テストテストテスト34

『……撤退する……』

『『『『……応……』』』』


 視界はぼやけ、明滅している。


(よ、よかった……)


 全身気だるさが極まっている。正直いつ倒れるとも知れない状態だった。


(何とかなった……のか?)


 サングラスにマスクをつけた一人の男の、感情の見えない努めて平静な号令。

 同じ格好した、やはり正体の知れない数名たちは号令に応え、足音も立てず素早く後退する。


「かはぁっ……」


 そうして姿も完全に消え、気配感じられなくなったところ。緊張状態から貯めこんでいた息をとうとう吐きだせたのはヤマトだった。


「「「「ヤマト! /ヤマト君! /ヤマトさんっ!?」」」」」


 それと同時に名が叫ばれたのは、立つこと叶わなくなり片膝を地に付けた故。


「ちょっ! やっぱりヤマト、疲れが……」

「何を言ってるんだ灯里。こんなの大したことないさ。まだまだ俺も修行が足りないな」

「そんなこと言ってる場合!?」

「有希さんが心配していたことが現実になってしまうなんて。無理をし過ぎたんです!?」

「ん、もう2週間ぶっ続け。正直、ヤバいかもね」


 久しくここまで自分を情けないと思ったこともヤマトにはない。

 

「ヤマト君、流石に限界だよ! 私が執務を控えればいいだけ! 今はネットで映像や音声も伝えられる時代だし、テレワークだって」

「何言ってるんだ。魅卯会長の仕事は何にも代えられない。俺の事は心配いらない。こんなことで、脚を引っ張るつもりはないさ」

「でも!」


 この日の護衛メンバーはこの二週間で一番特殊だった。

 普段町中移動の際に護衛していた男子メンバー全員に、流石に疲れの限界が来てしまった。

 せめて一日休ませなくてはと、ゆえに今日は無理をいってヤマトは、女子メンバー全員に魅卯の護衛を頼んだ。

 ゆえに今日の一行パーティメンバー灯里ヒロイン富緒委員長ネコネ

 当然守る相手は魅卯。

 となればヤマト以外、全員が女の子(ルーリィとシャリエールがいないことはこの際置いておく)。


「魅卯会長、スマナイ。ただでさえ怖い思いをしている魅卯会長を心配させてしまって」

「刀坂君……」

「でも安心してくれ。君は、俺が守るから」

「……あ……」

「この命に代えても。絶対だ」


 狙われているのは命。ならば無理をするのも当然かもしれないが、やはり男子としては女の子にここまで心配されて、らしくもなく強がってしまう。

 こんな限界ギリギリでなお、相手を思いやれる。一徹が「流石ガーサス《主人公》」と呼ぶ所以。

 不安な心持の中では、ヤマトの言葉は魅卯にも良く染みる。


「お願い。私を守るために誰かが犠牲になるのは嫌だよ」

「大丈夫さ。そんなヘマは侵さない」


 だが……


(くっ! こんなところで……)


 限界は来ていたのだ。

 いや、常人どころか猛者すら比較にならない程に心の強い《主人公》だから、すでに精神力で肉体の限界をカバーしていた。

 どうだろう。無理をし続けた結果、全身の筋細胞の所々が引きちぎれ、脳からの伝達信号が通らなくなったとしたなら。

 もはや精神を幾ら通したところで、その先の筋肉が壊れてしまっていれば動かしようがないのだ。


(あ……)


 女の子たちに恥ずかしいところは見せたくない。

 男子のプライドは、しかし襲撃を辛くも切り抜けた安堵感に凌駕されてしまう。

 ホッと、気が抜けてしまったことが悪手。

 途端に瞼が重くなる。全身、強制シャットダウンするように。


(あれ? どうして目の前が真っ暗に……)


「「「「ヤマト! /ヤマト君! /ヤマトさんっ!?」」」」」

 

(……皆、どうしてそんなに声を上げて……)


『ヤマト! 目を開けてヤマト!?』

『ん、4人ともジャケットを脱いでヤマトに掛けてあげて。この寒空で体を冷やすのはダメ!』 

『ヤマト……君? ヤマト君!』 

『きゅ、救急車! 私救急車を呼びますから!?』


(心なしか、声が遠いような……)


 嫌なものだ。

 こうして目の前が真っ暗になったとして、完全に墜ちるまでに聴覚が最後まで残ってしまうから。


『三縞・三縞・皆で行こうよ♪ アナタの三縞・私の三縞・みんなの三縞にさぁおいで~♪』

  

