テストテストテスト108

「理由見つけてはトモカさんに関わろうとね。仕事で一層協力をお願いして、お礼に三縞市地元から送ってもらった名産品をプレゼントしたり。昼休憩でランチ誘ってみたり」

「え、でも……トモカさんの社内イジメって、旦那さん絡みじゃ……」

「そのあたりは即対処した」


 予想だにしない。

 トモカさんの過去と、旦那さんとの出会いの話は引き続く。


「僕も初めはトモカさんがイジメに会ってるなんて知らなかったんだけど。トモカさんを家に送り届けたその日から、自然と背中を目で追うようになって」

「そうしたら気づいたと?」

「どうやって終わらせたのか詳細は避けるよ? これ以上、この酒席を湿っぽくしたくないからね」


(結構ですぅ)


 クスリと笑った旦那さん。俺の肩に乗せた手を、今度は俺の頭に置いて、ポンポン優しく叩いた。


 詳細は聞けなかった。聞けようはずがない。


(なんだか、荒事になった場合の旦那さん。とんでもないことしてそうで恐ぇわ)


 別に聞けなくても構わなかった。寧ろ大事なことは別にある。


「でもそのことがあってから、トモカさんは少しずつ僕に心を開いてくれるようになったというか。初めて……笑顔を見せてくれたんだよね?」

「そっ……すかぁ」


 きっとトモカさん自身じゃ、もはやどうにもならない状況。

 そこで前に出てくれたのが旦那さん。トモカさんの心を守ったのだ。


「100%の笑顔じゃない。申し訳なさ80%で、残り20%が笑顔。それがね? 僕のハートをもうズッキュゥンって」


(オイ、ちょっと感動してたのに。ダサい表現はやめてくれぇ。水ぅ差してんの)


「『放っておけない』って意識していた状態から、『この女性ヒトの色々な顔をもっと見てみたい』って探求心めいたものが生まれた」


 なんてことはない。

 探求心というか、きっとそのとき旦那さんは、トモカさんに恋をしたのだろう。


(俺はそこらのラノベに出てくるような、刀坂ヤマト恋愛鈍感主人公じゃないんだからね? これくらいのこと気付くのは朝飯前なの。でもちょっとホッとした)


  旦那さんが話を切り出して以降、ここまで、衝撃的で暗い話ばかり。正直、何度も気が滅入りそうになっていた。


 でも、話の流れを注視しよう。

 トモカさんは旦那さんに守られ、旦那さんは、トモカさんを女性として意識した。


(そしていまやそんな二人の関係は……いや、子供も生まれ三人の関係か。今の状況を俺は知ってる。ここからは明るい話になっていくはずだ)


「あの手この手で食事に誘った。トモカさんが休憩中、席を離れようものなら、すーぐ付いて行った」

「ははっ、行動力モンスターですね?」

「何度断られた癖して諦められなくて。本当、しつこい男は嫌われてもおかしくなかったし、下手したら社内ストーカー言われても……」

「でも通ったんでしょう? ならきっと、お二人は本当に運命だったんですよ・・・・・・・・・・・・・・・・

「僕もそう思っている。やっとランチでOK貰ったとき……嬉しかったなぁ」


 実際旦那さんの表情も、この話をし始めた時より硬さが幾分か取れている。寧ろ思い出し笑いというか、実に楽し気だった。


「そうしてデート回数も何とか重ねることもできて。ランチデートはディナーに。ショッピングやドライブなんて、丸一日使うようなデートバリエーションも増えて。そのたびに僕は・・・・・・・トモカさんのことが好きになった・・・・・・・・・・・・・・・

「そうですか? そりゃあ良かった」

「20%の笑顔が5、60%位になった頃かな? 『きっとこの女性ヒトの本当の性格は、もっと明るいんだろうな』って」


(いや、本当に嬉しかったんだろうな旦那さん)


