テストテストテスト47

(とんでもない状況を残してくれたもんだよどうも)


 一人食事を終えてさっさと店を出て行ってしまったフゥニャンさんに対して、恨み節の一つも言いたくなった。


「いやぁ、変なこと言うもんだねフゥニャンさんも。って言うか俺がモテるって。冗談も過ぎるでしょ」

「そうかな」

「そうでしょ。いわゆる線が細い、中性的な顔立ち。ちょっとね、桐桜華女子のイケメン基準からかけ離れてる」

「多分山本君の事を好きになった女の子って、外見以外のところで好きになるんだと思う。だから容姿は、いまさら関係ないんだよ」


 フゥニャンさんが先ほどまで座っていた椅子には俺が座ることにした。

 三人いたときには気にならなかったけれど、二人きりになった時、隣同士というのはやけに緊張する、


「山本君、モテると思うよ?」


 なんか、気まずい。

 恋愛トークってやっちゃ。それを異性と、しかも月城さんと。


「山本君、困ってる人がいたら何も考えずにまず動いてくれるの。それがもしかしたら仇となって自分に降りかかるかもしれないのに」

「後先考えてないってだけだよ。考えが足りない」

「でも、そういうの嬉しいと思う。最近方々でね、山本君がいろんな女の子から告白される話、聞くよ? きっと全員、山本君に助けられた覚えがあるんじゃないかな」

「え? ウソウソ。それ嘘」

「……嘘? 本当に?」

「うっ……」


 ポツポツと呟く月城さんが、正面からうかがうように眼差しを向けてくる。

 なんか、苦しかった。

 女子にモッテモテなんざ男の夢で憧れだ。そんな自覚はないが、フウニャンさんや月城さんの言葉を借りると、今の俺はそのときらしい。

 モテ期ktkrキタコレ? 月城さんの前で、喜ぶのか?


(悦んでいいんじゃない? ていうか、月城さんの前で喜ぶ方がいいんじゃない・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)


 どう反応するのかな。月城さんは俺に「サイテー」とでもいうのだろうか。


(これだ。これが怖いんだ)


 ……月城さんから嫌われるのが怖い……と言うことは、何を隠そう、俺がまだ月城さんのことが好きだと認めることになる。


(数日、数週間かけて諦めた月城さんにやっと友達としてフラットに接することができたのに……)


 実は桐京校の文化祭あたりから、月城さんと二人でいることが怖くなった。


(二人きりになると、一気に想いがぶり返しちまう)


 隊長の俺が、ルーリィをはじめとした隊員たちと共にあることが怖い時期があった。そんな時にずっと好きだった月城さんに助けられて、その時俺は、久我舘隆蓮がいる月城さんのことを諦めた。


(看護学校文化祭で、月城さんを拒絶した。三縞校の文化祭じゃ、初めて喧嘩した。そして、桐京校文化祭に招待された月城さんに付き合う形になった俺は……)


―私たち、きっとキスしてたんだよ―


(無意識中に、月城さんにキスしそうになった。荒幅木アラハバキ馬郎バロウラーメンニンニクヤサイマシマシアブラカラメを喰ってなかったら……)


 それからだ。ルーリィに「一緒に居ろ」と言った俺が、諦めてから一層月城さんの事が気になってしまったのは。


(ヤバい。コイツぁちょっと。誰かに居てほしい。二人きりじゃ……耐えられない)


「ゴメン。俺チョットトイレ……」

「最近、よくトイレに行くね?」

「あ……はは。寒くなってくるとおトイレ近……」

「ちゅうっ!?」

「トイ……レ……はぁっ?」

「あ、なんだ銀ちゃんいたんだ」


 居辛さに、腰を椅子から浮かせたところで、俺の胸倉から飛び出してきたのは銀色マンジュウ。

 俺の信頼できる得物であり、相棒は、嬉しそうに月城さんの胸に飛び込んでいった。


「ぎ、銀色マンジュウ、出てきてほしいのはお前じゃない! ホラ、戻ってこ……」


 銀色マンジュウが月城さんに懐いているのは知っている。月城さんが銀色マンジュウを可愛がってくれるのも知っている。


(ただ、今は駄目だ。今だけは……)


