テストテストテスト71

「皆さまお帰りなさいませ。お寒いなか、お疲れ様でございました」


 ヒクリと口角がつり上がったのは《フレイヤ》だった。

 だが今や《フレイヤ》だけではない。アイドルグループ《バルキリー》の他のメンバー、フウニャン含めファッションモデルたちも、所属芸能事務所スタッフも、どんな顔をしてよいやら。


「本日のお仕事にて、お夕食はお取りになれなかったと存じます。もう夜分も遅く、今から何かお腹に収めることに抵抗があるお客様もおられるかとは思いますが、念のためお夜食をご用意いたしました」


 正座した18歳の男性仲居が、ホンホンワカワカした笑顔を浮かべていた。


「志津岡自慢の山海の幸にて取ったお出汁で湯豆腐をこしらえましたので、ご希望のお客様は遠慮なくお申し付けください」


 決勝戦を背景としたPV撮影場面は終わり、芸能関係者らは、宿もとい一徹の下宿たる宿旧館に戻ってきた。

 

「チョイ待ち、山本君」

「ハイ、如何しましたかフウニャン様?」

「如何した……じゃないでしょ?」


 この宿の置ける全員の集合場所、宴会場にてこの違和感に耐え切れず声を上げたのはフウニャンだった。


「あ、スミマセン。言葉足らずでしたね。湯豆腐では足りない方もいらっしゃると思います。おにぎりのご用意もありますし、湯豆腐はお替り自由……」

「そーじゃない!」


 フウニャンの頬の引きつりようも、《フレイヤ》に勝るとも劣らない。


「ぶっちゃけ、私たち皆、すっごく驚いてる。で、どうしていいか分からない」

「ですから、お夜食については遠慮なく私に……」

「だからそーじゃない。もうっ!」


 どうやって話を進めるべきかと、歪めても美しいしかない顔立ちで眉間にしわを寄せたフウニャンは、その眉間をトントンと指で軽くたたいていた。


「山本君が第三魔装士官学院の訓練生だって知ってた私でさえ、今日の後輩君たちに対する号令には驚かされた。なのにこの場でそんな、急に毒気抜けたようにノホホンされても、どうしていいか分からないじゃん」

「えぇ? いや、それは……そんなこと言われても、私だってどうしていいか分からないのですが」


 フウニャンの発言に対し、「よく言ってくれた」と言わんばかりに、全員がうんうんと何度も頷く。


(それだけじゃないのだけど)


 フウニャンのツッコミより、更に深く突っ込める自信が《フレイヤ》にはあった。


(アイシールドとしてあれだけ運動をして、なんでこの人疲れも見せずに接客業に戻ってるの? どんな体力しているの? 魔装士官訓練生って皆、こんな化物なの?)


「あぁもう、なんか騙されたような気がするぅ」

「いえ、騙してませんから」

「山本君のウソつきぃ」

「別に嘘ついたわけじゃないですから」

「見事にホテルマン演じたじゃん。本職は魔装士官訓練生の癖にぃ」

「聞かれなかったから言わなかっただけですよ。って言うかの正体知ってたでしょ? なんなら・・・・ホテルマンが本業でも構わない的な……」

「ご、ゴホン。あの……仲居さん……」

「……はい?」

「……言葉遣いが……」

「……あ゛!?」


 フウニャンの難癖というか言い掛かりというか。

 押せ押せになってしまった仲居一徹もとい、山本一徹訓練生は知らずのうちに話し言葉が崩れてしまう。

 よかれと思って《フレイヤ》は呼びかけ、立だして見たのだが……


『『『『『えっ?』』』』』

「……何みんな? なんか私、変なこと言った?」


 バルキリーメンバー全員がギョッとした視線を集めてきたことに、今度は《フレイヤ》が困惑すること相成った。



「ハイ、というわけで山本君、色々、有り体に白状しなさい」

「チョッ……マジ今日は勘弁してもらえません? 一瞬でも気ぃ抜いたら、フゥって行っちゃう」

「駄目! 《フレイヤ》さんには今日しかないんだから」

「いや、明日は明日で色々また疲れるような予定が……」

「だから駄目。話を聞きたがっているのは《フレイヤ》さんなんだから。明日の昼にはもう桐京に帰るんだから」


(いや、さりげなく全部『私のせい』になってるんだけど)


