テストテストテスト78

「ちょ……えっ? 意味……分かんないんだけど……」


 紗千香が漏らすのも無理はない。

 紗千香だけじゃない。あれだけ騒がしかった武道館内、水打った様に静けさが満ちた。


「まず第一に、爆発的脚力で一気に詰め寄るのは辞めた方がいい」

「クソがっ!」


 ゴムまり弾むようタタンとステップを踏んで数歩一徹が取った間合い、絡坐は一息で詰め切る。


「確かに俺らみたいな図体で一挙に迫れたら、与えるプレッシャーは上々だ。が、車は急に止まれないと申します」


 ただ、左右どちらかの脚を軸に、バスケットボールのピボットターンの宜しく立ち位置を変えることで、一徹はガントレット爪の攻撃をかわして見せた。


「的に、小範囲で動かれたらどうするのってハッナ~シッ」


 コンパスの様に円を描きながらスタンスが変える。

 もう何度紗千香は、的を失い攻撃空振りさせられた絡坐の背後に、一徹が回り込んだ光景を見たか知れない。


「そもそもお前の今の戦い方は、俺ら慣れ親しんできた武術のいい所を殺してる」

「ちょこまかとぉっ!?」

「前にした相手を中心に、足さばきをもって円を描くように相手との向き合い方を変える。人体急所が正中線に集まる体正面を、相手に晒さないためのはずなんだ」


 一徹は再びバックステップで間合いを取った。頭に血上り過ぎた絡坐は、与えられた忠告にも動きを改善することはなかった。


「だったらこれならどうだよ!?」


 再び広げられた間合いを、一つ覚えの様に猛ダッシュで絡坐は詰め寄る。

 絡坐を中心に、軸足使って一徹が回り込もうというなら、一徹が回り込んだ方へと再び極大脚力で畳を蹴った。


「そう、となるとこうなりかねない。ストップ&ダッシュとでも言おう。猛スピードから急停止掛け、無理やり鋭角に方向転換し、新たな方向に再びダッシュをかける」


 一徹はまた軸足を中心に、円を描くよう絡坐の突進方向から自らの軸を外す。

 勿論回り込まれたなら、同じくストップ&ダッシュを絡坐は繰り返した。


「ハヒャァッ! 反撃も出来ねぇか腰抜けぇ!?」

「さてぇ?」


 ゆめゆめ、絡坐の猛ダッシュに捉えられてはならない。

 一徹は身と立ち位置を翻す。絡坐は、ガントレットの爪が一徹の肉を穿つまで追い続けようとした。


「ハッ……ハッ……」

「なぁ絡坐、また……呼吸困難に墜としてやろうかぁっ・・・・・・・・・・・・・・・?」


 が、その一言が何よりの一撃。


 先ほどのチアノーゼを思い出したか。耳にした途端、絡坐の方が弾けたように一徹から間合いを取っ……


「……えっ?」


 だが、退くと一徹は読んでいた。

 後退するタイミング、今度一徹が絡坐との間合い詰めに滑り込んだ。


「ちぃっ!?」


 滑り込んだだけじゃない。

 大戦斧の柄尻を棍の先として見立て、鋭い突きを繰り出した。


「あ……れ?」


 当然、絡坐だって回避しようと動いた。

 拍子抜けた声を上げたのは、回避しようと身体に力を加えた途端、膝がガクッと落ちたゆえ。


 そうして、望まない尻餅を一徹の前に晒して……


「グブゥッ!?」


 水月みぞおちを、一徹の大戦斧の柄尻に突き立てられ、息を吐かされた。


「その戦い方はね、俺らみたいなでくの坊に似合わない。もっと身軽……そう、女の子の中でも機動力を活かせるような奴にのみ許される」


 突き食らって息吐かされただけじゃない。つま先による蹴撃が鼻っ柱に突き刺さった。

 ただでさえ先ほど鼻の軟骨を折られた。やっと収まったのに、再び鼻血が噴き出した。


「……猫看ネコネ。俺がクラスメイトであることを、おこがましいとさえ思えるほどの天才」


 蹴り飛ばされたことで後方に転んだ絡坐、急ぎ体制を整え立ち上がった。

 再び構え取ろうとして……しかして構えを取る前に一徹に間合いを潰された。


「くぅっ!?」

「……死ねや・・・……」


 絡坐はまだ体勢不十分なことなどどうでもいい。剣呑なセリフを吐いた一徹は、思いっきり振りかぶった大戦斧を閃かせた。

 

