てすとてすとてすと57

『どう? 客室の感じ』

『やばいやばい。超テンション上がる~!』

『わかるっ。スッゴイ特別扱い感♪ なんかオリンピック応援ソングPVを撮るって実感湧いてきた』


 すでに時刻は夕刻に到る。一徹たちの下宿はかつて三泉温泉ホテルの旧館だった。

 いつもは物置に使われる畳敷きの宴会場に、多くの美女美少女が集っていた。


(悪くない感じ)


 はしゃぐ者たちをしり目に、一人の少女は明るく歴史を感じさせる建物の作りに視界を巡らせた。


『やばぁ! どれだけ大物なのフウニャン』

『いやいや、私が何かしたわけじゃないし。丁度知り合いがいたってだけで』

『だって食事の料金以外は全部無料なんでしょ? それでこのレベルの旅館に泊まれるって普通あり得ないし。知り合いって何? ホテルの社長さんとか? え? マクラ? マクラなのフウニャン。マクラ』

『マクラ言うなし』


 遠くで聞こえてくるのは、同じ応援ソングPV撮影プロジェクトの為に、幾多芸能事務所から派遣されたファッションモデルたち。

 そのなかでも最近特に人気なフウニャンを眺めながら、少女は「くだらない」とため息をついた。

 フウニャンがくだらないんじゃない。周りのモデルがくだらない。

 

(一見褒めてるようで『アンタの力じゃない。どうせホテル社長に体を売って取り付けた宿泊形態でしょ』ってディスってる。タダのひがみじゃない)


『リーダー、大丈夫ですか?』


 モデルたちの皮肉に染まったじゃれ合いを冷めた目で見やる少女は《リーダー》という呼び名に振り返った。


「何が?」

『マネージャーさんに言って、リーダーだけ他のホテルを取ってもらった方が。賑やかなの、あまり得意じゃないですよね?』


 呼びかけてきた女の子だって中々に美少女。ただ、少し複雑そうな顔を

して問いかけてきた。


「リーダーが、私やモデルさんたちと一緒に滞在する必要はありませんよ。私たちヴァルキリーのフレイアともあろう人が」


(あぁ、この娘も私の顔色を窺うようになったのね?)


「モデルさんたちは良いとして、皆さんはフレイアをよそにはしゃいで言い訳が無いのに」

「ありがとう気を使ってくれて。でも、私は大丈夫よ」


 《フレイア》とも呼ばれる美少女こそ、戦乙女ヴァルキリーと銘打たれた今国民的アイドルとさえ呼ばれるグループのリーダーだった。


「チッ」

「ヒィッ! ご、ごめんなさい。出過ぎました!」


(先輩たちがいたときは上下関係は厳しかったけ、いざ《孤高キャラ》なんて持ち上げれる今より気が楽だったんんだけどな)


 色んな幸運もあって、彼女は国民的アイドルのトップに立てることになった。でもまだ新人の頃は、叱咤する先輩が、嫌なセンパイも多かったが、まだ「自分がアイドルグループの顏になってしまった」という重圧もなかったから気楽なものだった。

 今では周囲のメンバーが顔色ばかり窺っている状況。

 となると、グループでの孤立感は否めない。折角同じグループで頑張って来たのに、いつの間にか自分の居場所じゃなくなったんじゃないかとでも思える感覚。


(もう……引退しようかな。芸能界)


『失礼致します』


 皆から恐れられている存在ゆえ、弱音など言えるはずもない。

 ある意味、《フレイア》を務める少女も追い詰められていると言っていい。

 ため息をついた途端だ。宴会場は閉じたふすま出入り口の外から聞こえるのは低く野太い声。

 ほどなく、襖をスライドさせ、廊下に正座した状態から手を使い、同じ姿勢のまま姿を現したのは、《でくの坊》と称して違和感ない十人並みの顔した同い年頃のデカブツ。


(へぇ?)


