメーカーとして、強い兄貴分として、片想かたおも……」


「……え……?」


「いや、なんでも。一徹はその役割を全うしようと力を注ぎ込んでいった。元は私達だけだったはずの一徹が生きる環境と人間関係一徹のセカイ。やがて新出した者たちが、そのパイを持っていってしまう」


「それが今、極まった。役割を全うし続けた結果、更にとんでもない役割は与えられ、顔だって広くなりすぎた」 


 スゥと細く大きく息を吸ったルーリィ。マグカップをテーブルに置くと、大きなため息をつきながら、へそを中心軸とするように上半身を前に倒す。

 深く頭を下げた。


「……すめらぎだけは駄目だよ。一徹……」


 傍で見ていた灯里は、背中に手を置く。


「皇直下の特殊部隊隊長。陛下の御手への忠誠の口づけ。しかも、全国中継生放送の場で。私達の見てる目の前で」


「あの瞬間にね、私が《記憶をなくす前の一徹》とは別に、『私の一徹』にしたかった《記憶をなくした一徹》は、この国の皇と四國騒乱の平定を期待する国民たちによって私の手から取り上げられてしまった・・・・・・・・・・・・・・・・


「ルーリィ達にとっていい・・ヒトから、国の英雄へ……か」


「桐桜華に来なければずっと隣にいたはずの一徹が、随分遠い世界に生きるような存在になっちゃったじゃないか?」


「複雑。桐桜花皇国に来ざるを得なかったとしても、やはり来たことに後悔はしている……のに、この国に来れたから貴女たちは一から惚れ直した《記憶をなくした一徹今のアイツ》に出逢うことも出来た」


 端から見れば吐き気を催しているか腹痛に蹲っている様。灯里も知らずとして柔らかにゆっくりと、ルーリィの背中を掌でさすった。


「……まさか、私から見て最強にしか見えないルーリィに対してこんなこと言うとは思わなかった。怖いんでしょ?」


「あぁ……恐いよ?」


「今のルーリィには《記憶をなくした一徹今のアイツ》に対して想いが二つある。日々進化し魅力的になっていくことに目が離せない一方で、その存在感を押さえつけようとしていたことへの罪悪感が一つ」


「だから迷った」


「うん。綾人が玉響さんから聞いた、ルーリィとシャル教官が山本を拒絶した時まではルーリィの中でそんな思いが渦巻いていた。思い続けてたって、成就するような結末は訪れるはずもない」


「だから一徹も私から離れてしまった」


 この二人の状況に、店員が心配そうな顔で近付いてきた。気分が悪いかもしれないと心配しているのだ。


 薄く笑って掌をかざすことで「大丈夫です」と伝えた灯里。

 数秒沈黙したのち、両手でもって前かがみになったルーリィの上体を抱き起す。


「でもルーリィは『また間違ってしまった』って。想いの二つ目。皇と国の者たちが、ルーリィが言った『《この世界の主人公たちヤマトや私達》がふがいないせい』によってルーリィ達の手から山本を奪ったその時、改めて思い知ったのよ」


 抱き起されたルーリィ。両腕で自らを抱きしめていた。


「まったく。貴方たちが編入してきた時、私にとっては良い口実が来てくれたと思ったわよ」


「うん、そうだったんだろうね」


「ほぼほぼカップル確定。『って言うかもう付き合ってんじゃない?』って。ちょっと手伝ってあげるだけで自然に付き合い始めると思ったのに。カレカノになってくれたら、その波に乗って私もヤマトあの朴念仁にガンガン攻勢をかけるはずだった」


「迷惑……かけてる」


「ホント~よ。なのにあと半歩手前のとこまで来てた貴女達の関係は、おいそれと簡単に関わっていいものじゃなかった。貴女たち、本当に大恋愛過ぎるでしょ。恋愛小説か漫画か何か?」


「まるで安っぽいメロドラマだ」


「どうかしら。お高かろうが安かろうが、そこにメロが存在するのは事実じゃない」


「そう……だね」


 最初こそ正面に座っていた灯里は、いまや間隣り。

 身体をルーリィに預けて、横からルーリィを抱きしめる。


「灯里……」


「うん?」


「色々なものに、そして今回皇に奪われて、やっぱり一番強く残ったのは、ソレ・・だった。ハッキリ残った」


 少し前、灯里が壊れかけたその時、ルーリィが灯里を抱擁をしたことがあった。

 

「そう」


「私、私はやっぱり……」


 此度は違う。

 灯里の抱擁が、ルーリィを救うのだ。



「では引き続き破魔松はままつ方面の警戒をお願いします。志津岡しづおか市周辺における作戦協力に関しても」


『任されよう月城生徒会長。ちなみに今回の我々の協力について一つ、女皇陛下への口添えを宜しく』


「はい。それはもう」


 学園支給のノート型電子端末越しのオンライン会議を終えると、モニターから顔を挙げ、今自分がいる部屋にて同席する複数人に目を配る。


「じゃあ今日の打ち合わせは終了です。皆も解散してください。引き続きよろしくね」


『『『『『了解』』』』』

 

 応答と共に会議室からぞろぞろと出ていったのは、三年生たちの中でもリーダー格ばかり。


「政治的思惑というか、気疲れが多いな? 魅卯会長」


 残ったのはヤマトだけだった。


「ううん。文化祭の事件が良かったとは言えないけど、今回の全国的な《転召脅威》事象を前に、地元付き退魔衆との連携が見直される場面があって良かったと今では思えるかな」


