テストテストテスト156

『またこうして目通りが叶ったこと、恐悦至極に存じますわ鷺波様』


「特に意味は無いけ。気まぐれで呼びつけたのようなもんじゃき、勘違いせん……」


『クハっ♡ やっぱそうですろぉ! そや思っとりましたわっ』


「ッゥ!」


 初手、鷺波織葉の心中は穏やかじゃない。


『控えろっ! この下士風情がっ!?』


『スンマセン!』


 織葉の脇に立つ同級生が吠えるも、言われた側はあっけらかんとしたもの。


「随分吹っ切れたよや。四國校を落とされ、情けない体たらくを晒したキサンが」


『コイツぁ存外ぜよ。鷺波様ともあろうお方が、ワシの事を気にかけとったき』


『なわけなかろ。鷺波会長、調子乗っとぅぜこんガキャァ!?』


「落ち着けおまんら」


 織葉の前で両膝を床につけた、まとう制服が違う男子生徒一人。

 自分を前に、気負うことなく堂々としていた。


「そういえばキサンの他のモンは? 四國出身はあと数名いたはずじゃき」


『あん阿呆共はとてもとても、鷺波様の御前に出られるようなレベルにない』


『抜かすか! それを判断するのは鷺波会長やろが! 下士出のキサン如きがなん偉そうな……』


『あ〜あ、ス・マ・ン・き』


『き、キサン……ッ!?』


「五月蝿いんよおまんら。今ウチがこれと話しとん」


『チィッ!』


 四國校生はこの場に織葉のみ居るわけじゃない。

 少なく見積もって10人以上。織葉以外の全てが憤慨してるが、その前に座す三縞校男子一人は飄々としたもの。

 

「話は分かった。で? 他のモンは息災や?」


『元気しゆうぜ。四國校落とされ三縞校に流れ着いとん。じゃが悔しさ抱えるどころか日々大爆笑。救いようのないアホタレじゃ』


「そん阿呆たれの中に、キサンも含まれちゅうないがか?」


『ワシはそもそも四國校入学ラインに足りんかったアホタレですき。今更っちゅう……』


『ダアホ! オノレはもっと怖がれ言うとんじゃ!?』


『グウッ!?』


 二年前、四國に居るときは織葉が視線向けただけで怯え恐縮したはずの男子。志津岡しずおかに行って随分様変わりしていた

 織葉は違和感。織葉をリーダーと付き従う四國校生達は、許せなかったようだ。


 それはそうだ。

 まだ目の前の男子訓練生が四國にいた時、織葉は眼中に無い。仮にあったとして、支配下男子Zの様な扱いをしていた。

 そう《支配下男子Z末端》だったのだ。


 ならば今のやりとりは過ぎた生意気。

 だから織葉の側に控えていた四國校の男子生徒は、男子Zの後頭部を思い切り掌で押し、顔面を床に叩きつけた。


『どや! 少しは立場ってもんが……』


 刺激的場面。 

 織葉以外、その場にいた四國生は皆笑って見ていた。


『クックク……』


『んなぁっ!?』


 ……件の男子Zが、鼻から血を滝のように流しながら歯をニィと笑い出すまでの話だ。


『オイオイ、まさかこんなモンじゃないろ?』


『き、キサ……』


『まっこと足らんき! 兄貴のゲンコの比じゃないとぜ!』


 やられたくせ、男子Zが見せる楽しげな笑み。なんと猟奇的な事か。

 目にした織葉はブルリと震えた。そして実感した。織葉の元を離れ2年。確かにあの男・・・の下にいるのだと。


「やめぇ。仮にも奴は三縞校。《山本組》とは共闘関係も結んどぅ」


『チィッ! 運良かったなキサン!』


『いやぁ仰る通りじゃ。運が良いぜワシ』


 取り繕うように笑っていた。勿論未だ血は止まってないにも関わらずだ。


「下がって良い」


『ハハァッ!』


 四國校同胞の怒りは収まってないようだが、それでもこの段を終わらせた。

 織葉は溜息を禁じえない。せっかく色々と、例えば山本一徹がどんな奴か聞こうとしたのに、ただ呼ぶだけで終わってしまったではないか。


 血を流したままの男子Zは、媚を売るようにニヘラ笑いながら何度となくペコペコ頭下げ、その場を離れた。



『まっこと四國校落ちとって良かったわ。三縞に行っとらな間違いなく今回の《転召脅威》で死んでたぜよ』


 男子Zは、織葉や傍の者達から離れて初めてため息をつけた。未だ鼻血止まらぬ鼻で笑った。

 故郷から島流れで三縞に来た時は辛かったが、今はそれが幸運だと思えるのだ。


『あにさまっ!?』


『ん?』


 仲間のもとに戻る前、顔の血を洗い流そうとトイレに行こうとした時に声を掛けられた。

 ここは男子Zの地元。知り合いに出会うことは往々にしてある。

 

