テストテストテスト81

「「お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ! /あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」」


 剣鬼、《夜濤叉刃》の名で呼ばれた半人半魔にヤマトが姿を替えたのを認めたタイミングで、銀色マンジュウ18体の山本一徹銀分身は溶け、元の大戦斧へと還っていく。

 分散した己を集約しなければ、ヤマトだったモノの剣閃と打ち合う事叶わないのだろう。


「あ……あぁ……」


 これまで想像だにしなかった出来事が、魅卯の目の前でくりひろげられた。


「ど……して……」


 二人は親友のはずだった。


 意識無く、ただ殺戮本能に突き動かされた一徹は暴走。それを止める為、ヤマトは殺す斬ることすら辞さない。


 衝突はもはや、殺し合いにまで至っていた。


 一合一合、刃と斧頭が衝突する度、散るのは火花ではない。二人を中心として全方位に衝撃波が爆ぜる。

 空気の振動は、体を向け決闘の行く末を眺める観客たちの正面の肌にぶつかり、ビリビリ震わせた。


(第二形態を相手にしてなお、山本君の斧刃術は渡り合った。私の知らないうちに、常人ヒトを遥かに外れてしまったことは知っていた。でも……)


 打ち鳴る音も、おおよそ武器同士のぶつかりあいではない。

 まるで銅鑼に幾たびバチを、思い切り叩きつけているかのような。


「ぎっじぃ゛ぃ゛ぃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 刀坂ヤマト人が半身の妖魔が戦っているのは常人ヒトではない。


「がァァァァァッ!」


 だが、そのヤマトももはや尋常ではなくなっていた。

 《夜濤叉刃》になってから、ただでさえ旋風の様に辻い剣速は、1速も2速も格段に上がる。


 重心があり、斧頭は殆どトドメにしか使わない一徹は、取り回ししやすい軽い柄を棍と見立て振るうも、なお追いつかない。

 

(獣。ううん、ここまで来るともう……)


 幸いにして、人体急所たる体の正中線への攻撃を何とかしのげていた。

 だが腕、腿の外側などは刃が掠り、裂かれている。


 それでなお、ヤマトに向かって前に出る。

「どれだけ傷つけられ切られても構わない。致命傷で殺される斬られる前に殺し切る」との気迫は明らか。


(バケモ……)


「ハッ! 何を思ってるのわたしっ!?」


 魅卯は思い切り首を振って嫌な考えを払しょくした。


「だぁぁぁりゃぁぁぁっ!」


 剣の速さだけでない。

 半人半魔化してから、通常の肉体活性では比較にならない程向上した膂力筋力に、一徹が叶うわけがない。


「DZHAAGAAAAAAAAAAAAAA!?」


 ……それでも、主が防戦一方など、一徹の武器たる銀色マンジュウが許さなかった。


 一徹が振るう大戦斧から、幾筋触手が伸びる。

 触手? 否、鞭剣ウィップソードとでも言おう。

 触手先端は、鋭くとがっていた。トップスピードで突き込まれれば、貫通不可避。


「ぢっ! ガジュッ!?」


 迫る数多く触手を鬱陶しく《夜濤叉刃》が思う間、殺意に支配された一徹が大戦斧を変態させる。


 二丁。


 大ぶりナイフと斧頭の大きな手持ち斧に持ち替え、未だ触手にタジタジとなった《夜濤叉刃》に迫り行く。

 

(どう……しよう……)


 大戦斧一本では、雨あられ降らせ来る《夜濤叉刃》の太刀筋には一徹が対応できない。

 ゆえに片手ずつの武器。

 両手攻撃都度で致命傷与え得る、殺傷力秘めた回転数で圧倒する戦略に一徹は攻め変えていた。


(どうすればいい? こんなの……どうやって止められるっていうの?)


