テストテストテスト37

(これが! アーちゃんを完全回復させた血液!)


 ゴクリと一つ喉を鳴らす。あれほど完治は無理と思っていたほどのダメージと痛みはたちまち消えてしまう。


(コレ、駄目。絶対にダメにされちゃう血液……)


 ゴクリ、喉を二度目鳴らす。全身にゾクゾクした者が駆け巡るのに、寒気でなく、火照りが支配した。


「ンむっ!? んっ♡ レラレロぉ……ジュゾッ♡」

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ!」


(虜に……病みつきになる。これ……ダメっ! 喉が……止まらなひ♡  凄いっ! しゅごしゅぎるっ!?)


 ゴクリ、三度目。


(欲……しい……)


「ジュポォッ♡ んぅっ♡ ハァッ♡」


 脳に響き渡る甘い痺れ。


(欲しい……欲しい……)


 つい一分前まで死につま先から首まで浸かっていたとは思えないほどの快楽。


「ジュップ♡ られぇ♡ ジュ……ジュルゥッ!?」


(欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!)


 ゴク……ゴクッ……ゴッ……ゴッ……ゴッゴッ……喉のなる音は止まらない。

 一滴すら余すことの無いように、一徹の舌に自身の舌をキツく絡ませた。口をすぼめる。口吸いにより、舌に開いた牙によってできた穴から、体液を引っこ抜く。


(スゴッ♡ まだ終わらない! まだいっぱい出てくる♡!?)


 全身に力がみなぎる。直感した。単純な体力の完全回復どころじゃない。吸血鬼としての妖力フルキャパシティが書き換えられているのだと。

 レベルアップとでも言えばいいか。吸血鬼として、通常じゃ行き着けない遥か高みに自信が進化している。


「プハァッ♡」

「お……イ? 吸血鬼ィ……」

 

 あふれ出てくる血を取り込もうとし過ぎて息をするのも忘れたネーヴィス。数十秒とも超える長い期間のキスを経て、やっと酸素取り込もうと口を離す。


「決めました。貴方は、私のモノにします。と言うより、もう貴方は私のモノになりました・・・・・

「い、言っている意味が分からないんだが?」

「もう、アーちゃんとかどうでもいい。ルーリィ様やシャリエール様にも渡さない。貴方は私だけのモノにする。私の所有物に、私の肉人形に……」

「コイツ……入りやがった・・・・・・な」


 苦しむ男から無理矢理体液を絞り出す。

 ネーヴィスの絶叫が一徹にとって嬌声にも聞こえたように、ネーヴィスにとって今の一徹の表情は色々、昂らせてしまう。

 これまで自身の身体に馬乗りになった一徹と、態勢を変えた。

 もはや完全回復を遥かに凌駕したネーヴィスは、此度一徹を自身から押しのける。押し倒し……仰向けになった一徹の腰に跨る。


「気持ちいいでしょう? 吸血鬼による吸血は……」

「んっ!?」


 絶対に得物を逃がさない態勢。

 再び、ネーヴィスと一徹の粘膜同士がこすれ合う。


(早く、早く墜ちろ。私のモノになれ。私の、私のモノに……まだ時間がかかるのか……)


―エラー。その指示は実行されませんでした―


「えっ? なに? 今の声は……」


 一徹の舌を逃さず、引き続き彼の血を飲むネーヴィスは、実は毒を一徹に植え付けていた……はずだった。


「も、もう一度……」

「ンむぅっ!? いいね。確かに気持い。気持ちいいが……」


―エラー。その指示は実行されませんでした―


「なぁっ!?」


 自分の中でくだした指示に対し、予想外の結末。

 誰かからの声が胸のウチによぎる。それが、ネーヴィスを狼狽させる。


「やはり、人間ではなかったか……」


 艶めかしい光景を眼前にて見せつけられていた宗次は、しかし取り乱すことはない。寧ろ納得したように嘆息した。


「あり得ない! なぜだっ! なぜ眷属化しない!」


 寧ろネーヴィスこそこの展開に言葉遣いまで忘れてしまう。


「私のモノになれ! 私が飽きるまで! 気持よくしてやるからっ!?」


―エラー。その指示は実行されませんでした―


 何度その行動に移ろうが、結末は揺るがない。


「ならここはどうだ? 気持いいだろう?」


ー所有アクセス権限がありませんー


 耳たぶを食む。しかし回答はネーヴィスが望まないものばかり。


「では、ここだ!」


 首筋にかぶり着く。何度も何度も喉を鳴らす。

 自分のものになれと気持ちが逸り、貪ってしまう。


―エラー。アクセス権限がありませんー


(まさかこの声は……この血から聞こえているのか?)


