テストテストテスト70

「や、山本一徹・・? ハハ……誰の事だい!? 始めまして。僕の名前はアイシールド! 彗星の如く現れた大学アメフトのスーパースターで……」

「よくそのスーパースターさんが、苗字を聞いて下の名前も言えるよね・・・・・・・・・・・・・・・・

「はうっ!?」


 アカンこれ、ごまかし効かん奴。

 って言うか、たった二、三言の間にボロ出まくり、墓穴掘りまくり。

 完璧正体に気づいた月城さんは、疲れたようにため息を一つ、俺に更に近寄った。

 

「別に変なこと思ってないよ。怒ってもいないし。それは……さっきタッチダウンしてからタンカで搬送された時、『怪我したんじゃ』って怖かったけど。でも……」


 目の前に立った月城さんは、俺の両手首を握り、ゆっくり下に引っ張る。

 変な感覚だ。

 腕力的に、異能力による肉体活性してなければ月城さんへの抵抗は容易い……のに、抗えない。

 引っ張られるままに膝折ってしまった俺は、通路床で片膝立ちに至ってしまう。


凄く・・……格好良かった・・・・・・

「えっ?」


 膝立ちとなると、俺の頭の位置は月城さんの鳩尾みぞおち高さになる。

 今度月城さんは俺のヘルメットに手を伸ばす。ヘルメットと頭を固定していた、顎帯チンストラップに指をかけ、パチッと留め金から外した。


「格好良くてね。目が離せなかった・・・・・・・

「なっ」


 そうして……


「学院でも見たことないほど生き生きして楽しげだったのは複雑だったけど……」


 ヘルメット真横を両手で挟む。

 もみあげや襟足、耳に感じるヘルメット内クッションの摩擦。やがてギュポっという音共に、ヘルメットを脱がされてしまう。


「とても……格好良かったよ。山本君」

「月城……さん……」


 頭の位置的に、膝立ちとなった俺の方が、今度月城さんを見上げる形。

 俺を見下ろすのは、恥ずかし気に顔を赤らめながらも、慈しむような、真に嬉しそうな笑顔。

 キュッと、胸の中が引き絞られた気がした。


「そうだ、怪我は大丈夫? 普通に歩いてるけど、さっきはタンカで運ばれていたし」

「あ、いや、実は怪我したわけじゃないんだ。ただ、あれ以上俺はあの場にいられなかった」

ゲームバランスを崩してしまバランスブレイカーだったから?」

「ハハ、何でもお見通しだね」


 変な感じだ。

 オッパイ月城さん。月城さんと言えばオッパイ。膝立ちしたなら、目の前でゆっさり揺れているのに、見下ろす月城さんの視線から俺は目を離すことができなかった。


「両チームとも決勝戦に全てを賭けてた。消耗も激しくて、青法中大学はもう、替えの選手がいない状態まで来てさ」

「それで山本君が誘われた」

「自分でもビックリ。言っちゃなんだけど大活躍だ。ヒーローで、スター選手になれた」

「うん、客席で私も見てた。観客の人たちだけじゃないよ。三組や《オペラ》の三人、勿論私も、『アイシールドが凄い』って興奮してた」


 月城さんは……右掌を俺の額に当てる。「チョット待てい」と。ヘルメット内蒸れ蒸れでアメフトプレイし、滝のように汗噴き出た額をだ。


「でも、ちょっとフェアじゃなかったよね?」

「だから俺は今ここにいる。最後の最後は俺抜き。正真正銘、《リーガルダイナソーズ》で《インテリジェントゴリラーズ》と勝負がしたかったんだよ」

「正々堂々と……勝負?」

「アメフトには……オーバータイムというルールがあるんだ。簡単に言えば、サッカーでいうPK戦って奴かな?」

「同点のまま試合終了に到ったのちの、延長戦?」

「そういう事」


 掌はびちゃびちゃ。気持ち悪いだろうに。

 でも、それについては俺も月城さんに言及することはなかった。


「点差は7点。俺のタッチダウンで1点差。タッチダウンすると追加点ボーナスチャンスが与えられて。ボーナスキックが成功すれば1点。ボーナスギャンブルで成功すれば2点」

「山本君がいれば2点取れた。これは予測じゃなくて確信。逆転優勝は間違いない。でも、皆さんはそれを望まなかった」

「相手チームに申し訳なさを覚えたんだよ。ただでさえ部外者を試合に出したことで、正々堂々戦うべき決勝戦をけがした。そのうえ、そんな手を使い続けて手にした優勝に価値を見出せそうになかった」

