テストテストテスト79

 視界の明滅、頬骨に感じる爆発的痛み。


「カァァァッ! 目ぇ醒めんじゃねぇの!」


 敷居をまたぐに精神的な抵抗があった新境地の扉を開いた感覚。

 絶対に無理だと思われた領域へ、足で突き破り踏み入れた事実。

 

(こればかりは何人なんぴとも簡単に立ち入れない。優越感が……ヤバいっ!)


「あぁぁぁもう山もっちゃん! 楽しっ激しぃっ!」


 後ろによろめいた俺と同じく、陸華もあわや尻餅というところで足を踏ん張った。

 

「図体デカくて拳も大きい分、兄貴たちの拳骨より効っくぅ!」


 プッと畳に陸華が吐き捨て、口元を第一学院桐京校制服の袖口で拭う。

 捨てたのは奥歯。当然の如く染み出た血によって、拭った袖口は赤くなる。


 ……猟奇的オナニーリョナという概念。陸華まで後ろによろめき、奥歯まで折った理由だ。

 女の子に、綺麗な顔に、固めた拳を思いっきりぶつけ打ち付ける。


「まだまだ戦えるヤれるよねっ?☆」

「当然だ固羅コラァァァ!」


 もう何度殴って、はらに膝突き込んだか知れない。


 陸華の顔面は少しずつ変形していった。

 無我夢中で俺が出した拳打、掌打、蹴撃だって陸華の身体至る所に着弾した。


 あぁ、制服をいて下着姿にさせちまいたい。

 そしたら……体中に出来てるだろう青あざで、どこに着弾したか分かるだろうか。


(は……ハヒャ♪ 興奮しか湧かねぇ)


 他の誰でもない。俺だけが、乳無しケツ無し魅力あり・・・・の、間違いなく突出した美少女の体に、戦った俺といた証を刻み込むことができる。


(女を殴るような野郎は男じゃない? 違う。だからこそ、その一線を踏み越えた今の俺に、特権は与えられた)


 誰も手の届かない僕っ娘を……俺だけが変えてしまえる事実。占有感。


(今この時だけ、陸華は……俺だけのモノ)


「はごぉあっ!?」

「山もっちゃぁん。ヤ~ラシ~イ目ぇしてる。僕でHなことでも考えてたでしょ~?」


 当然、竜胆陸華ほどの戦士が俺如きにやられっぱなしであるはずがない。

 こたびは俺の拳が空を切る。刹那、まったくの死角から、俺の右こめかみに鋭い衝撃が走った。


「テッメ! 直刃すぐはの柄頭っ!」

「フフゥン♪」


 こめかみの衝撃は、頭蓋を突き抜けて脳にまで達するような。

 片頭痛でも起きそうだ……が、それがそれで気持ちいいしかなかった。


 一撃を食らわせ、一撃を食らう。


(ヤバい……)


 一進一退……が楽しくて仕方ない。


(ヤヴァい♡!?)


 駄目だ。ただただ本能に突き動かされるままゆえか、頭の中は真っ白。思考など出来るはずもない。


 目の前で起きる一瞬一瞬の出来事に対し、編入してこれまで培った経験が、自然な最適行動解となって反射的に出力される。


(楽しい……満たされていくっ! 無駄だと思いながらもなんとか食らいついてきた訓練……ちゃんと自分の中に残っていた証明じゃねぇかっ)


 陸華の完成された直刀すぐは術と、我流に違いない山本流斧刃術は互角か。もう何合、俺たちは武器を打ち合わせたか知れない。


「桐京に来て! 毎日闘おうシよっ♡? 日が暮れて、夜も更けて……時間を忘れるくらい!」

「クゥヒィッ♡」


 故、互いに身体にく穿つは徒手格闘術のみ。


(まだだ……もっと……)


「ちょっ! もっと激しくなって……」


(もっとだ……もっと早く、もっとコンパクトに、もっと大きく……)