 一瞬経たず斧頭が襲ってくるはず。絡坐は防御態勢のため無我夢中で両手挙げ……


「……へ……アゴぁッ!?」


 ……防御態勢は、意味をなさなかった。


「うぐっ! やっぱ《猫観ネコネ》最強っ」


 絡坐が気づいた時、声は背後から聞こえた。


「この無理難題を、苦も無くこなすかよ」


 声と共に、酷い衝撃が延髄を打った。


「ぐっ……ぎぃっ……」


 延髄も急所の一つで衝撃だって耐えがたかった。

 喰らった瞬間、絡坐は呻きながら当てられた箇所をガントレットごと抑えた。


「静と動。求められるは極めてハイレベルなストップクイックネスゴーロケットダッシュ。アイツはオッパイ小さいが、脂肪無いスレンダー身軽な体のおかげで、急なる方向転換時、俺らが感じる膝の負担が少ない」


(さ、紗千香……今、何を見てるわけ?)


 もう何度畳に絡坐が突っ伏し、反対に仁王立ちした一徹が……冷たすぎる瞳で・・・・・・・見下みくだしてるのを紗千香は目の当たりにしただろう。


『紗千香、もう今日はこの場はええ』

「……へ?」

『帰りなさい。今ならまだ、間に合います』

「あ、アンタらなに……言ってんの?」


(ま、間に合うって……なに? どういうこと?)


 「雑魚だゴミだ」と紗千香が陰で蔑んできた一徹の変わりようもそうだが……


『コイツぁチビィッと……ヤバいべ・・・・?』

阿呆かお前フラーかヤー。ヤバいなんてレベル、ガチでマジでイッピョウ超えてるやんに』

『おうテメェら、わかってやすね? 最悪兄貴がアレになっても・・・・・・・、俺たちゃ約束を守り通しやすよ?』

「おいお前ら、マジで紗千香に説明しろよ。これ絶対、隠すことじゃないでしょ?」

『紗千香は黙っていなさい。貴方は僕たちの肉〇〇お姫様ですから』

〇便〇お姫様には守り手がついてやらにゃ』

〇〇器お姫様だけは、なんとしても守らねぇとじゃん? 命を掛けてもだ』

『クク……さしずめワシら専用○○〇お姫さま親衛隊インペリアルガード。ええなぁ。まるで兄貴みたいやんけ』


 あれだけバカにしてきた……というか、実際にバカしか晒してこなかった《山本組》古参幹部衆2年が醸す悲壮さよ。紗千香が気にならないわけがない。


「ッッツッッツッッツッッツッッツ! ギィィォォォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!」


 ……が……次の瞬間だった。


「あんまし泣くなって。目の周りを指で擦っただけサミングだよ」


 絡坐修哉の断末魔にも似た悲鳴が、紗千香の視線と意識を奪った。


「《猫観ネコネ》みたいに俺らは身軽じゃない。無理してストップクイックネスゴーロケットダッシュしようもんなら、持ち上げる先の肉体が重い俺らはすぐ膝を壊す。その戦い方が出来るってだけで、才能だ」


 いつの間にか立ち上がった絡坐は、両目思いっきり瞑りのけぞってるではないか。


「人間には前荷重に耐性があるもんだ。今回の場合、膝の皿がある。一方、後方への力の荷重には弱い。お前がさっき崩れた理由だ」


(待って、待って……待って!)


 山本一徹大嫌いな1個上の男子饒舌じょうぜつ極まっていた。


「あ~あ、《猫観ネコネ》にはこれ以上強くなって欲しくないんだよなぁ。マジ……戦いたくない相手の一人になっちまうから」


 異能力がない。物理と白兵戦に頼るしかないと紗千香だってわかっている。

 だからと言ってどうして、たった一つしか歳違わない無力無能男子が、こと武術に置いてその道の達人のような発言ばかり繰り出すのか。


「ねぇ? 紗~千香っ」


(ひっ……)


