テストテストテスト145

 大帝国ホテルでの騒乱はコレで締めくくる。


「と、言うわけで……やるぞ」


 一徹の表情から決意がありありと分かるから、呼びかけられたシキ、《オペラ》三人は苦しそうだった。


「あんま心配すんない。お前ら集中に努めて頂戴。術式成立レベルに精神が高まるまで、俺が守る・・・・さ。こんな俺でも時間稼ぎくらいできるって知った」


「「「「ッツ!?」」」」


 一徹がシキと広間に降り立った時、約20体蠢いていた第三形態も、15体ほどまで減っていた。

 

「……本当、どれだけ死線をくぐってきたのでしょうね山本隊長さん。この状況でなお、おくびも恐れないなんて」


「何やってきたのよトリスクトさん達は。そんな修羅場に身を晒させてたとしたら、山本の事、これまで全く守ってこなかったってことじゃない」


「ん~ん。守っていたと思う。危険な状況から遠ざけたのは、危機によって山もっちゃんが覚醒して・・・・・・・・・・・・・・・・・堕ちて壊れ切ったら・・・・・・・・・きっと殺さなくちゃならない・・・・・・・・・・・・・んだと思うから。多分僕たち、表舞台に引き釣り出しすぎなんだよ」


「竜胆、君、何を知ってる?」


「何でもないよシーちゃん」


 少女4人を後ろに控えさせた一徹はゆるりと前に出る。


 距離は離れ背中は小さくなるはず。

 なのに対峙する第三形態との間合いが詰まれば詰まるほど、その背は広く大きくなっていくように見えた。


別身わけみは20体」


 細胞分裂するかのよう。一徹が一歩踏み出すとともに、パヅンッとの音共に、一徹のま隣りにソックリの分身が現れ、それが19回繰り返された。


 ただ分身してるだけじゃない。

 分身体は皆、大戦斧を携えていた。背中から触手を生やしていた。


「んじゃ……まぁ……いっくぞぉぉぉぉ!?」


「「「「「GOZHAAAAAAAAAAA!」」」」」


 一徹の咆哮に、銀色マンジュウ一徹分身体の叫びが重なる。

 地面を蹴り、第三形態群の一体一体に吶喊とっかんしていく。


「皆、やるよ! 山もっちゃんが稼いでくれるこの時間……ものにするっ!」


「「「ハイッ! /わかってるわよ! /あ~、この面子で指示飛ばすのは私の役目のはずなんだけど」」」

 

 第三形態と一徹の交戦が再開するや否や、少女たちは皆、それぞれの構えで精神力を高め始めた。

 ……目だけは、一徹に釘付けになったまま。


 一徹本体も含め、21体の一徹の姿形。

 縦横無尽……更に銀触手を高所に突き立てることで高さも含めた、いわゆる2次元よりも3次元での動き。第三形態群の注目を独り占めにしていた。

 体高ある第三形態群として、下から上から。後ろ、横、当然正面からも攻撃アプローチ仕掛ける一徹に苛立ちを募らせているように見えた。


 当然だろう。

 人間だって、多面的に、しかも素早く動き回りまとわりつく蜂やハエなど、捉えるに厄介なものに腹立たしさを覚える。

 同じ理屈だ。


「本当に惜しいわよ山本。もしアンタに異能力さえあれば、纏わりつきざま、何撃も重ねることで駆逐だって出来たはず」


 悲しいかな。

 それでも一徹の圧倒的不利は変わらない。


 結局、無力無能者の一徹では、すれ違いざまに武器を叩きつけようとも第三形態に効果的なダメージは与えられない。


 銀色マンジュウに取り込んだ人口ダイヤを叩きつけてはいたが、目に見える効果を生じさせるのは第二形態までらしい。


「……人工ダイヤ? ちょっと待て。一徹君、その戦い方をどこで……」


「マズいです。第三形態の攻撃に対し、分身体の耐性は皆無に等しいのですわ。もう4体も潰れて……」


 自らの周りを飛び回る一徹を狙って叩き落せないからか、第三形態は計算も何もない、一心不乱に首や牙、尻尾を振り回す。

 マグレ辺りに違いないが、それでも一徹の分身を次々と破裂させていた。


「皆、口を開くな! 集中しようっ!?」


「「「うっ」」」

 

