テストテストテスト56

『それ! それなんだよ! 急にだろ? アレ・・、今もまだ生きた心地がしないんだよ』

『一応警察にも届けたんだけど。怖い答えが返ってきたもんさ。『そんな名前の人間はこの世にいない』ときた』


 場所を変えほどなく始まった商工会議所、会議室でのお食事会会合

 始まりはたわいもない話からだった。

 何となく大人たちはお酒が回って、少しへべれけになってきたからか、シラフでは話しにくいお題が漏れ始める。


『宿泊客集団がいきなり行方不明になった。気持ち悪いよ』


 俺としてはタイミング的にありがたい。

 シラフで上がった話題なら、真面目に受け止めなけりゃならん。しかし酔いが回ったうえでの話なら、所詮は酒のツマミみたいなもんだろう。


『行方不明になったお客さんについて、誰かが訪ねてくることもないしねぇ』

『だよねぇ。宿泊客のご家族様が訪ねてきてもいいのに』


 下手に俺が口を滑らせたとする。「きっと聞き間違えっす」とか「んなこと言いましたっけ」なんて逃げられるってもんだ。

 何かあっても「皆さんお酒入って結構酔っぱらってましたし」なんて幾らでもしらばっくれることができるだろう。


「あの、何の話です?」


(ふごっ、月城さん)


『先日ね、三縞の多くの宿に逗留客が殺到して。上から目線は気に入らなかったが金払いは良かったんだが……突然、失踪したのさ』

「し、失踪? 逗留ってことは短期の宿泊と違って長期滞在ってことですよね?」


(く、首を突っ込まなくていいのよ月城さんは)


「もしかして山本君、三泉温泉ホテルの方も?」

「いんやぁ、悔しおすなぁ。その突然の逗留客、ウチには来てくれなかったのよねぇ。折角の儲けの機会を逸しちまった」

「そ、そうなの?」

「皆さん、少しビビりすぎっすよぉ? きっと逗留客皆さま、チェックアウトを忘れてすっげー朝早く自分の家に帰ったんじゃないっすか?」


(言えるわけないじゃない)


「突然行方不明になったわけじゃない。だから行方を問い合わせる人も現れない」

『そんなことあるのかねぇ。客室の鍵も持っていってしまったし、後になって気付いてもいいはずなんだが』


 月城さん襲撃をギミックにしながら、蓮静院王子灯里ヒロインを誘拐しようとタイミングうかがっていた襲撃班たちに付いての話。


「安心しちゃってよ。月城さんが心配することは何一つ……」

『折しもあの日、珍しくヤンチャ坊主どもが町を騒がしたもんだから、変な縄張り風吹かせて逗留客に何かしたんじゃないかと心配でねぇ』


(おイ、おばはん……)


「ヤンチャ君って、《山本組》……ですか?」


(話終らせてぇ!? 月城さんが俺の事見上げるのですよぉっ!?)


 特に旅行業に大きく影響があったか。他のホテルの女将さんは、中々話を終らせようとはしてくれなかった。


『なるほどそうかい。生徒会長の魅卯チャンにとって、ヤンチャは三泉坊やの弟分たちなんだね? 三泉坊やっ!』

「は、ハイ~」

『兄貴分として弟分に目を光らせな!? 魅卯チャンに迷惑をおかけでないよ!』

「ハイィィィッ!?」


(そして結局俺が怒られるゴールデンパティーン!)


『さて、オバちゃんたちが言うヤンチャ共は暴走族のこと。三縞怒雷濫弩ドライランドって知ってるかい?』


(まだ話を辞めねぇのか! おばはん!)


『ドライランド……ふぅん?』


(結局月城さんから見上げられるのに変わりなし!)