「斧の扱いが……どんどん洗練されてる? 嘘ッ! 信じられないっ! 山もっちゃん……この喧嘩の中で成長してる!?」


 いや、少しずつ……斧頭や棍とした柄が陸華にかすってきているような……


「フンッ! ハァッ! るぅぅぁぁぁあっ!」


 先が重い斧頭では取り回しが遅くなる。

 ならばメインは柄先。棒術宜しくガンガン打ち、突き込んだ方がいい。


「嫌だっ! まだまだ楽しみたいのにっ!」


 そうしてチョットした隙が目に入ったその時、それ単体で重い斧頭に回転の遠心力、俺の腕力、重力と、振り下ろす際の慣性力を思いっきり乗せ叩きつけるのだ。


「あっ!?」


 肉を斬るための一断いちだんじゃない。


 振り下ろし先は、陸華の刀身。

 ここまでの剣劇で握力弱くなったか、衝撃に武器を取りこぼした。


「あ~あ、参ったなぁ」


 何かに達したような満ち足りた笑みを浮かべた陸華は、ふと全身の力を抜くいた。


(まだ……終わりじゃない……)


「白兵戦じゃ……」


 スゥっと目を閉じた。


(終わっていない……)


 俺は持ち柄を滑らせ、グリップ短めに斧を持ちなおす。


 ホッソリとした円筒のような陸華の首。さながら細い幹の樹木にも見えた。


「山もっちゃんには敵わないやっ」


 斧と木。連想できるは一つしかない。


「……終わらせる……」


 振りかぶることはしない。ただ、身体を捻った回転だけで、小さなモーションで、斧頭を陸華の首に……

 

「……動くなよ? 山本」


 否、首を狙われていたのは……陸華の首を狙った俺も同じだったらしい。


(ちょっ……ヤベッ……何が何だか分かんなくなって……)


 ヒタリ、桐桜華刀の切っ先、刃が、俺の首元に据えられていた。


「と……サカ……トウ……さか」 

「もう……見るに堪えない。これ以上お前が混沌を望むというなら……分かっているはずだ」


 そして俺は……見惚れてしまう程に美しい波紋に見覚えがあった。刃が、誰によるものかも。


「く……クフッ……クフフフフ……」


(アレ、なんだ?)


「おい山本……聞こえて……」

「とウさカァァぁぁぁ!」


(……止まらない……止まれない。俺の意思なのに……俺の意思は今……自分の身体すら……コントロールが効かない)