「……よし、《フレイヤ》様には《パニックフィールド》に質問を投稿してもらいましょう。番組を聞く俺はそこで《フレイヤ》様の質問を確認し、答えを返す的な」

「あ、天下のアイドルグループの絶対リーダをウチの番組に使うって手も面白いね。学生活動ラジオ番組のレベルを超えた話題作りになるし、でも今は駄目」

「……はぁ。で、何ですぅ?」


(寧ろフウニャンさんのせいで、なんか私も面倒くさい奴的な目で山本訓練生さんから見られてるんだけど。一応、お客さんなんだけど)


 何となく自分を出汁に使われているとうすうす気づいて《フレイヤ》は息を吐く。

 ただ、頭を切り替えた。どんな形であれ、話をする絶好の機会には違いない。


「……凄かったですよねアイシールド?」

「んっ?」

「第四クォータで突如現れたにも関わらず、ディフェンスに置いて堂々と指示を出して、周りもそれについてきた」


 アイシールドの単語に、山本訓練生は眠たげな眼をスゥっと見開く。


「さてぇ? 長年の絆がそうさせたんでしょう。シーズン中ずっと仲間と戦い続けた。だから第4クォーターからの出場になっても、チームメイトは応えてくれた」

「そうでしょうか。私の耳には、第三クォーターまでにチーム戦力の消耗が激しく、このままでは不戦敗になりかねないと急遽招聘されたように取れたのですが・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ここまで口にする。

 山本訓練生は今度こそ《フレイヤ》に意識を向けた。無言、真顔で見つめてくるのが少しだけ恐かった。


「何々? 何の話し?」

「いえフゥニャンさん、何でもないんです」


 話をするというか、考え方を聞きたかった


「お気を悪くしないでください。その、リーダーとしての在り方について、仲居さんの考え方を聞いてみたくて」

「俺の?」


 要件を受け止め、凄みのあった表情は緩む。少しだけ首をかしげていた。


「へぇ~。まさか国民アイドルグループ絶対的リーダーが、リーダー論を持ち出すとは思わなかった」

「あー……フゥニャンさん? その……《ばるきりぃ》ってぇのは、やっぱ凄いんすか?」

「は? まさか分かってないで今日まで接客してきたの!?」

「いんやぁホラ、俺二次元専門でしょ?」

「知らないし」

「3次元でも知ってるアーティストって言ったら声優さんだけだし。アニソンならバッチシ行けるパティ~ン」

「さ、三次元で充実しまくってる君が……それ世の全男子から刺されていいセリフ」


 ポロリと仲居さんが漏らした言葉に破顔する。

 曲がりなりにもこれまでの頑張りに対しプライドは持っている。過信も過ぎるが、名前は売れている者と思った。


(これじゃ確かに仲居さんが、国民アイドル前にしてまるで揺らがないわけよね)


「ホラ、《フレイヤ》ちゃん若干衝撃受けてる。誰のせい?」

「えっ!? 俺のせい!? えと……いやぁその……いつも楽曲聞いてます。応援してます」

「ハイ、ウソー。そして今更か!?」

「いやいや、『ここはフォローする場面だ』って俺に詰め寄ったのフウニャンさんっすよね?」


(あ、頭が痛くなってきた)


 目の前のやり取りに頭を抱えたくなる。本当に山本一徹に意見を求めるのは正しい選択なのかと。


「例えば、緊急参戦にも関わらず、チームメイトをまとめてしまうアイシールドもいる」

「はぁ……ハァ?」

「高校生でありながら、ホテルでは女性従業員が良く指示聞き入れる仲居さんみたいな人もいる。他の従業員からも『若旦那』と頼りにされているのを見ました」

「えっーとぉ」

「仲居さんの正体は、魔装士官訓練生でした。会長さんからの信頼は、今朝の事で見て取れました。そして……百人以上の男子訓練生さんをまとめていた」

「Oh、なんかここまで聞くと、確かに山本君凄い人っぽく聞こえるわ。なんでアイシールドが出てくるか分からないけど」

「さ、さぁどうしてでしょう」


 ニヤニヤと笑うフウニャンさんの囁きを、山本訓練生は白目を剥いて受け止める。


「まったく環境の違う場所でもリーダー役に適応できる人がいる。いきなり現場を任されてそれでも威風堂々と采配を振るえるリーダーもいる。そういう人にとってのリーダー論って、どういうものなのかと」

