テストテストテスト82

「なんとも、展開がいきなり過ぎてついて行けていない」

「バカやろ。ついて行けてねーのは俺のほうだっつーんだよ」


 これは決して訓練生ら10代同士の会話ではない。


「お前、生徒会長の月城さんに会ったの4回目なんだって?」

「へぇ? あの《パニィちゃん》、月城さんって言うのか。生徒会長とは思わなか……」

「もう10か月毎日あの娘と顔突き合わしてんぞ? 他の訓練……高校生たちとも」

「は? マジでッ!?」


 硬道監督とヤマモトイッテツ。

 二人は濃霧によって外界と隔絶された武道館内、更衣室に来ていた。


 いまのイッテツを他の者と話させてはいけないというのが理由の一つ。


「で、なぜに柔道着に着替えているのかねぇ硬道?」

「見てわかるだろ。闘るんだよお前と」

「いやぁっ! 無理無理無理!」


 もう一つはヤマモトイッテツと柔道の試合をするため。着替えのに引っ張ってきたのだ。


「オリンピック前人未到の三連覇。俺が敵うかっての」

「いいんだよ。勝敗じゃねぇ。思いっきりやるかどうかが重要だ」


 若者の前では年相応であらねばならない……が、いまのイッテツに対し、硬道は同年代で、同じ青春の時を生きた同士のように言を交わした。


「って言うか、お前死んだんだろ山本?」

「死んだよ」

「なんで生きてんだよテメー」

「五月蠅いよ。俺が聞きたいくらいだ。死んだことになってるのはホントだぜ?」

「だから、だったらなんで生きてんだよテメー」

「分・か・れ・よ! お互いオッサンにもなって・・・・・・・・・、秘めごとの一つや二つあるだろうが」

「あーうん。お前……ぢゃない方・・・・の山本君、良かったなぁ」

「じゃない方?」

「初々しくて可愛げがあって。俺はお前……ぢゃない方・・・・・の山本君を育てたいよ。オリンピック選手に仕上げたい」

「『ぢゃないぢゃない』強調するな。ったく。っていうかなんだその「」って奴」

「あー……は?」

「いや、「は?」じゃない。子ども扱いが過ぎる・・・・・・・・・し、気持ち悪い」

「うんー……ん? なるほど、そういうことか」

「お前一人だけ勝手に状況を把握してるって、気分悪いぜ硬道」


 何の脈絡も偏執もない。

 ただ、同じ時代を生きてきたことで、自然と取り繕わずにいられるというか。


 まだ更衣室にいるからいい。

 これが先ほどいた場所で繰り広げられたのだとしたら。

 傍から見て、片や18歳の少年、片や40代に足ツッコむ突っ込まないの男二人の雰囲気に、更なる困惑が広がったろう。


「ま、お前へのガキ扱いは置いてだ」

「オイ」

「だったら大人げないことするなって」

「はぁ?」

「何ださっきの、女の子に凄んだアレは?」

「えっ……と、凄んでたのか俺?」

「至極」 


 まずは道着下を履きあげて、腰ひもを固く結んだ硬道。言及したのは「りんぐきぃ」なる名にイッテツが感情的になったことだった。


「威圧して怖がらせて情報を引き出す。お前幾つだよ。大人になり切れなかったチンピラじゃあるまいし」

「うげっ……」


 イッテツは嫌そうに口角を引きつらせハァとため息を一つ。「やっちまったかもしれない」と右掌で顔を抑えた。


「そー……だよなぁ? こっちとあっちは違うんだった・・・・・・・・・・・・・・。『脅した方が手っ取り早い』と。慣れ切ったどころか、完全に身に沁みついちまってる」

「お前、見ねぇ間に随分と変わったな。わるに堕ちたみたいじゃねぇか。聞かせろよ。お前が死んでから、今日までの事」

「言えるわけないだろ?」

「そうかよ。じゃあ俺が、無理やり聞き出してやろうか?」

「……やめておいた方がいい。過信じゃなく断言だ。柔道以外なら、俺はお前の完全上位互換。俺の心ひとつで死ぬことになるぞ?」

「ハイハイ、サラリサラリ出てきました。脅迫なんて言葉も真っ青になるレベルの「殺す」発言」

「……あ……」

「はぁ」


 今度深くため息をついたのは硬道。

 柔道着の上着を羽織ると、内側の中留め紐数本をわえ結ぶ。


「深くは聞かねぇよ。この歳になると皆色々あるもんだ。お前の場合、目だって逝ったようにヤバいし。とんでもねぇ修羅場ぁくぐって来たってことだ。それがわかっただけ良い」