『やっぱりあにさまですっ!』


 声を掛けてきたのは四國校女子訓練生の様だが、男子Zには見覚えが……


『お? もしかして……』


 無いと断じる前に思い出した。


『デカくなったのぅ。もう小娘とは呼べんぜ』


『それはそうです。あにさまが高智を出た2年前、ウチは中2だったんですよ?』


 それは男子Zが幼い頃から仲良くして、たまに面倒も見てきた女の子だった。


『どうしたんです?』


『あ、いや……』


 はじめは久々の再会に驚いたものの、話すうちに気恥ずかしさを覚えた。

 2年前はまだまだ子供としか見えなかったが、成長して随分大人びた。

 友達とか幼馴染としての見方から、正しく年頃の近い女の子とも見てしまいそうで厄介だ。


『っていうか、なんぜそんな喋りよるん? まるで桐京人ぜ?』


『あにさまは全く変わりませんね。四國から本州に移られたので、てっきり標準語に変わってると思ったんですけど……』


『ワシはそんな簡単に都会にゃ染まらんぜ。そもそも三縞校は志津岡じゃき。住処で言葉が変わるなら、次扱うんは駿雅するが弁になるろ?』


『え〜? この2年であにさまはきっと洗練されてると思ったのにぃ。それじゃいつか上京するために標準語を勉強した意味無かったなぁ』


『おまん、皇都に行きたいがか?』


 何というか、ハナタレ小娘だと思ってた女の子が、とても可愛く成長してるではないか。


 ……だからだ……


「お、おい、どうしたん!」


 笑顔で駆け寄ってきた少女と久しく会話をやり取りして程なく。


『皆……死んじゃった』


『ッ!?』


 少女が笑顔のまま、ボロボロと涙を流し始めたことに、男子Zは狼狽えた。


『皆死んじゃいました。小さいときから、あにさまとも良く遊んでたあの娘も。 小学校や中学校で通学路が同じだったアイツも』


『そりゃぁ……』


『先ずは下士出身から戦場に投入されたんです! 上士のお家の皆様は、私らに戦略を下す将官だからって拠点から眺めるだけでっ!』


 とうとう、涙する笑顔は、完全に悲しみに破顔していくではないか。


『どんどん倒れていった。最初の方は共に戦ってくれた、訓練生ら出身退魔士家系大人達も、下士家系が軒並み戦えなくなって、残った上士家系は沈黙するのみになった』


『ぎっ!?』


 男子Zもショックを禁じえない。

 今の話、ならば自らの家族も戦場で命散らしたのではないかと。


『同世代で昔から馴染みのある、同じ家格出身者はもう、あにさまだけになっちゃいました』


『お……い?』


『私もみんなと、あにさまのように他の学院に行けば良かったな……ヒグッ! ヒィッ!?』


 なるほど、少女が喜び勇んで声を掛けて来た意味がわかった。

 それは四國高智にいては決して逃れられぬしがらみだった。

 上士と下士。

 退魔家格の序列が、物事への強制と悲劇を生んだ。

 それが、《山本組》が高智県に降り立つ直前までの、《アンインバイテッド》抵抗勢力の崩壊という悲劇を引き起こした。


 本当はただ嬉しくて飛び出してきたんじゃない。

 どこにもぶつけられない憤りを、男子Zの胸に飛び込んで吐き出したかったのだ。


「……女の子泣かすのはアウトだと思ふ。うん」


『『え゛っ?』』

  

 抱きつかれ男子Zはどうしたものかと悩みそうなところ、フラットな声一つ。


『あ、兄貴?』


「予想外の展開だねどうも。ここはお前の地元、で、こんな形であっても帰省にゃ違いねぇ。鷺波さんに呼び出しを食らったって他の舎弟どもから聞いたんで、気になって探して見たわけだけど」


