テストテストテスト75

(は? いま……名前……)


 耳の鼓膜をかき分け、脳みそつんざいたのは絡坐の声。

 ただ、奴さんの中で俺とは「ゴミ」である。まさか名前を呼ばれたとは信じられなくて、周りを見回してしまう。

 

「テメェの事だよ。山本だろうが」


 この展開を信じられないと皆は絶句し、破顔し、剥いた目を俺に向ける。武道館に静寂が満ちた。


「相変わらず耳がワリィなこのクズ。上がれ。テメェも」

「あの、仰っている意味が解りかねますが」

「んなことねぇだろが。桐桜華語も解さねぇ類人猿かゴリラか何かかテメェ」


(いやゴリラってぇのは、絡坐みたいなデカブツを言うんだよ)


 自分の図体のデカさは分かっているが、そんなことが浮かんでしまう。

 

(それにもし俺がゴリラだとしても……頭のいいゴリラでありたいインテリジェントゴリラでありたい……って、えっ?)


「ッツゥ……」


 不意に頭に沸き上がったとある名称。突然のズキッと頭痛が閃いて、右掌を額に当て項垂れた。


「山本……山本一徹……コイツラ雑魚の声で名を知った。テメェ、大罪人だったよな・・・・・・・・


四季シキ……第一学院桐京校生徒会長も兼務なさる四季しのすえ女皇陛下の御身体に、傷与えちまったことか)

 

「猶更、気に入らねぇんだよ」

「そ、そんなことを言われましても……ですね……」

「異能力ねぇ雑魚が、常に話題の中心にいる事実! テメェ一体何様だ? 主人公だとでも勘違いして・・・・・・・・・・・・調子乗ってんじゃねぇのか!?」


 大事なことなのかもしれないが、言われる身としてはやめてほしい物である。


「魔装士官学院! 《対異世界転召脅威防衛室対転脅》! これは俺達退魔師、魔装士官だけの、優等種のみ生きる事許された領域・・・・・・・・・・・・・・・! 無力無能な下等種が息していい世界じゃねぇんだ!?」


(……またこの話題。嫌だなぁ)


 決して解決しない話題、学院で俺だけ場違いだというお話。

 編入してこれまで分かっているつもりだ。


(面倒くせぇ)


 俺は文化祭の折、学院における市民権を三縞校の皆から結果的に認められた。

 ゆえに教官職を除けば、誰から心無い言葉をぶつけられることも無くなった。

  

(そんな目で見るもんじゃないよ皆)


 ……学外からの罵声はその限りじゃない。


「はぁ……」


 胸は痛いし嫌なものだが、別に俺だけに言わるならもう慣れた。

 ただね、その話を耳にしてしまった三縞校の連中が、「大丈夫かな山本。傷ついてないかな?」みたいな、不安と同情の視線を集めてくるのは嫌だった。


「……硬道監督」

「うん?」

「場を外しても、宜しいでしょうか?」


 三組の連中は「山本といることで俺たちの格やメンツが貶められることはない」とも言ってくれる。

 が、やっぱ俺を引き合いに出されて笑われることは、三縞校の連中にとって面白くないだろう。

 

(……耐えられない……ね?)


 もちろんこの展開は、同じく柔道場に居合わせる月城さんを傷つける。


「筋にもとるのは修哉の方だ。君の好きにした方がいい」

「ありがたく」


 だったらせめてこの場だけでも、俺はいないほうが良い。

 

(スミマセン旦那さん。トモカさん)


 ボリボリ頭をかきながら畳から立ち上がる。


(今回のPV撮影に関わる接客は俺担当……なんでしょうが、流石にここまでされてなお、笑って聞き過ごすなんてこと出来ないよ)


「……おい、テメェどこ行きやがる」

「『気に入らない』と。私がここにいるのは絡坐様にとっても、アイドル皆さまにも、芸能スタッフにとっても決して宜しくない」

「逃げんのか? ハッ、流石下等種。情けねぇな」

「ハイ。逃げますよ?」

「なっ!」


テメェ・・・の思惑は分かってんだよ)

