テストテストテスト76

 若き異能力者のみが在学を許されるこの学院は、勿論ただの自衛官養成機関じゃない。


(《富緒委員長》もやはり……もう山本に?)


 予鈴は既に鳴っている。

 それでなお各教室や廊下が騒がしいのは、得難い力有す若者に自衛官になって欲しいという、お国からの甘さ故かもしれない。


(体調不良で保健室に行くって言っていた。だけど、すぐれない様子はなかった)


 ある意味で異能力者学生とは、お国からお客様扱いを受ける特別な存在。


『ヤバッ。刀坂先輩が通るぞ。とりま、静かにしとけ。予鈴鳴って煩かったら、注意飛んでくる』

『説教モードの刀坂先輩。怖いわぁ。真・面・目か! って奴』

『えぇ〜? だからいいんじゃん。頭良くて格好良くて、優踏生だけど鼻に掛けないし。ブレない』

『そ〜そ〜。ひがまないの男ども? ど〜足搔いたって、ヤマト先輩には敵わないんだから。格好良いし』

『『『ひっでぇ女ども!』』』


 そのなかで刀坂ヤマトという男は、流石一徹が《主人公》ともあだ名するほど常に訓練や授業に真摯で真面目たれだった。


 今だって次の授業に必要な備品を教官室から借り受け、三年三組の教室に向かうところ。

 廊下を通りがかるだけで、授業や教練が始まるその時までふざけていただろう他訓練生を尊敬と畏怖の念から静まりかえらせてしまうほどだ。


(《富緒委員長》はサボるような女の子じゃない。ただ、山本が応援ソングPV撮影の依頼の為に教室から姿を消したと同時にいなくなったのは……)


 とはいえ実のところ、昼食時に2年生の胡桃音紗千香から聞かされた話に思い悩む真っ最中。


 ある意味では刀坂ヤマトも卑怯な男だ。

 

 女の子複数人からの好意は薄々気付いていた。

 が、誰か一人答えを出してしまう。他が離れてしまう気がして、気付かない振りをしていた。


(俺が……悪いのか?)


 言い方は悪いがキープには違いない。

 ただ、同じくらい恋愛感情抜きにしたクラスメイトとしての友情を大事にした。


(恋愛感情面で離れてしまったとして、友達としての関係なら続けられるとは思えない。友情まで失われるかもしれない。怖いと思ってしまうことの何が悪い?)


 そうして恋愛と違う面で女子と絆を育ませる。

 当然、男子達とも固い交友を誓った。


(俺が……選ばなかったから?)


 とかく、入学から今日までに宝物となった三年三組を大切にしていて、好きな三組の形を壊したくなかった。


(選んでないのは、お前だって同じじゃないか。なのに……)


「どうしてお前は、一見クラスの絆を固めたようでいて、少しずつ溶かし、壊していくんだよ山本。なんでお前が選ばれる。皆からの意識を一手に集めるんだ)


 山本一徹という男は厄介極まりない。


 人が良くておバカ。

 周囲に警戒させない。スルリ滑り込むように誰の懐にも入り込む。


 ヤマトも一徹の事が好きだった。

 ヤマトと違うやり方や考え方を持つ一徹とクラスで過ごすうち、二人が中心となって作り上げた、去年までと違う《新三組》の形も気に入った。

 

 果たして、山本一徹はウイルスか寄生虫でもあるかもしれない。


 ヤマトにまで「気に入った」と思わせた新生3組。

 一方でヤマトが気付いた時には、たびたびヤマトに凄まじい居辛さを感じさせることもある。


 ヤマトの三年三組は、ヤマトと一徹の三組になって……いまや一徹の三組になりつつある。


 ……乗っ取られた……


 別に所有権を唱えるわけでもクラスの独裁者を気取るわけでもない。

 そんなこと考えてしまう自分を嫌な奴だと思わないわけでもないが、それでも焦燥禁じ得ない。


『号外号外大号外!?』

「……は?」


 廊下を行くさなか、ヤマトは幾度ため息をついたか知れない。

 気落ちしそうになって、しかし落ち切らなかったのは、「走るな」を無視して廊下を爆走する2年生男女3人が、恐らく自分のクラスに飛び入ったかと思うと……


『皆! 武道館! ダッシュ!』


 大声張り上げたからだ。


『ちょっとクラスメイト注目! すっごいことになってるんだ!』

『おい、お前ら、授業とか良いから武道館に来いって! 滅茶苦茶面白れーことになってっから!』


 3人とも一目散に駆け入り、伝えるべきこと伝えず、とにかく緊急事態だと騒ぎ立てる。


(一体何があったんだ?)


