テストテストテスト60

「ウェ~イ! ピース!」

『『『『『ピースッ!』』』』』

「次舌出して笑ってぇ? ピース二つ作ってぇ! チーズ!」

『『『『『チーズッ!』』』』』


(大人気だねどうも)


 アイドルとモデルさんたちは普段俺たちが下宿として使う旧館にお通して、絡坐君らは本館を滞在部屋として分けたのは良かったかもしんない。


(属性はオラオラ系。立場も立場。すっげぇモテモテじゃないの)


 本館の客室に通した絡坐君が「どうしても」ってぇので、女性芸能人たちの滞在先である旧館にご案内。

 絡坐君が華で女が蝶状態の大むらがり。

 

(そりゃモテるか。持ってばかりいるんだから)


 ファンタジーラノベやRPGゲームよろしく、絡坐修哉君のステータスを表示させたとする。

 称号は二つ。

 まずは桐桜華皇国次期オリンピック柔道代表選手。

 女性垂涎の健康的な肉体が目を惹く。オリンピック代表選手と言う、何より勝る名誉名声を持つ。超絶な有名にあやかりたい・・・・・・女の子は多いはず。

 称号二つ目、第一魔装士官学院桐京校訓練生。

 高給取りな公務員。スーパーヒーローに目される立場。


(俺から見ても超優良物件だ)


「あ、あの皆、振り付けの練習と確認はまだ終わってないよ! ちょっと絡坐! いい加減にしてよ!」

「あぁ? いーじゃねぇか陸華ちゃん。硬いこと抜きにしていこうぜ?」


 ゆえに人気絶頂の女性芸能人すら、色々準備が必要なPV撮影と言うお仕事を放り投げるほどに突き動かされる。


「絡坐さん、そこまでにしてください! 今回のPV撮影はスポンサーである海姫さんの会社が資金提供しています。絡坐さんはそれを邪魔してることに……」

「空麗ちゃんは心配性だって。アメリゴンフットボールなんて競技、この国の応援ソングPVに相応しくねえ。国技柔道、俺の出演シーンだけ撮れりゃ大成功なんだよ」


(なんかスゲェなぁ。自信たっぷりっちゅうか)


「良かったなぁお前ら。応援ソング、他のアーティストも作ってるみてぇだが、俺が出演する以上、このPVが一番成功するのは請け合いだ」


(あんな大口、俺も一度でいいから叩いてみたいもんだね)


「俺の柔道シーンを撮らせてほしいって他アーティストからの依頼は引きも切れないんだぜ? 今回は海姫の会社がスポンサーだって聞いたからわざわざ特別に受けてやったんだよ」


(いや、自分に自信のない俺にゃ無理だねやっぱ)


「ていうか海姫どこに居んだよ? 本来アイツが俺の目の前に跪いて・・・三指付けて感謝の意を表すのが常識で筋ってもんだろ?」

「あ、貴方という人は……」

「海ちゃんを……軽く見るなっ」


 なお、第一学院の訓練生であることに間違いないらしい。陸華や空麗とも何の気兼ねもなく話せている。


(二人は桐京校では誰もが一目置く。なんなら簡単に声をかけちゃいけない存在らしい)


「おーっと、陸華ちゃんも空麗ちゃんもそんな怖い顔するなって。ビビッてここから逃げ出したくなっちまうじゃねぇか。PV撮影はとん挫するかもしれないけど。あ、何なら二人が海姫の代わりに俺の事楽しませてくれてもいいんだぜ?」

「「くっ!」」


(それを当たり前のように笑い飛ばすか。絡坐修哉、魔装士官訓練生としても優秀優秀超優秀なんだろうね)


「オイ、仲居っ!」

「あ、ハイ~お客様。如何致しました?」

「客室、チェンジだ」

「はぁ」

「『はぁ』じゃねぇんだよ。マジ頭ワリィ・・・・・・な。本館からこっちの建物に俺の客室変えろってんだよ」


 『お客様は神様』でございます。それが俺のホテルマンとしてのポリシーでござぁす。

  

(参っちゃうね。絡坐君の願い、普段の俺だった即OKしちゃうもんだけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『断ってくれ』……ね?)


