テストテストテスト100

【ん、臨時猫看小隊。文経ぶんきょう通り到着したよ】

【壬生狼臨時小隊、鴨河かもがわエリアに到着するまでもう少し待ち給え。やはり既に《アンインバイテッド》何体も転召されている】

【函根山車道口付近、蓮静院小隊臨場した。周囲に《アンインバイテッド》は確認できんが《ホール》開通口は大きい。すでに転召済み分が市内に散った可能性がある】

【刀坂小隊だ。広麹ひろこうじ駅エリアに到着。《ホール》ならび《アンインバイテッド》を確認。これより討滅を開始する】

「うん、みんなそれぞれ持ち場に向かえているみたい」


 指令室になった三泉温泉ホテル旧館、つまり一徹たちの下宿棟の居間でインカムから報告を受ける魅卯は、畳にて正座を崩さない。


「猫看小隊と刀坂小隊はそのまま作戦を続行してください」

【【ん、了解/了解だ】】

「蓮静院小隊は周囲に警戒しつつ《ホール》の封印作業に移ってください」

「壬生狼臨時小隊もそのまま鴨河かもがわエリアに急行させていいですよ魅卯様」


 三縞市内道路マップを、一徹たちが食事をしてきた低い机に広げて睨んでいる魅卯の後ろ。


「胡桃音さん?」


 椅子に腰を掛け足を組んだ紗千香が声を掛けた。


「蓮静院小隊報告の、市内に散った可能性がある転召済み分並び、鴨河かもがわエリア急行途中に壬生狼臨時小隊確認の《アンインバイテッド》は、2エリア周辺展開の《山本組》交通網確保班に当たらせます」


 現場の者達は土砂降りの中で活動している。そんな状況だから魅卯だって正座で状況にあたっていた。


鴨河かもがわエリアおよび函根山車道口周辺エリア急行中の交通網確保班へ。そういう事だから転召済みで近隣に散った《アンインバイテッド》の撃滅宜しく」

【何がそういうわけかは分からないが……】

鴨河かもがわエリア急行交通網確保班、指示、了解した】


 紗千香はいつ入れたのか、カップからコーヒーをすする。指示した先の《山本組》組員の返事を聞いて息をつく。

 必死になって働く者達に余裕を見せつけるようで、見下すかのようだ。


「……本当に《山本組》を受け継ぐつもりなの胡桃音さん?」

「貴女様に何か関係がございますか魅卯様?」

「それは……」

「紗千香が求めた。一徹先輩が認めた。そこに、魅卯様が入る余地などないのですよ」

「うっ」


 魅卯が《山本組》以外の全てを統括し、紗千香が《山本組》を指揮する。

 二人とも同じ場にいて、この中の空気感は、第三者が居たら2秒で「あ、用事を思いだした」となるやつだ。


「紗千香はただ、一徹先輩が消えるリスクについて先んじて対処しただけだけど」

「き、消えるって……」

「だから魅卯様は《山本組》を紗千香が継ぐことを問いただした。いや、本当は違いますよね?」

「ち、違う?」

「誰かが2代目を継ぐのを認めたくないのでしょう? すなわち、一徹先輩が消えることを前提としているから。そんなに一徹先輩が消えることが怖いですか?」


 双方ともに相手に対して仲良くやれる余地がまるでない。

 会話こそ成立するが、視線をくべることもない。


「私は……安心できますけどね。バケモノがいなくなってくれるなら」

「山本君は、バケモノじゃないよっ!?」


 しかしだ、話がそのことになってしまってとうとう魅卯は顔だけじゃない。体まで紗千香に向ける。


「ハァ? 何を言ってるんですか?」


 紗千香もそんな魅卯に顔を向けて、面白くなさそうな表情。瞳をスイッと細めた。


「バケモノです。バケモノなんですよ一徹先輩は・・・・・・・・・・・・・・

「うくぅっ」


 大事なことだからきっと紗千香は2度唱えた。


「見たでしょう? 先日のオリンピックPV撮影用の柔道場面のくだり。まぁ絡坐修哉についてはどうでもいいですが、その後の出来事は、どうです?」

「あれは……」

「竜胆陸華は最強第一魔装士官学院桐京校の最実力者の一人と言っていい。そして刀坂ヤマトはまごうこと無きこの学院にて最強。それを、一人で捌いた。あれ? もう一人いましたよね?」

