四角関係? シャリエール入れたら五角関係。テストテストテスト38

「この阿呆が」

「え? 今……なんて?」

「この阿呆が。二度も言わせるなこの阿呆が。ってこれで三回目か」


 「阿呆が阿呆が」と言ってるが、決してこれは《王子》によるものではない。


「あ~いや、見舞いに来てくれるのはマジで嬉しいんだけど、お前、優先順位間違ってっから」


 俺が、呆れから口にしまったもの。


「お前には、俺より先に行かなきゃならんとこあるでしょうよ《主人公》?」

「そ、それは?」

「《ヒロイン》のところに決まってるでしょうよ」

「灯里の? いや、でも灯里のところには今トリスクトが行っていて」

「一緒に行きゃ良かったのに」


 玉響総合病院の手入れ行き届いた中庭。

 寒空には違いないが、俺が座るベンチは陽だまりあってポカポカ温かさも感じる。眼前に立つ《主人公》は、俺の言葉に口角を引きつらせていた。


「こういう時は、お前が真っ先に《ヒロイン》のとこに行くんだよ。他の誰でもない。お前が行くんだ。それが《ヒロイン》にとって何よりの薬なんだから」

「ど、どうしてだ?」

「お前、分かんねぇのか? マジで?」

「でも、灯里は心の強い女の子だし」

「だけど女の子……だろ? それに心が強いからっていつまでも我慢できるわけじゃない」

「えっと、それはどういうことなんだ?」

「はぁ」


 好きな男子から心配される実感は、《ヒロイン》を喜ばせるはずなのだ。

 でもホラ、《主人公》ってなぁマンガやラノベの主人公キャラ達とご多分に漏れず、鈍感だった。

 よっぽど、「《ヒロイン》はお前のことが好きなんだよ」って言ってやりたかったが、そんな大事なことを俺が暴露してしまうのは流石に気が引ける。


「それを言うならトリスクトだって違うんじゃないか? だったら灯里より山本の見舞いを先にするべきだし」

「いーんだよ、そっちは」

「なんでだっ!?」


 入院した俺や《ヒロイン》を見舞いに、三組からは《主人公》とルーリィの二人だけが桐京校に来ることが許されたらしい。

 他のみんなは今日も今日とて訓練に授業に明け暮れているらしい。


(なぜか襲撃時の記憶はハッキリしないが、《ヒロイン》は拷問を駆けられたって聞いてる。ならルーリィだけじゃない。他の三組メンバーが桐京に来ても俺は《ヒロイン》への見舞いを優先させる)


「心が強いからって絶対じゃないんだぜ? そうやって俺たちが高を括って、気づいた時には心が壊れてしまう。そんなのイヤだろうが」


 恐らく《ヒロイン》の精神にきたしたダメージは想像を絶しているはず。ならば優先的に癒してもらいたいじゃないか。


「んま、そういうわけでとっとと行きな」

「お、俺はお前を心配して……」

「シッシッ」


 追い払うように手を振る俺に、釈然としなさそうな《主人公》はため息をつく。

 俺の意図が分からなくても、そうすべきなのだと何か感じたのだろう。


「じゃ、向こうに行ってくる。ここにはまた後で来るから」

「向こうでもじっくりタップリ時間はとってくるのよ?」


 右手だけ上げ、《主人公》は踵をかえす。


(ヤレヤレ。全く手がかかるねぇ)


 離れていく背中を眺めながら、《ヒロイン》のとこへ行けとせっついた俺は、一方で複雑だったりする。


「ハハッ。こればっかりは、答えは見えないな」


 うまくことが運んで、《ヒロイン》と《主人公》の距離は縮まるだろうか?

