テストテストテスト74

「次! 約束稽古は大外刈り! 打ち込み30本! 1分以内!」

『『『『『『『『『『全然ウォーミングアップ内容じゃねぇガンス! /もんよ! /んだな! /でふよぉ! /たい! /やんけ! /じゃん! /ばぁって! /ですぜ! /じゃないですか!』』』』』』』』』』


(良かった。相手役務めないで)


「一徹先輩も中入っていいんですよ?」

「いや、監督なんてのは後ろの方でどっしり構えるくらいでちょうどいいのよ」

「監督らしいことしてないくせに」

「良いじゃない。奴らには紗千香ってすんばらすぃ~美人鬼マネジャーがいるんだぜ? 選手としての実力アップ請け合いってね。紗千香考案練習メニュー、全霊で信頼しちゃってるから」

「チッ」


(つーか、本来こんな場にも出たくないってのポクゥ)


 場所は学院内武道館。

 オリンピック応援ソングPV撮影の柔道場面撮影は、本日この場で、もうこの後開始される。


「ハァ……」

「大丈夫山本君? もしかして疲れてる?」

「えっ? あぁ月城さん」


 柔道場面の主役は、オリンピック代表選手が務める。

 相手役を《月城魅卯親衛隊ルナカステルムインペリアルガード》と《山本組》二年生幹部衆が務める。

 《山本組》マネージャーの紗千香と、地獄の練習メニューに死にそうな顔する柔道着纏った野郎ども、撮影依頼に協力を約束した生徒会長の月城さんがこの場にいる理由だ。


「大丈……うげ……」


 俺の左隣に紗千香。右隣に立つ月城さんと挟まれる形……はいい。


「何? 《委員長》」

「いえ、なんでもありません」


 月城さんの質問に返そうとしたところ、月城さんの更に右側に《富緒委員長》は立っていて、いぶかし気な目を向けてきた。


(なんかしたかなぁ俺。怒ってるように見えんだよな)


 答える途中で息を飲んだ。


(教室帰りてぇ)


