テストテストテスト103

『あぁ~ヤッベェ! 体超あったまる!』

『うっひょう染みるぅ!?』

『一入すぎる! うますぎる!』

『超生き返ったぁっ!?』


 トモカが生まれたばかりの赤ん坊と夫とともに救急搬送されてからほどなく、今夜の状況は終了となった。

 荒天直下、しかも真冬の中で任務に明け暮れた百数十名は解散せず、山本小隊の下宿である三泉温泉ホテル旧館に再集結した。


 そうして凍えそうな彼らを待ち構えていたのは二つ。


『これなんてサプライズ!? 地獄から一気に天国じゃねぇの!』

『さっきの任務中はいつ終わるとも知れない極寒の中で、軽く心が折れかけてたわ俺♪』

「アッハハ♪ あ~サッパリしたぁ」

「んむぅ、今日よく眠れる」

「しっかりし給えよ。もう眠りそうな勢い……というかヨダレを垂らすな。まぁ確かに、一仕事をした後の温泉。石鹸の香りは落ち付くものがあるが」

「ウフフ。よく頑張りました猫ちゃん」

「ん、イインチョも頑張った。みんな頑張った」


 旧館の大浴場。

 いつもは小隊向けとし、女湯と男湯のうち女湯を、女子隊員と一徹とで時間差で使っていたのだが、今回ばかりはどちらも解放した。

 山本小隊、三組美少女らが女湯を使うのは当然として、三組男子、百を超す《山本組》男子たちをゆうに受け入れられる大浴場は一気に暖を取らせることを実現する。


 グロッキーを押してなお、一徹は浴場を手際よく清掃し温泉を引いた。感謝の気持ちからだった。

 