ー警告。権限はヴァラシスィ神・・・・・・・・・・によって管理されています。天照大御神、須佐之男命、月詠命レベルのアクセス権を持って改めてお試しください―


「ッツゥ!?」

「さてぇ? もうそろそろ満足だろ?」


 完全優位を取り戻した。そう思っていた……のに、掛けられた一徹の声は、実に穏やかだった。


「悪いな。吸血鬼に噛まれたなら俺も魔族になって眷属化ってのがお約束なんだろうが、所有権はヴァラシスィにって話は決まってる」

「……あ……」


 アクセス権での衝撃もあって、いつの間にか戦いを忘れてしまっていたネーヴィス。


「貴方は……一体……」


 言葉に詰まる。

 あれほど強烈だったはずの一徹が、柔らかな笑みを浮かべ、馬乗りにされている状態から腕を伸ばす。

 ネーヴィスの髪を柔らかく撫でたのだから。

 

「どいてくれるか?」

 

 何だろう。別に気押された訳でもないが、素直に従ってしまう。

 一徹から離れ、おずおずと立ちあがる。

 めくり上がってパンティが見えてしまったスカートを元に戻す。

 ボタン全てがはじけ飛んでしまった上着は、自身を抱きしめるようにして上半身の露出を防いだ。


「合格だ」

「えっ?」

「合格……ですと?」

「少しやり過ぎちまったが、お前たちを試させてもらった」


 神なる剣を自らの胸に突き入れる。自刃ではない。肉体を鞘として見立て、剣を納めた。

 

「お前たちの理想セカイへの強さ重さと覚悟、しかとこの身で確かめさせてもらったよ」


 自ら戦闘態勢を解除したということ。


「うん、いいだろう。お目当ての貴桜都退魔師は、お前たちの好きにすると良い」

「合格……とは? 何を試されたか、お聞きしてよろしいか? 覚悟とは?」

「ん~? どうしても人間と魔族の争いを回避したいのがなぜか気になってな。単に戦を回避したいだけか、それとも他に思惑があるかとな。良いもの見せてもらった」

「良い……もの?」

「双方の命が失われることを回避したい。それもあるだろうが、どことなく互いに、思いやりのような者が見えた。驚いたのはそこなお姫様とお坊ちゃんの関係性……いや、その二人を通じた、お前たち二人の関係性かな?」

「蓮静院の。いえ、宗次殿は関東退魔大家、元は次期頭領の綾人様に一番近しい」

「吸血鬼は、妖魔の姫の姉とすら自称する」

「退魔師を人間族に置き換えてみる。この国じゃ両種族のトップに一番近しいお前たちが、手を取り合って俺を倒しにかかった」

「それは、綾人様とアーちゃんが同じクラスに所属することになったからで……」

「魔と人の混血。半人半魔の刀坂ヤマトが繋いだ両種族の絆。これからの世に必要不可欠なるものと先の戦いで証明なされた」

「人間と魔族の共存は叶う。ヤマト様はそれを証明しました。今やそれが、英雄三組の理想の世界」


 心底嬉しそうにほころぶ《災禍山本一徹》は、腰に両手を当ててうんうんと頷いた。

 先ほど殺し合いを演じた相手を前に、目を瞑っていた。

 

「理想の世界……ねぇ?」


 多分、イメージしている。


「我らはそれぞれお二人の僕。主の行く道こそ、我らの行く道なれば」

「ならば主を守る私たちは、主の望む世界を守らねば。命に代えても、支えます」

「フゥン。いい……な。そう言う世界。俺の世界地元でも、ちょっと前まではそういう概念があり得なくてね」


 あまつさえ、二人に対して背中を向けた。


「接近戦では、爺さんじゃ分が悪い。別嬪さんが前に出なければ、爺さんは終わってた」


 幾ら戦いの意思がないと示すためとはいえ、あまりに無防備すぎる。

 

「それは別嬪さんも同様。俺との実力差は思い知ったろうに、それでなお俺の怒り買う覚悟で爺さんは俺の動きを封じ、別嬪さんに逆転の目を作った。命を懸けて守りたいものがある……か」


