テストテストテスト72-1

ズパァン!


 寒い季節は、暖かい季節の何割増しに音を増幅させ、木霊させる。


「こ、こんな……あり得な……嘘……だ」


 畳に蹲り、瞳も体も震わせ、絞り出したのは……


『何をやっている修哉。まだ終わっていないだろう』

「くぅっ」


 次期オリンピック柔道代表選手。

 硬道柔道監督の声に、絡坐は息を絞り出すとともに声をひり出すしかできないでいた。


「次で100本目、キリもいい。あと一本だけ頼んでいいかな?」

「さてぇ? 当初の話ではもう、私の勝ち……のはずなのですけどね」


 国を代表する男が這いつくばる様子を前に、代表監督の硬道の声も、その先の話し相手の口調もあまりに淡々。


『オリンピック代表監督の立場からお願いしたい。最後の一本まで、全力で』

「ま、いいでしょう。ですが……補償はしません」

『いい。俺にとっては相応しい仕置きだと思っている。これで修哉が壊れるなら、所詮そこまでだったということ・・・・・・・・・・・・・・

「かしこまりまして」


 自分など、オリンピック代表選手など、眼中にも入っていないのだ。

 ありありと分かってしまって悔しくて、それでなお何もさせてもらえない情けなさと惨めさに、絡坐は握った拳と身体をわなわなと震わせるしかできないでいた。

 

「オラ、立てや」

『ガァッ!?』


 頭髪を思い切り握られ、頭を持ち上げられる痛みに耐えられず、絡坐は悲鳴を上げながら引っ張り上げられるままに立ち上がる。


(み、見るな……見るなよ……)


 立ち上がる中、チラリと周囲に目を巡らせる。

 気持ちの悪い空気が充満していた。気まずさ。不安。恐怖。好奇に愉悦など。


「ハッ! よそ見? 随分とまぁ、まだまだ余裕じゃないの」


 そんな絡坐に掛けられる声色は、楽し気なセリフに打って変わって冷たさが際立った。


「じゃあその余力を振り絞って全力で掛かってこなきゃだねどうも。残りは、あと1本だけなんだから」


(なんだ……コイツ……一体何者なんだっ!?)