「禍津富緒さん……」

「あの人もこの学院の英雄クラスの一人。実力は申し分ない。一徹先輩は、異能力を温存したまま、無力無能スペックのままで全員叩きのめした」


 もう一度カップに口を付けた紗千香。慌てカップを離し……ブルリと身を振るわせる。

 危なかったのだろう。口を付けたまま体が震えたなら、口に注がれるはずだったコーヒーが零れてしまいかねなかった。


「そうしていよいよ刀坂ヤマトは本気に成った。《剣鬼》とも一部では密かに恐れられる本性、《叉刃夜濤》になってなお、一徹先輩は互角以上の闘いを見せた。あの場に石楠灯里が居なければ、どちらか死んで、いや、刀坂ヤマトは死んでいました」


 言われ、魅卯は無言になってしまう……が、何か感じていた違和感を思い至り、息を飲んだ。


「……胡桃音さん、今……なんて言ったの?」

「もう一度同じ話をしろというんですか? 正直こんな場でもなければ、紗千香は魅卯様と話したくないんですけ……」

「山本君が『無力無能スペックのまま』って、ううん、『異能力を温存したまま・・・・・・・・・・』って……」

「あぁ、それですか? 言葉の通りです。一徹先輩は……異能力者ですから・・・・・・・・

「ッツゥ!?」

「こーいう事って、あるものなんですね。あまりに力の差が開きすぎると、相手の力が読めず見えない」

「う……そ……」


 魅卯にとっては衝撃的事実だ。

 異能力が使えないから、無能力者というカテゴリーで究極レベルまで鍛えあげられた。それが魅卯にとってのここまで来た一徹であるはず。


(山本君が……異能力者?)


 よもや、異能力を振るえるなど、そんなの魅卯の常識の中にある一徹ではない。


「そ、そんなはずがな……」

「意外ですね。近くにいたはずなのに、貴女が気付いていなかったとか」

「な、なら胡桃音さんはどうしてその話を……か、カン違いでもしているんだよきっと」

「ハッ、誰に対して物言っているんですか? 私は一番最後に加入しましたが、それでも《山本組》の跡目。そして《山本組》古参幹部衆5人なんて、それこそ放課後は毎日、四六時中一徹先輩にベッタリなんです」


 魅卯が知らないことを知っているという事実が、紗千香には楽しかったらしい。


「そう、私は魅卯様より一徹先輩と離れたところに居ながら、魅卯様以上に近い《山本組紗千香古参幹部衆5人のバカたちの持つ情報を知り得る。例えば……文化祭での《天下一闘魔会》での出来事とか」


 ニィッと歯を見せ、魅卯の貌を紗千香は覗き込んだ。


「《天下一闘魔会》? それが一体……」

「最強無比が出場したとか。桐京校は《エクスワン》、須佐猛流」

「あ……それって……」

「一般には知られていない事実がここにもある。闘魔会に参加した須佐猛流は、死んでおかしくないレベルまで追い立てられ、今もなお桐京大学病院の集中治療室ICU幽閉されているとか・・・・・・・・・

「幽……閉?」

「桐桜華三原神の一、《闘神》素戔嗚尊スサノオノミコトは無双。しかも皇家遠縁までの一族において数百年に一度しか現れない。その力を取り込むため、皇家は婚約者として招き入れた歴史がある。どうです? そんなのが敗北したなら」


 聞かれなくても魅卯には分かった。


 皇家の長は、桐桜華三原神の長、天照大御神の寵愛と血を受け継ぐとも言われる。

 皇の婚約者として招き入れる……となるなら世間体や体面もあって、ただの一度の敗北も許されないのだ。


「しかも敗北は二度目ですから」

「二度目?」

「どうして須佐猛流の二つ名は《元最強エクスワン》だと思います? 昨年までは《ナンバーワン》だったのに」

「あっ」


 ……闘魔会以前に、何者かに敗北したに他ならない。

 

