テストテストテスト58
「すみません。お湯の入ったポット交換だけでなく、部屋替えまでさせてしまって」
「お気になさらず。折角いらしていただいたお客様には、最高の滞在をして頂きたく存じます」
仲居山本さんに布団の交換を頼んだ少女、《フレイヤ》は、結局他の部屋に通されることになった。
2,3リットルを超える熱湯が、《フレイヤ》に充てられた元の客室に零れ沁み広がった状態。布団を交換してもすぐに濡れると仲居山本さんが判断した。
それはもうテキパキと手際よく動いてくれたおかげで、現状を仲居山本さんが確認してから20分後には、新たな部屋のセッティングも整われる。
新しいお湯の入ったポットの交換も終わり、布団も敷き直された。
「他に何か御用は御座いますか?」
「あ、もう大丈夫なんで」
面倒な仕事を頼まれたにも関わらず、新たに充てた客室玄関から廊下へと出た仲居山本さんは朗らかな笑顔を浮かべているから、《フレイヤ》もホッとする。
「では私はこれで失礼いたしま……」
一応人としての筋を通そうと、《フレイヤ》も廊下まで見送ろうとしたとき……
「おっいたいた。山本君オッツ~♪」
予想だにしない。ホテル従業員に対しあまりに近しい声色が耳に入った。
「こんばんわ。良き滞在としてお過ごし遊ばれていると良いのですが、お客様」
「そんな他人行儀や~めて。お姉さん悲しくなってくる。フウニャンでいいよ。私も山本君もそっちの方が気楽でしょ?」
(え、フウニャンさん?)
声の主は今回のPV撮影プロジェクトに参加するモデル側のフウニャン。
「時間あるならちょっと話さない? さっきの女の子三人とか、山本君から聞きたい話も、話したいことも色々あるんだよね?」
「ヤベェ、目、チビッと恐いっすフウニャンさん」
「……は?」
思わず《フレイヤ》は声を上げた。
当たり前と言えば当たり前。職務中だから丁寧すぎる言葉遣いはあった。
初登場の時からうやうやしく《旅客至上主義》みたいなものばかり見せてきた。
「なんか怒ってません? 僕の『逃げろ』アンテナがビッシビシ感じてるんすけど」
「怒ってないよ~怒ってない」
そんな仲居山本さんが垣間見せる素とのギャップ、違和感。
カリスマとも謳われるファッションモデルと親し気なことも気になってしまった。
「そうだ。《フレイヤ》さんでいい?」
「えっ?」
「もしまだ休まないなら三人で話そ? 実は国民的アイドルの絶対リーダーってのと、人生一回は話してみたかったんだよね?」
「え? だったら俺はいらないですって。ようし! パンピーの茶々も入らず、ここはひとつモデルさんとアイドルさんで水入らずの異業種交流会をば。仲良く宜しく……」
「ふふーふ♪ お客様命令。そしてク・ラ・イ・ア・ン・ト。バァンッ!」
「か、勝てなひ……」
あれよあれよというか。
フウニャンの押しの強さにやられ、《フレイヤ》も仲居山本さんも結局話の流れに呑まれてしまう。
――そうして……
「ホラ、これも食べて山もっちゃん。今回お世話になるからって、折角お土産を用意して来たんだ」
「用意したのは私ですけどねー陸華さん」
「流石に6人いると茶の減りも早いわね。早くお替り持ってきなさいよ変態。ダッシュで」
「『夜更かしは美容に悪い』とか言ってなかったか? 言ってたよねぇ《オペラ》ども!?」
(な、なんなのこの展開……)
「ちょ、マジ山本君何者だしぃ?」
三人でお話しする流れだったはず。6人になっていた。
(なんなのこの山本さんって人?)