 慌て過ぎていて内容に主語がない。

 話が聞こえ、廊下のヤマトが首を傾げると同じく、伝令を聞いた各クラス訓練生らもポカンと目を丸くした。


『『『徹やん先輩が! /イっちゃんさんが! /兄貴が頑張ってる!』』』


(なっ……)


『『『『『えっ?』』』』』


 しかし主語が現れた同時。話を受けた者たちは言葉失い、付近の者たちと目を配せあう。


 無条件な期待がそこにあった。

 胸膨らませたような笑みで互いに頷き合う。

 もう1分そこらで授業訓練が始まろうというに、一斉に立ち上がった。


「山本が……頑張ってる?」


 果ては「どけ! 武道館に最初に辿り着くのは一の舎弟のこの俺だ」だの、「面白いことなら見逃す手はないじゃない」だの。


 まるで濁流。

 怒涛の勢いでこのフロア階、2年生たちは廊下を大移動し始めた。


「何があった?」


 下層階からの騒ぎも聞こえ始めた。

 もしかしたらこの号外は、1年生たちにも伝わっているのだろう。


 話が3年生にまで行き及んでいるかは定かでない。が、そんな話を耳にしては、ヤマトも動かないわけがない。


 今日珍しく、ヤマトもまた、この後の授業をサボタージュすること相成ってしまう。

 そうしてヤマトは……目の当たりにすることになる。



「あぁ、いい♡ やっぱいい! 絡坐ぁ♪」


 もう何も考えることができない。

 絡坐修哉の現状についてのお話。


「お前こそ最強! お前こそ最高! お前神! お前以上にこの国の柔道代表に相応しい存在はない!」


 足に力が入らない。背筋が痛くて悲鳴を上げている。

 肩は上がらなくて、腕など力が抜け出てしまったかのよう。

 握力など、掴んでるか掴んでいないか分からないほど弱々しくなっていた。


「がっは……」


 そうして、すでに意識もうろうにて霞んだ絡坐の視界がハッキリしたのは、思いっきり背中に、畳との衝撃を感じたからだ。


「楽しぃなぁ! 絡坐ぁ!?」


(なん……で……)


 もう何度乱取りを繰り返されたか分からない。

 たった一度取られた一本が、転換のスイッチだった。


「かはっ! ヒュ……ヒュウ……」


 いけない。先ほどからずっと息は上がってた。

 が、とうとう気管を通し鉄の匂いを嗅覚が感じ取ってしまう。

 匂いに違いないのに、舌すら血の香りを認識した。

 

(こんなはずじゃ……なかっ……)


「ホ・ン・バ・ン!」

「あぎっ……」

「間違いねぇ! その一瞬に掛けた爆発力は、他の追随を許さねぇ! お前ほどの天才にしか許されねぇ!」

「がっ……い、息……」


(息が……できな……)


「あっ……かぁっ……」

「お前が、代表選手に選ばれた所以!」


 もはやどこで乱取りが終り、一旦締まり、立ち直され、再び乱取りが開始されているのかすら絡坐にはわからない。


「あっ……あっ……」

「一勝負毎が常に死活問題! 一敗が金メダル取得に致命的である事実! だから一試合数分の短期的な爆発力に全てを賭ける!」

「ま……」


(待って……くれ……)


「俺なんか雑魚やゴミとはちげぇ! やはりお前は……選ばれた存在!」


(し……死んじゃ……)


 一瞬前まで叩きつけられ息を吐きだした絡坐にとって、次に肺の中身をひり出すまでに感じるスパンすら、数秒も感じない。


 もうそれを、どれだけ繰り返してきたか。


「お前は恥ずかしくねぇ! 恥ずかしむべきは俺の方だ!」

「も……やめ……」

「九十六本目ぇぇぇ!?」

「すごじ……やずまぜで……」

「九十ななほんめぇぇえ!?」

「嫌……だ……も゛う゛い゛あ゛だぁ……」

「ホレ、きゅうじゅう八ぽんめぇぇぇぇ!」

「も……ゆるじ……がんべんじ……ぐだ……い」

「オリンピック! 初戦から決勝までトーナメントで数えて10試合も満たない! その数戦に人生を掛けるお前が……」

「あ……」


(ナンダコレ……なんだこれ何だこれナんダコれぇぇぇぇぇぇぇ!?)


