テストテストテスト73
『山っちが人気な理由ですか? ん~……』
口元に人差し指をあて、上目遣いに考える三縞校3年2組の女子を前に、いよいよ《フレイヤ》もげっそり。
結論、三縞校訓練生は男女ともにほぼすべて……山本一徹以外、美青少年、美少女ばかりだった。
図体がデカブツと称しておかしくない者だって、精悍な顔立ち。美丈夫と称しておかしくない。
国民アイドルなどもてはやされるグループ、《バルキリー》の平均値など軽く超えていた。
(そういえば一度仕事で行った第二お台場内、第一学院桐京校もこうだったかも)
こんなこと言ってしまってはここにいない山本一徹に失礼極まりないが、明確に、彼の容姿は2段3段階も落ちる……のに……
『あはは、改まって聞かれると困っちゃいます。結構多いかも』
女子訓練生は考え込みながら楽し気。少し恥ずかし気に笑っていた。
(なのにここで、あの顔で、
『やっぱり、一緒にいて満たされるってとこでしょうか?』
「え゛っ!?」
『あ、いや、変な誤解しないでください。そんな関係山っちとありませんし、
「満たされる」の言葉に、卑猥なイメージ浮かんだ《フレイヤ》は後ずさる。
ただ、取り繕った女子訓練生が何かに恐れるように顔青ざめさせたから、それ以上突っ込むこと叶わなかった。
『実は私たち第三学院三縞校は、全国魔装士官学院9校の最底辺で超Fラン校だったんですけど』
「えっ?」
『訓練生皆、地方遠方から流れ着いた者ばかり。地元の魔装士官学院に入れなかった落ちこぼれが集った先は、定員割れしたこの学院でした』
Fランク校にしか入れない。自分たちがどれほど魔装士官として落ちこぼれか、女子訓練生は指していた。
『まず新入生たる一年生は、ここに来るしかなかったことに絶望します。『お先真っ暗だ』と。そこから2年生、3年生と上がっていくごとに、腐ってしまう』
だが、話しながらの笑みには悲壮感がなかった。
『そんな私たちを……『凄い』と憧れてくれる奴が現れました』
「それが……仲居の山本さん?」
『私たちがこそばゆくなるくらい持ち上げてくれるんです。でも見せかけでもわざとでもない。山っちは異能力ない一般人ですから、本心からの言葉でした』
「そういえば、どうしてこの学院にあの人が? 異能力が無ければ所属は……」
『そのあたりは私にもわかりません。
困った様にクツクツ笑う女子訓練生には、「持ち上げられ過ぎて恥ずかしい」という感情と「認められてうれしい」という感情が見えた。
『私たちすら自分自身を諦めてた……から、褒められ認められていく中、自分たちの鬱屈した感情が少しずつ
女子訓練生は思い出に浸るように遠い目をする。
何か思い至った様に、目を見開き、誤魔化すようにハニかんだ。
『ごめんなさい。私からはここまで。これ以上山っちについて話しちゃうとアレなので』
掌を合わせながら頭を下げる女子訓練生は、そそくさとその場から離れていく。
(……マジ山本さん、墜としすぎじゃない?)
その仕草、離れていった女子訓練生が口にした《
山本一徹のことを話すうち、彼に対する想いが押さえつけられない程膨れ上がってしまうことを恐れているのではないか……と……
「あと何人話を聞けるかしら。できれば全学年、男女ともに聞きたいけど」
《フレイヤ》は今、一人で三縞校内を行動していた。
目的は、一徹が学院の中でどのような評価を受けているか知る事。
どんな場でも凜としてリーダーを務める、彼のリーダーシップを確固たるものにしているその背景や原因を知りたかった。
☆
『テッさんっすかぁ。ありゃぁズルいっすよねぇ。いや、
場所と質問相手を変えた。
始め《フレイヤ》から声をかけられた二年生男子訓練生は、興奮を見せていた。
だが話の本題を振ったところ、すぐ落ち付いた。
『あの人は男女関係なく、年齢も気にしません。誰に対しても平等で、敬意を見せてくれる』
「誰にも平等、敬意を見せるって……」
『そんなの当然って思うでしょ? でも当たり前と思うことができる奴は少ないんす。特にウチは自衛官養成学校。上級生イコール上官のきらいがある』
「あ……」
男子訓練生は眉を顰め首を傾げ、腕を組み……
『体育会系の度合いは突き抜けてますし、上級生の言うことは絶対で神様だ……なぁんて無いわけじゃない。あの人は違う。自分が間違っていたら『間違っていた』とちゃんと皆の前で認めてくれて、周囲の考えを取り入れる』