 コーフン極まり過ぎ、脳に血が一気に登ったか。

 フゥっと、霞みがかった様に視界も真っ白になって……



「えっと……山もっちゃん?」


 ヤマトの登場があったから、首を斧頭で討たれることなかった陸華。

 喰らわなかったことより、急に静かになった一徹が白目を剥き、畳に立ちつくしてジッとする様の方に気持ち悪さが立った。


「触れようとするな竜胆。近づかない方がいい。何かがオカシイ」


 違和感に嫌な感覚しか得ないヤマトが警告する。

 声を受けチラッとヤマトを見た陸華。おとなしく従い、ゆっくり後ずさっ……


「っがぁぁぁぁぁっ!」


 刹那……

 ドンっという音。一徹は普通じゃない倒れ方で畳に突っ伏した。


「GIIIIIIIYAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 そして悲鳴。

 何か見えないもので畳に押し付けられている。背中への凄まじい圧の度合いは……


「こ、これは……」


 ミシッメキャっと、枯れ木弾ける音が確かに一徹から響く。白目剥き、盛大に吐血。ガクガクと身体を痙攣すらさせていた。


「いったい誰が……」


 見えないものとしても、一徹にかかる質量は100そこらのキロレベルではない。


 異能力による、このままでは一徹が死ぬレベルの高出力。

 すぐ止めさせなければと武道館内に残った者をヤマトは見回し……


「……えっ?」


 見つけてしまった。


「#$%&’()~=|~=|)(’&%$#”……」

「《委員長富緒》っ!?」


 三年三組、禍津富緒。

 一徹に向かい苦しそうな表情を作りながら、必死に呪詛を唱えていた。


 認めた瞬間。ヤマトは一息で距離を詰め、一徹を睨む彼女の視界に割り入った。


「何するんですか。邪魔しないでくださいっ」


 一徹を捉えた視界に邪魔が入ったとあって、スッと目を挙げた《委員長富緒》の顏に険が宿っていた。


「それはこっちのセリフだ! 山本を殺す気なのか!?」

「今しか……ないのに」

「《委員長富緒》?」

「今あの中は空っぽ。本来体に満ち満ちる山本一徹という人格は、気を失ったことで体の内部奥深くへと堕ちている」

「どういう事だ。何を言っているんだ?」

「ルーリィさんやシャル教官など障害もない。今を逃したらもう、殺せないかもしれないのに」

「なんだって!? 本気で言っているのかっ!?」

「うっくぅ……」


 ヤマトが怒りに任せて声を張り上げるなどそうそうあることじゃない。

 その矛先を向けられた《委員長富緒》は、ヤマトからの視線に耐え切れず、バッと顔を俯かせた。


「あー……追及は……また今度かなヤマト」


 しかしそれ以上追及する余裕はないらしい。

 少し引きつった顔の陸華の声を耳に、彼女が向ける視線の先を目で追った。


「なんかヤバい……よね?」


 未だまだ白目……のはずなのに。感情欠落した一徹の貌、ヤマトたち三人をしっかり捉えていた。


「さっきの喧嘩は凄い楽しかったけど、ちょっと今回ばかりは嫌な予感しかしない。 山もっちゃん、気……失ってるんじゃないの?」


 山本一徹と言えば感情豊かで喜怒哀楽が激しい。 

 顔や体は同じだ。しかし人形のような無機質感が、誰の目にも気持ち悪すぎた。


「敵として、俺たちの事を認識してるのかもしれない」

「敵? それならさっきの死合いでだって……」

「いや、きっと純度がけた違いだろう」

「純度? 純度って……何?」

「どう見る《委員長富緒》」

「私が放った異能力術技を食らったことで、敵認定させてしまったようです」


 ゆらぁり、一歩また一歩とおぼつかないながら近づいてくる一徹。


「意識はない。それでなお動ける。肉体を本能が支配しているからと思われます」

「マズ……そうだな」


 スタスタ来られても困るが、壊れたロボットのような歩き方とくれば……


「それこそこちらも、殺しに掛かるつもりでいかなければ・・・・・・・・・・・・・・・・取り返しのつかない事態だって」

「もう言わないでくれ。《委員長富緒》の口からそんなこと聞きたくない」

「私の口から……とは言いますが、私だってすでに血で汚れています。昨年までの戦い。殺した数は一人や二人じゃありません」

「だからこそだ。やっと手に入れた今の平和をどうして壊そうとするんだっ!?」


 近づく一徹を前に、再び内内の話は始まってしまう。


「んあーもうっ! 口論している場合じゃないだろっ!?」


 陸華はあからさまに嫌気を見せた。

 

「つまりこういうこと!? 本能が支配し肉体を動かしてる山もっちゃんの状態。敵認定された僕たちは、山ちゃんの中で言う殺戮本能をざわつかせてる!?」

「編入、これまで訓練で体に刷り込まれた技術や経験が反射的に出てしまいます!」

「伊達や酔狂。冗談に優しさ。全ての甘さを取っ払い純粋に殺しに掛かる殺人マシーン……厄介だな」


 作戦会議など、もはや排除対象と見立てた無意識下の一徹にとってどうでもいい。


「やるしか……ないのか?」

「こういう展開、嫌なんだけどなぁ」


 不意に両膝をガクッとたわませる。身体をヤマトたちに傾け……

 畳を思いっきり踏み込んだ。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」


 竜胆陸華、禍津富緒の二人を率いた即席臨時刀坂ヤマト勇者パーティーは……


「ご注意を! 来ますっ! 第三魔装士官学院三縞校三年三組、山本一徹っ!」


 戦闘モードどころか殺人モードの山本一徹と、エンカウントすることになる。



『こ、コイツぁ……とんでもねぇ奴だったんでガンスな』

『率直、恥ずかしいもんよ。柔道もそう。こんな近い所にいて気付かなかったもん』

アレ・・見せられると、自分らがどれだけまだまだか分かるってもんたい』

『異能力有無が優等種と下等種の差デフか? 勘違いデフ。基礎身体能力劣った分を異能力でカバーしてただけ。別の所で上乗せし、総合的に見てただけなんデフね』

『異能力無しなら俺たちなんて、山本の足元にも及ばないんだな・・・・・・・・・・・・・・。その開いた天と地の差を、異能力で辛うじて埋めていただけに過ぎなかったんだな』


 三人と一人の戦闘を前に感想を漏らしたのは、《月城魅卯親衛隊ルナカステルムインペリアルガード》。


 申し訳なさそうに言った理由。一徹が三人に押し込まれ・・・・・・・・・・・圧倒されている故・・・・・・・・

 

(おかしいよ。何もかも。誰もかも)