 頑なだったトモカさんの秘めたる部分。周囲にとっての謎を、旦那さんただ一人だけが掘り起こし、発見することが出来る優越感。


「転職当初は地味で暗い人だと思ってた。いつしか、本当の明るさや魅力を・・・・・・・・・・自分で覆い隠してしまっていた・・・・・・・・・・・・・・ことに僕は気付いた」


 それは、トモカさんにとって特別な・・・・・・・・・・・・旦那さんだけに許された特権・・・・・・・・・・・・・・


「……《昔の恋人・・・・がそうさせたらしい・・・・・・・・・

「ブフハァッ! ゴホォゴハァッ!」


 感嘆した心持で話を聞いていた中、また突然のトンデモ発言が飛び出す。


「それは、僕が意を決してトモカさんに告白をした日の出来事だ」


 ただでさえお酒は喉を焼くというに、変な気管に入ってしまってせき込んでしまう。

 熱くなる。首の中に嫌な感覚が生まれた。


『『付き合ってください』って。今思い返すと月並みな発言だよね?」

「と、トモカさん。告白、受けたんでしょ?」

「ん? んーん?」


(……えっ?)


「トモカさんは、恋愛自体に憶病になっていた・・・・・・・・・・・・・

「臆病……ですか?」

「『関係が深くなれば深くなるほど、別れが辛い。だから、誰かと付き合うことが怖い・・・・・・・・・・・・』って」


(ンヅゥッ!?)


 瞬間だった。

 俺の胸の内。鼓動が強く跳ね上がったというか。爆発的な痛みが刹那に広がった。


(なんだよソレ……)


 その痛みによって、心脈を良く感じてしまう。

 ドクンドクンと脈は体の中で力強く、断続的に続くから、右掌を胸に添えた。


(トモカさんは……旦那さんと出逢う前、どこぞの男に、手痛い目に会わされていた……だと?)


 先ほど、トモカさんが転職4社目でダウンしたときの理由の一端が旦那さんにあったと聞き(実際は旦那さんのせいじゃなかったが)、腹立ちが湧きたったもんだ。


(傷つけ……られていた?)


 が、その腹立ち。一瞬にして話に出てきた《昔の恋人》とやらにシフトした。


「だからね、僕も……覚悟を決めた」

「覚悟……ですか?」

「うん。告白は、言ってみれば交際交渉みたいなものじゃない?」

「何を言って……」


 急に、恥ずかしそうに笑って頭をかく旦那さんの言っている意味が分からなくて、首をかしげてしまう。


「『結婚を前提に、お付き合いしてください』って」


 ―……ドグンッ!?―


(グゥッツ!?)


『精一杯のセリフだった。僕だけは・・・・絶対に・・・貴女の傍からいなくならないってね・・・・・・・・・・・・・・・・


 ―ドグンッド……ッグン……グン……バグンッ!?―


(チィッ!? 急にどうした? 一体どうなってやがんだ俺の身体ぁ!?)


 柔和で人が好さそうな感じの旦那さん。

 もっとこう、直球なセリフではなく、遠回しでトモカさんにアプローチを掛けていたものだと思っていた。


 だから意を決してその様に伝えた漢気おとこぎに、圧倒されてしまった……のに、


(なんでこんな、胸が苦しいんだ!?)


 心臓の動きが煩わしすぎて、中々話に意識全てを向けるのが難しくなっていた。


「す、凄いですね」

「凄いのかなぁ。僕はトモカさんと一緒にいて、もっともっといろんな表情を見せてもらいたいっていうのと共に、たぶん別の思惑があったんだよ』

「思惑?」

復讐・・……かな。トモカさんの昔の恋人に対する・・・・・・・・・・・・・・


 くすくすと笑って、だし巻き卵をつまみ口に放り込む旦那さん。


 ―ド……ッグン!?―


五月蠅うるせぇぇぇぇぇぇ!? 黙ってろやぁぁ固羅ゴラァァァァァッ!?)


