テストテストテスト107

「は? へ? え゛っ? なんで?」


 今、どういう状況かまったくわからんちん。

 分かっていることはというと、俺が何時間ぶりか何日ぶりか、はたまた何週間何か月ぶりに表面化したってことと……


「う……うわぇぇぇっ! オロオロ……うっ……エロエロエロ……げぇぇぇっ!?」


 胸のあたりからこみ上げるとてつもない吐き気を、抑えることが出来ないってことくらいだ。


「はっ……はっ……この感じ……まさかお酒飲んでたのかこの体?」


 個室トイレは便器に顔ツッコんで、盛大にそしてひとしきり吐きまくった俺は、喉から醸される酸っぱい匂いに再び「うっ」と喉元で嘔吐えずきそうになった。


「これでもこの半年間健康には気を付けてきたつもりだ。表面化するようになって、はしゃぎも過ぎるのか? 大事な身体だ。も少し労わって頂戴よ」


 ふらりと立ち上がる。

 足元覚束ないながら、何とか洗面所に辿り着いた俺は、手の甲で口元を拭うと化粧鏡を睨みつける。

 

「なぁ? もう一人の俺よぅ」


 鏡に映るのは俺の顏。

 しかし俺が呼びかけたのは、《記憶を失った山本一徹今の俺》が表面化している間、俺の肉体深くに沈んでいるはずの、《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》に対してだった。


「あー駄目だ。ちゃんと言っとかねぇと気が済まねぇ」


 ポケットから学院支給の携帯端末を取り出す。

 あて先は自分自身。自動送信設定で、送信タイミングを翌日にした。

 今でこそ俺が表面化しているが、一夜明けたらまた《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》が表面化しているかもしれない。

 ちゃんと読んでもらうようにだ。


「……へぇ? 最近時間が経つのが早いな。前回表面化したのがトモカさんの出産日。それからもう、20日が経っているのか」


(さ、状況の整理だ。見たところ何処かの飲食店ってこった)


 自動送信設定でクレーム発進作業を終え、再びポケットに携帯端末をしまう。


(酒を飲んでるってことは、大人と店にやって来たってことか)


「誰かと飯を食っていた。さて、それが誰か……だが?」


 そこまで思ってため息をつく。

 考えても詮無いことだ。

 どのみちずっとトイレにも籠ってはいられない。

 小さく「よし」と自分に気合を入れてみる。洗面台から離れ、トイレで入口のドアに腕ぇ伸ばして……


「お……イ?」


 ドアを、開いたまではよかった。


「わぁい! 徹君おっかえりぃ~♪ 随分おトイレ長かったねぇ!?」


 ホールの中、客がついているのは一席だけ。

 座っていたのは俺の兄貴分の旦那さんで、それは良かったのだが……


「年上、待たせてんじゃねぇぞ固羅ゴゥルゥアッ!? お゛ぉ゛っ!?」

「……嘘ん……」


(おヒ、《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》。旦那さんと飯ぃ食いに来たのは別に……いい……んだが……」)


 旦那さん、入って・・・やがりますん。。。ORZオーアールゼットォォォ!?


(おま、一体何をやらかした・・・・・・・・・。旦那さん、滅茶苦茶プッツン来てんじゃねぇか!?)


押羅おらっ、いつまでボサっと突っ立ってやがんだ。さっさと戻ってきやがれ! あ、マスター! テキーラお湯割り二つね」

『うぃっしょ~!』


(『うぃっしょ~!』じゃない! テキーラお湯割り二つじゃないっ!)


 この状況、一目見て思い当たったことがある。

 若しかして、今の旦那さんのこの面倒くささに辟易して、《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》は《記憶を失った山本一徹今の俺》に人格をシフトチェンジしたんじゃなかろうかと。


(そいつぁちっと羨ましいぞ? 俺はどんなに望んでも出来ないのに、アッチは自由にどっちの人格を表面化させるか切り替えることが出来るってことじゃないのか?)