「なーんでそんなことお聞きになりたいんです?」

「絶対的リーダーとは呼ばれているものの、私は自分がリーダーであるという認識が薄く。正直、リーダーをやれていると言う自信もないんです」


 もしかして自分はただ恥をさらしているかもしれない。


「小学6年時にグループに加入し、何時しかグループ歴が一番長くなり。皆、私の事怖がるようになって」


 話す途中に思い始めたフレイヤは顔をうつむかせた。


「さぁ山本君、ここは男の見せ所じゃないかな?」

「無理無理無理。何言ってんすか。こんなデリケートな話し、答えられるような知識も経験もないんすから」


(あぁ、やっぱり無駄だったのかな)


「そっかぁ。今の質問にスパッと答えられないと」

「俺が上から目線で何を言えってんですか? 無礼もすぎます」


 勇気を出して聞いてみたが、どうやら不発に終わった。


 明日にはこの宿を離れる。恥をさらしてしまったかもしれないが、この先会うことはきっとない。

 そう思ったら、別に気にすることはないかもしれないと《フレイヤ》は思った。


「よしっ! ならばここはオネーサンの出番だね」

「「えっ?」」


 いや、フウニャンが出しゃばるまでの話だ。


「アイシールドについてはよくわからないけれど、《フレイヤ》さんは山本君のリーダーシップについて何か気になってるんだよね。リーダーとしての振舞いに成功していると思って興味がある」

「あ、はい」

「でも山本君はきっと、無意識中に振舞っていることだろうから、改まって説明ができない」

「僕は語彙力が少ない」


 フゥニャンはパシィっと柏手を打つ。

 何か面白い物でも見つけたかのように目をキラキラさせ、満面の笑みを浮かべていた。


「よし山本君」

「なんです?」


 そのうえで……


「逝ってよし!」

「はぁっ?」

「もう休んでいいって言ったの。もう寝ていいよ。お休み」

「ひ、ヒデェ。勝手にここまで俺を引っ張って来たくせに」

「男の子を弄ぶのは綺麗なお姉さんの特権ってね。ホラ、シッシッ!」


 一徹を何処かに追いやろうとした。

 何を言っても受け付けず突っぱねられるばかり。やがて「女の人の考えることはわからん」とガックシ項垂れた一徹はその場から後にした。


 本当に一徹とは、今日この日、これが最後だった。


「じゃあ、本題に入ろっか《フレイヤ》さん」

「あ、あのフウニャンさん。本当に失礼ですけど、私がリーダーの在り方を聞きたいのは仲居さんであって……」

「そんなの、山本君をリーダーとして認めている人の話を聞けばいいんじゃん」

「……あぁっ!?」


(その手があった!)


 青天の霹靂とはきっとこのこと。


 だからフウニャンさんは一徹をこの場から追い出した。

 自分が後輩や部下からどう思われているか、《フレイヤ》たちが聞きだそうとすることを知れば、気になってしまうだろう。


「多分だけどね、良いリーダーって言うのは、リーダー職になった奴がなろうとしてなれる者じゃない。ある種の評価なんだと思う」

「部下や後輩たちが何故仲居さんをリーダーとして認めているのか。その理由こそが良いリーダーに求められる本質を現しているかもしれないんですね?」

「おっ? なんか今、イイ顔してるよ《フレイヤ》さん」


 クリティカルな助言を呈してくれたフウニャンは楽し気に歯を見せた。

 

「ていうかぁ……初めて笑ったよね。アイドルという仕事ビジネス抜きの笑顔


 確かに、笑っているかもしれないと《フレイヤ》も自覚し、右掌で右頬に触れた。


「なんか……やっぱり、大人なんですねフウニャンさん」

「おぉっ? オバサン扱い? いけないなぁ」

「アハハッ、クイズ番組で見せるおバカな回答、やっぱり演技……なんですね」

「言ってくれるねぇ。能ある美女は才を隠す。青法中せいほうあたる大学は、これでなかなかの名門校なのだよぉ? でもいいね。いいじゃん。笑った方がいいよ。その方が可愛い」


(久しぶりに声上げて笑ったかも……)


