テストテストテスト51

『3点で300円。消費税を含めまして……』


(れ、レジ店員さんの視線が痛ひ……)


 当然かもしんない。 

 ショッピングモール内の100円ショップにたどり着いた。

 一刻も早く変装しようと、商品棚のハンチング帽をかぶり、サングラスをかけた。値札は付けたままで。

 「会計後に値札を取ります」と伝え、未開封の白マスクの袋をレジに持ち込む。


(お巡りさぁん、こちらでっす!)


 な? 変質者丸出しだろう?


(制服に関しちゃジャケット脱いで畳んで運べばいい。ズボンは黒地。普通一般のスラックスと変わらんよな?)


 制服ジャケットが肝。超絶目立つ。

 志津岡県にて魔装士官学院ってのは、三縞校一校なのだよ。

 

(うっし購入完了っ! そいじゃマスク付けましてぇ……)


 よしよし。これで山本一徹、変装80%完了である。


(あとはこのジャケット……をぉぉっ!?)


 残りの20%をさっそく埋めてしまおうと、ジャケットを脱ぎ始めたとこ。

 ドンっと、誰かにぶつかっちまった。


「あ、スミマ……」

『まことに申し訳ない! だが急いでいるので失礼をっ!』


 謝ろうとして、それ以上の大声によって塗りつぶされてしまった……だけじゃない。

 ドシャッ! と重い音。


「ん? あぁっ!」


 ジャケットオーフ。でもってぶつかった誰かの背中を追い、さらに重い音の方、足元に目を落とす。


(お、落とし物っ!?)


 ツールベルトと呼ぶが正しいか。

 大ぶりな工具のようなものが収まった革製のベルト二本が落ちてるじゃあーりませんの。


(結構な音をしたのに気付かない。どんだけ急いで……)


 なぁんて思って青ざめる。


「いやいやいや! ってことはなにぃっ!? そのまま何処か行っちゃうってことでしょ! 追いかけねぇと! 追いつくのかっ!?」


 気づいてしまって、慌てて追いかけ……駄目だった。

 運命とは、ときに厳しい。

 全力疾走。走り去った落とし主の背中、再び視界に収めるところまでは至れた。

 まぁその、拾ったタクシーに乗り込み、何処かに消えてしまう丁度そのときの後姿なのだが。

 意・味・ねぇぇぇぇっ!


(ったぁ。どーすんのよコレ。んま落とし物ってことなら? ここのショッピングモールの係りの人にでも……」


 それが、オーソドックスな判断ってやつ。

 

(これがお財布とかで、中身がたっぷり入ってたら……ねぇ?)


 って、なに変な目で見てくるんだい? 常識範疇内の行動に移るに決まっているじゃないかっ!?

 ネコババなんてとんでもない。


「一体、何入ってんだコレ。ツールベルト二本。どちらも丈夫な革製。これは……ナイフ。いや、ペーパーナイフか。二振り?」


 近くのベンチに腰を掛ける。

 モールの係りに届け出るにも、まずは中身を確かめておかなければ。

 ツールベルト一本目。ボタン止めをパチンと開けて取り出す。

 出てきたのは短刀のようなものだった。


「おいおいコイツぁ……結構にすっごいアンティークじゃねぇの?」


 ペーパーナイフと言ったのは、刃が金属でなかったゆえ。プラスチックでもなさそうだ。

 切っ先以外、つるりとした個所を指の腹でなぞってみる。

 光沢を放った白の、ところどころが黄ばんでいるのが一本。

 もう一本も同様に黄ばみを纏った白だが、気付かぬほどの小さな溝が、どす黒く筋を作っていた。


(コレは……血? 随分古いみたいだし。溝に吸い込まれたまま凝固したみたいだね)


 不思議と恐ろしさは感じない。

 黄ばみ纏った白色の両振りとも、その上からやすり掛けをされているのか光沢を放っていた。


(象牙か? それにこの血のような何かが凝固したラインが入ってるのはもしや……) 


 血のような何かが染み込み、こびりついたように見えるペーパーナイフのような代物。

 入ったヒビのような線に吸い込まれた液体がすでに乾いた物をそもそもの素材とし、刃部分に採用したのだと見て取れた。


(肉食獣の牙なんじゃないの?)