 もしその予測が正しいのだとしたら、正直なところ迷惑千万な話しである。

 都合が悪い時だけ《記憶を失った山本一徹今の俺》に意図的に人格シフトチェンジが出来るとするなら、《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》にとって嫌なこと。ストレス局面時だけ俺が前面に出されることになる。


「だ・か・ら・徹っ! 集合!?」

「は、ハイ~!?」


 嫌じゃん。

 楽しいこと嬉しいことばかり、《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》が享受して、《記憶を失った山本一徹今の俺》には苦しくて辛い場面ばかり押し付けられるんだ。


「……うん? オイ徹」

「な、なんでしょう?」

「お前、トイレでしこたま吐いて来ただろ?」


 俺が席に付くなり、旦那さんは俺の事をジィっと目も細めて見つめ、そんなことを言ってきた。


「わ、わかります?」

「わかるも何も、毒気の抜けた顔してやがる・・・・・・・・・・・・

「ど、毒気……ですか?」

「胃の中身と共に、いろんなものを吐き出せたんだろうよ。なんか久しぶりにいつもの・・・・俺達の徹・・・・の顔を見た気がする」


(こ、この人は……)


「最近のお前、目つきも顔つきも悪りぃ。時折ソッチ系スジモンの空気すら感じさせるくらいだ。ぶっちゃけマジにムカついていたところはあった」


(ポワワンとしていて、なかなかどうして鋭い)


「嫌な気をまき散らしていたんですね」

「おうよ。ここしばらく俺も何度か、建設会社やってる後輩に樹海で生き埋めにさせっか、船宿やってる同い年のダチに駿雅スルガ湾に沈めてもらおうかの一歩手前まで思ってた」

「思いとどまってください。お願いします」


(んでもって恐いわ。時折思うけど、旦那さんって宿の支配人の前どんな人だったんだ?)


 ホンホンワカワカな笑みは口だけにて、今旦那さんの目が座りまくっていた。


「あ~で? 何の話してたっけ? あぁそうそう、思いだした」


(にしても、本格的に評判悪いな《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》。俺だって苦労して引き継いだつもりなんだ。この想いを無碍にしないでほしいんだけど)


「うっし、じゃあ徹呼び捨てから気持ちも改めて、徹君。覚悟はいい?」

「ふぁっ!?」


(あ、そやった。トイレに出てくるなりの一喝で意識もぎ取られていたけど、《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》がトイレに入るまでになんか話をしているはずだった)


「トモカさんの……心に傷についての話だ」

「心の……傷?」


 テーブルに出された料理の、薬味ねぎを箸で摘まんで口に入れて、旦那さんはゆっくり口を開いた。


「まだ僕がホテルを継ぐ前。各地の旅館のサービスや、地方観光戦略を学ぶため、旅行代理店に勤めていた。そこへ転職したのが……」

「トモカさん……ですか?」

「化粧っ気はほぼゼロ。太い黒ぶちの眼鏡なんか掛け、感情表現も乏しい。会社の制服も色が明るい方じゃなかったから、一層暗く映って」

「えっ?」


(ちょ、待て!? 一体何の話だよ!?)


 トモカさんはかつて旅行代理店でOLさんやっていたという話。

 そりゃ、俺だって曲がりなりにもホテルの手伝いをやっている身。知り合いだっている。

 それゆえ、その仕事のイメージは容易だった。

 

「あの、旦那さん。いきなり過ぎてどう反応していいか分からないんですけど。お客さん来たら、明るく懇切丁寧。フレンドリーに商品の説明や提案をする。俺の知っているトモカさん像にはピッタリのはずです」

「今僕が話しているのは、徹君の知らないトモカさんのお話しだよ?」

「そんな……まさか……」


 色々分からないことはあった。

 どうしていきなりトモカさんの過去についての話が展開されているのかもわからない。

 示された過去のトモカさんの、今のイメージとまるで違う様相を耳にしては、ピクリとも身動きが取れなかった。


「と、トモカさんの事です。きっと社内外からの評判だっていいに違いない……はずでしょう?」

「そう思う? 確かに今のトモカさんを見たら誰しもがそう思うよね?」


(違う……だと?)


 理解できなかった。


「僕の会社で4社目だった。なんでも彼女はどの会社でも人づきあいを全くしなかったようでね。興味あるそぶりすら見せなかった。でも能力があったから仕事は出来る。人間関係で揉めに揉め、転職を繰り返した」


 絶句を禁じ得ない。

 陰鬱なイメージ。「あのトモカさんが?」と思わず口に出そうになった。

 

