テストテストテスト64

「バカ野郎がっ!」


 予想以上の出来事に、一徹は思わず紗千香を引きはがした。

 普段の一徹ならあり得ない。手段もいとわなかった。


「キャアッ!?」


 まさか、一般的な18歳男子など軽く凌駕する筋力がいつしか備わってるにも関わらず、片手は・・・紗千香の髪を鷲掴みに・・・・・・・・・・無理やり引きはがした・・・・・・・・・・のだから。


「はぁっ……はぁっ」


 女の子に対してゲキヨワな一徹が、まさかそんなことをするなど。


「イッタァ。何怒ってるんですか一徹先輩。それにぃ、髪の毛は女の子の命なのに」


 引きはがされた紗千香は何が起きたか分からないような困惑の笑顔。今一度一徹に手を伸ば……


「……ふれんな」

「へっ? ちょっ……」


 その腕を・・・・一徹は払いのける・・・・・・・・

 たった今キスに至った唇も・・・・・・・・腕で拭った・・・・・


 跳ねのけられた側の紗千香は、「信じられない」とでも言ってそうな顔で口をパクパク。

 一徹と言えば、そんな紗千香に敵意にも似た視線を向けていた。


「……マジで言ってます? 先輩」


 二人の双眸が絡み合ってしばらく……先に動いたのは紗千香だ。

 バカにしたような笑顔。眼には明らかに怒気を孕んでいた。


 周りの者たちがこの状況に息を飲まないわけがなかった。


「山本小隊入隊時に言ったはずだ。『変なことしてくれんな』ってな」


 山本一徹と言えば、女の子にだらしがない。

 女の子の手を払いのけ、あまつさえ毛嫌いするような素振りなど見せるはずないと誰もが思った。


「フゥン?」


 確かに一徹と紗千香はキスをした。

 ならルーリィの為、親友として動くに決まっている《灯里ヒロイン》ですら、信じがたい光景には絶句した。


だから童貞なんですね・・・・・・・・・・先輩」


 強すぎる言葉。


「先輩の今の状況、大好きな二次元に重ねてみましょうか?」

「さてぇ?」


 皆、事の成り行きを黙って眺めるしかできない。


寝取られる側の・・・・・・・ラブコメ主人公ってところでしょうか・・・・・・・・・・・・・・・・・

「へぇ?」


 女の子に一徹が向けるはずのない険しい表情と冷たい目を浴びながら、紗千香は言を紡ぐ。


「なんで先輩如きに、こんなに女の子が集まるか正直理解できない」

「く……クク……おい、本性・・……出てきてんぞ・・・・・・紗千香?」

「でも先輩が皆を魅了してるのは事実。ぶっちゃけ……いつでもできるのに・・・・・・・・・なんでも・・・・何度でも・・・・……ねぇ? 魅卯様ぁ」

「えっ? あの……」

「セーカク悪ぃぞ。月城さんを勝手に巻き込んでんじゃねぇよ・・・・・・・・・・・・・・

「あっ」


 不意に紗千香が魅卯を巻き込む。

 「そういうことだ・・・・・・・」と示しているのだが、一徹はまるで耳を貸さない。


「アハッ♡ だから先輩は、寝取られる側だって言ってるんですよ」

「はぁ?」

好意に気付かず・・・・・・・もしかして気付いているかもしれないのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何もしない・・・・・


 ただいきなり話をふっだけじゃない。


「あ、あの、胡桃音さ……やめ……」


 紗千香は全てを見透かしていた。

 言い出せない魅卯の想いを、つるし上げるかのように一徹の前に示した。


「好意ぃ? はっは、あり得ない・・・・・

「ふくぅっ」


 魅卯にとってたまったものではない……のに……一徹は、更にそれを鼻で笑ってのけた・・・・・・・・


どっちつかずの男って・・・・・・・・・・女の子にとってどんな奴か知ってます・・・・・・・・・・・・・・・・・? 取るに足らない・・・・・・・! 相手する価値もない・・・・・・・・! 当然ですよね・・・・・・? 自分の事を見てくれない・・・・・・・・・・・選んでくれないから・・・・・・・・・!」