 

「オリンピック応援ソングPV撮影という大義が滞りなく完遂されることが肝要で、情けなさや恥ずかしさなどは私の感情はどうでもいい」

「チィッ!」


 根性、性格はひねくれている。だが奴がこの国最強の中重量級選手であることに違いない。


(応援ソングPVにおける柔道場面撮影を理由とし、対戦を取り付ける。撮影時に『気持ちが入った』なんて正当化し、俺を痛めつけようってんだろ?)


 歯ぁ食いしばって立ち向かったところで、締められ、バッタバッタ投げ飛ばされる。俺では足元にも及ばない。

 ド腐れ絡坐のストレス解消に協力してやる。愚行じゃないか。


(アホらし。分かっていながら、そんな機会献上してやるものかよ)


「苛ついてんだろうが! 仕返しのチャンスをやるってんだよ」


 武道館入口へと体正面をひるがえす。


(無視だ)


「腰抜けか!? 金〇〇タマぁ抜けてんだよ!」


(むーし……)


「ここまで言われ背中向けて逃げるかよ!? 所詮数合わせだ! 三縞校ってのはやっぱ、腰抜けの集まりだなぁっ!?」


(無視……だ……)


 歩み始めた俺の背中に嫌な声がぶつかる。

 聞く耳など持ち合わせていないのだよ。


「なぁ、お前もそう思うだろ・・・・・・・・・? 大変だなぁ生徒会長って・・・・・・・・・・・!」


(ッツ!?)

 

お前も・・・Fランの一人だって見られちまう・・・・・・・・・・・・・・・! え? 月城だっけか・・・・・・?」


 ……お……イ?


「あ、あの……え?」

「悔しいんじゃない? 生徒会長やってるってなら君だけは違うんじゃね? 見てくれもいいし・・・・・・・・、桐京校に、俺の下に来いよ・・・・・・・。コイツら雑魚と違って、俺が誇り高さを教えてやる」


 だから、その話が俺以外に向くのであれば、その限りじゃないんだっての。


「あ、一緒に例の二人連れてきてくんね? なんだっけあの……『守ります。私たちが・・・・・・・・・』だっけ!?」


(おま……そろそろガチ・・・・・・その口ぃ閉じろよ・・・・・・・・?)


「おっとぉ? 思い出した! ウチの蛇塚教官頭が言ってた! 確か……《山本小隊・・・・のメンバーだったよなぁゴミィ・・・・・・・・・・・・・・!?」

「グっ……」

「そーいうことか! そういうことなんだよ!? あの『守ります。私たちが』って奴……テメェを守ってきたから故なんだろ・・・・・・・・・・・・・・・・? 無力無能で・・・・・! 雑魚で・・・! 下等種だから・・・・・・!」


(ぐぅっ!?)