「キック1点とって同点終了。山本くん抜きの元のチーム状態で延長戦に持ち込む。今度こそ延長戦では仕切り直して正々堂々と。でもそれじゃ山本君が不憫だよ。山本君だって別に、本当は試合に出るのは乗り気じゃなかったはずなのに」

「ど~かね。締め出し食らった俺だけど、意外と悪い気はしてない。当然だってね?」


 寧ろ柔らかな掌を当たり前の様に感じながら、意外に落ち付いて受け答えできた。


「誰が悪いとか考えないようにしてる。最後の試合で人数制限くらって、途中で不戦敗。悔しさは凄そうだ。でも、いざ俺が出場して戦況をガラリと変えちまったことに、相手チームに対する申し訳なさはあるよ」

「山本君が出なかったら、きっと桐桜華明立大学が優勝してた」

「最後タッチダウンを決めた時、相手の選手……泣いてた。いつからアメフトやってるか分からないけど、大学入学からなら、少なくとも4年間培ってきたものが、俺に踏みにじられたんだ」

「でも、山本君はただ出場を迫られたからで……」

「そう、だから俺も自分が悪いとは思わない。求められたことを行動に移しただけ。誤算だったのは知らずのうちに俺が、求められた以上やっちまったことなんだろう」


 ……話しながら思う。


「知らなかったなぁ。俺って……さぁ……」


 マジでクソ野郎かもしれない・・・・・・・・・・・・・


「……チートだった・・・・・・

「ふくぅっ……」

いや、無力無能よ・・・・・・・・? そこは本当なのよ・・・・・・・・。でもそれはあくまで……第三魔装士官学院でのことだって今回知った」


 口にする。俺の額に触れる月城さんの手が、ピクッと震えたのを感じた。


「一般的な男子高校生や大学生の基礎身体能力ベーシックラインを知らなかった。俺にとっての最低限ってのはこれまで、異能力で肉体活性した三縞校男子訓練生ばかりだったから」

「……混乱……してる? 不安もあるんじゃないかな?」

敵わないね月城さんには・・・・・・・・・・・俺の事・・・何でもお見通しだ・・・・・・・・


 悩みを、打ち明けることになる。

 こんな話・・・・受け止める方が苦しくなる・・・・・・・・・・・傷つける・・・・

 つまりこの話は……本来ルーリィとシャリエールの二人、俺が傷つけることが許された彼女・・・・・・・・・・・・・・・たちにのみ話すこと許された物の・・・・・・・・・・・・・・・はずなのに・・・・・


「今日俺はヒーローになった。勇者で、主役で、主人公で。ちょっとヤバい。『俺は凄いんだぜぇ~』とか、イキりそうになってる。でも、許されない」


二人がいないから・・・・・・・・、それでなお、吐き出したいからと、月城さんにぶちまけるかよ・・・・・・・・・・・・


「そんな俺の今の居場所は、俺が遥か手の届かない超人たちの巣窟セカイ。肉体活性されたら俺は、《山本組》で最弱の一年生の足元にも及ばないよ」

「山本君……」

「少し……参っちゃうね。試合に出させてもらって、物凄く楽しかったのは本当。でも、こんな快楽、知らない方が良かったのかもしれない」


(おい、止まれよ山本一徹)


私の事も傷つけていいよ・・・・・・・・・・・。山本君―


だから・・・俺にとってルーリィとシャリエールは格別なんだろうが・・・・・・・!)


「主人公である感覚を知らないままずっと雑魚としていられたら、決して手の届かない魔装士官訓練生超人たちを憧れの目で見上げることに、何の葛藤もなかった」


(傷つける事へのゆるしが与えられた。身を任せてしまえた。まさか、それを……)


「もうそういうわけにはいかない。一部でも自分を「凄い」と思ってしまった以上俺は、心のどこかで常に、主人公の癖に魔装士官訓練生超人たちに手の届かない悔しさを抱えることになる」


月城さんに対しても同じ役割を求めるかよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?)