 無理やり立ち上がらせられた絡坐は、向かい合う一人の男を前に寒気が止まらない。

 この場に立ち、始めは絡坐が指名した対戦相手がだ。


ククッ・・・……是が非でも頑張らなきゃなぁ。じゃなきゃあ……」


 ゆっくりと顔を前に、絡坐の耳元に口を近づける。


海姫のこと・・・・・奪っちゃうよ・・・・・・? クヒッ・・・♪」

『ッツゥ!?』


 言われた途端、全身に寒気がひた走る。反射的に数歩後ずさりした絡坐修哉は……


『始め!』

クヒャアッ・・・・・♡!?」


 対戦相手、山本一徹の猟奇的な笑顔を目に・・・・・・・・・・・・・・恐怖に呑まれてしまった・・・・・・・・・・・



 話は朝の通学時間に遡る。


『『『『『兄貴! オザァァァァァス!』』』』』

『あ、相も変わらず元気いっぱいだねおまイら』


 遠くの方に見えるいつものやり取り。


「チッ」


 舌打ちをしたのは紗千香だった。


『なんですかい? 俺たちの紗千香姫は今日は随分とご機嫌斜めでやすねぇ』

『そりゃ苛立つばぁ。兄貴には紗千香が通用しないせんやっし

『焦り過ぎや。トリスクト先輩アネさんフランベルジュ教官センセがいないうちの急接近を狙ったんやろが』

『カッハハ! 気持いいほど拒絶されてたじゃん!? 俺ら昨日のアメフト決勝戦で警備しながら、観客シートで兄貴に突っぱねられた紗千香に噴きそうになったべ?』

『だから言ったでしょう? 兄貴には紗千香ではないのだと・・・・・・・・・・・・・・。紗千香には僕が、それが運命サダメです』

「……アンタらさ、全部知っていながら絡んでくるってどういう了見? って言うか大好きな兄貴とやらが来たんじゃん。いつもみたいにペコペコ頭下げに行けよ」

『『『『『ククク……ギャーハッハッハッハ!』』』』』


 理由を分かっていながらからかってくる《山本組》古参幹部衆。ぶつけられた皮肉に対し、狂ったように笑った。


『紗千香置きざりにして兄貴に挨拶なぁ。ま、魅力的な提案ではあるねんけど。紗千香みたいなメス豚ビッチでも、兄貴が『守れ』言うた以上守るさかい。離してやらん』

『《山本組》版、オタサーの姫って奴でさぁ』

『肉○○やっし?』

『〇便〇じゃん』

『大切な○○器ですし。可愛がってあげましょうか?』


 それがまた紗千香のしゃくに触って仕方ない。

 ギリリ、と歯を食いしばってギンと睨みつける。それでなお効果は見えないから、ため息とともに項垂れた。

 そして……


ヤラセてやろっか・・・・・・・・?」

『『『『『マジで!?』』』』』

「紗千香ないがしろにして、マジムカつくんだけど。紗千香の為、代わりにあの無力無能殺してくれたら・・・・・・・・・・・・・、ヤラせてあげてもいいよ? ど? 先着一名様だけど?」


 フゥっと思い切り息を吐くとともに肩の力を抜く。

 ニコッと笑って5人を見やる。

 

「さて、脱童貞を最初に果たすのは一体誰かなぁ?」


 言われた古参幹部衆は、それぞれを見回す。「さぁてどうしよう」なんて顏を見せ……やがて……


『脱……童貞は……したいでやすねぇ』

『話は簡単や。ヤラせてもらうため紗千香を取るか。兄貴への忠誠を取るか』

デージ迷うさ』

『とかいいつつ、話は意外と簡単だったりするじゃん?』

『これで僕たちも、存外わがままで強欲ですからねぇ』


 アイコンタクトと空気感だけで話し合いのような者を済ませた5人。ニィット悪辣な笑みを見せるから、紗千香はゾクリと身を振るわせた。


『では僕たちの答えを聞かせてやりましょうか紗千香?』

「いや、やっぱいい」

『『『『『紗千香を犯しながら・・・・・・・・・兄貴におべっか使う・・・・・・・・・!』』』』』

「死ね! マジで死ねお前ら!」

『『『『『ギャーハッハッハッハ!?』』』』』


 朝から盛大なセクハラだ。嫌悪感だって酷い。

 そんな同級生男子5人に対し紗千香は罵倒するも、全員笑うのは辞めない(メガネ男子については罵倒に対し嬉しそうに顔を歪める)。


「仲いいねぇお前ら」


 そんな状況に、この原因を作った男がへらへら笑って近づいた。


「ウィッス紗千香! 今日も元気にはべらせてやがんな」

「お、おはようございます一徹先輩(ぎこちなくニコォッ)」

「そいつらと仲良くしてくれてありがとうな」


(一体誰のせいで……)


「な、仲良いとか本気で思ってます? 完全、嫌がらせですよね?」

「お前ら5人も、無理なこと言って悪かったな」


(聞けし紗千香の話し)


 声をかけられた瞬間、5人は「サァッス!」と、もはや挨拶にも挨拶を見せ深々と頭を下げる。


『気にせんでください。さっきも紗千香から脱童貞の打診があったばかりでやす』

「……は?」

「ちょぉっ!?」

『奴だけやあらしまへんで。我がもや』

『俺もじゃん?』

わんも』

『僕もです。ちなみに僕は紗千香にとっての一等特別ですので。いの一番に捨てさせてくれると』


 セクハラすぎる話は続く。


(ちょっと待って。何勝手に話を進めて……)


「紗千香、お……お前……」


(ていうか……)


誰でも良かったのか・・・・・・・・・……」


(ア・ン・タ・が、引くなぁぁぁぁぁ!)


「なるほど、だから昨日も……」


 一旦はあいさつのために近づいてきた一徹は、わかりやすいほどに一歩後ずさる。

 ヒクヒクと口角は痙攣し、目は見開いていた。


「え、えぇと、ほどほどにしておくのよ? 感染症ってのもある。ちゃんとその……安全帽・・・は付けておくの。わかった?」

『『『『『了解っ!』』』』』

「了解じゃないからぁぁぁっ!?」


 流石にここまで至っては、幾ら一徹を前にしたからと言って言葉を気を付ける余裕はない。


「あとは若者6人きりでごゆっくり」


 「じゃ」と右手を掲げた一徹は、まるで腫物から離れるかのように、そそくさ~っと足早に離れていく。


(なんなのよアイツ!)


