テストテストテスト106

「はぁぁぁぁ、可愛いなぁ♡」

「母子ともに健康だと聞いている。まずは大事がなくて何よりだ」

「や、やっぱり、死ぬほど痛かったのかしら。一般的には良くそういった話を聞くけれど」

「それを乗り越えることができるのは、ひとえに愛ゆえに出すわ♡ お嬢様♡」

「ん~。可愛い……」

「フン。まるで猿だな」

「そういう割に、口元が歪んでいるのだが? 蓮静院」

「黙れ壬生狼。余計なことは口にするな」

「出産ですか。やっぱり性別的に考えてしまいますよね。にしても、お二人が無事でよかったぁ」

「なるほど。流石にこれを見せられたら、大変だったと納得せざるを得ないな。うん? どうかしたのかトリスクト?」

「あ、いや……なんでもない」


 《記憶をなくす前本来の一徹》と、《記憶を失った一徹》が必死になって作った関係者との溝は深まり、広がるばかり。

 

「フランベルジュ教官も浮かない顔しているな。山本との縁に、なにかあったと考えるのが妥当か?」

「うつっ……子供は、大人の事情に余計な首を突っ込まないでください」

「そ、そこまで歳の差があるとは思えないが……」


 三組メンバーだけじゃない。

 悪い流れはルーリィ、シャリエールにまで及んでいた。


「山本は? トモカさんのお見舞いに来てないの? トリスクト、何か知ってるんじゃない?」

「知らない……と言うのが正しい《ショタ有希》。彼は下宿から離れてアパートを借りた。昼は私が桐京で宣伝活動の仕事に出、三縞に帰ってきても拠点が違う」


 トモカが出産してから早20日。

 トモカを愛しすぎて心配すぎる旦那の計らいで、もう必要ないはずなのに未だ検査入院は継続されている。


 トモカは赤ん坊を抱きながら、ガラス張りの談話室で旦那と笑い合っている。

 ガラス越しにその光景を眺める教官シャリエールと《三年三組》一同の中、一徹だけこの場にはいなかった。


「やぁやぁ、勢ぞろいじゃないか皆」


 談話室から出てきたトモカの旦那は、人のよさそうなホンホンワカワカした笑顔を集まった皆に向けた。

 

「いんや、皆ではないみたいだね」


 が、一人だけいないのを目に、すぐに困った笑みを作った。

 

「シャリエールさん、徹君はどうしたい?」

「それは、あの……」


 三組というクラスで言えば、教官という立場上シャリエールが一番上。

 しかしシャリエールにとってトモカとは驚嘆に値する人物で、その夫となるトモカの旦那から呼びかけられると立場が弱い。


「最近の君たちは、何かおかしいように見えるよ。ルーリィ君は徹君から距離を置いているように見えるし、シャリエールさんは徹君から距離を取られた・・・・・・・・・・・

「うっ……」

「いつの間にアパートを借りて下宿を離れる準備をしていたというのには驚いたけど、ルーリィ君ではなく連れて行ったのはシャリエールさん。で、そのシャリエールさんすら下宿に戻すって、まったくもってどうなっているんだい? とね」


 問いに対して、しどろもどろになるしかなかった。


 そう、本格的に目を覚ました《記憶をなくす前本来の一徹》は、一人暮らし用のアパートに連れ込んだシャリエールを今日までに追い出してしまっていた。


「んー……遅めの思春期? 反抗期とか? 僕もそうだけどちょっとねぇ、トモカさんが心配している。出産当日以来、ただの一度も顔を見せてくれないってね。しかも出産日より少し前から、ほとんど声も掛けてくれなくなった」