「って月城さん!? 何をいきなり!」


 止まらない。言うだけ言ってしまった。

 次の瞬間、俺の目の前は真っ暗だ。

 何が起きたか分からない……方が良かった。分かってしまうと、複雑極まりない。


「ちょっ、待って! 俺今ゴイスーに汗臭くて、超濡れてて、気持ち悪……」

主人公だよ・・・・・。山本君が三縞校での立ち位置に悩んだとしても、少なくとも学院の中で、私にとっては山本君が私の主人公・・・・・・・・・・・・・・・

「ッツゥ!?」


 胸にいだかれてる。

 巨乳が好きだ。柔らかい感触が心地いい……とか、思えない。

 ただただこの展開と、その言葉に、心内が跳ねそうになった。


「5月、手荷物臨検で助けてくれた。8月、夏祭りで犠牲者が一人も出なかったのは、山本君の手に《山本組》という固い絆で結ばれた武器があったから。9月、嫌がる私を隆蓮様の手か助け出してくれた」

「ち、ちが……」


(や……やめろ……)


「10月、貴方の機転で文化祭の事件は終結し、コンプレックスまみれの皆を陛下に認めさせ心を救ってくれた。私を、隆蓮様から解放してくれた」

「ちがうっ」

「違わない。桐京校の文化祭で犠牲者が出なかったのは誰のおかげ? あれから幾たび続いた襲撃から、私や《王子蓮静院》君、《ヒロイン石楠》さんの命を救ったのは誰?」


(やめてくれ……)


「今回のオリンピック応援ソングPV撮影だってそう。貴方はいつも私たちを助けてくれる。でもその度に、私たちの主人公になることを恐れている・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「俺は、そんな凄い存在じゃないんだ」

「凄くない存在だと思わないようにしてるだけ。その方が楽だから・・・・・・・・

「ッツゥ!?」


 反論は許されない。

 ぎゅうっと、俺の頭を胸に抱き寄せる月城さんの腕に力が入った。


「もうそろそろ……私たちと、私とあることを怖がらないでよ・・・・・・・・・・・・・・山本君。何度傷つけてくれても・・・・・・・・・・構わないから・・・・・・

「お……い?」

「私の……主人公になることを、躊躇ためらわないで」


(……月城さんの……主人公って……それ……だから……勘違いしちゃうんだって・・・・・・・・・・・……)


 ドキリとしたのは、月城さんの豊満な胸に顔突っ伏しているからじゃない。


(頼むよルーリィ、シャリエール。早く帰ってきてくれ。もうそろそろマジで・・・・・・・・・ヤバくなってきた・・・・・・・・


 ビクッと自分の手が無意識に震えた。

 思いのほかズンと両腕に重さを感じるのは、下げっぱなしだった両手を挙げたからだ。

 何のため……


(……月城さんに、特別を感じ始めてきてる墜とされかけてる……)


 俺の頭を抱きしめる月城さんの身体を、抱きしめ返すために。


「離れなさいっ!?」

「「ッツゥ!?」」


 新たな声。いや、俺にとっては願ってもない展開だった。


「えっ……?」


 いや、願ってもない展開のはずだった……のに……


「山本さんから離れなさい! 月城会長さん!?」


(《富緒委員長》?)


 声の主は《富緒委員長》。表情は鬼気迫っていて……


「おっとぉ?」

「きゃぁっ!」


 猛然と駆けつけ、無理やり俺と月城さんを引きはがす……までは良い。


「まさか、ここまで浸食しているなんて・・・・・・・・・・・・・


(……浸食?)


 《富緒委員長》は、引きはがした月城さんを庇うように背に控え・・・・・・・・・、余念も油断もない険しい表情で俺の前に立ちはだかった・・・・・・・・・・・・・・・・・


――《富緒委員長》が飛び出てきてからほどなく、選手控室に辿り着いた俺は……


「あぁ、危なかったぁ」


 盛大にため息でござぁすよ。


「やっべ、完全に好きがぶり返しそうになった」


 胸に手を当て、閉じたドアに背中付けたままズルズル座り込む。


「っていうか、いや、好きなんよ。忘れようとしても諦められんのよ。で・も・さ……そりゃ、ルーリィがいてくれてる手前駄目でしょうよ」


 「んあー」とか宣いながら頭をボリボリかきむしる。


 ルーリィの事、好き……だ。


 シャリエールに対しても、恥ずかしい物言いをすれば、俺は間違いなく恋をしてるんだろう(オ・ト・メ・かっ!?)。


 向き合いたいし、向き合うと決めた。

 義務感だっていいじゃない。その義務を甘んじて受けてもいいと思えるほど、二人がいてくれることに対し幸せは感じる(語彙力ドイヒー)。


(そもそもがオカシイんだよな。ルーリィの奴が、シャリエール併せた俺達三人の形を仕方ないと認め……諦めている展開自体)