 と……どこからか、音程を外した大音量での歌声が近付くではないか。


『っとぉ? おう! 皆々様勢ぞろいじゃないっすかぁ! 一体どったのぉ~ってぇ……ってぇっ!?』


 すでに目の前が真っ暗になったヤマトだが、その歌声に、始めいた自分と女子メンバー以外に現れた存在が何者かにすぐ気づいてしまう。


『な・ん・だぁぁぁぁ!? コイツぁぁぁぁぁっ!?』


(……流石に外でのその音量は迷惑だぞ……)


 そうして……


『『『『お願い! 助けて! 山本っ!/ 山本君っ! / 山本さんっ!』』』』

『とぉぉぉぜんだ固羅こらぁぁぁぁぁぁぇぇぇぇぇぇっ!!』


(だけど……)


 その一瞬で、目の前が真っ暗になった理由と、自分の状態について、ヤマトは理解した。


(あぁ、やっぱり……)


 もう一つ思い知る。


(格好いいなぁ山本は。同じ男として・・・・・・憧れる・・・


 聞こえる野太い声に、ヤマトは、確かにホッとしてしまった。



「……ん?」

「お? 起きやがったなこのバカ野郎め」


 まずヤマトに飛び込んできたのは二つ。

 視界に入るのは職人の手によってしっかり漆喰がならされた灰色の天井。そして一徹の声。


「山本?」

「よう。視界はハッキリしてるようだねどうも」

「この……状況は?」

「おう聞きたいかテメェ~の体たらく」


 どうやら自分は仰向けに寝ている。

 布団横で胡坐かいて腕を組み、見下ろす一徹は底意地の悪い笑みを浮かべて居た。


「無茶が祟った。ぶっ倒れた。病院に搬送した。んでもってウチの宿に運んだ。端的に言えばそんな感じだ」

「そう……か……」

「過労だとよ。筋肉はたまった乳酸で一杯一杯。至る所の筋肉細胞は破壊していて、回復まで、3日ってところだ」

「うくぅっ……」


 短い説明。とはいえ、思うところがありすぎたヤマトはそれだけであらかたの事は飲み込めた。

 一徹に向けていた視線を、天井に向ける。一徹から向けられる視線に、申し訳なさと情けなさから逃れたかったのだ。


「ま、とはいえ? この宿にいる以上明日一日ゆっくり休めば7割がたまで回復するだろ。明後日にはジョギングくらいはできるようになるぞ」

「そういえば、なんで山本のところのホテルなんだ? 病院に預けるか、俺のアパートに放置しておけば良かったのに」

「このバカチンがぁ。んなことしてみろ? 俺の五体が持ってかれるわ」

「持ってかれる?」

「そうさな。まず両腕は《猫》によって薬品で溶かされるかもしれんだろ? 両脚は《委員長》にグラグラ沸いた大鍋で煮込まれるかもしれん。胴体は月城さんに滅多刺しにされて、首は……《ヒロイン》に樹海に埋められる」

「か、彼女たちにどんなイメージを持っているんだ山本は」

「ったくぅ、ど~して女子共にそこまでさせるかわかってないんだからお前は」


 ゲラゲラと笑う様、一徹の表情はまさに傲慢で悪知恵だけ働く小悪党そのもの。


「でもそれでいい。鈍感ってぇのが主人公のお約束だからな」

「俺はライトノベルや漫画を殆ど読まないし。ゲームもアニメもほとんど分からない。言っている意味が分からないんだが」

「気にするなって。こっちの話さ」


 スゥと息を思い切り吸うと、思いっきり吐いた。

 

「スマナイ。心配かけた」

「ハッ、テメェなんざ心配してないよ。お前が目ぇ覚ましたことより、おかげで女子たちから俺が殺される心配がなくなったことに安心してるだけなんだからね」


 それがただの方便だということにはヤマトは気付いている。

 一徹という奴は、天邪鬼な男だから。


『山本様、トモカ様よりお食事のご用意が出来たとの知らせが』

 