 シャリエール含め、誰も何も言えなかった。

 いや、「もう旦那さんの知っている《徹くん》は消滅しましたよ」とは誰も言えなかった。


「まぁ三縞校の事は僕にもわからないけど、はた目から見てあまり宜しくはないかな。《山本小隊》、正直壊滅状態にあるんじゃないかい?」

「あ、いえ、それは……」

「ご心配をおかけするようなことは……」


 そんなことを知らないトモカの旦那はマイペースに話をつづけた。


「まともに学院にも出れてないことは知ってるよ。ルーリィ君とシャリエールさんは魔装士官学院の宣伝に。アルシオーネ君にナルナイ君とリィン君が、僕とトモカさんが抜けたホテルの穴をカバーしようと働いてくれてる。違うかい?」

「出産に伴う生活リズムの変容は仕方ないと思います。私たちもそのあたりに理解が無いわけでは……」

「気持ちはとてもありがたいし、頑張ってくれていることに感謝している。でもね、そこには若旦那として徹君の姿があるべきだった」

「わ、私たちは既に正規士官の内定は頂いています。学院に行かなくても……」

「学びは大切だ。だからこそ学校生活を犠牲にホテル仕事に精を出すリィン君の出席できなかった分の授業を、エメロード君がすべてノートにとっている。そのフォローがリィン君が学べないことを悔やんでいることを何より物語っている」


 その場にいる皆が苦しかった。

 いまの一徹は《記憶を失った一徹》ではない。なのに旦那は《記憶を失った一徹》と《山本小隊》全体を心配している。


 分かってしまうルーリィやシャリエールは必死に話題を反らそうとした。


 トモカの旦那は、原因が《記憶を失った一徹》にあると思っている。何とかしようとも考えているのだろう。


「ご、ご主人殿、一徹は疲労が溜まっており……」

「学院とホテルで多忙なのは知ってる。でももう20日以上。一週間も休養を取れば重要だと思うけど?」

 

 だが《記憶を失った一徹》に向き合おうとした結果、《記憶をなくす前本来の一徹》しか、もはや居ないのだとトモカの旦那は知ることになってしまう。


「決めた。少し一徹君と真剣に話してみようねぇ」

「ご主人殿!?」

「あの、それだけはっ!?」


 その話をきっとトモカも聞くことになるだろう。

 二人がその時どんな反応を示すか。ルーリィもシャリエールもそこが怖かった。


 三組全員もザワリと騒がしくなって……廊下遠く離れたところから顔をのぞかせた看護師が、人差し指を口に当て「静かに」と見せられたことで沈黙させられた。


「ハーレムを推奨するわけじゃないけど、やっぱり君たちの中心には徹君がいるべきなんだよ。徹君がいないから、先の三人も激務に追いやられて、あの娘たちもまだ僕たちの子供を見れていない」


 トモカの旦那は安心しろとばかりにニッと笑って、ルーリィとシャリエールの肩にそれぞれ手を乗せた。


「まぁ、やるだけやってみるから、まかせなさい」


 対して笑顔を受け止めたルーリィとシャリエールの顏には不安が張り付いて取れない。

 ハッキリと「任せられない」と表情が物語っていた。



「……なんだ? なん……ですか旦那さん」

「徹君、ご飯食べにいこーよ」


 トモカの旦那がルーリィ達に話を付けた(と、勝手にトモカの旦那は思っている)その日の夕方。

 アパートの玄関チャイムが鳴ったことでドアを開けた一徹が目にしたのは、腰に手を当て胸を張った満面笑みのトモカの旦那だった。


「『宅配です』って言ってませんでした?」

「だから心を届けに来たんじゃないか」


 一徹は面白くなさそうな顏を隠そうともしない。ぼそりと「さむ」とまで漏らした。


「一体何だって俺が……」

「いーじゃないいーじゃない。被保護者は、保護者の言うことを聞くもんだぜ?」

「んな義理は……」

「んーもう、どしたの急に人当たり悪くなっちゃって。年相応と言えば年相応か。僕もガキの時分、反抗期になったこともあったし」

「……あ゛?」


 が、一徹のリアクションなど見えて居ながらあえて無視するようにトモカの旦那は話を進める。


 特に「僕もガキの時分」と言われたことに一徹は反応してしまった。

 すなわち一徹はガキとして見られている。そして自分はその時代を過ぎた大人であるとトモカの旦那が明確な上下を作った様に思えたのだ。

 

