テストテストテスト146

 午前6時。

 志津岡県三縞市。

 第三魔装士官学院三縞校へと続く通学路。


『お、おいアレ……』


『今日からまた登校なんだ山セン。でも……』


 気持ちの悪い空気が蔓延していた。


 一徹が一週間ぶりに三縞校に登校しようとしている。

 いつもなら途中に《山本組》大集団が待ち構えており、「おはようございます兄貴!」と合流たちまち挨拶は重なり、一徹が軍団を率いて学院に向かう。


 今日は……違う。

 なぜかは知らないが、通学路に置いて人が増え始める地点に置いて、もはや一徹は《山本組》の全員を既に率いていた。


『何だろ。今日の徹っちん、何か恐い?』


『というか最近の山本は分からねぇよ。なんか性格が安定していないっつーか』


 一月ほど前から一徹の肉体は《記憶を失う前本来の一徹》が支配している。しかしそのことを知っている者は、魅卯と三組と山本組関係者以外にいない。


 一軍を率いる一徹は、余念のない神妙な顔をしていて、率いられる組員たちも同じ顏。


 集団からは威圧感も醸し出され、様子を見ていた周りの通学中の訓練生たちまで声のトーンを落とさせた。


『おはようございまぁす! 芸能誌、《週刊今昔》の……』


『《黄昏TV》のリポーターです! 同じ学院のルーリィさんとシャリエールさんの熱愛報道について、何か一言頂けませんか?』

 

 しかし一徹の存在を、まともに知るはずのない記者たちはその限りではない。

 調子よく、一徹のことも数あるその他大勢の三縞校訓練生の一人と見立て、取材を敢行しようとした……が……


『ったくぅ、一体誰に対して話聞きだそうとしてるんですかい?』


『スマンですかいのぅ。ノーコメントや』


『リーチにゃ違いないが、残念だばぁって』


『余計なこと言ってんじゃん。リップサービスも過ぎんべ?』


『無駄に口を開くものじゃありません』


 一徹に心酔する5人の古参幹部衆。一徹の後ろに続いていた状態から前に出、壁役として取材陣の攻勢へ防いだ。


「申し訳ございませんが、これ以上目の前を立ちふさがらぬよう」


 そうして、古参幹部衆の後ろに守られていた一徹の左隣。

 タッパも高い一徹の足並みに揃えようと、少しだけ早足になっている紗千香が静かに口を開く。


「他の訓練生と違い、我らは作戦中です・・・・・・・・。これ以上は妨害と見なし拘束。《対転脅》からそちらの所属に抗議と処分をせざるを得なくなります。宜しいですね?」


『『『『『ッツゥ!?』』』』』


 同じく真剣な表情を崩さない紗千香の発言がトドメ。


 「宜しいですか?」との許可を求める者ではない。

 「宜しいですね?」とは、既に決まったことに対し、「後はお前たち次第だ」と告げているに等しかった。


 発言に匂う暴力性。


 下手すれば「国が民間を脅迫するのか」と言われてもおかしくない。

 だがそれを許さない程の覇気が、百人超から漏れ出ている。


 取材陣らは不快気な顏で歯を食いしばり、引きさがるしかなかった。


「ん、間違いなく不在だった今日までの一週間に何かあった」


「怖い顔しているよ。って事は……《記憶を失った一徹僕たちの山本》じゃないってこと?」


「《山本組》が一緒にいることがわからせないんです。《記憶を失う前の一徹本来の山本さん》では、《山本組》も付いて行かないはずですのに」


「わからん。縁が……掴めん。《記憶を失う前の一徹本来の山本》に対し、俺は縁を感じない。が、今歩く山本に、少なからず縁を感じる」


「な、なら《記憶を失った一徹僕たちの山本》ってことなんじゃないの?」


 通学路で一徹が三組と鉢合わせしたら、一徹は満面の笑みで「おっはよ~我が愛しの三年三組マイスイートたち♡」と呼びかけたはず。


 その挨拶をかわせないまま、三組生らは通学路で一人また一人集結する。

 