 寒気しか感じない。


 そも……紗千香はそんな得体の知れない男を・・・・・・・・・・・・陥れようとしている真っ最中なのだ・・・・・・・・・・・・・・・・


「そ~は思わなぁい?」

「は……はひ……」


 一徹が、紗千香に問いかけた途端。


『『『『『紗千香っ!』』』』』

「……あっ……」


 あれほど紗千香が嫌いだった《山本組》古参幹部二年生が、紗千香を守るように囲んだ。


「う~ん? うん。ククッ……クフフッ……良く出来ましたぁ♪」


 それを目に、山本一徹はご満悦に笑って深く頷いた。


「あ゛ぁ゛! あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ!」


 視界奪われる間に何されるか分かった物ではない。絡坐は禍々しい爪取り付けられたガントレットを狙いもなく振りまくっていた。


「チョイチョ~イ、錯乱すんなよ見苦しいから」

「あ……あぁぁ……?」


 サミングの影響が薄まったか。やっと目が見えるようになったこと、それはまた絡坐にとって絶望の始まりに過ぎなかった。


「お~っとぉ? やぁっと視力が戻ったのねどうも♡」


 人間は正面からの攻撃に強い。両腕を、前面に構えるだけで防御の形になり、間合いだってとれる。


「じゃあ、こういうのはどざんしょ?」


 では例えば、絡坐が視力取り戻すその時を、真横に立った一徹が悠然と待ちわびていたとしたなら。

 視界が開けたコンマ数秒後に斧頭が頭部に突き埋まるよう、大戦斧を思いっきり上袈裟気味に振りかぶっていたとしたなら。


「や……やめ……」


 気づいた時に斧頭を振り下ろされたとして、もう、どう反応しても間に合わないのだ。

 

「お前さぁ、『辞めてぇ』って俺がどんなに頼んでも、辞めてくれなかったねぇ♡」


 一歩……間違わなくても、斧頭が頭部に当たれば、掠るだけでも頭蓋は陥没する。

 脳に突き埋まった瞬間、脳死。即死は必至。


「安心してよ。お前、簡単には殺さねぇから」


 武器の一閃だけじゃない。用いた言葉でも一徹は、絡坐の心を殺しにかかった。


 絡坐にはどうしても最悪なイメージしか浮かばない。

 その終わりをもたらすであろう一徹は柔和な笑みを浮かべ続けたまま、上段に振りかぶった大戦斧を、振り下ろ……。

 

「おっ……ヒョォォォォォッ!♡」

「い゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 そうしてその時は訪れる。


 末路は紗千香だって容易にイメージ出来てしまった。ギュッと目をつぶってしまう。


(……え?)


 が、決定的な断末魔は数秒経っても挙がらない。

 恐る恐る、紗千香は目を開いて……


「ヒぽっ?」


 次、目に入ったもの。

 大ぶりパンチモーションの様に身体を捻り引き絞った一徹が、振りかぶったタメの力を解放し、右ひじの先で絡坐のアゴ先を真横からはじいた場面。


(まさかだけど、紗千香……ずっと勘違いしていた?)


 ヒットした瞬間、変な声出した絡坐。膝をガクガクさせたのち、膝から畳に崩れ落ちる。


(隆蓮は、次代東北桜州最強の退魔師だった)


「トドメってぇのはさぁ、ど~あがいても反撃無理な時にするもんじゃない? リスクヘッジって奴ぅ?」


(異能力を肉体活性に限定しても、強化した肉体で振るう二刀流は、間違いなく最強だった)


 顎を真横から打ち抜かれ、衝撃は神経諸々通って、頭蓋内、体液をフヨフヨ泳ぐ脳みそまで、頭蓋内の内壁あらゆる箇所にぶつけさせる。


(だからこの学院の文化祭閉会式で紗千香が見た、あの山本一徹劣等種が隆蓮を倒したのは、何かのマグレだと思ってた)


 人体活動を司る脳を一瞬でも機能不全に陥らせるという事。

 確かにコレでは、死にたくないと幾ら絡坐が思っても何もさせないこと請け合いだ。


嫌だぁあぁだぁ! 死にたくないじぃゃぁぁだぁぁぁ 死にたくないじぃゃぁぁだぁぁぁ!」 

「いんやぁ、仕方ないよねぇ。だって死なないと・・・・・・・・……終わらないでしょお前・・・・・・・・・・? クッ……クク……クヒィッ・・・・!」


(あぁ、絡坐修哉……)