「まだまだあるから一杯食べてね!?」

「一体何だって紗千香がこんなことまで」

『『『『お替りっ!?』』』』

「だから、もう少し遠慮って奴を知ってよお前らっ!?」


 もう一つ。

 魅卯と紗千香お手製の芋煮。そして塩の利いた海苔なしオニギリ。


『かぁぁぁぁぁぁぁぁ! コレコレ! 久しぶりに食った! やっぱ冬は芋煮だよな』

『いや、うめぇけどコレ豚汁じゃね? うめぇけど』

『芋煮っつったらこっちだろ。牛肉の切り落とし、輪切った長ネギ、手千切りコンニャクを醬油ベースの』

『バーカ。芋煮っつったら豚肉なんだよ! 根菜入れて味噌溶かして。具たくさんでいてちょ~っと塩味と辛みが強い仙提味噌をだなぁ……』

『おま、勇気あるよな。ちなみにこっちの牛肉醬油ベースを作ったの、月城先輩だぞ?』

『ハイッ! 最終決定! 月城生徒会長が作った芋煮こそ正真正銘の芋煮にして究極! 至高!』

『必死過ぎんだよ』

『『『『『ギャッハッハッハ!』』』』』


 自分たちの指揮に従い、力を発揮してくれた戦士たちを、彼らの将官が労いの意思を料理で示して見せた。


「フム。どちらも絶妙な味わいだ。しかし味噌味で豚肉を使った芋煮とはこれまで縁はなかったが、これも芋煮なのか」

「確かに一見して豚汁としか思えないけど、これも確かに芋煮。東北桜州は芋煮で何種類かあるのよ。味噌ベースが美柳みやぎ県式」

「詳しいな灯里」

「石楠グループは全国津々浦々に拠点支店があるもの。月城さんが作ったのは山潟やまがた県式と言えばいいかしら。こちらが一般的に言われる《芋煮》よね」

「フン、両者の出身の違いが現れているな。月城生徒会長が山潟出身、確か胡桃音は美柳県の仙提せんだいだったな」

「これはっ……最高のご褒美だな」


 それぞれ好みで七味唐辛子なんて散らして、一層身体は温まるというものだ。

 夢中になってオニギリを頬張り、汁をすする。

 大きく息をついてニカっとした笑みが《山本組》問わず《英雄三組》問わず色んなところで弾けた。


『ガンスゥゥァァァ!』

月城魅卯様ルナカステルムのお手製料理なんだなぁ!』

『俺もう死んでもいいデフ!?』

『胡桃音の味噌味なんて邪道たいね』

『喜んでる奴らの気が知れんもんよ』

『『『『『我らは月城魅卯親衛隊インペリアルガードッ!』』』』』

「あ、アハハ……」

『う、うめぇ! うますぎるやん!』

『紗千香みたいな清純ビッチは、実はこんなに家庭的だったんじゃん!?』

驚きィあげちゃびよぃ……』

『ホントコイツぁ、何杯でも行けやすね。月城会長の作った物より食べ応えもあらぁな!』

『これはいよいよ、本格的に嫁に欲しいですね』

『『『『『結婚して紗千香二代目!?』』』』』

「……ウザ」


 特に魅卯と紗千香の取り巻き達の興奮度合いはこれまでにない程だった。


「でも胡桃音さん、本当に……花嫁修業にも真剣に打ち込んでいたんだね?」

「当然でしょ? 他の女蹴散らし隆蓮の正妻になる。それが子供のころから家族に命じられた私の使命。婚約レースは貴方に負けましたが、その後の勝者は私です」

「そ、そうだね……」

「にしても、壊れずに持ち直しましたか。つまらない」

「うっ」


 盛り上がる訓練生たちを前に、冷めた眼差しの紗千香は意識も向けない。刺々しい言葉で魅卯を牽制した。

 

「貴方が壊れてくれたら、いっそのこと今度は《山本組》どころじゃない。三縞校を掌握しても面白かったのに」

「私が壊れる壊れないは別として、三縞校の掌握は簡単じゃないと思うよ? 《山本組》が簡単って言うつもりもないけど、生徒会の皆だって一筋縄じゃないし」

「チィッ」


 皮肉に対し、魅卯からのやり返しに紗千香は舌を打った。

 面白くなかった。

 久我舘隆蓮絶頂期だった時は、どれだけイジメても魅卯はオドオドし、媚びを売るだけで歯向かうことも異論を挟むこともなかったのに。


「トリスクト、兄さまを知りませんか?」

「何だってこんなに勢ぞろいしている中、師匠がいねぇんだよ」

「私たちだってお風呂を頂いたけど、山本一徹はまだなのではないかしら?」

「食事だってまだとっていないような。ルーリィ姉さま、せめてオニギリだけでも持って行っては如何ですか?」

「トリスクト様、一徹様からお話を聞いているのではないですか?」


 続いてだ。山本小隊とシャリエールも同様に疲れを癒していた。


「一徹は今、若旦那という立場から支配人代理としてホテル業務を監督する仕事についている」


 ただいつもならこうした場で中心となってバカ騒ぎするはずの一徹がいないから気になる隊員たちの一方……


「そんな! 嘘だろ!?」

「そんな場合ではないんじゃないですか!? 今回の事件があって更にホテル業まで。最近の兄さまはあまりに働き過ぎです! 私っ手伝ってきます」

「『しっかり骨休めをしろ』……と。隊長命令が下った」

「何を言っているのですかルーリィ様。それを黙って聞き入れたのですか? こういうことは貴女がサポートするべき場面でしょう!?」

「それが、分からないんだ」

「る、ルーリィ姉さま、わからない……とは?」

「私が話しかけても、一徹は困った顔しかしない・・・・・・・・・・・・


 ルーリィは何処か心苦しそうだ。


「トモカ殿が産気づいた一報を耳にした彼が、《記憶を無くした後のこの世界における一徹》に戻ったところから、ただの一度も私に目を向けてくれないんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 活気に湧いた旧館宴会の間。