 一徹が行軍を率いる違和感たっぷりの光景に、皆が首をひねらせた。


「蓮静院、君は何か知っているんじゃないか? 山本が一週間滞在した桐京は、いわば君の領地だ」


「知っていたら苦労せん。大規模な《転召脅威》は皇都も免れなかった。山本の身に何かなかったと方々に聞いたが、一様にして『知らぬ、存ぜぬ』だ。灯里の方は?」


「綾人と同じ。石楠グループ本社に問い合わせてみた。父様はじめとして誰も、風音も、『何も情報は無い』って」


「ネーヴィスと宗次は基本的に俺達の傍付き。昨日時点で皇都に居なければそれも頷けるが……」


「と、そう言えば玉響さんは? その、元婚約者に状況を聞けるかと言ったら微妙でしょうけど」


 片や関東退魔大家の御曹司、方や世界を股にかけるメガ企業のご令嬢。

 三組では1,2位を争う情報通な灯里と綾人の会話に、三組生皆が注目した。


「綾人?」


「一つだけ、教えてくれた。聞き捨てならん内容だ」


 灯里が眉をひそめたのは、綾人が苦々しげな顔を見せたからだ。


トリスクトとシャル教官の二人・・・・・・・・・・・・・・山本の事を拒絶した・・・・・・・・・……とな」


「「「「「「ッツゥ!?」」」」」」


 さぁ、爆弾発言。

 

「何があった山本。一体……何が起きている?」


 全員が衝撃を受けるさなか、ヤマト一人小さくつぶやいた。


 その発言は心配ゆえか。


 友達ゆえの心配か。友達という間柄は無理あるかもしれない。

 ヤマトは、一徹が灯里を寝取った見立てている。


 なら一個の訓練生として、情報と状況把握に努めたい故かもしれない



 同時刻

 

『両訓練生、間もなく廣縞入りする。戦闘準備……チッ。言葉も交わしたくないかよ』


 既に近畿地方を抜けた黒塗りのトレーラーコンテナの中に、ナルナイとアルシオーネはいた。


「ねぇ、もういい加減、訓練生辞めたいよ」


「いいぜ。ナルナイが辞めたいってなら辞めちまえ。俺も続いてやる。一人にゃさせねぇよ」


 二人は、入学式からの丸一か月の新入生合同訓練合宿ブートキャンプで全国1,2位を争った。


 誰もが戦闘力を認めていた。


 夏祭り、文化祭……だけじゃない。

 東北桜州地方で大規模な《転召脅威》が発生した際、戦場に駆り出され、多大な功績を示した。


 ゆえに今、同じく《転召脅威》の災い酷い廣縞に向かわされていた。

 もはや訓練生のレベルではない。

 正規魔装士官すら軽く超越した、一大戦力だと評価されているからだ。


「私達がどんなに頑張ったって意味ないじゃない。意味ないどころじゃない。本当は私達が出張って人々を助けるべきじゃない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。《アンインバイテッド》には、殺させなきゃ・・・・・・


「あぁ、本来は死ぬべき命・・・・・・・・……だもんな」


「私達が頑張れば、その評価は兄さまの評価へと繋がる。学院長や《対転脅》からはそう言われてやって来た。でも……」


 トレーラー内のソファに座るうつむきがちなナルナイ。


「《記憶を失った一徹兄さま》は《記憶を失った一徹本来の兄さま》に乗っ取られてしまった。《記憶を失った一徹兄さま》を返して貰えても、まともに会えやしない。なら……」


 膝に乗せた拳をぎゅっと握り固めた。


「私達、何のためにこの世界にいるんだろうね?」


「ナルナイ」


「最初は、《記憶を失った一徹兄さま》に精神的負担が少ない形で記憶を取り戻させ、好きだった《記憶を失った一徹本来の兄さま》と再会するためにこの世界に来たはずだった」


「だなぁ」


「でも私は、一緒に過ごすうちに《記憶を失った一徹兄さま》の方が好きになってしまった。この時点で当初の目的は立ち消えてしまったのに、更に今はもう、どちらの兄さまにもお会いすること叶わない」


