テストテストテスト83
「長かった……これでやっと……」
「あ~……永かったなぁ硬道?」
仰向けに畳に寝るイッテツのすぐそばに、会心の笑みを浮かべた硬道は座り込んで胡坐をかいた。
互いに息も絶え絶えで顎が出ていた。
「ただ……そのなんだ……お前に一つ言わなきゃならないことがあるんだ」
「あぁ? やり直しは聞かねぇぞ山本」
「いや、そうじゃなくて……」
その状態で発言する二人。互いに視線を送ることもない。
「高校三年最後の神那河県大会決勝。あれ……さ、別に普通に俺の負けなんだわ。八百長でも手を抜いたわけでもない」
「……は?」
「いやだから、別にお前の後輩から嘘聞かされて手心を加えたわけじゃない」
が、そんなことをイッテツが言うもんだから、硬道はとうとう意識を向けた。
「どういうことだよ?」
「フッツ~に俺の負けだった。俺も決勝に合わせ練習も積んだし体も仕上げた……はずだったんだが、あの時のお前、本当、バケモンレベルにヤバかったんだよ」
「ちょっ……」
「いやぁ、それまでは全部俺の勝ち越しだったから行けると思ったんだけどな」
「え? だっておま……決勝後日に俺が問い詰めたとき、『すまなかった』って謝って……」
「い、いやぁ……そう言うことにして置けばさぁ、負けたことに対して俺も顔が立つじゃん?」
何年越しの事実判明。
「オイ、テメェ」
苦笑いを浮かべたイッテツは、自身を除く硬道の視線を逃れるように、シレっと明後日を見やった。
「オイ、コラ」
「ち、ちなみに当時のカノジョにクソ怒られた。決勝見に来てて、俺が本気出してるの分かったってよ。『言い訳で負けを誤魔化すとか情けない! 自分の努力も柔道も裏切って』って、別れる一歩手前まで行った」
「……お前、彼女に怒られる前に柔道着捨てたんじゃねぇのか?」
「本当は怒られる前に分かってたよ。彼女に怒られたのだって俺が自分から打ち明けたからだ。嘘ついたことに対し、良心の呵責に耐えられなくなったんだよ」
「決勝終わった直後に、罪悪感に耐えられなくなったってことか……」
未だ息が荒いままの硬道。肩で息しながら天井を仰ぐ。
やがて……
「な・ん・だ・よぉ」
力喪ったかのように、同じく仰向けに畳に倒れ込んだ。
「結局俺は、普通にお前から初勝利を奪っていたのか?」
「あぁ、圧倒的だった」
「引きずられなくていい物に、この十数年を無駄にしていた」
「ま、許せよ。もう時効だ」
「時効じゃねぇよ。許さねぇ。殺してやりたいくらい……なんだが、今の三本で全力出し過ぎてそれどころじゃねぇよ」
「でもって久々の再戦でも勝ち越しはお前の方。決定的じゃない」
「なんだかなぁ。呆れてもう何も言えねぇ。何ならアホすぎる顛末に笑いすら……」
「笑えばい……」
「……いいと思ってるなんて言ったら、テメェマジ、ぶん殴……ぶん投げんぞ?」
「もう投げられているよ。ククッ」
畳に大の字になって寝込びながら天井を見上げる二人のうち、まずはイッテツが笑いながら立ち上がる。
「うり」
「ん?」
「
「その面でそんなセリフ出てくるのは違和感しかねぇけどな。時間が止まった様に、お前は、あの時のままだ」
かつての好敵手の手を取って立たせようと手を伸ばしたイッテツは、言われ眉をひそめ首を傾げる。
「ど、どう言う意味だ?」
「なんでもねぇよ」
が、硬道が最後まで言うことはない。首を何度か振って、延ばされた手に応え、立ち上がる。
「大人になって、たまには何処かで飯でも食うような関係に成れる可能性も、きっとあったんだろう」
「はぁ?」
「それより山本、やっと勝ち越して俺もトラウマから解放されたとも思ったのに、お前の方が晴れやかな顔しやがって」
高校時代、ほとんど試合でしか顔も会わせず、言葉も交わさなかった。
それでもどこか二人の中で、友情めいたものは生まれていたのかもしれない。
「そりゃまぁ、お前にずっと打ち明けるべきもの打ち明けられないまま……」
「死んだことにしていたからか?」
「ッツゥ!?」
だが、ツッコむような硬道の一言が、和やかな空気の色を変えることになった。
「まるで、未練の一つが晴れたみたいだ」
「あ……れ?」
何がイッテツの表情を凍り付かせたか。イッテツはふらりと足元おぼつかなくなった。
「どうした山本?」
「ぐぅっ!」
「うん? フムゥ……うん」
これを前に、始めはイッテツをいぶかしげに見つめた硬道。
「よくわからん。わからんが……分かった気がする。そういうことなのか?」
やがて何か理解したかのように、コクリとゆっくり頷く。
真剣な顔で深く息をついた。
「お前は死んではいない。でも死んだことになってるなら……
「ちょっ……いきなりなんで……」
「今お前、
「お前の言葉に……俺の中の何かが……作用している?」
「
「なっ?」
「ここは……
「ま、待て……硬道……」
何がイッテツの心の琴線に触れてるか硬道は分かってしまった。
「どーしたよ山本。
一歩また一歩、唱えながらイッテツに歩みゆく。
「
「やめろ……」
「……
「硬道っ! 俺は辞めろと言ったぞ!?」
イッテツの方は近づく硬道から嫌そうに遠ざかろうとして、後ずさる際に足がもつれ倒れてしまう。
「くそっ! まただ! 瞼が重い! 自覚がある! 分かっちまう! 閉じる!