「……面白くなってきた?」

「面白くなってきました。というか、この宿に来てから薄々それは感じてたような。先ほどの決勝戦も、あまりルールは分かりませんでしたが、面白かったですし」


 片やカリスマモデル。片やアイドルグループ絶対的リーダー。


「そういえばフウニャンさんは、なんで仲居さんをあんなに気に掛けるんですか?」

「あーそれ? 義務感って言うのかな。話せば長くなるんだけど、山本君もなかなか隅に置けない男の子でね、あんな顔して恋の悩み多き男の子なのよ」

「あぁ、何となく思い当たるような……」

「で、今、一人の女の子との恋の行方を見守ってる最中。両想いっぽいんだけどね。その恋が成就するかしないか、完全お節介だけど。あとは、何だってあの顔でモテるのかとか興味深いじゃん」

「あ、愉しんでますよね。それで……その女の子というのは? スポンサー含めた昨晩の3人の内の誰かですか? それとも仲居さんの指示に従う4人ですか? あ、生徒会長さんもいますし……今日の決勝戦では囲まれに囲まれていたような……」

「やっぱり穿った考えしちゃうよね!?」

「しない方が無理というか」

「「アッハハハハハ♪」」


 二人のキャリアが重なったのは、二人がこうして話すようになったのも、オリンピック応援ソングPV撮影にて三縞に来てから初めての事。


 芸能記者の間でもまだ走っていない、二人が交わす友情は、この宿で始まることになる。



ーーー《桐桜華明立大学インテリジェントゴリラーズ》ゥ? 優勝万ざぁぁぁいっ!ーーー


(あ……れぇ?)


 目の前の光景と、耳に入ってくる言葉に違和感は壮絶だった。


ーやべぇ。まーじでホッとしたわー

ーわかるわかる。決勝まで進出したのに負けるのはプレッシャーだったし。解放された感パナイー

ーも~満足。俺らの代はやり切った。後は後輩たちの時代だけど、ぶっちゃけどーでもよしー


(おかしいねどうも。今日の決勝は両校の同率優勝だったはずじゃ……)


ーーーだろ? 一徹ーーー


(えっ……)


 間違いなく、目の前で和気あいあいと盛り上がる選手たちのユニフォームは、今日の決勝戦で俺が目の当たりにしていた相手チームのものだった。

 そんな存在、しかも複数の選手たちが、ヘルメット脱ぎ、いい笑顔で俺に視線を集める。


ーハッ、お前らサイテー。もちっとこう、可愛い後輩の今後を心配する心の余裕持たない?ー


(なっ!)


 視線が集められる理由。相手チーム優勝の話への違和感。俺は息飲んで絶句禁じ得ないはずなのに、「一徹」という呼びかけに余裕たっぷりな呆れ声で返していた。


(まさか……だけど……これ……)


 時折俺は別人の記憶を、別人の目を通してトレースすることがある。

 トレースするのは二人分の記憶だ。

 一つ目は、凡そ考えられない過酷な環境、血にまみれたような人生を送るオッサンの記憶。

 二つ目、俺と同じく「一徹」という名前の柔道少年の記憶。


(嘘……だろ?)


 恐らく今見ているのは二人目の記憶なのだろう。ただ、これまでの記憶と明らかに違う点があった。


ーいいんだよコレで。あぁサイッコ~。これで就職活動の履歴書に胸張って実績書けるぅー

ーあぁ、不安になるから先の見えない大学卒業後の話なんて挙げんなよ。さっさと着替えようぜ? んでもって今日は祝勝パーティだ♡ー


 目の前で楽し気な選手たちは、俺に向かって「控室に戻ろうぜ」とか満面の笑みで宣い、踵を返した。


(……大学生……だと?)


 これまで俺が見て来た柔道少年の一徹の記憶は、常に高校生の時の者だった。

 しかしチームメイトが当たり前のように俺を交えてお酒の話題をふる。そのチームメイトが大学チームのユニフォームを着ている。

 すなわち……


(コレは、ずっとこれまで見て来た高校柔道選手の一徹の、大学時代の記憶? 大学生に……上がった? しかも多分四年生。大学最終年次)