 見ないよう顔を背けた。

 だが視界の端に、俺を見上げる月城さんの疑うような冷めた目とうすら笑いが引っ掛かった。


「それって誘拐事件。私の最後の襲撃事件……だよね? 山本君♪」

「ピュ~♪」

「……山本君、そこで口笛は逆効果だと思う」

「ピュ~♪ ピュ~♪ ピュ~♪」


 月城さんは俺を心配してくれる……つまり俺ごときで心を痛める。だから隠そうとしているのに、アカン。バレてるかもしんない。


『ちなみに……だ、三泉坊や』

「はい?」

『念のために聞いておく。《三縞怒雷濫弩》と《山本組》で、三縞を縄張りシマと見立て喧嘩抗争なんて考えてないね?』

「い、いやいやいや。嫌だなぁ。俺たちゃ自衛官候補生ですよ? 不良じゃないんすから抗争戦争なんて」

『そうかい。じゃ、うまいこと折り合い付けて仲良くやろうと?』

「争いは常に空しい。血が流れて得るものはない。なら楽しく宜しくお手手繋いで……」

「……五分盃なんて交わすんじゃないよ?」


 更に、肩身狭くなる話題、キタァァァァァ!?


『変な話を聞いたよ』

「変な話し?」

『《三縞怒雷濫弩》の副ヘッドと三泉坊やは友達。いや、グループ代紋違いの親友兄弟分なんだとね』


(副ヘッドだっつーの。もう脚ぃ洗ってんだから)


『その副ヘッドの小僧が、暴走族長に三泉坊やとのトップ同士の親交を取らせようとしてる。三縞における二国休戦協定・・・・・・・・・・・・。《三縞怒雷濫弩》と《山本組》のね』


(一体、どこの反社会的勢力セカイの話ししておられるのですかぁぁぁ!?)


「あのぅ休戦て……だから抗争にはなって……ハッ」

「山本君……」

「ちょ、月城さん? まさか今の話を真に受けて……」

「……私たち……話会お?」

「ちっがぁう!」


 さっきのうすら笑い。ほんの少しコメカミに青筋が増え、心なしかピクピク痙攣しているような。


「ちょ、根も葉もないこと言わないでください! そんなの、あり得ないんすから!」

『ホントかい? 若さに任せてスリルを楽しんでるんじゃないかい?』

「スリルより平穏が欲しいんですよ俺は!?」

『だったらよかったよ。最近、三泉坊やのスカウト目論む、ある意味大企業がいることをオバちゃんたちは知ってるからね』

「おっ!? 大企業? いーじゃないっすか! エリート社会人まっしぐら……」

『関西に本拠地を構える広域指定暴力団の第一系列。桐海地方エリアの闇社会を一手に取り仕切ってるところでね?』


(きょ、巨大ヤクザ組織の直系団体かよ。確かにその業界じゃ大企業でORZオーアールゼット


『結構この町のいろんな店に、三泉坊やについて聞き込みする子分ども若い衆がいるんだよ。始めは山本……《》を、新興の極道勢力と勘違いしての情報収集だったんだが』

「嘘ん!?」

『その度にオバちゃんたちは学生団体って説明してるけどね。《組》を立ち上げ神輿(みこし)として担がれる三泉坊やは、何時しかそっち・・・の世界に引き入れたいと熱視線さ』


 あのね、本当にやめてください。

 とうとう月城さんの可愛い顔が、もう顔面全て、痙攣し始めてるから。


「や、山本君あのね? もし学院を卒業してどうにも進路が掴めなかったら、まず私に相談してほしいな?」

「大丈夫だから。月城さん何か絶対に誤解してるから」


 なんなら月城さん、身体までバタバタ震わせてる。俺の為の必死さが見えちまった。

 複雑すぎるっしょ。

 其れって俺がヤクザもんになるかもしれない可能性を、ほんの一部でもぬぐいきれてない証明じゃない?


