テストテストテスト35

「うん、やっぱりここの湯はいいな。肌になじむというか」

「たりめぇだ。無条件でウチの湯は全国温泉宿一なんだよ」

「根拠はないんだろ?」

「ないっ!」

「根拠がなくても言い切れるってことは、自信がある証明だな」


 実のところ、全身の肌がピリピリ来ていた。

 「そこだけは絶対に嫌だ!」と一徹が拒絶した部分以外の全て、一徹の手自らで洗体タオルでゴシゴシ擦ってもらえたのだが、かけられた力が強すぎた。

 まるでやすりが木材の角をガシガシ削っていってしまうかのように。まるでかんなが木肌を薄く向いていくかのように……

 洗体タオルの通り道、皮膚を、削ぎ落してしまいそうな勢いだった。

 そこに熱い湯は良く染みるのだ。


「……ますます主人公として合格だぜお前さん」

「はぁ?」

「チートって知ってるか?」

「桐桜花語に直訳すると、『ズル』ってこと……だよな」

「要は、勇者最強俺TUEEEEEEEEEEEEEEEE! ってこった」

「いや、全然分からないんだが?」


 ネービスによって夕食を食べさせてもらい、7,8割がた一徹によって体を洗ってもらったヤマトは、俵担ぎ宜しく一徹の肩に担がれ、露天風呂に投げ込まれた。

 かろうじて露天風呂の内壁に背中を預け、隣で同じく背からもたれた一徹の話を聞く。


「殺されたり、自ら命を断ったり交通事故だったり。物語の初めはまぁ、悲惨なものさ。彼女を……寝取られたりな」

「えっ?」

「その時点で、あわやラノベを閉じそうになるんだけどな? そっからが面白れぇ。死んだ命は異世界に転生したり、死ななくても転移したり。色々、あの手この手があるんだけど、普通じゃ持ちえない能力が備わったりするんだ」

「へぇ?」

「今まで気づかなかった力が開花したり……な? そっからは逆転に次ぐ大逆転よ!」


 こういうサブカルの話をするときの一徹は本当に楽し気だ。

 温泉の水面に拳を叩きつける。飛んでくるしぶきにイラっとしたが、まだ指一本動かせそうにない。

 

「寝取られた女の子とか、主人公を捨てた女の子は実力を見直してな。『抱いてっ!』て」

「おい」

「あとはバッサバッサ! 斬った張ったの大立ち回りさ。これがっ……愉快痛快爽快極まりねぇ」

「それが『ツエー』なのか?」

「『ザ・マ・ア』って言うんだぜ? 『ザマーミサラセ』ってな」

「『ざまあみろ』だろ?」


 完全に力抜けきらせた一徹。ポカンとした眼で空を仰いだ。


「小中が酷かったんだろ? 妖魔の力が目覚めちまった。皆から村八分喰らってさ。まさに物語の序盤さ。最悪なスタート。物語の立ち上がりとしちゃ上々だ」


 倣って、ヤマトも夜空を仰いだ。

 

「お前はその時自分の力に気づいたんだ。半人半魔。誰にも真似できない力さ。お前にしかない有利な点アドバンテージ。物語に主人公は二人もいらねぇ。違う。誰も主人公お前に成り代われない」

「なるほど、そんなフォローのしかた、山本にしかできないな」


 綺麗な眺めだった。

 満点の夜空、きらめく星々。そうして使っている湯から立ち上る白い湯気が、暗い空を少しだけ灰に染め上げる。


「この学校に編入して思ったのはさ、異世界・・・だ。異能力のない俺にとって異能力があることこそ常とする。ま、それ以前にやっぱ、進学するってだけで異世界転移。それは《主人公》もだろ?」

「そうだな。そうかもしれない」

「おめでとう。だったら晴れて、《主人公》も異世界転移したってこった。んでもってお前の物語は、第三学院三縞校入学異世界転移して始まった」

「そして俺はその物語の中で……幾人も斬った」

「らしいな? 話したければ聞いてやるぞ?」

「お前なら聞いてくれるだろうな。変な確信がある。でもそれについてはやめておく」

「そっか」

「これ以上甘えてしまうと対等じゃない。友達のままでいたいからな。だから今日じゃない」

「ククッ……構わんぜ? 俺が出来ることとしちゃ、話を聞いてやるくらいだ」


 いい仲間に巡り合えた。そう思う。

 だが、こんな話出来るのは、三縞でいっとう人気者なヤマトにも一徹が初めてだ。


「半妖としての力はゴイスーなんだってな。この学院異世界入学転移して3年目。その活躍があったから沢山の仲間キャラクターと出会った。今やお前はその中心にいる」

「キャ、キャラクターって……」

蓮静院王子壬生狼政治家なんざプライド高い奴らから認められるってよっぽどだぜ? 牛馬頭縁の下の力持ちは大らかだが筋を違える奴にはなびかない。鬼柳ショタは……言及を避ける」