「ハハッ。すっげぇ」


 ただただ圧倒された。

 象牙品は、いまや国際保護の観点で桐桜華皇国内に流通していないはず。

 そう考えたら、もっと以前から骨董品としてこの国にやってきた物か。


(サーベルタイガーか、スミロドンの犬歯か)


 が、真に興奮するのはこの、素材に肉食獣の牙を使ったのではと思しき方。

 大ぶりのナイフを形成できるほどの大きな牙に、歴史感じるロマンがあった。


「高いよ。きっとこれは……」


 柄の方も、とても意匠に凝っていた。

 掘りこまれた紋章エンブレム。なんというか、心をとてもくすぐるデザインじゃないの。


「そいで? もう一本のツールベルトの方はというと。期待、高まっちまうねぇ」


 短刀二本は凄かった。

 だから別のツールベルトの中身を見ようとする心は、はやっちまう。

 また、ボタン止め部分を外す。こちらはも少し頑丈っちゅうか。扱いに気を付ける必要があるらしい。

 ツールベルトにもう一つ留め金が多くあることで伺い知れた。


「片手……斧? 斧頭おのがしら幅が随分広い……」


 取り出す。ズシリと重量を腕に感じた。


(……あ……れ?)


 流石に公の場。片手斧なんて物騒なもの、高々と掲げるわけには行かない。

 少しうずくまる様、腹に抱えるよう、膝に横たわらせた。

 

(変……だな……)


 問題は、そこじゃない。

 初めて・・・見た感じがしなかった・・・・・・・・・・

 斧頭の切っ先。斬れないよう細心の注意を払い、静かに指の腹をおろす。

 ヒンヤリとした感触に違和感を覚えながら、今度はゆっくり、斧頭横側面をなぞった。


(な……んだ? この、感覚……)


 重量感に、このシェイプ。


(また……同じエンブレムが)


 斧頭から持ち柄へと手を滑らせる。

 ピタリと指先を止めた。

 先ほどのペーパーナイフと思しき二振りと同じエンブレムが刻まれていたからだった。


「これ……は? ッツ!?」


 ……瞬間。

 俺の視界はビカビカと明滅する。

 あまりの眩しさに、目を閉じること相成った。



「キャッ!」

『すまないお嬢さん。急いでる。急いでいるんだっ!?』


 謝られたものの、行いは随分乱暴だった。

 しかし何か反応や発言する前に、ぶつかられて尻餅をついてしまった魅卯が目にしたのは、凄い勢いで去っていくタクシーの後姿。

 ぶつかってきたのは初老の男。

 慌てっぷりにおされた魅卯をよそに、タクシーに乗っていって消えてしまったのだ。


「イタタ。急いでいるのは判るけど……」


 とばっちりも過ぎる。

 幾ら魅卯が優しい女の子だったとして、今回ばかりは苦言を呈しても言いはず。


「ん……これって名刺? 今の人が落としたのかなぁ?」


 気づいてしまう。

 たったいま去ったタクシーの乗降口に、名刺が落ちているのを。

 いまだスイーっと地面すれすれに泳いでいるというなら、落ちたばかり。着地の間際、名刺と地面間に挟まれた空気が逃げ場を探してるらしい。


「お財布だったら落とし物として一大事だけど、名刺だって言うならこのまま処分しても……でも、名刺はビジネス面で重要なツールだし、捨てちゃったらまずいかなぁ。うーん、どうし……」


 名刺を拾い上げ、立ち上がった魅卯。纏っていた制服、スカートの尻部分を手ではたくと、名刺の扱いに困って右往左往と周囲に目をさまよわせてしまう。


「あ……」


 そうして、気付いた。


「山本君……だ」


 直感とは恐ろしい。

 魅卯が立っているショッピングモールの入り口から入って少し先、ベンチに座っているのが一徹だと、瞬時に確信した。

 サングラスは掛けてる。帽子もかぶっている。マスクまでしている。制服ジャケットも、一徹は先ほど脱いで畳んで持ち運んでいたというのに。

 遠めからも目立つずんぐりむっくりとした体躯。学校指定のカバンに、見覚えもあるからと言うのも判断する材料になるだろうか。。


「トリスクさんは……いない」


 認めて、まず魅卯が確認したのはそれだった。

 遠目に認める一徹の周囲を見回す。魅卯にとって索敵にも近いかもしれない。

 分かってからは、視界の先にいる一徹に恐る恐る近づいた。

 始めはゆっくりと、しかし少しずつ足並みが早くなっていることに、魅卯自身は気付かない。


「山本君っ」


 さぁ、いつの間にか小走りになってしまった魅卯は、駆け寄った先の一徹に声をかけた。


「山本……君?」


 しかし魅卯はすぐ首をかしげることになった。名こそ呼んでみたものの、一徹はまるで反応を見せないのだ。

 