 それはそれでいいのかもしれない。

 ただそれは、野郎のことが好きな月城さんから好きな男の子を取り上げる結末にもなりかねない。


「もしそうなっちゃったら……ゴメン。月城さん」

「……何が?」

「……え……」


 思うところがある。だから月城さんに向けた謝罪を空に放ったはずだった。

 まさか、ソレに対する反応があるかよ。


(しかも、今の声……)


 新たな声の主の方に振り返ってみる。


「前回三縞商工会議所で会って以来かなぁ」

「月城……さん?」

「久しぶりだね山本君」


 我らが生徒会長様、笑ってるとも曇らせてるともとれない、何とも言えない表情を浮かべ立っておられますん。



「これは……酷い……ね」


 生きてはいる。だが、活きてはいなかった。

 もはや人間の姿に変化することも忘れ、妖魔の姿をさらしていた。

 ユキのように白い肌。同じく髪、眉。

 能面のように表情は失せていた。圧倒的美少女だから、ともすれば人寸大の人形に見違えるかもしれない。

 そう、人形だ。


「アーちゃん、お友達のトリスクト様がいらっしゃいましたよ」


 病床から上体を起こした状態からピクリとも動かない。

 金縁の瞳孔と赤い瞳は開いているものの、光は宿っていない。死んだ目。

 向けた視線の先はどこともつかず、そもそも視界の光景がちゃんと彼女の瞳に映っているか怪しい。


「灯里……」

「トリスクト様。申し訳ございません。ちょっとまだ、早かったかもしれません」

「いい。襲撃も昨日今日の事だし。そのあたりのところを考えていなかった私も悪かったんだ」


 ルーリィには伺えてしまえた。

 灯里は、襲撃のなかで何度心を殺されたのだ。

 生還した今となっても、その時の衝撃が強すぎて、回復にはあまりに遠い。否、完全に心が癒えることはきっとないのかもしれない。


「灯里」


 ベッドに腰をかけ、上半身をねじり、ルーリィは灯里の頬に手を伸ばす。


「ッツ!?」


 ……瞬間だった。


「イヤッ! 厭ぁぁぁぁぁぁ! 触らないで! もう許してっ!?」


 触れられた灯里は反射的に暴れだす。発狂し、錯乱し、悲鳴を上げる。なりふり構わず振った腕、拳、掌は無意識的に何人の接近も許さない。


「トリスクト様!」

「いいっ! 君は手を出すなっ!」


 つまり遠ざけようとする動きの中で、何度もルーリィの胸を突き飛ばし、側頭部を打ち、高く通った鼻筋を打ち付けた。


「灯里?」

「もう許して! 殺してっ! もう痛いことしないでっ! 死んであげるから一思いに殺してぇぇぇぇぇ!」

「……灯里……」


 それでなおルーリィは灯里に触れることを辞めない。

 寧ろ構わず前に出る。両腕を伸ばし、思い切り抱擁した。


「君が……生きていてくれて良かった。私にとっては初めて出来た親友なんだ」 

「KIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」

「トリスクト様! なんて無茶な!」


 人間体ではない、妖魔の時の膂力は尋常じゃない。その状態での攻撃は、たとえ悪あがきのような者であってもとてつもない衝撃をルーリィに与えるはず。


「ッツ!? トリスクト様離れてください! 取り乱したアーちゃんでは、たとえ貴方の血でさえもっ!」

 

 抱きしめられて間合いはゼロ距離。ならば遠心力ののった手足の一撃は加えられない。しかし妖魔の灯里にはまだ牙がある。

 さぁ、灯里はルーリィの滑らかな首筋を舌で舐め挙げ、グァパァッとアギトを開け……


「……いいよ灯里。君の中で、私の血と一徹の血が一つに溶け混じりあう。そうだろう?」

「ッツゥ!?」


 その時がいざ来てしまうというところで、灯里の動きは止まった。

 ネーヴィスには聞こえない。灯里の耳元で小さくルーリィが囁いたから。


「あ……ああ……る……るー……リィ」


 敵愾心はたちまち解ける。


「どう……して、知って……」

「詳しくは判らないが、君が見るも絶えぬほどの拷問を受けたことは聞いている。だけど身体的な傷は一つとして見られない。それだけの回復力を与えるのは、吸血か吸精しかあり得ない」