 マズいと分かっている……のに、武道館から立ち去るはずが立ち止まっちまった。


一等ヤベェよなぁあの二人・・・・・・・・・・・・! 他の女とかマジ目じゃねぇし・・・・・・・・・・・・・!」


 体中を、ざわめきが走り広がる。


「なぁ、テメェもうヤッた・・・・・・・・? 度胸も根性もねぇ野郎だ。絶っっっっっっっっ対ヤッてねぇだろ!?」


 まるで背中全体が耳になったような感覚。

 立ち尽くしているはずなのに、あらゆる箇所からメキッ、ピシッと軋み、弾ける音が体内を通して耳を通さず脳に届く気がした。


「ねぇねぇ、大丈夫なんですか一徹センパァイ♡ ここまで言われたら流石に怒るとこ……」


 全てを背中で受け止める俺を武道館から出さないようにとでもしているのか、俺の前で立ちふさがった紗千香が、語り掛けてくる。


「です……よ?」


 その紗千香の笑顔は……吐き気を催すほどに俺を苛つかせてならない。


「……ナんダ・・・? さチ・・・?」

「ヒッ……」

「……なニカ・・・……用でモアんノか・・・・・・・?」

「ご、ゴメンなさ……」


 紗千香は弾かれたように短い悲鳴と共に尻餅をつく。きっといまの俺は多分、とんでもない顔をしてるのだろう。


「な……何コレ・・・……一て……ダレ・・……」


 折角俺が見下みくだしてやってると言うに、紗千香は戦慄際まる顔を床に落とす。

 なんて失礼な奴だ・・・・・・・・


そういう女の子はぁ・・・・・・・・・俺みたいな男が助けてやらねぇとなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・

「……助けてやる? どういうことだ?」

「なんだちゃんと聞こえてんじゃねぇか? オイ、俺タメ口許してねぇぞオラ?」


(あぁ、駄目だ・・・。どうあったって感情の抑えが効かない。どんな結末になろうが、一矢報いなけりゃ収まらねぇ)


「どういうことだぁ?」

守るために傷ついてきた・・・・・・・・・・・お前が強けりゃ傷つかなかった・・・・・・・・・・・・・・だったら俺が・・・・・・お前の手から奪ってやる・・・・・・・・・・・

「ッ……へぇ?」

助けてやるよ・・・・・・強い俺が・・・・女の子達を守ってやる・・・・・・・・・・俺と・・俺の庇護無しの・・・・・・・生活が考えられない程に・・・・・・・・・・・


 ヒタリヒタリと足音が近づく。


「欲しい物はこれまでも手に入れて来た。ずっとお前に向けられてきた視線は・・・・・・・・・・・・・・・・やがて・・・俺に向けられる・・・・・・・眼は・・ハートだ・・・・

「さ……てぇ?」

ルーリィ・セラス・トリスクトも・・・・・・・・・・・・・・・・シャリエール・オー・・・・・・・・・・フランベルジュも・・・・・・・・・・、俺が、奪ってやるさ・・・・・・・・・・


 ……名前が出た途端だった。

 背後のクソ野郎・・・・にイイようにされるあの二人の光景が・・・・・・・・・・・・・・・・・、あり得ないと分かりつつ浮かんでしまった。


(俺だけじゃない。あの二人を前にしては、誰であろうが結局守られる)


 確信だ。ルーリィもシャリエールも、絡坐すら届かない強者なのだから。


(でもね……もはやそういう問題じゃない・・・・・・・・・・・・・……こればかりは黙っちゃいられねぇんだよ)


 一瞬でも、ルーリィとシャリエールが絡坐に汚されるイメージが浮かんでしまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 頭だけじゃない。心も体全体も、バキィっと金属棒が折れ弾けた音がたなびいた気がした。


「……良かったな絡坐ぁ」

「あ゛ぁ゛?」

「事は……テメェ・・・の思った通りに転がってくぞ?」

「……誰に向かって呼び捨てしてんのか、わかってんのか?」

 

 ずっと背を向けていた状態から、踵を返す。

 先ほどから足音が大きくなってきた通り、絡坐は俺の真後ろ、つまり振り返った俺の眼前に立っていた。


「あ……アレ?」


 目の前に立ってくれるならちょうどいい。体格や背格好が近しいことも幸いした。


お望みの通り・・・・・・投げられてやる・・・・・・・


 額を、奴の額に押し付けた。


気が済むまで何本でも・・・・・・・・・・……ね?」


 頭突きというより、密着した状態から力づくで押し込むつもりで。


「へっ……へぇっ?」

「(ど)うした? 呑まれちゃったイモぉ引いちゃったぁ?」 

「い、イモ?」

「まさかたぁ思うが……雑魚と括って見くびってた奴から予期せぬ反応くらってぇ、ビビった……とか、ぇよなぁ?」

「は、はぁ? ビビる? 俺が? 舐めてんのかコラ?」

「クク、いいのいいの。あぁ良かった。そっかビビってないかぁ。なら……」


 本当に良かった。

 なら、絡坐への示し方という奴を・・・・・・・・俺も全うできそうだ・・・・・・・・・


「少し……待ってろ。用意してやる」


 話はまとまった。

 右手で向かい正面の奴の右肩をポンポン軽く叩いて、すれ違った。



「山本君、君は……君の姿は……」

 