 小恥ずかしさから本心を晒さない友人に、ヤマトはフッと笑って……


「了解だネービス。すぐに行く」

「……風音さん? なんでここに……」


 部屋の外。引き戸の扉を挟んだ先からの声に眉を潜めた。


「テメェが愛されてるからってこった」

「意味が分からない」

「分からないってこともねぇだろ。《主人公》の介抱を女子共から託された。万が一の事もないように、《ヒロイン》が介抱のサポートにネービスを付かせたんだ」

「……灯里が? って、愛されてるって!?」

「おっ? 顔紅くしちゃってまぁ。もしかして何か思い当たる節があるとでも?」

「じょ、冗談はやめてくれっ」

「スマ。さてぇ?」


 ここまで来て、一徹は書いた胡坐の両膝を掌で叩いて立ち上がる。

 「よっこらしょ」と口にし、仰向けに寝ているヤマトの胴体をわざと跨いで部屋の外に出ようとした。


「なー刀坂?」

「なんだ?」

「一応言っておく。これは俺から……んでもって三組全員からの命令な・・・?」

「命……令?」

「今晩そして、明日一日、お前、強制休養だから。軟禁じゃねぇ。監禁だ」

「グッ……」

「くっくっくっ……」


 流石はひねくれ者の一徹というか、去り際に捨て台詞は欠かさない。


 ――さぁ、場は整った。ヤマト用の夕膳料理は所狭しと部屋の平机に並べられた。


「うっす、頂きまーす」

「なぁ山本」

「あん?」


 問題は……


「ヤマト様ハイ♡ あ~ん♡」

「……どうにかならないのかコレ」

「いや、どうにもならんな。寧ろそんな超絶美人から手ずから食べさせてもらって羨ましい限りさ。イケメンリア充モテる野郎……タヒね~」

「たひ? タヒってなんだ?」


 横についたネービスが箸で摘まんで取り上げた料理を、甲斐甲斐しくヤマトの口元に運んでくること。


「お待ちいただけるのでしたら、山本様にもいたしますが?♡」

「結構っすから」


 悪態はついているが、机挟んで正面で食事を始めた一徹はニヤニヤと口角を釣り上げていた。


「ん? 山本の料理は後は来ないのか?」

「なんか勘違いしてやがるようだねどうも。お前と同じものを俺が食えるわけないでしょうに。んな、金が勿体ない」

「は? 金?」


 一目見て20品種はそろっているヤマトの食事と比べて、随分とシンプル。

 山もりのキャベツの千切り。薄めだが大判な豚肉の生姜焼き。みそ汁とやっぱり山盛りのゴハン。


「良いんだよ俺は。一汁一菜ってやっちゃ。健康的だろ?」

「山盛りのキャベツは別として、お米量は運動しなくなったら控えましょう。よくあります。部活を引退した選手が、部活をしていた時の食事量で太ってしまう」

「おーきなお世話なのよネービス。うり、んなことはいいから、さっさと刀坂に食べさせてやって頂戴」

「くっ……ン……ンモォッ……」


 仲のいい友達に、女性から食べさせてもらうなど恥ずかしい場面は見せたくない。

 始めこそ首を振ったりして抵抗していたヤマトだが、そこは敏腕秘書のネービスだ。

 キッチリそのスピードについて行き、しっかり口に料理を突っ込んだ。


「うめぇんだぁココの板長の料理。どう見ても人を4,50人殺したような見た目なんだけどさ」


 口に突っ込まれては咀嚼するしかない。

 モクモクとかみ砕いているヤマトに対し、一徹がそれ以上からかうこともなかったから、そこからはネービスに食べさせてもらうことにおとなしくなった。


「もしかしてだが、俺がこの部屋にいられるのは、山本が宿泊料を立て替えてくれたからなのか?」

「さてぇ?」

「おいおい、そこまでしなくても良かったんだ。お前の下宿先でも良かったのに。文化祭の時に俺もお世話になって知っているんだから」

「そーいうわけにも行かないでしょうよ。休養させんならキッチリだ。んでもって俺の下宿先は……うるさすぎる。主にアルシオーネ方面でな」


 疲れたように笑う、半開きな目で口にする一徹に、もう何度目かヤマトの口元に料理を運んだネービスはクツクツ笑った。


「支配人様もトモカ様も特別にタダにしていいって言ってくれていたのですが。山本様は『お世話になるのにそれじゃ筋が通りません』と言って」

「融通が利かないなぁ山本も」

「お前さんだけには言われたくない」


 ネービスも笑っていることもある。

 言った言葉はオウム返し、やり返された気がして……


「キヒッ」

「ハハッ」

「「アッハハハハハ! / キヒヒヒヒヒ!」


 ただどちらも思い当たることがあるのだろう。

 ヤマトと一徹が笑い出したのは同時だった。


「ハァ、笑ったのなんて久しぶりだ」

「無茶しやがって。よくよく話を聞いてみちゃ、皆には休息をさせて、お前だけぶっ続けで護衛してたって話じゃない。俺が謹慎入った2週間ず~っと」

「あぁ、やっぱり無理だったのかもしれないな」

「あんまり頑張らないで頂戴よ。もっと気楽に行けないもんかねどうも」


 相手がヤマトだからか、お行儀を気にしない一徹は料理が口に入ったままで喋りまくる。


「明後日には刑期お勤めも明けるんだぜ? 晴れて学院シャバに出られるんだ。ぶっちゃけずっと遊び呆けてたのこちとら。あまりの何もやっていなさね。組に戻った時、『居場所椅子ないんじゃないの?』って不安になる」