 熾烈すぎるせめぎ合い。


 かすり傷でも箇所が多い。

 全体8割がたが白色ではなくなった柔道着は、全身合わすと一徹の出血量が決して少なくない証明。


(こんなのってないよ……)


 半人半魔体になってからのウォーミングアップが済んだかのように、《夜濤叉刃》の動きは一層早く、過激で、苛烈になっていく。


 どちらか死ぬまで終わらない。


 当然どちらも死なせてはならない。


 一徹を好きになってしまったからとか、一徹に出会う前から「素敵だな」と思っていた刀坂ヤマトだからではない。


 そんな取捨選択ではない。何とかしなくてはならない。


『お、おいおい。話が違うばぁって』

アレが・・・出てきたら終わり。逆に言えばアレさえ・・・・出てこなければ、今の兄貴なら痛み覚悟で無理やり止めることも出来ると思っていました』

『とんでもねぇじゃん。今の兄貴にゃ違いない……が、無意識中の手加減リミッター解除された本来の戦闘能力と気迫が、これだべ?』

『こりゃ敵わんのぅ。アレが・・・出てきたら覚悟決めへんと思うとったが……』

『今の兄貴に対しても肚ぁ決めねぇとってこった。まだ、俺たちでもなんとか止められるかもしれねぇ。ただそれは……』

『『『『『この中の数人が、死ぬ覚悟で行けばの話だ/やっし/じゃん/ですね/やで』』』』』


 皆もそんなことわかっている。


 しかし二人が巻き起こす闘嵐に割って入ったとしよう。

 入る前、剣か斧かのひらめきに、かまいたち風宜しく斬られてしまう予想がついてしまう。


 《山本組》の舎弟たちが二の足を踏んでしまうのは仕方ないこと。


(山本君がここまでであること、トリスクトさんは知っていたの? 《山本小隊》の皆は? フランンベルジュ教官なら、今の山本君を止められ……)


ー君では……一徹を持て余すー


「ッツゥ!?」


(このことだったのトリスクトさんっ!?)


 初めてルーリィから言われたのは、一月半前。

 逆地堂看護学校における文化祭で事件が発生した日の終わり。


 「何もなかった」と言っていた一徹だったが、看護学士長が誘拐され、救うために行方をくらましていたのだった。


(多分その時も山本君は今の様にキレていたんじゃない? 誰も手を出せない、誰の力でも届かない。本当の力を発していたんだとしたら……)


 だからルーリィは「一徹を止めることはできない。所詮、月城魅卯如きでは何もできない」とあのように言った。


 傷つくかもしれない。最悪自分が死ぬかもしれない。

 それでなお一徹と関わろうとするのであれば、生半可な覚悟では務まらない。


(言えない……訳だよ。こんなの)


 問題はルーリィがそう言った意味を、その時魅卯に示さなかったこと。


(無力無能者が、異能力の上級に届き得る力を見せる。ここに至るまでどれだけ努力した? 身と心を削ってきた? 凄まじい強さへの執念と執着。尋常じゃない)


「……怖い……」


 自然と口に出た。両手で身体を抱きしめた。


 ルーリィが「一徹に近づくな」と言った本当の意味が、今になって魅卯にも分かった。


 理解が出来る。もしくは推し量れる程度の力。

 それならそこまで至った努力の過程を認めて、その強さに敬意を示せたかもしれない。


「るぅぅぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁあああっ!」


 一徹の咆哮を耳にし、再び魅卯は身体を震わせる。


「山本君は……異常だったんだね・・・・・・・・。トリスクトさん……」


 常軌を逸し、誰の理解も不能な力を見せつけられたなら?