 チラリと絡坐君以外に目をやる。


「ね、今日の夜交流会開かない? 俺の撮影は明日だけど、皆は今日の夜撮了っしょ? お疲れ会しよ?」

『『『『したいしたいっ!?』』』』


 アイドル、モデル皆さまは絡坐君の提案に目をハートにして答えている。

 ただ話を聞いていた各芸能事務所のマネージャーやスタッフさんらは明らかにに警戒の相を呈していた。

 俺が一目見ても絡坐君は肉食系だ。肉食系って言うか捕食者プレデター系男子。


(何か起きる起きないじゃない。同じ屋根の下にいるだけでリスク。そういうこった)

 

「ホラ、この娘らの反応聞いたろうが。さっさと動けよこのグズ・・・・・・・・・・・

「……無理でございます・・・・・・・・……」


 予想が出来てしまうとね、自然と頭が下がってしまう。


「あぁ? 今なんつった?」

「申し訳ございません。無理……でございます」


 頭下げた俺の羽織った半纏の肩口あたり、絞られた感覚を得たのは断った瞬間だった。


「調子乗ってんな? パンピー如き・・・・・・

『『『『キャアッ!』』』』

「絡坐!」

「絡坐さんっ!?」


 力任せに引っ張り上げられたことで、無理やり下げた頭はあげさせられる。


(なるほど、力ゴイスゥ。ま、でも……所詮は・・・縁の下の力持ち・・・・・・・には遠く及ばないようだね・・・・・・・・・・・・どうも)


「客が、命令してんだよ。しかもこの絡坐修哉様が」

「勿論、絡坐様はお客様でございます。しかしながら、こちらの女性芸能人皆さまも当館のお客様」

「だからこの娘らも嬉しがってるだろうがよ?」

「そして、芸能事務所スタッフご一同様も大切なお客様でございます。わたくしは、そちらの感情も大切にさせていただきたいと」

「事務所スタッフがいい顔しねぇからだとぉ? オラ、どうなんだよスタッフ共!」

『『『『『ヒッ』』』』』


(チョッチね、《山本組》の組長しといて良かったと思ふ)


 見方によっちゃ……いや、完全に恫喝であり恐喝しまくってるんだども。


「俺が選手引退したのち、テメェらの事務所に入ってやんねぇぞ!? 欲しいだろうが。芸能事務所に入ってテレビだのなんだのに支払われる出演料とか!」


 オラオラしてすーぐプチっちゃう舎弟どもにいっつも纏わりつかれている俺だからあんまし怖いとは思わない。

 落ち付いて物事を見て分析して、「どうしようか」と考えられるのは良かったかもしんない。

 

(ま、考えたとこで浮かんだ案が最善かどうかはまた、別のお話でござぁますよ?)


「絡坐様、一度落ち付いて頂けませんでしょうか? 肩口に掴みかかられた事で他の皆さまも怖がっておりますし」

「だからテメ……何様だコルァ?」


 肩口掴んだ手に力加えて引き寄せられる。

 やめぃ。結構顔が近い。そして俺は野郎とチューする趣味はない。


「オイ、どこ見てやがんだ? 今、俺と話してんだろうがテメェ……」


(……出張ってくんなよお前ら)


 こんな状況。俺は、俺の小隊員らが黙っていられないことは分かっていた。

 少し離れたところから物陰に隠れ、様子を見ていた隊員4人に気づき、絡坐君にバレないよう掌かざし、「出てくるな」と制止する。

 遠目から見ても、特にアルシオーネとナルナイは今にもキレそうに顔を真っ赤にしていた。


(到着した絡坐を一目見て、隊員4人を隠していたのは正解だった。恐らくだが、絡坐って野郎は女癖が手酷すぎる)


 俺自身、「なんでこんな美少女たちが?」って思うリィンやエメロード達がコイツの前に現れたとして、すぐにアプローチを仕掛けられるだろう。


「オイ聞いてんのか!」

「落ち付いてください。絡坐様は我が国の代表選手。誉れ高い地位にいらっしゃるお方。こんな見苦し・・・・・・……あ……」

「……あ゛?」


(み、ミスった。ミスっちゃったよお兄さん!?)