「ハーレムって展開、好きだったんだけどなぁ?」


 いざここまでくると、苦しい。

 こんなにも俺を大事に思ってくれる。なら本当は正面から接しなきゃいけないところ、斜め45度角の左方面右方面に二人がいる。

 三角形とか、不義理も甚だしい。

 そのうえで……


月城さんは、駄目だよ・・・・・・・・・・? 勘違いしたとしても、駄目だよ」


 大事なことなので二度言った。


 立ち上がる。汗臭いのも気にせず、おもむろに学院支給の携帯端末を取り出す。耳に当てた。

 短縮番号をタップし、通話を試みた。


 声を聴きたかった。大事な物をないがしろにしてはいけない。声を耳にし、誰を見定めるべきか再認識がしたかった。


【……ハイ、もしもし】

「あ、ルーリィ俺だ。今大丈夫か? 忙しかったり?」


 良かった。最近多忙すぎるからか、中々通話を試みても繋がらない頻度の方が多くなってきたから。

 

【……トリスクトさんの携帯ですが・・・・・・・・・・・・・

「あっ……」


 しかし受信したのはルーリィでもシャリエールでもない。誰か知らない女の人。


【貴方、山本隊長ですね?】

「あ、あの……ルーリィは……」

【フランベルジュさんと共に取材の真っ最中で、通話には出られません】


 そうして突っぱねられる。

 確かにその裏で、「目線ください」だの、「昨今の《対転脅》にとっての課題は……」など、ひっきりなしの質問が聞こえてきた。


【スミマセンが、いい加減控えてください・・・・・・・・・・・

「は? 控える?」

あの二人は貴方の・・・・・・・・モノにはなり得ない・・・・・・・・・と言ったんです】

「はぁ? その話はもう何度も、いろんな人にして……」

【ことはもう、あの二人と山本隊長三人の範疇はんちゅうで収まるものではないのです。三人事で色々支障をきたすと、それによって損をする人間の数は計り知れない】


 淡々と諭そうとしてくるのが腹立つ。

 次第に俺の語気も強くなり始めるのを自覚した。


【最悪仕事を失う者も出かねない。貴方、責任取れますか?】

「んなもん、知ったこっちゃねぇんだよっ! そっちが勝手に話を大きくして……」


 だが、取り付く島もない。「失礼します」の一言さえなく、ブツっと通話は切られてしまった。


「……これまで、情けねぇ姿しか見せてこなかった。やっとカッコいい活躍が出来たってのに二人ともいねぇんだもん。一番に見せてやりたかったんだけどなぁ」


 なんだろね。

 5分前まで確かにフィールドにて英雄だったはずなのに、この胸に渦巻く惨めさが嫌だ。

 何より自己嫌悪が酷い。

 多分俺は、月城さんとの一件があったから、道を外さないようにルーリィ達を頼ったんだ。

 「男なら」……って言うのも最近じゃ男女差別に成り得るのかな? 本来は、一人で消化するべきなのかもしれない。


「あ~あ、知らなかったわけじゃねぇけど、女々めめしいな……俺」


 学院支給携帯端末の電源をオフにする。

 さっさと着替えなくてはならないか。試合終了前までに、観客席に戻らなくては。

 月城さんの真隣りの席に・・・・・・・・・・・


 

 何か異様な出来事だった。

 《委員長富緒》ほどに無害そうな女の子が、明らかに一徹に対し敵意じみたものを発していたから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 おかげで一徹はたじろぎ、そそくさとその場から選手控室に逃げるように走り去っていった。


(それよりもおかしかったのは……)


「月城会長さん」

「えっと……《委員長禍津》さんどうしたの? とても怖い顔しているけど」


 《委員長富緒》は頑なな貌で振り返る。


「抱き合っていましたよね? 一体、何があったんですか?」

「え? 何がって……」


 そう、振り返ったのだ。登場したとき、魅卯を守るかのように・・・・・・・・・・一徹にけん制を放っていたのだから・・・・・・・・・・・・・・・・


「……どうしてそんなことを聞くの……かな?」

「いえ……それは……」


 しかし聞き返したところ、あからさまに《委員長富緒》は嫌そうな顔をした。


「る、ルーリィさんが山本さんにはいます。なのにまた、女の子に手を出す悪い癖が出たのかと。最近ルーリィもおりませんし、寂しさを他の女の子で・・・・・・・・・・埋めようとして無いかと・・・・・・・・・・・