「ん、もしかして……寝ちゃってる?」


 気づく。座った一徹は、顔を俯かせていた。


「山本くーん」


 胸に何かを抱えている。抱えたまま、上半身を前に後ろにとグラリグラリと揺らしていた。


「おーい?」


 そんな一徹の無意識な素振りですら愛おしくて・・・・・

 眠ったままの一徹の前にしゃがみこみ、無防備な寝顔を見上げながら、魅卯は両手をメガホンの形にして口元に、しばらく呼び続けた。



(な、何が起き……)


 俺は確かに、ルーリィ、《ヒロイン》、刀坂、ネービスの5人でショッピングモールに来ていた……はずなのに……


ーど……して。どうし……ー


 いま立っているのは、昼なお暗き、うっそうとした森のなか。


(ッツ!)


 他、俺の目に入ったものは……


ーどうして……こんな……ひでぇ……ー


 まるで眠っているのではないかというほど安らかな顔。しかし、肌は人形よりもなお白く、血の気が抜けていた。

 鼻周りにソバカスを散らした・・・・・・・・・・・・・ふうわりとした金色の長い髪・・・・・・・・・・・・・を持つ……仰向けに横たわり、ピクリとも動かない美女。


(どうなってんだよ一体……)


 その股の間、褐色肌した赤ん坊が、泣きつかれたのかスヤスヤと寝息を立てていた。


 KORORORORORORO……


 そして最後一つ……

 さきほど手に取って見惚れちまった短刀の刃を・・・・・・・・・・・・・・・・・・彷彿とさせるような・・・・・・・・・

 禍々しい鋭さと長さ誇る牙を持つ、全身に走った紋様が光り輝く・・・・、体毛の長い、体長3メートルもありそうな肉食動物。


(ぐぅっ!)


 獰猛。確信だ。

 認識した途端。胸が急に苦しくなった。

 俺がいま見てるのは、俺の景色じゃない・・・・・・・・

 聞き覚えある声。

 あの、ルーリィに対して・・・・・・・・殺す・・と口にした・・・・・、《視界の主》のオッサンの物に違いなかった。


(う、あ、あ……)


 そんなことも重要じゃない。

 重要なのは、


ーお、お前か……ー


 重要なのは……


ーお前なのかっ……ー


 広がった目の前の景色。

 横たわっている女性は、もうすでに息を引き取って……


ーぉおおおおおまぁぇぇぇええぇぇぇかぁぁぁぁぁあああっ!!ー


 吠えた瞬間。返すように、巨獣は咆哮を返す。

 更に応えるように、そんな巨獣に向かって三つの影が躍り出た。

 体長1.5メートルはありそうな黒い狼。それも三頭。

 まるで《視界の主》のオッサンの吠えたてた声が号令であるかのように。

 彼の両脇を風のように後ろから抜き去り、巨獣の脚に、腹に、首筋に牙を突き立てた。


ーあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!ー


 適者生存。弱肉強食。

 野性同士の衝突が迸るなか。いま、彼も理性を手放した。

 もはや人間ひとではない。本能に身を任せ動物けだものとなりて、三頭の狼に対し鬱陶し気な巨獣に向かい、突っ込んだ。

 ……俺がさきほど拾い上げた・・・・・・・・・・・片手斧と・・・・短刀でもって・・・・・・……

 

「はぁぅっ!」


 陥った呼吸困難から、何とか抜け出すように。息を吸う際に声が出てしまったことで、我に戻った。

 気温は寒いくらいなのに、体中からにじみ噴き出た汗が止まらなかった。


「な、なんだったんだいまの……」

 

 我に戻ったことで、また俺の視界はショッピングモールを映す。

 手を繋いで歩くカップル。母親の買い物に付き合って、お菓子をねだる子供の微笑ましい場面。


(帰って……これたのか)


 そんなことを思うとホッとした。

 だがどこか、俺の心はまだ、たったいま浮かび上がった暗い森にとどまり続けているような気もした。囚われていると言ってもいい。


(わっかんねぇ。けど危険だ。コレ・・)


「……大丈夫? 山本君」

「えっ?」


 このまま囚われ続けるか?