 悲嘆にくれるナルナイの身体を、アルシオーネはぎゅうっと抱くしかできなかった。


 二人は、鬱屈したものを胸に抱きながら、廣縞で戦うことしか許されない。



 午前3時に時間を遡る。


 三泉温泉ホテル敷地内の、トモカ夫婦が暮らす母屋の居間。


「ふざけないでっ!」


「ッツ!?」


 《対転脅》長官、有栖刻忠勝の横っ面は叩き弾かれた。


 状況は並々ならぬ。


 平手打ちを喰らってなお黙っている有栖刻長官。

 まさか叩かれるとも思わなかっただろうネネは驚愕した顔で絶句した。


 平机挟んで二人の正面にいるトモカは、身体を前のめりにして怒りにゆがんだ顔で息を荒くしている。

 目を閉じて腕を組むトモカの旦那は、歯を食いしばって眉間にシワを刻み過ぎていた。


 まだ深夜にも違いないなか、突然すぎる来客。


 《対転脅》長官という要職すぎる要職ゆえ、失礼すぎた時間での来訪に怒りを抑え込んだ二人も、とうとう出された話に我慢できなかった。


 そもそも木之元ネネが無害とは言え、香りで眠りに惑わせる薬を夫婦の赤子に使った時点で、臨界点に来ていたというのに。


「こらえてください。これは……とてもとても名誉なことなのです」


「名誉っ!? 名誉ぉォォォッツ!」


 ネネが宥めようとしても、一言は失言だった。


「そうよね。名誉でしょうね。その名誉とやらで、誰かの功績で、のし上がってきたのがアンタだからっ!? 有栖刻!」


「ぐっ!?」


「前回それで上がった階級は1階級!? あぁ、違うかっ!?」


 身を乗り出したトモカは、此度有栖刻長官の首襟を右手で掴んで引き寄せた。


「良いご身分じゃない! ただでさえ元大臣の孫娘と結婚し、他人の名誉を食いつぶして自らの評価に飲み下したアンタは、鳴り物入りで防衛所へと鞍替えた。立ち上がった新設部署、最年少で長官職ですって!?」