「ガキっすか? ガキって言いました?」

「どうかな。それぞれ事情はある。事情を打ち明けたくないときもあるかもしれないけど、周囲は混乱し、迷惑している。それでいて押し通す。独りよがりって実にガキっぽいとは思わない?」

「あん……」


 あわや「アンタ」と呼んでしまいそうなほど、一瞬で感情は沸点に届きそうになった。

 そもそもトモカの旦那に対する《記憶をなくす前本来の一徹》の印象は、《記憶を失った一徹》のものとは違う。


 男とは独占欲が強いもの。

 トモカが幾ら元カノであろうが、何処かで自分の所有物だと思いたいところがある。


「何か悩みでもあるのかい? 話して見なよ。ぼかぁ徹君の兄貴分じゃないか」


 その、トモカの、旦那。

 ということは……


「兄貴分? 俺が……弟だと?」

「いんだよ~? 今日は僕が保護者だからちょこ~っとお酒なんか入れちゃっても。それとも……」

 

 一徹の想い出の中にある南部トモカを一徹から奪い、自らのものにしてしまった。

 肉体を蹂躙し、子まで成した憎しみの対象でしかあり得ない。

 

僕と向き合うことからも・・・・・・・・・・・逃げるのかい・・・・・・?」

「にげっ……」


 そんな存在からこんな物言いをされた。

 正面から向き合うという。話し合いだろうが食事だろうが一徹の中では決闘の心持だった。

 

「上等だよ。やってやろうじゃねぇか」

「はっ!? へぇ? テメェ・・・もそんな顔できんじゃねぇか徹ぅ・・


 別に、決闘と見ればすべてに噛みつく男ではない。

 が、一徹は、落としてはならない勝負には決して負けない類の男だった。

 

 ある意味これは報復にも違いない。

 一徹が見せる悪辣な笑みよ。

 南部トモカを嫁として一徹の手から奪い取ったトモカの旦那に、雄としての格の違いを思い知らせてやるのだと。


 ――そんな《記憶をなくす前本来の一徹》の意気込みは、どうやら空振りだったらしい。


「と……思っていたんだがね……」

「うぇ~い。徹君ももう一杯うぇ~い」

「コイツ、ペースが早い。しかもなかなかにうわばみか」


 アパートから引きずり出し、市内を通る小川傍の店に《記憶をなくす前本来の一徹》を連れたトモカの旦那。

 別にここにきて口論や言葉の差し合いには発展しなかった。


『僕に任せておきなさい。保護者がいれば大丈夫っ! 何よりこの店は気心知れたマスターの経営だし。常連客ばっかり! パパラッチが密かに入店して隠し撮り……なんてことも心配ない!』