 魅卯専用の親衛隊を豪語するクラスメイトの漏らし。魅卯は何も呟く事できない。


 斧が閃いても、剣が光ることは滅多にない。

 単純な話しだ。白兵戦では無力無能者、山本一徹を前に分が悪かった。


 基本、即席臨時刀坂ヤマト勇者パーティーは異能力術技ベースで一徹に攻撃を加えていった。


「ねぇっ! 全っ然楽しくないよ山もっちゃん!」


 先ほど互角に渡り合っていたはずの陸華すら、意識失ったことで感情損なわれ、反射的に、機械的に、効果的に、最短ルートで慈悲もなく殺し至らせる一徹の斧刃術に手も足も出ない。


「油断するなよ竜胆! 今の山本に一切の躊躇ちゅうちょも迷いもないぞっ!」


 さすが三縞校最強剣士ヤマトの桐桜華刀だけは何とかついて行けていた。


「くそっ! 編入直後あの時から比べ物にならない程に圧が増してる!」


 しかしながらいつだったか、大戦斧の柄が二分され、片手斧と大ぶりナイフの二丁に戦闘スタイルが変わったこと。


「ちょっとぉ! ここで二丁とか、なんて隠し玉!? しかも僕とヤマトの二人を相手に……崩れもしないなんてっ!」


 その二丁の一方ずつで、陸華の直刀を受け止め、ヤマトの桐桜華刀の応酬を弾く。


「じゃ゛っ!?」

「飛び込みも思い切りがいいっ! まるで獲物に飛び掛かるケダモノ!? 山もっちゃん! これもうヒトじゃないからっ!?」 

「お二人とも間合いを維持してください! ゼロ距離では山本一徹の気当たりに呑・・・・・・・・・・・・・・・・・まれます・・・・っ!」


 結果として、異能力抜きの物理面では、誰も一徹を凌ぐことできなかった。


「お二人も、異能力メインで戦闘に臨んでください! 近接戦闘では、私の遠距離術技の射線上にも入ります!」

「竜胆! 作戦を変える! 近接戦闘から遠距離術技にシフトチェンジッ! 《委員長富緒》は接近戦に不得手だ! 山本が距離を詰めたその時、俺と竜胆の援護防御で盾になるぞ!」

「好きじゃないんだよね。そんな闘いヤり方」


 それが即席臨時刀坂ヤマト勇者パーティーが安全策取って、異能力による遠距離戦闘にシフトチェンジした経緯。


「なんて情けない。安全な所から山もっちゃんをハメ殺し……か」


 異能力特殊攻撃で追い立てるしか選択肢がない所まで追いやられている。


殺さやらなければ殺さやられますっ! いいのですかそれでっ!?」

「チィッ! どうしてこんなことに!」

「言っておくけど、僕は殺すつもりない。ケダモノは意味もなく牙を剥くことはない。今の山もっちゃんは、僕たちが引きずり出したせいでもあるんだ」


 ある意味で、異能力を使わなければ異能力者は、無力無能者に対しお手上げだと認めたに等しい。

 傍観者たちにとってもこれ以上の恥かしさはない。心中を複雑にさせた。


『流石に、異能力を前面に押し出した遠距離術では、さしもの今の兄貴でも分が悪いですかい。でも・・……ですぜ・・・?』

『えぇ、でも……ですね。今の兄貴が刀坂先輩たちに手も足も出なかったとして、僕たちにはその先があることを知っています・・・・・・・・・・・・・・・


(……は? 何……言ってるわけ? コイツラ……)


 4人の戦いぶりを前に取り巻きたちが呟く話。愕然と立ち尽くすしかできないのは、決して親衛隊に囲まれた魅卯だけではなかった。


(その先? まさか、今のアイツには、更にその先があるというの?)


オイエイ?、どう思うばぁって?」

足りねぇべ・・・・・? 幾ら相手が英雄三組のお二人。うち一人が三組最強として、おまけに音に聞く第一学院桐京校の竜胆陸華が加わったとして、太刀打ちできるイメージが全く湧かねぇじゃん」


(ちょっ、それ一体どういう……)


「ちょ、それどむぐぅっ……」


 一徹が「守ってやれ」と言った時点で、紗千香も《山本組》古参幹部衆に護衛されるお姫様。

 周囲から入る話の一つ一つはとても信じられたものではない。聞きたくてならない……のに、状況に圧倒されて固まった結果、まともに口を開くことも出来ない。

 発言しようとしても噛んでしまった。


「もし……アレが・・・出てきたらどうしますか?」

覚悟を・・・……決めるか・・・・?」


(どういうこと? アレって何?)