「……え?」


 怒りも度が過ぎることよりも、トモカの発言にネネは固まってしまう。


また、見殺しにするの・・・・・・・・・・?」


 皇の傍付きとして、皇に使える長官の経歴を文書で見たことはある。

 しかし、バックグラウンドを知る者がどうやらトモカであること、出てくる話は色々聞き捨てならないことばかりだった。


「あの人を返してよ! くだらない規定に縛り付けられて何もできなかったアンタの尻拭いをして、この世からいなくなってしまった私のあの人を・・・・・・!?」


 4人の話、極まれり。


 長官の顔を引き寄せ、至近距離から怒鳴り散らかした発狂レベルのトモカ。

 長官を突き飛ばし、興奮したままその場からいなくなってしまう。


 「私のあの人」がパワーワード。

 ただでさえ眉間にシワを寄せまくった目を閉じて歯を食いしばっていたトモカの旦那は目を開ける。


「だから言ったろうが。もう二度と俺たちの前に顔を見せるなと」


 腕を組んでいて良かった。でなければ、手が出ていたはず。


「見せた途端、出された話がこれかよ」


 目を開けたトモカ旦那の表情は、まるで阿修羅の様な、憤怒の形相。


 スゥっと立ち上がると……


「テメェら、とっとと出てけや」 


 それだけ言い残して、トモカを追うようにその場から姿を消した。


 トンでも展開にネネは強張ってしまう。

 黙って全てを受け止めた長官……スゥっと、誰もいない正面に向けて深々と土下座した。


 ☆


 午前2時45分頃。


『あぁ母さん? ゴメンこんな遅い時間に。ちょっと話せない? あ、父さんとも話したいから、起こしてくれない? チビたちは……いいや』


 三縞校男子学生寮。

 男子寮は女子寮と違って個室タイプではなくドミトリー式。


 ルームメイトに五月蠅くあってはいけないと、廊下に出て学院支給携帯端末を耳に当てたのは、《山本組》の1年生。


 困惑気な声色が通話先から聞こえてきて、男子生徒は苦笑してしまう。


「ちょっとね、時間が許す限り声が聞きたかった。最後・・……かもしれないから・・・・・・・・


 ため息をついたのは、感慨深かったから。


 ☆


 午前2時30分頃。


『ねぇ、流石に失礼すぎるんですけど。いくら付き合ったからって、この時間に呼び出す普通?』


『まーでも、来てくれたってことは、少なくとも俺に会いたかったからってことで』


『は? 謝って』


『……スミマセンでした』


 《山本組》2年生男子にこんな深夜に呼び出された側の少女は明らかに機嫌悪い表情をしていた。

 最初はケラケラ笑っていた男子生徒も、ツッコまれてはしおらしくなるしかない。


『ってか、夜更かしすぎじゃね? その恰好。フツー部屋着とか寝巻だろこの時間』


『そんな恰好で家出れるわけないじゃん!? 呼び出されたからあわててあり合わせ着てきたの! 納得する組み合わせじゃないし、『大至急』とかいうからメイクも出来ないマスク対応だし。恥ずかしいんだから!?』


『……いや、家の前じゃん』


『……あ゛?』


『な、なんでもありません』


 男子生徒は、彼女の自宅前までやってきて少女を呼び出した。


『で、なに?』


『あの……さ……』


『何よ』


 わざわざ家の前までやってきたのには、深夜帯に呼び出す申し訳なさからだけではなかった。


『なんというか……俺達別れねぇ・・・・・・?』


 不快気な顔した少女は、その一言に固まった。


『は?』


『別れをいいにきたっつーか』


『えぇと? 付き合ってまだ1か月ちょっとだけ……』


『……兄貴からお呼びがかかった・・・・・・・・・・・・


『ッツゥ!?』


 「何を間抜けたことを言っているんだ」と少女が呆れそうになった途端のセリフ。


『だからこの時間に呼び出させてもらったんだ。ついさっき、俺も呼び出されてさ。緊急だった。この意味、魔装士官帯同看護コースのお前なら分かるっしょ?』


『え、ちょっと待ってよ。それって……まさか……』


 言ってのけた男子生徒の真剣な顔を目の当たりにしたことで、少女の顏から感情が抜け落ちてしまった。


最後かもしれないだろ・・・・・・・・・・? だから、ケジメ付けたかった』


 少女は逆地堂看護学校生。

 彼と交際したのは、三縞校文化祭での事件がキッカケ。

 だから、その物言いで理解できてしまう。

 

 ペタリ、その場にしゃがみこんでしまう。


『何だよ。彼女ならこういう時泣いてくれなきゃ。っても、まだ1か月ちょっとだもんな。恋愛マンガみたいにはいかねぇか』


 少女の目に涙はない。

 悲しんでいないからではない。話があまりに衝撃的すぎるから、頭が真っ白になったのだ。


『俺達さぁ……別れよう』

『……あ……』


 悲しみという感情が彼女の身に具現出来ない程、精神的ショックは計り知れない。



 午前2時15分頃。


『『『『『冥途の土産にヤらせてください! お願いします紗千香!』』』』』


「いや、無いから」


 紗千香は転校生故、もともと定員いっぱいの女子寮には入れず、マンションに住んでいる。


『え、思い出作りさせてくれるから僕たちを呼んだんじゃないんですか? 《子》と書いて《思い出》と読む』


「なわけないでしょ!」


 紗千香のマンション一室に、《山本組》古参幹部5人は呼び出されていた。


「念押ししておきたかったからよ。アンタら、大好きな兄貴の為なら死んでもいい・・・・・・・・・・・・・・・・とか思ってるだろうから・・・・・・・・・・・


『ソリャ……なぁ』


『漢っつーのは、惚れ込んだ漢の為なら命を賭けるもんなんでやすぜ?』


『何を今さら言ってるばぁ』


 予想できたが、ここまで予想通り過ぎる回答を喰らって、紗千香は頭を掲えた。


「あのねぇ、アンタたちが勝手に何を思っているか分からないけど、紗千香の承諾なしに勝手に死ぬことは許さないから」


 呼び出された古参幹部5人ともに、予想外の事を言われ、互いに顔を見やった。


「そりゃあの男は初代組頭だし、立ち上げた存在としてアンタたちにとって特別を感じてるんでしょうよ。でも少しは紗千香2代目の事だって注意しておきなさいよ」


 なんなら不安そうな顔を見せ始めた。「紗千香は悪い物を喰ったのかもしれない」とでも言ってそうだ。


「組が立ち上がったのは重要かもしれないけど、存続させる方がずっと大変なのよ? アンタたちがアイツの為にホイホイ命を捨てようものなら、紗千香はどうやって存続させろって言うのよ」