 一方でなだめようとし、一方で出てきかねない隊員たちを制止しようとし、どっちつかずだったことで考え無しに出てきちまった言葉が、悪手だった。


「み、『見苦しい』……だ? テメェ如き無力無能が・・・・・・・・・……この俺に?」


(うわぁ、言っちゃったぁ)


「何とか言いやが……れっ!」


 自分でも失言だと気付くくらいだから、奴さんが気付かないわけがないじゃない。

 次の刹那には、視界が反転した。


『『『『イヤァァァァァァ!』』』』

 

 パァンとは、まるで爆竹破裂にもにてよーけ弾けた音である。 

 同時、アイドルやモデルグループたちの悲鳴が旧館全体に木霊するって言うね。

 

(桐桜華柔道連盟流……《大腰》……か)


 生じた破裂音。投げられた俺が畳に向かって掌使って受け身取った故。


(腐っても代表選手だね。良い投げしてやがる)


 落下の瞬間、掌を畳にぶつけることで肉体の落下地点を、掌と他の肉体の部位に分ける。そうすることで畳に叩きつけられた時の衝撃は分散される。

 全身に受けるダメージ量は変わらないが、ダメージを体全体に分散させる。

 一点の肉体箇所でダメージを受けるのと分散されるのとでは大きな違い。一点で受けた場合、その部位が最悪破壊されることだってないわけじゃない。


「あ、やっちった」

「修哉! 何やってる!」

「チッ! 監督も嫌なタイミングで出てきやがるな」


 切に思う。

 投げられてから膠着こうちゃく状態に進展があるとか。どーして投げられる前に、指導者たる硬道加賀斗様は到着してくれなかったのよ。

 

「この状況、修哉お前まさか……なんてことを!」

「い、いやぁ、何でもないっすよ」

「素人を、投げたのかっ!? 仮にも代表選手のお前がっ!」

「イヤ本当に何でもないんですって。こ、コイツが投げてほしいって。な、なぁ言ったろ? 言ったよなぁ!?」


(なんつーか凄いね絡坐。この状況目にされてまだシラ切ろうとして、また他人を恫喝して逃げ道作ろうとするなんざ)


「恥ずかしいと思わないのか修哉!」

「だから、男同士ちょっと盛り上がっただけですって! ホラ、柔道代表選手なんて男の憧れじゃないっすか」

「……才能と実力があるからって甘やかすんじゃなかった。今から他の選手を代表に指名してもいいんだぞ!?」

「だから俺が悪いんじゃないって言ってるじゃないっすか!?」


(だからこそ却って思うね。オリンピック三連覇も成し遂げる本当の英雄ってのは、よーけ人間が出来てらっしゃる)


「君、大丈夫か! 怪我はないかい! このバカの代わりに謝らせてほしい」


 絡坐このバカが本来謝るべきところ、その代わりになって謝っちゃうくらいだから。


流石ガーサス桐桜華柔道界のレジェンド。硬道加賀斗監督)


「山クンっ!」


 そんな折。これまで雲隠れしていた海姫が、床に倒れた俺に駆け寄ってきた。


「大丈夫なの山クン!? あぁもう何てこと」

「か……海姫……」


(こ、このビチグソアマ。加賀斗監督に絡坐が叱責されてるのを、糾弾する絶好タイミングと捉えて出てきやがった)


「山クン立てる? 痛かったよね?」


 絡坐も絡坐かもしれないけど。おひ、誰だこの憂いた瞳で不安げな表情浮かべ俺のこと甲斐甲斐しく心配してみせる美少女は。


(……女狐。女優が)