 精神を高めるしかできない彼女たちの前で、一徹の地獄は繰り広げられていて、ドンドン戦況は悪くなっていく。

 思わず言葉だって出てきてしまう。だが、陸華の一喝が引き締めた。


 集中の強要。

 「一徹を死なせたくないなら、彼が致命傷を受ける前に精神集中の極を完成させろ」と言っている。


 ……致命傷か。

 一徹にとっては第三形態からの攻撃、たとえ掠っただけでも命に届きうる。

 そういう意味では、いつ一徹がやられてしまってもおかしくないのだが。


「「「「なぁっ!?」」」」


 しかしだ、第三形態群への一徹分身囮デコイは次々少なってくる。

 となると目くらましがいない以上、第三形態の数体の目に、一徹の後方で集中を溜める4人の姿が映ってしまう。

 当然、突進する。


「集中を止めるな!?」


 ここでも、一徹が光る動きを見せる。迫る第三形態の前に立ちはだかったのだ。

 同時、一徹の目の前にて膨れ上がった銀色マンジュウ、二本の腕を生やし……


「桐桜花……」


 いや、現れたのは……一徹の姿を模した巨人型の分身体・・・・・・・・・・・・・・・


「柔道連盟流……」


 巨人一徹が突っ込んでくる第三形態とコンタクトする刹那、巨人は後ろに倒れ込む。相手のぶつかろうとする勢いを利用して……


「《巴投げ》!」


 巨人一徹は脚を使い、第三形態を投げ飛ばした。


「ハッ! 無力無能者舐めんな固羅! コイツラには、指一本触れさせねぇ・・・・・・・・・!? テメェらの相手は……この俺だァァァァァ!?」


 命を賭け、発言を実行して見せた一徹。

 今のタンカに、シキ、陸華、海姫、空麗の全身にゾクゾクしたものが走ったことに気付こうはずがない。


「は……ハハ。ヤバ。今の一言スイッチで高速チャージ。集中、極まったかも」


「陛下、冗談はおやめください」


「ん~? 集中溜まるまで私語厳禁だよ高虎?」


「私も今溜まりました。多分、陛下より早く溜まったと思います」


「はぁっ?」


「私もたった今溜まりました。次のステップに移らなくては。ここまで凌いでくれた山本隊長さんの労をフイにしたくありません。陸華さん?」


「……うん、行ける」


 一徹のファインプレーが、その時を実現させた。


 陸華はスゥっと大きく息吸って……


「山もっちゃんっ!?」


 名を叫ぶ。それだけで十分だった。


「っしゃぁっ!」

 