 結論、紗千香は集った5人の身を案じている。


 一徹は関わった者達に「命を捨ててもいい」・・・・・・・・・・・・・・・・・と思わせる人心掌握術の天然な天才・・・・・・・・・・・・・・・・


 下手すると、明日明後日には5人全員が紗千香の周りから姿を消す・・・・・・・・・・・・・・・・・ことだってなくはないと確信していた。


「アイツは次の3月で卒業する。でも私達にはまだ三縞校でもう一年あるのよ? そして紗千香が卒業するころには、組は次の1年生が継いで行く。その時、継がせるほどの体を成してなければ、待っているのは組の自然崩壊」


 確かに一徹が組を立ち上げた。

 しかしともに組を立ち上げた彼ら5人が、組に対する何かしら期待を持っていて、初めて組の体を成したところもあるはず。


 一徹が組の骨格を成すなら、型を成す為の重要な筋肉が彼ら5人のはずだった。


 一徹が卒業すれば骨格部分を紗千香が代わりに引き継ぐことになるが、その時重要な筋肉たる5人が居なければ組は組の形を成さぬだろう。


「あのー、紗千香?」


「話は何となく分かったけど、キッチン大丈夫でやすか?」


「メッチャ煮立ってんじゃん。グラグラ言ってんけど」


 紗千香は大事な話をしている。が、キッチンから漂う食欲をそそる香りに、食い気優先の幹部衆は気もそぞろ。


 そうなると分かっていた紗千香はニィッと笑って立ち上がる。


「アンタたちをわざわざ呼び出したんだもの。何ももてなさないわけ無いでしょ?」


 キッチンに姿を消したと思ったら、大鍋を抱えて戻ってきた。


『紗千香特製芋煮。豚汁風味は美柳県仙提スタイル』

 

 ゴクリと同時に5人喉を鳴らした。


 清純ビッチ感な紗千香は、実はとんでもなく料理が上手いことを、この芋煮でもって知っていたからだ。


生きて三縞に帰ってくることを今・・・・・・・・・・・・・・・ここで約束した奴だけに、食べさせてあげ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『『『『『それは、ずるいよ』』』』』


 その隠れた家庭的な面に墜とされまくっている5人には、飯で釣った方が万言より威力がある事、ちゃんと紗千香は分かっていた。


『なんだっけ、紗千香の事、俺達無しじゃ生きて行けない体にしてやったとか言ってたよね。アレ、違うから』


 目の前で自分用の椀に装った紗千香。

 一口すすると「やっぱ紗千香料理の天才♡」とニッコリ笑った。


「人生最後の食事となりかねない。もっと豪華なものも食べてよかったけど、素朴で染み渡る、いつも通りっていうのもなかなかいいかも」


 5人全員、ヨダレを垂らして紗千香を凝視していた。

 

「アンタたち無しで生きられない紗千香? 果たして、アンタたちの胃袋すら掴んだ紗千香は、軽んじられる存在?」


 あぁ、実に良くない。


「違うよね? アンタたちが、紗千香の虜になった」 


 一杯目を注目の中完食した紗千香は、お替りしようとまた鍋に手を伸ばすではないか。


「別にね、アイツを見限れって話じゃない。ただ……」


 お玉で二杯目をすくう。

 今度は、七味を散らした。

 その様に、5人は物欲しそう。


「命は誓うな。その命、燃やすはあいつに非ず。紗千香に燃やせ。紗千香がアンタたちの物かは別として・・・・・・・・・・・・・・・・・お前らは紗千香のものなんだから・・・・・・・・・・・・・・・

 

 十分な量、七味散らせたからか。

 息吹きかけ、汁を冷ましに掛かった紗千香は、ちょうどよい温度となったと見るや、椀を5人に向かって差し出した。


晴れて紗千香の逆ハーレム誓ったやつだけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・食べていいよ・・・・・・