『血の繋がりはない。だが、やっぱり兄弟なんだね?』

「いやだから俺は、何処かの暴走族ゾッキー暴力団員ヤ―さんとなんざ兄弟盃交わした覚えは……」

『流石は三泉温泉ホテルの若旦那・・・・・・・・・・・

「へっ?」

ヤンチャのサラブレッドというか・・・・・・・・・・・・・・・そこまで兄貴分に似ることもなかったのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(それ、一体どういう……)


『いよう! 飲んでるか徹坊っ!?』


 厄介だね。

 お酒が入ると聞かれたくない話はのらりくらり惚けることは出来る。


『それで? 《みんなのルーリィちゃん》を独り占めする羨ましいヤローはだーれだっ!?』


 一方、そのせいで大人たちの話題はバンバン変わるから、興味ある話題については、こうして適当なテンションによって吹きとばされてしまった。


「うっは酒臭!」

『んだよ、飲んでないのかぁ?』

「俺はまだ18ですよ?」

『こういうのは保護者が居れば万事OKってな。で、どーなんだ実際のところ。同じ屋根の下に暮らしてるのは俺たちゃ知ってんだ。何もないなんてことないだろ?』


 最近代替わりした、町中華店の若い大将さんが、後ろから覆いかぶさるようにして腕を俺の肩に回す。


『シャル(シャリエール)ちゃんはどうした? 世間様に知られたら、後ろ指どころか、後ろからグサッと刺されるような状況だぜぇ?』

「それ、シャレにならん奴!」


 ガハガハ耳元で笑うのは良いんだ。プンプン立ち上る口からのお酒の匂い。

 至近距離でかいじまうと、それだけで俺が酔っぱらいそうになっちまう。


『と言うわけで……もう、行くとこまで行ったんかい!? どうなんだい!?』

『まったく下世話な。デリカシーというものが無いね男衆は』

『しょーがねぇだろ。俺たち自慢の三縞の美少女がいまや、全国レベルに名の知れた国民的アイドル一歩手前のところまで来てるんだぜぇ? そして徹坊という、裏話まで知ってる! 出るとこ出たら……』

『……週刊誌とかに情報を売ったら、街総出で……潰すよ? アンタ』

『だ・か・ら! 冗談だっての! それだけ関心があるって裏返しじゃねぇか!?』


 こういう場に出るのもいい勉強になるかもしんない。

 僕は、こんなオッツァンみたいな大人にはならないんだっ(キラリ)。


(普段はスゲェいい人なんだけどなぁ)


 酒ってのはやっぱ怖い。

 酔っぱらうと盛り上がるのかもしれない。一方で他の社長さんから総スカンな冷めた目を食らっているオッちゃんを見るとね?

 

(もし酒に呑まれて記憶も意識もない間に何かやらかして、それがきっかけで皆から白い目で見られることになるとしたら。原因思い出そうとしても思い出し切らんの)


 アカン。地獄でしかない。


『まぁでも、この人気も納得と言えば納得かねぇ。そもそもこんな田舎にあんな別嬪さんも場違いだよ』

『カメラの向こう側、テレビに映るルーリィちゃんやシャリエールちゃんを見ると妙に誇らしいのはあるね。もはや三縞が生んだスタァじゃないさ』

『三縞のスタァはフゥニャンちゃんの方だろう?』


 それはともかく、やはり皆さんの話題はルーリィとシャリエールにあるらしい。


『どうするんだい三泉坊や』

「どうするって言うのは?」

『オバちゃんたちの見立てじゃ、あの二人はまだまだ活躍できるだろう。それこそ常人じゃあ思いもよらない所までね』

「あ~そういう話、つい最近されましたよ。ただ、皆さんもご存じのように、あの二人は出逢ったときから僕の事を何かと気に掛け手放してくれませんでした。これで結構関係が絶望的になったことだって一度や二度じゃないんです」