 用意というのは単純、柔道着への衣替え。


 「ウィース」と気合入れながら少し低い声を出すとともに、更衣室から畳に上がったところ、館内の空気がピンと張り詰めたのを感じた。


 まず、声をかけてきたのは硬道監督。


「あまりにも……そっくりだ……やはり君は……」


 掛けられるというより、漏れた感嘆が耳に届いてしまった。


(なんだ?)

 

 正真正銘に強いおひとだからあり得ないはずだが、瞳が潤んでいる様に見えた。

 

(いや、俺の勘違いだな)


「や、山本さ……」

「……何? 《富緒委員長》」

「貴方のその……出で立ちは……」


 明確に行動として見える声掛けという意味なら、《富緒委員長》が最初か。


「悪いけど気が立ってる。色々気ぃ付けて発言出来る余裕がない。寧ろいまの・・・富緒委員長》には、取り繕うこともできない」

「えっ?」

「最近の《富緒委員長》は俺にからい。当たりが厳しいって言うか、声をかけるのも億劫おっくうだ」

「……あ……」

「いい。どうせ俺がなんかやらかした。後で話さないか? 謝らせてほしい」

「ち、ちが……」

「最近は刀坂とも変な感じになっちまって。《富緒委員長》とも変な火種を作りたくはない」

「ごめ……なさ……」


 駄目だ。やっぱり話が繋がらない。

 

「山本さんが悪いわけじゃない。分かって……いるのに……」


 聞こえない程に声も小さく、ゆっくり後ずさって離れて行ってしまう。


(本格的に嫌われちまったらしい。関係をまた取り持つことができればいいけどね)


「はは……」


 もうね、笑うしかない。

 

『『『『『兄貴、ご存分に・・・・』』』』』

「……おう」


 《山本組》の二年生五人。二人と三人で花道を作り、深々と頭を下げた。

 右手で帯の結び目握った状態で俺が通り過ぎると同時、舎弟どもは、やっと頭を上げる。


「……どけ紗千香・・・・・。さもなくば押し通る」


 花道の出口辺りに紗千香が立っていたが、相手をする暇はない。

 脇を通り過ぎることを選んだ。どいてほしいが紗千香は固まってしまったらしい。


「くっ……」


 紗千香と肩がぶつかったがどうでもいい・・・・・・

 それで紗千香を突き飛ばしたかどうか定かじゃないが、振り返るつもりもない・・・・・・・・・・


 ただ前に、覚悟決めた場に立つことだけを考えなくてはならない。


「クク……この展開ばかりは驚きだ」


 先の舎弟たち5人の花道同様。

 今度眼前に生まれたのは、《月城親衛隊ルナカステルムインペリアルガード》同志たちが作った花道だった。


「わかってるんだな?」

「あぁ、分かってるさ」


 声をかけてくれる同志たちに顔を向けることはない。


「場は、温めておいたデフよ?」

「らしくねぇなぁ。お前らほど強い奴ら、柔道代表だろうがさっさと喰っちまってよかったんだ・・・・・・・・・・・・


 ただ多分、俺たちの想いは互いに通っている。


「お前に、託すたい」

「さてぇ? せいぜい精いっぱいやってみる」

「信じてるもんよ」

「ま……ね? 汚名はすすぐさ。俺達三縞校のね・・・・・・・?」

 