 しかし一部、この盛りに乗り切れない者たちもいるようだ。


【あぁ……テス、テス。本日は晴天なぁ~りって、荒天すぎるか】


 そんな折だった。

 旧館の館内放送、宴会の間に置いて一徹の声が轟いたのは。


【やぁやぁ皆のしゅ、本日はぁ……オッ疲れしゃっしたぁぁぁぁっ!?】

『『『『『イェェェェェェイッ/ヒュウゥゥゥゥッ!?』』』』』


 館内放送から名も告げられてないが、明るい声色で呼びかけられたことで特に《山本組》構成員たちが大いに盛り上がる。


【月城さん達が料理を振舞う予定ってのは聞いてる。大方今頃舌鼓打ってるところか? そんな皆に2点お知らせ。1点目、今日のとこ旧館に泊まって行ってくれ】

『『『『『よっしゃぁぁぁぁぁ!』』』』』

『温泉入って芋煮まで食って、こっから土砂降りの雨の中帰るってのは苦行でしかないと俺も思ってたぁ!』

『兄貴、よくわかってらっしゃるぅ!?』

【客室を解放した。女子訓練生は個室で割り当てるが、男子訓練生には悪い。一部屋2、3人で割り当てた。既に布団は敷いたから各自腹が膨れた者から休んで頂戴】

『おぉっ!? 流石ホテルマン! ホスピタリティが行き届いてるぅっ!?』

『なんかワリィな。兄貴に布団敷きなんかさせちまって』

『いいじゃねぇの。俺たちは闘う。兄貴がソレに応えた。取り合えず今日は素直に、感謝の意を拝して頂戴しようぜ?』


 温泉に浸かり、汁物で身体を温めた。

 あったかぁいお布団が待っている。

 歓喜だ。

 最高ではないか……と。


【そいでぇ、二つ目……だけんども……】


 任務が終ってからというものサービスずくめな状況。


【皆に……話しておかなきゃならないことがある】


 もしやまだ嬉しいサプライズがあるのではと、誰もが音声発せられるスピーカーに注目する。

 だから誰もまだこの時点で、一徹の口調がぎこちなくなっていることに気付いていなかった。


 それゆえ……


最近の俺が・・・・・、『人が変わった・・・・・・と言われることになった理由についてだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 折角体は温まったというのに、その一言は、宴会の間全ての者達の身体を再び凍り付かせてしまった。


――予想外過ぎた一言だった……から、しばらく時間まで止まったかのような。


【さてぇ? ぶち上げたわけだけど、皆どんなリアクションしてるか。俺の方からは見えないからな。ま、見えないで話したいお題だからこうして館内放送してみた】


 皆楽し気な笑顔のままにフリーズしていた。


【悪いと思ってる。全員無事の帰還で完全勝利。絶対に盛り上がってる状況でこの話題が白けさせるって知ったうえで、どうしても今言わなけりゃならなかった。明日にはまた俺は、人が・・・・・・・・・・・変わってるかもしれない・・・・・・・・・・・


 汁物の入った椀を畳に置く。口元まで持って来たおにぎりを下ろし、神妙な面持ち。


【もしかしたら人が変わってずっとそのまま。今の俺にまた戻るチャンスもあるかどうかわからない。下手したら、これが最後かもしれねーからなぁ・・・・・・・・・・・・・・・


 スピーカーを見やるなか、ゴクリと唾を飲み込む者もいた。


【結論から言おう。お前たちが見て来た最近の俺は……別人だ・・・


 さぁ、先ほどの盛り上がりとはまた別、


【《記憶を失う前の山本一徹》……と、山本一徹って名前も《記憶をなくす前の俺》から聞いたわけじゃないから、本当かどうか怪しいんだが。記憶を失ってゼロスタートから皆と出逢って培ったのが、いまの俺の人格。皆が知ってる俺だ】


 ザワリと宴会の間は騒がしくなった。


【どうやら今の俺と、《記憶を失う前の俺》とは人格が違う。そういう意味では間違いなく別人と言っていい】


 三組生の驚きは、《山本組》や《月城魅卯親衛隊》を遥かにしのぐ。

 畳に座っていた全員が、思い余って立ってしまう。


【実は編入前に初めて病院で目覚めてから今日にいたるまで、今の俺が気を失っている間、知らないうちに何かしらこの体が行動していたことには気付いてた。最近になって知った。表面化していたのは・・・・・・・・・記憶を失う前の俺だった・・・・・・・・・・・


 もはや誰の顏にも笑みはない。

 驚愕の表情を浮かべながら、スピーカーに吸い込まれるように首を伸ばしていた。


【初めは二か月に一度、次は一月に一度。二週間、一週間と。どんどん俺が眠り、もう一人の《記憶をなくす前の俺》が出てくる頻度も増えただけじゃない。活動時間も長くなってきてさ】

「山本君……」

「一徹……何を……」

【俺と、《記憶をなくす前の俺》の人格の、活動時間の長短は逆転してる・・・・・・・・・・・・・。多分ね、そう遠くない内に……俺が表面化する時間は秒も無くなる・・・・・・・・・・・・・・・・


 辛うじてかすれた声を漏らせたのは魅卯とルーリィの二人だけ。

 小さすぎて誰も拾えない。


俺はぁ・・・……うん、消滅する・・・・・・・。だからいつそうなるとも知れない前に、皆に『ありがとう』って言いたかった。あともひとつ、お願い……だな?】


 その二人すら絶句した。


【俺が仮に消滅しちゃっても、《記憶をなくす前の俺》とも仲良く宜しくやってくれると嬉しい】

 