「……ゴメン。ちょっと信じられない。今、凄い酷いことを山本君・・・・・・・・・・に言ったって自覚ある・・・・・・・・・・?」

「あっ……」

「《委員長禍津》さんって、そんなこと言う娘?」

「そ、その……」


 問われてから、返す魅卯。少しだけ前のめりになってしまった。

 用いた言葉の悪さを指摘された《委員長富緒》は、「やってしまった」と表情をさらに歪めた。


(思い違いだと良いなって思いたいけど、やっぱり……《委員長禍津》さんもなのかな?)


「《委員長禍津》さんも気づいていると思うけど、アイシールドは山本君だった。慣れない試合から解放されてやっと気が抜けたんだね。突然フラついて……」

「倒れそうになったのを、月城会長さんが受け止めた……と?」


(《委員長禍津》さんも……山本君の事……)


「もしかして……誤解させちゃった?」

「誤解……ですか?」


 だからカマを掛けてしまった。だがそれが悪手であることに魅卯は気付かない。


「ねぇ、もしかして……《委員長禍津》さん、山本君の事が好きだったりするの?」

「えっ?」


 刹那、目を見開いた《委員長富緒》は……


(……アレ?)


「良かったぁ。月城会長さんは違うようですね」


 明らかに安心したように胸に手を当て、息を吐きだした。


(分からない……けど、今の私の質問・・・・・・多分間違えた・・・・・・?)


「いえ、もし月城会長さんにとっても、山本さんがなってしまったらどうしようって」

「なるって……何に?」

「特別。そして主人公に……です」

「くっ……」


 反応を見るに、別に《委員長富緒》は一徹の事を恋愛対象として見ているようには見えない。

 だから魅卯は安心できたか? 

 否、何か自分が知らないだけで、とんでもないことを見落としている様にしか思えなかった。


私たちには、私たちの主人公がいます・・・・・・・・・・・・・・・・・

「何を……言ってるのかな?」

ヤマトさんが私たちの主人公であり・・・・・・・・・・・・・・・・あり続けることが正解・・・・・・・・・・

「分からない」

「分からないわけがないと思いますよ月城会長さん。ヤマトさんが、私たちの主人公ではありませんか?」


(……言いたいこと、何となくわかる。でも何だろう。分かるようで……)


「わからないよ」

「だから《ヒロイン灯里さん》、《ネコちゃん》、私は心を奪われた。私たちだけじゃありません。三組の男の子や全三縞校生もそうですし、月城会長さんだってそうでしょう?」


 何だろう。いま、《委員長富緒》が口にしていることにあと一歩理解が追い付かない。

 彼女は今、恋愛の話をしているのか。それとも人間としての評価を口にしているのだろうか。

 だとしても……だ……


「お気持ちを聞けて少しだけ安心できました。良かったぁ。もし山本さんが・・・・・・・月城会長さんにとっての・・・・・・・・・・・特別になってしまっていたらどうしよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・って・・。確認できましたので、私は席に戻りますね?」

「あ、あのあのっ《委員長禍津》さ……っ!?」


(ちょっと待って。一体何の話を……)


「……山本一徹は・・・・・、……月城会長さんの主人公・・・・・・・・・・にはなれないから・・・・・・・・

「ッツ!?」


 一言。耳にした途端、魅卯は両手で口元を覆った。


「私たちの主人公にも成りえません。なってはいけない・・・・・・・・


 一歩、《委員長富緒》に向かって踏み出したかった。

 気になって仕方ない話。直感として、何か《委員長富緒》は、魅卯の知らない何かを知っている様にしか思えない。


(壊れちゃう……)


 しかしできなかった。


(何か……壊れちゃう……)


 もし聞き出してしまっては、魅卯にとって少しずつウェイトが大きくなり、今や大きくなり過ぎた一徹についてセカイが、壊れてしまうのだと思えてならなかった。



〘試合しゅうりょぉぉぉぉぉう!〙


 ホイッスルと共に、実況アナウンスが空に通った。


〘オーバータイムゲームの試合の盛り上がりは熱気に溢れていました。結果は同点。リーグ史上初の同率優勝と相成ってしまいました。両校悔しさはあるでしょうが、近年まれに見る好ゲームと言えましょう!〙