「参ったな。それに反してこの体、アルコールへの耐性がまだ弱すぎる」

「ささ、次行っちゃって?」

「ちょ、一旦酌を緩めろって」

「ん~? 僕の酒が飲めないってぇ?」


 ただ、状況は《記憶をなくす前本来の一徹》の押せ押せになっていた。

 酒の酌み交わし合いで、18歳が酒を飲んで十何年のトモカの旦那にかなうはずがなかった。


「コイツ、間抜け面してるくせに、酒席にだけやけに厳しい昭和のオッサンみたいなこと言ってきやがるな」

「おっと、昭和時代持ち出してくるなんて。僕ぁ昨今流行りのアルハラ|ジジイ《

G》とは一線画してるつもりだよぉ?」

「《あるはら》ってなんだよ。Gってなんだ?」


 さらに、次から次へとトモカの旦那が吐くセリフ、《記憶をなくす前本来の一徹》には聞き馴染みが無いのがたまらなかった。


「おい、だからいい加減酒は良いっての!?」

『何ならタバコの一本や二本、君が吸ったって多めに……』

「久しぶりに吸ってみたい気持ちはあるけど、今肺に入れたら吐くイメージしか湧かねぇんだ」

「そう! そだよ~! だから僕もこれまで一度も吸ったことないんだ! 『体に百害あって一利なし』ってトモカさんに怒られちゃうよ!?」

「勧めてんのか勧めてないのかどっちなんだよ!?」


 誤解を恐れずに言おう。

 《記憶をなくす前本来の一徹》は……酒が嫌いではない。寧ろ好きな部類に入る。

 浴びるほどに飲んで、忘れたい事柄を紛らわせようとすることだってないわけじゃない。

 もちろんそれはこの世界でのことではないし、呑み散らかした結果、結局紛らわせることも忘れることもできなかったが、酒の力に頼むような男でもあった。


「だからいいじゃない。こっから先は、酒が入らなけりゃ話せない。深い、ふか~いお話になるんだから」

「そんなの俺は求めてねぇってんだよ!?」

「うんにゃ、言い合いになるよりもよっぽどいいと思うんよぉ~」


 「それはこの世界での出来事ではない」と言った。ゆえに、あくまでこの世界以外での出来事である。


「ハイハイ、じゃ、もう一献」

「て、テメッ」


 トモカの旦那は、ふと優し気な眼差しながら、表情は寂しげなようで笑っているようで。はたまた何も感情を浮かべていないような貌。

 おもむろに、お銚子に入った桐桜華酒を《記憶をなくす前本来の一徹》

のお猪口に傾けるのだが、有無を言わせない。


「いやぁ、弟分と酌み交わす酒ほど、旨い物はないよにぃ?」

「誰が、誰の弟だよ。ったく」


 《記憶をなくす前本来の一徹》は断ることが出来ず、押し切られてしまう。


『徹君は僕の弟分さ。ラブワイフトモカさんのこと僕の次によくわかってるのがその証拠!?」

「はぁ?」

「ときどき嫉妬しちゃうくらいだもの。もしかして徹君は、全男子の夢、ハーレムを実現しながら実は、トモカさんを狙っているなんてことはないだろうねぇ! えぇっ!?」

「……さてぇ?」


 その話、すなわちトモカの名が出たその時、《記憶をなくす前本来の一徹》

の目は細まった。


「そんな叶いもしない夢を持っちゃ駄目だぞぉ?」

「叶いもしない? 俺の手はトモカには再び届かないと?」

「そだよぉ! 僕とトモカさんの間には子供が出来たんだ! 徹君との子じゃないんだぞぉ!?」

「手に入れるか入れないかの一点だけを見れば、子の有無はこの際関係ないと思うんだが?」


 酔っていることもあって、目は座った。


「ンフフ~徹君!」

「なに笑ってんだお前?」

「きっといいお兄ちゃんになってね! いや、絶対になっちゃうか! なにせ僕とトモカさんの娘だもの。絶対に可愛い娘になるに決まっている!」

「こ、コイツまさか……」

「いや語弊があったね。すでにウチの娘は世界一可愛い。それが世界一の別嬪さんに今後なるんだよぉ!」

「俺の声……届いてねぇ」

「あ! でもね、娘はやらないよっ! 僕たちは確かに家族になったけど、君と娘で夫婦家族なったという意味じゃないんだからね! その辺は勘違いしないように!」

「チッ、皮肉も嫌みも通らないクソ酔っ払いが。相手するだけ無駄かよ」

「いやぁ……くふふぅっ! また、一つトモカさんの新たな一面を見つけてしまったぁ♪」


 だがトモカの旦那の方も完全に酒に飲まれていることもあって、シラフだったら即鉄拳制裁をくらわすような一言を幾つも浴びてなお、へべれけに嗤う。

 顔を酒で真っ赤に、ときに奇声を上げ手放しで笑うトモカの旦那は、《記憶を無くした一徹》なら微笑ましく思っただろう。


「んーふふ。今年はぁ……良い一年だったなぁ。人生最良……おっと、違う違う。毎年前年の3割増しで良くなっていきたいねぇ。来年は今年より、もっともっと良い年にしていこうね徹君?」