「カヒュッ!?」

 

 旦那さんの告白の話に入ってからなぜか妙に心音と主張が激しい。右こぶし固めて左胸に全力以上で叩き込んだ。

 一瞬意識が飛びそうになったのは、心臓の鼓動のリズムに対し、胸板叩いた時の衝撃が作用し、不整脈生じかけたからかもしれない。


「て、徹君。大丈夫? 酒か料理か、変なところに入っちゃった?」

「い、いえ、気にしないでください」

「本当に?」

「もっと話、聞きたいです。それでどうなったんです?」

「う、うん」


 突然の俺の行動に驚いた旦那さんだが、俺の言葉を耳に気を取り直してくれたらしい。


「想い届いて、僕のプロポーズまがいの告白を受けてくれた。後で正式にプロポーズしたけど。機会あってトモカさんの地元の友人夫婦と食事をする機会があって」


 話しを俺が最後まで聞きたいのはホントだった。

 「復讐」とか。普段優しすぎる旦那さんには似つかわしくなさ過ぎて、目が離せなかったのだ。


「大方の話はそこで聞いた。その友人夫婦というのは、トモカさんの高校時代の同級生。三人共通のクラスメイトの誰かさんが、その《昔の恋人》ってわけ」

「良く旦那さんも取り乱しませんでしたね。だってそういう場合、婚約ってのわかった上で食事するわけっすよね? んな話出てくるなんて……」

「なに、狼狽ろうばいするには及ばない。なんといっても、僕は僕でトモカさんの元恋人ソイツよりもイイ男である自負がある」


(本当この人は……なんて心が強いんだ。そして凄い)


 いや、旦那さんがとんでもないおとこというのは知らなかったわけじゃない。


 圧倒的な包容力。器は広く、深い。

 だからこそ俺は、この旦那さんのもと、安心して家族やらせて貰えてる。


「相手夫婦の奥さん、トモカさんの婚約話に感動で羽目外しすぎて。酒も凄く入ってたし号泣しちゃったのさ」


(だからと言って、旦那さんにとって復讐対象である《昔の恋人》の話が、婚約祝福の場で出されたこと。『いまとなっちゃ良い思い出」とでも言ってそうに、優しい顔で口ずさむかよ)


「酒の力によって感情をコントロールできず、そこで口をついで出てきてしまったのが、トモカさんの《昔の恋人》の存在だったと?」

「うわぁ、ちょっと笑っちゃった。その話が出たとあって、先方旦那さんも、トモカさんも大わらわになっちゃって」


 クツクツ笑う旦那さんを、俺は呆然と見つめてしまう。


 胆力。度量のデカさ。旦那さんに対しもはや「驚き」の言葉以外表現できない。

 自分の語彙力を無さに、呆れて笑ってしまいそうになった。


「お友達への婚約発表の場で元カレの話とか、笑い事じゃないですって。トモカさんが慌てたのも、聞いてしまった旦那さんが憤慨したらって不安に……」

「憤慨するはずもない。だってもう・・・・・亡くなったって話だったし・・・・・・・・・・・・

「えっ!?」


(まて、え? いまなんて言った? 復讐対象っつー・・・・・・・昔の恋人・・・・……死んでいた・・・・・?)


「結局その日は大騒ぎになって食事会はおしまい。でもどうしても気になっちゃって、僕だけその相手夫婦と後日お会いする約束を取り付けた」

「更に色々話を聞きたかったと?」


 ここまでくると、俺も身を乗り出してしまっていた。


「あの、でも話の流れからすると、そのネタはトモカさんにとっての禁忌タブーなんじゃないですか?」

「かもしれない。だから誰も手を出せなかった。でもそのタブーが、僕が出会った当時のトモカさん、人生の意義も活力も失わせた生ける屍・・・・に変えたのだとしたら、タブーは僕が許さない」