 再び彼女たちから離れたところで陽動していた一徹。背中から伸びた銀触手は、呼びかけた陸華の傍の床に突き立つと、思い切り一徹の身体を引いた。


「待ってたぜぇ!?」


 瞬動で、一徹は陸華の傍に立った。


「銀色マンジュウ! 仕上げんぞぉぉ!?」


 命令も何もない。

 銀色マンジュウ……正式名称は《千変の神鋼マスキュリス》。

 所有者の考えることを読んで、その通りに自身の身体を変態させる性質がある。


「「「「「DIDHAAAAAAAAAAAA!?」」」」」


 いななきと共に、先ほどまで取っていた形態の全てを解く。

 銀触手でも大戦斧でも分身体でもない。いつもの丸っこいカラダに戻っていた。しかし、その規模を肥大化させていた。


「飲み込めぇぇぇぇぇ!」


 どんどん肥大化し、膨れ上がった体積、第三形態群に向けた放出した。さながら水銀の濁流。

 飲み込み切る。直後、飲み込んだまま巨大な直方体の形態に変態した。


「陸華!」


「うん!」


 見届けるや否や、一徹が呼んだ先は陸華。

 頷くとともに陸華は床に跪く。両掌を床に付けた。


「くぅっ!」


「大丈夫か!? 苦しそうだぞ!?」


「そりゃ苦しいよ。やっぱり大帝国ホテルだね!? 心を込められ建てられて……モルタル製の手早く立ったようなビルとは、わけが違う」


 床から、床材と同質の石材が隆起した。


「建てた者達が刷り込んだ魂の抵抗が強い。でも……」


 そのまま銀色マンジュウが象った直方体を一回り大きく、されど同じ形で覆っていく。


「海ちゃん!?」


「引き継ぐ! 任せなさい!」


 バトンは、陸華から海姫に渡った。


「全力振り絞るから、応えなさいよ水の精霊たちっ!」

 

 両腕を横に広げるさまは、「加護を頂戴」と祈るよう。

 

「ギッギッ……ギギッ」


 その広げた腕を、羽ばたかせるように畳もうとして……腕や体は震え始めた。

 見えない何かが、閉じさせまいと海姫に抵抗しているようだった。


「山本に陸華まで魅せてくれて、私が応えられないなんてあっちゃいけないのよ……ハァァァッ!?」


 海姫が気合を入れたことも、苦しげな理由もわかった。


 何とか腕を閉じきったと同時、この大広間から四方八方に伸びる廊下から、爆発的な鉄砲水が現れ、氾濫した。

 水の龍にも蛇にもなりて、一徹と陸華が第三形態を覆うためこしらえた巨大直方体に流れ込んだ。


「川の氾濫よろしくを、たった一人で生み出し、制御するかよ」


 巨大直方体内に第三形態達を沈め、水が並々入ったのを一徹は確認。即銀色マンジュウに干渉し、蓋をする。

 合わせ、陸華もコントールする岩やブロックでさらに重石とした。

 直方体からは、ノズルともダクトともつかない円筒を生やしている。


「そいじゃま……空麗」


「ハイ」


 ここまで来て、次に一徹が意識を向けたのは、空麗に対してだった。



「触れる。他意はねぇ」

「確認するまでも有りませんわ」

 

 目的まで4分の2クリア。間を与えず4分の3に行くべぇよ。

 

 空麗の細い腰を右腕に抱いた・・・・・・・・・・・・・


「飛べ!」


 掛け声とともに、銀色マンジュウは銀触手で俺と空麗を射出する。


 吹き抜けを利用し上層階へ? 舐めちゃいけない。

 窓を突き抜けホテル外へ。いやいや。

 

(更に上に、屋上より高く……)


「うふぅっ!」


 ヒョウと、体を抜ける外気の温度が、身震いを起こさせるほど低くなる高度へ。


「綺麗ですね桐京タワー」


「空麗みたいな別嬪さんと二人で眺めるか。こんな状況でもなければ、ロマンチックで見とれてた」


「あら、お上手」


 なんとなしげに顔を向け、目と同じ高さに・・・・・・・桐京タワー第一展望台が見える高さまで・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「では、参ります」


「おう」


「風よっ!」


 補足だが、もう一つだけこの高さに連れてきたものがあった。


 銀色マンジュウってのはお前さん、俺の望むままに伸縮自在。

 俺と陸華と海姫3人で急拵えの、第三形態浸した貯水槽から伸びる円筒だってご多分に漏れない。


「ぁぁぁあああ……」


「……簡単な理科の実験だよ・・・・・・・・・・。造った器。溜め込んだ水。そこに夜闇に下がった冬の冷気を送る……だけじゃない。金属ってのはさ、熱伝導が良いのよ」


 力を開放し始めた空麗の声。


「空麗が行使した力で送られる冷気は、円筒を伝って中の水を冷やし……ながら、円筒自体の温度も急激に下げていく。温度が下がった円筒はそも、直方体貯水槽の第一内壁と一体化してるから、同じく中の水温を冷やしていく」