「悪いな。俺もこの場所・・・・ならリラックスの一つも出来るってわかってんだが、どーにも、緊張と警戒が抜けなくて」

「それを子供たちに向けるなよ? お前に話せないことがあるように、あの子たちにもお前に告げられないことだってある」

「あーはは……仰る通りで。ホントお互い良いオッサンになったつーか、まさか傲岸不遜だった硬道に諭される日が来るとはね」

「こっちだって複雑だよ。完璧だった・・・・・お前にこんなこと言うなんてな」


 最後、シュルリと腰に巻き付けたのは、幾たびもの巻き付け、結びで柔道着とこすれ、何か所も色の剥げたボロボロの黒帯。


「なぁ、山本」

「ん?」

山餅魔鎖鬼やまもちまさきは死んだ。獄中死だそうだ」

「そのようだな」

あの時誘拐されていた女子高生・・・・・・・・・・・・・・と、警察官だった忠勝先輩、お前の元カノも無事だったよ」

「あぁ、その話なら聞いてる」

「あの娘、可愛かったよなぁ。お前が高校時代に付き合ってた娘だろ? だからるーりぃとかりんぐきーとか、何さまだテメー」

「はっ、女の子にだらしなかったどの口が言いやがんだテメー」

「マジ大変だったんだからなあの時。誘拐された女子高生とそのカレシ君、その両親が、お前の元カノやお前の両親に、葬式時に土下座してた」

「うーわ、TMI」

「ティーエムアイ?」

情報過多Too Much Information

「あの時の関係者皆、何をしてんだろうなぁ? そうだ。文武最強の忠勝先輩、いま防衛省でスゲェ上に上り詰めてるぜ?」

「は、兄貴が? 警察庁じゃなくて?」

「風の噂……ってわけでもないか。実際に苗字が変わってる。婿養子に改めてなったらしい」

「婿養子で苗字が変わった? ってことは兄貴は今、有栖……」

「と、今思えばホテルの女将、面影があるような……」

「は? ホテル?」

「まぁ、いいか」

「まったく良くねぇよ。矢継ぎ早かテメー。少しは情報が頭に馴染む猶予を与えてくれってんだ」

 

 腰に巻き、帯の両端を幾多重ねて結び目を作る。


「さて……」


 ギュゥッと、硬く結び固められた音に次いで、パンと、硬道は右掌で結び目を軽く叩いた。


ろうぜ? 山本」

「えぇっと? 俺の記憶が虚ろ気じゃなけりゃ、柔道を俺は一度捨て……」

「そして俺は、無意識中にお前が柔道着も着て、しっかり試合をしたのをこの目で見てる。ついさっきまでの話だ」

「あ……」


 ニッと歯まで見せ、口角を挙げた硬道。

 ベンチに座っていた一徹は、笑顔で見下ろす邪気の無い硬道の笑みを見上げ、


「フッ、身に覚えはないが、きっとそうなんだろうね」


 諦めたように笑って立ち上がる。

 立ち上がるとともに道着襟を正し、帯を締め直す。


 そうして……


ろうか?」


 それだけ答えて踵を返す。向かう先は更衣室出入り口。その先には、畳が待っている。



「ウソだろ? この阿鼻叫喚、俺が起こしたって?」

「ククッ、試合前にしてよそ見ってぇ、本当は怒るところかもしれないが、良いわ山本。変な緊張を感じない。十二分にやれそうだな?」


 更衣室から出て、畳に上がった二人の間には、独特な世界が出来上がってしまっている。

 見てる周りにとってはとんでもない光景だった。

 

「意識取り戻したばかりの時はバタンキューしそうだった。が、お前が着替えで取ってくれた20分でだいぶ回復したよ」

 

 伝説の柔道家、硬道監督。

 オリンピックPV撮影のために三縞にやってきて、そこで初めて対峙する先の少年、山本一徹と出逢った……


「そうさね、全力で……3本ってところだ」

「十分だ。十分すぎる」


 ……はずだった。

 

「さて、そいじゃ審判はお前の愛弟子にしてもらおうか?」

「はっ、さっきお前が叩きのめしたばかりだ。情けない野郎だ。まだ伸びてやがる」

「ね、念のため聞いていいか? 気を失ってるもう二人は? 眼鏡外したら、とびきり美人そうなオッパイちゃん。ショートカットの超絶美少女……ちょっと女性らしい丸みニクが足りないのが残念だが……」