「……大丈夫だよ山本君。私、銀ちゃんと待ってるから」

「うくぅっ……」


 取り返さなければならない。慌てて声をかけ、月城さんの腕に抱かれた相棒に手を伸ばそうとして、言われてしまう。


「トイレが近いんだよね。だったら、我慢しちゃ駄目だよ」

「……い、行ってくる。銀色マンジュウ、く・れ・ぐ・れ・も・月城さんに変なこと済んじゃねぇぞ?」

「チュウッ!?」


(わ、分かってる気がしない……)


 自分でトイレに立ったから、このまま行かないという手は取れない。

 

「すぐに戻ってくるから。すぐに……」

「ううん、いいよ。ゆっくりで」


 なら、トイレに行ってすぐに戻ってこなくてはなるまいよ。

 銀色マンジュウったらお前、俺にとって……



「鏡ヨ鏡ヨ鏡……って、ずるいことは判ってる」


 一徹が席を離れてから、すぐだった。

 

「山本君ってやっぱりもう、トリスクトさん……だけ?」

「ちゅう? ……んちゅう゛う゛う゛う゛……」


 呟いてしまう。認めた銀色マンジュウは、プルプルな銀色球体から身を溶かす。まだ残っている肉料理も、溶け広がった自身の身体で飲み込んでいく。

 やがて……


「……山本君がいて……」


 完全に銀色が覆い尽くしたテーブルの真ん中に、20センチほどの突起が生える。瞬時に造形がなされ、小さな一徹の像が現れた。


「やっぱり、トリスクトさんなんだ」


 一徹像は、おもむろに手を前方に出す。その先からもう一柱が生えた。ほどなく象られたのはルーリィの像。

 ルーリィ像も腕を伸ばし。やがて二つの像から伸びた腕は結ばれる。

 

「ふ、フランベルジュ教官もいるんだ。」


 一徹像のすぐ真横に同じく生えたのはシャリエールの像。こちらは優しく一徹像を抱きしめた。

 そして……


「……あ……」


 シャリエールの像に抱擁され、ルーリィと手を繋ぐ一徹は、あらぬ方向に首を向ける。そこに現れたのを目に、魅卯は両手で口を覆った。


「私……だ……」


 あらぬ方を一徹が向いたのは……そこに魅卯の像が現れたため。

 一徹には何より大事な二人がいる。それでいて、魅卯の事が気になっている……と言う事。


「まだ、私の事想ってくれる。山本君の中に、私が、残ってる」


 なぜ飛び出てきた銀色マンジュウを取り戻そうと躍起になった一徹を、トイレに向かわせたのか。

 《銀色マンジュウ》とは一徹が名前を与えただけ。同じ異次元生物を訓練生皆、使役している。

 《千変の神鋼カミガネ》、マスキュリス。

 使用者の意図をくみ上げ、一番使用者に適した武器の形状に自身の身体を変態させる。

 だから使用者に近く、一番心や思考、感情をよく知っている。

 心を写す鏡。


「汚いな私。こんな手を使って、自分を安心させたいんだ」


 魅卯は、きっと二度と告白してくれないかもしれない一徹の気持ちを、銀色マンジュウを通して知ろうとした。


「……あ……れ?」


 と、そこでだった。

 予想だにしない展開に、魅卯はコクリと唾を飲んだ。


なんで・・・もう一体像が生えてくるの・・・・・・・・・・・?」


 机一派に広がった銀だまりから、もう一つ突起する。

 ウニュウニュと蠢いてるのは、銀色マンジュウが突起を何かに造形しようとしているからだろう。

 

「どういう……こと?」


 小さな一徹の像は、魅卯の像から興味を失・・・・・・・・・・ったように顔を背けた・・・・・・・・・・

無理やりシャリエール像・・・・・・・・・・・の抱擁を引きちぎり・・・・・・・・突き飛ばす・・・・・

 あまつさえ繋いでいたルーリィ像との手も・・・・・・・・・・・・・・振りほどく・・・・・

 