「あ……ああ……」

「だが、まだ若い・・・・蓮静院のちからでは完全回復まで遠いだろう。襲撃者が自ら血を差し出すとも考えられない。となると……」

「ご、ごめ……」

「一徹のしかあり得ない。さぞ、美味かったのじゃないかい?」


 それどころか落ち着きを取り戻し、そしてルーリィの存在を視認するまでになった灯里は……


「ごべんだざい……わた……じ……」


 抱擁から解放したルーリィの顔を見るときには、じわりと涙腺から染み出る者があった。

 たちまち目の淵に溜まり、とどめておけずそのまま……


「ごんなはずじゃなかった……」

「わかってる」

「こんなはずじゃなかったの……」


 あふれ出てしまう。それはポロポロと零れ流れ始める。

 雫の通った道はキラキラと光を反射させていた。


「二人を応援しようってそう思っていたの。なのに、私が……貴女から山本を奪い取った!」

()血行為クスだね?」


 むせび泣きながら、思い切って絞り出したかのような灯里の物言い。

 灯里はルーリィを裏切った自分に怒り収まらず、恥じている。

 言いにくくて甚だしい話をそれでもぶつけたのは恐らく……


(罪の意識から逃れたいからかもしれないね)


 チラリと傍に控えるネーヴィスを一瞥する。受けた彼女は一つ深々と頭を下げ、病室から姿を消した。

 これにて病室内はルーリィと灯里の二人きり。

 

(前に灯里から聞いたことがある。吸精鬼と吸血鬼にとっての吸(給)血行為について。もはやセックス……なのだと。顔も真っ赤に、恥ずかし気に言っていたなぁ)


「耐え切れなかったの。差し出されたのは血の一滴。たったそれだけの量に、私は過敏に反応してしまった。その匂いに急な喉の渇きを覚えてしまって」

「渇望……ね?」

「生を見出してしまった。これを吸い立てられたらきっとまだ生きられる。そう思ったら……」

「……ねぇ灯里。私に……責めて欲しいのかい?」

「責めるべきよ!? 理由はどうあれ、私は貴女の山本とせっ……セック……貴女の恋人を寝取ったのだからっ!?」


(本当は私に見舞いにも来ては欲しくなかったろうな。私の顔を、まともに見ることができないから)


「私が悪いの! 全部全部考えが足りなかった私が悪かったの! 自分の立場をもっとよく理解していたなら山本を巻き込むこともなかった。状況が悪くなったことで、山本に血を差し出させることもなかった!」


(でもこうして私は来てしまった。後ろめたさから灯里の居心地悪さは言葉にできないほどだろうに)


「悪いのは私! 山本はルーリィを裏切ったわけじゃない! 私が山本にルーリィを裏切らせたの! 私がっ、私がッ! 私がぁァァァッツ!?」


 逆切れにも等しい。それこそ罪の意識から逃れたい表れだった。

 このままルーリィに真実を隠したままずっと罪の意識を抱えてしまっては心が苦しくなって壊れてしまうかもしれないから。

 だからさらけ出した。逆切れで、謝りながらもまるで怒りをぶつけるように。

 葛藤を吐き出しながらそれでなお反論を許さないように勢い凄まじく畳みかけた。


「だったら……そうだね。私も、君に謝らなくては。そして刀坂に。一徹にも……かな?」

「えっ?」


 ただ、独りよがりに感情をぶつける灯里は、まさかルーリィが謝罪を匂わせる流れを見せたことに戸惑ってしまう。


「な、何を言って……」

「一徹が、君に寝取られてよかったと思うよ灯里」

「ッツ!?」

「でもその一方、君を寝取らせてしまったことを刀坂に対し申し訳ないと思う。もちろん刀坂の手から一徹に寝取られた君にも。理由が有れど不本意だったろうに」

「や、山本に対しては?」

「私が、一徹に他の女の子とセックスしたことを容認したことを……かな? 最近私の事を大切に思ってくれ始めた一徹に対し、灯里とセックスしてくれてありがとうというのだから」