「肚ぁ括るしかないやろな。兄貴が……本来の山本一徹が異能力を使った・・・・・・・・・・・・・・・その時・・・止められる奴は誰もお・・・・・・・・・・らんねん・・・・・」 

「え゛っ?」


 その一言が晴天の霹靂。


 山本一徹というのは無力無能。三縞校で最貧最弱の雑魚なのだ。

 

(いま、何て言った? 『あのクズが異能力を行使したら』って……)


 言いたい。言えない。


 恐怖が全身を支配しているのに、なお更に悪い話が耳に入る。これでは呼吸困難にまで導かれそうだ。


『兄貴も人が悪いわ。こん中の殆どが、本当の兄貴を……いや、山本一徹の事を知らん』

『なまじあの常軌を遥かに凌駕した肉体性能と、達人の域に届き始めた斧刃術が目立ちすぎて、皆その面だけに目が行ってしまいます』

『本当はそれでもまだ、山本一徹の本調子じゃないじゃん?』


(あ……れ? コイツら、いつの間に……)


『だが刀坂先輩たちは、山本一徹を知らんばぁ。兄貴シージャー本当の本気だと勘違いしているやんに・・・・・・・・・・・・・・・・・。『まだあのレベルなら何とか倒せるはず』だ……なんて思って』

『とんでもねぇ。目の前の光景は、まだまだ山本一徹の本調子には程遠いや・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(『兄貴』じゃない。『山本一徹・・・・って・・呼び捨てにして・・・・・・・……)


 まず、《山本組》古参幹部衆が一徹の名を呼び捨てにするなどあり得ない。


 取り囲む男子たちの余念ない顔を目に、紗千香は絶句した。

 親し気と尊敬を念を込めて一徹に向けていた彼らの目には、今や警戒と恐怖の色しかなかった。


『こんなもんじゃ文化祭時、今代須佐之男命スサノオノミコト、《闘神》須佐猛流タケル壊したときの山本一徹には届かんで・・・・・・・・・・・・・・・・


(な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?)


 さぁ、決定的な発言が出てきてしまった。

 それこそこれまで胸の内で扱き下ろしてきた一徹の、紗千香からの評価を一気に覆すもの。


(須佐猛流っ! 桐京校どころか、全国見渡しても最強を約束された、《戦神カミ》からの寵愛と祝福を与えられたオトコを……打ち倒したっ!?)


 自分たちの呟きが紗千香の心を爆発せんほど刺激していることに気付いていないから、《山本組》古参幹部衆の話は終わらない。


『刀坂先輩たちゃ、露とも思っとらんのやろなぁ。もし、山本一徹が……自分たちと同じことをしてきたならと・・・・・・・・・・・・・・・・・


(……あ……)


『本当の山本一徹になってしまったなら……か』

『兄貴はこれまで、じゃんけんで言えば一つの手でしかやってこれなかった。グーを仮に、基礎身体能力と斧刃術だとするじゃん?』

『異能力を、術技を行使し始めるでしょうね。さしずめ異能力部分をパーにしましょうか? そして異能力が使えるとなれば……』

『チョキだ。当然のように……肉体活性を行える』


 当然の帰結ではないか。


 基礎身体力、白兵戦技術。異能力。それに伴った肉体活性。グーチョキパーに例えるとするなら、この学院生の誰もがすべての手を使える。


 これに対し一徹はここにきて、グーだけで魔装士官訓練生の中でも上位の者たちに肉薄していた。


(お……終わった……)


 さしずめ普通レベルの三縞校2年生なら、《基礎身体能力による白兵戦技術グー》を30点。《異能力部分パー》を50点。《肉体活性チョキ》で20点としよう。


 一徹は《基礎身体能力による白兵戦技術グー》で70点にも80点にも達するのではないか。


 本当の山本一徹の異能力は、かの最強、《闘神》須佐猛流を遥かに圧倒したという。


 すべての手を積み重ねたときの総合力はいかほどか? 