 その身を何とか縮こまらせるようにしながらも、自分を含めアイドルグループの《バルキリー》とフウニャン含めたファッションモデルたちを前にしてなお、同い年頃に見える男の子の表情に気負った感じはない。

 

「この度は、三縞に数あるホテル、旅館の内、当館をお選びくださり、誠にありがとうございます」


 同い年そうな男の子は静かに告げる。両手を自らより少し前方の畳に付ける。


「私、この度皆様のご宿泊に際しまして担当を務めさせて頂きます山本と申します。至らぬ点あるやとは存じますが、ご指導ご鞭撻のほど何卒宜しくお願い致します」


 デカい図体の癖に。所作はあまりに優雅。

 一目で《フレイヤ》は寒波した。年齢は近しい。が、確かに山本と名乗った彼はホテルマンであり、接客のプロなのだと。


『え゛……』

『オト……コ?』


 だが、それでなお《フレイヤ》は頭を抱えてしまった。


『マジ、あり得なくない? 男って! 男がウチラの世話するって言うの!?』

『チェンジ! ふざけないでよ! 私たちアイドルの接客担当が男って!』


(ちょっみんな、それはあまりに失礼だから)


『しかもイケメンじゃない奴が! マネージャー! 何とかしてくださいよ!』

『見てくださいあの性犯罪者みたいな顔! 絶対何かしますよ!?』


(いや、誰か拒絶できるほど大物になったとか勘違いしてない?)


『なぁ、今、《山本一徹》って言ったのか? 《山本一徹》ってあの?』

『いやぁ、それってまさか……最近この業界で話題になってるアレ?』

『間違いないですよ。彼女は三縞がホームですから。逆に言えば、アレを説き伏せさえすれば……彼女を取り込める』


(えっ?)


 しかし、真に《フレイヤ》の意識を引いたのは、このアイドルグループの為に美少女たちを毎度派遣する芸能事務所、モデルたちが所属する事務所のマネージャーたちのヒソヒソ話。

 アイドル、モデルたちからは全力で非難される一方で、なぜか芸能事務所マネージャーたちからは一目置かれていた。

 それが、まさか自分たちの宿泊上の世話を担当する、男性仲居の山本さんを指すことに、《フレイヤ》だけが気になってしまう。


「アーティスト、モデル皆は狼狽えるに及ばない」

「あ……」

「各自それぞれ割り当てられた客室に荷物も解いて落ち付けたみたいね。PV撮影は明日の夜、大学アメリゴンフットボール決勝戦時に行う。明日は準備に忙しいと思うから、今晩くらいはせいぜい英気を養っておきなさい」


 恭しく畳に額づくまま、ブーブーと罵詈雑言を浴びてなお、仲居山本さんは微動だにしない。その状況を鎮めたのは……


「あ、あと一つ。この場にいる芸能事務所の人間に要請する。命令と捉えて構わない。今話題になっているあの娘とこの仲居の関係に無粋なことはしないで。そしてこれから現れる娘達へ一切スカウト活動をしないこと。今回だけじゃなく今後もよ」


 あまりの騒がしさ。しかし、声の主が現れた途端だった。波が引くようにシンと静まる。

 それが今回の応援ソングに関わるスポンサーの中で、最有力企業のご令嬢だからと言うこともあるだろう。


「そういうわけだから。仲居である以上遠慮しないで構わない。好きなようにやって頂戴」

「お心遣い、感謝いたします。高虎様」


(ん……ナニコレ?)

 