「……山本、怒るかもしれない。『見くびられている』と不安になる。『他のオンナと寝ることを許されるほど、自分はルーリィにとって軽い存在なのか』って」

「どうかな。私と彼は、この学院に来るまでに色々あったから・・・・・・・


 常識とはかけ離れたルーリィのモノの見方に、涙や鼻水でぐちゃぐちゃな灯里は驚いた表情で凍り付く。


「確かに状況は君と一徹が私と刀坂を裏切ったゆえに紐づかれたもの。不器用な一徹だから、きっと私を裏切ったことに葛藤してくれる」


 クスリと笑って、ルーリィはそんな灯里の頭を優しく撫でた。


「でもね、結果論だけ言えば一徹は君の命を救った。それは事実じゃないか。どんな手を使ってもいい。むしろ手段を選ばず灯里を助けた一徹を、私は誇りに思うよ?」


 そして改めてルーリィは、灯里に対して腕を伸ばした。


「流石、私が惚れ込んだ男なのだとね」

「……どうして……私の事をそこまで?」

「言ったろう? 君は、私の親友なのだから」

「う……うあ……」


 再びの抱擁。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ……ああ……」


 ぎゅうと締め付ける力は、どれだけ灯里の事を大切に思っているか分からせた。


「ありがとう灯里。生きて帰ってくれて」


 嗚咽は少しずつ大きくなっていく。

 もはや女の子の恥じらいなどどこにもなく、ただただ、安心したことが強いのだろう。

 生きていること。

 自分が裏切ったルーリィが許してくれたこと。

 恋人に裏切らせる形になってなお、それも仕方ないと思う程にルーリィが自分を大切に思っているのだと分かったこと。

 すべての思いやりが一気に胸に去来する……から、想いを返すように強く強くルーリィを抱きしめ返した灯里は、何もかも手放して泣き始めた。


「灯里ぃっ!?」


 その時だった。

 病室を、ノックもせずに思いっきりあけ放ち飛び入ってくる者の声。


「遅いよ。この阿呆が」

「ッグゥ!?」

「『後で灯里のもとに行く』と聞いた時、思わず張り倒しそうになったよ。刀坂」

「やっぱり、トリスクトとアイツは以心伝心だな。山本にも……『この阿呆が』と言われてしまった」

「だろうねこの阿呆が。君が私に二度言わせるなこの阿呆が。いや、これで三度目か」

「か、返す言葉もない。しかも続く言葉までピッタリだし。それで灯里は? 泣いている声が聞こえて……ッツゥ!?」

「あ……ヤマ……ト……」


 刀坂ヤマトが飛び入った。「心が強い」とまで評した女の子の弱い姿に不安で堪らなかったのだろう。

 ルーリィと強く抱き合っている涙顔の灯里を一目見て、顔は驚愕、目は見開いていた。


「さて? ソレでは私はそろそろ一徹の見まいに行こうかな」


 空気を読んだ形のルーリィは、抱きしめあった灯里から少し距離をとると、病床から立ち上がる。


「じゃあね灯里。君の精神ダメージは私では計り知れない。簡単ではないかもしれないけどそれでも、また、学院に戻ってきてくれると嬉しい」


 魔装士官学院とはすなわち、退魔家出身の者たちが集まる場所。

 そういう意味では、精神的な壁は今やとてつもなく高いだろう。

 それがわかっていながらも、ルーリィは望んでしまう。

 ひらひらと手を振ったルーリィは、同じく手を振り返す涙に濡れながらも少し笑みを見せた灯里にホッとする。病室の出入り口に歩みだした。

 そして……


「間違えるなよ?」

「と、トリスクト……」

「君は灯里か一徹かの見舞いで、先に一徹を選んだ。この時点で今日すでに一つ外してる」

「うっ……」


 出入口入ってすぐのところでたち尽くすヤマトとすれ違いそうなところで立ち止まる。


「君が誰を選ぼうがソレは君の自由。でもね、君に傍にいて欲しい時、君が間違え灯里を傷つけるなら、私は許さない」

「俺は、でも……そもそも許されない・・・・・・・・・

だろうね・・・・? 私も酷なことを言った自覚はある」


 そうして、今度こそ通り過ぎる。

 廊下に出、ルーリィは振り返った。恐る恐る病床の灯里に近づくヤマトの背中をしり目に……


(異種族間の許されぬ恋……か。もしかしたらここに来るべきはシャリエールだったかもしれないね)


 ぱたんと、病室のスライドドアを閉じた。



「ちょぉっ!? 月城さんっ!?」


 驚き桃の木久栗毛ぇぇぇぇぇぇぇ!?