そして困った様に笑っていた。
『ま、無理な注文と分かって時々押し通すこともあるようですが。俺は《山本組》の人間じゃないですが、そんな話を組員の同級生がしてましたよ。
(年功序列、年下は年上の言葉に絶対って環境の中で、どうして仲居さんは……)
『どうしてテッさんがそんな平等かって話ですよね?』
話の所々に疑問が生れる《フレイヤ》を気遣い、二年男子は少しだけ顔を前のめりにした
『あの人は……この学院で一番の落ちこぼれなんですよ』
「えっ? えぇっ?」
皆が認めるような男。しかして予想外の評価に《フレイヤ》は耳を疑った。
(さっきの女子も、仲居さんは一般人って言ってたけど……)
『ご存じの通り、《アンインバイテッド》に対抗するに異能力は必須。その養成機関に置いてテッさんは一般人。一年生で一番弱い奴にも、手も足も出ないでしょう』
「そんな……」
《フレイヤ》が信じられようはずがない。そんな奴が、まるで毛並みの違う者たちからここまでリーダーとして支持される意味が分からない。
『
昨晩のアメフト決勝戦前を思い出す。
《山本組》は確かに、山本一徹に対する畏怖と尊敬の念を見せていた。
(学院一の雑魚に、そんな素振りするはずがないのに)
『で、
「ズルい。何がです?」
『テッさんは自分が至らないことを弁えてる。そして俺たちもあの人が色々物足りないことを知っている。そうするとね、心配になっちまう』
「心配?」
『なんていうか、『テッさん何か困ってねぇかな。手伝えることねぇかな』と……』
(……そういうこと……)
「助けたくなってしまう。仲居さんは、至らないことばかりだから……」
『そしてそれが……ここまで結構功を奏してきてるんすよねぇ。さっきも言ったでしょ? 相手が誰であっても、ちゃんと意見を受け止めると』
「それはどういう……」
『例えば俺が、何か提案するじゃないですか? テッさんは採用して実行する。成功した暁……あの人は決して自分の功績とせず、俺に感謝を示してくれる。そして功績は俺によるものだと、周囲に発してくれる』
「……巡りに巡って、貴方自身の功績と高評価につながる……と……」
『あの人はそれを何度も繰り返してきた。Fラン校に入学するしかなかった、自分は落ちこぼれなんだと諦めてた俺たちにとって、再び自信を持たせてくれる大きなトリガーでした』
「だから、仲居さんに協力したくなる? 何度も……何度も……」
二年生男子は、一徹について話すべきことは話せたと思えたのだろう。
「んじゃ、俺もう行きます。次の授業はマスト出席なので。あ、この後もテッさんの話聞くなら、絶対に《山本組》員には聞かない方がいいっす。《兄貴万歳》コールが凄すぎて、《フレイヤ》さん情報過多になると思うので」
(なんだろう。《バルキリー》内の私と……全然違う……)
取り残された《フレイヤ》は一層分からないことばかりだ。
リーダーなのに、山本一徹は落ちこぼれ。
支持される理由は分かるのだが、ある意味で山本一徹の学院での過ごし方は、他訓練生へのご機嫌取りにしか思えなかった。
☆
『そうですね。徹先輩が人気なのは、先入観がないまま学院に入ったからじゃないですか?』
『記憶がないことも一つ、大きな要因じゃないかな。だから物怖じしないでやれることも多いだろうし』
今度は1年生。
所属は1年三組の男女二人に話を聞いてみる。
『例えば……ですね……』
「ひっ……」
ベンチに座り、ほのぼのしていた礼儀正しく、おとなしそうな少年。いつの間にか《フレイヤ》の眼前まで間合いを詰めていた。
『僕は
淡々とした声を耳にする《フレイヤ》の喉元に、馬鹿馬鹿しいほど大きく鋭い獣爪が、ヒタリ突きつけられていた。
伸ばした右手だけが、確かに肉食獣のソレに姿を替えていた。
『ホラ、例え話としても驚かせない』
『ごめんごめん』
そんな光景を前にしても、1年生美少女はまるで通常稼働。
少年の頭をポカリと叩いた。
『僕は妖魔。彼女は退魔師。千年に渡り殺し合い続けてきた両存在が今、隣同士で毎日過ごせる事実。ま、各学年3組は、3年3組の代からそれがコンセプトなんですが』
『私もやはり、入学当初は抵抗ありました。実際、妖魔に殺された親戚もいますし』
『学内における妖魔の市民権も昨年までは、各学年3組内のみに留まってたようですし。でも……』