 言葉の通り控室に姿を消していくチームメイトたちの背中を眺めながら、胸のざわめきが抑えられない。

 不安と恐怖に尽きた。


―徹っ!?―


 気持悪さを感じながらも、俺の身体はチームメイトに続く形で歩み始めた。

 客席下のスタジアム建物通路出入口に差し掛かる直前で呼びかけがあった。


 男女カップル一組。

 目にした途端だった。ドキッと胸の中が爆発せんばかりに膨れ上がった気がした。


―忠勝兄……さん?―


 まず声をかけてきたのは完璧な兄。


ー優勝じゃないか! 凄かったぞ徹! お前にしては大活躍! 格好良かった!ー

 

 《柔道少年一徹》には文武両道で完璧すぎる兄がいた。

 高校2年生時、好きだった先輩女子がその完璧さに惹かれ付き合ったと知り、大喧嘩に発展したこともあった。


ー優勝おめでとう! 頑張ったね!ー

ーあ……有栖刻・・・……先輩まで……ー


 続いて声をかけてきたのは、《柔道少年一徹》が勇気を振り絞って告白し、振った、兄に奪われたかつて好きだった先輩女子その人だった。


ーちょ、まじぃ? 弟の試合観戦できるような暇、警察キャリア様にはないよね職業的にー

ーはっ、そこを何とか出来ちゃうのが、徹の自慢のお兄様たる所以だろ?ー

ーハイハイそーだね。俺が兄さんのこと大嫌いな理由だー

ー安心しろよ。決勝観戦は二の次だ。どうしてもデートプランが思いつかなくて、苦肉の策でここに来たー

ーフォローになってないよー


 皮肉を言い合っているのに、仲はいい。

 俺の意識は確かにあって、でも、肉体も口もを動かしているのは《柔道少年一徹》……もとい今や《大学アメフト選手一徹》が動かしている。


ーなぁ……徹ー

ーあん?ー

ー俺……有栖刻と、彼女と結婚するー

ーッツゥ!?ー


 眺める事しかできない俺をおざなりにするように、ドンドン展開は進んでいく。


ーそっかぁ。兄さんと先輩が付き合い始めたのは、俺が高2の頃だったから……ー


(告白シーンを見せつけられたときか)


ーもう、5年……か?ー

ー少し時間がかかったけどな。あちらのご家族も承諾してくれたよー

ー養子に入るのか? 閣僚まで務めた有栖刻元大臣の孫娘さんの旦那になるんだー

ーいや、あちらにはコイツの弟がいるから。俺はこれまで通りだ。安心しろ。これで次代の当主の座に徹がプレッシャー感じて腹痛起こすことなくなるだろ?ー

ーそーいうことにしておく。有栖刻先輩、こんな兄でも選んでくれてありがとうございますー

ー寧ろこんな兄だからこそ選ばれたんだろ?ー

ー五月蠅いよ。兄さんの事、宜しくお願いしますー

ーうん、分かってるよ。でも、忠勝の弟君が本当に私の弟になっちゃったんだねー

ーハ……複雑ぅ~ー

ーあ、ちなみに徹。ちゃんとわかっとけよ? 俺が有栖刻家にとって義理の息子になるってことは、その弟のお前も、有栖刻元大臣の義理孫息子になるってことだからー

ーよぅし、んじゃま、せいぜい現職か最近までの元総理大臣の孫娘とか紹介してくんない?ー

ー望むならいいぞ?ー

ーいいわけないだろう! 冗談だって!ー


 出てくる名前や要素が、いちいち俺の胸のウチをチクチク刺すのはどういうわけなのだろう。

 決して捨て置いてはいけないような気がしてならない。


ーったくぅ、折角優勝して『今日の主役は私です』って胸張ろうとしてたのに。結局兄さんがぜーんぶ持って行ってら。でもまぁ……お二人ともおめでとうございますー

ーー……ありがとうーー


 深々と頭を下げる俺が視界ジャックした《大学アメフト選手一徹》に、胸をなでおろしたような答えが返ってくる。

 

ーでぇ? お前の方はどうなんだ?ー

ーどうって?ー

ーロマンス足りてんのか? 彼女は?ー

ーいーるーよ。留学から帰ってきて、4年生になったばかりの時から付き合いはじ……ー

ー……トモカちゃんは・・・・・・・?ー


(はぁぁぁぁぁっ!?)