「天照大御神の力を継ぐ女皇陛下は置いておくとして、それ以外が須佐猛流を打ち負かした。で、今回はICU行き。敗北の色が体中によく表れてるのがマズい」

「桐桜華三原神の一柱から寵愛を受けた者が敗北した事実は、同じく桐桜華三原神の長からの寵愛を受ける皇家の威信を揺るがしかねないってこと?」

「だから幽閉なんですよ。敗北した事実を周囲に知られないように。須佐猛流、陛下の婚約者の座をはく奪されたって話です」


 話の重さに呻くしかない魅卯だが、それ以上に舌を巻いたのは、噂レベルか定かでもないが、それにしても魅卯の知らない話を紗千香が多く知っていることだった。


「さて、話は戻りますが《山本組紗千香古参幹部衆5人のバカたちの持つ千辺の神鋼マスキュリス。ちょっととんでもない破壊力がありまして」

「な、何のことを言ってるのかな?」


 さぁ、更に話は魅卯の知らない深さまで潜っていく。


「《アンインバイテッド》第一形態の外殻レベルならプリンみたいに武器形態で削れるようです。影打ち《神剣草薙剣》の欠片をアイツらの千辺の神鋼マスキュリスは取り込み同化したようですから」

「はぁっ!?」


 お話の中に神様が出てきた。神様の武器が出てきて、更にそれが砕けて、その欠片をこの学院の訓練生が力として取り込んだというのだ。


「わからない……話が……読めないよ。神剣は……寵愛を受ける者しか手にできないはず」

「珍しく意見が合いますね。紗千香もその話をアイツらから初めて聞いた時、『付き合って』だの『俺の女になって』から、『一回だけヤらせて! お願い!』の告白の下りだったので、自分を大きく見せようと躍起になってるくらいに思ってのですが」

「嘘じゃあないの?」

「一人二人ならまだしも、示し合わせたかのように5人全員が言ってきた。なら紗千香はあながちそれを嘘だと思っていません。その為の条件も幾つか考えられる」


 あまりに荒唐無稽な話のはず。


「《神剣》ほどの神器クラスには意思が宿ると言います。まずは一つ、あの5人で須佐猛流を袋叩きにし、須佐猛流以上の強さとして示した」

「ありえないよ」

「そう、あり得ません。あの5人で太刀打ちできるイメージが全くわかないのはおろか、剣を神の寵愛を受けた者以外が砕けるとは思えない。なら、少なくともその原因はあの5人にはない」

「他の条件は?」


 なのに魅卯は耳を貸さないことはできなかった。


「一徹先輩が……須佐猛流を打倒したという選択肢。須佐猛流以上の力を示した一徹先輩からの恩恵を、《山本組紗千香古参幹部衆5人のバカたちがうけたのだとしたら」

「そんなの……」

「私だって信じられません。信じられるはずなかった……先の《剣鬼》との決闘デュエルをこの目で見るまでは」

「……あ……」

「《山本組紗千香古参幹部衆5人のバカたちからの自慢の下りを聞いてから色々調べました。そう言えば闘魔会、一試合だけ全くと言っていいほどに記録がないものがありましたね? たしか……」

「山本君対山田タロー戦……って、まさかっ」

「その一戦が対須佐猛流戦だったとしたら如何です?」


 嫌な想像しかできない魅卯の体温は上がっていく。


「もし《闘神》を倒せるなら、それは同じく三元神の寵愛を受けた者以外にあり得ない。そして《山本組紗千香古参幹部衆5人のバカたちが影打ち《神剣草薙剣》の欠片を扱えるわけ……」