 そうはならなかった。思いもよらない声と、声の主が、俺の頭と意識の全てを専有してしまったのだから。

 

「月……城さん?」


 我らがルナカステルム。まさか俺が座っていたベンチに、いつのまにか、しかも俺の隣に座っているなど誰が予想できんのよ。


「えっ……なん……ここ、志津岡駅周辺のショッピングモールだぜ?」

「別に三縞校の生徒会長だからって、三縞駅に縛られてるわけじゃないんだけどな」


 思わずかけてしまった変なセリフに、月城さんは困ったような苦い笑いを見せた。


「あっ……ちょっ……何……してんの?」

「何してると思う?」


 次の展開に、俺は、息が苦しくなりそうだった。


「月城さん、止めなよ。折角の綺麗なハンカチが」

「何?」

「バッチィ俺の汗なんざ拭いちゃって」


 それが理由だ。

 月城さんは苦笑いを浮かべたまま、自分のハンカチで俺の顔をぬぐうんだ。


「何か怖い夢でも見たの? 凄いうなされてた」


(お……い? 俺の話を、聞いていないのかよ)


 嫌な流れじゃないか。

 月城さんが嫌なわけじゃない。ただ、最近二人きりになると変に意識しちまうのに、偶然居合わせちまった。

 わざわざ「バッチィ」と俺自身を指したってのに、聞かない振りして、甲斐甲斐しく顔の汗を自分のハンカチで拭いてきやがる。

 

「い、いいって。そこまでしなくて。月城さんの手が汚れ……」

「汚れるとか汚れないとかは、山本君が判断する話?」

「それは……」

「私はそうは思わない。もし山本君がそんなこと気にして止めようとするなら、止めないでいいよ。私は、したくてしてるんだから」


 そのうえでこんなことを言われるとかさ。

 オイ、なら俺はどういう行動をとるのが正解なんだよ。


「ん、着信か。って、ッツ!?」


 思い悩む。そんなタイミングで、携帯端末に着信が入った。

 声を挙げちまったのは……


「山本君、誰から?」

「ゴメンね月城さん。ちょっと出ないと」

「……トリスクトさんからだ……」


 月城さんといる状況で、ルーリィから着信が入ったのも何となく嫌だったからだ。


「も、もすもす?」

【一徹。いま、何処にいる?】

「あ、うーん。すまない……ね。マジ」

【アパレルショップから100円ショップに君が向かって、もう一時間も経った・・・・・・・・・。心配して】


(ん、どういうことだ?)


 百円ショップで買い物し、落とし物主を追いかけ10分から15分。

 ルーリィは、一時間俺が戻るのを待っていたという。

 なら、たった数分を切り取ったようなあの記憶を見ていた俺は、知らずのうちに長時間を弄していたらしい。


【100円ショップにも行ってみたんだけど、君はいなくて】

「悪い。これからそっちに向かうから。それこそバビョンッ! って光の速さでね?」

【……何があった】

「ッツ!」

【声が……ね?】


(オイ。声だけでわかるのかよ)


 わざわざ電話までかけてきた。ならルーリィは俺を探しているわけで、当然いまの俺の姿を見ているわけじゃない……のに。


(気づかれないよう、こちとら茶化して聞かせたんだぞ?)


 通信越しで言い当てられてしまう。絶句するというものだ。


「ははっ♪ ルーリィと違って俺の変装は酷くてね。人前に出れない。それにしたって『待ち人来ず』は駄目だよな。すぐ向かう。それじゃ」


 気取られぬよう取り繕う。明るく振舞い、挨拶済ませ半ば強引に通話を切った。

 

(どんだけ俺のことわかってんのよ。機微にすっごく聡くて)


「ったくぅ、ルーリィにゃ敵わないねどうも)