 ていうか結論、それ。


 PV撮影主役も相手もいる。紗千香がちゃんとした場面になるよう野郎どもを鍛えてくれる。

 俺、要らない。


 面倒だもの。教室帰っていいよね。楽しく宜しくクラスで和気あいあいしちゃうの。


「やーまもっちゃぁぁん!?」

「ふごっそぉ!?」


 肩落としガックリ項垂れ、ため息一つ。

 そんな気持ちぬけぬけなとこ、思いっきり背中から衝撃喰らわされるじゃないっすか。

 だけじゃない。首に何か巻き付いてきて、重さが背中にのしかかった。


 あわや前のめりに倒れ込むところ。すんでのところで右足を前に一歩踏み込み、体勢整え直せたのは幸い。


「この声……陸華!?」

「大当たり!」

「『大当たり』じゃねぇ! いきなり飛び掛かりやがって。背中痛い。首苦しい。重い! 昨日のアメフトじゃねぇんだぞ!?」

「ブーブー! 女子に重いって言っちゃいけないんだ!?」

「良いから離れろ!」

「いーじゃん。空ちゃんや海ちゃんと4人で裸のお付き合いした・・・・・・・間柄だし!」

突き合ってねぇ・・・・・・・!」


 背後からの危険タックルまま、俺に背負われようとしやがった。


「ハッ」


 そんな悶着を続け、気付いてしまう。

 盛り上がっているのは俺と陸華二人だけ(俺は不本意だが)。

 周りと明らかな温度差があった。


「……裸で……突き合……」

「ハァゥ!」


 まず一人目。月城さん。

 小ちゃい彼女の俺を見上げる目ね。瞳孔開いている。眼から光が消えていた。小刻みに身体を震わせ、ポツリポツリと……


「ちょ、月城さ……」

「いよいよ不味い。からの浸食はもう、始まっていた……そして止まらな……」

「《富緒委員長》違うの! 誤解なの! んでもって俺悪くないの!」

「月城会長さん、山本さんと距離を置きましょう」

「チッがぁう!」


 《富緒委員長》の表情には……恐れ・・

 はしと月城さんの手を掴んだかと思うと、無理やり手を引き俺から3、5……10メートルは距離をとる。

 敵を見るような目をそれからずっと向けてきた。


「ちょっ……意外なんだけど。無害装ってクズじゃん一徹先輩。いやクズってのは知ってたけど。じゃあ何なのこの、そこはかとなくあふれ出る童貞臭は」

「紗千香ぁ? 取り繕いどっか行ってんぞ?」

「でも、悪くないかも。これなら……崩……やすい」

「なんか言ったな! 声小さくて聞こえなかったけどなんか言ったよな!?」

「セーンパイ♡ 紗千香の事も貪ります?」


 紗千香はニコォっと笑って俺の腕に抱き着いた。

 満面の笑み。一般人の俺をして、黒いオーラが漂っているように見えた。


 ちな、話を聞いた《月城魅卯親衛隊ルナカステルムインペリアルガード》と《山本組》二年生幹部衆は揃いも揃って罵詈雑言をぶつけてくる。

 具体的な発言内容を述べ上げると、ポクのメンタルが爆発しちゃうので、この場ではお許し願い奉りたく。


「勘弁しろよ陸華! 盛大にぶち壊してくれやがって!」

「まぁまぁ。ただの冗談?」

「冗談にしちゃ度が過ぎてんだよ!」

「わぁっ! 山もっちゃんが怒った!」


 諸悪の根源を責め立てる。

 陸華の奴はパッと回していた腕を解き俺から降りたから、その瞬間俺も、陸華に向かって振り返った……


「お・ま・え・なぁぁぁっ!?」


 ……瞬間だ。


「……ヒュッ」


 鋭い拳による刺突が、俺の腹筋に穿たれた……が……


「テ……メッ……」


 拳突は確かに鋭い……が、俺の腹筋を貫くことはない。当然ながら痛みもない。


「なぁに晒してくれとんのじゃ!」


 やはりこれもからかいか。悪い冗談に次ぐ悪い冗談に、とうとう感情許容は決壊。


「は……ハハ……スゴッ」


 ただ、全力怒声の俺に対する陸華の反応は、予想外過ぎた。


「やっぱ……スゴ♡」


 楽し気に笑う。声はかすれている。腹を突いた拳はほどなく解かれ、今度は掌で俺の腹を撫でるじゃない。


「……竜胆陸華さん。そんな開き直って、衆目ある中公開セクハラするのやめない?」


 俺も一瞬激烈しちゃったのに、展開について行けず狼狽えちまう。


「山もっちゃん」

「なんだよ」

「魔装士官学院で良かったね」

「はぁ?」

「違うか。魔装士官学院だから、運が良かったのは肉体活性出来る僕たち・・・・・・・・・・・・・・・・・・女子訓練生の方なのかも・・・・・・・・・・・

「「「「ッツゥ!?」」」」


(……なんだ? 空気感が変わった……)


 陸華が口にした意味が分からない。ただ、分かる者には分かる話か。


(ん?)


 傍にいた紗千香から、確かにゴクッと唾を飲み込んだ音を聞いた。

 10メートル離れても分かるくらい、月城さんは顔を真っ赤にしていて、口などだらしなく半開き。

 《富緒委員長》の顏には、更に険しい警戒が強まった。

 引きつづき陸華の奴は俺の腹を撫で、時々ポンポンと軽くたたく。


「これ、海ちゃん居なくて良かったかも・・・・・・・・・・・

「はぁ?」

「ん~ん? 何でもない♪」


 よくわからない話通しも宜しくないと思ったか。

 やっと俺の腹から手を離した陸華は、体の後ろで両手組んで、俺の顔覗き込むような目でニッと笑った。


「そういえば、やっぱり第三魔装士官学院の男の子なんだねっ」

「なーに今さら言ってんの?」

「制服姿、初めて見た。ウチの文化祭の時、桐京校の制服も様になってたけど、今の姿はもっと馴染んでる」

「そうか? ピチピチで最近苦しいんだよ。おケチュあたりも良く裂けちゃうし」

「へぇ? まだまだ成長途上にあるんだ・・・・・・・・・・・・・


(読めん。なんか思惑でもあるのか?)