『へぇ? 別れそうになったこともあったのかい? 三泉坊やにベッタリなあの二人でもかい』

「そうまでして傍に居ようとしてくれるなら、僕の方から離れるべきでも突き放すべきでもないのかなって」

『おっ、徹坊如きが惚気ノロケてやがるぞ?』


(好奇心が強すぎるぞ大人ども)


 ズイズズイと前のめりになって声をかけてきやがるじゃないの。

 惚気てるわけじゃないんだが、その手の質問をされたなら、俺だってこうやって答える以外にないじゃないの。


『あの二人が今後どうなっていくか分からないけれどね、テレビの向こう側の世界に生きるとなったら、三泉坊やも相当な覚悟が必要なことはわかるね?』

「まぁ、そうなるんでしょうね」


 凄まじい勢いでファンが出来ている2人の事だ。

 卒業後に婚約関係から約束された結婚へと踏み切った時、どんなバッシングが待っているか想像もつかない。


 俺とルーリィは……交際関係となるんだろうか。

 《ヒロイン》から聞いた。売れっ子でバンバンCMやドラマに映画なんて引っ張りだこの女優やアイドルってのは、イメージ第一の為、彼氏の存在はご法度らしい。

 だから、芸能事務所はその存在を秘匿する。

 悪い場合、あの手この手を使ってでも別れさせようとするのだとか。


(ラノベによく出る、芸能人の恋人になっちゃった設定ってのは俺も少し前まで好きだったんだけどね。自分の身に置き換えると割かし、事案だ)


 もしかして、あの二人が最近桐京に泊まり掛け出張が多くなったのはそれが理由だろうか。


(いや、考えすぎか。まさか学院長ともあろうお人がそんなくだらないことに腕を振るうなんてあり得ないだろ。くだらなすぎる)


『あーでもそうかい。やっぱり坊やはルーリィちゃんかい?』

「え、『やっぱり』って?」


 あまり嫌なことを考えすぎないようにと、グイッとウーロン茶を一思いに煽り、喉を鳴らして嫌なことと共に飲み下す。

 気になったのは干物屋のオバちゃんの一言。


『いや、オバちゃんは……いっそのこと魅卯ちゃんなんかどうだい・・・・・・・・・・・・ってね?』

「へ? / え゛?」


 拍子抜け不可避。慌ててチラリ、隣に座る月城さんに目をやっちまう。

 

『久しぶりに二人で街を歩く姿が、何となく初めて三泉坊やに三縞を案内していたあの頃に重なった。で、今では二人とも、この町の事を熟知してる』

「そ、それがどーしてそんなとんでも感想に繋がるんですか?」

『ありもしない将来を勝手に妄想してしまってね。温泉宿の若旦那が魅卯ちゃんを迎える。魅卯ちゃんは生徒会長でもあり私ら女将旦那衆にも顔が広い。リーダーシップも言わずもがな、坊やが支配人になったその時、良い女将になれるとも思うんだ』


(ちょ、何てこと言って……)


「お……女将さん……私が……」


 モッペン月城さんを見やる。顔を引きつらせ、強張っていた。


「……山本くんの……奥さん……」


 なんかかすれ声でつぶやいているが、「嫌なこと言わないで」と、そう言っているに決まっている・・・・・・・・・・・・・・


『干物屋さんの言いたいことは分かるよ。魅卯ちゃんもルーリィちゃんも別嬪だけど、ルーリィちゃんは前にすると緊張させてしまう類だからね。旅館の女将業には不向きな方の綺麗だねぇ』

『さっき出した賄い飯を一口食べるなり、二人は瞬時にその特性や特徴を正しく評価した。漬物との組み合わせを論じ、まるで商品開発目線で物事を話し合っていたよ』

「あ、あの、月城さんも困ってますし、変な話は……」

『正直おばちゃんはルーリィちゃんよりも、魅卯ちゃんと三泉坊やが二人でいることに妙な期待感がある」


(いや、ホントマジで止めて。ゴイスーに後で気まずくなるから)


「三縞を好きでいてくれて理解も深い二人が一緒になってくれる。元が生徒会長と《山本組》組頭。三縞を背負って立つ次の世代における旗印にゃもってこいさね?』

『あぁ、干物屋さんも同じ思いでしたか』

『実はウチんとこも同じこと思ってた』


(え……えっ?)