 ちょ、奥さん聞いてくださる? 俺の見まいに予想外のお客さん、月城さんが来たってのは別にいい。

 問題は……


「ゴメン。ビックリさせちゃってるよね」

「いや、ビックリっちゅうか、そんなそんな、おキレーなお手てが汚れることになる」


 近づくなりジッと数秒俺のこと見つめた月城さんが、俺のほっぺたに手を添えるじゃないっすか!?


「あれやで? 月城さんも聞いたことあるっしょ!? 俺に触れる。孕む」

「あぁそうだったね。声を聞いただけで赤ちゃんがデキちゃうって。耳洗わなきゃって女の子達が言ってた」

「ちゃぁんと洗うんだぜ? じゃなきゃバリアーつかエンガチョっつーか……うはぁ、エンガチョってなあ随分とまぁ昭和だねどうも」


 慌てる俺を間近にしているはずの月城さんは、顔を曇らせジッと見つめ上げるから何とも居心地が悪い。


「山本君……」

「んん~?」

「どうして、偽るの?」

「えっ? 何を言って……」


 いや、顔を曇らせてるというか、何か不満げなような。


「凄く、無理してるよね」

「無理って、俺が? いやいや、バカ言っちゃいけない。脳足りんノータリンなポクゥ、何かあって悩むところで、悩む前に何に悩んで忘れちゃうレベルなの」

「……真面目に返して」

「そんな何に悩むか忘れる俺が無理だなんて……」

「もっと真面目に受け止めてよっ!?」

「ッツ!?」


(なんだコレ……なんだって月城さん……)


「なんで怒ってるんだ?」


 不満げだった表情は、今度明らかに怖い物へと変わっていた。

 お前さん、美男美女はどんな顔しても美男美女って言うし、ハワワでキャワワなロリリ月城さんが怖い顔したとこでやっぱり可愛いんだけど、醸し出す空気がゴゴゴ……になってるならその限りじゃない。


「怒るよ。山本君、全然周りを信用してくれていないんだもん」

「え、ちょっ、誤解がある。俺が信用してないなんて……」

「そういう意味じゃない! 山本君、悩みをさらけ出した先の相手を困らせることを怖がってる」

「ッツ!?」

「でもそれって私たちから見てどう思うか知ってる? 『山本君、大丈夫なのかな?』って心配しちゃう。当然だよ。何も教えてくれないから!」


 なんか胸を打ち抜かれてしまったような。

 月城さんが俺に向かって本気で声を張り上げたのは文化祭で喧嘩した以来だろうか。でも、今回は不思議と嫌な気持ちにならなかった。


(いんや……寧ろこの場合、嫌な気分にならないことこそ・・・・・・・・・・・・・問題なんじゃないのか・・・・・・・・・・?)


「ご、ゴメン。大きな声出しちゃって」

「い、いや……」


 月城さんは俺の顔から手を離すと、正面に立っていた状態から、ベンチの俺の隣に座って両手をもみもみしていた。


「文化祭での事件があって、隆蓮様との一件があった。山本君はいつも笑ってくれてるけど、ほとんど弱みを見せないから正直心配で。でも、謹慎に入っちゃってお話しすることも出来なくなって」