 一徹にとっては耳に痛すぎる話のはず。

 それでいて……


「先輩が一歩踏み出せない理由、紗千香は知ってる! セックスが怖いんでしょ・・・・・・・・・・・? 童貞だから・・・・・! 『失敗したらどうしよう』なんてくだらない男のプライドって奴で・・・・・・・・・・・・・・・

「かもな。って言うか、怖いわ確かに」

下心がバレたら男としてダサいとか思って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・セックスに興味ない風を装う・・・・・・・・・・・・・強がってカッコつける・・・・・・・・・・!」

「あ~あるある。ソレ、マジ俺のことじゃん・・・・・・・・・

「チッ!?」


 のらりくらりとやり過ごす。

 それが紗千香の気質を更に昂らせた。


「先輩の近い未来を教えてあげましょうか? 寝取られる・・・・・! アンタの物だと傲慢で・・・・・・・・・・勝手に思っていたものが・・・・・・・・・・・知らないうちに奪われる・・・・・・・・・・・!」

「奪われる……ね?」

一歩踏み出すこともなく・・・・・・・・・・・どっちつかずで明確な好意も見せない内に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、アンタに意識を向けた女の子全員・・・・・他の男に言い寄られる・・・・・・・・・・! 甘い言葉を掛けられ、囁かれ、言葉を心と見なし堕ちていく・・・・・・・・・・・・・!」

「言葉は心の裏打ち。フウニャンさんから聞いた話は、ホントなのねぇ」

「すぐに寝取られる。体を奪われ、心も奪われる。取り残された先輩の惨めな姿が思い浮かぶ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」


 そんな一徹が紗千香には面白くない。


トリスクト副隊長とも・・・・・・・・・・まだ・・……なんでしょ・・・・・? あの女性ヒトも他の男に奪われ、堕とされるっ!」


 もはや取り繕う事叶わず。


「フランベルジュ教官も! ストレーナスも! ティーチシーフも! アルシオーネも! アルファリカでさえ!」


 抑えも効かなかった。


「竜胆陸華も寝取られる!」

「……え? 無理だと思うよ。兄貴たちが……」

「陸華さん。多分今茶々を入れてしまっては……」

「亀蛇空麗も寝取られる!」

「私も無理ですね。おいえからの報復が、間男さんにとって怖くなければ別でしょうが」

「高虎海姫だって!」

「基本、男に興味ないから。って言うか変態に当てつけて使われるのムカつくわ」

「猫観ネコネはっ……!?」

「ん、大丈夫。そもそも山本はないから。寝取られるってあり得ないし」

「禍津富緒も案外簡単にっ……!」

「……山本さんに対して好意があるかは別として、山本さんの手から寝取られることですべてが収まるなら・・・・・・・・・・・・・・・・・私自身・・・犠牲になってもいいですよ・・・・・・・。でも多分、そうはならない」

「石楠灯里なんてっ……!」

「……もう・・……ある意味・・・・山本に寝取られてるわよ・・・・・・・・・・・


 ここまで来てなお、一徹は冷めた目を崩さない。

 ギッと紗千香は歯を食いしばる……


「そういえば……」


 ……フッと、笑った。


魅卯様も・・・・奪われましたね・・・・・・・?」

「オイ……紗千香……」


 だが、そこにまで言及したことが悪手であったことを、紗千香はまだ気付かない。


「先輩も覚えてるでしょ? 競技会向けの抽選会。魅卯様をイイようにした・・・・・・・・・・・隆蓮の傍に、実は紗千香もいたこと」

「や、やめ……」

「メッチャ笑う~! あの時の悔しそうな先輩の顏・・・・・・・・・・・・・、まだ覚えてる。どうなんですかねぇ? あの時のキスって言うのは・・・・・・・・・・・・所詮先輩の目に入った出来事で・・・・・・・・・・・・・・実際は既に肉体関係が・・・・・・・・・・……」


(ち、違う! 私、あの人となんてシたことないっ!)