 ヒトは、理解できない現象や物事に恐怖する生き物なのだ。


「でも……もう遅……過ぎるよトリスクトさん。早く言ってよぉ」


 山本一徹は、決して異能力者になることはできない。

 しかしながら恐らく……無能力者の領域はとうに超越した・・・・・・・・・・・・・・・


「だからって避けたら、罪悪感がどれほど……」


 きっと一徹と出逢ったことで……魅卯もどこかが壊れてしまったのかもしれない。


 一徹が怖い。一緒にいることで危険にさらされ、下手すれば死ぬことだってあるかもしれない。

 恐れる事に、罪悪感など本来感じる必要はない。


「今更、この恐怖をどうしろって言うの?」


 身は守らねば。

 自分が命を落とすことさえないのであれば、一徹と距離を置くことは正しい選択で、決して自己嫌悪に陥る必要もないではないか。


「私、何も知らないままに……もう好きになっちゃったんだよ?」


 今の一徹と《夜濤叉刃》の一騎打ちサシ

 おののき立ち尽くして眺める事しかできない他の者たちと同じ。

 バケモノを前に、魅卯も怯え竦んでしまった貌をしてるのに、まだ一徹を憂う事を止められなかった。


「がぁぁぁぁぁぁぁ!」

「らぁぁぁぁぁっ」


 竜虎激突。半人半魔と無能力者の皮被ったバケモノの戦い。

 皆が呆然とする中、俄然激しさを増していく。


 《夜濤叉刃》が剣を振るえば、音速波ソニックウェイブ宜しく、太刀筋が一徹目がけて飛翔した。

 2丁を交差させたクロスブロックで何とか受け止めた一徹は、衝撃によって体ごと後ろにつんのめった。


 一瞬で、衝撃波の刃が直線的な物だと気付いたのだろう。

 一徹は《夜濤叉刃》を中心とし孤を描くよう思いっきり走った。


 一徹が走った跡には銀色の粘液。

 走る最中に一徹の得物から一部溶け出た銀色マンジュウが、粘液這う畳の至る所から触手を生やした。


 100や200本は有ろうかという触手が、武道館天井や床やら、左右上下、様々なアプローチで《夜濤叉刃》に迫った。

 ともすれば数十本は一塊なりて、まるで大蛇の様に変態してヤマトを襲う。

 意識がある。獲物を狙う。ゆえにこちらは完全追尾型。


 双方出し惜しみもない。

 

 束ねられた大蛇宜しくな触手と飛翔する《夜濤叉刃》の斬撃が空中でぶつかり合う。

 太々しい触手の行く先は変わり、斬撃は方向変えた触手に持っていかれた先で爆発する。

 その先が……


「も……わけ……わから……えっ?」

『『『『『紗千香ぁぁぁぁぁっ!?』』』』』

『『『『『「キャァァァァッ!? /がぁぁぁぁぁっ!?」』』』』』


 余波が他に出ないわけがなかった。


「……なっ!?」

『ぶ、無事ですかい紗千香?』

「ちょっ……」

『ククッ。大丈夫安生そうやんけ』

「な・に・を・や・っ・て・る・わ・け! お・ま・え・ら!?」

『へ……へへ……こんなの何でもねぇよなんくるないさぁ

『僕らもこんななりして結構……格好いいでしょう?』

『ハハッ。たりめーだべ? こちとら、組の幹部やるにゃあ張ってんだよ』

「バカっ! そういうことじゃなくって! 待って。血! 血がっ!? 今手当っ……って救急箱何処っ!? まさかこの戦闘で吹き飛ん……」


 紗千香と取り囲む《山本組》幹部衆の併せて6名も例外にない。

 紗千香を守った《山本組》幹部衆全員、頭に肩に、深い手傷を追って血を流していた。


 普段の一徹なら、きっと顔面蒼白するに違いない。まさかその所業を、彼らの兄貴分たる一徹自身がしでかしたのだから。


『落ち着かんかい紗千香』

「落ち付くって! これで落ち付けるわけねぇじゃんし!?」

『面白いや。驚いてやがる。判ってたことだろうが。俺たちゃ紗千香を守るってね?』

「ンにゃっ!?」

『大切な肉○○お姫様ですしね』

『そそ、○便○お姫様だばぁ』

○○器お姫様じゃん』

『ま、守るのが山本一徹からってぇのは予想外やったけどな。っとぉ? 紗千香……泣いとる? まさかワシらに『死なないで』ってぇ? そういや、『ンにゃっ!?』だってぇ?』

「ち、ちがっ……」

『『『『『カァワユィ♡』』』』』

「死ねっ! 死ね死ね死ね! 死んでしまえぇぇぇ!」


(あっ……)


 魅卯も、気付いた。

 瞳潤んだ紗千香が吼えた先の2年生後輩たちが、一徹をフルネームで呼んだのだ。


(私も知らないことを、ヤンチャ君たちは知っていたんだ)


『ルナカステルムも中に入るでフよ?』

「あっ?」


 状況は、誰の目にも明らかなほど悲惨に転がっていく。


『絶対に守るモンヨ?』

『ハッ、俺たちの真似事を胡桃音にして見せ、俺たちに見せつけてきたんだな』


 特に《山本組》が紗千香を守ったことが、月城魅卯親衛隊ルナカステルムインペリアルガードを動かした。


『性格悪いタイ。が、命かけて胡桃音守ったのは評価に値する。守んぞ俺らも。親衛隊第一衛士アインスリッター。正面は《鎮守のお前水瀬》に任せていいタイね?』

『決して通さんガンス』


(ちょっと待っ……)


 「守りたい」。

 誰が前にしても恐怖するような状況でなお、身体を張ろうとするなど見上げた根性だ。

 が、取り囲まれそうになったことで、魅卯の気持ちははやってしまった。

 

 魅卯を男子たちが取り囲み、その正面を親衛隊第一衛士アインスリッターである《ガンス》の背中でふさがれてしまっては、二人の殺し合いを止めるどころか、見守ることすらできない。

 

 もしここでどちらか、どちらもが死んでしまったとしたら?