「そだ、陸華が武道館についたってことは……」

「うん。間もなく撮影班が到着する。《バルキリー》や芸能事務所スタッフも。硬道監督も……」

「絡坐修哉もか。俺、奴が到着したら速攻離れっから」


 実のところ応援ソングPV撮影というより、第一学院桐京校の絡坐が嫌だったりする。メッチャ敵意むき出しだし。

 嫌いというより面倒くさい。同じ場にいたくない。


「誰が、到着したらだってぇ?」

「がぁっ!?」


 嫌そうに誰かを話題に挙げるのも、一つのフラグかもしれない。

 《噂をすれば影》とはよく言ったもの。

 陸華に意識が行ってしまったのが良くなかった。首裏、襟に物凄い力を感じたと思った瞬間、背中から引き倒されてしまった。


「テメェ、三縞の雑魚が、誰に触れてやがんだ?」

「い……いぎ……いってぇぇぇえぇぇ!?」

『『『『『兄貴!』』』』』


 誰の手によるものかなど見るまでもない。

 聞きたくない声だったし、なんぞ嫌われていることだって気付いていた。


 不幸中の幸いは、引き倒されたのが武道館の畳上での事だろうか。

 真後ろに引き倒された拍子に後頭部を畳床にぶつけた。もしフローリング材やコンクリの床だったならと、考えたくもない。


「修哉! お前また……っ!」

「動くなよテメェら!」


 ただ、打ち付けた頭を両掌で覆っていつまでも苦悶の声を上げるだけではいられない。


 俺が張り上げた声に重なったのは、桐桜華柔道レジェンド、硬道監督のもの。

 監督が声を荒げたのは、指導先の絡坐修哉を諫める為。


「あ? テメェ……ホテルの、無力無能ゴミかよ」


 俺の場合は、俺が「構うな」と言わなければ、舎弟どもがどんな手ぇ使ってでも報復ケジメに動くと直感したからだ。


「なんだその恰好は。ゴミ野郎?」

「は、ハハ……これは心外な。一応こちらもまた、私の正式な身分でございまして」

「その恰好も正式の身分だぁ? お前……第三魔装士官学院三縞校の訓練生……だと?」


 色々と符合したらしい。


「ク……クク……ククク……クハハ……」


 俺が士官学院の人間だと分かってからは、絡坐はグニャァっと表情を歪めていく。


「ギャッハハ! 傑作! 超傑作! やっぱ三縞校! Fラン! 最下位!」


 んでもって大爆笑だ。

 両掌で幾たび柏手を打ち、腹を抱えて俺を指さした。


「流石定員割れ! 無力無能で数合わせ! 最っ高!」


 俺の顔見て三泉温泉ホテルスタッフだと気付いた絡坐の姿に、舎弟5人は飛び掛からんばかりに顔を真っ赤にしていた(兄貴分の俺でもオチッコちびるレベルに怖い)。

 もち、視線を送って押し留めなくてはならない。


「……お前、本当に礼を弁えない奴だな修哉。山もっちゃんが僕と話しているのが見えなかったのか? それに今の発言、お前如きが・・・・・、山もっちゃんにきいていい物じゃない」

「……あ゛ぁ゛ぁ゛゛?」


 ご満悦な絡坐を不機嫌にさせたのは陸華。

 面白くなさそうな顔で陸華を見下す絡坐だが、陸華は陸華で余念のない顔を作っていた。


「お前……こんなゴミの肩持つのか。男見る目ねぇなぁ」

「どうかなぁ。僕が思うイイおとこって、イイおとこであるはずなんだけど」

「オトコ……おとこ……ハッ! どっちがどっちか分かんねぇ。いいオトコを知りたいってなら、俺が分からせてやろうか?」

「下衆が。少なくともお前みたいな恥知らず、僕にとってお呼びじゃない。良きおのこなら、も少し相手の力量も推し量れるはずなんだけどね」

「んだとぉ?」

「正直、修哉がこの場で、三縞校訓練生の目がある中、生徒会長の月城魅卯の前で山もっちゃんを引き合いに出し、三縞校を扱き下ろしたこと、恥ずかしさしか生まれない。全部逆なんだよ・・・・・・・