 喉元まで出かかる。出てこないのは、口に出すことに対し魅卯に恥じらいと抵抗があるから。

 

「ねぇ、どうなんですか魅卯様?」

「あ、あの……ちがっ……」


 しかし言わなくては。


「アハ♡ 恥ずかしがらなくていいのに」

「違うの山本君! 私……はっ………」


 一徹に誤解されたままでいられる。魅卯にとって恐ろしい以外何物でもない。


「お二人は婚約関係にあるんです。別におかしいことでも隠すことでもないじゃないですか。すでにその体を・・・・・・・……へぱっ……え?」


 饒舌極まる紗千香を止めるものなど何もない……まさか、「女の子に手を挙げるなど男として言語道断」言いそうな一徹が、紗千香の頬を叩くまでの話だ。


「……あ、ヤバぁ。ワリィ。やっちまったぁ」


 恐らく紗千香も、一徹が実力行使で発言を遮るなど思ってもみなかった。眼を丸くし、右掌を頬に添えた。


 魅卯、三組生、桐京校三人娘だけじゃない。

 更に周囲の者たちもギョッとした目で固まっていた。


「えーっとぉ? どっちつかずか。確かにそうだわ」


 謝罪の言葉を述べた。されど一徹に気負う節は皆無。


「ルーリィと、フランベルジュ教官……」


 言いかけながら、チラッと一徹は魅卯を一瞥する・・・・・・・


「……の二人でどっちつかずなのは、多分本当。あーはは……寝取られたくないねぇ」


(……今……見た……よね。私の事……)


「で、俺が寝取られることはあり得ないよ・・・・・・・・・・・・・・・・

「は? 何言ってるんですか?」

「……刀坂がいる・・・・・

「……え゛っ?」


 答えを見せる一徹の浮かべるは柔和な笑み。


「竜胆陸華……亀蛇空麗……高虎海姫……」


 そうして一人一人の名を読み上げる。


「猫観ネコネ……禍津富緒……石楠灯里……そだ、十六夜・ネーヴィス・風音も忘れちゃあいけない。そして……」


 一徹は……再び魅卯を見やる・・・・・・・・

 それが魅卯には嫌だった。

 何が起きるか、予測が出来てしまう。


「……月城魅卯・・・・


(……あ……)


「俺が寝取られることはあり得ないよ。そもそも今名前を挙げた女子にとっては俺じゃない・・・・・。勘違いも過ぎる。皆には、この三縞校には、刀坂ヤマトが……俺の物語の《主人公憧れ》がいる」

「なぁっ!?」

「だけど、紗千香の話は滅茶苦茶響いた。もしよければ、同じ話を《主人公あのバカ野郎》にもしてくれないか?」

「なに……言ってんの先輩?」

「容姿端麗成績優秀性格良しと非の打ち所がない……く・せ・に、あの野郎こそ・・鈍感でさ。周囲から向けられる好意に気付かない・・・・・・・・・・・・・・・・・


(……あれ?)


「今のままじゃ刀坂野郎、確かにポッと出のどこぞの馬の骨とも知れない奴に、囲んでくれるすべての女子らをNTRされそうだ」


 皆が固唾を飲んで見届けようとした状況。


「お前から発破かけられりゃ、揺さぶられるかもな?」


 そこで終い。

 言いたいことが言えたとばかりに「うっし」と独り言を挙げた一徹。後ろ座席の紗千香から意識を外す。

 いや、背を向けた・・・・・背いたというのが正しいか・・・・・・・・・・・・


「……お話しにもならないっ!」


 だから、紗千香は愛想をつかした。

 あれほど「先輩♡」と言っていたのが嘘だったかのよう。


 吐き捨てるようにそれだけ言うと、座席から立ち上がりどこかに行こうとする動きを見せた。


「あ、紗千香。この場から離れるのは良いけど、舎弟どもへの指示命令オペレーション、しっかり頼んだじぇい?」

「ば、馬鹿にするのも大概にぃっ……!?」


 ここまでの流れに、更に感情を逆なでされるような命令。


 立ち上がってその場から離れようとする紗千香は、美少女には似つかわしくない鬼の形相で一徹に対し食いかからんとして……


「よ~ろぴっくねっ♪」


 されど一徹は通常稼働。変わらずおふざけ口調で畳みかけられる。


 ギリィッと歯を食いしばり、ワナワナと拳、体を震わせて……


「いつかマジ、お前を終らせてやるっ・・・・・・・・・・!」

「たっはぁ! だーからお前、本音駄々洩れなんだってぇ」


 この場に一秒でもいたくないとでも言うように、鼻息荒く去っていった。


 ここまでの話で、当事者以外のすべてが無言に伏していた。


「あ゛~……やっちまったかもしんない」


 紗千香がいなくなった以上、注目の的は一徹。


 一徹は、声を絞り出しながら頭を抱え、腹を中心に椅子に座ったまま、うずくまった。


(ねぇ山本君、でもね……今、結構失言したって気づいてる・・・・・・・・・・・・・?)