 もう一つ。ほとんどのアイドル達や、モデルたちではお話しにも比較にも、否、足元にさ及ばない程の美しさと優雅さ、オーラを、暴力的なまでに放出とさせているから。


「そうだ。えっとぉ……フウニャン、いる?」

「うえっ? は、ハイ! ここにいる……けど……」

「ああ、フウニャンって言うからには、もっと抜けた顔していると思ったけど。初めまして。私の紹介は、今更必要ないわね?」

「……『はじめまして』って、コレで私も結構名前売れたと思ったんだけどな」


 絶句する芸能人達など、高虎お嬢様にとってはきっと烏合の衆に違いない。


「貴女がこの旅館をアーティスト滞在先として推薦レコメンドしたみたいね。センスは悪くない。まさか私の滞在先とピタリ被るとは思わなかったわよ」

「なんだろ。スポンサーには違いないのにこの娘……鼻に付くぅっ」

「……何か言った?」

「いーえ、なんでもないよ」


 そんなとんでもない存在、高虎海姫からの、床にて這いつくばる仲居山本さんへの視線には、どことなく信頼感のような者が見えたから《フレイヤ》は気になった。


「あっ! だーめなんだ海ちゃん! そうやっていつも上から目線でいるの」

「まぁ今回は実家お家の令嬢と言う立場で来ていることもありますし、海姫さんも舐められないように必死なのではないでしょうか」

「強がりって奴だ!」

「ちょ、ちょっと貴女たち茶々を入れて私のメンツを潰さないでよ」


 固まってしまった芸能人カエルを睨む高飛車なスポンサー関係者ヘビの後ろから現れた美少女二人に対しても、宴会場の者たちはつばを飲み込んだ。

 忘れてはならない。

 国民的アイドル。そしてファッション誌ではカリスマ的な人気のファッションモデルばかりが集っているはずなのに。

 

(これが……血統って奴ね)


 ボーイッシュさが光る一人と知的で穏やかな雰囲気。後者は別として、前者の事は知っていた。

 

(確か、竜胆陸華……コーチ?)


 この国で重要無形文化財にも指定された舞踊家元の娘。

 オリンピック応援に向け、桐桜華舞踊のテイストをダンスに取り入れるということで、振付師動員で帯同していることは知っていた。

 

(なんというか反則よね。努力とか、馬鹿らしくなってくる)


 三人は超一流とも言われる演技力、歌唱力を有し、所属する演劇部は学生演劇のレベルを遥かに超え、プロ級をゆうに超えるのだとか。

 三人が三人とも超名家の出身。

 富か、有名か、地位か権力か。男も女も見目麗しい者が惹かれてきたのだろう。そうした者たちによって連綿と血を繋げて来た三人なら、常人がどれほど努力しても手の届かない美貌を有しているのは当然かもしれない。