「な、仲悪いとかないよな?」

「ハッ! おかげさまで秘密を打ち明けられる関係だよ。で……女子たちに関しては……」

「……関しては?」

「お前さん……チーレム・・・・って知ってる?」

「えっ? チーは、チートか? レムというのは……」

「タヒね~!」

「うん、やっぱり聞きなれないが、皮肉られているということだけはわかるぞ?」

「どーしても気になるってなら、今度自分で調べてみ?」

「藪を突いて蛇しか出てこない気がするが……ん?」


 話の中でふと、思い立ってしまう。

 半年以上一緒に学んできて、一徹のクラスメイトへの見方がヤマトと同じなのはいい。ただ一徹は自身をどう思っているか聞いてみたかった。


「お前は、物語で言うどんなキャラなんだ?」

「あ? 俺ぇ? んーなこたぁ考えたこともなかったな」


 聞くまでもない。

 一徹は女王から賞賛すら貰っている……のに、何となく負け犬根性が染みついている。

 その理由、一徹が編入してからこれまでの境遇を見て来たヤマトなら分からないでもない。

 深く強く刷り込まれているコンプレックスを、じゃあ皆で何とかしようとしたところで、もはや如何としがたいこともわかっていた。


「なぁ山本」

「んが?」

「それじゃあ最初に、俺からの山本への見解を聞いてもらえるか?」

「お前の、俺への見方っつったら……ゴミィ! カスゥ! バーカバーカ!」

「ど、どうしても俺を悪者にしたいのか……」


 おどけて見えた一徹は目もむき出し、べぇと舌を出す。煽るように両掌をひらひらさせると同時に水面から出ている両肩を上下させる。

 確かにおバカだ。おちゃらけている。


「そうだな……やっぱ友達って言うのが一番しっくりくるか」

「うはぁ、改まって言うことじゃないでしょうよそれ」

「いや、実はまだ続きがある」


 一徹という男は、実はとても空気の読める男だから。


「この学院に入って友達には恵まれた。だがお前は、どことなく他のみんなとは違う気がする。何となく何でも言えてしまいそうな……って、なんで離れるんだ?」

「詳しい説明は割愛する。しいて言えば、両手でケチュ穴……」

「抑えるな。俺にそんな趣味はないから」


 恐らく、今見せる道化のような振舞いは、一歩間違えれば重くなりかねない空気を、何とか誤魔化そうとしている。


「山本は普段ふざけてばかりだ。でもどこか憎めないのは、外しどころを間違えないからかな」

「外しどころ?」

「マズいという場面でお前は絶対に外さない。ここ一番という時に俺たちの誰も考え付かない策を立て、実行してみせる。みんな言わないだけで山本を頼りにしてる」

「はっ、買いかぶりも過ぎる」

「そうでもないさ。夏祭りの事件、文化祭では見事4000万の売り上げを立てたじゃないか。最終日の事件でも。今日だって倒れた俺を助けてくれた」

「何言ってんだ。お前を介抱してる以外は、全部みんなが頑張ってくれたからじゃない」

「そう思うか? 『山本だから変な期待と信頼がある。お前なら何とかしてくれる』と、彼女たちがお前に俺を預けた理由じゃないかな」

「やれやれだねどうも」

「多分あの場で倒れたのが俺じゃなくて彼女たちだったら、そこにお前が通りがかったら。間違いなく俺も頼っていた。さっきも言ったがみんな一目置いている。意外と面倒見もいい奴だからな」


 アホ面晒す一徹を一瞥しつつ、ヤマトが夜空を見上げ続けるのは変わらない。

 ポツポツと、なんの奇もてらいもなく思ったことが出てしまう。


「だから多分俺は……山本に対し兄貴分を感じてる」

「はぁ? 冗談キツぜ」

「結構真面目に言ってるんだけどな」

「なお悪いわ」

「この宿で休ませてもらってからは、結構自分でも恥ずかしいことを言っている自覚がある。それでもこうして口にしてるのは、弟が兄貴に対して愚痴を言ってるように感じてるからだ」