「あ……あ゛ぁ゛……」

「弱者故に幾たびやり直しの機会を与えてくれた! 俺にきゅうじゅうきゅうほんめのチャンスを与えてくれたこの寛大さよ!」


 もはや絡坐は誰が強い弱いとかの場に居なかった。というか、相手が同じ土俵に立たせてくれない。


 この決闘に置いては……


「さぁもっとだ! もっとこの俺を……楽しませてみせろぉぉぉぉぉ!?」

「ッゥ! あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?」


 狂っているか狂っていないかの土俵……なのかもしれない。


 ☆


「スゴッ……すごっ……やっぱり山もっちゃん……ツヨ♡」

「何なのよコレ。だって一徹先輩って……落ちこぼれのクズで、ゴミで、カスで……」

「こんな予想、外れてくれればよかったのに。流石に相手が代表選手であれば、手も足も出ないはずだった。その通りになった。でも、泥仕合になってしまっては……」


 気持の悪い空気が武道館を埋め尽くしていた。


「こ、こんな……あり得な……嘘……だ」


 《月城親衛隊》と《山本組》二年生幹部は、ニマニマと底意地悪く歯を見せながら、兄貴分の倒れた対戦相手を見下している。


 予期せぬサプライズに、竜胆陸華は身体をワナワナ震わせながら喜びに打ち震えた笑みを浮かべた。


 胡桃音紗千香は光景に信じられないと一歩も二歩も後ずさり。


 禍津富緒委員長は両手を体の前に重ね、複雑そうな表情を作っている。

 

(アメフトはまだいい。でも、この展開だけは駄目だよ山本君。相手は……オリンピック代表柔道選手なのに)


 すでに勝負は柔道の強さ上手さではない。


「何をやっている修哉。まだ終わっていないだろう?」

「くぅっ」


 硬道柔道監督の声に、絡坐は息を絞り出すとともに声をひり出すしかできないでいた。


 泥仕合にも等しい乱取りに次ぐ乱取り。

 長期戦に持ち込まれてしまっては、後は疲労してなお、どれだけ筋力と体力が残っているか。


 技術もへったくれもない。

 ただ力任せに投げ、崩し、倒し。もはや体力の尽きた相手は足を一歩踏み出すのもつらかろう。

 ……相手が立ち上がらなくても、きっとまだ体力が残る方は構わないのだろう。

 立ち上がらないなら立ち上がらないで、寝技で襲い掛かり、組み伏せ、抑え、締めに掛かるだけ。


「次で100本目だね? キリもいい。あと一本だけ、頼んでいいかな?」


 国を代表する男が蹲る様子を前に、代表監督の硬道が上げる声はあまりに淡々。


「さてぇ? 当初の話ではもう、僕の勝ちになった……はずなのですがね」

「オリンピック代表監督の立場からお願いしたい。最後の一本まで、全力で」

「ま、いいでしょう。ですが……補償はしません」

「いい。私にとっては相応しい仕置きだと思っている。これで修哉が壊れるなら、所詮そこまでだったということ」

「かしこまりまして」


 その先の話し相手の口調が、また魅卯にはたまらなかった。

 オリンピック代表選手など、眼中にも入れていないことがありありと分かってしまう。


 ちょっと待てと。

 11か月前は自分で立つこともままならなかった、魅卯が体力と筋力トレーニングを施す前まで骨と皮だけだった少年がだ。


「オラ、立てや」

「ガァッ!?」


 頭髪を思い切り握られ、頭を持ち上げられる痛みに耐えられず、悲鳴を上げながら引っ張り上げられるままに立ち上がる絡坐。

 対戦相手を務める《彼》。

 思わず魅卯は目を背けてしまった。


(こんなの駄目だよ。もう勝負じゃない。これじゃただの……ただの……)


 結局体力の残った方による、体力ゼロ相手の蹂躙は続くわけで。

 すでにそれは試合ではない……一方的なイジメだった。


 ◇


(多分間違いない。これだ……)


『ヤヴァイ! ヤマモンちゃんさん、これガチ!』

GE◇KI♪AT♡SU☆激アツ!』

『ハハ……アホ! バカすぎる! あり得ないっしょ!?』

『いやいやいや、最大限の誉め言葉だよねこの場合っ!?』


 ワァッと沸き立つ武道館内。


『『『『『『『せぇのっ……山本センパァ~イッ! キャァァァ!!』』』』』』』

『『『『『『『やっまーもと! やっまーもと! やっまーもと! やっまーもと!』』』』』』』


(この……武道館内の空気っ)


 熱狂の渦に飲み込まれ、上がっている歓声。ビシッビシッと《フレイヤ》の体中を叩く。


(これがさっきの男性教官が言いよどんだ、仲居さんのリーダー論の行き着く先っ!?)