「それじゃ仲居、始めて」


 ゆえに、傲慢。

 一瞬信を向けたようにも思えた先の、這いつくばったでくの坊を見下し命じる声は鋭さと冷たさが際立った。


「かしこまりました」


 まだだ、《フレイヤ》はまだ落ち付かせては貰えない。


「「「失礼いたします/失礼を/チース」」」


 タイミングを見図らったかのように仲居山本さんの後ろに現れたのは3人。

 全員、一目見て桐桜華皇国人ではない。が……


『……うそ……』

『すっご……』

『超……可愛いんだけど……』

『いた……逸材……』

『本気で、彼だけは何とかしなきゃ……』

『欲しい。うちの事務所に……』


 同じグループメンバー、モデル、事務所マネージャーが感嘆の声を上げるほどに、それぞれジャンルこそ違いこそすれ、皆絶世ともいえる美貌を有していた。


「……リィンにナルナイにアルシオーネの三人か。エメロードは?」

「部屋で雑誌読んでるよ兄さん」

「あぁ、アイツはこう言う仕事は絶対に受けなさそうだ」


 そんな少女らを相手にしながら、仲居山本さんはまるで通常稼働。


「さてぇ? これを見ればわかってくれるかしら」


 この状況には宴会場の誰もが固唾を飲む。それを目に、再びスポンサー一族の高虎海姫が一歩前へと動いた。


「改めて言うわね。アーティスト、モデル皆は狼狽えるに及ばない。貴女たち如き容姿レベル程度にこの仲居が揺れるわけがない。審美眼は鍛えられているのだから」

『『『『『「ッツ!?」』』』』』


 《フレイヤ》は、いや、その場にいる全員が理解してしまう。

 なるほど、仲居山本さんが接客担当に選ばれるわけである。

 彼は常日頃から後ろの圧倒的美少女たちと仕事をしている。高虎海姫の言い分とは「アイドル、モデルレベルの不細工程度で食指が動くことはない」と言っているに等しい。


「高虎様、確認です。モデル皆さま、アイドル皆さまを分けてお夕食にしないで宜しいんですね?」

「アンタに迷惑をかけるつもりはな……じゃない。このホテルに迷惑を掛けたくないから全部まとめていいわよ」

「お食事は御入浴前か後かどちらにいたしますか?」

「入浴してから食事になると遅くなる。美容の大敵よ。すぐにでも食事にして頂戴」

「では本日だけは一晩中大浴場は解放致しましょう。お部屋にも風呂は備え付いていますので、大浴場が苦手な方はそちらに」

「ま、アンタのやりやすいようにしなさい。彼女たちからクレームがあったとして、全部私が責任取って受けて立ってやるわよ。まさか、この私にクレームするような馬鹿な娘はいないでしょうけど」

「ありがたく」


 つまるところ仲居山本さんにとって国民的アイドルも、モデルも、眼中にないという事。

 暗にそう言う高虎海姫も、徹底的にこき下ろしにかかっているのだ。


「早速お食事の方向で。それでは、山本小隊……」


 現れてからここまで、高虎海姫と話すにあっても仲居山本さんは畳に額を付けたまま。


「これより状況を開始する」

「「「了解! /これ貸しだかんな師匠」」」


(何……この人……)


 這いつくばる情けない体勢と打って変わって、背中から異様な空気を発しているのを《フレイヤ》は見逃さない。

 


「遅い時間までご苦労さん。後は俺一人で対応するから、今日のところはバッチリグッスリ休んじゃってよ」

「わかった。じゃあ後は宜しく兄さん。くれぐれもお客さんに迷惑かけないように」

「兄さま。最近少しお忙しすぎるのではありませんか? トリスクトたちがいない今こそ、兄さまともっと絡んで、溶け混じりたいのに」

「だよなぁ。なんか久しぶりに頼られたと思ったら、ろくに師匠とジャレ合えずに『ハイお休み』かよ」


 芸常人御一行様の夕食中、小隊メンバーが次々料理を配膳する間に、俺が各客室ごとに布団を敷き切った。

 なかなか骨は折れたが、夕食後は入浴に移るというし、その後は就寝なり芸能人同士思い思い自由時間を過ごすだろう。

 ホテルマンとしての今日の仕事は、残り数えるほどしかない。


「そう言うなって。今回助けてくれた埋め合わせは近く必ず」

「ではまたナルナイの為に時間作ってください。文化祭二日目のように」

「だったらナルナイに1日。俺に1日だ。俺分はナルナイに譲る」

「それじゃアルシオーネへの埋め合わせにはならないじゃないの?」

「良いんだよ俺は。実質二日分はナルナイが師匠を好き放題出来る日を作ってくれねぇと、今回の仕事は割に合わねぇよ」


(俺のアルシオーネへの埋め合わせも全て譲り渡すか。自分に何も残らなくてもナルナイ優先。本当、損な性格してるよアルシオーネの奴は)


「兄さん、エメロード様の事も気にかけてあげて。最近の兄さん、ルーリィ姉さまとフランベルジュさんばかり気にしていて面白くなさそうだから」

「ふぐっ」

「はぁ? 何寝ぼけたこと言ってるんですティーチシーフ。アルファリカは兄さまから寵愛を戴く資格も価値もない・・・・・・・・のに」

「ナルナイの言った通りだ。今日だってアルファリカだけ働いてねぇ。なのにアイツも埋め合わせを受けるなんてズリィ」


(……ルーリィとシャリエールだけ気にかけてるねぇ)


 ふてくされるナルナイとアルシオーネに対し、不意に心苦しさが湧く。図星と言うのはあるかもしれない。

 腰に手を当て「あ゛ぁ゛~」なんて声まで上げて天井を仰いだ。

 ルーリィとシャリエールは最近になって桐京での泊りがけの出張が増えて全く会えていない。

 特にルーリィに対しては文化祭中に「一緒に居ろ」とまで発言したのにだ。


(文化祭が終ってから謹慎に入った俺は、月城さん護衛の為に女子寮に滞在することになったルーリィと殆ど会えなくなった。やっとそれも終ったと思うと、今度はシキ発案の魔装士官の理解を民間に促すプロジェクトで出張続き)