「で、その問題は僕の会社でも起きたわけだけど」


 気分なんて急転直下だ。

 話を聞いて、俺がトモカさんを心配しないわけがない。


「それがねぇ、僕絡みだった・・・・・・・

「……あ゛?」


 その流れで、いきなり旦那さんが問題発言かましたのだ。


「お、いいね。いよいよもって僕の知ってる徹君だ。トモカお姉ちゃんが大好きな弟く……」

「ん゛あ゛ぁ゛っ!?」

「うん、徹君? 行けないよ? そんな目で保護者を見るのは。完全に僕の心臓射抜くレベルだよ?」 


 視線向けないわけがなかった(知らずのうちに目つき悪くなったのは申し訳ね)。


「何を隠そう、僕は前の職場でモテて……うん、もう一度言うよ? そんな目で保護者を見るもんじゃない」

「これから紡がれることと内容次第では、旦那さんへの見方が変わっちゃいそうなので」

「恫喝していたのはさっきまで僕だったはずなのに、一瞬で形成逆転された気分だ」


 いかんいかん。

 知らずのうちに悪くなってしまった目つきは、一層悪くなったようだ。


「手当たり次第女の子にちょっかいかけてたとか。そんな徹君みたいな男じゃないよ・・・・・・・・・・・・僕は。会社で交際に発展したのもトモカさんだけさ」

「グファッ!」


 とか思ってたら、やり返されてしまった。

 って言うか「俺みたいって」。旦那さん酷くね?


「数年勤務して、各地の観光戦略をあらかた学んだらホテルに戻ろうと考えてた。ホテル御曹司と思われてたんだ。そういうステータス目的の女子社員が多くて」

「それとトモカさんの人間関係が悪くなったってのは……まさか、交際状態に発展したからですか?」


(いや、もし旦那さんの言うとおりなら、当時のトモカさんが誰かと付き合うこと自体、想像できないんだが)


「僕が仕事で、あまりにもトモカさんに頼っていたからなんだよねぇ」


 自分のテキーラお湯割りを一気飲みし空になると、間を置かず両腕全体に入れ墨モンモン刻んだマスターが「兄貴、お替りっス」と自動的に同じものを持ってくる。

 旦那さんは「足りねぇよ。こういう時二杯持ってくんだよ。わかってねぇな」と再び一飲みし、ため息をつき、三杯目のテキーラお湯割りを求め、またマスターに腕をかざす。

 「すぐ持ってきます。兄貴も丸くなりましたね。昔はこういう時すぐに手が出たのに」とはマスターさんの言葉で、厨房に戻っていくその背中を、旦那さんは開いた手で頬杖をつき眺めていた。


(うわぁ、勘弁して頂戴よ)


「トモカさん、仕事が早くて丁寧で。僕より二つ年上なんだけど。そういうところもあって、社歴は僕の方が上なのに凄くお世話になった。仕事で絡むことも多くなって」

 

(旦那さんの入れ墨モンモンマスターへのやり取りとか、盛大にツッコミたい。樹海生き埋め承諾しそうな建設会社社長とか、駿雅湾沈め協力しそうな船宿主となしてお知り合いかとか!? 凄い気になるのに……)


「それを……他の女子社員たちは勘違いした」


(突っ込めねぇぇぇ! トモカさんの話の方が重要すぎて、そっちも聞きたいのにこっち聞くしかねぇぇぇ!?)


「……会社内いじめが始まってね」


 思い出している旦那さん。


「面倒くさい話ですね」


 きっとそういう事。見せる表情が、それをありありとわからせる。


 俺にはそれに対し何も言えなくて、ただ俺用に出された少し冷めたテキーラお湯割りの中身を、少し舐めただけにとどまった。


「でもトモカさんも4社目。三十前半にも至ってたことで、なんとかその会社で頑張ろうとしてたけど。無理が祟って倒れてね」


(……お酒より、水が欲しい)


「目の前で倒れたとき、慌てた。上司に無理言って、彼女の自宅まで送って。恥ずかしい話、僕もまだこの時まで、イジメにあっていることを知らなかった」


 あの女性ヒトを苦しめる存在がいた。


 耳にするだけで、体は熱くなった。

 血の巡りがよくなっているのだろうか? それはアルコールのせいもあるだろう。


「そして……見てしまった」

「……見た?」


(あ……)


 冗談抜きの表情。

 机挟んで向こう正面から、旦那さんは俺の目を見据えていた・・・・・・・・・・


 話し始めたのは旦那さんの方からだ。

 「覚悟して聞いてくれくれ」とは恐らく、ここからなのだろう・・・・・・・・・


ゴミ溜め部屋・・・・・・

「……えっ?」

「その名の通りゴミにあふれた、おおよそ女性の住む場所に似つかわしくない、異常な光景・・・・・


 あまりに衝撃的な発言。


「おかしいと思ったんだよ。自宅に送る途中ね、『ここまででいい』と拒絶されて」


 言葉を失っただけじゃない。俺はキーンと、耳鳴りすら覚えた。


「でもトモカの腕を離すと立ち上がる力はやっぱりなくて。だからまた腕を引っ張り上げた。それを繰り返しトモカさんの自宅に近づくにつれ、トモカさんは……」

「と、トモカさんは?」

錯乱し始めた・・・・・・


(ッツ!?)