「逆……だぁ?」

「『修哉が桐京校にいて御免なさい』とね。第一学院桐京校にとっての大きな汚点で恥が、お前の存在だから」

「……可愛くてチヤホヤされてるからって調子に乗ってんな? 陸華」

「名前で呼ぶな。許してない。あぁ、だから海ちゃんは家の仕事って名目言い訳で、三縞を離れ、空ちゃんも付いていったんだ。一瞬でも修哉と同じ空気を吸いたくない。よくわかる」


流石はガーサス、全魔装士官学院最エリートの呼び声高い第一学院三年生だねどうも。たった二人にらみ合っただけで、こうも場に緊張が満ちるかよ)


「ハァイッ! そこまでっ!」


 このまま武道館内で二人の戦いが勃発したら大問題なのだよ。しかも月城さんの前でとか。


(三縞校への立ち寄りを赦し、撮影のために武道館を解放させた月城さんの責任問題にもなりかねん)


「いや、流石は柔道代表選手っ! こうして煽りあって闘争心を高めている。柔道シーン撮影も迫ってますしね」

「ゴミ……が。バカにしやがって……」


 一応その場を取り直したつもりなんだが。

 アカン。却って絡坐の火に油を注いだ感。


 歯を食いしばり鬼の形相を向き直す奴の視線を……俺が受けるわけがないじゃないっすか。シレっと何処かに目ぇ泳がせまして。


「……ポジティブすぎるでしょ山もっちゃん」


 そんな俺の耳元に口元近づけ、ヒソヒソ伝える陸華さん。それはフォローじゃないのです。


「また、俺が狙ってるをお前が。全部、お前がいるから……」


(おっとコレ……ヤバたん?)


 遂に臨界点を超えてしまったのか、絡坐は一歩前に踏み出して……


『あぁ、カン違いしたらアカンで兄さん』

『闘る相手が違いまさぁ』

『好き放題言ってくれたばぁって』

『面白くないじゃん。俺達なんて眼中にないって感じだべ?』

『だとしても、いただけませんね。いったい誰に対して口を効いたのか。僕たちの……兄貴に……』

『ヘックスだけじゃないたい』

『おう。さっきの発言は、明確な第三学院三縞校に対する戦闘意思表示でふねぇ』

『三縞校がFランク? それは……本校生徒会長、我らが月城魅卯ルナカステルムに唾を吐いたも同じでガンス』

『許されないんだな』

『許されないもんよ。全国競技会を前にして、オリンピック前にして悪いがコイツァ、骨の一本や二本、覚悟してもらうもんよ』


(いやいいね。図らずも絡坐の発言は、《月城魅卯親衛隊ルナカステルムインペリアルガード》と《山本組》二年生幹部衆の魂に火ィつけた)


 おかげで、俺に掴みかからん絡坐の前に、馬鹿どもが立ちふさがってくれた。


「ハッ! 上等だ。格の違いって奴を見せてやるよ」


 そんな奴らに絡坐も触発された。

 どちらも本気以上の感情で柔道場面を撮影する。

 ガチ闘りあってくれるに違いない。


(うん、いい感じに両者感情昂ってアツくなってきたし、俺はもうここに居なくていい感じだねどうも)


 本格的にもう、俺この場に居なくていいよね。

 もしこの場に俺が居続けて、この後に何らかの理由でまた絡坐から絡まれるとか、嫌なんすよ。



(なーるね。肩持ちたかないけど、やっぱオリンピック代表選手だねどうも。モノが違う)


 結論から申し上げませう。

 同情しか湧かない程、親衛隊同志どもも組の舎弟たちも可哀想なことになっていた。


(アイツラだって、決して弱くはないんだけど)