「勘弁して頂戴。どういうわけか俺には弟分がすでに100人以上いるんだぜ?」

「トモカさんの旦那さんの事を、山本は兄貴分として尊敬してるんだろ? 知らないうち振る舞いが憧れの兄貴像に近づいているのかもな」

「うわぁ、似るわけないでしょうが。旦那さんと俺ってなぁ人間としての格は天と地ほども差があるんだ」

「そうか? ティーチシーフにグレンバルド、ストレーナス。100を超える若衆と接するお前にも同じものを感じる。だから『恥ずかしくても、なんか山本になら言っていいかな』って俺も実は思ってた」

「お・こ・と・わ・り。兄貴ってぇのは古今東西、容姿、知力、体力、全ての面で弟の上位互換。テメェみたいなやつが弟になってたまるか。常に優秀な弟に比較し続けられる兄貴。悲惨だっての」


(本当に山本は、謙虚も度も過ぎた卑屈な奴)


「だからこそ、山本にはいつもいい意味で裏切られる」

「いい意味?」

「お前は、いつも自分を卑下する。みんなからの期待値を一気に下げる。マイナスからのスタートだ。でも実際は皆の期待以上の働きをして見せる。さっき大逆転の連続が快感を生むって言ったろ? 山本だってなかなか逆転に次ぐ逆転を見せてる」

「あーうん、ねぇな」

「そうか? 期待してなかった分、想像もできないレベルでいい裏切りを見せるお前に対し、驚きや楽しさ、嬉しさは一層濃く感じてるんだけどな」


 頭にのせていたボディタオルを広げた一徹。露天風呂内の大き目な腰かけ石に座し、後ろにやった両手をついた手に胸を反らす。「あーあり得ねぇ」とか宣いながらタオルを顔に掛け上を見上げた。


「最悪、縁起悪」

「えぇっ!? 今のは俺からの最大限の誉め言葉なんだけど!?」

「お前さん、物語の中でしばしば主人公の兄貴分がどんな末路迎えるか知ってっか?」

「ま、末路って……」

「兄弟比較されてばっか。腐っちまって裏切り~の。と、この場合は弟の手じゃ倒せなくて、主人公の仲間……全員絶賛大美少女の手によってられたりするもんなの」

「そ、それは……」

「兄貴分は思う。『畜生! 何だってお前にばっか可愛い子が寄ってくるんだ! なんでお前の代わりにろうなんざ思いやり受けてやがる!』と。嫉妬だよね」

「あ、兄貴と違って弟はモテモテだからか? で、愛されているのが見て取れる」

「悔しかろ?」


(じ、地雷を踏んだのかもしれない)


 全身動けなくとも、眼球動かすくらいはできるヤマト。知らずに白目を剥いてしまった。


「他にも色々、主人公兄貴分あるある」

「まだあるのかっ!?」

「可愛がっていた弟を助ける為に自分の身を犠牲にするとか。主人公を裏切り何度敵対せど、実はそこに主人公を助ける為の秘密があったとか……」

「良い話じゃないか」

「そう思うだろ? 最後主人公の前に、主人公が超えるべき壁として立ちはだかる」

「お、脅かすなよ。やっぱりいい話……」

「だが結局、命やっぱ散る」

「え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!?」

「まぁここは正直、『お涙頂戴』な設定でもあるんだろうさ。主人公は打ち負かした兄貴分に駆け寄ってさ。倒された兄貴はもう虫の息」


 卑屈すぎる一徹をフォローしようとして、実際本当に褒めたはず。


「『死ぬな兄貴! なんでこんなことに……バカ野郎』って主人公は感極まって。いやいや、ここまで至らしめたのはお前だろう主人公って突っ込みたくなるパティーン。で、そこで兄貴分はなんていうと思う?」

「あーいや、あんまり聞きたくは……」

「『俺の屍を……越えてゆけぇぇぇぇぇぇぇっ!』ってね。蠟燭の火は消えかけが一番強い。同じだよ。その咆哮は断末魔だった」

「やっぱり、そんな流れになるような気はしてた」

「主人公は、奪ってしまった兄貴の命に対して、『成すべきことを成す』と改めて心に誓う。結果、一層の覚悟を胸に秘め、最終的に主人公は物語の最目的を果たすんだけど……」


 だがそれは一徹にはアカン奴らしい。


「な? 兄貴分ってのは、どんなルートを辿っても死ぬんだ」

「え……えーっと……」

「兄貴にとって、主人公な弟ってぇのは疫病神にも等しい。最後に挙げた例だって、弟が物語の主人公じゃなかったら、死ぬようなイベントはなかったんじゃね? つまりっ!」

「……つまり?」

お前さん主人公兄貴分に死ねって?」

「や、やめような? 現実世界と空想世界をそんなにリンクさせるのは。縁起でもないし。漫画やアニメは少し控えた方がいいんじゃないか?」

「あ、出ました。サブカル害悪説」


(兄貴分って言われて喜ばない奴がどこにいるんだ! 知らなかったわけじゃないけど、山本に常識は通用しない! どんな言葉掛ければいいか分かるかこんなの!)