「そんな改まって話すようなことはないと思うんだけどな」

「本当にそう思う? それとも、心配させたくないから突き放してるだけ?」

「くぅっ……」

「桐京校文化祭で起きた事件、山本君は、秘密と私が心配することを恐れていたって言ってくれた。あれが本心。状況が状況だから、秘密にする余裕がなかった」

「ソイツぁ……」


 何を言えばいい。どう振舞うのが正解か。

 俺も分からなくなってボサボサと後頭部をかきむしる。


「桐京校文化祭で、思い知らされた。どれだけ私が山本君を知らないか。それに……凄い怖かった」

「怖かった……って……」

「『自分が元気でいるのも、私が活きた証』って、そう言ってくれた山本君は、あの場で捨て身の行動ばかりを選択した」


(ああ……その気掛かりが無かったわけじゃない)


「作戦展開エリアに姿を現したこと。一、二年生をまとめ上げただけじゃない。本来力のない者では自殺行為に等しい《アンインバイテッド》との交戦を敢行した」


(いつか突っ込まれるとは思ってた。この病院で声を駆けられた時に月城さんに引っ掛かった物を感じたのは、俺が、そのあたりを突っ込まれると予測できたからだ)


「蓋を開けてみたら何? つなぎ目で外殻の薄い足関節を狙ったあの戦い方、第一形態の習性を知り尽くしたゆえの後輩訓練生への指令。あまつさえ……」


(さてぇ? どうすっか……)


「第二形態を相手に、堂々とした戦いぶり!」


(どーにかできんのかコレ?)


「まぐれとか偶然何て言葉じゃもう説明がつかない。山本君は、誰も知らないところで何度も、一人で戦ってきたんじゃないの!?」


 グゥの音も出ないとはこのこと。

 「違う」と言ったところで納得しないだろうし、間違いじゃないから。

 でも、「そうだ」と言って、その後どんな話の進め方をすればいいんだ。


「……そんなことを聞いてどうすんの?」

「そんなことって」


 結局、思わず口をついて出たのはそれだった。


「『心配させたくないからでしょ?』って言ったじゃない。心配をかけたくないと思う何が悪いの?」

「そ、それは……」

「聞いて、何かできるのか?」


 あぁ、嫌なことを言ってる自覚がある。


「そうだねぇ。言われた通り、一人で無茶した場面はなかったわけじゃない。ただ、望んでか望まなかったじゃない。その時はそれしか手がなかった」


 月城さんは実に苦し気だった。その表情を作っているのは、俺なんだ。


「でも、運よくまだ生きてる。今は、それで良くない?」

「それでって……」

「こんなことあんま言いたくないけど、一人でやるしかなかったってことは、誰もその場に居なかったってこと。となるとね、後になって色々聞かれちゃうとなんか蒸し返された気になる」

「あ……」

「正直、いい気持ちはしない……かな?」


 もみもみしていた両手を月城さんは胸にやる。息苦しそうに胸を押さえ、俯いていた。

 

「『こんなことがあったよ』とか『あんなことがあったよ』とか、結局は後の祭り。言ったところで、戦わざるを得なかったその状況が変わるわけがないじゃない」


 だから嫌なんだ。この子は俺の事を心配してしまえる娘だから。

 

「いいんじゃない? 終ったゴタは蒸し返さない。折角生きている今を楽しもうじゃない。俺だってこういう話して月城さんを嫌な気持ちにさせたくないし、するなら楽しい話が一番だ」

「……それは……私を傷つけるから?」

「ん? ん~……うん。だね。月城さんを、傷つけたくはない」


 俺の生存を生きた証と捉えてくれる女の子だから。俺の危険はカノジョにとって一際焦らせ不安にさせる。なら、どう考えてもこういう話は月城さんとすべきじゃない。

 

「つ……月城さん?」


 俺の隣でに座る月城さんは、両手を胸に当てたまま上体を倒す。


「あの、どした?」


 胸が痛いか、腹が痛くてうずくまった様にしか見えない。


「……だったら……ね?」

「だ、だったらって?」


 フゥっと大きく肩を上下させ深々と息を吐いた彼女は、スゥっと上体を起こす。

 先ほど声を駆けてきた時と同じような何ともつかない表情で俺を眺めて……


「……傷つけていい……」


 月城さんに対する、俺の一番の恐れを……


「私の事も……傷つけていいよ」

「ッツ!?」


(どう……して……)


 許して見せた。

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