「おかげで今回ばかりは、魔装士官制度に反目していた志津岡怨州駿雅退魔衆も必死になってくれている」


 先の10月。

 三縞校の文化祭で大規模な《転召脅威》が発生したとき、志津岡怨州駿雅退魔衆は傍観しているだけだった。


 《アンインバイテッド》に対抗する役目と力があることで、自らを人間の中で優等種と称する異能力者集団。元は妖魔や霊的存在に対抗して来た古来からの長い歴史もある。

 

 志津岡怨州駿雅退魔衆とは、地方ごとに根差した退魔師勢力集団の志津岡県版。


「志津岡は横に広いから、志津岡怨州駿雅退魔、正規魔装士官本職部隊、魔装士官学院三縞校私達で協力し合って行かないとカヴァー出来ないよ」


「それはそうかもしれないけど」


 守護対象は自らの縄張りのみ。

 時にはその仕事の対価に法外な報酬を取ることもある。

 稀有な存在である故、国から重宝されていたことで、退魔の家系は税金面でも優遇有りと利権甘い汁を啜り続けてきた。


 これでは日々発生する《転召脅威》に対する異能力者の人的流動性は悪いのだ。

 高給取りだが公務員として全国勤務有りの官職として設けられたのが、魔装士官制度だった。


 しかしそれではこれまでの退魔師の仕事を公務員が行うということになってしまう。

 存在感が薄れてしまうとして、地元付き退魔師たちは魔装士官制度及び、魔装士官訓練生を嫌悪するものだった。


 10月の文化祭事件時、地元退魔師のそんな反発態度を女皇が知ることになった。

 

「魅卯会長が志津岡怨州駿雅退魔の、陛下への執り成しをさせられる形になってしまってようだけど」


 何が一番恐ろしいって、その時に皇が見せた別地方の退魔衆、東北桜州退魔に対する怒りとその後の処遇。

 反面教師という奴。

 当時、志津岡怨州駿雅退魔は東北桜州退魔と距離を近くしていた。


 「同じ処遇だけは喰らいたくない」と。

 今このように魅卯をはじめとした三縞校と協力関係を結び、魅卯に対して「女皇陛下によろしくお伝えください」とフォローしてもらおうとしているのだ。


「『こんな頭でよけりゃ、幾らだって下げてやるさ!』なんてね」


「え?」


「『おべっかだって使ってやる。それで事がうまく進むなら、激安超安お買い得!』って、彼ならそう言ってたんじゃんないかな」


「彼……山本の事か?」


 面倒な立ち回りを強いられる魅卯を心配したのは事実として、その名前が上がったことはヤマトに取って複雑。

 顔は向け続けながら、気まずげに視線をあらぬ方へやるヤマトに、魅卯は悲しげに笑った。


「ねぇ、ヤマトくん」


「んっ?」


 だが、呼びかけることで再びヤマトの視線を自らに向けさせた魅卯は……


山本君は誰からも、何も取り上げてないよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・? それは石楠さんの事だって同じ・・・・・・・・・・・


「ッツ!!」


 一言で、ヤマトの耳を奪った。


「山本君に対して焦ってない?」


「焦っている? 俺が?」


なんでもヤマト君から、山本君が奪って・・・・・・・・・・・・・・・・・・しまう・・・


「あ……」


「私も気持ちは分かるなんて言ったら、ヤマト君は釈然としないと思う。でも、私も同じだったから。」


 絶句するヤマトの目尻は下がる。

 図星と言ったところ。


「私ねぇ? 文化祭のとき山本君と喧嘩したんだ。お互い、絶交までぶつけ合った。その時の私も、何でもかんでも山本君が奪ったように見えた」


 「自分もそうだった」と魅卯が言うから、ヤマトは捨て置けない。


 ヤマトの物腰から、話題に興味が持たれたとわかったからか、胸に手を当てため息をついた魅卯は「お茶しよう。ちょっと付き合ってよ」と、生徒会室の戸棚に踵を返す。


「あぁ、この話をする前に、前提があってね。私、私はやっぱり……」


 戸棚をゴソゴソ漁る、後ろ姿の魅卯はそのまま話を続けていく。

 

 後に続くセリフ。

 耳にしたと同時、ヤマトは目を見る見る大きくしていく。全身の毛穴が開いたか、身体中が暑くなり、ジュワっと至る所から汗が滲み出るのを感じた。
































































































































「「私、私はやっぱり……一徹の事を愛している/山本君のことが好き」」


 志津岡県三縞市。

 期せずして、市内は同じでそれぞれ違う場所にいる少女二人の発言が重なっていたことを知るものは居ない。


 少女二人は、女皇に話題の人物を取り上げられたと思っている。

 事実には違いない。が、話はそれで終わってはいないことをやはり二人が知る由もない。

 

 「ルーリィと魅卯から奪ってやった」と悦に浸っている女皇、日輪弦状四季ですら更に、四國の地で別の女に、一徹を盗られているのだから。












 










 




 

 


 








 

 



 



  


 







 

 

 ヤバい。

 やっぱスマホじゃルビ振りはじめ、キツい。


 PC買い替え、これ本気で念頭に入れるかな。

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