 重い空気が天井から降り、プレッシャーは何人たりともの発言を許さない。


【《記憶をなくす前の俺》の評判がすこぶる悪い。そりゃ、俺もちゃんと話をしてこなかったから、皆の違和感が仕事したってところもあると思……】


 だが、言葉よりが封ぜられたことが別に、彼女たちのそれ以上のリアクションさせなかったわけじゃない。

 言が駄目なら、行動で示すだけだから。


「……なに? どうしたのトリスクトさん?」

「き、君こそ何処へ? 魅卯少女」

「私? 私は……」


 ただ……


山本君のところだけど・・・・・・・・・・

「ッツ!?」

「トリスクトさんは?」

「そ、その……」

トリスクトさんは、やめた方がいいよ・・・・・・・・・・・・・・・・・

「えっ?」

どの顔をして山本君に会うつもり・・・・・・・・・・・・・・・? トリスクトさんにとっての山本君が・・・・・・・・・・・・・・・・山本一徹さんの方の貴女が・・・・・・・・・・・・?」

「違……私は……」

トリスクトさんじゃないから・・・・・・・・・・・・・

「あっ……」


 二人同時に動いてしまったのは良くなかった。

 宴会の間から出た廊下で鉢合わせした二人の空気は、険悪というより緊迫。


「山本一徹さんにはトリスクトさんがいる。なら山本君は・・・・・・……私といさせてよ・・・・・・・・


 ルーリィは封殺されてしまう。

 しかと論破された様を魅卯はジィっと見つめてから、その場を後にした。

 

 ――勝った負けたの話ではない。

 それから数分後……


 ……両者ともに・・・・・愕然とさせられることになる・・・・・・・・・・・・・



「記憶を失ってゼロから第二の人生を始めた。まさに転生でさ。触るもの見るもの出逢う者全部初めてだったし、やっぱり不安だった」


 ホテル新館の方では受付カウンターから館内放送が出来るのだが、この旧館にはわざわざ専用の放送室がある。


「山本小隊の連中にフランベルジュ教官、初めて会って時も結構しんどかった。俺の事を知っているようだった。でも俺は彼女たちも、彼女達の知ってる俺の事も知らない。困惑ヤバくてさ」


 こもって館内放送を掛けた。

 

「でもってさ、それって多分……これから表面化するであろう《記憶をなくす前の俺》にも、同じことが言えると思うのよ」


 やっぱり罪悪感ってのも無いわけじゃない。


「この三縞で半年以上。皆と繋がること出来た俺の環境セカイを、今度は何も知らない《記憶をなくす前の俺》が生きることになる。不安だし、混乱するっしょ」


 館内放送に入る前、廊下に立って館内の空気を感じてみた。

 賑やかな雰囲気。温泉入って食事が取れてまさに気分は最高潮だったのだろう。

 それを俺が壊す自覚はあった。


「その時に、《記憶を失った皆が知るいつもの俺》を見慣れてる皆が違和感を感じ距離取ったりとか……それは息苦しすぎるし、そんなの《記憶をなくす前の俺》には感じてほしくない」


 話す中で何度も大きな音を立てないようにして深呼吸をする。

 話していくうち感情が揺れないよう落ち付くことを心掛ける一方で、その為に呼吸を必要としているんだと館内音声で気づかせたくなかった。


「実際言葉交わしたわけじゃねぇから《記憶なくす前の俺》がどんな性格か分かったもんじゃない。それでも許されるなら、仲良く宜しくして頂戴よ」


 これは引き継ぎ。


「皆が快く迎え受け止めてくれたから、俺の不安は解消した。晴れて楽しい第二の人生だ。お前たちなら、《記憶をなくす前の俺》にも同じことが出来るはず。と、ここまで言いながら『この後の人生は今の俺のままでしたぁ』なんてこともあるのかな」


 もう一人の俺用。


「そしたら『取り越し苦労させやがってぇ!』なぁんて。皆に対し今の俺としちゃ顔会わせずらくなっちゃったり? 本当は、んな展開なってくれるのがいいんだけど」


 そしてみんな用に。


「悪い! 気分ぶち壊した。もし今の俺が今の俺でいられるなら、その間だけ宜しく。もし、《記憶なくす前の俺》が出てきたら、そっちも宜しく。要はどっちの俺とも仲良くしてやってくれぃ!」


 あらかじめ俺から話を通したなら、少しは混乱も和らぐだろうか?