「よく聞く話さ。生前の強い後悔や未練について」
「良いじゃないか! 俺が生きていた
「この世に留まり繋ぐ、呪縛にして鎖」」
「こんな何にも気兼ねなせず楽しめた。
「それが晴れた亡霊って言うのはな……」
そんなイッテツの目の前に硬道は……
「
「ぃぃぃやぁぁぁあめぇぇぇろぉぉぉぉっ!?」
発狂しながら、まともに身体を動かせないイッテツの左肩に右掌をおいて囁いた。
「あっ……ぎがっ……ぎっ……」
囁かれた瞬間。
ガバッとイッテツは天井を仰ぐ。
目もぐるりと裏返り。ガクガクと痙攣のレベルを超えて身を揺すった。
半開きの口からはおびただしい量のヨダレが溢れる。血によってピンク色に染まった柔道襟辺りを濡らしていく。
「ぎぃぃぃぃっ!」
最後、ピンと背筋が伸びるとともに奇声は上がって……背中から再び畳に倒れ込んだ。
☆
(どうなっているの一体全体。山本く……)
クタッと倒れ込んだイッテツに視線を集めていた誰もが、息するのも忘れたように、一言も漏らすことはない。
「あ、アレェ? 俺、何し……まさかまた、意識を失っ……」
(戻ったっ)
やがて、至極自信なさげな、怯えたような声色。小さい間延びしたような声がきこえてきた。
ここまで見守り続け、強張ってしまった魅卯の身体は急に弛緩した。
それほどに怖かった。
やっといつもの
直感したとき、寒さすら感じていた自分の肉体にじんわり体温が戻ったのを感じ取った。
「よ、よかっ……山も……」
分かってしまって、駆け寄りたい気持ちに駆られ、魅卯は一歩踏み出した……が……
「っがぁぁああああっ!? 痛ぇっ! 痛ぇっ! なんだこれぇぇぇぇっ!?」
虫の鳴いたような声が一気に膨れ上がる。悲鳴に転じたことで、二の足を踏んでしまった。
「なんで! こんな! 全身! 傷ぅっ!?」
当然だ。
無意識中に戦闘状態にあった際、急所たる正中線だけは守れたのかもしれない。しかし腕や脚の外側は、致命傷にならねど数多く裂かれていた。
大小数えきれないほどの傷をこさえたばかりの肉体を柔道着が包む。
生地が擦れるだけで、絶痛は一徹を鳴かせた。
「や、ヤマも……」
確かにやっとのこと《
だが戻った肉体と精神に、今日の負担全てが反動の様に一気に圧し掛かった。
絡坐との柔道と決闘。竜胆陸華との一騎打ちでついたダメージはまだ、《
「誰……かっ……」
しかし無意識下、しかも相手三人との死闘については? その後の硬道との柔道について?