 二人が生きて視界におさまる場面は、親衛隊第一衛士アインスリッターである《ガンス》の背中でふさがれると同時、シャットアウトされ最後になってしまう。


「グ……グルゥ……クルルクツ……」

「ヌゥゥゥ……」


 戟剣音凄まじかった武道館が、急に静けさに満ちたのは、そんな折。

 静けさは満ちるが……緊迫感は極まっていた。


 一徹に対する《夜濤叉刃》は、思い切り足を広げ腰を落とす。

 前かがみになって、鞘に納めた刀の柄に触れる触れないかのところで制止した。


 《夜濤叉刃》を追尾し襲い掛かっていた触手。

 届きそうになって切り捨てられた成れの果ては、ズルズル音立てながら意識失った一徹の元へ戻っていく。

 戻った先の2丁武器を握りしめながら、一徹は短距離走で言うクラウチングスタートのような姿勢を取っていた。


「「フゥ/カハァ」」


……ぶき?……って、ちょっと待って。まさか……終わらせるつもり!?)


 二人が息吹見せ、一撃の為に力のタメを選択した意味が、魅卯には分かってしまった。


「待っ……!」


 分かったところで、どうにもならないのだが。


「ガルヴァラァァアァアアァ!」

「ダジョホアァァァァッツ!?」


 意味なすことない気合か咆哮か。

 剣鬼と斧を見出したバケモノは、互いに向かって畳を蹴…… 



「「やめてっ!?」」


 一断一刀もって終わらせる為、間合いを詰める。


「ッッッツッッツッツッッツ!?」

「ZHZZHOSSHIII!?」


 両腕を真横に水平に広げ、立ちはだかった二つの存在が、《夜濤叉刃》と銀色マンジュウを押しとどめた。

 