 重なった声の爆発が耳穴をこじ開け脳みそに突き刺さる。

 視線の先のあり得ない光景に目が離せない。


 こめかみからツツッと雫が流れる。

 雫は首筋を通り、鎖骨から胸の内へ。くすぐったさから身を振るわせた。


 信じられない事態に体が凍り付いてしまったのは《フレイヤ》だけじゃない。


 柔道中重量級国内最強を相手に50勝49敗と勝ち越すのは、なんと自分たちが宿泊するホテルの担当仲居の同い年頃の少年。


 そういうことで、アイドルグループの《バルキリー》他メンバー全員から、各員所属先芸能事務所から来たマネージャー、PV撮影スタッフ全て、目を剥いて唖然と口も開きっぱなし。


(マズいかもコレ。嫌な奴だったけど、下手したら絡坐選手、壊れる)


 這いつくばっていた状態。

 無理やり頭髪を掴まれ立ち上げさせられた状態。

 そのどちらの状態でも、不安と恐怖一杯の表情で、絡坐修哉は武道館内に視線を巡らせた。


(柔道最強を絶対自負していた。蓋を開けてみたら、屈辱にまみれる結果となった。それも……観客の見ている前で)


 最強であることこそ、自分を肯定する最たるものなのだろう。実績があるから傲慢で、偉ぶっていたところもあった。


 鼻っ柱を折られた……だけではない。

 ここまで圧倒されてしまっては、そんな自分を自分たらしめんとしてきた要素が、粉々に打ち砕かれてしまう。


(この武道館内ではもう、誰一人として絡坐選手を応援する人はいない)


 負けてばかり、情けない姿を晒してしまう。

 恥ずかしさはどれほど極まっているだろう。


 「何しても許される」との絡坐の腐れたスタンス。

 「最強だから致し方ない」とオリンピック応援PV撮影関係者は思うしかなかった。


 そんな説得力が打ち砕かれた。

 性格の悪さしか残らない絡坐を応援するものなど誰も……


(観客全ての心を引きつけ、武道館の空気すら自らの武器として相手を威圧するのが、まさか仲居さんのほうだなんて)


 寧ろ謎めいたヴェールに包まれた、よく気が利いて丁寧で礼儀正しい、ホンホンワカワカ暖かさ溢れた人間味ある少年が、目を疑う程の逞しさと強さ、男らしさを見せた。

 ギャップに多くの者が魅せられていた。


 同じアイドルグループメンバーの一部など、ポ~っとした目、呆けた表情で、乱れた柔道着を纏う仲居山本一徹の一挙手一投足を目で追っていた。


『うっしゃあ兄貴! このまま終わらせちまいしょうや!』

『何だったら今からオリンピック代表選手交た~いっ!』


(仲居さんはこれまで、無意識中に《サーヴァントリーダーシップ》を徹底していた。この学院に置いて異能力の無い無力無能者雑魚ゆえに、それ以外のところで邪魔にならないよう、役に立とうと必死に悩み、奔走してきたから)


『よっ! 山本選手! あとでサインくださいっすよサイン!』

『バーカ! 期待しすぎだしぃ。テッツン先輩いっつも間が悪いというか。それにここぞって本番でお腹壊しちゃうじゃん』

『そういうとこ……嫌いじゃなぇけどな……』

『ハァッ!? あ、アンタ気は確か!?』

『まぁ、多様性ダイバーシティが世の中のトレンドではあるけどさぁ』

『ち、違ぇから! 待て! 今の発言無し! 本妻にだけは絶対秘密コンフィデンシャルで! 誤解なんだっつーの!』


(だから、この学院の訓練生全員が、仲居さんの事を慕っていて、好きで、そして……)