 紗千香と書いて悪女と呼んでいいかも知れない。

 騙す気満々なら、紗千香は平気で愛すら騙れた。


「生きて帰ってこれたら、まだ人生はあるってことだし、或いは紗千香を好き放題出来るかもね?」


『『『『『だから、ずるいって』』』』』


 でも、一歩引く。

 本当に大事に思う相手だと、笑ってしまうほどに分かりにくくて、遠回りに本心を伝える。


『なんというか、逆ハーレムだそうでさ』


『認められん……ちゅうこともないなぁ』


『あげちゃびよい。初めて会ってから、まだ一月ちょっとさ?』


『一月チョットか。なんかもう、2年も3年もたっている気もするじゃん?』


『ある意味告白と受け止めていいんですよね。え、違う?』


 悪女の紗千香には誰しも苦笑い。


『おう、テメェら、コイツぁ水杯(2度と会えない相手と交わす惜別の盃)ではないらしい』


『宴っちゅうたら、酒の一杯も……』


『てかじゅら、わんらまだ18大人でもないやっし』


『ハッ、そもそもお酒は二十歳になってからじゃん、ま、酒盃も水杯にもなんねぇべ。芋煮じゃん』


『紗千香は2代目を継ぐ。ならこれは組長と組員の親子盃にもなるのでしょうか? それとも、僕たち5人との夫婦盃か……』


「で、どうするわけ? ちゃんと……生きて帰る?」


 だが、今みたいな不器用な紗千香は、5人とも可愛く思えて仕方なかった。

 

 5人ともに苦笑い。ため息までついて……


『『『『『頂きます』』』』』


 生きる事への執着を誓った。



「いんやぁ、悪いねぇ。こんなゴイスーに遅い時間に呼び出しちまった」


 トモカが爆発してしまったのも、

 1年生組員が地元の家族に電話したのも、

 二年生組員が最近付き合い始めたカノジョに別れを告げたのも、

 《山本組》古参幹部衆へ紗千香2代目組長が特定多発告白にも近い一幕を演じたのも、これが理由だった。


「ってぇ、駄目だね。こんな軽い物言い。これから頼み込む話の重さに比べたら、あまりに軽すぎる」


 紗千香、古参幹部衆2年生、その他もろもろ、召集された《山本組》組員全員100人越え。


 そりゃ、彼に呼び出されたなら応えないわけにはいかない。


 だが、不安だった。 


 組員全員が知っている。

 仰ぐべき兄貴には、もう一人の人格があることを。


 どうやら軽薄な物言いから、今の人格は彼らが慕い憧れた兄貴分と直感は出来た。


 いや、だからこそ……想定もしない次の行動に、全員微動だに出来なくて、その後拒否しきれないところがあった。


「呼び出してなお、この物言いは申し訳なさ過ぎて参っちゃうね」


 場所は、皆の憩いの場。

 三縞大社横のファミリーレストラン。《スターヴィングジャガー》駐車場。


「具体的な話しは出来ない。多くも語れない。俺にできるとしちゃザックリ。状況は……ただただ最悪……ということだけ。そのうえで本当は、皆にこんな頼みごとしたくはなかった」


 100人を超える年下、後輩の注目が集まるその中央で、注目の的はまずパァンと掌ではたいた左ひざを地面につけた。


「無理強いはしたくない。聞けないって言うなら責めもしない。寧ろ、断ってくれたならそれはそれで俺はありがたい。いんや……断ってくれ」


 ほどなく右ひざすら折った。


 やがて……


お前たちの命・・・・・・俺に預けてはくれないか・・・・・・・・・・・?」


 100人の後輩が憧れた最上級生、一人の三年生が皆を前に土下座をしてしまう・・・・・・・・・


 なんと惨めで、情けない背中を晒すものか。

 しかし、「なんてズルい」と誰しもに思わせるが、侮蔑の念は誰一人として持たない。

 

 兄貴分、組頭と言われる男はお調子者で、基本馬鹿。


 だが、だからこそそんな存在が真顔で頭を垂れるなら、そこに想像も絶する覚悟を胸に秘めたと男たちに分からせるのだ。

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