 思惑があって一徹に近づいた。しかし目的を遂行するまでの過程において、第三士官学院生の紗千香への風当たりは、致命的なほど辛かった。


 一徹が命令を下してくれた。


 その命令があるから、《山本組》5人幹部衆が紗千香を守るために取り巻いた。

 おかげで心無い言葉をぶつけられることも、イジメられることも無くなった。


「あ、そだお前ら、幾ら紗千香からお許し出たからって、オリンピックPV撮影の、絡坐との柔道場面撮影前にスルんじゃないよ・・・・・・・・。足腰立たなくなって使いモンならなくなる」


 一徹は思い出したように立ち止まって振り返る。


『大丈夫でさ。もう紗千香とは、オリンピック代表選手から一本獲ったご褒美にサセてもらうとの手はずでさ』

「そんな約束してないから!?」

「は、ハハ……若いねぇ・・・・


 しかし後輩の答えを聞いてからは再び苦笑いを浮かべ、小走りで去ってしまった。


「童貞喪失……後輩に先越されそうな気がする……最近ルーリィやシャリエール達とも連絡つかねぇし、ナルナイからのアプローチに揺れそうになるし、最近ちょっと……ハァ」


 最後何か言ったようだが、声が小さすぎて届かなかった。


(ヤバいかもしれない。間違えられない)


 確かに紗千香はいま、一徹と《山本組》に守られている……のに……


(言葉一つ、行動一つ間違えたら……られるっ)


 身の危険しか感じない。


――学院では基本、どこに行くのも何をするのも《山本組》古参幹部衆と一緒だった。

 望んだわけじゃない。勝手についてくる。

 そのおかげで……


『おい、胡桃音も流石って言うか……』

『編入1か月でもう《山本組》最強5人を従えて……』

『まさか、大丈夫なのか山本先輩は。側近を奪われたに等しいだろうに』


 更に変な噂話が立つようになってしまった。


『もしかして全員身体カラダで墜としたとか?』

『泥棒猫。体質かよ』

『それで久我舘隆蓮も墜とされたって話』

『いや、普通に徹ちん先輩が守らせてるだけって聞くけど?』


 廊下を歩けば、両壁にたむろする訓練生たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。


バカフラーテメェヤッターら!』

『紗千香はビッチあらへん! 少なくともまだ、この三縞校では!』

『誰ともヤっとらぁへんねん!』

『俺らの紗千香姫に対し、好き放題言う奴ぁ許さねぇじゃん?』

『誰にも渡しません! 紗千香は僕とスルんです!?』


 しかもホラ、取り巻き達がまた、要らないことを口にするから。


(ヒソヒソ話に一層、根も葉もない話が加わってるし……)


 ため息一つ。「ダメだコレは」と掌で顔面を覆う。


(隆蓮が失敗さえしなければ、こんなことにはならなかったのに)


 それはたった一月半前までのこと。

 それまでの紗千香は、間違いなくこの世の春を謳歌していた。

 第四魔装士官学院仙提校生徒会長の久我舘隆蓮が当時の王であるなら、魅卯から隆蓮を奪った紗千香は女王様の様にも振舞えたのに。


(アイツのせいで……)


 それが今ではまるで、笑いもの。


(山本……一徹っ)


 山本一徹が、楽しい楽しい紗千香の仙提での学園生活を壊してくれた。

 だから紗千香は第三学院三縞校にきた。今度は一徹の学園生活を紗千香が壊すのだ。

 だがこのように、常日頃から一徹の側近にも等しい5人に付きまとわれては、紗千香も動きずらいというもの。


(せっかく山本小隊には潜り込めたのに……)


 一徹は童貞だ。

 初めての快楽で紗千香の肉体に溺れさせてやろうと思った。そうやって久我舘隆蓮も魅卯から奪い取ったのだから。

 美少女たちに囲まれている一徹を、なるべく一徹の周囲の女の子にもわかりやすい形で紗千香にのめり込ませてしまう。

 無力無能で士官学院ではゴミに違いない一徹は、第三魔装士官学院で今の地位に立っている。本来一徹では持ちえない、山本小隊の女子隊員たち最強無比の戦力を有しているから。

 たった一度でもいい。一徹を紗千香が寝取ることさえできれば、一徹に呆れ女子隊員は離れていくだろう。

 一人残され丸裸にも等しい一徹は所詮無力無能な雑魚なのだ。そんな男に価値などない。

 楽しい楽しい一徹の学院生活を、大切なものすべて失わせる形で壊してしまう。


(懐に入り込み、懐柔し、取り込み。そうやって潜り込んだ深いところから内部崩壊を起こすには、もう動きにくい)


 知能オツムが一際宜しくない一徹の事。「守れ」と言ったなら、本心で言ったに違いない。

 しかし、飄々としていて思惑を掴ませないところも紗千香に感じさせた。

 守らせるところに、紗千香を見張る思惑も・・・・・・・・・・あるのではないかと・・・・・・・・・


(……あっ)


 そんな紗千香の目の前をとある存在が通り過ぎた。

 始めは視界に入ってキョトンとした紗千香だが、


(そうだった。まだあったじゃん)