「えっ? ちょっと待って?」


 未だ蠢いているソレの造形はハッキリしない。しかしその間に生まれた複数の新たな像には造詣がなされていた。

 ナルナイ、エメロード、リィン、アルシオーネ。皆笑顔で手を繋ぎ一徹を囲むようにして輪を作り……


「嘘っ」


 その中心に立っていた一徹像が「消えろ」とでも言ってそうに鬱陶し気に腕を振るった瞬間、彼女たちの像、ルーリィやシャリエール、魅卯像のすべてが爆散し、元の銀だまりへと還っていく。

 そうして、銀色マンジュウの千変万化のトロトロ肉体を使った人形劇は終劇に到る。

 とうとう最後までうねっていた銀の柱の造形が、完成した。


「この娘……桐京校文化祭で……」


 それは、一言で言って、幼女だった。魅卯には見覚えがあった。

 一徹と桐京校文化祭を回り、《蓮静院弟小隊オペラ》の歌劇を見終わった魅卯が出会った、両親とはぐれてしまったと思しき迷子の女の子。


「な……に……コレ……」


 ……次の展開に、寒気禁じ得ない。

 三縞校の女子全てを払いのけた一徹像は、造形が完了した幼女のもとへとゆっくり歩む。幼女の前で膝立ちした。

 一徹像が膝立ちしたことで、二人の頭の位置は同じ高さにあった。

 幼女の頭を優しく撫でる一徹は柔らかく笑って……


「うっ……」


 吐き気。そしてこれは決して料理が重たすぎるからではない。

 小さな一徹像と、小さな幼女像が……キスをする。魅卯に、見せつけるように。

 唇が触れ合う触れ合わないとか、軽いものではない。

 濃厚な。すでに密着相成った二人の口。

 唇同士が微かに離れたと見えたその実、口内から互いに伸びたソレを二人は絡ませ合う。 

 チューなんて、そんな可愛らしい表現では収まらない。

 もはやソレは……セック……

 18歳であるはずの一徹をかたどった像が、10にも満たない幼女をかたどった像と絡み合う。

 気持が悪いと思うのはしかたないかもしれない。

 重ねて言う。銀色マンジュウとは、一徹の心を写す鏡なのだ。


「た、ただいまっ!?」


 その声が、トリガー。

 トイレから帰ってきた声を耳にしてか、銀色マンジュウは机に溶け拡げていた自身の身体を、球体に一気に戻す。


「戻っておいで銀ちゃん」

「ちゅっちゅ♡」


 両手で迎える魅卯の呼びかけに、銀色マンジュウは再び胸に飛び込んできた。


「お帰り山本君。早かったね」

「え? お、おう。ってそれよりも銀色マンジュウの奴、変なことを月城さんにしなかった?」

「変なことって、例えば?」

「あ、いや。何もなかったらいいんだ。何もなかったら」


 その質問に、魅卯も予測がつく。

 もし銀色マンジュウが勝手に一徹の本心を魅卯に晒してはないだろうかと不安になっているのだと。


「でも、残った料理は全部銀ちゃんが食べちゃったよ」

「あ゛っ、ホントだ。ゴメン月城さん。折角の晩飯を」

「いいよ。私は結構食べたから」

「……そか、ま、でも残った料理も全て平らげたってこった・・・・・・・・・・・


(あ、うかつ……)


「ってこたぁ、今日のご飯はここまでってこって……店出ようぜ? 帰ろか」


 料理を全て銀色マンジュウが食べていたことで、一徹の不安を誤魔化すことはできた。が、料理がなくなるとなると、もはや夕飯のために来たという大義名分がなくなってしまう。

 一徹は……帰ることができるのだ。


「う、うん。そうだね。帰ろっか」


 でも、そこで食い下がることは魅卯にはできない。

 卑怯な方法で一徹の気持ちを確かめ直したことに、自己嫌悪と罪悪感が無いわけじゃない。


「うっし。銀色マンジュウ、帰るって。俺たちも帰ろうぜ?」

「チュウ!」

「ご馳走様でした!」


 もちろん、一徹が幼女とキスをしたという、先ほど一徹の心を写す銀色マンジュウの見せてくれた光景に対して、確かめたいと思うところはあった。 

 ただ、「ロリコンなの?」と聞けるわけがない。


「ご馳走様でした」


 小さな恐れが魅卯の胸に走る。

 ロリコンの恐れ?