 何だろうこの流れ。


「ちょっ! ちょ~っと待ってください。アハハ。なんだか変な方向に話が進んでいません? ここは『なーに言ってやがんだ。俺たちの魅卯ちゃんだぜ? 認めねぇ。せめてヤマトの小僧っこくらい……』とかなんとか出てくる場面ですって』

『あぁ、そんなこと言ったこともあったかね? 所詮は1月。もう10か月も前の話さ。あまり自分の事を過小評価するのはおよし』

「ッツゥ!?」


 止まらない。


『三泉坊やはそれから目覚ましく成長してきた。あんた自身そう感じてないかもしれないけどね、これほどの人数がそのように見てる。なら、もうそれが事実なんだ』

「なっ」

『まぁ、私たちが幾ら言ったところで三泉坊やの私事。三泉坊や次第だけど』


 悪意が全く見えない。本当に、思ったことをポロっと口に出している様にしか見えないから、逆に厄介だ。

 ワザとらしく苛立つわけにも行かないような気がする。


『ただ、野次馬根性出して言ってみると、ルーリィちゃんやシャリエールちゃんは芸能界に行って遺憾なく才能を振るってもらって、三泉坊やの隣に魅卯ちゃんに立ってもらって、未来の三縞を作ってもらう方が綺麗な形と思うけどね』

「つっ……月城さんはただの友達ですよぉっ?」

「……ただの?」

「いや、今のは言葉の綾って奴で……そしたら親友? そう親友でっ……」

「私って、親友程度なんだ」


(えぇっ? 親友って最大限の賛辞じゃないの?)


「ふぅ~ん?」


(なして不機嫌なのですぅ)