「さっきはすまなかった。三縞に来てからというもの、君や三縞の人々に謝ってばかりだ」

「硬道監督が悪いわけではありません。宿泊客様で国の代表選手にこういうのは気が引けますが、やっぱり問題は、絡坐様にあると思います」

「君もそう思うか。はぁ」


 千切っては投げ千切っては投げの絡坐を中心とした、三縞校の仲間かませ犬たちを眺める俺の隣。

 同じく見守っていた硬道監督が疲れたようにため息をつく。


「でも代表選手なんだなって思わされます。あれだけの実力を持っちゃあ傲慢にもなれますよ。寧ろ実績を残し、代表選手になり得た。メダル取るだけの可能性もスペックも感じられる。それは生意気の免罪符と言っていい」

「褒められたことじゃないのは間違いない」

「あれだけの才能を見逃すのは惜しい。代表選手の座から引きずり下ろせないのでしょう?」

「う……」


 イカン。

 本当に苦労人は硬道監督なのかもしんない。


「フフ……」

「えっ?」


(笑った?)


私も、昔はああだった・・・・・・・・・・

「……え゛ぇ゛!?」

「神那河県でかつて二強と謳われた柔道選手。柔道で成績さえ残せば有名大学の推薦は受けられる。勉強もしなかった。女の子にもよくモテた」

「羨ましい……ってアレ? 今、二強って……」

「そんな私にもライバルがいた。ライバルというか天敵というか。私は……彼に一度も勝てなかった」

「えっ? でも、こんなこと言ってはアレですが、オリンピックに出たのは硬道監督。その後、前人未到の三連覇成し遂げ……」

「私は、彼の事が嫌いだった。大嫌いだ」


(ちょっ……今の話は誰かに聞かれちゃまずいよな)


 柔道史上最強の呼び声高い硬道監督の敗北。

 その名誉を守るためにも、余人に聞かれてはならない。


 思わず、周囲を見回した。

 野郎どもと絡坐は柔道に集中しているから捨て置こう。

 してやられまくっている野郎どものさまに、月城さんは不安げに狼狽え、紗千香は嗜虐的に楽しんでいた。

 撮影スタッフや、《フレイヤ》様をはじめとした、三縞校に到着したアイドル皆さま、撮影に勤しんでいる。


(これなら誰も聞いていないか。あれ? そういや、一人忘れているような……)


「その話、私も聞いて宜しいでしょうか?」


(ってぇ、そうだった! 忘れてたぁっ!)


 硬道監督の隣に座る俺と反対側に腰を下ろしたのは《富緒委員長》だった。

 見えそで見えないミニスカートたぁ、ウチの既定の制服姿。


「い、《富緒委員長》。この話は……」

「何でしょうか?」

「あ、いや……」


 体育座りに、どうしてもスカート内に意識が行って……と、そんな場合ではない(実際はガン見しちまって気付かれ、鋭い視線を貰ってしまったが)。 


「はは、いいのさ。誰にも聞かれたくない話というのは確かだが、胸に秘めるのも精神上よくはない。時々はこうして暴露するのも気持ちが晴れていい」


 ヤバい。

 闊達に嗤う硬道監督の、人間としての出来方よ。

 とてもかつて絡坐のような腐ったリンゴだった話が信じられん。


「山本君、君はさっき私の柔道人生における実績について語ったね。名前を残し、記憶に残る。確かに私は歴史を作った……が、その歴史は、明け渡されたものであるということを知る者は少ない」

「明けわ……」

「明け渡されたとはどういうことですか?」


(なんなのん。なして俺よりなお、《富緒委員長》の方が話に食いつきいいのん?)