「あ……えっ……?」

「申し訳ないというのを承知で、最後まで送り届けた。トモカさんの、部屋に、僕は立ち入った」

「そん……な……」


(あのテキパキしたトモカさんが。あり得ない! ゴミ屋敷だとっ!?)


 炊事洗濯家事掃除。なんでもござれなのがトモカさんの印象だ。


「洗い物の溜まったシンク。いつから放置されたか、食べ物の残りカスから腐臭が……やめよっか。食事中だったね? コンビニ弁当などのプラスチック容器は、ゴミ袋に入ったまま……」


(作ってくれるご飯なんてすっげぇ美味しくってよ。旅館で女将としてバリバリ働いて……)


「締め切ったカーテン。洗濯物なんかは、下着ですら適当な部屋干し。部屋中カビ臭さが漂って……」


(合間時間使って、母屋内の家事を手早く、確実にするような。そんな女性ヒトなんだぞ!?)


「仕事とは打って変わった堕落しきった生活環境。あの落差、干物ひもの女子の範疇はんちゅうをとうに超えてた。女性らしい部屋とは……いや、それ以前かな」


 いつもの、ハツラツとした笑顔のトモカさんの顔が思い浮かんだ。


 一方で、話に出てきたゴミ屋敷もイメージしてしまった。


生きてる人間の部屋に・・・・・・・・・・は思えなかった・・・・・・・活きていない・・・・・・と言った方がいいね。人は生きるため、食べるため、プライベートをより充実させるため仕事をするはずなのに」

「トモカさんは……私生活で死んだような・・・・・・……」

「というより、生きることを・・・・・・放棄した・・・・

「う、うっぷ……」


 そんなことを考えてしまったら、お酒による酔いにプラスオン。胃から胸に、喉元にこみあげるものがあった。

 慌てて手で口元を抑えにかかる。

 あと少しでもショックを受けたなら、せりあがったものを噴出ふんしゅつしてしまいそうになった。


「ゴメン。ごめんね徹君。部屋についての話はここまでにしよう」


 それに慌てたように、旦那さんが身を乗り出す。俺の肩に手をのせた。


「いつも頼ってしまってるトモカさんに強い恩があった。そのような光景を見せつけられた。気になってしまった。『この女性ヒトを、このままにはできない』って」


(あぁ、そうか。この人……)


 先ほどからの、酔っぱらいの浮かれた顔は今はない。


「プライベートなら仕事ほどきっちりしなくていい。としても限度がある。思うようになったんだ。『何か、理由があるんじゃないか・・・・・・・・・・・』ってね」


(そこからトモカさんを、意識し始めたのか)


 真剣な顔の中に、覚悟を決めた色。


トモカさんを好きになって・・・・・・・・・・・・トモカさんが・・・・・・……旦那さんを好きになって・・・・・・・・・・・……)


 何だかな、この感情。

 旦那さんと飲みに来たらしい《記憶を失う前本来山本一徹もう一人の俺》から急に《記憶を失った山本一徹今の俺》の人格が表面化した。

 そこから喜怒哀楽が、俺の中で目まぐるしく移り変わる。


 そしていま感じるは、ポッカリと胸に穴が開いたかのような……


(二人の……始まり……)


 多分・・そういうことなんだと思う・・・・・・・・・・・・


(本当に、節操ないねぇ俺って)


 俺の周囲には、《記憶を失った山本一徹今の俺》を俺として認めてくれる、ルーリィやシャリエールたちがいてくれた・・・

 だから、これまでとても良くしてくれたあの女性ヒトを、無意識中に仲のいい、一保護者として見ることができた。


(トリスクトさんがいてくれた。シャリエールがいてくれた。あんなにナルナイは俺のことを慕ってくれた。小隊アイツらが俺のことを心配してくれるっての、わかってる上で、そんなこと想っていたんだな。そして……月城さん……)


 しかしここまで改まった話、トリスクトさんや月城さんらがいない今聞いているからか。

 今更ながら俺は、叶うはずないの気持ちに、気付いてしまった。


(俺、トモカ姉さんの事、好きだったんだ……)


 この寂しさ、良く知ってる。

 三縞総合病院で目覚めてから今日までの半年以上、もう何度となく受け止めた物だから。

 俺、また、失恋してる。












トモカ分だけ、あともう一話連続投稿予定しときます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る