 一徹ではない。銀色マンジュウだ。

 一徹はまだ意識を失っていて殺戮本能に染め上げられている。

 近寄るもの全て、断ってしまうから。


 ダァンっ! と畳が爆発したのは、一徹が《夜濤叉刃》目がけ振るった二丁が、その身伸ばして大きく外側に斧頭とナイフを着弾させた故。


 一徹と《夜濤叉刃》との間、《夜濤叉刃》側に、魅卯が走っていた。


 幾ら一徹が意識なかろうが、銀色マンジュウは主の恋心を知っている。

 武器化した銀色マンジュウが魅卯を斬ったなら、ソレすなわち、一徹が魅卯を殺すに等しい。

 誰を主人が傷付けたくないか、ちゃんと分かっていた。


「あ……アカ……」


 一方、《夜濤叉刃》の妨害をしたのは、一徹との間、一徹側に……


「……灯里?」


 石楠朱里、しかも淫魔サキュバスモードで立ち尽くしていた。


 突然の出現に、《夜濤叉刃》も何時しか失った我を取り戻し、その場で固まっていた。


「くっ! どいてくれ! まだトドメに……」

「トドメになんて行かなくていいっ……行かないでッ!?」


 いきなり現れたことに狼狽した《夜濤叉刃》に態勢を整えさせず、フゥっと動いた灯里は一瞬で《夜濤叉刃》の背後に立つ。


「灯……」

「ガジュッ!」

「がぁっ!?」


 それから1度2度……何度となくゴッゴッと喉が鳴る音。


 ……吸血……


 血をすするとともに、《夜濤叉刃》の力を引っこ抜く。

 そのせいで、半人半魔体はボロボロと崩れていく。やがて再び人間体刀坂ヤマトの姿を現した。


「貴方の親友じゃなかったの!? 貴方の兄弟分じゃなかったの!? 何度も助けてもらって、何度も助けて、対等に成れたんじゃなかったの!?」


 灯里は人間体に戻るために絶大な力を使う。


 アルシオーネやナルナイの力を掌越しに通してもらい、自分の力も消費した。

 今、ヤマトとの吸血で充填した力によって、再び人間体に戻った。


「その対等が、心地よかったんじゃないの!?」

「お、俺は……山本から皆を助けようと……」

「だから殺そうとしたの!?」

「殺さないで止めるレベルになかった! そんな甘い考えじゃ……殺られるのは俺たちの方だった!」


 この武道館にて《夜濤叉刃》という半人半魔体だったヤマトと、淫魔サキュバスモードだった灯里。


「だったら殺していいの? ヤマトにとって山本は、やむを得ない状況になったら死んでいい存在なの?」

「それはっ……!?」

「私はっ! 山本はもう、ヤマトにとって斬ったら、心に深い傷を残すほどの掛け替えない存在になったと思ってた!」

「あ、灯里、聞いてくれ」

「斬ったら、ヤマトに決して消えないトラウマが残るほどの」

「灯里は見てないだけなんだ。山本が本当はどれだけ……」


 人間体に二人とも戻ってから、問答は一層激しくなる。


「でも今やもう、ヤマトにとって山本は……斬って大丈夫な、そんな存在?」

「ッツ!?」

状況が変わったなら・・・・・・・・・ヤマトは……山本をはじめとして誰でも斬れるの・・・・・・・? 三組も、私のことも・・・・・?」

「お、俺は……」


 問答に圧され、ヤマトはシドロモドロになってしまう。


 まだ一徹はいるというに、今ヤマトにとって向き合わなければならないのは灯里だったのだ。

 

 ……問題はなかった。

 灯里がヤマトの目を覚まそうとするなら……


「大丈夫なの? 銀ちゃん」

「チュッチュ! ヂュッ! ヂュッ! ヂュッ! ヂュッ! 」


 魅卯から声掛けられた銀色マンジュウが、一本生やした触手の先端を、ヒトの掌の形に模し、何度も一徹の横っ面を引っ叩くから。

 

 そうしてやっと……


「っつ~……テテテ、一体、何がどうなってやがる?」


 意識を取りもどし……


「ん~? うん……すっげぇ……」


 一徹は目を……


「イケメンと美少女ばかりだねどうも。さてぇ? 最近の俺は、どーして年甲斐もなく・・・・・・・・・・、男子高校生とジョシコ~セ~とこんなにも縁があるのかな?」


 覚ます?



「う~わぁ、なんかスゲェなこの……武道館? 荒れ過ぎてよくわかんないけど」 

「や、山本君?」

「ん? ん~……おっ! 《パニィちゃん》だっけ?」


(まさか、こんな時に出てくるなんてっ)


「君の事は良く知らないけど、多分何度も会ってる。俺の記憶が正しければ、墓地と、何処かの体育館と、変なバケモノ前にした……今回で4度目? これも何かの縁。ま、仲良くしてね」


もう一人の山本君だこの人・・・・・・・・・・・・


「あ、あの……私と山本君は……」

「君みたいな可愛い娘に「君」付けされるってヤバい。まだまだ俺もイケるって勘違いしそうだ」


(私と山本君は、そんなたった四回の浅い付き合いじゃないよ……)


 一徹は確かに意識を取り戻した。だがその一徹は、皆が知っている一徹とは違う空気を纏っていた。


「さてぇ? ふぅん、何か尋常でないことが起きた……か? 血の匂い強過ぎ……って、俺の身体か? いつの間にメッチャ血噴き出てやがんね」


 穏やかで軽い口調。

 いつもの一徹なら、ワザと余裕醸そうとしているのが語気に感じるが、こちらはモノが違う。

 血液染み込んだ柔道着全身を目の当たりにしてなお、揺らがない。


 ちょっと待ってほしい。

 それならそれで、狂っているに違いなかった。


「で? 俺も自傷行為の癖ある方じゃない。となるとぉ……」


 そんな一徹は、なんとなしげに視線を巡らせ……一点を目にした。


「キみカァッ?」

『『『『『『『『『『『『『『ッツ!?』』』』』』』』』』』』』』


 《山本組》、《月城魅卯親衛隊》、胡桃音紗千香、月城魅卯、石楠灯里に刀坂ヤマト。

 山本一徹が問いかけた瞬間、全身に虫唾が走った。


「なるほど? 風音と宗次の言った通り良い目をしてる……って、なんかマンガみたいなこと言っちゃったか」

「なっ!?」

「そして君は妖魔の姫……だったね。よかった。前に会ったときにはヤバ気だったから。ククッ、アルシオーネやナルナイと会わせたらきっといい友達になる」

「ちょっ、やまも……何言って……」

「と、『いい友達になれる』って言って、前にアイツを・・・・思い浮かべたとき、話題に挙げたのが君だったよ。確かトーサカ君だっけ?」

「あ、『アイツ』? 言っている意味が……」


 この場にいるのは、皆が知っている一徹ではなかった。

あまりに得体が知れないゆえ、今はヤマモトイッテツ・・・・・・・・と指そうか。


「にしても嫌なタイミングで俺も意識取り戻したもんだ。特にトーサカヤマト君とはホント一回、矛も交えて話をしてみたかったんだが。もう、やっちまったみたいだ……ねぇ?」