 ポッとまた、決してクリーンとは言えない策が頭に浮かび、ニィッと口角がつり上がって……


「セーンパイッ♡」


 黄色い声を上げ、自らを取り囲む《山本組》古参幹部5人を引きちぎるように紗千香は走りだした。

 飛び込むように腕に抱き着いた先、「先輩」と呼びかけるも一徹ではなかった。


「く、胡桃音?」

「センパイお一人ですかぁ? よかったらちょっと相談に乗ってあげましょうか?」

「相談? 俺は別に、胡桃音に相談したいことなんて……」


 抱き着かれた相手は、紗千香を一瞥し困惑げな表情を見せた。


「いえ、あるって言われましたよ・・・・・・・・・・・?」

「言われた? 一体誰に……」

一徹先輩に・・・・・

「ッツ!?」


 その困惑した顔は、一瞬にして怪訝なものから険しいものに転じた・・・・・・・・・

 目の当たりにして、バッと紗千香は俯いた。


(……ビンゴ)


 嬉しくて歪んだ顏を見られない為にだ。

 自分の話運びが速攻で相手の心の琴線に触れ、ざわめ付かせたのを直感したから。


「なんて……言われた?」

「やっぱり気になっちゃいますよね。一徹先輩も最近よくないなぁ。あーんな上から目線で・・・・・・・・・・ヤマト先輩の事を心配するなんて・・・・・・・・・・・・・・・

「……上から目線……だと?」


 一徹の名を耳にしたヤマトは急に声を低くする。声色にドス黒いものが膨れ上がる・・・・・・・・・・・・・・・のが感じられた・・・・・・・


「場所を変えましょうかヤマト先輩。ホラ、この話は……ね?」


 紗千香は、ニィッと口角つり上がるのが収まるまで床に顔を俯かせた。

 言いながら、いきなり飛び出たことで取り残され、慌て紗千香を追いかけてきた《山本組》古参幹部衆5人に目を向けた。


「あぁ……そうだな」


 ヤマトは、紗千香の言葉に「この話を一徹の舎弟に聞かれるわけにはいかない。筒抜けになる」と思わされてしまったのだ。


『あら、トーサカ先輩やんけ』

『『『『『しゃぁぁぁぁす!』』』』』

 

 一徹の後輩たちも良く出来たものである。

 兄貴分たる一徹が、誰を一番学内で尊敬し・・・・・・・・・・信頼している・・・・・・か知っていた。

 

「胡桃音はしばし俺が見る。反論は?」

『『『『『しゃぁぁぁぁす!』』』』』』


 幾ら一徹が尊敬しているとはいえ、すでに舎弟たちは魂も命も兄貴分に託している。

 決して一徹以外にはなびかないが、一徹とヤマトの関係性を知っているから今回ばかりは文句も言わずに引いていった。


「流石ヤマト先輩は、一徹先輩唯一の弱点ですね・・・・・・・・・・・・?」

「何の話だ?」

「あまりとぼけない方がいいですよ? 分からせないままですと、いずれ本当にヤマト先輩すら一徹先輩の弱点で・・・・・・・・・・・・・・・なくなってしまうから・・・・・・・・・・


 《山本組》幹部衆が姿を消すさなか、声が笑ってしまう故震える声の紗千香の発言に、ヤマトは首を傾げる。

 だが、意味ありげな紗千香の雰囲気に、ヤマトが気になってしまうのは確か。


「行きましょ、ヤマト先輩?」


 紗千香はおもむろにヤマトの手を握って引く。

 女の子との手繋ぎには違いなくて、ヤマトは動きが鈍くなる……が……


「一徹先輩は、刀坂のそこが狙い目だと・・・・・・・・・・・言っていました」


 追加の一言に、ヤマトは目をスィっと細くさせた。


(そう、まだあった。もう一つ、アイツの楽しい学園生活を壊す方法が)