……否、しかしさらけ出した背中に簡単に飛び込んではいけないのだと、嫌な予感が二人を襲う。

 隙だらけに見えて、まるで自然体こそが彼の最強の構えのようにも思えた。


宗次むねつぐ

「なっ!?」

「そして風音」

「えっ!?」

「お坊ちゃんとお姫さんの親父さんにお袋さん。お前たちの主にとって一番の幸せは、傍にお前たちほどの豪傑女傑が傍にいることだろう」

「「ッツゥ!?」」


 あの、荒れ狂う暴風は過ぎ去った……後がまた、二名家最側近の二人には衝撃的すぎた。

 呼び捨てに驚いた二人。しかし二人はなぜか、それが親しみを込めて口にしたものだと分かってしまった。

 警戒を解いた。認めてくれた。ゆえに、向こうから心を寄せてくれたのだと。


「断言できる。俺にも、こんな俺みたいな奴に命かけ、全てを差しだそうバカがいてね。お前たち二人が並び立つ光景も、何かホッとするよ」

「ホッとする……ですか?」

「ヴィクトル・ユートノルー、そしてシャリエール・・・・・・オー・・フランベルジュ・・・・・・・


(なっ!?)


「ヴィクトルってのは宗次、お前みたいに堅物で、物凄い強いんだ。男として惚れちまうような奴が、なぜか俺の右腕に収まってくれてる」


 さぁ、少しずつ漏れ始める一徹の秘密。


「ふ、フランベルジュと言うのは、どのようなお方なのですか?」

「ん?」


 特にこの場に居ない、しかしネーヴィスにも知っている灯里の担任教官の名前が出たことが、秘密を解き明かすきっかけにも思え、好奇心が沸き上がった。


「いいオンナだよ。美人で気立て良くてね。魅力あふれる肢体を……鍛え上げることで戦闘用に作り変えた。俺の為に修羅に身を落とし、殺しの味を覚えた」

「フランンベルジュ……教官か」

「ん、何か言ったか宗次?」

「い、いえ……」

「ったく、たまったもんじゃないね。つまり俺が、アイツの普通の女の子として生きるセカイを奪った。『旦那様のせいじゃないですよ~』とはいうもののね」

「だ、旦那さま……ですと?」


(真実だ……でも……)


「そりゃ宗次、見てみろよ。こんなオッサン」

「なにを言って……貴方は……」

「宗次殿、今は……」


 話を聞いて、ますますわからないこと生まれてしまう。

 宗次が水を差そうとするが、とどめた。こういう場合、本人の進むまま離させた方が良いと踏んだ。


「風音」

「……ハイ」

「お前さんは少し、シャリエールに似ている。主の為ならなんだってする。何だってできる。良い方にも、悪い方にも」

「かも……しれません」

「あんまり、無茶はするな。主は……気付くもんだ」

「それが僕ではありませんか?」

「僕だ。主もそこは割り切ってる。割り切らなきゃならない……が、だからと言って気にかけてないわけじゃないんだぜ?」

「それは……」

「自分の為に悪いことするだの、殺させるだの。やっぱり……クる・・。だったら、だからこそ、主は余計な負担を僕に掛けさせるわけには行かない。僕も、無茶をして主に何か被らせないようにしねぇと」

「心得ておきます」

「うっし!」


 一部でも本気に成った姿に暴風を重ねた理由が何となくわかってしまった。

 情に厚く、深く、広すぎる。

 平常時はあまりに大らかで、あれほどの目に会わされたネーヴィスですら、何か温かさを《災禍山本一徹》に覚えてしまう。


(大自然のような……)


 だから、自然が荒れ狂うと暴風になるのだろう。


「にしてもその、刀坂……少年? 会ってみたいな」

「……お会いになりたいと。会って、何を話されますか?」

「話はしないよ?」

「しない?」

「ただ、話は聞いてみたい。色々背負っちまったものは多そうだ」


 苦笑。声色にはヤマトへの理解をしのんでいた。


「《灰の者》。話に聞きゃ、まだ十代のガキ……が、両種族を繋げる柱となるか。だが同じく双方の保守的な見方の奴からの敵意も凄いんだろうさ。ストレスだってたまるだろ。吐き出すだけで、随分違う」


(あぁ、これだ……)