 最近の展開はまるで、一緒にいることが許されない。その為に何か不思議な力が働いているようにも感じて、若干焦ってるところはあった。


(だからって他を軽く見積もっていたつもりはなかったんだけどね)


「「「兄さん? /師匠?/ 兄さま?」」」


(大事なのは俺の主観じゃない。他者がどう思うか……か?)


 不安げに顔を曇らせ眉をひそめるリィンとアルシオーネ、そしてナルナイから集まる視線に、そんなことを感じちまった。


(客観性は、確かに足りていなかったかもねどうも)


 ルーリィとシャリエールを除いた小隊メンバーで、毎日朝食と夕食を共にする。

 通学中に腕に抱き付くのはいまだ慣れないが、ナルナイとアルシオーネーと3人で通学もしている。

 一緒にいられなくなってしまって、ルーリィとシャリエールだけを無意識中に気にかけているとしたら。

 当たり前のようにいてくれる現状に満足して、いつも一緒にいるその他メンバーを知らないうちに軽視し、おざなりにしてしまっていたとしたなら。


「悪かった」


 少なくともその他メンバーの4人の目から、俺がそのような振舞いをしているように見えているのかもしれない。そう思ったら自然と頭が下がる。


「最近の俺、お前たちに不義理をしていたかもしれないね」


 ちょっと考えたら急に怖くなった。「俺が軽視をするから」という理由で、今度は4人全員も離れて行くとなったら。


「もう少し気を付けなきゃだった。その……許してくれない?」


 傍にいられないのが二人から、六人になる。

 それはね、ちょっと耐えられない。


「あ、頭を挙げてくれ師匠。俺たちも別に責めたくて言ったんじゃねぇんだっ」

「大丈夫だよ。私たち、兄さんが大切にしてくれていること、ちゃんとわかってる」

「トリスクトの言葉を借りるのは癪ですが、『私たちが他に揺れることはありえない』のです。私たちは、決して兄さまのお傍から離れません。しいてワガママを言うなら、隊員としてじゃなくて女の子として私のこと見てほしいですよ~」


 よかった。下げた頭に降りかかる三人の語気には理解が感じられた。


「では兄さま、おやすみなさい」

「お休み師匠」

「また明日ね、兄さん」

「……おう、ありがとうな皆。そんでお休み」


 話は落としどころにハマったようだ。

 頭を挙げた俺の目に映ったのは優し気に笑う三人。

 今度こそ休息のために、俺の前から踵を返すその背中を前に、何となく「隊長としてもっとしっかりしねぇと」なんて思ったもんだ。


「あ、あの……スミマセン」

「んが……じゃなかった。ハイ、ただいま参ります」


 離れていく三人。特に離れながらずっと顔だけ俺に向け手を振り続けるナルナイに、同じく手を振り返した俺に、恐る恐るな声が掛けられた。


「お待たせいたしました。如何いたしましたかお客様?」

「お湯の入った電気ポット。ロック解除と間違えて押したボタンで蓋が開いたまま傾けてしまって」

「そ、それは、お怪我などは御座いませんか?」

「えっ?」

「ポットがひっくり返ってお湯が零れてしまってはいませんか? 火傷などには……」

「それは大丈夫なんですが。反射神経は良い方なので、中が床に跳ねて飛び散る前には結構離れられましたので」

「幸いでございます」


 小隊員達が休みに姿を消した以上、そしてお客様が現れたなら切り替えないと。


「それで、お布団の交換を戴けませんか? 結構濡れてしまって……」

「お任せください。直ちに対応いたします」

 

 今の俺は、旦那さんが支配人を務めてトモカさんが女将を務める三泉温泉ホテルの従業員。

 決して俺が粗相して、あの人たちの顏に泥を塗るわけにはいくめぇよ。

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