 返事など必要ない。

 返事を待たずとして、手を引く紗千香のままに、ヤマトは後に続くことになってしまう。


――そうしてヤマトが紗千香の為にとった時間は昼食休み。


 侮るなかれ。それで丸々1時間、ヤマトに訴える時間を紗千香は確保できた。


「まず、変な誤解を持たれないように先に言っておくと、私は一徹先輩の事が大好きです」

「それが、どうして俺から胡桃音への相談に繋がるんだ?」


 レンゲでチャーハンをすくって口に運ぶ紗千香とは打って変わって、魚の煮付け定食を頼んだヤマトの手は止まっていた。


「一徹先輩、いつも違う女の子を、そして多く侍らせている」

「一見その様に見えるかもしれない。でも本当はトリスクト一筋で……」

本当にそう思っています・・・・・・・・・・・?」

「うぐっ」

「一徹先輩は移り気が過ぎるんです。ちょっと病的です。昨晩の様子を、ヤマト先輩にも見せてあげたかった」

「びょ、病的って」

「前提。ヤマト先輩ってモテますよね・・・・・・・・・・・・・?」

「えぇっ!?」

「何がすごいって。まず簡単に心揺れない女の子たちから好意を向けられていること」


 紗千香と一緒に食事をする。

 この学院では初めてのツーショットで、ゆえに皆からいぶかし気な視線を向けられるのがヤマトも辛いところだ。

 

「《猫看ネコネ》先輩、《委員長禍津富緒》先輩、《ヒロイン石楠灯里》先輩……だけじゃない。第一学院桐京校では竜胆陸華先輩、亀蛇空麗先輩そして、高虎海蛇先輩」

「く、胡桃音?」

「そんなものじゃ収まりませんよね。月城魅卯様だって・・・・・・・・ヤマト先輩に好意を向・・・・・・・・・・けていたのではないのですか・・・・・・・・・・・・・?」

「そ、そんなわけがないじゃないか・・・・・・・・・・・・・勘違いも・・・・……」


 ただ、話がその手の事になると、ヤマトはたじたじに成りっぱなし。


「……そんなんだから・・・・・・・奪われたのではないですか・・・・・・・・・・・・?」

「なっ!」

「奪われたんですよヤマト先輩は。仕方ないですよね。明確な意思を示してこなかったのですから」


 そのタジタジを分かっていながら、刺さる言葉を紗千香は少しずつぶつけ始めた。


「良いんですかコレで? ヤマト先輩が手をこまねいている間に、ドンドン奪われてしまいますよ?」

「奪われるって、誰に?」

「……山本先輩が、ヤマト先輩から全てを奪う」

「ッツゥ!?」

「ヤマト先輩を好きだと言ってくれるヒト。ヤマト先輩にとって大切なヒト。女の子だけじゃない。男の子もそう。全て、心を一徹先輩が奪っていく」


 強めな言葉に、ビクッビクッと体が反応するのを目に、フッと紗千香は笑う。


「取り巻く人というのは、周囲環境にも大きく影響しますから」


 嫌な想像を巡らせているヤマトは煮魚に目を落としている。


「ヤマト先輩の大切な者達が一徹先輩に心を奪われるというのはつまり、これまでヤマト先輩が身を置いていてた居場所セカイが奪われているにも等しいのでは?」

「俺の……居場所セカイ?」

「……楽しかったのではないですか? 一徹先輩がいなかった頃、ヤマト先輩がすべての中心にいた第三魔装士官学院三縞校。英雄三組など」

「あっ……」

「ヤマト先輩が選んでこなかったのは、誰か一人選ぶことで周りとのバランスが崩れることを恐れていたから。周囲に配慮した優しい決断で、スタンスだと紗千香は思います。でも……一徹先輩あのヒトは違います」


 見られていないからというのもあって、紗千香の浮かべる笑みには酷薄さがやどっていた。


「選ばないんじゃない。選べない。一徹先輩はヤマト先輩に対し勇気がない。臆病だと嘲笑ってました」

「わ、わらっ……て……山本が……俺の……こと……」


(ウハァ♪ ゾックゾクしちゃう♡)


 言われ、ピシッと固まったヤマトの表情よ。

 親友だと思っていた男から馬鹿にされていた。


「そう思うと、『刀坂の相談に乗ってやれ』ってアレ、本当に心配ゆえだったのかな?」

「……へ?」


(裏切られていたと知って、失望と絶望に染まる様。間違いない。皆の主人公、刀坂ヤマトは今、紗千香の言葉のコントロール下に堕ちた)


「ヤマト先輩から奪い取れたことに優越を感じ、傲慢にも憐れんだとしたなら……」

「……あ……」


(どうせ選べない意気地なし。強引に関係を持てたら、罪悪感から刀坂ヤマトは紗千香の言いなりになる。山本一徹編入前、刀坂ヤマトが三縞校の英雄で王だった)


 見える見える。

 もし、ヤマトとの不仲が決定的になったその時、一徹の心がどれだけ傷つくのかが。


(山本一徹の心と学園生活を壊し、三縞校から廃した暁には、刀坂ヤマトを操るのも良いかもね)


 見た目は清純。中身は女狐。

 悪女、胡桃音紗千香の陰謀が今、三縞後の新たな火種に……

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