「あぁ、お前がのした。女の子に対しこのドサド野郎。んでもって18の女の子に欲情するってロリコンか? この犯罪者」

「ハッ。ビバ男女平等参画社会。昨今流行りのジェンダーレスって言ってくれ。んでもって女の子は成長が早いの。心は子供でも体は大人……」

「……月城さん、頼めるかな?」

「……あ……」

「って、無視しやがって……えっ?」


 まるで昔ながらの付き合いでもあるかのように、二人はふざけ合う。


 試合が、始まる。


 審判を依頼された魅卯はおずおずと畳に上がって、硬道とイッテツの間に立つ。


「えっとぉ……俺に何か用かな。月城さん?」

「あっ」


 眉をひそめてジッと見つめ上げるところに、見詰め上げられたイッテツは居心地の悪さを覚えてしまう。


「月城さんでいいんだよね。さっきコイツから名前を聞いた。《パニィちゃん》なんてずっと呼んでもいられないし。ゴメンね」


 改めて「月城さん」と呼ばれたことで、魅卯の気持ちの悪さは強くなった。


「いえ、それでは始めます」


 魅卯が好きになった普段の一徹からの呼びかたとは同じだ。

 だが同じ「月城さん」呼ばわりなのに、違和感は酷かった。


「ずっとこの時を待っていた。あの時の雪辱を晴らそう。山本?」

「雪辱って言うけれど、あの時勝ったのはお前の方だ」

「譲られた勝ちだったじゃないか」

「さて? どーかな?」


 が、時は待ってくれない。

 二人がやる気を出したいま、魅卯が感じる違和感のみで試合に「待った」は掛けられない。

 

 少しだけ間合いをとった硬道とイッテツ。


「ん、よくよく見たらお前、またデッカくなった?」

「現役自体から太ったつもりはねぇぞ?」

「なんか……結構な身長差じゃないか?」

「え? あぁ……クク……だろうなぁ・・・・・


 改めて両者対峙したところ、声が裏返ったのはイッテツ。

 硬道の方はこれを笑い飛ばして……


『始めっ!?』


 二人の因縁の終わりが今、始まる。



(何を……していたというんだ俺は……)


 硬道監督とイッテツの試合は、すでに2戦が済んで両者一勝一敗というところ。


 最後の一試合を棒立ちで眺めるヤマトは、胸の中に熱くたぎる物を感じる一方、自身に対する失望を感じざるを得なかった。


「やめっ!」


 両者熾烈な襟取り、袖取りによって互いの道着が乱れる。

 試合中断した魅卯の掛け声は、「一旦道着を直せ」と言うことだ。


「オリンピック三連覇、最強の俺から一本獲ったんだ。末代までの自慢にしていいぜ山本?」

「バカやろ。現役引退して何年経ったから一本獲らせてもらっただけだろ?」


(今になって、後悔が押し寄せる)


「って言うかぶっちゃけショックだ。俺も柔道離れて久しいけど、これでずっと肉体フル活動して来たんだ。なんでお前に一本獲られてんだよ」

「俺が天才だからだろ?」

「あぁ、その柔道について傲慢すぎる態度、昔のお前を思い出してきたよ硬道」

「いちいち自他のステータスやコンディション分析して戦いに臨むお前だって、昔のままじゃねぇか山本!」


 道着を直すさなかのやり取りを耳に、観戦を強いられるヤマトは身体をわなわなと震わせた。


(山本と斬り結んでしまった今だからわかる。山本とるなら……きっとこうあるべきだったんじゃないのか・・・・・・・・・・・・・・・・?)


「はじめっ!」


 互いに道着を直し、試合は再開される。


 ハッハッと、熱い吐息を互いにぶつけ、せめぎ合う様。


 ゴォッと、襟取り袖取りは掌打、拳打によるもの。

 キィッっと、脚払いは蹴撃にもなって相手の肉体を穿つのに、その痛みさえ得難い物として両者とも甘受してるような。


楽しいなぁ・・・・・……硬道っ!?」

「おぅよっ!」


 歯こそ食いしばっているが、口角両端はつり上がる。瞳も双方見開いている。

 至近距離どころか密着した肉体と、立ち上るオーラが熱く迸る。

 そして猟奇的な笑み。


 当てられ、ヤマト以外の全員がたじろいだ。


(駄目だ。自分が……分からなくなってきた)