 否。

 何よりも一徹が大切に思う山本小隊面々。そのなかで別格な扱いを受けるシャリエール。「一緒に居ろ」と一徹に言わせしめたルーリィが、一徹に捨てられた・・・・・・・・様を見たのはつい先ほどの事。


「出よっか月城さん。女子寮まで送っていくから」

「リングキー……」

「え?」


 尋常ではない・・・・・・


「リングキーって人、知ってる? 山本君」


 思わずつぶやいてしまう。

一徹が時々、一徹の顔をした何者かになった時、毎回口にする名前がそれだった。


(もしかして……)


 いつしか一徹の事を好きになってしまって、常に一徹の背中を探してきた魅卯は、四六時中ルーリィやシャリエール、隊員たちに囲まれてきた後姿を目にしてきた。

 ただ、あの時の幼女が、一徹の傍にいた場面はただの一度も見たことが無い。

 少なくとも、年始、初めて一徹と出逢ってから。


「り、りんぐきぃ? 誰だソレ」


 一徹も心当たりがないという。

 リングキーと言う名が、たったいま象られた幼女を指すかは分からない。

 しかし一徹の顔をした何者かが、ルーリィやシャリエールよりリングキーを想う瞬間を目で見て、耳に聞いてしまったことが魅卯にはあった。

 そして人形劇で、彼女たちを捨てた一徹像は、幼女を愛した。

 繋げてしまっても無理はない。


「……何でもないよ。ゴメンね変なこと聞いちゃって」


 薄々、予想は固まっていく。

 記憶を無くした一徹が「リングキー」を知らない理由。一徹の心を写す銀色マンジュウが、一徹の喪った記憶、深層心理の一部を映し出したとしたなら。


(記憶をなくす前の、山本君のお話だ)


 一徹はルーリィでもシャリエールでもない。魅卯でもない。

 「リングキー」と言う存在を、愛しているのだと。


(なんだろう。とても、嫌な予感がする。全部全部、壊れちゃうような・・・・・・・・……)


 なお、一徹が幼女偏愛主義だとは思いたくない。

 


「こ、コイツぁ」

「やぁ一徹。意外と早かったじゃないか」

「お帰りなさい。モデルさんとの密会は如何でしたかぁ? ゴシップ紙にすっぱ抜かれた……なんてありませんね?」


 スポーツカフェを出て月城さんを女子寮まで送る。送っていく道中は二人とも重苦しい沈黙をしちまって。

 やっとそれも終えて下宿に戻って……


「お前たち、食ってなかったの?」


 居間に「ただいま」の挨拶に立ち寄った俺は、テーブルを囲んでテレビを見てる下宿同居人が、低い平机の上に料理が乗った状態で手を付けられてないことに声を上げてしまった。


「最近は、なかなか下宿皆で食事も出来てないから。小隊の陣形確認、連携訓練もままならない。せめてこういう時くらいミーティングしたいじゃないか。隊長殿?」


 畳に座ったまま見上げてくるルーリィの笑顔に、二つの意味で息を飲んだ。

 多分、俺が変えるまで食事するのを止めていたこと。

 俺が下宿で食事したい意図と、まったく同じ考えを持っていたこと。


「ま、ここには胡桃音訓練生はいませんけどね」


 言葉と共に立ち上がったシャリエールは、さも当然かのように後ろから俺の両肩に手を乗せる。それが、寒空の下着ていたコートに、制服ジャケットを脱がせるためだと分かっちまう。


「胡桃音紗千香。話を聞くとなかなかの女狐。どうかしら山本一徹? 分かりやすい好意には、コロッと行ってしまうのじゃない?」


我が隊では厳しさの中に厳しさが存在する厳慮系お嬢様のエメロードまでが、俺が帰るまで食事をしていなかった。

 