三元神の寵愛を受けた者山本君からの寵愛を……《山本組ヤンチャ古参幹部衆5人君たちが受けている……から?」

「そうですね、いわば眷属とでも言いましょうか?」


 心拍音も嫌に体内を通して耳の内側で感じ取れてしまう。


「三元神……天照大御神の寵愛は、時の皇以外にあり得ない。ならこの線はない」

月詠命ツクヨミのみことの寵愛者の存在は聞かないけど……」

「どうでしょう? 月詠命の寵愛はないと思いますよ。本気に成った一徹先輩から感じるオーラに雰囲気、考えにくいことですが……」


(う、うそだ……)


やっぱり須佐猛流と同じなんですよ・・・・・・・・・・・・・・・・。と、そう考えたら確かにバケモノ呼ばわりは大逆極まりないですね」


(いやだ……)


 ここまで話してきて、コーヒーを飲み切ったらしい紗千香は席を立ちあがる。


「最近現れた今までの一徹先輩と違う山本一徹の出で立ち、思い出して下さい。大らかで威風堂々とした佇まい。常に余裕を感じさせ、底知れぬ潜在能力を感じさせる」

「あんなの山本君じゃないよっ!」

「それはこれまでの一徹先輩しか知らなかったからでしょう? 寧ろアレが本当の山本一徹なんだと思いますよ。私個人としてはその方がまだ良いんですけど」

「良いって……」

「本当の山本一徹なら恐らく、自らのすべての力の使い方を知っている。対して一徹先輩の方はどうです? 自分の力を十全に知らない。だから私たちもその様に思わされた」


 正座している魅卯を、角度的に紗千香が見下ろす形。


「自らの命の危機を感じては、他を蹂躙しかねない力を振るって見せた。暴走ですよ。そんなの紗千香にとって、いつ爆発するとも知れない不発弾に違いない。不安でしかないんです」

「不発弾。いつ……周りを傷つけかねない」

「どうせ一徹先輩の事ですから。もしそれが自分の手によるものだったと知ったら更に壊れます。発狂なんてしてしまったら今度こそ、先日の柔道シーン撮影の比じゃない」


 紗千香はフイっと魅卯から顔を背け、


「記憶を取り戻した一徹先輩が実は何処かの国の王子様とかだったらよかったですね魅卯様?」


 ため息をついた。


「正直紗千香は神からの寵愛者神持ちもご容赦願いたいんですけどね。圧倒的な力を持っているってだけで、周りの者にとってはリスクですから。いつ感情を逆なでして何かされるかもと思いいつもビクビクするなんて願い下げです」


 魅卯からの言葉は帰ってこない。


チート持ってるからと周囲の者が無条件・・・・・・・・・・・・・・・・・・で歓迎する・・・・・? そんなのライトノベル世界だけですよ・・・・・・・・・・・・・・・・・。その力が自分たちに向けられるかもしれないと考えたことはないんですかね?」


 空になったコーヒーカップを台所に持って行こうと歩を進めて、紗千香は立ち止まった。


「あ、違うか。その力を向けられたくないから、・・・・・・・・・・・・・・・周りは媚びを売り歓迎してる様演じてる・・・・・・・・・・・・・・・・・・チート保持者のライトノベル主人公目線で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あたかも自分は皆に受け入れられていると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見えてるから・・・・・・あのように書かれているに過ぎないのかも。どう思います魅卯様?」


 魅卯を論破したという直感が紗千香にはあった。


「そっか。一徹先輩も……いえ、須佐猛流を倒したというなら、一徹先輩こそ今代の素戔嗚尊。《闘神》だったんだ。どうして記憶を失っていたのかな。誰かから思惑があってあえて記憶を封印されていた線も……」


 が……紗千香も心中面白くなかったのだ。


「あぁ魅卯様、作戦中ですからまだ壊れないでくださいね・・・・・・・・・・・・壊れるならその後でご勝手に・・・・・・・・・・・・・


 カチャカチャ音を立てながら、台所に消えていく。

 