「……二人を見込んで、頼んでいいか?」


 絶句する宗次の隣で、ネーヴィスは思い当たる。


「願わくば、お坊ちゃん、お姫様と同じく、そのトーサカ少年を守ってはくれないか?」


 時折感じる、通常時の一徹から感じる、果てしなく広い包容力の正体は、これだったのだと。


「その少年が歩む道は、茨の道。俺にも答えは見つけられなかった」

「貴方様に……とは?」

「だから投げ出した。きっかけを作り、俺は種をバラ撒くだけバラ撒き、後は知らんぷり。一石を投じた後の世界の自然な流れを見守ることにした」


(もしや、正体の知れない山本様が英雄三組に来た理由は……)


「俺からしちゃ、こっちの魔族と人の関係は、かなり見どころがあるよ。心配なのは、その刀坂少年の心の方だ。そこまでたどり着くまでに払った犠牲が、俺にはゴマンとある」

「……犠牲?」

「さっきも言った。俺はシャリエールを女の子から暗殺者に作り変えた。ヴィクトルが俺の右腕になったのも、元は俺が奴の主人をこの手で殺したからだ・・・・・・

「「なっ!?」」


 とうとう……飛び出してしまった。

 一徹の姿した何者かが遂に、誰の命を奪った過去があることを告白した。


「刀坂少年には、大切な仲間がいるんだろ? そしてその仲間には宗次、風音、お前たちのような、彼のことも大切に出来る大人がいる。そういう存在が出来るまでに、俺には時間が掛かっちまった」


(ヤマト様の為……アーちゃんの為、綾人様の為。つまり……)


「刀坂少年は、宗次、お前の目から見て外道か?」

「否。ヤマト殿は誇り高き桐桜華の武士。殺めた経験は有れど、道を外してはおりませぬ」

「そか。よかったぁ」


(この人は、いえ、このお方・・は……)


「ならば風音。お前の目から見て……俺は外道だろう・・・・・

「あっ、その……」

「取り繕わないでいい。その自覚は、俺にもある。つまりはそういうこと。まだ、刀坂少年は道を外していない。そして彼には助けてくれる大切な仲間がいる。お前たち頼りになる保護者がいる。俺は多分……そんな少年が羨ましいんだよ」


 だから、《災禍山本一徹》は「武勇に名のある」の賞賛に嫌な顔をしたのだ。

 確かに先ほどの戦闘には目を見張るものがあった。

 思えば彼は殆ど力を使っていない。近接戦闘のみ。実力をすべて出し切ったようにも思えない。

 ……違う。


「俺のような外道に堕とさせないように、しっかりと支え、守ってくれたら嬉しい。もしかしたらその刀坂少年は、俺とは違うやり方を示してくれるかもしれないから」


 何かを、《災禍山本一徹》は成し遂げたのかもしれないが、その結果として、その工程で数えきれない命を屠って、今の強さを身につけた。

 だから称えられた強さを否定した。恥じたのだ。


「頼むぜ? 力あるものは、それだけの使命を果たさにゃ」


 ゆっくりと二人に近づく、柔らかな表情の《災禍山本一徹》。

 並び立った二人の眼の前までやってくる。

 信じ切った眼差しに宗次もネーヴィスも唾を飲み込んだ。


英雄三年三組人魔の暁導くため・・・・に来たのだとしたら……)


 クスリと笑って、左右の手それぞれ、二人の肩に乗せた。

 主人からの命令ではない……のに、二人の胸を熱くさせ……


「大人ってなぁ、いつの時代も若い奴を導くもんだって。随分とまぁ俺も、オッサンにぃ……グゥッ!?」


 そんな、安堵の時間は、終わりを告げた。


「如何なされた!?」

「あ、頭が……割れ……」


 状況に偽りはない。その証拠に、ネーヴィスは自らの肩に置かれた一徹が、痛み堪える為握りしめようとしたことで、肩肉えぐり取られそうな痛みを覚えたからだ。


「ササヌーン……チィッ! 一体どういうこった!? 『余興はこれまで』だと!?」


(ササヌーン……何度か耳にしたその名前。《ササヌーン・ムカータ》は恐らく……でも、なぜっ!?)