(流石に、この展開ばっかは予想だにしてなかった)


 試合終了と共に、観客から飛び出すのは歓声ではない。ブーイングだった。


(アイドル非売品グッズ抽選権は、どちらかの勝利による。まさか引き分けに終わるたぁなぁ)


「やぁやぁ皆の衆、不詳山本一徹、恥ずかしながらお便所個室から戻ってまいりましたっ!」


 でもね、元は試合が盛り上がればいいとだけ思っていたから、後の事はどうだっていいのだよ。

 そういう意味で言えば目論見は成功と言っていい。

 敬礼しながらクラスメイト達がたむろする客席に戻る。


「フン、腹痛に苦しんでる割には顔色が良いように見えるが?」

「いんやぁ、と思うじゃん? 5分前まで顔真っ赤にもう、ブリブリィ~! ブパッ! ブパパッ!」

「ちょ、言わないでよもう!」

「ん、マジでキモい。この想い、ちゃん届けばいい」

「あ……ハハ、女の子の前でこう言えちゃうのが何とも山本らしいよね」

「だが許したくなる。よくよく山本は、そういったおかしな縁があるようだ」

「訂正し給え。許しているというより、もはや諦め、呆れだろう?」


 眉をひそめてはいるものの、困った様に笑顔を見せたなら俺の勝ちだ。

 ちょっとでも笑かしを奪ってやる。しめしめ、皆俺が本当におトイレにこもっていると信じて疑っていない。


「も~! 第4クォーターすっごく面白かったのにぃ」

「そういえばあの選手大丈夫だったでしょうか? タンカで運ばれて行きましたが……」


(その言葉が飛び出した時点で、我がの勝ちなのだよ)


「へぇ? そんな凄い選手が出てたのか」


 誰も、露とも俺が出場していたなんて思っていないということだ。


「少なくともこのリーグでは、一人場違いなほど圧倒的だったわよ。アイシールドをヘルメットに取り付けた選手で……」

「何だよ海姫。やけに興奮しくさって。もしかしてファンになっちまったとか?」

「ファンになってもいいかもね」

「……は?」

「私も元はオリンピアンよ? 異能力抜きであそこまでの運動能力パフォーマンスを実現するまで、どれほど過酷なトレーニングを積んできたかわかる」

「おっ……とぉ?」

「あの身体能力を見るだけで、どれだけ競技に直向きで、チームに貢献したかったか感じ取れるわよ。本気度が見て取れる。ストイックさは驚嘆に値するわ」

「フッ、照れるぜ」

「……なんでアンタが照れるのよ?」

「あ、いや……」


 傲慢高慢高飛車お嬢様が評価しているのは、20分ほど前の俺の姿だった。

 ゆえに反応してしまったのだが、いぶかし気な目を向けられると焦ってならない。


「まったく、図体は似てるのに、アンタとはえらい違いじゃない」

「まじ? 似てない? いや、俺もトイレにこもってたから知らんけど。あ、じゃあちょっくらヘルメットかぶってくる。したら俺のファンになってもええんやで?」

「うえぇぇぇぇ!?」

「吐くなっ!」


 アイシールドは俺なのだという事実をあえて隠して話を進める。


「いい? アイシールドはアンタと違って凄く勇敢なの。タフで、頑健で、足も速くて、機転も聞いて、アンタもアイシールドの爪の垢でも煎じて飲んだらいいじゃないかしら」


 海姫とのこんなアホなやり取りも面白かったりした。


「トップアスリートは、その存在自体が一種芸術品なの。決して実績だけじゃない。作り上げた肉体は、勝利への執念、努力の成果、意思の強さが裏打ちされて……」

「ほうほう、お前、トップアスリートが好きぃ?」

「好感は持てるわね」

「そか……じゃあやっぱ絡坐からみざ……」

「その限りじゃないわよ!」

「うっは、即答かよ」


 意外と、海姫とのバカ話に熱中できたのは良かったかもしんない。


 後ろに先ほどいたはずの紗千香はどこかに消えた。


 前の席にいる《富緒委員長》がずっと俯いているのが気になって仕方ない。


 そして……先ほど座席を変えたことで、今俺と話している海姫との丁度間に座る月城さんとは、なんぞ、言葉を交わすことも出来なかった。

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