 俺の頭すぐ脇に跪き、倒れた俺を覗き込むことで垂れた長い髪を華奢な指でも持って耳裏にかき上げる仕草。

 マジ女の子らしくて、男心グッと来ちゃうじゃないの。


「か、海姫? 今までどこに行って……さっきまでいなかったじゃねぇか!?」

「絡坐! アンタが山クンにこんなことしたわけ!?」

「や、山クンだぁ? そういえば野郎、お前の事をカイヒって呼び捨てに……」

「アンタからは『お前』とも、『カイヒ』とも呼ばれたくないんだけど!?」

「ちょっと待て。一体どうなってやがる! この野郎とお前の関係って一体……」

「修哉! お前は反応するところが違うだろう! 反省してないのか!?」

「当たり前じゃない! 山クンは私のカレシなの・・・・・・・・・・・! 私たち付き合ってるの・・・・・・・・・・! アンタ、私のカレシに何してるのよっ!?」

「んなっ!?」

『『『『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』』』』


 三つ巴か。それとも四つ巴。

 狼狽える絡坐と加賀斗監督、キレる海姫。

 海姫の衝撃的なカミングアウト(嘘なのだが)に驚愕する、アイドルやモデルたちの悲鳴。


(さてぇ? 状況も収集つかなくなってきそうだねこれ以上は)


「……まぁ落ち付けよ海姫」


 俺の頭の横でしゃがみこみ(両膝頭の位置と角度的に完全パンツ見えてるパンツ。雅で大人感なスゲェ奴履いてる。イケナイ妄想しそうになる)絡坐に食って掛かる海姫の頭、仰向けに倒れた状態で腕を伸ばし撫でてやる。

 

(俺の大根演技が見抜かれないことをガチで願う)


「ゴホッ……エフゥッ」


 畳に叩きつけられ満身創痍を演じるが如く、ゆっくり体を起こし、立ち上がろうとする。

 海姫が心配そうな顔で手を貸してくれたのを利用させてもらった。


「ほ、本当に君にはスマナイことをしたと……」

「宜しいのですよ硬道様。絡坐様が仰ったことは本当です」

「えっ? それはどういうことだ?」

「や、山クン、何言ってるの?」

「よくあるでしょう? プロレス熱狂ファンがお気に入りレスラーから水平チョップや張り手を戴くことを、この上ないほまれとするのを。同じでございます」


 教え子がやらかした。だから指導者が申し訳なく思う。指導者の鏡のようなお人じゃないの。


「ねぇ? そうでございますね絡坐様?」

「ちょ、山クンそんな言い方したら……」

「そ、そう。そうなんだよ先生! 柔道代表選手の俺に投げてもらいたいって。俺も悪いとは思ったんだけど『どうしても』って。な、なぁ、そうだよな?」

「さようでございます」


 俺の見せた回答。傍らに立った海姫は俺の羽織る半纏の背中部分を摘まんてクイクイ引っ張る。

 視線が「何言ってるのよ。話に合わせてコイツを追い出してよ」とも言っていたがそれではイケナイ。


「は、ハハッ。接客業如き・・・・・がよくわかってるじゃねぇか」


 絡坐君は俺の助け舟によって加賀斗監督から詰め寄られないことで息を吹き返したように饒舌になる。

 言いながらバンバン肩を叩いてきた。


(や、野郎……組員呼んでフクロにしてやってもいいんだぞ・・・・・・・・・・・・・・・・?)


 しかし、いかんせん肩叩く力が強すぎる。

 海姫との交際と言う嘘情報が気に入らないんだろう。助かったとばかりに笑顔で肩を叩くその力に、俺への怒りをぶつけているように感じた。


「それで絡坐様、改めまして、こちらの旧館に客室を移られたいとの件・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですが……」

「な、テメェ!」


 今までの揉めなど無かったかのようにサラっと言ってみる。

 顔色白黒させるのが面白い。


「そ、そんなこと言ってたのか絡坐?」

「そんなわけ無いじゃないですか。聞き間違いですよ。ホラ、この仲居頭悪そうじゃないっすか・・・・・・・・・・・? しかも耳も悪いと来た・・・・・・・


(改めるぞ? 「お客様は神様」ってのが俺のポリシーだ。出来れば全てのお客様の願いは聞き届けてあげたいじゃないの)


「オラ仲居! 聞き間違いで勝手に話進めてんじゃねぇよ!?」

「ですが……」

「少しで黙ってろ! 仲居如き・・・・!」

「申し訳ございません」


(良い……流れじゃないのよぉ)