「もはや紗千香、ウチの小隊員なんだよなぁ」


―あの野郎こそ鈍感でさ。周囲から向けられる好意に気付かない―


ヤマト君だ・・・・・気付かないって言ったってことは・・・・・・・・・・・・・・・私の想い・・・・気付いてる・・・・・ってこと・・・・……だよね?)

 

―好意に気付かず、もしかして気付いているかもしれないのに、何もしない―

―好意ぃ? はっは、あり得ない―


(……気付いていない振りしてる・・・・・?)


 「やってしまった」と項垂れる一徹の背中を見下ろす魅卯には、先ほど「ルーリィかシャリエールか」と定めあぐねた一徹が、一瞬魅卯を見たことを見逃さなかった。


「あ、あのっ……山本君……」


 それゆえ呼びかけてしまって……


「……何? 月城さん」

「あっ……ゴメンね。何でもない」

「そっか」


 しかし今の一徹は紗千香を拒絶したことに自己嫌悪を抱いている。

 女の子の顔をはたいてしまったことも気に病んでいた。


「……ゴメン」

「えっ?」

「ウチの隊員が……最低なこと言っちまった。本来は本人に謝らせるのが筋なんだけど、まずは隊長の俺から謝らせてくれ」


 ゆめゆめ、魅卯の呼びかけをまともに答える余裕はなさそうだ。

 

「う、ううん。いい……んだよ」


 謝られてしまった。魅卯もその謝罪を受けた。


―好意ぃ? はっは、あり得ない―


 が、魅卯が心安らぐことはない。


 確かに紗千香の発言は決して出してはならないものだった……が、その会話に飛び出した言葉の幾つもが、魅卯の胸に残ってしまっていた。


痛いなぁ・・・・


―俺が寝取られることはあり得ないよ。刀坂がいる―


(痛いよ)


―俺が寝取られることはあり得ないよ。そもそも今名前を挙げた女子にとっては俺じゃあない。勘違いも過ぎる。皆には、この三縞校には刀坂ヤマト、俺の憧れがいる―


(私、今日何度……山本君にフラれたんだろ・・・・・・・・・・・


 後味が悪い、紗千香が去った後。

 急にゲームフィールドに向け、会場全体がワァッと悲鳴を上げった……時だった。


『山本君!』


 客席最前列からすぐ、フィールドサイドラインから大声で呼ぶのは、青法中大アメフト部のキャプテンだった。


『話がある! すぐに僕のところまで来てくれっ!』


 顔面には必死の相。

 故か、先ほどの事など全くなかったかのように、一徹は思い切り立ち上がる。


 返事はない。ただ、即、観客席を離れようとして……


駄目です・・・・! 山本さんっ!」


(……どういう……こと?)


 思いもよらない。

 そんな一徹の手首を取って引き留めようとしたのは、《委員長富緒》。


「貴方は駄目! 貴方だけは駄目・・・・・・・! 行ってはいけません・・・・・・・・・・!」


 魅卯だけじゃない。桐京校三人娘はおろか、三組生全員が、異様な空気に声を失った。


「ど、どーしたの《富緒委員長》?」

「そ、それは……」

「……《委員長禍津》さん?」

「うっ……」


 しかして、一徹だけじゃない。魅卯が狼狽えながらも問うたことが良くなかった。


 変な注目を浴びたことで、《委員長富緒》が一瞬ひるんだ……のを一徹は見逃さない。


「ちょっとオシッコ行ってくる」

「フン、見え透いた嘘を……」

「うーし三組野郎ども。おトイレで、僕とツレション!」

「「「「しない!」」」」

「だよねぇどうも」


 辛うじて《綾人王子》が呼び止めるも、一徹お得意のおふざけに誤魔化され、皆はたまらないとばかりに一徹を放逐した。

 