 一人一人かけてくる声に返すと同時、俺の肩に両サイドから想いのこもった掌がパシリ。乾いた衝撃が降ってきた。


「気合入れるでガンスよ? 否、俺たちが入れてやるでガンス」

「頼むよ。派手にいこうぜぇ?」


 《ガンス》の前を通り抜ける。その時直感めいたこの後の展開に、俺は思いっきり息を吸って……


『『『『『「我らはっ! インペリアルガード!」』』』』』


 通り過ぎた五人の雄たけびに、俺もその一人である誇りを胸に乗せてもらう。


 重なる感情の音色に、武道館にいるアイドルや芸能スタッフたちが驚愕しているが、んなもんどうでもいい。


「や、山本く……」


 さぁ、絡坐に至る前に立っていたのは月城さん 


大丈夫だよ・・・・・月城さん? 大丈夫・・・

「……あ……」


 通り抜けた。

 話すことで、絡坐以外に集中を散らすわけにはいかないから。


また・・……その言葉・・・・。『大丈夫』って山本君が言う時、いつもギリギリじゃない・・・・・・・・・・・


 何か月城さん、言ったろうか?


「……へぇ? てっきり着替えと嘘ついて逃げたと思ったが、せめて俺んとこ来たことだけは褒めてやる。トイレには行ったか? 怖くてチビりそうなんじゃねぇ?」

「着替え名目で10分15分取ってやったが、休憩時間は足りたか・・・・・・・・・?」

「なっ!?」

「なんならもう15分くらい取ってやってもいいんだぞ?」

「……はぁぁぁぁっ!?」

「後になって『山本以外の奴らと先に乱取りやってたから疲れてた』なぁんて、負けの言い訳をさせたんじゃ・・・・・・・・・・・・・可哀想だからなぁ・・・・・・・・


 ……とうとう、今日この場での敵判定クリーチャーにエンカウントする。


「こ……ろ……」


 血走った目で「殺す」とか言われるのだが、なぜかね、恐怖はなかった。

 《アンインバイテッド・・・・・・・・・よりはきっと優しいだろうから・・・・・・・・・・・・・・


「両者この場では、この硬道が審判を務める」


 対峙したところで、間に立ち入ったのは硬道監督だった。


「それで試合形式についてだが、山本君」

「ハイ」

「君に任せる。修哉からの挑戦としても、代表選手である以上ハンデは取らせる」

「好きなハンデをやるよ。どうあがいたところでお前には万に一つも勝ち目はねぇ・・・・・・・・・・・。レベルが違うんだよ」

「ク……クハハ……万に一つも……ねぇ? 吠え面かくなよ?」

「チィッ! テメェのツラ、二度とヘラヘラできねぇ様潰してやるよ」


 きっと相撲で言うなら待ったなしの状態なのだと思う。


「発言をっ!」


 間に立つ監督を挟みながらメンチくれ合う俺達の空気を切り裂いたのは《富緒委員長》。


「絡坐選手は山本さんが面白くない。気が済むまで何度も投げたいでしょう。と言っても柔道選手としての差から、同じ勝利条件ではフェアではありません」


 胸に手を当て、畳に向かって項垂れていた。


「如何でしょう? 山本さんが絡坐選手に『敵わない』と心が折れて立ち向かうのを諦めるか、その間に一本を山本さんが取るか。それが勝敗条件では!?」


 耳に入る。慌て右掌で顔面を覆った。


(おイ? 《富緒委員長》。最近俺の事が気に食わないんだろうなとは思っていた……)


「うわぁ地獄の始まりだなゴミ。受けるぜその条件。良い条件だ。お前が勝てないと諦め、泣いて土下座し赦し乞うまで、俺はお前をイジメてやるのを辞めてやらない」


 なぜ顔を覆ったか。表情を絡坐に悟られない為だった。


「修哉の方は了承したようだが。山本君、本当にいいのかい? まずそうなら断っても……」

「これは男同士の決闘だぁ! 幾ら監督だろうが、茶々入れるんじゃねぇよ!」


(俺の事が嫌いになったはずだろうに。いい……良すぎる……《富緒委員長アいしてる)