 きっと、旦那さんが話してくれるなか、ここがきっと核心に違いない。


「……トモカさんには、高校時代から大学中盤まで付き合っていた男性がいた。男性側の留学を理由に一度破局したみたいだけど。28歳のとき同窓会があった。社会人になってた二人はまた、急接近したらしい」

「……良いんすか旦那さん? その話、旦那さんにとって口にするのも苦し……」

「構わないよ? トモカさんはもう……いまは僕だけのものだから・・・・・・・・・・・・

「ッ!」


 ここで言い切ってしまう思い切りのよさよ。


「でも、ヨリが完全に戻ることはなかった」

「……あ?」

「相手の男性はね、そのときにはもう壊れていた・・・・・・・・・・・・・ようだ」


 何か、俺の身体を熱くさせた。


「それ、一体どういう……」

「さぁ、友人夫婦はそう言ってた。本来のトモカさんは面倒見のいい性格。交際時の《昔の恋人》像が強すぎたからかな? 壊れてしまった姿とのギャップに苦しんでいたらしい」

「もしかしてトモカさん、そんな《元カレ》を放っておけなくて『何かしてあげたい』とか考えていたんじゃ……」


 それと共に、胸に、とんでもない息苦しさを覚え、締め付けを感じた。


「過去と現在の変貌ぶりに戸惑う。ここまでは出逢ったばかりのトモカさんと、少しずつ精神的に回復したのちのトモカさんとの比較に僕が覚えた感情と似てるかな。決定的な違いがあるとしたら・・・・・・・・・・・・・……」

「な、何が……あったんですか?」

「さる事件があった。残念ながらトモカさんが助けようとした《昔の恋人》は……犠牲になった・・・・・・それもトモカさんの目の前で・・・・・・・・・・・・・


(何となく予測ついた。そういう……ことかよ……)


「それが僕が《昔の恋人》に復讐を誓った理由」


 トモカさんは、《昔の恋人かつて好きだった人》を助けようと固執して……救えず、目の前で失ってしまった。


「犠牲は悲しいことだと思う。でもトモカさんの意識や視線、表情を一挙に独占していたその男は、トモカさんかつての恋人が苦しんでることを顧みず、落命と共に、トモカさんの本来の魅力を取り上げ、逝ってしまった」


(トモカさんの心に、どれだけ数多く傷を刻み込んだか。傷の深さは、幾ばくか)


「トモカさん、誰かと繋がることを怖がるようになってしまったんですね?」

「その結果、外見を気遣わなくなった。性格もふさぎ込んでしまったのさ」

「だから旦那さんが出会ったのは、人付き合いから遠ざかった壊れてしまったトモカさんだった・・・・・・・・・・・・・・・・・

「的を射た言い方だ。本当、口にしたくないけど、トモカさんは・・・・・・……壊れてた・・・・

「くぅっ……」

「素のトモカさんはとても魅力的。でもそのままならまた、男性が寄る。もし、そこから恋愛感情に発展してしまったら?」


死別悲劇の再来をトモカさんが恐れても仕方ない。旦那さんからのアプローチをなかなか受け付けなかったわけか)


「話を聞いて納得しちゃった。どうしてトモカさんの友人夫婦の奥さんが、婚約発表に泣き崩れたか」


(友人夫婦にとってもう、トモカさんの結婚はおろか・・・・・・・・・・・・交際すら・・・・イメージできなかった・・・・・・・・・・)


 先ほど思い切り胸を叩いたから静かになった心音は・・・また少しずつ大きくなる・・・・・・・・・・


「……クソ・・……野郎ですね・・・・・そいつ・・・


 その胸の苦しさを抑えるため、右手の五指を胸に突き埋める勢いで押し付け、何とか言葉を絞り出したところで、どういうわけか再び鼓動は小さくなってい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・った・・