―私たちがこそばゆくなるくらい持ち上げてくれるんです。でも見せかけでもわざとでもない。山っちは、異能力ない一般人ですから、本心からの言葉でした―

―テッさんは自分が至らないことを弁えてる。そして俺たちもあの人が色々物足りないことを知っている。そうするとね、心配になっちまう。なんていうか、『テッさん何か困ってねぇかな。手伝えることねぇかな』と―

―悩んでたよ。次の三月で卒業する三年三組から受け継ぐなら、ヤマト先輩の強さを持ち、徹先輩の器の広さが欲しいって―

―わかるかも。ヤマト先輩と山ちゃん先輩は二人で一つ。だからこの三縞校において、三年三組は最強……だもんね―


いつも残念に思っていたんだ・・・・・・・・・・・・・


 ふと、午前中に各学年の何人かに山本一徹の事を聞いた時の感想を思い出す。

 皆一様に山本一徹を肯定し、でも何処かで残念に思うところが見えた。

 

(こういうことだったんだ)


―一般人では決して異能力を扱うことはできない。恥ずかしいだろうから奴は気取られぬよう取り繕ってるが、その差を、筋力と持続体力で埋めようと足掻いている―


 今なら、どうして最後に聞いた教官からの話で、やっと山本一徹にピッタリなリーダーシップが当てはまったか、《フレイヤ》には理解できるような気がした。


(仲居さんにとって唯一欠如していたモノが埋まり、他の訓練生と同じ戦闘水準まで辿り着けたとしたら……)


―その期待が、山本訓練生にとって残酷なのは分かっているがね。純粋な肉体能力だけでは、どうもがいたところで、そんな日は訪れん―


(他の訓練生は多分「強さ」を《異能力》に求めている……というより、異能力者しかいない魔装士官学院に置いて、強さの定義が《異能力》だけって狭すぎた。でも……)


 異能力はどうあっても一徹の身に付くことはないという。


 ただ今回の状況は、誰の目から見ても、一徹の本来のスペックを見せつけるものに違いなかった。


―山本訓練生は何というか……じゃんけんで言うとチョキとパーだけでここまで来たというか……―


 チョキは明るさ、優しさ、人当たりの良さだろうか。

 パーは誰かの為に力を尽くそうという行動力の凄まじさだろうか。

 強さグーが無かったから、「助けてやってもいい、良き男」止まり。


 本格的なリーダーシップという概念を、三縞校訓練生たちが山本一徹に対し持ち出すことは、あえて・・・なかった。


 ただ、「助けてあげてもいい良き男」と誰しもに思わせ、誰をも動かせる立場になった時点で、実は教官が持ち上げた《サーヴァントリーダーシップ》制になっていたことに、訓練生たちは気付いていなかった。


(不安だったんだ。だから……今の仲居さんの姿が嬉しくて仕方ない)


「ハッ! よそ見? 随分とまぁ、まだまだ余裕じゃないの!?」


(本当は三縞校生全員が、仲居さんにこの学院で思い切りリーダーシップを振るうことを望んでいた。でも、それを望んでしまうことが不安で怖かった)


 あぁ、絡坐に掛ける楽し気なセリフに打って変わって、冷たさ際立つ表情の山本一徹への三縞校生の喜びの爆発が留まることを知らない。


(弱いことだけが唯一の欠点だったから。弱い人が自衛官養成学校でリーダーを務められるなんて誰も思えないから)


 その欠点が埋まった時、三縞校生の一徹への支持が噴火的勢いで高まる。

 《フレイヤ》が見せつけられているのは、まさにそれだった。


(最高の形だろうな。だって、強さを周囲に発揮する格好の相手が……この国最強の柔道選手なんだから)


 運動能力フィジカル面での柔道という勝敗を決める競技スポーツ。異能力がモノを言う魔装士官という職業。

 

 勿論「強さ」の尺度が違う。


 何なら異能力者は無能力者を下に見る傾向にある。

 先ほど何度だって絡坐選手は山本一徹に「下等種」という言葉を持ち出した。


 ……が……考えてほしい。


 向かうところ敵なしの武闘家を前に、ピストルや刃物を持ち出した素人、否、玄人でもいい。武器を使用し素手の達人級を倒す所に称賛は向けられるか?