『す、スマンき。ご心配をお掛けして』


「いやぁ、いやいや。一層気になるわ」


 女の子に抱き着かれている場面を間近で見ているはずの新たな声の主。おもむろに掌を伸ばすと、男子Zの両頬を5指で強めに挟みながら、


「お前、その鼻ど〜したよ?」


『あ、いやこれは……』


 顔の中心を怪訝な顔で見つめてきた。


「んでもって可愛いかぁいい娘に抱きつかれてるじゃない。筋肉ゴリラ〜の、イケメンの域にはとてもとても届かないお前が」


 男子Zの兄貴分。今の彼にとって、仰ぐべきは織葉ではない。


「いや、でも鼻をやられたことで、少しはイケメンになったかもな」


 心配してみせるが、ニカッと笑って見せてフォローも入れた。


『紹介しゆうがぜよ。コイツは一個下の幼馴染ですわ』


『あにさま、こん無力無能は?』


『お、おまんはっ!? 失礼抜かすな! ワシの兄貴ぜ!?』


『あにさまの、兄貴様?』


 知らないとはいえ、いきなり幼馴染少女がぶつけたことに、男子Zは大慌て。

 四國校の者より、三縞校での人間関係を意識してる証明だった。


「山本一徹。なんの因果か知らないが、そいつの兄貴分をさせて貰ってる。よ〜ろし〜くねっ!」


 無力無能は蔑称だ。

 それでも一徹は何も聞かなかったかのようにニッコリ笑う。何なら両手人差し指を自らの両頬に付け、首を傾けた。

 かわいらしさをアピールしているのだろうが、全然可愛くなかった。


「さてぇ? チラッと聞こえちまった。お前さんの家族も、ヤバいんじゃねぇかって」


『そ、それがつわもんの常じゃき。《アンインバイテッド》が近年出現してなきゃ、ワシらは古くから妖魔と命のやり取りしとん。その家のもんとして、覚悟の一つ二つできとぉ』


「バ・カ・ヤ・ロ。それと心配しねぇってのは別なんだよ。三縞校文化祭期間中、全組員の親父さん、お袋さんが挨拶に来てくれたこともある。《山本組》系親戚団体、《保護者会》。そりゃ決して俺にとっても他人事じゃないのよ」


 男子Zにとっては山本一徹は憧れの漢だった。漢がホレる漢。


「死亡確定の情報を耳にするまで諦めんなよ。仮にそうだとしたらそうだな……話くらい聞かせて頂戴よ。口にして打ち明けるだけで、少なからず気は晴れる。全部は無理でもな」


いつかこうなりたいと思っている故、心配かけさせたくない。


「俺も記憶喪失時に家族を失ってる。ま、家族の記憶が無い故の喪った痛みは分からないだろうけど、それでも、ね?」

 

 一徹は、しかして心配することをやめてくれなかった。

 男子Zの肩をポンと叩き、薄く笑って告げてくる。


『あっ……(ありがとうございま)ッス!』

 

 あぁそうだったと男子Zは考えを改める。

 心配かけさせたくないのが男子Zの本音だが、心配も迷惑もかけてもらって初めて兄貴分でありリーダーであるというスタイルを、山本一徹は自然と確立していることを思いだした。