クソ野郎・・・・でしょ? だから僕は《昔の恋人》に対する復讐を誓った。彼が奪い去ったトモカさんの感情や表情、魅力。一緒にいる僕が取り戻す・・・・・・・・・・・。だけじゃない。その彼では彼女と出来なかったこと・・・・・・・・・・・・・・・・すべてを・・・・僕が実現する・・・・・・


(なるほど。そういう……)


取り戻せましたか・・・・・・・・? 昔のトモカさんを・・・・・・・・

それ以上だよ・・・・・・。地味だった彼女は、婚約者になった僕の為、できる限り精一杯のオシャレをしてくれるようになった。会社の皆が驚いてた。本当は凄ーく美人さんだったんだから」


(そういうことなんだ……それこそが、復讐)


「同棲するようになって、実は家事が凄く上手くてテキパキしていることを知った。そして結婚式と……先日の出産かな」

「それは?」

「ご両親にこれまでの感謝を涙ながらに述べる表情カオ。化粧が崩れちゃうほど泣きながら、満面の笑みで友達と抱擁して」


(結婚式の想い出か)


「娘が生まれてきたときの、母となったことに対する不安の混じった、でも母に成れたことに安心もした笑顔。君にも見せたかったなぁ。あの時のトモカさんのカオ


(そして出産に至った先日の……)


「……あ……」


ーそこはもう、君の領域じゃないんだ・・・・・・・・・・。そこから先は、トモカ殿の御主人だけの領域だから・・・・・・・・・・・・・・・・君は手を出してはいけないんだ・・・・・・・・・・・・・・


 そこまで聞いて、不意に、娘さんが生まれ出る直前、トリスクトさんが口にした言葉が呼びさまされた。


ーちょっと待って。兄さんはこれ以上入っちゃ駄目・・・・・・・・・・・・・・兄さんにはもう・・・・・・・その資格はない・・・・・・・


ーそうね。理由はどうあれ、トモカは彼の領域内だもの・・・・・・・・・・・・。そんなつもり無くとも踏み入れてしまったら、二人だけの領域セカイ。いえ、親子三人の世界をけがしかねないー


(あぁ、やっと……わかった)


 蘇ったのは、リィンとエメロードの言葉も同様。

 あの時は分からなかった意味が、いまなら分かるような気がした。


(だからエメロードはその後、『ここから先、立ち入っていい異性は、トモカの夫ただ一人』って……)


 リィンの口にした「資格・・」という意味だけが唯一分からない。

 だが確かにあの場面だけは、トモカさんをここまで強く想える旦那さんだけの宝物である気がした。


「君の存在によって、トモカさんが次々新しい表情を見せてくれるって言ったのは、そういうこと」


(『そういう事』ってどういう? そんなこと言われたっけか? まさか《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》が言われたセリフだったりして)


「えぇと……」

「《元カレ》では見る事の出来なかったトモカさんの新しい表情、徹君がいることで、僕も一杯見ることが出来るでしょ?」

「お、俺を利用しますか」

「利用するよ?」

「何が何でも《昔の恋人》に負けたくないんですね。話聞くと、もう圧勝している気がするんすけど?」

「まだまだ。草葉の陰で見ているかもしれないクソ野郎に、『これでもか!』って念押すほど、僕と一緒にいるトモカさんの、より一層楽し気な顔を見せつけてやりたい」


(あ……れ? ちょっと待て。何かおかしい。いやおかしいというより……もしかして旦那さん……)


「そのためにはもっともっと、トモカさんに幸せになってもらいたいから」


(……復讐……かぁ)


 このお酒の席で、旦那さんの言いたいことは理解した。


「そして幸せになるためには、やっぱり充実味が必要で。そうなると仕事や使命とか、役割とかが必要になるなんて思っていたりして……」


 「復讐」と最初に強い言葉を聞いた時、驚いたものだった。

 だけどここまで聞くうち、俺は旦那さんに対し、とある別の印象も頭によぎった。


(復讐……ねぇ?)