 クレッシェンドのように大きくなっていく。

 彼女を抱いて空を行く俺は、


「さて、どうなるでしょう? なお今回は、海姫にホテル内全飲食店から無理矢理水を召喚してもらったことで……大量の塩分が水溶しています・・・・・・・・・・・・・


 自ら口にすることで、自分たちのすべきことを再確認した。


「隊長の山本から全隊へ! これから料理を開始する!」

【【【「了解っ!」】】】


 いい。

 変わらず俺のそばで風を使役する空麗も、ホテル下層階の広間から通信で返ってくる返事にも勢いがあった。


答えは絶対零度・・・・・・・! マイナスん十度の世界へ……ようこそぉぉっ!」

【【「やぁぁぁぁあっ!」】】


 力ある言葉に、オペラの猛りが乗った。


 円筒に送り込む風量を空麗は増し、海姫は貯水槽内の多量の塩水を異能力を使ってかき混ぜる。

 絶氷の水中にて第三形態が暴れないわけないが、即席貯蓄層が内部から破壊されないよう、陸華の土属性に干渉する力が補強した。


(俺の斧が届かないなら構わない。外殻が破れないなら、殻ごと凍りつかせてやるさ)



(やはり一徹君、触媒だったか)


 一徹が実は、単体で最強であることをシキは知っている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 それ以上に、一人で最強になるのではなく・・・・・・・・・・・・・関わった全ての者達と共に最強になる・・・・・・・・・・・・・・・・・特異な方法を無意識的に実行してしまえる。


(それは異能力ではない。恐らく才能でもないのかもしれない)


 お手て繋いで仲良しこよし・・・・・・・・・・・・皆で力を合わせて一個の大きな最強と成す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(何一つ手元になかった時から今日までの間、生き抜いた計り知れない苦労。身体からにじみ出る経験が、彼の背中を眺める者に、何かを感じさせてしまうのだろうね)


「やっぱり欲しいな。桐京校の私のクラスに」


 シキはむしろそれを体現する一徹の方を、単体で最強となるより評価していた。


三年三組の落ちこぼれ・・・・・・・・・・英雄三組最後の10人目は勇者で・・・・・・・・・・・・・・・はなかった・・・・・勇者ではなかったが・・・・・・・・・山本一徹という男は・・・・・・・・・……」


「シーちゃん?」


「竜胆、状況は?」


 一徹への評価をポツリポツリ小さくつぶやく中、シキは言い切る前に呼びかけてきた陸華に、言を潰される。


「抵抗はない。最低三分は、もう貯水槽内からの衝撃は感じられない」


「溺れた。はたまた凍死したか。ま、駆逐するまで油断はできないけれどね」


 構わない。

 今のところはまだ、自分だけが知っていればよい評価。


 好き……と言う評価とまた別の意味で一徹の事を所有したいシキとして、好きもありうる陸華や海姫に聞かれ牽制されるくらいなら、言い切る前に止めてよかった。


「山本っ」


「おう、今戻った」


「って空、そのパーカーって」


「あぁ、上空が寒かったからと、山本隊長さんが自分のものを着せてくれました。ごめんなさい。海さん」


「なぁっ!? あ、謝らないでよ。私は別にっ」


「……し、知らないうちに、空ちゃん抜け駆けしてたんだ」


 そんなことを思っていると、上空から冷風を送り続けてきた一徹と空麗が広間へと戻り、降りてきた。


「よぅ? 姫殿下」


「亀蛇を気遣ったのは良い。でも、目に見えて寒そうだよ一徹君。見てる私が風邪ひきそうだ」


「実はここに降りてくるまでに10回はクシャミしてる。鼻水ズビビ」


「きったないなぁ」

 

 一徹のパーカーを着せ込ませてもらった空麗は、一徹の足元にくたっと跪く。

 空麗を労わろうとする一徹の、Vネックでタイトなカットソーが際立たせるシルエットよ。筋肉ダルマ一徹にピタッと張り付いているのが何とも寒そうだ。


(そう、一徹君が頼ったのは、肉体強化に頼らないこの自前筋肉と頭脳だけだった)


 からかいはするものの、シキは決して馬鹿にしなかった。


(そもそもが、無理筋。ランクAプラスが束になって初めて太刀打てる第三形態とのパワーバランス)