 《闘神》の加護持ちすら凌ぐとするなら、《異能力部分パー》は100点をゆうに超えるかもしれない。

 通常の肉体への教科付与する《肉体活性チョキ》分を普通レベルの三縞校2年生と合わせて20点にしたとしよう。


 《基礎身体能力による白兵戦技術グー》80点+《異能力部分パー》を100点+《肉体活性チョキ》20点イコール何人たりとも手が出せない200点超点


(異能力者にとっての更なる上位互換……絶対種・・・……)


 だから紗千香には絶望しかない。


 異能力があるというだけで、異能力者は自らを優等種と呼び、無能者を下等種と蔑んだ。

 その異能力者優等種ではまず手が届くはずのない《神》に愛された者と、その《神》に祝福された者すら喰ってしまうような存在。


 この場合、異能力者こそが下等にして劣等種。

 今回の場合、絶対的存在とうたわれる山本一徹こそ、異能力者劣等種にとっての優等種……ではないか……と。


「あ……レ?」


 さぁ、状況は一層深化する。


 やっとこさ声を発することのできた紗千香は……


「噓……でしょ?」


 そんなグーチョキパーの三種、異能力者の当たり前の範疇では、山本一徹は縛られないことを知った。

 

 SHAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!


 鳴いたのは……一徹が普段煩わしそうに扱いながら、全幅の信頼を寄せる相棒。《千変の神鋼銀色マンジュウ》。


『そ……そうやった……忘れとった……』


 遠距離攻撃によってヤマトたち三人との間合いを詰め切れないあるじを救おうと、一徹の生きる武器マスキュリスが動いたのだ。


『あんお人にはも一つ……誰も持ち合わせとらん、第四の手が残されとった・・・・・・・・・・・


 一徹が握る二丁の柄尻から銀色のスライムのようなものがトロトロと溶けだす。

 畳みに垂れて作られた銀だまりから、人影を模したものが何体も生えてくるではないか。


兄貴シージャーには異能力がない。俺達ワンらもそうカン違いしていたあの時、兄貴シージャーは、異能力とはまた別の特・・・・・・・・・・殊能力を見出した・・・・・・・・

『数、あの時より増えてんべ?』

『えぇ。僕たちの前で第二形態と闘りあった時・・・・・・・・・・・・・・・・・はまだ1体生み出したのがやっとだったのに。マスキュリス分身体はいまでは18体ですか。しかも斧とナイフ形態を維持したまま』


(第……に……形た……い? 無力無能が……《アンインバイテッド》と……闘っ……)


『形態模写は強い集中さえ出来れば実行出来やすが、無意識下で本能に支配されてる兄貴にそれが出来やすかい?』

『いや、長らく兄貴の相棒として使役されてる。マスキュリス自体が、次に兄貴がどんな形で自分を利用するか予測できてしまうくらい……』

『まだ兄貴の意思で変態してないだけマシかもしれんのぅ。3形態以上、そしてあの数を同時発現。下手すりゃ兄貴の脳は……焼き切れる』


 紗千香が舐め腐っていた山本一徹は、次々予想をはるかに超えてくる。


『なんか、ロールプレイングゲームの最終戦を思い出してしまいました』

『勇者パーティの活躍によって、相手はHPヒットポイントをある程度削られるもんじゃん』

『削られると大抵、相手は体形からだかたちを変えたり、これまで使ってこなかった特殊技を使い始めてくるもんだやんに


 もう紗千香は何も言葉にできない。


(……………………………………………………………………………………………)


 もう……紗千香は何も考える事すら許されない。


 ただただ目の前の光景を呆然と眺めるのみ。


『ハッ、この光景を前に、《山本組こん古参幹部衆なかで、まさか日寄ひよってる奴とかいねぇよなぁ!? もしそうなら……殺すぞ・・・

『何が勇者パーティじゃ。何がRPG最終戦じゃ。何が形態変化に使用特殊技の追加じゃ』


 視界には収めているものの、しかしながらもしかしたらもはや、その光景が頭に入ることもないのかもしれない。


「ルゥ……ゥ……ゥゥ……ゥゥゥォォォォオオオオオォォンッ!?」

『『兄貴は……ラスボスでもあるまいに・・・・・・・・・・・』』


 いっつも《山本組》No2若頭の座を争い合う二人。月に向かって遠吠えするような一徹を眺めながら、ここぞとばかりに息ピッタリに物を言う。


「じゃ゛あ゛ぁ゛っ!」


 さぁ、そんな話が終るか終わらないかのところで、一徹本体を含めた山本一徹19体は、即席臨時刀坂ヤマト勇者パーティーに飛び掛かる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る