知らない間に起きた出来事、ダメージ、傷、疲労。
それら余波全て《
「うっ……うぅっ……ウップ……」
なぜこれほどに肉体が損傷し、気がおかしくなるほど全身が痛むのか。その経緯も分からずただただ状況を飲み込むことを強いられる。
理解は……追いつかないのに。
(ひど……い……)
外皮の数えきれない箇所を裂かれてしまっては、座ることも寝転ぶことも《
傷ついていない箇所と言えば足裏くらいか。もはや尽きてしまった脚力を更に絞り出し、立ち上がるしかない。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
なんとおぞましい光景。
一徹はせり上がる吐き気を抑えることも叶わなず、立ったままとんでもない量を吐しゃしてしまった。
汚物が口から首をつたって胸から肺、腰を通り足を流れ、生暖かい物がぐちゃりと素足を濡らす。
胃酸が大半故、すえた匂い。刺激臭は鼻腔を汚染し、脳天を突き上げるのだろう。
剥いた白目から大量の涙。またもやガクガク身体を震わせる。
「助……け……」
錯乱しすぎて過呼吸の気も見えてきた……から……
「キュゥッ?」
「……ゴメン山本君……見て……いられなかった……」
誰も動けないなか、ただ一人、魅卯だけが走った。
一徹の正面に立ち、背伸びして掌を一徹の首に添え圧迫した。
頸動脈を締めたこと。脳に回るはずの血中酸素の供給を止めたこと。一徹が取り戻した意識を更に刈り取った。
「カッフゥッ」
意識を失う瞬間咳き込んだこと、口に残っていた吐しゃ物が噴き出た。
立ち位置的に魅卯の髪、顔、肩から下の制服を汚していく。
それでも……
「どうしようか山本君?」
意識を失わされて一徹は立つこと叶わず。こたびは殺戮本能が突き動かすこともなかった。
膝が落ち、前のめりに倒れた体の前半分を吐しゃ物で汚した一徹を、魅卯は体でもって抱き止め……
「私たち……どうしよう……」
抱きしめた。
◇
「ちょっ兄さん! 何ベッドから飛び出して!?」
「ダイジョブ大丈夫ぅ~! リィンとエメロードの治療は俺にとって百薬の長だし」
「冗談やめなさい山本一徹! 貴方の状態はまだまだ楽観できるレベルじゃ……」
「大事だっての。シュシュシュ~っと用が済んだら、サササ~っと戻ってくるって」
……目下やるべきことが俺にあって良かったかもしんない。
(ほんっとにチートなんだから。リィンとエメロードの治療術は)
ヌックヌクな掛布団引っぺがしてベッドから立ち上がる。ここは保健室。
ヌードなポクちんのエッロエロな上半身を、自ら眺めまわしてみた。
(なぁんて綺麗な身体だこと)
そう、傷一つ認められない綺麗な体。
ショッキング過ぎてあんま思い出したくはないが、さっきまで全身いたるところが裂かれ、血もビュービューいってた。
お前さん、リィンとエメロードの治療術はチートなんでござぁす。
傷の患部に手ぇかざすじゃないっすか。温かな光ポワワァン。充てられると、みるみる傷が塞がっていく。
死んじゃいそうな痛みに気絶した俺がこの部屋で目を覚ます間、全身の処置をしてくれたらしい。
(ま、抜けた血が増えることもないし、疲労や脱力感、節々の痛みはどーにもならんが。でも傷塞がって布ずれの痛みが軽減されたことだけは助かった)
俺の治療にしか使わないと決めてるらしく、こんな治癒術を使えることすら、周りには秘密にしているらしい。
瞬間で外傷癒し、傷口塞ぐ治癒術ってぇのは、
いたずらに披露しようもんなら、「奇跡の治癒術」として大騒ぎになり引きも切らない引っ張りだこになるそうな。
(さて? あと5,6分か。ギリだねどうも)
ベッドわきに掛けてあったワイシャツをひっつかんで身を包む。
「悪いかったね二人とも。話聞きつけて俺の治療のため看護学校から駆け付けてくれたって言うじゃない」
「分かってるなら! 私たちを心配させないで! 山本一徹!」
「おん? クハッ! まっさかいつもは俺に超絶厳しいエメロード様様がぁ、んな思いつめたような顔しちゃって。心配してくれたって言うじゃなぁい? カァワァユィ~♪」
「兄さ……笑い事じゃ……」
手早くボタンを留めて襟を立てた。
「んじゃ、チョっくら行ってくる」
「「兄さん! /山本一徹!?」」
同じく近くに掛けてあったネクタイと、制服ジャケット掴んで、挨拶そこそこ保健室扉を開いて廊下に出た。
【呼び出しを行います】
「んっ?」
【1年2組、グレン……ド訓練生、……ーナス訓練生……】