「小学校から私は彼を意識していた。お兄さんがまず、化物みたいな選手だったから。絶対に弟も強いと。実際そうだった」

「『一度も勝てなかった』って、何度も試合したんですか?」

「その通りさ。運の悪い男で、優勝経験は一度もなかったが」


(ゴイスーじゃないそのライバル。歴史を作った男が一度も勝てないって、どげんかバケモンなのよ一体)


「そりゃ……嫌いになりますよね?」

「実力差もそうだが、奴は当時の私の価値観と真向に違っていたから。そこも嫌いな理由だった」

「価値観が違う?」

「私はあの頃、県内柔道最強選手の一人であることが自慢で、自負していた。それを圧倒するもう一人の選手は、しかし自慢を一切しなかった」

「そりゃウソじゃないですか? だって絶対『俺、サイキョ〜』とかヘラヘラするところだと思います。私だったらそうします」

「き、君がそれを言うのかい?」

「だって自慢できるところがあるんです。自分を誇りに思え、好きになれる」


 なんかミスったかもしれない。


 失言したかは分からんが、聞いた監督はポカン顔したのち、右手で口元を抑え、スイっと細めた目で俺を見やった。


「すみません監督。先を聞かせてもらえますか?」

「あ、ああ。そうだね」

 

 推し進めたのは《富緒委員長》だ。


「永遠の2番手だった私が女の子に現を抜かす。私を圧倒した彼は、当時付き合っていたカノジョ一筋だったって話さ。『ハッ、格好つけやがって。綺麗ごとかよ』と。あ・く・ま・で、当時はそう思っていた」


(この『あくまで』の強調感ね)


「私はアイツに勝つことだけを考えるようになった。意識すればするほど、他校からの噂が耳に入って、更に苛つきを抑えられなかった」

「イヤな話しだったんですか?」

「良い話だった。良い……話過ぎた」

「良い話すぎた?」

「所属高校では常に成績5位以内。県内でも100以内に入る。旧帝大や難関私立大学の選択肢に預かっていた。まさに文武両道……の癖に、私と違って奢るところが無かった。性格もよくて仲間も多いらしい」

「うわぁ、わかりますその気持ち。私にもクラスメイトで、文武両道成績優秀容姿端麗で、嫉妬しか湧かない刀坂ヤマトが……」

「少し、黙って頂けますか・・・・・・・・山本さん?」

「ッツ!?」


 俺と同じく、硬道監督の話は《富緒委員長》にとっても興味深いようだ。

 それはいい……のだが……


(ほんの少し疑っていたものが確信に変わった)


 一瞬だけ、気になる話の語り部である監督から意識が離れた。視線の先を変えてしまう。


(明らかにオカシイ。《富緒委員長》、間違いなく……俺に対して何かある)


 決して良い思惑ではないだろう。ただこの場で話の腰を折るのもまずい。


「まぁ、後になって真実を知って、アイツの苦労を知ったら、俺がしてきた努力なんて努力じゃないって打ちのめされたものだけど」

「真実? 苦労ですか」


 悶々としながら話を聞くのは嫌だが、しかし聞かなくては。


「先ほど挙げた奴のお兄さんはね、学業でも柔道でも華々しすぎた。生徒会長としても勤め上げた高校時代は全国上位回戦に進出。桐京大学にも進学した」


(おん? なんか似たような話、何処かで聞いたような……)


「そんな兄の実績に及ばないから弁えた。もしかしたら本当はもっと自慢したかったかもしれないね。だけど高校2年生の時までは私もいい試合が出来たのだけど、三年に上がってからは何か吹っ切れたのか、私では手も足も出なくなった」

「硬道監督は、そこで初めて嫌いだったその人の事を好きになれた?」

「……はず……だったのだけどね? 奴はその後、決して許されないことを私にしたんだよ」

「決定的な事件ですね?」


 再び大きく息を付いた監督は目を閉じて数秒黙り込む。

 うんうんと、自分の中で折り合いをつけたのだろう。ゆっくりと目を開けるとともに……俺を見て……


「三年生。最後の全国大会への切符争奪戦。神那河県大会決勝。お前、わざと俺に負けたなぁ・・・・・・・・・・・山本?」


(……は?)