 そうですかそうですか。「客室を変えない・・・・・・・」と言うのが、絡坐様のご希望で御座いますね・・・・・・・・・・・・・・・


「えぇ? ちょーっと残念だな? 『客室移らせるから後でパーティしよう。盛り上がろう』ってさっきまで言ってたのに」

「あっ!?」

「私も聞きました。実のところ、私も少し楽しみにしてたのに」

「ちょ、ちょっと二人とも」


(さてさてさて? ナイスアシストじゃないの。フウニャンさん。《フレイヤ》様も)


 ファッションモデル側、アイドルグループ側。この場にいるツートップが乗ってくれたのは幸いだった。

 従業員側から見ればお客様上位。絡坐が何か言えば俺の反応に制限が生まれる。

 ならば同じ立場、お客様サイド間での意見の食い違いならどうだろう。


「修哉お前……」

「ち、違……」

「まさかこの女の子二人含め、仲居の彼3人ともが、聞き間違いとか抜かすなよ?」

「それは……」

「……いい、この上はお前の代表資格はこの場で俺が剥脱する・・・・・・・・・・。大至急他の代表候補をここに招聘する。PV撮影はソイツに任せる」

「そ、そんなぁ!」

「調子に乗り過ぎたんだよ。お前」


 逃げ場など、無くなる。


(とまぁこんなとこかね?)


 このままなら本格的に代表選手の資格を絡坐は剥奪される。

 それは、誇り高く自信たっぷりな絡坐修哉でいられる重要な要素。


「フゥニャン様、《フレイヤ》様、申し訳ございません。やはり聞き間違いではありませんでしたか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 しかして俺は、絡坐からその立場を奪ってやりたくはなかった。


「えっ? 仲居さん?」

「山本君何を言って……」


 意識向けた先、俺を後押ししてくれたフウニャンさんと《フレイヤ》さんは始めこそ釈然としなさそうな顔をしていた。


「って、何か考えがありそうだね?」


 《フレイヤ》さんは何か言いたげだ。が、その肩に手を置き発言させなかったフウニャンさんは、「私たちが納得いくよう上手くやって」と言わんばかりにウインクしてくれた。


(状況はここまで来た。今ならね、コイツ・・・から代表権はく奪するなんざ小指でだって出来る・・・・・・・・・


 別に絡坐を救いたいがために助け舟を出したわけじゃない。


(性格がどれだけねじ曲がってようが代表選手。選ばれた以上、絡坐の階級では絡坐が桐桜華皇国一の柔道家。やっぱメダルは期待したいしな)


 世界中の一位を相手にメダルを争うのがオリンピック。

 代表選手は優勝の可能性が国内で一番高い奴がなるべきで、二番以下の柔道家を招聘し絡坐と挿げ替えるべきじゃない。


(国益を優先するわけじゃないが、挿げ替えたことでメダルの可能性が遠のいたら、シキの奴も面白くないだろうしな)


「聞き間違いだったようで申し訳ございません。では絡坐様、客室は変える必要が無い・・・・・・・・・・・と。間違いありませんね?」

「……チッ」

「すみません。私一人ではまた聞き間違いする可能性がございます。この場で、他の皆さまにも証人となって頂けるよう・・・・・・・・・・・・・・・・・・言葉で頂けますでしょうか・・・・・・・・・・・・?」

「て、テメ……パンピーの分際で……」

「修哉?」

「……部屋替えは必要ねぇ」

「申し訳ございません。少し声が小さ……」

部屋替えはいらねぇ・・・・・・・・・って言ってんだ! 何度も言わせんじゃねぇ!」

「……確かに承りました。硬道様?」

「分かった。俺もちゃんと認めた」

「《フレイヤ》様?」

「アイドルグループ《バルキリー》と、メンバー所属事務所のスタッフ一同、確かに聞き届けました」

「フゥニャン様?」

「モデル側、《フレイヤ》ちゃんに同じ。あ~あ残念だったなぁ。同じ屋根の下で交流深められると思ったのにぃ」


 いやぁ、ホテルマンとしての自分の才能が怖いね。

 絡坐の部屋交換不要というご希望を、俺はちゃんとかなえられたことになる。

 すべてのお客様のご希望を出来れば叶えたいというスタンス。これにて達成だ。


「クソがっ! 面白くねぇ! この俺に恥ぃかかせやがって!」

「バカ野郎! この硬道加賀斗に恥かかせたのはお前だ修……オイ修哉! 待てっ!?」


(アッハハ~なんでかな? リクエスト叶えてやった・・・のに、怒って旧館から出て行っちゃったよ)