「トモカさんはきっと、その役割が多ければ多いほど、色んな活力あふれた顔を見せてくれる。僕の恋人であったトモカさん。奥さんになったトモカさん。結婚して宿を継いだ前、仲居修行に頑張るトモカさん」

「いまは女将さんとしての一面カオを持ち合わせながら忙しくし、今回新たに、お母さんの立場カオを……」

「さらに、君がいる」


 多分、復讐という言葉を使ったが、その中身はまるで違うのではないかと思い至った。


「俺の保護者としてのトモカさんの役割カオですか?」

「娘の母と、《従弟いとこ》を可愛がる《従姉アネ》としてのトモカさんというのも、厳密には違うじゃない? トモカさんは君を心配できる。それは君がいることで、一種充足感を感じられてる証明さ。それも幸せを構成する一つ」


(たぶんこの人は、トモカさんを幸せにするということを、「復讐」という言葉を借りて実現しようとしているだけで、本当は……)


「と、言うわけで、君が正規魔装士官になれなかったら、い・つ・で・も・ウチのホテルに就職していいんからね! トモカさんの幸せの為に!」

「お、俺のキャリアは……」

「もちろん重要だよ!? トモカさんと、娘の幸せの次くらいには」

「ハッ! お父さんとしての優先順位は妥当だと思いますよ? ま、考えておきましょうか」

「頼んだからね?」


(何となく理解しちまった)


 きっと旦那さんは、復讐相手である《昔の恋人》の男に対し、トモカさんを全力で幸せにしようとすることで……彼の冥福を祈る・・・・・・・とともに、「アンタが残したトモカさんは、自分が、この手で幸せにしてやるから、心配するな」と、励ましている・・・・・・・


(流石はトモカさんの旦那さんっつーか……でっけぇ男だよ。本当)


 この人には、どう逆立ちしても、俺には敵う気がしない。


(途中、話を聞いて空恐ろしくなったけど、ここまでくると話聞いてよかったな。トモカさんのこと、俺も一層大事に想える。旦那さんへの理解も、一層深まった)


 そんな二人に、赤ん坊が生まれた。

 だったら俺だって良い兄をしなければならないと、改めて自分に言い聞かせることもでき……


「あ、ちなみに言っておく。僕らが見たい徹君というのは、君にとって大事な人たちと君が一・・・・・・・・・・・・・・・緒にいる場面がマストだから・・・・・・・・・・・・・

「えっ?」

「ルーリィ君やシャリエールさん。三縞校の学生達だって、大切だろう?」

「あ……」


(トリスク……)


「あぁっ……」


(そう……だった。残念でした俺。残念……すぎました)


 こういう話を聞いてしまったから、思ってしまう。

 これから旦那さんたちへ、俺から何が出来るかもっと考えようと。俺にとって大切な人たちの事、もっともっと大切にしていこうと。


(俺には……そんな未来無かったんだ)


 思いだしてしまった。

 どんなに願ったところで許されない、それは叶わぬ夢。


 《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》が目を覚ました以上、ダミー人格に等しい《記憶を失った山本一徹今の俺》が存在し続けることは許されない。


 共にあれる将来など、もはやなかったのだ。


(きっと、ドンドン楽しくなっていくんだろうな。この家族、もっともっとしあわせになっていく。でもその時、俺はもう……この人たちの傍にはいない)


「だ、旦那さん。あの……」

 

(この人たちといたかった。もっとこの人たちの家族でありたかった。トモカさんと旦那さんの弟分でいて、新しく生まれた女の子のお兄ちゃんやったりして……)


「その……俺……」


(消えたく……ない。消えたくないっ。きえたくないキエタクナイ消エたクなイっ!?)


「お、俺はっ……俺は……」

「うん?」


(俺も消えるのかっ!? 俺が消えたら……トモカさんと旦那さんこの人たちの記憶から俺がいなくなるのかっ!? ならねぇだろうが!? だったらせめて、そうなってくれよ!?)