『『『『『『『『『『『『『『ッツッツッツ!?』』』』』』』』』』』』』』


 両手の二丁を体正面で交差させる。

 瞬間だった。

 誰もの全身に、駆け巡る寒気と絶対的失望感。


 すなわち「絶対に勝てない」のだと、本能が警鐘を鳴らさせまくった。


「まぁまたそれは、明日にでもしよう」


 周囲が何を感じたかなど気にも留めないイッテツ。

 ニコッと笑みを作る。

 瞳は底なし沼の様に濁っていて、光すらたたえない。


「それで……《パニィちゃん》」

「あ? 私……ですか・・・?」


 そんなイッテツが次に呼びかけたのは魅卯。

 なぜかは分からないが、魅卯も敬語で返してしまった。


「ルーリィを見なかったかい?」

「るー……」

「あ、ゴメンね。ルーリィ・セラス・トリスクト。俺の婚約者でね」

「うくっ……」

「後多分シャリエール・オー・フランベルジュも。彼女は俺の使用に……親友……は、怒られるか。大切なヒトの一人でね」

「あ、えっとその……」

「他にもリィン・ティーチシーフ。ナルナイ・ストレーナス。アルシオーネ・グレンバルド。一応……アルファリカ嬢・・・・・・・についても聞いておきたい」


(アルファリカ嬢って、いつもの呼び名は『エメロード』なのに)


「前に意識を取り戻したとき、君は将官の役目を全うしていた。だから顔も広いし知っているんじゃないかってね?」

「わ、わたしはっ……」

「あぁそうそう。これはダメもとで聞いてみるんだが……リングキー・サイデェスの名前を知ってる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かい・・?」


(また、その名前?)


「ご、ゴメンナサイ。知らないです」

「そか。匂いはするんだけどな」


 知らないのは本当。

 が、目の前に現れたあまりに泰然としたイッテツの中に、つくづく魅卯がいないことにショックは酷かった。


「ね、ねぇ山本……」

「ん?」

「……さん・・?」

「どうしたい姫さん?」

「その……ルーリィが・・・・・いる……いますよね・・・・・? もしそこに、そのリングキー・サイデェスが・・・・・・・・・・・・現れたとしたら・・・・・・・貴方はどうしますか・・・・・・・・・?」

「…………ッ!?」


 しかしそのようなショックなどイッテツの知ったことではなかった。


 イッテツは問いかけられ、一瞬酷い形相に転じて固まる。それがまた、周囲を凍り付かせた。


「勿論ルーリィやシャリエールを優先するよ? だけど君はどうやら……随分俺の事を御存じらしい」

「ヒッ……」

「どうやって知った? 知りたいな。この世界ここじゃ知り得ない話をどうして君が知っているのか? なぜ死んだはずのリングキー・・・・・・・・・・・・・の話題が出るのか・・・・・・・・


 にこやかに笑って一歩前に出ただけなのに、灯里はそれだけで思い切り後ずさりしてしまう。


「まさか生きている可能性を言及しているのだとしたら……聞きたい。なんとしても。君の口から……」

「……寧ろ俺は・・・・お前がここにいる現実に言及したいんだが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山本・・?」

「……おっ?」


 迫真に迫った表情と瞳のまま手を伸ばしたこと。灯里は慌てヤマトの背に隠れた。


 そんなとき、イッテツの名を呼んだ者。


「え? え゛っ? マジィッ!?」


 呼ばれた側も、状況を見守っていた者たちすべて、目を丸くした。


「るーりぃとか、しゃりえーるとか、りんぐきーだとか。留学したとは聞いていた。海外駐在勤務をしたこともな。外国の女にハマったってのはあるかもしれないが……」

「お、お前……」

「確かあの時お前が惚気ていた相手は、普通に桐桜華皇国人だったはずなんだけどな? 山本?」

「こ……ここ……硬道……か?」


 これまで究極の無力無能対、半魔化した異能力者上級との戦いで、ほぼほぼ空気になっていた、伝説の柔道家、硬道加賀斗監督その人だった。

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