「すーぐ戻ってくっからぁ♪」


 男子たちの反応を我が意の至りのように、満面の笑みを浮かべ一徹もその場から消えていった。


「マズい……かもしれない……ルーリィさんに電話を……いえ……」


 なぜ一徹がその場を離れようとしたことに《委員長富緒》が声を荒げたかは定かじゃない。


(まさか……嘘……でしょ? 知らないうちに、《委員長禍津さん》まで……なんてこと、ないよね)


 あぁ、筋違いも甚だしい。

 一徹が去ったのち、《委員長富緒》は両掌を合わせ、握った物を額に付けて蹲る。

 神に祈っているかのようだ。


 魅卯には、それがあたかも《委員長富緒》まで一徹を好きになってしまったのではないかと勘違いしてしまう。


(嫌……だ……)


 いけないことだと分かっているのに、変な敵愾心がほんの小さく・・・・・・・・・・・・魅卯の胸の内に宿ってしまう・・・・・・・・・・・・・・



『はぁっ!? 仮面出場っ!? 俺がぁぁぁぁっ!?』

『しぃっ! 声が大きいよ』


 大学アメフト関東二部リーグの決勝戦は第3クォーターまで終わった。

 第4クォーター開始までのインターバル中において、二人の男の内輪話を耳にしてしまったのは、アイドルグループは《バルキリー》の絶対的リーダー。《フレイヤ》。


『そもそもマイナー競技ゆえウチのチーム人数も多くない。シーズン最後の試合だから余力残さず全力傾けてきたから、第3クォーターまでに消耗も酷い。怪我人も何人か出てる』

『それは……わかりますけど』

『とうとうポジションによっては、控えメンバーも底をついてしまった。この意味、分かるね?』

『試合にならない。試合催行最低チーム人数が足りなくなってしまう……と?』

『つまりは、試合終了ホイッスルが鳴る前に、ペナルティによる我々の敗北が決定する』

『そいつぁ……』


 オリンピック応援ソングPV撮影。アメフト決勝戦背景シーンを用いたアイドルダンス場面も、7,8割がた撮り終わった。


 手洗いに向かおうと、客席下のスタジアム屋内通路を《フレイヤ》が歩く最中のことだった。


『……複雑っす。それでいいんすか?』

『何がだい?』

『色々あります。ダイガクセーさんの決勝戦決闘に、部外者の俺が水を指しちまうこと。人数合わせのためとはいえアメフト未経験の俺が仮面出場すること』


 声が聞こえ、《フレイヤ》は通路壁にヒタリと胸をつけた。

 声は通路曲がり角の先から聞こえるから、曲がり角ギリギリまで忍び足で立ち位置を移した。


『それに、万が一……《青法中大リーガルダイナソーズ》が決勝に勝ってしまったとしたら?』

『山本君が気に病むのはそこだね?』

『状況は第3クォーター終了時で32対25。《桐桜華明立大インテリジェントゴリラーズ》がリード。でも、1タッチダウン&キックゴールで同点。まだまだ迫れる』

『点差と、どうすれば同点になるかちゃんとわかってる。ホラ、君はアメフトを知っている。記憶が無いと聞いているが、存外やっていたのかもしれない。だから君に助けを求めた』