「待て! 『出番はここまで』ってぇいったいどういうこった! 出番ってなぁ……俺の・・っ?!」


 痛みに耐えきれず、頭を両手で抑えた《災禍山本一徹》はよろよろと二人から距離を置く。


「バカ……野郎! 俺以外、どこに俺がいる!? ハァ? 『まだ早い』ってぇのは!? クソがっ!? 債権者は俺・・・・・……ギィッ!?」

 

 その光景を前に、ネービスはチラリと宗次を見やる。

 宗次もまた、自分と同じ考えに行きついたのだと理解した。


「ギガァァァァァァァァァァァァァァァ!?」


 両手で頭を押さえた《災禍山本一徹》は、天井に向かって断末魔にも似た叫び……戻るのだと・・・・・

 そして……


「……ん? あっ? ネー……ビス? オジサマも……」


(戻った)


「俺……今まで何をして・・・・・・・……」

「なんという……事か……」

「違ぇ! 《ヒロイン》! 《王子》っ!?」


 宗次が絞り出したい気持ちも分かった。


「ありがとうございます! 助かりました! あとは、二人を助けるだ……ぐっ!」


 先ほどまでネーヴィスと宗次の意識を奪った男が、その場で片膝をつく。


「あ、アレぇ? どーした俺。無駄に……体が重てぇけど……」


 無理やり、力任せに立ちあがった彼の顔。


「耐えて……頂戴よ? 俺が倒れたら……二人を……心配させるじゃないのよぉ……」


 不安と恥らいが見えた気がした。

 《災禍山本一徹》……否、今や戻った皆のいつもの一徹は、いつまでも自分の事を、足手まといだと呪っている。


「山本さんっ!?」


 その時だった。

 三人の、よく知る声が一辻。

 そこから……


『お、おい、なんだよこの状況』

『ヤベェことになってっけど……』

『この人数を、立った三人って……』

『ちょっと待てよ。アレ、脚……じゃねぇか? 腕も……』

『拷問? 違ぇ。バラそうとして』

『……アレが……お前が五部盃交わしたいって山本組の頭か?』

『……の……はずだったんだがな。ヤマ、お前ちょっと、人間やめてるぜ……』


 膨れ上がる、多くの声。


(あ、危なかったかもしれない……)


「あぁ……《委員長》?」

「山本さんっ!? しっかりしてください!」


 第一声。三年三組は禍津富緒のものだった。

 一目見るなり、いつもの一徹は助かったと安堵してしまったのだ。

 ガクリと腰が抜けてしまって……完全に床に倒れ斬る前に、富緒に抱き留められた。



 封印術を何とか一人で解除した。

 それと同時、現れたのは先ほど一徹を助けようと胸に誓った暴走族たち。

 特段言葉を交わす必要はない。

 富緒が纏う制服が、全てを物語っていたから。

 皆で力を合わせて扉を開く。建物内に侵入して……だが、気持悪いほどに、それ以上の進行を妨害しようという者もいない。

 そうして最深部にたどり着く。


(ッツ!?)


 そうして、富緒は認めた。

 

 死屍累々(一人として絶命してはいないが)。


(うっ!?)


 認めてしまう。死屍累々の中に転がっている、女の子のものと思しき、切断された脚と腕。


(一体、何があったというんですか!?)


二人の大人と……


「山本さんっ!?」


 その中央あたりに立つ、三泉温泉ホテルの名が刺繍された半纏を纏う……


「あぁ……《委員長》?」


 富緒の声に反応し、振り返った彼は、ホゥっと息を付く。途端だ。力が抜け、倒れ込みそうになる。


(間に合って!)


 なんとか駆け寄り、倒れ込む前にクラスメイトを抱き留めることができた。


「山本さんっ!? しっかりしてください!」

「いい。俺如き……どうでもいい」


(そんなわけには行かない! 山本さんのこの状況は一体何?)


 今の一徹を抱きしめられるのは、きっと富緒もかつて何度も死線を渡って来たゆえ。

 

「それよりも……《王子》、《ヒロイン》の元へ連れて行ってくれ」


 異臭が酷い。

 おびただしい量の返り血が空気に触れ、酸化した生臭くて鼻の穴から脳天を突き上げる匂いだ。

 どうしてこれだけの血を被ることになったか。


「や、山本さん?」

「ん? どーした?」

「……揉んでます。というか……握ってます」


 聞きたい。でも、聞けなかった。


「うっはぁ♡ 流石ガーサス《委員長》。オッパイ……やぁらけぁ♡ な、刀坂にはもう、許した?」

「冗談言っている場合ですかっ!?」

「あてっ!」


 当然のようにセクハラ敢行してくる一徹。額を掌で小突いて、そしてそれを彼は、嬉しそうに享受した。


「頼めるか?」

「……ハイ……」


 自分一人だけ先にこのばにたどり着いた。

 セクハラは、質問をしたい富緒の出鼻を挫きたいゆえ、一徹がわざとしでかしたようにしか思えない。


(風音さんはともかく、あの宗次さんまで、黙って見守っているなんて)