 アカン。詰んだ。

 どないせいっちゅうんじゃって状況で、なぁんかジト目が向けられる。


 多分月城さんの視線には不快感が混じっておりまして、それが俺に伝わってない苛立ちを、どうしていいかお分かりにならないんでしょうね。


 勢いに任せて俺と同じウーロン茶を煽っておりますん。

 いやいや、俺だってもう飯食ってお茶飲むくらいしかすること無いんですけど……



「ねぇ~」

「う~ん?」

「夏祭り、私の事好きわらひのころシュキッ♡ って言ってくれたよねぇ?」

「あ~言ったよぉ? 確かに言った」

「だったら、どうしてろーひてトリシュクトしゃんを選んだのえりゃんだにょ?」

「いやぁそりゃ、選ぶでしょえりゃぶでひょ選ばなきゃえりゃばにゃきゃ

どんな時でもろんなろきでも味方ミカラだから? だったりゃわらひも味方ミカラらよ?」


 魅卯も一徹もウーロン茶を飲んでいた。それは間違いない。


 しかしながらどうだろう。大人たちにとっての「ウーロン茶」が未成年にとっての本来あるべき「ウーロン茶」と確かなる違いがあったのだとしたら。


 ソフトドリンク感覚で大人たちが飲んでいる、大人たちにとっての「ウーロン茶」の中に、未成年が喉を通すべき物でないものが溶け行っていたとしたら。


「トリシュクトしゃんがシュキって言ってくれるから? じゃあ山本キュンへのわらひのシュキはどうしゅればいいの?」

「あ゛~? んーなこと言われても、どーしようもないんですけどぉ」

「シュキィ……」

「んあぁ?」 


 この会合にはこれまで未成年が参加したことが全くない。

 当然のようにウーロン茶を別の液体との割材として使い、本来のウーロン茶とは違う種類の飲み物になってしまっていたとしたら。


「山本キュン……わらひ……山本キュンがシュキィ」

「んー俺も……シュキ……だったぁ」

「だった?」

「やー、ぶっちゃけ正直いまもシュキ」

「フフフー知ってたー♪」


 いまの一徹と魅卯のやり取り。

 もし映像として撮られていたとして、通常時の二人が見返したとき、恐らく一人は駿雅湾に飛び込み、もう一人は冨司樹海にフラリと立ち入りたくなることだろう。


「トリシュクトしゃんが居にゃければいいのに」

「いやールーリィがいてくれてよかったぁ」

「らーめぇ」


 隣同士で座って肩を寄せ合う。魅卯など、頭を完全に一徹の外腕に預けていた。


「トリシュクトしゃんがいるときは望まないからいりゅときはのじょまにゃいかりゃ、せめていない時は私だけいにゃいときはわらひらけを見て欲しいなぁ」

「いんやー無・理・ゲー」

「山本キュゥン」

「んあー……わかった。わかったよ」

「ンフフー♪ ヤッタァやっらぁ☆」


 双方ともに、寄りそう側の掌を重ねている。すでに……指一本ごとに絡ませ合っていた。


「……好きです月城さんシュキでしゅちゅきしろしゃん……」

私もスキわらひもしゅき。山本キュン……んっ……」


 外腕に預けた顔を魅卯は上げた。

 トロンとした目の一徹が、魅卯の瞳を見つめおろしていた。

 やがて一徹の頭部は、重力に抗い切れなくなったかのようにドントン下がっていき、互いの顏は、唇は。

 そして……



「ツツツ……頭、痛ぇ」


 ガンガン鳴り響くとともに痛みが頭の中で膨れ上がっていく。

 痛みを抑えるために掌を額に押し当てたが、効果が無いのが溜まらない。


「あ……山本君、おはよ」

「うん、おはよう。もしかして……月城さんも?」

「ってことは、山本君もなんだ」


 掛けられた声の主に目をやる。顔色は青ざめ、こめかみに立て筋が降りているように見える月城さんが、今何に苦しんでるか共感出来てしまった。


「チョッチ待ってくんね? えぇっと……」


 いつから意識が無かったのか覚えていない。しかし原因だけは確信してる。

 頭痛を歯ぁ食いしばってこらえきり、重くフラついた体で立ち上がる。


「ホイ」

「ありがと。んー……お水、美味しいねぇ」


 室内テーブル上の目に入ったミネラルウォーターの2リットルボトルを月城さんに手渡す。

 すでに常温に戻ってしまっているがそれでなお月城さんは上手そうに飲んでいた。


「ハイ、山本君も飲んで?」

「ん、ありがとね」


 両手でボトルを持ち上げコクコク喉を鳴らしたのち、俺に向かって腕を伸ばす。

 

「クゥッ」


(確かに上手いねコイツぁ。五臓六腑に染み渡るっつーか)


 渡されたボトルを右手で受け取り、俺も思いっきり水を煽る。口内に溜めない。

 喉を開いて、口から胃袋まで滝のように直送するイメージ。腹落ちした水の温度がとかく気持ちいい。


「あっ……」

「ん?」

「それ……」


 腰に手を当てボトルのそこを天井に向け、飲み続ける俺に向け、月城さんは指さし……


「関節……キス……」


(ッツゥ!?)


「ぶふぅぅぅ!」


 おい、今なんて言った? 間接キスって言ったのか? 


(いや、んなわけがない。都合のいい聞き間違いでもしやがったか俺ぇ?)