「……あ……?」


 こういうところからでも、普段から俺を深く想い見てくれてる。

 分かっちまうと、肩もガクッと落ちてしまう。

 自己嫌悪と言うのもあった。

 心配させたくないからとはいえ、俺はルーリィに嘘をついた。


(でもさ、これはさすがに伝えられないでしょうよ)


 ポロリと、あわや口から出そうだった。

 たったいま目にした光景。誰かの落とし物を拾い、突然目の前に広がった《視界の主》のオッサンの記憶。

 色々と、紐づいてしまうんだ。


「俺、ルーリィの事……」

「山本君?」


 すでに息を引き取っていたソバカス散らした金髪の別嬪さんの亡骸を目に、言葉に表せない程の怒りを、巨獣にぶつけていた場面。

 ……いま、膝上に広がった落とし物を力強く握ってた・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(ならこれは、《視界の主》のオッサンの持ち物なのか? いや……)


 どうでもいい。そんなこと、どうでもいい。

 もっと大事なことがあるから。


「俺は……ルーリィを……」

「山本……く……」


 《視界の主》のオッサンはきっと、片手斧の扱いと短刀扱いに長けていた。


(少なくともそう思える場面を、俺は別で知ってる)


「……殺そうとしていた・・・・・・・・?」

「え゛っ?」


(それは文化祭終了間際に見た記憶だ)


 ……思い出したくない。

 ……思い出してしまう。

 

(その記憶での中で、《視界の主》のオッサンは、何処ぞかでルーリィを殺そうとした・・・・・・・・・・・・・・・・


 断言できる。

 二つの記憶の中、《視界の主》のオッサンが握っていた得物は、いま俺のひざ元に広がる落とし物と同じもの。

 つまり、この片手斧と短刀二振りが、ルーリィを殺そうとした凶器そのものという事になる。

 ここまで考えが至ってしまって、急に頭を抱え、座りながら腹痛をいたわる様にうずくまる。


「コイツぁ、ヤバめだねどうも」


 バッと頭を上げ、片手斧も短刀二振りも、慌ててツールベルトに収めた。

 当然だった。


(だから、さっき初めて目にしたとき、何処かで見たことがあると思った?)


「ゴメン月城さん。俺、もう行くわ」

「え、でもそんな、顔色悪そうだし。も、もう少し休んでから……」


 なんというかね、いま、無性にルーリィに会いたい。たとえ月城さんが目の前にいたとしても……


「悪い。今日、ルーリィと……デートなんだわ・・・・・・・

「ッツゥ!?」


 悪いとは思いつつ、この会話はぶった切らなければならない。

 少し強引ってえのは重々承知。ただ、いま俺がいるべきは月城さんとじゃない。

 

(マズいな。なんか最近の俺って、焦ってるような気がする)


――月城さんと別れ、ルーリィと合流するまでに時間は要さなかった。


「一徹!」


 月城さんが同じベンチの隣に座っていた時、受信した通信。通話口で落ち合う場所を決めたから。


(おやおや、おかしいねどうも)


「やっと見つけた。捕まえたっ!」

「あーハハハ」


(耳にするだけで安心させてくれる声なのに)


「一徹どうしたんだい? 顔色が優れないけど」


(なんで俺、同時に、緊張をかんじたんだ?)


 少しの違和感。

 遠くから認められた途端、体は波打ったようにビクッと大きく震えちまった。


「やっぱり何かあったんじゃ」


 小走りで駆け寄ってきた伺うような笑顔のルーリィは息を弾ませていた。

 両掌が俺の両手を取る。キュッと握り締めてくれた。


「いやぁ、黙って皆から離れ1時間うだうだしていた俺だぜ? 合流した第一声がお説教じゃなく笑顔だなんて」

「あぁ、そういう……」


 ルーリィはクスクスと笑って、俺の言葉に寄せるようにムッとした顔に転じた。


「じゃあ……怒ってる」

「じゃ、じゃあって」


 不満げな顔が冗談から来たものだというのは分かっている。


「『離れるな』と、君が言ってくれた。なのに君の方から離れてしまう。せっかく他のメンツを下宿に置いて外出ができたというに」


 続く、聞いて恥ずかしいセリフ。ルーリィの本当の想いとわかってしまうと、ドキがムネムネ・・・・・・・・してならなかった。


「そういえばそれは?」

「え? あ、ああ。いやぁ」


 そのルーリィが、ふと、俺が右肩に掛けたツールベルトに言及する。

 本格的にドキッとした。


「百圓ショップに工具もあった。旅館や下宿各所の修繕に使えないかって。ちょっと揃えてみた」

「そうかい? さ、話は終わり。私たちまだ、今日の目的を完遂させてないんだ」

「そ、そうだよねぇどうも」

「それじゃ行こうっ!」


 不満げな顔は、嬉し気な笑みに変わる。


(言える……ものかよ。いろいろ言えない。俺が目にした変な光景のことも、この三振りのことも……)