 また一つ、《フレイヤ》は気を惹かれてしまう。


 名前も聞こえた、声も知ってる。

 間違いなく仲居山本さん……いや、第三魔装士官学院三縞校の訓練生が正体の山本一徹……苦しげな声を、ひり上げていた。


『お、俺は……そういうこと言いたいんじゃなくて……』


 昨晩から先ほどのアイドル控室にかけてまで、凄まじい光景を立て続けに見せ続けてきた……だけじゃない。


 応援ソングに合わせたダンスを撮影用に撮られていた《フレイヤ》は、サイドラインから、またも信じられない場面を目の当たりにした。


 《血統》だの真の美しさだの。

 《フレイヤ》を散々唸らせてきた少女たちに加え、更に見劣りしない美少女があと3人増え、山本一徹を取り囲み、やいのやいの盛り上がっていた。

 《フレイヤ》だけじゃない。サイドラインにいた他の《バルキリー》メンバーも、その光景にはあんぐりと開いた口が塞がらなかった。


『不謹慎ですが、負けたなら……いい。でも部外者で選手登録もされてない俺が加わった後、他の皆さんの活躍が功を奏してもし勝てたなら。素直に、喜べますか?』

『言いたいことは分かるよ。良心だって痛まないわけじゃない。でも、それでもね、どんな形であってもホイッスル鳴る最後の時まで、フィールドに立っていたい』


 おいおい、ちょっと待てと。


 まるで「すべては思いのまま」とも見えた山本一徹が、苦悩している。

 気にならないわけがなかった。


『人数制限による不戦敗。不完全燃焼の想いだけは絶対に我らはしたくない。この後の人生で『あの時最後まで戦えたら』と、きっと後悔することになるだろうから』

「うぐ……」


 言われ、沈黙が通路に満ちる。

 だんまりになった山本一徹は腰に両手を当てながら天井を仰ぐ。

 悩むその顔からは、二人の密談を隠れながら盗み見、盗み聞きする《フレイヤ》も眼を背けられなかった。


『いい。ならば君の葛藤は全て僕たち大学生で背負い込もう』

『どういうことです?』

『君が参加したことでこれから起きる勝ち負けと、それに波及するすべての出来事、影響は、我らが責任持って受け止める。君は、我らに無理やり引きずり込まれ、仮面出場せざるを得なかった』

『……言い訳です』

『言い訳だ。全部我らのせいにしてしまっていい。君はただ、選手としてゲームに加わってくれればいい。何もしなくたって構わない。だから……』


 そんな山本一徹の右肩に、プロテクターを装着し、ヘルメットだけ脱いだ大学アメフト選手が掌を置いた。


『お願いだ。どうか我らが最後まで決勝を戦いきるその時まで、力を貸してほしい』


 呼びかけ、肩に置いた手を離すと、今度大学アメフト選手は深々と頭を下げた。


『……この通りだ……』


 再び沈黙が通路中を占め尽くす。

 ゆえに、山本一徹の大きなため息音が《フレイヤ》に届いた。


『……俺が入るポジションはどこですか・・・・・・・・・・・・・・・?』


(……応えたっ……)


 一言。頭を下げた大学アメフト選手がガバッと上げなおした顔には、喜びの感情があふれ出ていた。


『き、基本的に僕のポジションを担当して欲しいっ!』

『ディフェンスじゃラインバッカー。オフェンスじゃタイトエンド。正気ですか? どちらも超重要ポジじゃないですか』

『いや、どのポジションも超重要。どれか一つだけってことはないことを、山本君は知っている』

『キャプテンさんは?』

『オフェンスでは司令塔クォーターバックとして入る。ディフェンスではセーフティ。どうかな?』

『セーフティ。相手攻撃時にこちらのディフェンス前衛ラインマンと中衛が突破された後の最後の砦』

「山本君が務めるラインバッカーが中衛。もし君が相手攻撃を防げなかったとしても大丈夫。後衛バックスの僕が、そこはカバーする」


 話が進む。

 プランを耳にして、山本一徹は小刻みに何度も頷いていた。


『……あの、チームメイトの皆さんには……』

『もうすでに話は通してる』

『は、話が早い……って言うか、俺の承諾ありきで話を進めてたんですか?』

『正直ギリギリだった。君がもし断ったら、それこそどうしようってね?』

『あー、その話聞かなきゃよかった。今更、『やっぱなしで』とか言えないじゃないですか』


 話はまとまった。

 色々通り越し、もはや呆れと諦めの境地に至ったかの。

 笑い声あげる山本一徹に、大学アメフト選手も倣って笑う。

 

『予備のプロテクターにヘルメット、背番号登録済みのユニフォームがある。まずは控室へ。着替えよう』

『……勝ちにいきます・・・・・・・

『えっ?』

『やるからには……勝ちに行きましょう』


 そこから山本一徹が口にしたのは、予想外のセリフだった。

 先ほど『もし勝ったとして気持ちよくないんじゃ』と言っていたのに、吹っ切れたのだろう。


『頼もしいよ。ウン……勝とう』

「ウィース」


 山本一徹と大学アメフト選手は、明確なる意思を示しながら、二人とも右手拳を上下に互いに打ち付ける。

 二人の足音は遠くなっていって……


(なんだろ。よくわかんないけど、何かが……始まる?)


 《フレイヤ》はゴクリと唾を飲みこんだ。

 山本一徹が仮面出場する決勝戦のこの後の展開に、妙な期待を感じざるを得なかった。

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