『『あの人が現れた』』
(あの人……仲居さんか……)
少年は狼の腕形態から元の人形態の腕に戻すと、美少女と当たり前のように手を繋いだ。
『参っちゃいますよ。妖魔に対し抵抗力の一切を持たない徹ちゃん先輩が、ただの一般人が、なんの警戒も無しに接するんですから』
『記憶喪失だからか。悠久における人魔の確執すら知らないかのよう。『人と妖魔なんて、桐桜華皇国人か外国人かくらいの違いにしか思えない。根っこのところじゃ心を持った同じ存在だろう』って』
『有言実行で表す。なんか悔しいじゃないですか。妖魔への対抗力ある私たち退魔師が警戒しているのに』
(この二人、多分付き合ってるんだろうな)
『だから試しに、色付けて物を見ることをやめてみました。お互い心を持った同じ存在なんだと。そしたら良い点悪い点これまでよりクリアに見えるようになりました』
『仲良くなれた……よね? 人と妖魔で手を取り会える未来は決して理想ではなく、現実的な物だってわかった』
互いを見つめ合う二人。スイっと《フレイヤ》に視線を向け、薄く微笑んだ。
『徹先輩は更に、人と妖魔の繋がりを、決して三縞校内だけのものではないと動いてくれました』
(そして
『……信じられます?
「……え゛? じょ……?」
『女皇陛下ですよ。この国の……
『しっ……
さぁ、一徹の知らないところで、《フレイヤ》は一層ど肝を抜かれてしまう。
『もともと三縞校全学年三組は人魔共存の試験的クラス。最初の試験学級、現三年三組の刀坂って凄い先輩が共存を実現させました。二年三組と僕たち一年三組が、その後も編成された理由です」
「人魔共存の概念。僕たちは《人魔の暁》と呼んでいるのですが』
ホンホンワカワカな人畜無害な笑顔でノホホンとしているのが、《フレイヤ》が目にしてきた山本一徹なのだ。
『これまでは各学年3組内にしか許されなかった概念を、今度は編入生の徹ちゃん先輩が拡げ、発展させた。『三縞校を構成する重要な要素』と、三組以外、三縞校全体だけに留まらず、学外にまで向け胸を張ってくれる』
そしてこの国は皇国。一国民である以上、《フレイヤ》にとっても女皇陛下の存在は絶対。
(学外に向けた意思表明というのが、陛下への売り込みって……)
山本一徹は、凄まじい存在を前に、恐れ多くも提言したというのか。
『第三魔装士官学院三縞校に入学した私たち人間は、地元の学院に入学できず、流れ着いた落ちこぼれ。それでも徹ちゃん先輩は私たちの事を、『陛下が誇るべき確かなる英雄だ』と申し出てくれた』
『人間にとって天敵でしかない妖魔……僕たちの事も、『大切で頼りになる同じ学院の仲間だ』と陛下に対して誇り、自慢してくれた。僕たちの自信にも繋がった」
(あ……あの人は……)
『『心の底から、嬉しかった』』
何か、《フレイヤ》も変な感覚だ。
山本一徹のリーダー論を知りたかった。どんな集団においてもすぐリーダーシップを取れてしまう。
さぞや凄まじい実績を誇り、誰よりも秀でる何か自慢できる突出点があるとずっと思ってきた。
(聞けば聞くほど、仲居さんの活躍というものが見えない)
全て一徹を媒介に、関わった者たちの存在感が割り増しされているような感覚しかない。
『正直ちょっと怖いよね? 山ちゃん先輩が卒業した後の三縞校って、どうなっちゃうのかな? 山ちゃん先輩が編入する前の学院の姿に逆戻りしちゃうのかな?』
『逆戻りはしないと思うよ。
『そう言えば知ってる? 二年三組の先輩達、来年の事凄く悩んでるみたい』
『あ~、気持ちは分かるかも。そもそも徹先輩の編入前から、三年三組は凄い人たちの集まりだし。ロス……は凄いかもね?』
なんならここまで、一徹が学院で一番の落ちこぼれで雑魚。
けっしてリーダーを務めるような存在には思えない。
『どうなの? 山ちゃん先輩から、二年後の《主人公》に指名された身としては』
『僕が《主人公》なんて務まると思えないけど。それに二年三組にも《来年の主人公》に徹先輩から指名された先輩いるじゃない? そっちの方がもっと不憫かも』
なんならこの学院では場違い極まりないのに……
『悩んでたよ。次の三月で卒業する三年三組から受け継ぐなら、
『わかるかも。
山本一徹がただ存在するというだけでも、求められていた。
☆
『フム、
「サーヴァント?」
『聞いたことはないか?』