 現実問題、こんな酔っ払いが元カノのトモカを嫁にした。

 少なくない奪われたという感情を持った《記憶をなくす前本来の一徹》が面白いと思うはずがなかった。


「こ、こんな酔いどれにトモカは嫁いだってのか? このバカ面に?」


 お猪口をくいっと煽って、底をテーブルにたたきつけたトモカの旦那。

 酒臭い、熱い吐息を漏らすとともに、焦点のあっていない目と、緩み過ぎた笑顔に、《記憶をなくす前本来の一徹》は思わず拳を出しそうになった。


「う~ん。来年はぁ、激動の一年になるよ?」

「そーかよ?」

『そうだとも。今年も激動だったけれどね。君が新たに家族になって、娘も生まれた。君を慕って女の子たちが集まった。でもね、君は今年が士官学院最終年だ」

「……そうらしいな」

「学院を卒業したら、君は正規魔装士官になるのかな? 配属される駐屯地の兼ね合いもあるだろうし」

「ないよ。俺は、遅かれ早かれこの世界ここにはいられない」

三縞ここにはいられない? じゃあ徹君が離れたら、ルーリィ君もこの町から離れるのかなぁ?」

「別に町の話をしてるわけじゃ……」

「徹くぅん?」

「あぁ?」

「もし就職できなかったら、いつでもウチに戻ってきていいからね。本格的にホテル手伝ってぇ?」

「駄目だ。コイツ、話がまともに繋がらねぇ。っておい! だからこれ以上酒注いでんじゃ……」


 不意に、日本酒が入ったお銚子を、俺のお猪口にかたむけてくる。

 その時の旦那さんは、優し気な眼差しながら、表情は寂しげなようで。笑っているようにも見えて。はたまた、何も感情を浮かべていないような貌を見せるものだから。断れなかった。


「というより、ホテルじゃなくてトモカさんのこと宜しく」

「ッツゥ!? 本当、テメェ」


 トモカの旦那は、すこぶる《記憶をなくす前本来の一徹》にとって厄介だった。

 酔いどれにて、まともに話を受け止める価値はないと思わせる。

 が、トモカの名が出るなら、その都度、《記憶をなくす前本来の一徹》はトモカの旦那の発言に集中しなくてはならなかった。


「君がいるとねぇ、トモカさんは……次々とこれまで見せたことない表情を見せるんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ハァン? あ、そう?」