「ま、鼻は出血量に比べ大したことなさそうだ。お前が『気にするな』っつーならそうする。なんぞこの場にいても若い男女二人のお邪魔になっちゃあいけねぇや」


『あ、兄貴ぃ』


 よかった。兄貴分はおどけることで強張った空気を解こうとしてくれている。

 道化を演じて見せることで、幼馴染少女も気持ちが落ち着いたのは男子Zもホッとしたところ。


『んじゃ、あとはしっぽりたっぷりごゆっく……』


 場が少し収まったのを感じ取ったか、兄貴一徹はいやらしい笑みを浮かべ踵をかえした……ときだった。


『おうっ! 追放されたゴミが帰ってきたっちゅう話は本当じゃきっ!』


『そこのキサンら二人、離れんかい! 雑魚が移るわっ!』


 男子Z自らと、兄貴分に対して、容赦ない侮蔑がぶつけられた。

 怒声のもと、男子Zにとって見覚えのある同年齢四國男子訓練生が威勢よく数人近づいてきた。


『あ、兄貴、この場から離れ取ってください』


「さてぇ? どうみてもあちらさんの昂ぶりは、ゆめゆめお前さんをこの場に残すべきじゃないと思わせるんだが?」


お頼み申します・・・・・・・


 嫌な予感しか男子Zはしない。兄貴分はきっと共感してくれていると分かったうえで、言葉も改め願い出た。

 この後の展開が予測できた。向こう側は辿り着くなり男子Zを昔のように扱き下ろしまくるだろう。

 そんな情けない場面を、兄貴分に晒したくはなかった。


「良くは分からんが、あんまり相手にすんなよ? お前が相手すべきは《転召脅威》に対してだ。そこんとこ間違えんな」


『わかっとります』


 場を和ませるためのおどけた素振りはない。真剣なまなざしを向ける一徹に対して、男子Zは取り繕うように笑って返した。

 背中を一つ軽く叩き、そうして兄貴分は今度こそ姿を消した。


『なんじゃ、おまんは残れたがか?』


『相も変わらず下士っちゅうんわドMじゃぜ』


『サドッ気をうずかせるぜよ。笑かすなゴミが』


 一徹の姿が消え、その気配が感じられなくなるまで、一徹が消えていった方向に目を向けた男子Z。


『きゃあっ!?』


 彼に抱き着いていた女子訓練生は、無理やり数人の四國男子生に引きはがされた。

 それなのに……


『ご、ご無沙汰しとります。上士皆様方、ご機嫌如何ですろ?』


 男子Zは迎合し、深々と頭を下げた。媚びた笑みを浮かべていた。



「上士と下士ですか?」


「あぁ、高智が出身の舎弟が何人かいてさ。2年生の一人が鷺波会長に呼び出しを喰らったってんで気になって声を掛けてみたんだが、その時そんな単語を耳にして」


 四國出身の後輩2年と別れ、合流したエリィにその話をしてしまった。

 エリィは耳にしてハッと目を見開くと、スイっと細める。


「何か知ってるっぽいね?」


「一応、聞いたことあるレベルではありますが……」


 流し目長に、俺から視線を外すのが俺を苦しくさせた。


「上士と下士って言ったら、まるで幕末土佐藩じゃない。穢土から明治に時代を切り開いた、『また明日あいたじゃ』的な」


「士族、いえ、無力無能者の侍集団の上下、確かにその時無くなったようです」


「……って言ったか? じゃあまさか異能力者集団じゃ」


「はい。高智土着の退魔衆では、いまだその因習は続いています」


 なるほどだ。なんであの時後輩が俺をその場から追い出したかったのか、その理由がわかった。


「しがらみってことか」


 くだらないことこの上ない。

 いやもしかしたら、上下の別があることが良い面もあって、それは地元の者しか分からないこともあるから、別の土地の人間が談じちゃいけないかもしれない。

 

「《アンインバイテッド》に対抗するに、上も下もないでしょうよ」


 だが、現状を鑑みるに、最適なのは上下の別なく協力、連携関係を結べることが最良にしか思えなかった。

 

「いや、命令を出す側、実働部隊に分かれていると考えれば……」


「そんな甘いものではないようです」


「うん?」


「先ほど一徹様の後輩訓練生の何人かに聞きました。どうやら討滅した四國校の3分の1ほとんどすべてが、下士家系出身だったとのこと」


「……あ゛?」


 耳に入る。無意識的な反応は、自分でもビックリするほど不快感を孕んでいた。


「戦場に何も考えず配備してきた手ごまの数が減った。いよいよこれまでは命令するだけだった上士が戦地に投入することになったのは、私達がこの地に降り立つちょっと前だそうです」

 

 スゥっと息を胸に取り込んで、フゥっと一気に吐き切る。

 これを何度か繰り返した。集中した。

 呼吸をもった意識と感情のコントロールに務めた。でなければ速攻プッツン「鷺波だせやぁ!」となりかねなかった。


「ヒデェわ」


「です。でも多かれ少なかれ、そういったものは他のエリアにも存在します」


「あぁ、そうなんだろうね」


(例えば、東北桜州退魔。あの地方一体の頭領家、久我舘の圧倒的な権威の前に、月城家や胡桃音家なんか他の東北桜州退魔衆家系は頭があがらない)


 あかん。思わず両掌で顔を覆っちゃう。

 そういうしがらみはどうしようもないことを俺は知っていた。

 

(月城さんが久我舘の恐怖から解き放たれたのは、久我舘の策謀を四季に知られて咎められ、東北桜州退魔の誇りを貶めた罪悪感と後ろめたさを抱える一方、月城さんが英雄的扱いを受けた待遇の差によるものだし)