 ヤマトは試合光景に目を奪われながら、一方で試合以外の事に気を取られそうになった。 


(山本の事を俺は見損ない、見限った。さっき斬り結んだ時だって、俺には山本に対する敵意があった。ただあの時の選択は、間違っていないはずなんだ)


「有効!」


 魅卯が声を張り上げる。


 一徹が低く身を沈め踏み込み、両手で硬道の両足を取り、掬い上げた。

 倒れ込むも、何とか空中で身をよじったことで、左肩で畳についたことで辛うじて一本にはならなかった。


「テメェ、タックルとかアメリゴンフットボールも度が過ぎてんだよ!」

「バーカ! 《諸手狩り》って言ってくれっ!」


 倒れ込んだ硬道に寝技を持ち込もうとするも、イッテツでは技術が足りずに跳ね返されてしまう。


(だってそうだろう? あの時、俺が出なければ皆殺さやられていたっ)


「技あり!」


 また魅卯が声を張り上げる。


 寝技に到れず、両者は立ち上がる。一瞬の隙をついて一本背負いを仕掛けた硬道は、見事一徹を投げ飛ばすことができた。


 ……予想だにしない。


 空中で横捻り見せた一徹は、両足で畳を踏みしめ……

 畳に着地し、重心が完全に乗り切る一瞬、硬道の脚払いが一徹は脚の刈る。崩し、倒してみせた。


 イッテツが倒れたのは腹からだが、綺麗に投げられたゆえの「技あり」だ。


「硬道テメェ! 一本背負い掛けた相手への着地間際の蹴撃って! マンガじゃねぇんだぞ!?」

「マンガなら、足の指突が喉突き刺さってんだろうが! それより残してんじゃねぇよ! どんなボディバランスしてんだ! あがきやがって!」


(でもどうしてだ? なんでいま俺は……こんなにも羨ましい・・・・……)


 歳の差しか見えない二人がなぜかあまりに楽しげなのはこの際どうでもいい。


 ちょうど三本目で、決着も近いのが動きを見てヤマトにも分かった。


(限界ギリギリになるまで殺しやりあったのは同じじゃないか。なのに……)


 硬道監督は40代にも入ろうかというのに、乱取り三本だけなら今でも柔道金メダリストであれるのだろう。

 余力残さぬよう全力でやってるから、三本目から少しずつスピードは落ちてきた。


 対してイッテツも……絡坐修哉と乱取り100本。その後に肉体活性、武器を持ち出した絡坐修哉を圧倒。

 竜胆陸華とヤマトと闘い、意識を無くしてからは更にエトセトラ……

 20分休憩を取れたらしい。しかしそれでも3本分乱取りに及べるのは驚嘆すべき体力だが、明らかに力が入らなくなったように見受けられた。


(全然違う……)


 先ほどの闘いは身体が震えた。殺すか殺されるか。楽しむ余裕はない。

 拳や剣に想いを籠める「で語る」でもない。


 それが…… 


「硬道ぉぉぉぉぉっ!?」

「山本ォォォォォッ!?」


 この戦いはどうだろう。


 戦っている本人たちだけじゃない。見ているヤマトまで魂を震わされている。


 限界ギリギリになってまでなお互いを讃え合い、認め合い、高め合う。

 言葉などいらない。

 この試合では、語らずとも互いに通じ合っているところがあるのだろう。


(なぁ……山本……)


 イッテツ・・・・の正体は分からないが、少なくとも一徹・・とは数か月ともに学び、訓練に明け暮れた。

 もしかしたらヤマトにも、いまの硬道監督のような心から楽しむ喧嘩が出来た機会があったはずなのだ。


(もし俺とお前が、一度でも全力で剣と斧を交えられたなら、互いに言えないことも通じてたのか? お前を見限ってしまったことにも、『待った』が掛かって……)


 そのチャンスをつかむ前に、山本一徹ヤマモトイッテツと袂を分かつ決定を下してしまった。

 

―んなわけないじゃないの。男同士通じ合うとか、何その『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!』って。俺には男色趣味もそんな気もないんだからね? ケチュ穴か~くせっ―

 

「くっ」


 関係がギクシャクしてしまう前の一徹なら、きっとこう言うだろうと頭に浮かんだ。

「自分の判断は誤ってしまったのではないか」と思うと、ヤマトの中に身につまされるものがあった。


 ダァァァァンッ! 


「一本! そこまでっ!」


 何時しか考え込んでしまって試合を見ていなかったヤマトは、魅卯の声で試合終了を知る。

 ヤマトが悔恨の念を向けていた先のイッテツは……背中から畳に倒れ伏していた。

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