「すまなかった。代表監督として、これほど恥ずかしいことはない」

「お気になさらず。きっと行き違いがあったのです。竜胆様?」

「うん、ありがと山もっちゃん! じゃあ皆、もう一回最初から。気を取り直して振り付けのチェックをしていくよ!」

「やはり貴方の方が只者ではありませんでしたわね。山本さん」


 邪魔者がいなくなったことで改めてPV撮影の準備に取り掛かれるというもの。

 気付いた陸華はパンパンと柏手二つ。明るい声。空麗も微笑んでくれたなら、何とかなったらしい。


「仲居くん、一応コレ貰ってくれないかな?」

「……お名刺でございますか?」

「修哉の奴、いい意味でも悪い意味でも執念深い奴でね。何も無いとは思うが、もしアイツ起点で嫌がらせでもあったら、俺に連絡、相談してほしい」


(わっ! すごっ!)


「あ、ありがとうございます! 伝説の柔道選手からお名刺を頂戴できる。う、嬉しいです!」

「いやいや、俺はそんな大したもんじゃないよ。実績には誇りは持っているけど」


 まさか、出すとこに出したら結構な値段で買い取ってもらえそうな個人情報……そんな悪どい事しないけど。

 

(本当、なぜにこげに良く人間出来たお人が監督してるに関わらず、代表選手様はアレなんだよ)


「そうだ、君の名前を聞いてもいいか?」

「ハイ、わたくし山本と申します」

「山本……下の名前は?」

「……一徹……と申しまして」

「ふぅん。山本一徹……えっ? 山本……一徹?」

「ハイ。お間違い御座いません。山本一徹。私の名前でございます」


(ん、なんだ?)


 名前を聞かれた。フルネームで返した。変な回答はしていない……はずなのに……


「やまもと……いって……その名前何処かで・・・・・・・・……お……イ? 待て。その顔も・・・・……見たことあるような・・・・・・・・・……ッツゥ!?」

「お客様、如何なされましたでしょうか? 回答に何か不備でも……」


 硬道様はひとしきり何かを考えたようでいて、そして……不意にギョッとした顏、目を向いたまま凍り付いた。


「硬道様?」

「あ、いや、何でもない。俺にとって見覚えがある奴と・・・・・・・・・・・・・君はよく似ていてね・・・・・・・・・・


(えっ?)


「き、気にしないでくれ。他人の空似さ。もう十数年も前の事だから・・・・・・・・・・・・

「さよう……ですか」


 それが驚きの理由か。

 俺も一瞬で驚かされた。俺には過去の記憶が無い。

 もし硬道監督の見覚えがある話が最近だったなら、それは記憶をなくす前の俺ではないかと一瞬期待しちまった。


「山本……一徹君ね。覚えておくよ・・・・・・君の事。それでは俺はここから離れる。行き違いがあったとしても、修哉の奴には説教をしないとならないから。皆さん、お邪魔しました」


 若しかしたら一番偉ぶって良い人がどこまでも謙虚って言うね。

 マジ、監督の爪の垢煎じて飲んだ方がいいよ絡坐の奴。


「はぁ、んじゃまぁ気を取り直して、俺の方も次の予定に行きますかね?」


(実はこの二日間結構忙しかったり。こんなことで時間を取られるわけにも行かないのだよ)


「ねぇ、ヤーマ君?」

「おん? (ど)うした海姫」


 これでなかなか予定が立て込んでいる身。次の予定に向かわなければと一歩踏み出そうとしたところ、右手首を海姫がむんずと掴む。

 ジトっと見つめ上げ、ニヘラっと笑っていやがった。


「策士」

「ハッ、なんのことだ? それに、そんな卑怯者みたいな言い方やめてぇ?」

「最大限の誉め言葉よ」

「そうは聞こえないんだけどね」


 何はともあれ硬道監督の存在はキーポイントだ。

 絡坐のお目付け役としてあの人が居なかったら、もっと面倒なことになっていたかもしれない。

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