元は自分とフウニャンと話すはずだった仲居山本さん。現れた圧倒的美少女三人にさらわれてしまっていた。
「酷いよ山もっちゃん。せっかく友達が遊びに来たのに嬉しくないんだ?」
「複雑なんだよ。お前ら三縞に来るときいつも宿泊客じゃないの」
「なるほど。お友達としてかお客様としてとらえるか。狭間でどっちつかず喘いでしまうのですね?」
「だったら簡単。従業員に徹しなさい。私を神とも崇めて。奴隷として使ってあげる。お望みの踏ん切りがつくわよ」
ここに「ただのモデルやアイドルレベルなど、この仲居が揺れるに値しない。お前たち如き容姿レベルが自惚れるな」と言われたことが信じられた。
「なぁ空麗さん。今更だけどPV撮影スポンサー、今からでも亀蛇家で取って代わって見ないか?」
「な、何言ってるのよ変態如き。いきなりそんなこと言っても……」
「したら安心して高虎海姫お嬢様だけホテルから追い出せる。空麗さんと陸華の二人だけなら、俺もホテル総出で歓待できるんだが」
「はぁっ!? アンタ如き性犯罪者が生意気なのよ! って言うか相変わらず私だけに冷たいってどういう了見!?」
断言できる。普通の男ならこの状況に泣いて感謝するところ。
誰もが振り向くようなハッとするほどの美少女に、一人の男の子がもみくちゃに会っている。
「ひゃあ、首襟掴んでカックンカックン揺さぶるのやめりぇ」
「え、イジメ? なにこれイジメなの? 二人に優しくして私だけ差別するの?」
「だから前にお前言ってたろ? 俺が嫌いなんだって」
「嫌いよっ!」
「嘘だよぉ? 海ちゃん正直になれないだけだよぉ?」
「大っ嫌い!」
「山もっちゃんのこと滅茶滅茶気に入ってるよぉ?」
「良いわよ泣くわ。泣いてやるわよ! こんなにあからさまに嫌われるくらいなら!」
友達か。喧嘩仲間と言うのもあるかもしれない。
どちらにせよ、一般レベルならフツメン。
芸能界に長らく身を置く《フレイヤ》からすると、イケメンばかりを普段から見ているから、下手すると不細工の部類にも入るかもしれない仲居山本さんが、圧倒的美少女三人と対等にあるというのが、《フレイヤ》には信じられなかった。
「山本君、チョイ待ち」
さぁ、《フレイヤ》にとってあまり歓迎できない展開へと状況は転がる。
「お姉さんからのありがたい話聞かない?」
「ありがたい話っすか?」
「まず山本君。本当にスポンサーちゃんの事嫌い?」
「うぐっ」
「それじゃスポンサーちゃん?」
「スポンサーちゃんって、そんな馴れ馴れし……」
「山本君のこと、マジで嫌い?」
「ひぅっ」
そんな遠いところにいた4人のやり取りに、これまで外野にいたはずのフウニャンが手を伸ばす。
「男の子って正直じゃないよね。好きな子に『嫌い』って言ったり、チョッカイ出したり」
「勘弁してくださいフウニャンさん。冗談でも俺が好きみたいな流れになったら、この女調子に乗ります」
「こ、『この女』ですってぇ?」
「山本君、
「いや、だけんども……」
『いいの?
「くっ」
三人にもみくちゃにされていた状態だったから、その外側からの言葉はやけによく聞こえるのだろう。
「女の子にとって言葉と態度ってすごく重要。感情や心に紐づき、強く色づいていると見てるんだ」
「ん、どういうことっすか?」
「普通に、言葉尻だけとらえて判断しちゃうってこと」
「スンマセン。やっぱわけわかめ」
「冗談交じりに『嫌い』って言っちゃうと、女の子は冗談として捉えない。何度か聞き流してくれても、言われ続けると『嫌われている』が女の子にとっての正になっちゃう。離れちゃうよ。当然だよね。嫌われてると思われている相手とは一緒にいたくないし」
「そいつぁ……」
「断言。女の子って、一旦離れ始めると早いから」
「えっと……」
「よく幼馴染の男女が最終的に離れるってあるじゃん。同じ。大体男の子が恥ずかしさから強がったりチョッカイ掛けたりしてるけど、アレってそういうこと」
「えっ! そんな!」
「逆にそのあたりを分かっていて悪用する男もいるけどね? 口先だけで甘い言葉ばかり囁く男に、女の子もついコロっと行っちゃうこともある。そうして幼馴染男子は、昔から好きだった幼馴染女子を突然現れた知らない男に奪われたとさ」
「ちょっと待ってください! ライトノベルのラブコメじゃ、可愛い幼馴染がいて……」
「さ、三次元で実は充実しまくってる山本君は、二次元設定を常識に生きちゃ駄目だと思う」