 卑怯者と罵られ、評価評判、地位は一気に地に落ちる。


 で、あるならば今回の場合、打倒して実力を見せつけるとするなら、やはり柔道には柔道であるべき。


『おい、皆よ~く見てくれよ! アレっ! 俺たちの兄貴なんだぜ!?』


《フレイヤ》たちオリンピック応援PV撮影メンバーは、最初から二人の取り組みを見ていた関係で山本一徹の49連敗をまざまざと見て来た。

 が、形勢逆転して乱取り80本目あたりから武道館に殺到した訓練生たちからは、連勝場面しか目にしていないこともある。


 ……国内最強の選手から、相手最たる十八番の柔道で圧倒する。

 これ以上に強さをアピールすることなど他にない。


 ただ単に持久力面で山本一徹が圧倒しているから? 


 それは言い訳に過ぎない。


 オリンピック公式種目にも数えられる競技。

 そもそも肉体活性は禁じ手。

 異能力者であっても、封印し、純粋な身体能力と技術を武器に競うことが求められる。


 公平性という奴だ。同じ条件で誰が最強か……という事。


 その原理原則を絡坐修哉も分かったうえで、柔道やフィジカルトレーニングに明け暮れてきたはず。

 何よりこの戦いの勝敗条件、両者ともに同意した。


(そういう意味では絡坐選手を称賛してもいい。無能力者と同じ土俵で戦うなか、それでなお無能力者たちを圧倒し、確かなる中重量級桐桜華一に上り詰めたんだから)


 ならばあとはそれぞれの持ち味の問題。

 体格、体重、筋力は絡坐も山本一徹も同じレベル。とまぁ、この時点で山本一徹もおかしいのだが。


 絡坐修哉は柔道が強く、上手かった。それが武器なのだろう。

 同じく山本一徹にとっての武器が持久力だった……というだけのお話。


『最高峰、絡坐修哉を倒したあのお人こそ、この国のトップ! 真の桐桜華柔道中重量級最強の男! 第三魔装士官学院三年三組、英雄が一人! 《山本組》組頭くみがしら! 山本一徹! 俺たちの……リーダーだっ!』

『アハハ! なーに言ってるわけ? 徹の字パイセンが凄い人だってことはウチラだって知ってたってのっ♪』


 もしかしたらこれまでずっと、三縞校の皆は、山本一徹の存在を誇りたかったのだ。

 しかし唯一にして絶対の「強さ」面で、自信無かったから怖くてできなかった。


 今、その限りにない。


(人望だけは既に極まっていた。後は強さだけだった。ついに全ての、誰もがリーダーに求める要素が揃ってしまった)


 胸を張って、自身を持って、安心して山本一徹をリーダーとして仰ぐことができる。周囲に対して自慢が出来る。

 

「すっご……」


 射貫かんばかりの鋭さ極まる視線と、引き締まった表情を浮かべる山本一徹の出で立ち。

 その凄みに皆が魅せられ、熱狂しておかしくない。


 とうとうカリスマとすら感じさせるリーダーに、山本一徹は成った。

 

「じゃあその余力を振り絞って全力で掛かってこなきゃだねどうも。残りは、あと1本だけなんだから」


 無理やり立ち上がらせられた絡坐。

 放心の表情を隠すこともできないでいた。


 次が最後、乱取り100本目。

 そういうこともあって、武道館の盛り上がりは一層に高潮する。


「ククッ……是が非でも頑張らなきゃなぁ。じゃなきゃあ……」


(……あ、でも、リーダーがどうとか、仲居さんにはどうでもいいんだった)


 ゆっくりと顔を前に、絡坐の耳元に口を近づける。


「海姫のこと、奪っちゃうよ? クヒッ♪」


 耳元でささやかれ、絡坐は反射的に数歩後ずさる。


 発言が辛うじて耳に入った《フレイヤ》は、今受けた感動から一転、苦笑いへと至る。


(なんか、乱取り前に女の子を奪う奪わないで気分害していたからなぁ。単純に、滅茶苦茶キレてて、ムカついてて……)


『始め!』

「クヒャアッ♡!?」


(潰したいとしか思っていないんだ)


 山本一徹の猟奇的な笑顔を目に、心内が読めてしまったのだ。


「……高虎のことを奪う……か? 信じたくなかった。でも……本当にお前は……腐れたんだな」


(え?)


 そんな時だった。呟きが、傍から聞こえてしまった。


 《フレイヤ》のすぐ隣に立っていた、一目で完全に《フレイヤ》好みのどストレートどストライクなタイプ過ぎるイケメン訓練生。


「見損なったよ……山本」


 明らかに、敵意を滲ませた目。山本一徹を辛く抜くように向けていた。

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