「以上、山本一徹からの感動のスピーチでしたっ! あとトモカさんと赤ちゃんの事もアリガト~ッ! って、トモカさんと赤ちゃんがついでかよ。本来はそっちがメインで俺ゴトなんざサブであるべきだったのぉっ!? ククッ……デワデワッ♪」

 

 伝えるべきものは伝えられたと思う。


「あぁ、痛々しいことしちまったねどうも。穴があったら入りたい気分だ」


 館内放送の電源をオフし、マイクをトントンと叩く。確実にマイクが切れたのを確認してから息をつこうとした。


「フ……フゥ……ッツゥ……」


 おかしいな。喉が知らずして閉まったのか、中々一息も付けられない。


「……せっかくの盛り上がりも冷めちゃうよ。ザバァって冷や水を掛けちゃったんだもん」

「んっ?」


 こんなこと晒しちまった「やっちまった」感ね。

 胸にモヤモヤ感じたまま切ったマイクを睨みつける俺の死角から、新たな声。


「あ……」

「温泉に浸かって、芋煮も食べて、皆楽しそ……」

「……君が来たかよ」

「えっ?」

「来るのは……トリスクトさんの方だと思ってた・・・・・・・・・・・・・・・。月城さん」


 声のもとに顔を向ける。

 館内放送室に入ってきたのは月城さんだった。

 笑顔で話しかけてた月城さんは、ここに置いて二言三言交わした途端、


「へ、へぇ。そうなんだ」


 どうだろう。びくりと身体を震わせたように見えた。


「と、トリスクトさんの方が良かった・・・・・・・・・・・・・・?」

「うん? ん~ん? 実のところ、ぶちまけた俺のところに来るのは、月城さんも含めてどちらか来るんじゃないかとは思ってた」

「どちらかが、来る?」

「おう、俺は月城さんの生きてきた証だから」

「あ……」


 話しながら顔だけ向けていたところから今度体正面を月城さんに向けた。


「月城さんは、第二の人生における俺のすべての始まり。トリスクトさんは俺の婚約者だからなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。俺が消える話って話に、反応してくれるとは思ってた」


 月城さんは胸にやった拳をキュッと握って俯く。


「出逢ってから学院編入まで多大なるご指導を頂いた。それは学院や三縞で適応するに間違いなく役だった。俺を導いてくれた。大師匠だ」


 顔は見えなくて……


「あ……ハハ……アハハ……本当に抜けないね山本君。私への過剰な感謝とか、憧れとか」


 いや、よかった。

 返すにあたってあげてくれた月城さんの顏には笑顔が浮かんでいた。



『と、トリスクトさんの方が良かった?』


 放送室の中から声が聞こえてくる。


『うん? ん~ん? 実のところ、ぶちまけた俺のところに来るのは、月城さんも含めて・・・・・・・・どちらか来るんじゃないかとは思ってた」

『どちらかが、来る?』


 魅卯に「一徹のところに行くな」とは言われたルーリィだが、ジッとすることなどできなかった。

 結局のところ不本意で魅卯に道を開けたようにも思えて悔しいが、先に離れた魅卯に知られないよう、ルーリィは後から続いていた。


『おう、俺は月城さんの生きてきた証だから・・・・・・・・・・・・・・・・


(あ……)


 魅卯が放送室の中に立ち入ったのならルーリィは扉はさんで中を盗み聞くことしかできない。


『月城さんは、第二の人生における俺のすべての始まり・・・・・・・・・・・・・・・・・・。トリスクトさんは俺の婚約者だからなぁ。俺が消える話って話に、反応してくれるとは思ってた』


 飛び込んでくるセリフは、すべてルーリィの心臓の脈を跳ね上げるものばかり。 


『出逢ってから学院編入まで多大なるご指導を頂いた。それは学院や三縞で適応するに間違いなく役だった。俺を導いてくれた。大師匠だ』

『あ……ハハ……アハハ……本当に抜けないね山本君。私への過剰な感謝とか・・・・・・・・・・憧れとか・・・・


 一徹と、違う女の子二人きり。

 笑い声まで上がっている。


(憧……れ?)


 実はこんなことになるかもしれないとは薄々ルーリィも感じてはいた。

 それでも迷いを断ち切った……訳ではなく何とか抑え込んでやってきたルーリィではあるが……


「くっ……くぅっ……」


 盗み聞いてしまう自身の卑怯さと展開してしまった二人だけの世界を感じる胸の苦しさ、後悔から、胸に拳を作り、扉に背中付けたまましゃがみ込んでしまった。

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