 脳が一時的にマヒし、呂律すら回らない状態であおむけに倒れ込んだ絡坐修哉の頭部に、一徹は大戦斧の斧頭先をチョンと付けた。

 まるで……薪を割るために用意した材木の、叩き割るべき箇所を一回確認するかのように。


(もう駄目なんだ。終わった……)


 眼下の絡坐の頭部に狙いを定め、思いっきり大戦斧を振り上げ……


「クッ………………………………………………ヒィィヤァァァァァァァァッ!♡」


 甘美な嬌声を挙げるとともに振り下ろ……



 鋼と鋼が衝突する激烈音。

 始めは大きく、やがて小さくなるが、その小さい音は長らく余韻として長らく残る。

 大戦斧を振り下ろした腕力がどれだけ高レベルかを伺わせた。


(もう無理だ。多分とかやめよう。決めてしまわなきゃ。線引きを作らなきゃ、甘くなってしまうから)


「は……ハハッ……ガハハッ! 陸華ァァァァァァッ・・・・・・・・・?」


 目の前で繰り広げられる光景に対し内なる決意を胸に秘めたのは、一徹が名を呼んだ先、第一学院の竜胆陸華ではない。


「まずは隔絶させなきゃ! 行きます!」


 暴力的な笑みを一徹が向ける先……とはまた別のところ、異能力を行使したのは委員長富緒だった。


『えっ? ナニコレ!』

『黒霧!? なんで! 一体っ!?』


 一徹の柔道大逆転場面を見に挙ってた下級生たちが悲鳴を上げるが、そんなのどうでもいい。


 委員長富緒の意志ある言葉と共にその手に姿現した呪術杖は、凄い勢いで黒煙を吐き出した。

 武道館内、壁際に近い者たちを悉く飲み込んでいく。


『ちょ、結界かコレ!? 武道館の外に、押し出されてっ……』

『今更……『見せられないよ!?』ってわけでもないでしょう!?』


 数秒から数十秒で、委員長富緒は張った結界陣の外に野次馬たちを追いやった。


(この黒霧があれば、巻かれた人達は、山本さんのこれからの立ち振る舞いを見ることはできなくなる。そして……)


 ある程度の確信が出来てから、委員長富緒は再び一徹に注目した。


これから・・・・……私がすることも・・・・・・・


「どーいう展開だコイツぁ? お前が……絡坐を守るかよ?」

「別に……守ったわけじゃないよ?」

らせろっ! コイツはっ……俺の獲物だっ!」

「ハ……ハハッ♪ 殺させたくないってのもあるけど、今の山もっちゃんとってみたい」


 一徹の腕力があれば、遠心力良く乗った斧頭なら、振り下ろした際の重力と遠心力で簡単に絡坐の頭蓋など兜割り。脳みそは弾けたプリンみたいになっていたはず。


「ホントは、露天風呂で山もっちゃんの裸体カラダを見た時から気付いてた。他の男の子次元が違う・・・・・ってこと。併せてね……」


 間一髪のところでそれを防いだのは、この状況で前に出た竜胆陸華が具現化させた武器、直刀で、一徹の斧の一断を何とか塞ぎとめていたからだ。


山もっちゃんがヤバい・・・・・・・・・・って言うのも何処かで分かってた」


 すでに肉体活性は済んでいた。でなければ一徹の一断を止めきれない。


だから・・・ルーリィ・セラス・トリスクトがいたんだ。山もっちゃんの封印としてね・・・・・・・・・・・・・。きっと教官シャリエール・オー・フランベルジュも同じでしょ?」


 陸華は自らの推察を言葉で用いて確認しようとする。


四季陛下シーちゃん肝いりのプロジェクトで、二人から離れたことで封印が弱まった。どうやって封印するのかな。封印というより……」

「キヒャッ♡ クヒャァッ♡」


 だがトドメ邪魔されたことで、いきり立って堪らない一徹に、言葉がちゃんと通っているかは謎だった。


「……殺しちゃうのかな・・・・・・・・?」


 鍔迫り合う二人の会話は……


「……海ちゃんは……駄目だろうなぁ。多分、見たら凄く傷つく。今の山もっちゃん、振れ幅凄いもん」

「グ……ググ……」

「空ちゃんも無いなぁ。今の山もっちゃんだと、おいえ空ちゃんの護衛ガードマンがきっと出張っちゃう」

「グフゥッ……エフゥッ……」

「きっとガードマン全員、手も足も出ないんだろうな。でも……僕は良いよ? 僕も好戦的な方だし」


 まるで嚙み合わない。

 