「クックク……カーッカッカッカ!」


 告白とは違うが、今回の発言だってかなりの勇気を費やしたというのに。

 一徹は笑い飛ばしてしまう。

 水蒸気孕んだ寒空は一徹の笑い声をよく木霊させていて……


「はぁ」


 そんな一徹に、口にしないが親友を自負するヤマトはため息を一つ。項垂れるしかできなかった。



「……さてぇ? 飯も食わせた、風呂にも入れた。部屋に戻して外側から南京錠も2,30個掛けた。なら奴さんも、後はもう、寝るしかない」


 ホテル本館に《主人公》を残し、下宿は自室に戻った俺は、冷えたラムネに口付けた。

 体に熱を帯びた状態だから、冷たい液体が口から喉へ、腹に通ったこと。腹落ちまでの通り道でシュワシュワした感覚の心地よさをイヤに感じた。


「にしても、兄貴分か。兄貴分……ねぇ? ククッ……」


 勉強は好きじゃないからあまり使わない文机に座ってみる。

 参考書を本来なら置いておくべき、少し目線より高い位置にある棚部分にスイっと目が行った。


「何だかんだ言って、刑期の最中でフルコンプリーとしちまったみたいだ」


 集合写真。文化祭幻の4日目に模擬物産展前で撮影したもの。

 ウチのクラスは俺含めて10名。謹慎中学院内には入れなかったが、ルーリィ以外全員とのイベントは発生した。


「まさか俺が謹慎に入って、三組に試練が訪れるたぁねぇ。ラッキーッ」


 痛いことは嫌いだ。辛いことも勘弁願いたい。

 俺の所属は魔装士官学院。今の学院生活世界観はどう見てローファンタジー。

 そんな環境セカイで平々凡々。「俺の平穏無事な人生を返してくれ」とでも日頃から口にすれば、少しでも自分を主人公っぽく思えるだろうか?

 否、ローファンタジー世界で主人公をするなら斬った張ったは不可欠だろうし、何より大事なことは、すでにもうこの学院に関すること物語にはすでに、刀坂ヤマト主人公がいる。

 俺は可能な限りトラブルから距離を離したい。だからゴタが俺のいないときに起きたことはありがたいことこの上ない。


「なんだけどねぇ……」


 ただそのゴタってのが、禍津富緒委員長を入院させることに繋がった。

 怪我自体は大したことの無い観察入院だったから、見舞いに行った俺も楽しかった。


「もし、取り返しのつかないレベルだったらと思うと、身が震えちゃうねどうも」


 禍津富緒委員長は、謹慎喰らったことで一番大変な時にいない俺を一言も責めなかった。


「なんなら……謹慎で授業の遅れた分を取り戻させようと、時々下宿に顔見せちゃうほどだ。あぁ、その時の壬生狼政治家の教育パパっぷりたらね」


 壬生狼政治家は、学院卒業後の俺の事をずっと案じてくれてる。ゆえにお勉強叩き込もうとしやがる。

 身勝手な野郎だ。「将来に何も気兼ねなく付き合いたいから、勉強面で僕について来い」だと。「僕は社会的な高みに行く。いつまでも僕と対等であれるように、君もその地位を掴み給え」だとか。

 

「そんなねぇ、分かりにくい《ずっ友》宣言があるかよ」


 互いに言わない。けど俺には気付いてしまったことがある。三縞大社で久しぶりに《猫》と再会しちまった時のお話さ。

 

「腹周りに腕回された時には、流石にビビったねどうも」


 強制された膝枕。差し出した太腿に頭ぁのせた《猫》は仰向けに横たわった。

 ただでさえ仰向けに寝ているから、しようと思えばエロエロなイタズラだって行けたはず。否、目は閉じているはずなのに、真下から見上げられていそうで恥ずかしかった。


「最近の主人公には……疲れる……ねぇ」


 そう溢し、仰向けに目を瞑った《猫》は、腕を俺の胴体に回す。倒れたまま……抱き着いてきた。少しだけ指先は俺の身体に点で食い込んでいた。

 行動は万言にも勝ると言うが、普段から言にて興奮や感情をあまり出さない《猫》らしい訴え方だと思っちまうと、感じ入るものがあった。


「どーしてこうなった? 離れた途端に、我ら三組はぐちゃぐちゃだ」


 そこには理由があった。

 俺たち三組の中心人物には、頼りになる仲間が囲んでる。

 《不動》そして《不退転》という言葉がピッタリの頼りになるナイスガイ。

 普段から泰然としている牛馬頭斗真縁の下の力持ちの言葉。


「正義感と義務感が強いところは確かに《主人公》のいいところなんだけどね。息が詰まるか」


 同い年のはずなのに、年齢以上に落ち付いている。

 俺と違ってあまり感情に左右されない。どっしりと構えて状況を見据え、本質をとらえる。


「はは、牛馬頭斗真縁の下の力持ちってなぁホントに厄介だ。だから捨て置けないのよ。そんなお前の言葉だから」

 