「あり得ませんね。胡桃音先輩如きの想いに応えるなら、兄さまはとっくに私の分かりやすすぎる好意に応えているはずですっ!」

「なんかよぅ、胡桃音の師匠へのアプローチにゃ全然焦らねぇんだよな。浅すぎんだよ。師匠も全然ビビッと来てないだろ? ん~?」

「それはそうでしょうグレンバルド。簡単に手に入るような者に興味は湧かないもの。私から見れば、ストレーナスも胡桃音も同列よ。チョ・ロ・い・か・ら」

「な、なんですってアルファリカッ!?」

「おう、俺の姉妹分を胡桃音と同格たぁ随分節穴な目ぇしてんじゃねぇかテメェ!」


 正座しながら正面からテレビを見ていたナルナイ。そのナルナイを後ろから抱きしめながら同じく視聴するアルシオーネは、エメロードの言葉に跳ね起きる。

 アルシオーネは握った拳振るわせてエメロードに凄んで見せるが、殴るわけにはいかないと分かってるエメロードの方はせせら笑っていた。

 

「に、兄さまっ! 私は胡桃音先輩と同格ですか!?」


 ナルナイはねぇ、そう簡単に男に抱き着かないでほしい。


「紗千香がナルナイと同じ格になるにはあと10か月必要……かな?」

「じ、時間の問題ですかぁっ?」

「クックク、ウソウソ。紗千香は。これと言ってハッキリ言えないけど、アイツは何か、違う気がする・・・・・・

「へぇ? 馬鹿なくせに妙なところで鋭いじゃない」

「はっ、ちゃんとわかってやがるじゃねぇ」

「……なんだよ?」

「いーえ。ちょっと安心したってことですよ。兄さま」

「ちょぉっ!」


 って言うか、チューすな。


(急に顔が迫ってきてビビッて頭動かしたから何とか頬で済んだが、顔動かさなかったらマウスtoマウスルートだよどうも) 


 何度その誘惑にクラっと行きそうになったか。

 実際に、押し倒し、襲い掛かった覚えがある……夢、だと言われてるけど。


「じゃあ皆さん、料理これから温め直しますね。兄さん、私たちはこれから夕飯にするけどお茶にする?」

「いんや……俺も食う・・・・・

「ほう? /わぁっ/へぇ? /やった♡/おっしゃ」

「実のところ、あんま食ってないんだ。銀色マンジュウが食っちまった」

「ちゅう……げぷ」


 満足に食べられなかったのは本当。

 っていうか普段「ちゅうちゅう」しか言えない奴が「ゲプ」って発生しちゃったよ。


「わかった。ちょっと待ってて?」

「あーいいよリィン。俺が帰るまで飯をお預けしちまった。ならここは責任を取って、この俺自らが温め直して進ぜよう」

「えぇ? 兄さん不器用だからなぁ。焦がすんじゃない?」

「あーやっぱダメ?」

「ううん、良いよ。頼めるかな♪」

「任されよ」


 紗千香の話がひと段落して、立ち上がったリィンは首にエプロンをかけ、腰帯を締め直した。

 本当に俺は不器用らしい。困った顔をして、でも。笑ってくれたならいいのか。


「あ、それではナルナイが兄さま分の食器を出しますね?」

「師匠が出るってなら麦茶が足らねぇわな。瞬間湯沸かし器くらいなら俺も使えるようになったんだぜ? ティーバックをプラスチックポットに入れて沸騰したの入れればいいんだろ? 氷を入れたらすぐ冷たく……」