「《闘神》と呼ばれた須佐とも一度って見たかったけど、今やソレは叶わない。そんな時にね、山もっちゃんが現れた。僕ですら身の毛がよだつほどの狂戦士ベルセルク


 全身に異能力を通し、陸華は細身でも、筋骨隆々な男に勝る力でもって一徹にぶつかり、大戦斧を弾き飛ばした。


「邪魔だ。修哉」


 そうして今度、侮蔑の目で見下ろした先の絡坐に、声掛けると同時、思いっきり顔面にサッカーボールキックを見舞った。


「へぶしゃぁっ!?」


 顔面の骨が砕ける音と凄まじい衝突音を弾かせながら吹き飛ぶ絡坐。それでなお陸華は一分とも興味を見せない。


「コレで、邪魔者はいなくなったねぇ」


 改め、身体と直刀の切っ先を、興味惹かれてならない一徹に向け……


「山もっちゃぁん……」

 

 ボーイッシュな見た目に似合わない、華やかで柔らかなとろけた笑み、甘ぁい声を掛ける。


「ハッ……ハッ……ハッハッハッハッ……」


 それを前に、口角鋭く釣り上げた一徹は舌を出し、息を荒くさせていた。


闘ろシよっ?♡ 闘りたいシたい♡」


 かねてより陸華は特定の者に「好きだよ。強いから」と言ったところもあった。

 その発言が出るたび、陸華の悪い癖と皆は呆れるばかりで、その真意まで追求してこなかった。


 さぁ、陸華が絡坐を蹴り飛ばした。もう二人の間には何もない。


「来いっ! 山本一徹っ!」

 

 対峙した二人、同じタイミングで畳を蹴った。

 片や鍛え抜かれた脚力で、片や肢体が身軽ゆえ、強化した脚力によって疾風を彷彿とさせるはやさで。


 間髪経たず、ゼロ距離は成立した。


「グゲケケケケケケケケケケ!?」


 一体どちらなのか。

 一徹は性的に発情してるように見えて、喰らうことで飢えを凌げるかもしれないことに狂喜する肉食獣にも見えた。

 陸華の「好き」は、強者を求める好戦的故か。それとも、陸華のなかで《異性山本一徹》に対し、本能的に何かを感じている故か。


 決闘が……始まる……



「ん~退屈……」

「言葉に気を付けたまえ。授業中だぞ。はなからそういうものだろう?」

「フン、言いたいことは分からんでもない。あの阿呆が授業にいるだけで、奴が指され立ち上がり回答に困って切羽詰まる場面も多い。あざ笑うに丁度いい」

「言ってならないとは思うが、教官らから山本への評判はすこぶる悪い。おかげでよく立たされる。俺たちが席を立つなんて縁は、山本の編入のおかげでかなり減った」

「でもでもぉ、つまらないのは確かだよね。って言うか、そもそも人数が少ないクラスでこんなに不在って。もう三組も半分だよ?」

「ルーリィや山本がいないのは仕方ないとして、ヤマトもいないし《委員長富緒》まで。あの二人がサボるなんて考えられないけれど……」


 学術講義を受けるさなか、三年三組内のヒソヒソ話は止まらない。


 黒板にチョークでもって書き記し、「あ~う~」言ってる教官の背中が向いている間、一徹のクラスメイト達は気になったことを交わし合う。


「……喧嘩になってるとか、無いよね・・・・・・・・・・・・・・?」

「「「「ッツ!?」」」」

「あ、いや、最近ヤマトと山本ってあんまり仲良くないみたいだし」


 ポツリと、一徹称の《鬼柳有希ショタ》が漏らした一言に、全員息飲んだ。


「二人が喧嘩を始めちゃって、《委員長富緒》が仲裁するってなったら3人いない理由もわかるなって。も、もちろんそんなことないと思うけどっ」


 皆から視線が集まったこと。失言だったとギョッとなった《鬼柳有希ショタ》は、両手フルフルはためかしながら、口早に取り繕った。


(ヤマトと山本が喧嘩?)