 だが、黙って聞くしかできなかった。

 行方を見守る大人二人の態度よ、追及は、とても許されなさそうだ。


「ったく、苦しそうじゃねぇの。随分……情けない醜態をさらしやがる」

「ハァッ!?」


 どさくさに紛れて乳を揉まれた富緒の肩を借り、引きずられたように歩んだ一徹。

 やっと、守りたいクラスメイトの元にたどり着いた。


「よう? 気分は……ど~よ? 《王子様》?」

「や、山本?」


 呼びかけと共に、顔に抱えられた袋をはがす。何が何だかわかっていなさそうな《王子綾人》の顔を見るなり、一徹は富緒から借りていた肩を手放した。


「山本さ……」

「いい。このままで……」


 力のない語気の一徹の発言には、さしもの富緒も何も言うことができなかった。


「……すまなかった」

「貴様、何を言って……」

「下手、濃いちまったようだから」


 肩を借りて何とか綾人の元に行った。つまり、もう自分の力だけでは動けないということ。

 富緒から離れた一徹は、力全て抜き取られたかのように、倒れた綾人のすぐそばに跪く。


「も少し俺がうまく立ち回れたなら、お前も、《ヒロイン》にもこんな恐い思いをさせなかったのかな?」

「……おい、貴様、大丈夫なのか?」


 やっと顔に被された袋をはぎ取ってもらい、視界を取り戻した綾人が認めるのは、満身創痍。


「ハハッ……いつまでたっても、俺は、お前たちの脚を引っ張ってばかりだ。」


全身傷だらけで、乾いたどす黒い血に汚れた息も絶え絶えな、クラス筆頭出来損ない。


「こんなんじゃ、お前たちのクラスメイトだなんて……」

「お……おい、貴様聞いて……聞こえて・・・・……」


 生存と無事をやっと見届けることの出来たクラスメイトは、しかし顔に活力はまるで見えない。


「言えない……なぁ?」


 ……それが、この場において最後。

 プツリと、糸の切れた操り人形のように。

 多分一徹は、最後の気力を振り絞って綾人に声を駆けた。それが成った。安心した。

 だから……


「や、山本さん!?」

「山本っ!? 山本ぉっ!?」 


 声を駆けた一徹は、倒れた綾人に覆いかぶさるような形で、気絶故に倒れてしまう。


「山本さん! しっかりしてください! 山本さん! 目を覚ましてッ!?」

「宗次! 聞こえているか宗次! 山本がっ!?」


 ……その光景、宗次とネーヴィスにとっては複雑以外の何物でもなかった。


「宗次! 爺っ!? 助けてくれ・・・・・!!!」

「あ、綾人坊ちゃま……そのお方は……」

「俺のことなどどうでもいいから・・・・・・・・! 山本をっ……その男をっ……助けてくれぇっ・・・・・・・!? 友達なんだっ・・・・・・!」


 宗次の主の一人、綾人は、一徹の本当の姿を知らない。

 若しかしたらあの正体を知った今、気絶した一徹を助けていいかも定かではない。


「山本貴様! この俺を守るため死んでみろ!? 絶対に許さんぞ! 殺してやる!?」


 だが、本当の姿を知らない綾人は、ただただ彼の命を救うことに本気に成る。

 その必死さを、単なる友情から来るものと思っていいか不安にある。

 懇願と言う行為。それは誇り高い綾人には似合わない。それをさせている。

 綾人は……山本一徹に心酔している。否、洗脳されているのかもしれない。

 ただそれが……どっちの一徹なのか、そこが問題だ…… 


「宗次殿……」

「分かっている。ここまで来て、報告するものが何もないとは言えんよ」

「……《闘神》については……

「陰陽薬師に依頼する。貴殿は……」


(何ですか? この、気持悪い感覚は……)


 一徹は気絶し、胸のあたりに突っ伏された綾人は半ば錯乱していた。

 それにしては、大人たちは随分落ち付いていて、それがこの場に第一にたどり着いた富緒には気持ちが悪かった。

 だが、長きにわたる、月城魅卯襲撃事件は、これにて終わりを見せたのだ。
























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