 あれは結局、皇が何とかしたに過ぎない。

 それ以外、誰がどうしようがどうにもならないだろう。


「或いは月城さんに相談したら、いい知恵が返ってくるのかな?」


「一徹様、ツ・キ・シ・ロ・というのは?」


「あぁ、うん。いやなんでもないんだよ」


 不意に名前が出ちまう。

 エリィに申し訳ない。いきなり知らない名前がこの会話の流れに出てきたから、何かを図りかねているのか、いつも柔らかな雰囲気が急に鋭くなったかのような。


「やっぱり、強いのか?」


「えっ?」


東北地方某エリア久我舘隆蓮とっつぁん坊やってのが常に偉そうだったわけよ。その出身ってぇのが、東北地方某エリア退魔衆の頭領。その地最強の退魔家系だった」


「やはり第一は異能力の強さです。その意味なら、鷺波という家名も四國では知らぬ者はいない。ゆえに生徒会長に息女が就いたのも当然の帰結。強い家系は、次代に更なる強い力で繋げたいとします。だから……」


「異能力の強い者同士で掛け合わせる。二人の力を相乗して受け継いだ、更に強い子供をこさえる為に」


(それが、久我舘隆蓮が月城さんを婚約者にした理由だった)


「同じことが上士にも当てはめられます」


「上士家系は強い者同士の婚姻でどんどん異能の力を増していく。対してそんな力を持つほどの男女どちらかが下士家系と跡継ぎを作る例は少ない。こと、異能力の差はどんどん開く」


「そして異能力者の評価がその力の強さを基準とする以上……」


「現代までも続く上士と下士の階級は絶対である……か?」


 ほんに俺、志津岡の三縞校に入れて運が良かったと思わざるを得ない。

 上士と下士もない。なんなら地元の士官学院に入れずに三縞校に流れ着いたのは出来損ない集団。

 同じ立場で仲良しこよし、お手て繋いで楽しい学院生活を享受できた。

 異能力者としての落ちこぼればかりが集うゆえ、只一人無能力者であった俺に対しても懐が広かった。

 

(ミリでも異能力があるからって、ミリも異能力が無かった俺を受け入れてくれ背景には、上士から下士への苛烈な仕打ちに対して辛い経験もあったからなんだろうな)


「でも……さぁ、猶更おかしいでしょうよ。上士ってなぁ……強いんでしょう?」


「一徹様も、そのジレンマに気付かれましたね?」


「普通さ、下士より強い力を保持するなら、上士がなによりもまず、戦場に出るべきじゃあないのよ」


 イケナイ。

 もう一度思いっきり深呼吸した。

 今回の大規模事象により、四國高智が壊滅的な危機にあるのは理解できる。でも、既得権益とか古いやり方に縛られた戦の展開の仕方によって、これほど人死にが出たのも事実だった。


(上士が下士より異能力が強いんだ。先に出て奮闘してくれていたら、下士ゆえ力が足りず犠牲になった者はもっと少なかったんじゃねぇのか?)


「ありがとうエリィ。説明、凄く分かりやすかった」

 

 なんだろうね。

 俺は三縞校。この地を守ってきたはずの訓練生は四國校。

 場所と学院名が違うだけで、魔装士官学院訓練生という意味では同じ立場のはずなのに……


(いたずらに人死にを出しやがったな? やべぇなぁ。共闘関係こそ結んだけんども……ちょっ、この戦場での付き合い方を考える必要があるね。俺に手を貸してくれる皆へ、へんな被害が出ないように)


 四國校のこと、嫌いになりそうだ。


「一徹様」


「ん?」


「あまり思いつめないでくださいね?」


「へ?」


「一徹様は、多くの命を背負う。その為にあらゆる面に気を配る。付いてきた方々が後輩の皆さまでは、先輩として心配させないよう必死になるでしょう?」


「ッツ!?」


「そんな時、いつでも私を使ってください」


「おっとぉ?」


「何が出来るとも知れない。でも、私でよければお話し相手になれますから。話すだけで、随分気持ちはまぎれるんです」


 上士と下士の話に負の感情が胸に渦巻き始めたその時、エリィの一言は胸に一辻の風を通した心地だった。


「あ、はは。ちょっと……ズルい。エリィ」


「ズルい……ですか?」


「『気にせず頼れ』って凄く心強い。それは俺も後輩にちょくちょく使う、ある意味じゃ口説き文句。さっき気にかけてた2年の高智出身舎弟にも同じこと言った」


「それは……ゴメンナサイ。ズルかったですね」


「おう、ズル過ぎる」


「「アッハハハハ」」


 今の話、胸糞悪かった……から、却って強調したものが俺の中にあった。

 エリィ、彼女の存在は、この戦場でとてつもなく得難いのだと。


(はてさてぇ? おかしいね。まだ出逢ってから24時間……経つか経たないかのはずなんだが……)