 下げた頭を上げ、まだ兄との会話が継続される。それは構わない。

 ただ、そこにその名前が挙がる意味が理解できなかった。


ー言ったでしょ? 留学前に別れたってー

ーだけど、お前たち二人は別に喧嘩別れしたわけじゃ……ー

ーいーんだよ。ちゃんと話し合って決めた結果だ。遠距離とか俺無理だし。待たせるのも悪い。遠距離恋愛でストレス溜めるくらいならね、スパパァっと別れて、ストレスフリーで人生楽しんだ方がいい。誰との恋愛も自由。それはアイツも同じだよー

ーそうかもしれないがー

ーそれに風の噂じゃ、アイツにも今、彼氏がいる。そういうもんなんだろ? 恋愛ってぇのはきっとそんなもんだ。知らんけどー

ー徹、お前は……あの娘とだったぞ・・・・・・・・?ー

 

 言及されて言葉を失ったのは俺だけじゃない。視界を俺が借りてるだけの、《大学アメフト選手一徹》も身体を一瞬凍り付かせた。


(三縞校の文化祭最終日、変なフラッシュバックを目にした。まだ高校生時代の《大学アメフト選手一徹》のダンスパートナーだった女の子は、トモカさんの面影を色濃く持っていた)


ー変なこと思い出させないでくれよ兄さん。今のカノジョだって結構可愛げのあるんだぜ? 『センパァイ♡』だの、懐いてくれてさー

ーだろうな。お前は、俺以外にはさらけ出せないから・・・・・・・・・・・・・・。本性も、弱みもー

ー……あ……ー

ー徹、お前無駄に性格がいいから。いい兄貴分を演じ成績優秀者を演じ余裕ぶりを演じる。多くの奴が、『お前なら頼っていい。多少弱さをさらけ出しても優しく包み込んでくれる』と思ってる。断言する。お前今のカノジョに疲れてないか?ー

ー……ソイツぁ……ー

ー今のお前には、素直さとか、正直に悩みや弱さを見せられる相手が居るのか? カノジョとか恋人ってぇのは、そういうものだぞ?ー

ー嫌な言い方するねどうも。彼女だからこそ格好悪いところは見せられないだろう? 弱みを見せたりとか、情けねぇー

ーソレができないくらい、今のカノジョに対する信頼感が無いってことだー

ーうぐー


 何なのかね。色々符合しそうで符合しないのが気持悪い。

 ジャックした視界を通して今俺が見ているのは《大学アメフト選手一徹》という他人の記憶なのだろう。


ーお前が唯一心を許せたのは、トモカちゃんだけだった。弱みをさらけ出していい。勿論お前の悩みを聞いてトモカちゃんはいい気分はしないし、ストレスもたまる。でもな……ー


 そこに俺にとって大切な女性であるトモカさんの名前が出てくることに理解が追い付かない。


トモカちゃんを傷つけていい・・・・・・・・・・・・・野郎はお前だけだったし・・・・・・・・・・・トモカちゃんが傷つけていい奴も・・・・・・・・・・・・・・・多分徹だけだった・・・・・・・・

ーア~、そろそろ兄さん辞めない? 今カノにメッチャ失礼発言だし、そもそも折角決勝で優勝決め込んで有頂天になるべき場面なんだ。終わった話を蒸し返すってのは頂けな……ー

ーお前たち二人は、お互いに間違いなく特別同士だったんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……あー……んくぅ……ぎっ……」


 そうして……大いに盛り上がった試合会場の景色は……暗闇に塗り潰された和室、床の間に映る。


「……夢? 起きちまった」


 仰向けに眠っている状態で天井を眺める。


「変な夢……だったような。とてもとても大事なことが出てきたはずなのに、思い出せない」


 ふと右掌を額に当てたのは、たった今まで見ていたはずの夢の内容がすさまじい勢いで頭の中から消えていく感覚があったからだ。


「疲れて……いるのかな? 慣れないアメフトをプレーしたこともあったし、月城さんとは……ルーリィやシャリエールにも届かなかったし」


 ふと暗がりながら壁掛けの時計を見やる。午前2時。まだ一日の活動を開始するのは早すぎる。

 悶々としたものはある。だが、考えるのはやめにした。変なものが残っていては再び眠りにつくことは難しい。


 休息が、重要だ。特に俺にとっては。

 俺は第三魔装士官学院三縞校の訓練生で、《アンインバイテッド》対策専門学生自衛官の一人。体が、資本なのである。

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