「ク……クク・・……ハイ。お受けいたします」


 掌で押し潰すことで何とか隠せている、嬉しくてならないこの笑顔。


「クッ……クヒッ・・・♡」


 何とか笑いをこらえながら、静かな声色で返す方が、寧ろ大変だった。



『やっぱ、思った通りだったんだな』

『アイツすら圧倒されるんじゃ、こっちの10人じゃ相手にならないはずデフよね』

『本当、損な性格しているというか、運が悪いとしか言いようがないたい。アイツ』

『思わない方が無理ってもんよ。もしアイツが、普通高校に通って柔道に直向きだったら……』

『やはりこの学院に置いて、月城親衛隊第六衛士山本一徹ヘックス柔道最強選手でガンしたか・・・・・・・・・・・・


 決闘は始まった。

 悔しいことだが、やはり一徹では絡坐修哉に手も足も出なかった。

 投げられ、倒された時に掌で畳を叩く。衝撃逃がす受け身の音が武道館で何度先ほどから破裂したか知れない。


(ねぇ、『思った通り』って何? なんで皆そんな気づきを持っているの?)


 しかして、魅卯を《姫》とも崇め、この学院では実力最上位に近しい《月城親衛隊ルナカステルムインペリアルガード》全員が、してやられている一徹を認めていた。

 魅卯には違和感しかない。


(三縞校柔道最強? 私ですら……知らなかったのに……)


 魅卯が知らないことを他が気付いていた。その事実に悔しさもあった。


「今日のアイツ、一体何なわけ? 無駄にあがくなよ。調子狂う」


 先ほどから何度も試合が決し、再乱取りが繰り返されている。

 光景を爪を噛みながら睨む紗千香もまた、釈然としないものがあった。


『おう紗千香、必要に応じて、今日はこのまま帰ったらええよ?』

「はぁ? いきなり何言ってんの?」

『《スターヴィング・ジャガー組事務所》にもこんでヨロシ』

「だから、意味わかんないんだけど!」


 二人の戦いを眺めるだけの外野に発生した嫌な空気も気になるところだ。


(な……に?)


 とりわけ舎弟たちの雰囲気が気持ち悪い。


『いい。皆さん、紗千香は今日のところ僕が家までエスコートします。紗千香に手は出しませんから安心してください。送った後すぐ、皆さんとの合流が必要かもしれませんので』


 何があっても組の活動を優先してきたはずの二年生たちが、紗千香に「今日は帰れ」と言うのだから。

 これは思いやりではない。強制にしか見えなかった。


『どう思いやす?』

『考えたくもないやっし』

『この激しさ、下手すりゃ……出てくるじゃん・・・・・・・

「「ッツ!?」」


 決して聞き逃してはならない言葉。耳に入って魅卯も紗千香も同時に目が行った。


「待て! 待てと言ったぞ両者っ!」


 一徹対絡坐の決闘は、おおよそ一般的に見る柔道から外れ始めていて、激しさは極まっていた。

 