「グッ……ヤッベ。マジにおふざけは効かないらしい」
【逆地堂看護学校学士、ティー……ーフさん、同じくアル……さん】
不意に頭に感じたクラッとした感じに、先ゆくスピードを緩めた。
【
速足は良いとして、走るのはマズいらしい。
いきっちまうと、視界、聴覚もぼやけちまう。
――学院生活は気に入っている。だが結局俺にとって力入っちまうのはやっぱり……
「皆さま、この三縞でのご滞在は良いモノとなりましたでしょうか?」
『『『『『え゛っ!?』』』』』
「うそっ、山本君!?」
「私が担当仲居になったことで至らぬところもあったやと存じます。しかしながら是非、是・非・に、これに懲りず、また当ホテルをお選び、ご利用くださいます事、心よりお待ち申し上げております」
ホテル従業員のお仕事である。
これだけのデカい
失敗するわけにはいかなかった。
(ま、皆の前で気絶した俺が《山本組》二年幹部共に保健室に運ばれたって話らしいし、失敗したってのは事実なんだが。だからこそ最後くらいキッチリ締めるのだよ)
「山本君何をして! 貴方は休まな……」
「ゴメン月城さん。盛大にやらかし壮大に迷惑かけたってわかってる上で、これだけさせて頂戴」
(うわぁ)
いよいよ、気絶する前の俺のやらかしは凄かったらしい。
月城さんは顔面蒼白な顔で飛んできた。
ここまで俺がやってきた理由、三縞での撮影工程終え桐京に戻られる、帰りのバス車両前に集まっていた皆々様の表情がヤバス。
『『『『『
他にも、《
『あ、兄貴……』
「うっツゥ……」
《山本組》の二年幹部共や、取り囲まれている紗千香とか……紗千香、顔背けちゃったよ。
「大丈夫……なのかい? 山本君」
硬道監督、俺が現れるなりの狼狽えた顔がつらひ。
「クッ!?」
ちな、その隣。顔面ボコボコで至るとこにシップ張った絡坐が俺を睨む。
死ね~死ね~死・ん・で・し・ま・え~!
(普段と変わらないのは……)
「あ、ヤッホ~山もっちゃん!」
ニパッと明るい表情でぶんぶん手を振ってくる
(……陸華には、ちゃんと話さなきゃだな)
「陸華、帰りはアイドル皆さまと同じバスか?」
「ん~ん? 三縞駅から新幹線」
「そか。駅まで送ってく。歩きでいいか?」
「うんっ」
何だろ。この状況にあって一人笑ってくれる陸華だけが、この場における俺にとって最大の救いだと思う。最大の後悔でもあるけど。
『仲居さん、お世話になりました』
「あ、《フレイヤ》様。なにやら途中から凄くお見苦しい物をお見せしたようで。申し訳ございません」
ちょっと意外かもしんない。
お客様の一人、国民アイドルのリーダー様が、わざわざ前に出てきてくれたのだから。
「見苦しいというか、驚きの連続というのが正直です」
「は……ハハ……」
「ただ勉強にもなりました。仲居さんのリーダーシップについて」
「それ……先日ご質問を受けた? 私、あの時なにも回答できなかったはずですが……」
「大丈夫です。言葉を耳に入れ、頭で理解するより、何倍も効率的で効果的に学べましたから」
しかも話はよーけ分からん方に進んでいくじゃない。
何かしてあげられたとは思えん。接客については仕事だし。
(寧ろ《フゥニャン》さん
「……お?」
「な、なんですか?」
「いや、その、初めて笑った顔を見たって言うか」
「そう……ですか?」
なお、《フレイヤ》様は笑っていらした。
ってことはそんなに、今回の滞在や俺の接客についてご不満はなかったというところだろう(だったらいいな)。
「すみません。アイドルですもんね。写真や動画を見ればスマイルなんて珍しい物じゃないか。ただ、凄く……いい笑顔だなって思ったので」
「フゥ、私は引っ掛かりませんので悪しからず」
「ひ、引っ掛かるとは?」
「仲居さんは、
「いぃっ?」
「私、そういう人がたとえどんな人でも駄目な方なので」
(ありゃ、なんかミスった?)
笑顔は笑顔でも、今度は困ったものに変わる。
《フレイヤ》様はねぇ、両人差し指でバッテン作って後退していった。
「また来ます」
「また来ます」と言いながら、引いてる感じこれ如何に?
そうして……お見送りに間に合った俺は、何とか最後の言葉を交わし合って、お客様の三縞出立の後姿に深々お辞儀すること相成った。
短かったようで長かったオリンピック応援ソングPV撮影協力作業も、これで終わる。
あと残すは……陸華のお見送りだけだ。
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