 呆然とした魅卯に関しては、力がなくなった様に机に広がる市内のマップに目を落とす。

 しばらく、インカムで呼びかけがあるまで微動だに出来なかった。



『あのぅ、先輩達手伝ってほしいじゃん?』

「ん、術の詠唱は苦手」

「右に同じで、こう言うのは得手に縁ある者が行うのが良いだろう」

『ま、いい実践機会を与えられていると思ってせいぜい気張るデフよ』

『英雄三組は別として、《月城親衛隊インペリアルガード》のアンタは手伝え! タダのサボりだべ?』

『あぁん!? んだこのガキ! 三年生内で更に差別するデフか!? やっちまうデフよコラっ!』


 三縞市文経ぶんきょう通り。冨士山1合目は裾乃市と三縞市を立てにつなぐ要衝だ。

 臨場後、ホール周辺で蠢いている《アンインバイテッド》を駆逐する一方で《ホール》の封印が必要になる。

 実力者揃いの臨時小隊形の今、《ホール》を封印する《山本組》幹部衆の一人から見て、《アンインバイテッド》駆逐の方が簡単そうで楽しそうだった。


「いよいよ思い知らされるな。水と油の《月城親衛隊インペリアルガード》と《山本組》双方使役させられる山本の縁の手広さを。いや、使役されているというなら俺達もか」

「ん、山本に使役されてるわけじゃないよ。月城カイチョの指揮だから」

「フッ、山本に使われていると認めるのは、お前のプライド的に面白くないか《ネコネ》。正直ではないな。山本の事は気に入っているのだろう?」

「んむぅ、《縁の下の力持ち斗真》はカン違い過ぎる。私にとって山本とか何でもないから」


 いまだ周辺には敵生体がのさばっている。

 《ネコネ》、《縁の下の力持ち斗真》、《デフ》が《山本組》幹部衆の一人を囲うような陣形で戦っているから、《ホール》の転召口はみるみる塞がっていた。


「そうか? その割には最近の山本の人の変わりように、《ネコネ》は少し不安げに見えたがな」

「んっく……」


 会話が成り立ってしまうくらい、今回の作戦はこの臨時小隊にとってはヌルゲーらしい。


「ねぇ《縁の下の力持ち斗真》、山本の『人が変わったように』って、本当に人かわってるんじゃない?」

「《ネコネ》はそう思うか?」

「んぅ、質問に質問で返すのは感心しない」

「すまん。それで……あぁ、俺は山本が本当に別の存在に変わってしまったと思っている」

「縁で感じてるんでしょ?」

「山本を中心とした俺たちの縁は特殊で強固だからな。縁の糸は絡まり固まっていた……はずだった。解きほぐすことも立ち切ることも簡単ではないはず」

「ん、一瞬で無かったように感じることがあるよね?」

「俺は縁で見るが、《ネコネ》はその勘の鋭さで匂ったか」

「あの山本が私たちの知る山本じゃなくなったら、また私たちとゼロから始めることになるのかもね。山本みたいなバカとは違うのかな。つまんない」

「……だなぁ」


 それはそうか。

 英雄三組生がいて……


『だそうデフよ? フォロー』


 比肩しうるほどの強者の集まり《月城魅卯親衛隊インペリアルガード》の一人がついたのだから。


「出来るわけないじゃん。それはアンタにゃ他言無用の話っつったろ!? 殺すべマジでっ!?」


 《ホール》封印を一人押し付けられてなお、自身への脅威を全く感じられないから《山本組》幹部の一人も作業に集中できるのだが、無駄に話も耳に入ってしまう。

 

 《縁の下の力持ち斗真》、《ネコネ》の話を耳に心当たりある《デフ》が囃し立てようものなら、あるレベルまでの真相を知っている人間にとって遠ざかりたいのは頷ける。



「壬生狼小隊、鴨河かもがわエリアの《ホール》封印及び《アンインバイテッド》討滅を完了した。次に向かう場所を示し給え」

【あ……うん……】

「月城君、聞こえているか?」

【ご、ゴメン】

「シャキッとし給え。司令官である君の指揮は僕たち現場の人間にも大きく関わってくるぞ」

【わ、わかってるよ。他のエリアの状況を確認してすぐに支持を入れます。その場で待機してください】


 鴨河かもがわエリア到着道中、数多くの《アンインバイテッド》と遭遇したが、やはり転生元の《ホール》周辺の敵生体の数と、それがこちらの世界に転召する勢いは激しかった。