 一言が耳に入った瞬間だ。ドクンと、体の中で何かが大きく跳ねたような。


「あ、あの……」

「なんだ。折角の衝撃的発言だったのに聞き逃したのかい? 彼はわざと私に負けたのさ」


(……彼? 彼……そうだよな。そうさ彼だ。俺の知らない誰か。良かった。なんでか知んないけど、ビビッたぁ)


「違う。言い直した。いま……確かに『お前』って……山本さんに向かって……」


 気持の悪い変な感覚だ。

 一瞬目の前が真っ白になって。でも改めて言われたことが耳に入って、胸の鼓動は収まり、視界もこれまで通りの絡坐蹂躙ショー柔道場面を映した。


「最後の大事な試合でとうとう私は勝てた。全国大会に繋ぐことができた。嬉しかったよ。とうとう努力が実を結んだのだと」

「……でも、気づいた」

「英雄凱旋の心持ちで学校に戻って武道館に立ち入ろうとした時だ。一つ下の部員が『硬道部長を勝たせたのは俺だ』って嬉しそうに笑っていた」


(酷い……な……)


「そして……バカにしたように嗤っていた。決勝前、私の母の余命がもう幾ばくも無いと彼にウソをついたらしい。『騙されるとか、お人よしもほどがあるだろ』って」

「まさか……」

「話を聞いた私が思わず会いに行ったのは、ライバルの方だった。その時の奴の言葉が、また私の激昂を誘った。『すまなかった』と」

「あ、謝ったんですか? その人も八百長試合をしたことに気付いていた?」

「『どんな理由があったってわざと負けたことには違いない。これ以上に対戦相手に対して礼を失することはない。優しさでもなんでもない愚かな行為だった』と。奴は己を恥じていて、決してその時、私と視線を合わせようとしなかった」

「合わせる顔が無かったってことですか? 私だったら……」

「君だったら?」

「ぶん殴る。いや、ぶん投げる」

「そう……かい?」


 まさか、伝説の柔道家にそんな過去があるとは思わなかった。


「うん、私もその場であわや手が出そうになった……が、それが正しいとは思えず、だから要求した。『もう一度俺と戦え』と。でも……ね?」

「何かあったんですか?」

「彼は試合会場から帰る途中、柔道着から帯から全て捨てた。もう二度と柔道をしないと。その後、何度も私は彼に会いに行った。気持ちの変化を期待した。でもその時にはもう彼は、アメフト選手に転向していた。そうして……」


(ずっと勝たせてもらえなかった。やっともぎ取った勝利は、与えられたものだった)


「彼は、事件に巻き込まれ亡くなった・・・・・・・・・・・

「グゥッ!?」


 先ほどの比じゃない。

 ドグゥッと、鼓動が、まるで『俺に喋らせろ』と言わんばかりに胸のウチから主張した。


(再戦のチャンスも与えられない。よしんばあったとしても、死んでしまったなら……)


―あぁ……懐カシい……ナつカしイ―


「うつぅっ!?」


―硬道……俺の未練……可能性の一……汚れなければ、あり得たかもしれない因果律の行く末……―


「ど、どうしたんですか? 様子が少しおかし……」


 動悸が激しいなんてものじゃない。

 鼓動が膨れ上がるとともに、頭の中で何かが響いた。

 呼びかけてくる《富緒委員長》のものとは違う声だ。


(これは……幻聴?)


「……ナは?」

「ん、なんだい?」

「名……ダ……」


 苦しくて痛んでならない胸を押さえつけて絞り出す。なんて口にしたか定かじゃない。


「違う。なにこれ、いつもの貴方じゃない」

「名前かい?」

「というより、何かが重なって……」

「君を前に、その名を口にして良いものか」

「なっ! それは……まさか……」

「山も……」

「駄目です! 硬道監と……」


 駄目だ。頭の中の声と、監督と、《富緒委員長》の声でこんがらがって……


「テメェも上がれや! 山本ォォォ!」


 ……果たして、絡坐の怒声が耳に入ったのはいいのか悪いのか。


 でも、ね、一応効果はあったかもしれない。怒号に次ぎ、静寂が満ちる。

 思いのほか、頭の中はスッキリとした心地だった。

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