 言い訳に対し、他の皆は「そんなことあるわけない」と苦笑いを浮かべる。《ヒロイン灯里》一人だけが、違う反応を示した。


(まるであの時のような・・・・・・?)


 机の上に開いた教本に目を落とす。読み込むというより、じっと見つめるだけ。

 視界という意味では文字の羅列は映る。が、実際見ている光景は別。光景というよりは記憶。そして妄想だった。


(私は一度、あの二人が喧嘩した場に居合わせたことがある。喧嘩というより、殺し合いに近かった・・・・・・・・・


 それはまだ一徹がこの学院に編入したばかりの出来事。

 妖魔形態だった《ヒロイン灯里》に驚いた一徹が、討伐しに掛かってきたのだ。


(もし二人が、また闘うようなことになったら?)


 あれからはや数か月が経った。


(大丈夫。ヤマトが物凄く強いってことは、誰より私が知っているもの。でも、山本の方は?)


 ヤマトと、訓練を耐え抜いてきた・・・・・・・・・・今日までの一徹・・・・・・・が闘うことを想像してしまう。

 ゾクッと寒気しか覚えなかった。


(もし少し前に見たあの夢が、私が飲んだ山本の血を・・・・・・・・・・介して呼び覚まされた・・・・・・・・・・本当の山本の記憶だと・・・・・・・・・・したなら・・・・……)


 夢で《ヒロイン灯里》が垣間見た、一徹の本当の記憶らしかろう物だって、決して一徹の全てを見せたわけではない。

 要所要所かいつまんだ、映画で言ったらダイジェストのような。

 

(なんか凄い……嫌な予感がする)


「教官、石楠訓練生発言を求めます」

『話せ。石楠訓練生』

あの日・・・です」

『えっ?』

「体調が悪いです」

『はっ?』

「保健室に向かいます。一人で大丈夫です」

『えっえっ?』


(本当は、ヤマトと真の山本は、・・・・・・・・・・友達になれるような間柄じゃなか・・・・・・・・・・・・・・・ったのかもしれない・・・・・・・・・


 肚が決まって席を立ちあがった《ヒロイン灯里》に、言われた側の男性教官は戸惑いに破顔禁じ得ない(ちなみにいきなり『あの日・・・』言われたもんだから、クラスメイト全員も絶句した)。


二人の本当に望むところはまったく同じ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。でもね? ヤマトが正義を貫く英雄・・・・・・・・・・・、《勇者・・だとするなら・・・・・・……山本の方は・・・・・……)


相反する存在では・・・・・・・・やがて二人は殺し合う・・・・・・・・・・だから思い出させないように立ち・・・・・・・・・・・・・・・回っていたんでしょう・・・・・・・・・・ルーリィ、シャル教官?」


 自分で「あの日」言ったにもかかわらず、《ヒロイン灯里》はすごい剣幕で走り出す。


自らの願いをばら撒くために世界・・・・・・・・・・・・・・・を一度転覆させた・・・・・・・・新たな概念を撒き散らかし生まれた混・・・・・・・・・・・・・・・・・沌と混乱をただ眺め放置し行く末を見守・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな狂気を突き詰め極めた・・・・・・・・・・・・・異世界の覇者に戻らせないために・・・・・・・・・・・・・・・


 思いっきり教室の引き戸を開け、廊下を駆けた。


「……《メサイアード・・・・・・》……か」


 まずは3人を見つけなければ。


「まだ間に合うなら、風音とも口裏を合わせなきゃ。風音も見たはずだから・・・・・・・・・・。ルーリィがいない今、私が上手く立ち回らないと」


 《ヒロイン灯里》すら、自身の本気度に気付いていないかもしれない。


きっと記憶が目覚めたなら・・・・・・・・・・・・叩き潰されるのは・・・・・・・・妖王一家石楠家関東退魔頭領蓮静院家だけに留まらない・・・・・・・・


 疾駆することで、廊下窓が後方へ流れていくスピードは異常。


魔装士官訓練生が聞いてあきれるわね私・・・・・・・・・・・・・・・・・・……裏切り者じゃない・・・・・・・・


 下着見えそに翻るミニスカートから伸びる脚、通常時より一層白くなる。

 まず、脚力求められた下半身部分だけが、妖魔サキュバス化をし始めていた。

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