「いえ、単語の意味は知っていますけど、リーダーという言葉が付くとはとても……」
『その考え方も、列記としたリーダーとしての在り方に数えられる』
専門用語を耳にし、ストンと《フレイヤ》の中の疑問は腹落ちした。
「リーダーというのは、誰より実績を出し、誰より秀で、実績を引っさげた背中を他のメンバーに見せつけ、皆を引っ張るものと思っていました」
『それも勿論、ちゃんとしたリーダー論の一つだ』
「いろんな人から話を聞いて分からなくなりました。聞けば聞くほど仲居さんはリーダーからかけ離れている。ちょっと安心しました。体系づけされたリーダー論があるなら、これまで聞いた話を当てはめ込むことも出来そうです」
威厳タップリな口調は、学院の男性教官によるもの。
「仲居さんは、この学院で場違いなのだと。
『貴方にも失礼だったな。一般人をコケにしてはならない。我々も分かっているが、異能力者だけ属する学院にて日々過ごす。どうしても異能力保有者と共にあるのが常になる」
山本一徹の同年代に対し、「どんなリーダーか」とは聞きづらい。「どんな人間か」に留めていた。
訓練生とは違う視線でも物見る教官相手なら、ダイレクトに「リーダー」という単語を持ち出すことができた。
「サーヴァントって、召使、奴隷……って意味ですよね?」
『だからリーダーシップにそぐわない?』
「リーダーはチームメンバーに指示を送り、扱う者。召使は……扱われる者。相反していると思うのですが」
その矛盾があるから、これまで話を聞いてきた《フレイヤ》にはいまいちシックリとこなかった。
『リーダーシップなどつまるところ、目的達成に向け集団を動かすことができればそれでいいと思わないか? その為に上下関係を作ることと決してイコールではない』
「ですが一般的には……」
『立場を明確に実行的支配力を持って下を動かす。爵位、階級、地位、役職、高学歴に富や力の強弱など。君の中のリーダーシップ常識は、『その方が効率的だから』と世界中で連綿と続いてきたゆえ』
しっくりこないのに、ワクワクした。
『山本訓練生は常に自分本位な様でいて、異常なほどに周囲への心配りが利いている。望む望まずに関わらない。誰かを助け、誰の話にもよく耳を傾ける』
「えぇその話は何度も……」
『知的生命体、ヒト……と、この場では人間と妖魔に用いよう』
山本一徹が体現しているのは、《フレイヤ》がこれまで考えもつかなかったリーダーの形。
『ヒトは自意識が強い。話を聞いて貰えるだけで『気持ちよく話せた』とね。話に込められた考えは、生きてきたなかこれまで構築されてきた、当人の
「承認欲求が満たされる? そういえばさっき別の訓練生さんから、仲居さんは出された意見を真摯に受け止め実行に移し、成功した暁には感謝を述べてくれると」
『意見者は『自分の意見は役に立つ』と胸を張れる。自己肯定感は高まりもっと自分を好きになれる』
「仲居さんがいるだけで、関わった人たちは精神的に気持ちよくあれる……と?」
『そのうえで、山本訓練生は出来ることがあればバンバン手伝おうとする。『面倒くさい』とふざけ笑いつつ、そこに結構な本気が見える』
「……私なら嬉しいです」
『誰もが山本訓練生の人となりに惚れ、
折角学ぼうとしているのだ。どうせなら全く未開な知識に触れたかった。
『サーヴァントの様に低姿勢で誰の役にも立って来た山本訓練生の実績は、『助けてやりたい。山本訓練生の為なら自分が動いてもいい』と誰もに思わせる。言い方は悪いが、関わってきた殆どの者たちの
(それが仲居さんのリーダーシップ)
『売った恩の回収の時期が来たというところだろう。しかし確かに山本訓練生は、人心掌握をして見せたのだ』
(『言い方は悪い』と言ったのは、
これまで耳にしてきた釈然としない話。《フレイヤ》の中で妙にバチっと《サーヴァントリーダーシップ》の専門用語にハマった感覚がした。
『人の上に人を作らず。人の下に人を作らず。《同志》として、同じ立場の人間として最も信頼寄せられる山本訓練生が上げる一言に、皆耳を傾け、行動に移す』
(す……ごい……)
「そういうリーダー、いいですね。仲居さんなら意見も出しやすいでしょうし、集団の中で発生する様々な改善もはかどりそう。上下関係があっては下からの意見を上が握りつぶすことだってある」