「どーした? 徹君?」


(なっちまう! 俺もっ!? その元カレみたいに! トモカさんと旦那さんこの人たちと関係を深めれば深めるだけっ……俺が消滅したことを知ったら……一体どれだけの衝撃を……ッツ!?)


 引くも地獄で進むも地獄。八方ふさがりとはきっとこういう事を言うんだ。


(何とか旦那さんがトモカさんの心を救ったのに……また壊れるのか・・・・・・・っ!? 俺が壊すのか・・・・・・・!? そして今度は……旦那さんも壊すのか・・・・・・・・・っ!?)


「……改めまして。娘さんの出生、おめでとうございます」

「あっはは! また絞り出したような声だね。まるで死の淵から声が聞こえる様だ」


 「俺は消滅します」……言わなければならない。言えようはずがない。

 どうしたらトモカさんと旦那さんこの人たちが傷つかないだろうか。消滅することを隠せば、今は傷つかない。


 だけど、いつかその時はやってくる。


「うっ……うぅ……くぅっ」

 

 先んじて言ってしまう……か? 

 どういう顔で、今後会えば良いというのだろう。


「うん……これからもよろしくね・・・・・・・・・・。徹君?」


 色々、考えなくてはならない。

 消滅することを伝えるか否か。伝えたとして、決してトモカさんと旦那さんこの人たちを傷つけない話し方。


 《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》がいる以上、急に人格がシフトチェンジしてしまうだろう。

 少しずつ別れの準備を整え、旦那さんたちの別れに対するストレスを最小限に抑えつつ、成し遂げるやり方など無いのかもしれない。


(駄目だ。考え付く自信が……一つとして無い)


「……はい……」


―それは……未練ではなく、後遺症……―


 「言わなくては」とも思うのに、その勇気が出ないうち、旦那さんの呼びかけに耳障りの良い答え返す付くしかできない自分に、無情感しかない。


―なかなかどうして……思いの他この野郎は……相当なる大人物だった―


 既に冷めてしまっていたテキーラお湯割りの入ったジョッキを差し出す旦那さん。

 「これからの事に期待している」って、乾杯したいのだろう。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


 同じ物が入ったジョッキを俺もぶつけなければと思うのに、中身はもはや3分の1しか残っていないのに、やけに重く感じた。


 チンと小さく響く、ジョッキ同士の打ち合いの音。

 俺にはチーンと、意気消沈を現したようにしか聞こえない。


―……スマナイ。そしてありがとう。アンタにしか頼めない。アンタなら大丈夫。トモカの事……宜しく頼む―


 胸の内で、はたまた頭の中か。


―別れ……か。突然の事だった。心の準備も、無かったからな―


 何か聞こえた気がしたが、きっとそれは俺の気のせいに違いない。


―言い得て妙か。だから俺はリングキーをずっと……―


 やりきれなさが募りすぎる。


―さてぇ? このままでは同じになっちまうのか? コイツがいきなりいなくなって、ルーリィやシャリエールは……―


(クソがっ!?)


 思いっきり煽って飲み切り、空になったジョッキの底を、テーブルに叩きつけた。




















 あぁいや、書き直しもやっとここまで来ました。

 この物語って、魅卯絡みの人間関係や、桐京とうきょう校の《オペラ》、貴桜都きょうと校のヒジキの登場が無い形でクリスマスイベントまで書いてから始めっから書き直してきてるんすよね。


 やっとここまで来ました。

 2、3年越しの書き直しもなんとかやってこれたのは、いつも読んでくれてる3-8名の読者様がいてくれるおかげです。


 ハーレ無双なストレスフリーというトレンドから盛大に外れまくってる本作を、いつも読んでくれてありがとうございますね。

 もーちょっとで書き直し始める直前で筆止めたクリスマスイベントに差し掛かります。


 さ、頑張って行こう。

 異動で職種変わって死にそうだけど。。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る