「いえ、いっそのこと出来立て分は熱いまま一徹様にお出ししなさいグレンバルドお嬢様。何分外は寒かったでしょうし」

「フム、盛り上がって来たじゃないか。リィン私も手伝おう」

「ルーリィ姉さま」

「祭りは、乗ったもの勝ちって言うだろう? 折角の賑やかな空気、愉しみたいじゃないか」


 何となくだが、居間に活気に湧いた気がした。

 我も我もと動き始める皆の協力的な姿勢が温かい。


「さ、一徹?」

「ん?」

「号令を。夕食の準備に取り掛かる前に、君の一言が聞きたいな。最近私もシャリエールも桐京に離れるから聞く頻度も減ってしまってね」

「あ、そか。そう……だな?」


 すぅと、思い切り息を吸う。前を見る俺の視界には、一人を除いて・・・・・・下宿同居人全員、楽しそうな笑顔で俺に注目してくれていた。


「んじゃ、やっちまうか。山本小隊、これより状況を……」

「とぅっ!」


 力ある言葉を解き放つ。その直前、右手に軽い衝撃。手を叩いたのは……


「兄さま、そんな当たり前にトリスクトと手を繋がないでください! 号令なら手を繋がなくともできます!」

「あーうん。わかった。気を、とりなおすぞ? 改めましてぇ、山本小隊および教官シャリエール。これより状況を、開始する!」

「「「「「了解!」」」」」


 言われて気付く、無意識中に号令しようとしていた直前、俺はルーリィの手を取っていたらしい。


(チョップで切り離されて以降は、責めるナルナイが、そのまま俺の手を握ったままなんですけど。と、それよりも……だ)


「あー……婆さんや?」

「は? 老女と、私に対して言ってるわけ?」

「え、エメロードさんや?」

「なぁに爺さんや」

「君は、この状況を前にして手伝おうとは思わないのかね?」

「手伝ってるじゃない。こうして和気あいあいとした楽し気な小隊を、こうして温かく見守ってやっている」

「……うん、聞いた俺がバカだった」

「山本一徹がバカなのは知ってる。今更よ」

「ですねぇ」


 エメロードさんは、ただ一人だけ動くこともなく、温め直すために料理が皿ごと持っていかれた平机に鎮座しておりますん。


(ま、でもこれが、ウチの小隊なんだよなぁ)


 これが、10か月を通して馴染んできた山本小隊の形。俺の大切な居場所セカイ

 最近紗千香が加入した。ルーリィやシャリエールが出張気味でこの空気感はなかなか見れなかったけど、だからこそふとした瞬間、元の形に戻れたと感じたなら、凄く、大切にしたかった。


(いや、それでも紗千香の受け皿にもしていかなきゃだよな。今目の前にある光景、もともとの山本小隊の形を大切にして紗千香をないがしろにしたら、孤立させる)


 大切に思うのは、彼女たちが俺を、一人にさせなかったからだ。


(いい迷惑だよねホント。ルーリィたちが現れなかったら、大切だと感じることはなかった。自分以外に大切なものが無ければ俺は、一人でいることが孤独で寂しいもんだと気付くことはなかったんだぜ?)


 迷惑……心地よい。自分はここにいていいんだと。

 その喜びを、必要とされる嬉しさを知っている。

 東北桜州出身の紗千香は、地元から逃げて来たという。もともと近所に親しく、心を許せる奴もいるかもしれないが、三縞にいる現在のところ、やはり《独り》と言うところは目についた。


(大きなお世話って言われるかな? 言われるかもしれないな)


 だから、まずは俺からでも、そしてこの小隊からでも紗千香の居場所にしてやりたい。アイツが、この三縞に居ていいんだと安心できるように。

 小隊だけじゃない。三年三組も、この三縞の町もそう。

 今俺がここに居られるのは、多くの人の助けがあったからだ。


(コレで俺も、三縞の男……なのですよぉ)


 今やその恩を受けてきた俺も、俺に良くしてくれたみんなの一員。だったら、その名に恥じぬよう、紗千香も何とかしてやりたい。

 わかってる。傲慢だ。


(だからね、怖いのよ、月城さん)


 今日は本格的に危なかったと思う。

 勘違いしそうになった。月城さんが、俺を好きなんだというね。

 もしそれを信じてしまって月城さんを選んでも見ろよ。俺は俺を信じてくれたこの居場所を裏切ることになるんじゃないの?


(なんだかなぁ、凄く嫌な予感がするのよ。全部全部、壊れちまうんじゃないの・・・・・・・・・・・?)


 だから今日、外食するとルーリィに電話したとき、月城さんも同席することは隠してしまって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いた・・


(そして、りんぐきぃ・・・・・……)


 壊しかねない嫌な予感と言えばもう一つ。

 なぜ、月城さんがいきなり《リングキー》と言う名を口にしたのか。

 それは最近、あのルーリィすら泣かせた何か。

 俺の知らない過去を、月城さんは……なぜ、口にできたのか。





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