『だが上位者が全集団の行動を決する方が、決定から実行までにかかるスピードは速い。リーダーシップにはそれぞれ長所と欠点があるもの』
これだ。こういう話を《フレイヤ》は聞きたかった。
絶対的リーダーなんて呼ばれているものの、最近グループメンバーから恐れられ、心が離れているのではと思い悩んでいた《フレイヤ》だからこそ。
『にしても質問するに、君が選んだ教官職は私で正解だった』
「え?」
『山本訓練生は、教官職から評判が決して良くなくてな』
「そ、そうなんですか?」
『異能力者であることを誇りに思っている者が殆どだから。
「……んっ」
『あ、いや、何でもない。まぁ、あれ自身がトラブルばかり起こす問題児なのも原因だろう』
これまで威厳タップリに物を語る男性教官が不意に言を途切らせる。
(今、学院長から嫌われているって……)
誤魔化すようにニッとおどけて見せた。
『私は違う。期待はしている。というより見返された……というのが正しい。山本訓練生は、4月から今日まで見違えるほどに成長した』
「編入生だったんですよね?」
『試験官を担当したのは私だ。筆記も体力試験も合格ラインギリギリ。そこは良い。問題は異能力が一切なかったこと。『駄目だ。編入生を殺す気か』と思ったもの』
「その話、いろんなところで聞くのですが、一般人がそれでも編入するのは……」
『……
(……えっ?)
『なに、大人の事情というものだろう。気にすることはない』
何か失言した。《フレイヤ》も気づいたものの、男性教官はシレッとした顔で明後日の方を見やるから突っ込むことはできない。
『一般人では決して異能力を扱うことはできない。恥ずかしいだろうから奴は気取られぬよう取り繕ってるが、その差を、筋力と持続体力で埋めようと足掻いている』
「まるで水鳥。水面を優雅に行くようで、水面下で必死に水をかきをまわす」
『言い例えだ。そういうところを私も気づいているから、どうしても期待を捨てきれん』
「仲居さんにとって唯一欠如していた弱みが埋まり、他の訓練生と同じ戦闘水準まで辿り着けたなら……ということですか?」
『その期待が、山本訓練生にとって残酷なのは分かっているがね。純粋な肉体能力だけでは、どうもがいたところで、そんな日は訪れん』
普段はとても厳格な指導官を演じているらしい男性教官だが、山本一徹を大層気にかけているようだ。
『まぁただ、私が期待しているのは、単純に山本訓練生のコンプレックスの解消だけではないんだが』
「だけじゃない?」
眉をひそめて苦笑い。腕を組みながら目だけ《フレイヤ》に残す。
『山本訓練生は何というか……じゃんけんで言うとチョキとパーだけでここまで来たというか……』
表情から、どのように伝えてよいものか考えあぐねている。
『いや、辞めておこう』
「は?」
『上手い表現が見つからん』
そうしてひとしきり考え抜いた結果が、《フレイヤ》に伝えないという決定に落ち付いたことで、《フレイヤ》は拍子抜けの声を上げた。
(なんでよ。良いところで止めないでよ)
『口に出してしまうと私も奴に過度な期待をしてしまうことになる。たるむことは許さないが、プレッシャーを与えるのも望まんからな』
ここまで聞いてきた男性教官からの話の流れというのがあった。
恐らくだが、たったいま言い淀まれた謎なる部分が達成されたその時、《フレイヤ》が知りたかった山本一徹個人として、そして彼の体現する《サーヴァントリーダーシップ》の理想形が完成する。
そう思ってしまうと、残念さというか、この場で知ることができない悔しさが募った。
「と、スマナイ。次の訓練がある。私からはこの辺りにしておこう」
《フレイヤ》のそんな歯がゆさを知る由もない男性教官も、「話は終わりだ」と言わんばかりに離れていく。
「せ、折角届きそうだったのに……」
その場に取り残された《フレイヤ》は、しばし呆然と立ちつくしてしまって……
「駄目だ。わからない。ここから先は、自分で見て気づくしかないのかな」
次に動くにあたって《フレイヤ》が向かったのは、山本一徹が今いるであろう場所。
(確かもうすぐ、柔道代表選手の組手シーンの撮影が行われるはず)
せめて三縞にいる間だけでも、山本一徹と過ごすことで、気になる彼のリーダーシップの理想形に関する糸口を見つけたかった。
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