 聞き間違いに決まってるのに、驚いてならないというね。水吹いちゃったじゃないの。

 

(顔が赤い……ように見えるが、きっとこれも見間違いに違いない。なんてったって今の俺、正常じゃねぇもの)


『お、気が付いたかい二人とも』


 変な空気になっちまった俺たちに呼びかけたのは、干物屋のオバちゃんだった。


『いやぁ、悪かったね二人とも。アンタらが飲んだウーロン茶、入ってたみたいだ。普段未成年なんていないから、当たり前みたいに大人のウーロン茶作っちまってたよ』


(やっぱりお酒が入ってたのか)


 この気持ち悪さと頭の痛さはそれが理由らしい。苦しそうだというなら、月城さんんも同じだろう。

 何しろソフトドリンクだと油断して俺も月城さんも結構パカパカ飲んでいた気がする。


『そ、それで魅卯ちゃんと三泉坊や?』

「はい?」

「ん、どうしたんですか干物屋さん」

『そのぅ、昨日の事、どこまで覚えとるかね?』

「昨日の事っすか?」

『あの、恥ずかしながら全然覚えておらず、も、もしかして私たち、皆さんにとんでもないことをしてしまったのでは……』

「げっ、マジで?」


 そこまで言われると、急に寒気だった。

 あれほど飲み会大盛り上がり中、絡んできた町中華の若大将の振舞いに「酔っぱらった最中にしでかすのは怖い」と心中で誓っていたはずなのだが。


『そ、そういうことではないんだ。いや、覚えていないならいいんだよ覚えていないなら』


(なんだ? なんか物凄く表情が曇ってらしているというかぁ)


『あ、危なかった。引き離しが間に合って良かった。あのままキスまで行ってたら最悪、将来の三縞を作る世代の中心に三泉坊やが立って貰う計画がパァになる所さ』

「はぁ?」


 なんぞ、わからん話展開されてっけど。

 首傾げちまうのは、呼びかけてきた干物屋さんの後ろにいる大人たちも皆、気まずそうな顔でこちらを見ることだ。


(いや、本格的にやらかしたパティーン?)


 そんなこと考えちまって、気にならない方がオカシイってもんだ。


『気にしないどくれ。それより会議も終わりさ。深夜4時まで回って悪いけどね、今日はコレで解散とするよ』

「「……え゛?」」


 しかしながら、真に気にすべきは時間の方だったかもしんない。

 俺も月城さんもわかってしまうから、息ピッタリに顔を合わせることに繋がった。


「や、山本君、帰ろうか。あ、あの、送らないでいいからね」

「いや、こんな時間に月城さん一人で夜道とか危なすぎるでしょ」

「山本君も準備が有るだろうし。私を送ってから下宿に戻ったんじゃ間に会わないよ」

「つ、月城さん、最低なこと言っていい?」

「……なに?」

「着替えないで俺、このまま朝訓練出るわ」

「うっ」


 そういうことなのだ。

 あと1時間後には早朝訓練が学院で執り行われる。

 一人で女子寮に帰すわけにも行かない。しかしそれは俺が……シャワーと着替えを放棄することを意味する。

 それは当然下着の交換もない。同じおパンツを……二日連続で履きまぁす!

 ゆえに、月城さんは両手で鼻を抑えて上体だけ俺から離れたのだろう(シドイと思いつつ、当然と言えば当然である)。


「とりあえず急ごう。まずはここから出なきゃ」

「うんっ」


(チョイマズったな。明日からオリンピック応援PV撮影で忙しくなる。せめて今日くらいユックリ気持ちを整えようと思ったのに)


 状況がわかってしまうと、ジッとしてられない。

 まずは月城さんに手を差し出す。その手がグッと掴まれた感覚を得た瞬間、腕を引っ張って月城さんを立たせ……


「スンマセン皆さん! とりあえず俺達、失礼します!」

「ご迷惑をおかけしてゴメンなさい!」


 社長さんらに頭を下げながら、月城さんの手を取ったまま会場外、廊下へと駆け足。


(今日には例のVIPが来るのになぁ。一難去ってまた一難。前途多難だねどうも)


 色々と思うところはある。

 んでもって自分のスケジューリング管理の至らなさも嫌になった。

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