 

「ふぅっ、だが何とかなったな。各員、次の支持があるまで雨宿りしながら待機」

『『『『「了解です/タイ/なんだな/やっし/いたしました」』』』』


 道中遭遇分は《山本組》の交通網確保班に任せたから良いとして、転生元の《ホール》到着後も戦闘は彼らにとっても結構に激しかった。


 やっと一息がつけると、肚の中の空気を吐き切った《政治家正太郎》は、思い切り息を吸い込むとともに、胸を張ってしゃんと立った。

 

 彼がこの臨時小隊の隊長だから。

 突かれた素振りを見せるわけにはいかなかった。


「待機……なのですか《政治家正太郎》さん? 珍しいですね」

「君もそう思うか《委員長富緒》君」

「月城会長さんは情報処理能力が高い方なので、各エリアの状況と情報を逐一、同時に収集し分析する。どのエリアに人配が足りなくて戦力を投じるべきかなど、いつもなら即答レベルで指示してくれるのに」

「次の支持を考える時間を要している……か。らしくないな。調子が悪いんじゃないだろうか」


 どこぞか倉庫の雨よけに臨時隊員たちと共に駆け込んだ際、《委員長富緒》の背中を片手添え、押してエスコートしたのは決して邪まな重いからではない。


「いつもと違うと言えば、最近の山本は一体どうなっているんだ?」

「そこ、思いますか?」

「正直さっきは耳を疑ったぞ。トモカさん破水の一報を聞きつけたとき、山本は『助けたくない』と口ずさんだ。すぐに『助けたい』とも言って安心したが、ますます意味が分からない」

「どうしてあんなことを言ったのかですか? それとも発言が急に真逆になったことの意味が掴めない?」


 指示あるまでは待機。ゆえ話す余裕がある。


「まるで山本が……別人にでもなったかのようだ」


 《政治家正太郎》、《委員長富緒》がその話をした途端だ。

 

『核心突いてきたタイ』

『どーするもんよ?』

マジではぁっし何だよテメーぬーがやヤッターら』

『我々を見ないで頂けませんか?』


 ある意味で問題なのだ。

 クラスメイト達が知らないことを、クラスメイト以外の《月城魅卯親衛隊》と《山本組》幹部が知っているこの事実。


「別人……ですか?」

「僕は正直、最近の山本の事が気に入らない。落ち着いて大人びているのは、僕にとって煩わしかった山本の欠点を補っているはずなのに、どことなく鼻に付く」

「分かってしまうような」

「なにか大人と接するように感じる。ただトモカさんやこちらの旦那さんからの接し方とは違う」

「山本さんの場合は、笑っていても怒っていても、相手と本気でぶつかろうという気持ちが見えましたもの」

「希薄ささえ感じる。僕たちを子供と見立て、子供と遊んでいる暇なんかないと見下してるような感じがして眼中にない。勘違いだと信じたいが、僕にはそう匂えてならない」


 忌々し気な顔した《政治家正太郎》の言葉を受けて《委員長富緒》はスゥっと他のメンバーの顔を見やった。


「そのことについて何かお気づきですか?」


 その他メンバーともに「うげっ」と図星を顔で示していたから。


「別人のようになっただけで、山本本人に違いないなら怒ってやりたい。だけどまるで中身がソックリ山本とは違う人間になってしまったように思えて。そう思うと、まったく知らない相手に対してどう接すればいいんだと」


 《委員長富緒》の疑うような顔は「お前ら何か知ってるだろう?」と物語っている。


「そもそも本当に別人になったのだとしたら、僕たちは接するべきなのかどうかさえ……」

「他の皆さんのご意見も聞いてみたいのですが?」

『『し、知らんタイ/もんよ』』

わんも何の話か分からんばぁ』

『駄目ですよ? そんな目で見られてもどうしようもないですよこちらも』


 視線向けられた4人。ブンブンと顔を横に振り、《委員長富緒》からの目線から逃れるように目を泳がせた。

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