少しの悪意が見える笑みを浮かべた仲居山本さんは、そのまま固まった。
「ほーらいい気味、身の程を知りなさいよ身の程を」
「スポンサーちゃん」
「な、なによ」
「一言。友達無くす」
「うっ」
「二人とも、本当に嫌なら同じ場所にいないはず」
「そ、それは……」
「アーティスト滞在先にここを選んだのはあくまで私の
「陸華や空麗がどうしてもここがいいって言うから」
「いけませんよ海さん。人のせいにしては」
「大前提。仲間割れとかくだらない喧嘩で修復不可能レベルで関係が壊れて、いいことなんか一個もないから。割り切ってでも、そこはせめて関係維持に努めるくらいがいいんじゃない?」
(なんかイメージ違うんだけど。バカギャルキャラじゃなかったっけこの人)
クイズ番組では軒並み場違い回答を繰り返すのが、これまで《フレイヤ》がテレビでしか見てこなかった同業者フウニャンの姿。
「最初っから壊しちゃ駄目。最低限の繋がりを持っておけば、好きになるも嫌いになるも、何かあった時に決められるんだから」
理路整然と諭すにあって、大人の余裕が見えた。
「お前……仲良くしたいって態度を見せれば、少しは優しくしてくれんの?」
「お前って呼ばないで。アンタの態度次第よ。私から歩み寄ることはしたくないから、そっちが先に折れなさい」
「チッ。ハイハイ」
(結構ちゃんとしてるんだこの人)
「……これまで、色々すまなかったな。高虎」
「……こっちも悪かったわよ。山本」
「うん。良く折れたじゃん二人とも」
「俺がこの話聞き入れるのはフウニャンさんだからっすよ? フウニャンさんじゃなかったら絶対に従わない」
「アハハ、ナチュラルに女の子が嬉しい言葉を掛けない。『だけ』って限定して認めるって私じゃなかったらすーぐ勘違いしちゃう。そうやっていろんな女の子が山本君にやられちゃうんだね」
たった二つしか歳は違わないのに、確かな大人として場を納めて見せた。
「あの娘が苦労してる意味が分かっちゃうわコレ」
「あ・の・娘?」
「なんでもないから」
「そっすか。でもなんか《パニックフィールド》生放送に参加させてもらった気分っす。お悩み相談コーナー設けてるだけあって、やっぱスゲェ」
「息を吐くように女の子を褒めるな。本当変な奴だね山本君。その顔でジゴロか」
「……褒めてます?」
そうなるといよいよ《フレイヤ》は肩身が狭くなる。
はじめ外野にいたフウニャンも、いつしか4人の輪に加わってしまった。なら一人だけ疎外感を得てしまう。
「空ちゃん。終わり良ければ総て良しってことでいいかな。今なら山もっちゃんに、海ちゃんからの
「え? ちょっ、陸華!?」
「この流れで強引に進めますか? いえ、陸華さんなら天然にそう言ってしまうのですね。意外と一番残酷なのは、無邪気な人って言いますし」
何か言い訳を付け、この場から去るべきか。
もともと《フレイヤ》も強引に誘われここにいる。特に親交を深めたいとも思っていなかった。
(明日もあるし、やっぱり部屋に帰ろ……)
「ねぇ山もっちゃん! 海ちゃんが大好きな山もっちゃんを見込んで、お願いがあります!」
「り、陸華、そんないきなり……」
「……空耳か。いや、空耳だな。そうに決まって……」
「海ちゃんと付き合ってくれない!?」
(……へ?)
「……は?」
「えっ?」
「あぁ言っちゃいましたねぇ」
「陸華ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「海ちゃんの
「”#$%&’(’&%$#”!」
折角帰ろうと《フレイヤ》は決意したのに。
スポンサー一族の高飛車なお嬢様は、爆弾発言に対して意味不明な奇声を上げ、両手で頭を抱え始めた。
「……だ、大丈夫か高虎。病院行くか? この時間でも頭を診察してくれる先生、何人か知ってる。ちゃんとホテル送迎車で秘密裏に連れて行くし……」
「イィィィィィヤァァァァァァ!!」
「あー山本君。これは、本格的にお姉さんとその酷い女癖について話し合おうか。一回ちゃんと言ってやらなきゃだよね。ぶっちゃけちょっと、イラっとしてる」
「これは俺のせいじゃねぇぇぇぇぇ!?」
どうしてくれるのだと。
興味が惹かれてしまって、コレでは屋根に戻るに戻れないではないか……と。
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