『『『『『兄貴ッ!』』』』』


 そんなこと思っていたものも、絶叫に吹きとばされてしまう。

 呼びかけてきたのは、数名の組員たち。


「う・し・た?」


『『『『『喧嘩じゃけぇ/やで/ですたい/だばぁって/だっぺよ!』』』』』


 物凄い剣幕じゃあないですのん。


『四國校のガキども、《山本組》んことアイツに向かって扱き下ろしてきよろうもん!』


『高智が自分らのシマやからとえっらそうに!』


バカ共フラーが! 三縞校よそ様をからかうとか、どんな了見してるばぁって!?』


『あまつさえ兄貴のことまで中傷してくるけぇ! いっそのこと畳んじまいますかいのぅっ!?』


『県警と陸上自衛隊駐屯は俺らん側にあるっぺ戦力は十分! なんなら四國校はここでオロシて《アンインバイテッド》を釣る餌にでもすーべーよっ!?』


 あまりの猛々しさに、俺も一瞬ポカン。


「クックック……」


 やがてなにか楽しくなってきちゃって笑いがこみ上げ、止まらなくなってきちゃった。


「いやはや、お前らサイコー」


 奴らの怒りが、俺の先ほど抱えていた怒りをすくいあげたものではないことは分かってる。

 でも、それでも確かに四國校に激怒している事実は、俺の代理で怒ってくれているようにも思えて、幾分も胸がスカッとした。


「俺もこれからその場に行くわ。先に言っておくが、お前らはまだ手ぇ出すなよ?」


(ホント、好きだわぁコイツラのこのバカさ加減)


「ちょっと行ってくる。エリィ」


「いえ、お供させてください」


「その先にあるのは醜い醜い人間同士の小競り合いだよ?」


「喧嘩となれば怪我人も出ましょう。わたくしが治療します」


「ソイツぁ助かるけど……いや、うん、迷惑をかけるね」


 嬉しかった理由は、呼びかけてきた舎弟どもが俺の代わりに怒ってくれたように見えるだけじゃない。


(上士と下士の関係性は絶対。歯向かうってぇのはまず100%考えられない……のに。あのバカ、無茶しやがった)


 先ほど残した2年舎弟が、キレたって言うじゃない。

 相手方に喧嘩を吹っかける為に、どれほどの決断と勇気を絞り出してくれたのだろう。しかも、《山本組俺たち》のためにだ。


(つまりそれほどアイツにとっちゃ、この組や、三縞校の仲間を大事に思ってくれてたってこった。嬉しいじゃあないの)


 それほどの男気を見せてくれたアイツに対して、俺達が知らぬ存ぜぬってぇのは、同志としてあっちゃならねぇや。


「うしゃっ、テメェら見に行こうぜ? 高知出身2年生組員あの野郎の晴れ舞台だ。奴ぁ、高知出身退魔下士家系の身分より、今この時、三縞校生にして《山本組》若衆としての身分を選んでくれやがったらしい」


『『『『『っしゃあああああ!?』』』』』


 ウチの組は色んな地方からの出身が集っている。高智の上士、下士の関係性に似たような因習に身を置いていた奴もいるだろう。

 だから今回の反乱は、組員の多くに思わせるところもあるかもしれない。


 「この小競り合いはどうなっちゃうのかなぁ」とか、意外と俺もワクワクしてる。俺に続く後輩共も何かを期待していた。

 まさかね、その場所に向かう俺の後ろには、ドンドン組員が集まってきた。

 火種となる場まで、俺は《山本組百鬼夜行》を引き連れる。


 ちょっと待ってよ。

 今は一度撤退したけんども、《アンインバイテッド》軍勢がいつまた襲ってくるか分からないってぇのに。

 やれやれだね。どうも。

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