ー多分俺は怖かったんだ。俺にとって何にも代えがたい、この三縞校の環境を壊したくなくてー


「それが真理だろ? 《主人公》」


 正義漢はあった。月城さんを守るという義務感もあったろう。

 ただ、月城さんを失えば、三縞校はこれまで通りとはいかなくなる。

 月城さんを死なせてしまった。つけられた傷は、生涯消えることはないだろう。


「三縞校が変わっちまったら、英雄三組の箔に影が落ちたら、お前の宝物にヒビが生じるから」


 謹慎が始まってから目に入る《主人公》の様子。あんなに疲れ切ったのを見るのは初めてだった。


(俺だったら、女子たちの前で倒れたら顔から火ぃ噴き出るレベルだ。完璧超人の《主人公》じゃ、恥をかくことへの耐性も低いだろうに……)


「あーハハッ……やっべぇ……」


 まさかこの謹慎期間中、《主人公》のあんな苦しそうな顔を見るとは思わなかった……から……


「いんやぁマジで……ドタマに来ちまうねぇ・・・・・・・・・・どうも。考えるだけでも、イライラしてきた」


 俺はさ、ライトノベルが好きなのよ。チーレムな奴。

 主人公が苦戦? いやぁ、速攻で本閉じるわ。

 主人公ってなあお前さん、何でもなんでも小指でチョチョイってのがお味噌なの。

 ホラ、やっぱり主人公に自己投影したい読者って立場なら、主人公の敗北やなんざ見たくないじゃない?


ーねぇ、月城さんってヤマトの事が好きなの?ー

ー素敵だなぁ。ヤマト君ー


「おう、《ヒロイン》? 月城さん? 大丈夫だよ・・・・・? 大丈夫・・・


 物語の主人公として、奴は求められる条件をいくつもクリアしている。

 ここまで来たら、挫折は似合わない。そんな姿見たくない。


ー……今日……正式にまゆらとの婚約話が解消されたー


「本当、悪いな蓮静院王子? 俺も立ち入るつもりはなかったんだ。でもさ……そんなこと言っていられなくなった」


 主人公って存在は、やっぱ可愛い女の子が隣に立つって相場が決まってる。

 変な因縁が主人公と女の子の間に有ったら、なお良しかもしれない。

 因縁という意味なら、《ヒロイン》ほど《主人公》に相応しい女の子もいない。


(最初は、月城さんが狙われていたと思っていた。実際襲撃は、第一学院等桐京校での文化祭から始まっていたし。多分……そん時から俺たち、考え方を誘導させられていたんだろうな)

 

 でもね、俺が好きだった女の子が、《主人公》を意識しているということも前々から知っている。

 応援したいとまで思っている。 

 

(だったら彼女たちには、いつでもいつまでも格好良い《主人公》像を見せてやりたいじゃないか。好きになるくらいの相手が辛そうにしてたら、彼女たちも苦しくなる)


 だから、俺が、動かないとだねどうも。

 

「中心人物の野郎が苦境に立つ。となると影響は3組に波及する。学院にもだ。大問題だぜ? 口が裂けても人前にゃ言えねぇが、どれも俺の第二の人生。大事なセカイだ」


 このままなら、俺の居場所セカイが壊れてしまうから。


「物語ってのはさぁ、主人公がいないと形にならないのよ。なにか取り返しのつかないことが起きて主人公が潰れたらどうするつもりだ。楽しく宜しくやらせてもらってるこの学園生活物語を俺から取り上げるつもりか?」


 ただ訓練生をしてるわけじゃない。

 俺はモブとして、当坂ヤマトを主人公とした学園ラブコメファンタジー世界を生きていると見ていた。

 物語の行方を主人公のそばで見ているのだと。


「エタらせて溜まるものかよ。主人公や登場キャラでどうにもならないってなら……読み手がこのゴタ……摘み取ってやる」


 まさかこんなモブが、いつの間にか主人公の兄貴分だってよ。間に受けるつもりもないが、大出世じゃないか。

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