 が、この話向き。

 トモカの旦那の言葉を耳に、一徹は少しだけ楽しみを見出した。


「どうしたんすか? まるで旦那さんより、俺の方がトモカさんにお似合いの様にも聞こえますが?」


 トモカの旦那からのセリフ。

 どこかトモカは、「旦那よりも山本一徹という存在に重きを置いているのでは?」と。

 そのように聞こえた一徹は、特に酒で押せ押せの状況もあるからか、ここぞとばかりに自分が有利ではないかと優越感を見出した。


「クッ……クク……クハハッ!?」


 だが、それをトモカの旦那は一笑に付す。


「あん? 何が面白れぇんだ」

「いやぁ、つくづく……徹君が可愛いと思ってね・・・・・・・・・・・その身の程知らずさとか・・・・・・・・・・・

「あ゛?」


 あまつさえ……


「何が楽しいんだ。押羅オラ?」

「うん? そうだったらとっくに叩き出していたなぁって。っていうか君には、君が絶対に裏切れない・・・・・・・・・・彼女お目付け役たちがいるはずじゃない?」


 こういうところで、明確にトモカの旦那は一徹をコケにする。


「今は別にルーリィ達の話をしてるわけじゃない。俺たちが話しているのは……」

「断言しよう。徹君如きじゃ・・・・・・トモカさんの相手は務まらない・・・・・・・・・・・・・・

「なっ!?」


 ヒトのよさそうな笑みのまま、いきなりそのようなことを言われる。

 《記憶をなくす前本来の一徹》は一瞬、言われたことにドキリとしてしまって、緊張に押されるように注がれた桐桜華酒を飲み干す。


「あ、もういいって!?」


 喉を熱いものが一筋通るのを感じながら、優しく語り掛ける旦那さんの「まぁまぁ」という言葉と共に、改めて注がれたお替りをお猪口に収めてしまった。

 酒を押し付けられたというのが正しいか。


「徹君は、トモカさんの事どんな・・・・・・・・・・女性だと思う・・・・・・?」

「は? 今さら何言ってんだ。アイツは優しい。明るい。気立てがよくって見た目も悪くな……」

そっけなくて・・・・・・とても暗くて・・・・・・・ノーメイクでね・・・・・・・。細かいことに気が付くけど、それが却って『自分は仕事ができる。他と違って』なんて印象を周囲に与えてしまった」


 しかしトモカの旦那に聞かれた《記憶をなくす前本来の一徹》は気を取り直し、応えた。

 少し声を張り上げたような。

 あたかも「トモカの旦那だけじゃない。俺だってトモカの事を知っているんだ」言わんばかり。


「お、おい、何を言って……」

「それが、出逢った頃のトモカさんなんだ・・・・・・・・・・・・・・

「冗談か何かか?」

「それが冗談かどうかは君が聞いて判断してほしいな?」


 しかし、すぐにトモカの旦那が口にした内容が自らの持っていたトモカの印象とまるで違う故、《記憶をなくす前本来の一徹》は声を震わせてしまった。

 いや、衝撃はそれ以上かもしれない。


「ちょっと昔話をしようか。3年くらい前のことかな? と……その前にぃ……」


 驚かせたことに、なんの悪びれも見せないトモカの旦那。相も変わらずホンホンワカワカな笑みを見せながら……


おう小僧・・・・受け止める覚悟は出来・・・・・・・・・・てんだろうなぁこの・・・・・・・・・餓鬼ぃ・・・?」

「なっ!?」


 突然、入った・・・


 人畜無害そうな表情からの急転直下な発言の黙らされた《記憶をなくす前本来の一徹》……


これは俺とお前・・・・・・・男と男二人だけの秘密の話・・・・・・・・・・・・俺のトモカが・・・・・・出逢うまでに・・・・・・元カレに堕ちるところ・・・・・・・・・・まで墜とされた話さ・・・・・・・・・

「……え……?」


 決してトモカの旦那には負けないと噛みついてみた物の、最後の短い話のお題目を耳にした瞬間、


「元カレに……堕ちるところまで……墜とされた?」


 顔をひきつらせた。


「もう一度言うぞ?」

「い、いや……いい……」

「覚悟しとけよガキィ。この話をこれから聞く以上、絶対ぜってぇ退かせねぇかんな? お?」

「いやだからいいって!」

うっせぇよダボ・・・・・・・テメェの話なんざ聞いてねぇんだ・・・・・・・・・・・・・・・。ここまで来た以上聞いてもらう。テメェに選択肢はねぇんだよ・・・・・・・・・・・・・


 なんという事か。


「……わかった。わかったから……その前に一旦、トイレに行かせてもらう」

「ハハッ、やっぱガキだな。聞くのが怖くて芋引きやがった」

日寄ひよったわけじゃねぇよ! この俺が、山本一徹は・・・・・。ちょっとまってやがれ! ちゃんと話は聞いてやるよ!?」


 この一対一の食事で、雄としての優位性を見せつけようとした《記憶をなくす前本来の一徹》。

 戦闘にでもなったら秒でトモカの旦那を殺せるだけの力量差があってなお、その話題に至った途端、急に弱腰になってしまう。


「んだよ。ちゃんとおトイレできるか? 手伝ってやろうか?」

「うるせぇ! 黙ってろ!」


 トモカの旦那は「覚悟」という言葉を持ち出した。

 耳にし、席を立って店内のトイレに向かったその瞬間、《記憶をなくす前本来の一徹》は、トモカごとにおいてトモカの旦那に負けてしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る