 ランクSプラスのシキだからこそ、時間をかけて何とか第三形態数体を戦闘不能に追い込めた。

 それでも一徹との作戦が開始されるまで、第三形態はまだ15体以上生きていた。


 仮に《オペラ》三人と第三形態3体が闘うとする。闘い方次第では時間をかけても駆逐は出来るだろうが、正面切って闘えば彼女たち全員、死んでいた・・・・・・・・・・・・


(それを『理科の実験』って一言に伏すとはね)


 単純な理屈ではある。でも一徹の知識は光った。

 一徹は、《記憶を失う前本来の一徹》ではないとき異能力を使うことが出来ない。

 それを知っているシキは、。本当に自身の肉体を酷使し、知識と知恵で戦った事実に打ちのめされそうになった。


(一徹君よか自前の肉体性能が優れる者は少ないだろうが、それでも更に頭のいい奴は山ほどいるんだろう。でもね?)


 真に一徹に対して驚嘆すべきところ。胆力かもしれない。


《第二形態に、無力無能ながら肉薄する。Aランク生にも数えていいだろうが、やはり異能力がない以上、《アンインバイテッド》に対するなら一徹君はFランクには違いない》


 Fラン生……しかし十数体の第三形態を前に、何とか時間を稼ぎ切った。

 かすりでもすれば致命傷。死の吐息を、常に感じていたはずだったのだ。


(……その中でなお、冷静にこの策を打ち立て、実行に回す。そんなこと、ある意味っちゃった奴にしかできない)


 端的に言って、シキの側5人と第三形態群15体では、相戦力的に見ると圧倒的にシキの側が不利だった。

 

(ランクSプラスの私がやるならいつ終わるとも知れない長期戦になっていた。ランクAプラスの竜胆たちなら最悪全員死亡。なのに……)


 だからシキは英雄三組の中で、ハズレ生徒の一徹の違う毛並みに一層の興味が湧いてしまう。


(異能力を欠片も持ち合わせないランクFマイナスの《記憶を失った私の一徹君》は、策の1発で全てを仕留め切った。自分には異能力が無い……から、ランクSプラスや《オペラランクAプラスの力を使ったのかな?)


 陣を敷き、高みから戦況を観察、分析して策を打ち立てるのが策士、戦略家だとする。


(一見自然にも思える流れだけど本当は違う。一番重要なのは、なぜ、私達を手札としてその力を使えたか……だ。『一徹君になら使われてもいい』と、そう思わせてしまうん。そういう男なんだよ君は)


 なら戦場の中にて状況を判断し、適宜柔軟に次の策を、率いる者に執らせる者は……


「これ以上の策の維持は、《オペラ》にかかる精神的負担が大きいってんで、そろそろ終局に進みたい。行けんな? 皇様」


 まただ。

 考えていたなか、一徹が肩に手を置く。シキの顔を覗き込むから、浮かべた想像を払しょくした。


「フゥ……」


 頷いて、一つ息を吐く。

 左腕を貯水槽に掲げ、右足を大きく後ろに引き、腰を落とした。


「全員、術を解いたら私の視界の外に退避しろ……蒸発する」


「ウヒィッ! 恐いこと言いやがりますですよぉ?」


 《神剣草薙剣真打》を握った右手を垂直に後方へと引き絞った。

 そのシキの様を眺める一徹。ニヤ付きながらシキの背中へとゆっくりとした足取りで移動した。


「じゃあまず私から。水の流動を止め……あっ」


 シキの背中から海姫の声が聞こえてすぐ後、ドサリ、倒れ込む音。

 

「陸華、次はお前でいい」


「え、でも術を解くなら内壁を先に……」


「俺を先にしたらお前が持たねぇだろ?」


「へへへ、じゃあ甘えちゃ……え……」


 海姫の次は陸華。

 また、シキの後ろでゴドッと鈍い音がした。

 気づけば、広間に戻るなりへたり込んでいた空麗すら気を失っていた。


(一徹君たちが駆け付けてくるまでは、《皇宮護衛官》退魔部、《対転脅》の指折が私の前で。今度は、私の後ろで倒れゆく。耐えられないなぁ。私を生かす為、私の周りの者達が、次々と倒れて行って……)