「山本君! 一旦離れてっ!」

「あぁっ! ウゼェなぁテメェ!」


 投げるために取るべき相手の道着襟や袖を取るに伸ばした手。互いに白熱しすぎてすでに当身と言って過言でない拳打、掌打に変わっていた。


「嫌うんじゃねぇよ! 悲しいじゃねぇかぁっ!」


 崩すための足払いでさえ、もはや蹴撃として倒すべき相手に襲い掛かる。


「俺を投げたいとウザいほど絡んできたのはお前の方だったじゃないかぁっ!?」」


 もしこの試合が漫画調に表現されるとしたなら、当たった瞬間のキィッだのコォッだの、とても柔道にそぐわない擬音ばかりが立て続けるだろう。


「キモいんだよテメェっ!」

「お前が望んだ展開じゃないかぁっ!?」


 ダメージは道着ではない。肉体に及ぶのだ。


 そうして……


めっ! まれぇ! 修哉ぁぁぁぁぁっ!?」


 そんな二人の審判を務める硬道監督の形相も鬼の様であり、必死の様を呈していた。


「テメッ! そろそろいい加減にっ……!」


 決闘はおおよその予想通り、絡坐修哉の優位に尽きた。

 投げる。崩す。倒す。極める。締める……など。あくまで柔道だけの話で言えばだ。


「ハハッ! 何言ってやがる! まだまだこっからだろうがぁ・・・・・・・・・・・・・!」


 たった一人だけ、この武道館で感情が異常だった。


 襟取りや足払いを当て身や蹴りに見立てた総合格闘技的な……柔術とでも言おう。その戦いなら、先に挙げた5点以外でかなりせていた。


「もう20本は超えてんだよ! いい加減判れよ・・・・・・・!」


 昨日のアメフトの時と同じ。

 いや、昨日のアメフトなど比較もならない程……酷いかもしれない。


往生際がワリィんだよ・・・・・・・・・・!」


 決闘が始まって10本15本となんなく投げ飛ばしていた頃の絡坐修哉は、大義名分をもって思いっきりイジメられることに嬉々としていた。


「ハッ! いいじゃない! いーじゃない!?」

 

 審判を務める以上、名誉を掛けても硬道監督は勝負が決まってなお、怪我には至らせない。

 例えば腕ひしぎで腕を折る。裸締めで意識を落とす……など。

 これをさせない。


んじゃま30本目40・・・・・・・・・・本目とも行こうかぁ・・・・・・・・・!」


 ゆえに両者が望みさえすれば、何度だって試合は繰り返される。

 15本目を超えたあたりで、おおよその予想が裏切られ始め、武道館には不安と恐怖が占め始めるようになる。

 

よかったなぁ・・・・・・! 俺が諦めるまで・・・・・・・、好きなだけ投げれるんだからさぁ!?」


 気持悪さを、いちばん間近で感じるのが絡坐。嫌悪と忌避感ゆえ、今のような怒声に繋がったのかもしれない。


「馬鹿野郎がぁぁぁぁ!」


 いつまでたっても心が折れない。よしんば倒されたり勝負が決したとして、一徹は即座にムクリと起きて、再び果敢に攻めかかる。


(ふくっ……)


 そんな光景を目の当たりにして、外野の魅卯すら寒気を感じた。


 一本一本負けを重ね、試合形式の乱取りを繰り返すたび、閉じていた華の蕾が開いていくように、猟奇的で、暴力の色に満ちた笑みを見せる。


 ダァァンッ!?


 ほどなく、誰しも考えもしなかった展開へと至ってしまう。


「あ……え……噓?」

「ありゃりゃ~コイツァ……ちょ~っとよろしくないんじゃないのぉ?」


 眼前広がるは、畳に立って見・・・・・・下す一徹・・・・と、信じられないという顔で畳に倒れ凍り付いた絡坐修哉・・・・・・・・・・・・・


丁度50本目でぇ・・・・・・・・……一本獲っちゃったぁ・・・・・・・・・☆」

「認め……ねぇ……認められねぇ……何かの……間違いに決まって……」


 開いたのは、まるで悪の華。

 魅卯が恋に落ちた大好きな一徹は、目をそむけたくなるほど、気持ちの悪い笑顔を浮かべていた。


「やり直しだァァァァァァァッ!」


 その笑顔は、決して絡坐から一本獲った結果に対する物じゃない。

 絡坐のプライドを砕け散らしたことに対する愉悦。悪意故のもの。

 

「かしこまりまして♡ 拝して、承りましたぁん♪」


 それに「丁度50本目」だったか? あれだけの荒事で数まで数えていたというのか。

 まるで蛇のようなしつこさ。

 妄執は、常人と比べて異常なほど、逸していた。

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