 四月、俺にとっては初めて出逢った、俺の事を知っていたルーリィの印象。クールビューティの一言に尽きた。

 いま、俺だけの為にこんなにも様々な表情を見せてくれる。


(文化祭最終日で俺がジャックした、《視界の主》のオッサンの目に映った光景。信じられない。あの刺客は、本当にルーリィだったのか?)


 変装とはいえ、先ほど装いを変えたルーリィは俺に感想を聞いた。ルーリィにとって重要なのは、俺の評価だけなのだという事。


(《視界の主》のオッサンとの死闘。死ぬ恐怖を味わって……だけじゃねぇ。刺客ってこたぁ……ルーリィは誰かを殺そうとしていた? あり得ないでしょうよ!?)


 ルーリィは「ただ、俺だけの為に……」と、何でもそうだ。

 

「うーん、灯里も連れてきたのは失敗だったかな?」

「は?」

「いま、私と一徹の二人きり。なかなか、二人だけの時間が取れないと思ってね。合流しては、刀坂にネーヴィスもいる」


 新しい装いは目を引く。そんな状態で華やかに嗤うルーリィは俺の手を取り、引いた。

 これで俺が浮足立たないわけがない。


(いや、言えないんじゃないな。言わないが正解だよ。多分)


 俺は下宿仲間たちと共にあることを決めた。

 とりわけルーリィは別格。

 こげな俺をいつでも守ってくれるルーリィを、俺が傷つけるわけには行かない。


(もし変に聞き出しルーリィの心を壊すくらいなら、胸に留め置くのが一番だね)


 ルーリィを守ってやりたいという想いは日々強くなる。

 でもホラ、俺の副隊長様は隊長様なんぞよりとっても強いから、その機会を与えてくれないの。


(《視界の主》のオッサンとの死闘がルーリィにとってトラウマだとして、俺が胸に秘めさえいれば、ルーリィが思い出すこともないよな?)


 これも一種、俺がルーリィを守ることに繋がるだろうか?


(にしてもあの女の人・・・・・一体何だったんだ・・・・・・・・?)


 秘密を守り通すこともルーリィを守る事。そんなことを思うのと同時、一つ、疑念が頭に沸き上がる。


(《視界の主》のオッサンの目に映った、横たわっていた綺麗なお姉さん。残念ながら……もう亡くなっていた?)


 ルーリィに手を引かれながら、長い金髪の女性の亡骸を思ってしまう。

 どこかで見たことがあるんだ。


(いや、何か……おかしくないか?)


 何処かで見たことがある……だと?

 面影を……感じている? 一体何に? 誰に? 

 記憶の無い俺が……か?



―ルーリィとデートなんだわ。デートなんだわ……デートなんだわ……デート……―


「だ……駄目……なの?」


 パワーワード。魅卯にとって、オーバーキル発言。

 掛けられて以降、何も答えることも反応も出来ない。

 嫌に耳に残った部分だけが、頭の中で何度も繰りかえる。

 魅卯は全身凍り付いてしまうのみ。


―じゃあ……ね?―


 なんとなし気な別れの挨拶を掛けた一徹が、魅卯を残して去ってしまったのはつい先ほどの事。


―もしもしルーリィ? 俺だ。オレオレ。詐欺じゃないよ? で、今どこにいる? どこに向かばいい?―


「もう……無理なの?」


 打ちのめされたようにベンチに腰を落とした魅卯はそれからしばらく微動だに出来なかった。

 思い出す。

 学院支給の携帯端末を耳に当て、ルーリィと通話したまま、一徹が魅卯に背を向けたことを。


「銀ちゃんの変態では、私もまだ山本君の中に残って……あれから……一週間も経っていないのに……」


 魅卯をその場に残した癖して、一度も、振り返ることはなかった。

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