 誰かの意識を感じない。

 シキはたまらなく孤独になった気が……


「……安心しろよ。俺は倒れねぇから・・・・・・・・


「……あ……」


「いや、倒れるよ? メッチャ倒れる。倒れるが……せめてお前がやり切るその時までは、傍にいてやる。お前がなすその時を、ちゃんと見届けてやる」


 でも、一徹がシキを一人にはさせなかった。


「『常に余の傍に居ろ』……だったか? お前が言った」


「そう……だったね」


 引いた右腕に握る剣の刀身、火に晒されたかのように赤くなる。

 今一徹の言葉を受けた途端、その赤身は一気に明るくなる、バチバチと火花すら散らした。


 そうして……


「ブレイクっ」


 一徹が指を弾くとともに、貯蓄層の内壁、銀色の直方体は粉々に砕け散る。

 大理石の外壁は、陸華が意識を失ったときに既にボロボロとくずれていた。


 現れる……絶対零度にて氷結させられし第三形態群。

 目にして、一徹はニィッと目を細め、口角を釣り上げた。


「つーわけでシキ。やっちまえ?」


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 シキの号砲は、魂の叫びと共に打ち出される。


 《草薙の剣》の刀身を赤くさせるなど、並みの炎では無しえない。そうさせるだけの炎、熱。それは神とも崇められる太陽の力にも等しい。

 

 赤く焼けた剣が伸びたか。はたまた滅びをきたす光線か。


 もはや着弾という言葉では表現できない。

 いくら第三形態とて、受け止めるとか抵抗とか、そんな次元じゃない。

 光線は、ただただまるでそこに何もなかったかのように、15体の第三形態を飲み込み過ぎ去っていく。


 光線が過ぎ去った後、残る者は塵一つないのだ。

 

「っくぅっ!?」


「よく……頑張ったじゃないの」


 一瞬で神の火で第三形態が蒸発するような技を使って反動が無いはずがない。

 

 状況が終ったと直感するや、シキは急激な眠気に苛まれ、体もふらついてしまう。

 瞼を閉じるに我慢できず、暗闇に堕ちていくシキが最後に感じたのは……


「お疲れさん」


 柔らかな語気でのねぎらいと、頭を撫でる、ゴツゴツとした手の感触だった。


(あ……セイ兄……)


 シャットダウン宜しく。

 そうなるくらいに疲れ切っているのだから仕方ない。

 一徹からの声に掌を、一徹のものとして受けている感覚がシキにはなかった。



 ……ここまでの全て、光景は、遠く離れた皇居にいるルーリィとシャリエールに映像として届いてしまった。

 ルーリィとシャリエールをどれだけ手ひどく突き放してしまったのか、第帝国ホテルにいる一徹が知りようはずがなかった。


――さて、新たな展開だ。


「……前に出よ。山本一徹」


 ここからは、死中に活を何とか一徹が見いだすことできたアラハバキと大帝国ホテルでの事件の翌日のお話。


「……命令だ。急ぎ西桐桜華は……」


 場所は第三魔装士官学院三縞校。

 そう。一徹は一週間を経てやっと志津岡県三縞に帰ってこれた……のに……


「……畏まりまして……陛下……」


 シキによる、山本一徹簒奪ショーはまだ終わりではなかった。 

 ルーリィとシャリエールの精神に壊滅的なダメージを与えるだけでは、まだ足りなかった。


「陛下! そのオーダーはあんまりではないですかっ!?」

「これは皇と我が親衛隊員との間の話。貴官が出る幕ではないな。控えてもらおう。月城魅卯訓練生?」


 だから三縞校でこの一幕は発生した。

 シキが、この場を舞台として選んだ。


 英雄三組生の目の前で、全ての三縞校生の目の前で、ある意味での芝居は執り行われた。


 シキは、一徹の所有権が己にあると高らかに宣言してしまった。

 無論そこには……三縞校生徒会長がいるに決まっている。


 簒奪ショー第2幕。

 此度、シキが精神的に潰すに選んだターゲットは、魅卯だった。

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