「だ、大丈夫か? どう考えてもカタギの物言いには聞こえないんだが。なんというか、任侠道違う業界にしか見えない」


 豚肉の筋か脂身部分か、くちゃくちゃ音を立てているが、この場が自分の至らなさで用立てられたとわかったヤマトには注意はできそうにない。


「……でもそっか。山本の謹慎も13日目なんだな? なんか、短いようで長かったな」

「俺にとって短いと感じるのは、きっと毎日遊んでばっかだったから。一分日秒を長く感じるような悩みはなかったんだ」

「そして俺は長く感じていた。お前が知らない間起きたことは、結構に濃すぎたんだ」

「だろうな」


 ビビビィッと小皿に持ったマヨネーズに、多めの七味、少量の醤油垂らしてグッチャグチャ。特製ディップソースをチョイと生姜焼きに付けかじる一徹は、もぐもぐしながらモリモリと白米を口に運んだ。


(なんというか、山本には……)


「……怖かった」

「あ゛ぁ゛?」

「多分俺は怖かったんだ。俺にとって何にも代えがたい、この三縞校の環境を壊したくなくて」


(何でも言える。そんな気がする)


 襲撃と、過労による昏倒。話はシリアスなのに、一徹は身構えることはない。

 取り繕うことなく平常運行。

 重い話をすると聞き手側は身構えてしまう。なんなら相手を悩ませる。

 それが嫌だから、その手の話は口にしない。自らにため込んでしまう。ヤマトとはそういう男。

 ただ、一徹にはさらけ出してしまえた。


(正直自分でも驚いている。こういうのを打ち明けられるって、いつ以来だ?)


「怖いだぁ? らしくないんじゃない。主人公はそんなこと言っちゃ駄目なのよ」

「山本は俺のことを主人公主人公言ってくるが、これで俺もヒトなんだけど。半妖がヒトって言うのはおかしいか?」


 ヤマトにとっては、山本一徹という男の容量キャパシティの限りなさに密かに驚嘆しているところがあった。


「いよいよもって主人公じゃないの。主人公ってなぁお前さん、一般大衆パンピーの持ち合わせない特徴を持ってるっつーのが相場なのよ」

「ハハッ。そう言ってくれるのは山本くらいな物だよ」

「バーカ。英雄三組をお舐めじゃないよこのタコ。まず大前提。クラス皆がお前を認めてる。それは俺が編入する前からだ」


 話を真面目に受け止めない……ようで、実はしっかり話の意図を掴んで見せる。

 今度一徹はみそ汁に口付けていた。『ん~っ! 五臓六腑に染み渡るぅ!』とズビビと盛大に音を立てて啜っている。

 一見飄々としているように見える。


(答えが正しいとか正しくないじゃない。欲しい言葉を、欲しいタイミングで賭けてくれるからさらけ出してしまう)


「んでもって今は、1組を除いた学校全員がお前を認めてる。あ、なんなら名門1組が刀坂弾圧少数派マイノリティだ。イジメちゃおっか?」

「イジメは俺が許さない。絶対だ」

「冗談だよ」


(その実、悩みに対し、もっとも欲しい言葉を返してくれる。流石に恥ずかしくて言えないけど、俺も……随分山本に甘えてしまっているみたいだ)


「俺さ、小中でイジメに会っていたんだ」

「イジメ? いやいや、我らが《主人公》が」

「あまり目に見える形じゃない。無視……かな? 小学3年生の時、妹がイジメに会っていてさ。県会議員の息子によるものだった。キレてしまって」

「うっはぁ、お前の口から『キレた』って聞くとは思わなかった」

「ある日の全校集会の時の事でさ。ソイツをぶん殴ったことで、県会議員と仲のいい保護者の息子たちが一斉に襲い掛かってきて……殲滅した・・・・

「お……ほぉっ。何人?」

「約200。1年生から6年生まで」

「うん、それは……ゴイスー?」

「妖魔の部分が目覚めたんだ。体を何かに乗っ取られたみたいでさ。目に写る光景について、俺も理解していた。でも傷付けることが止められなかった。コントロールできなかったんだ」

「無視……お前との、抗いがたい力の差に恐怖して」

「力の差というよりも、存在が違うということに直感したところがあるんだろう。子供の方が核心に気づきやすいって言うじゃないか」

「妖魔の部分が半分とか関係ない。お前の同級生らは、お前が人間じゃないと気付いた……ね?」


 シャキシャキという小気味の良い咀嚼音は、大盛キャベツ。

 こんなに痛ましい話をしても、一徹の食事の手は止まることはない。


(なあ、どうしてだ山本?)


 困惑してるかもしれない……だが……


(どうしてお前はそんなに……)


 恐れていないのは明白。ヤマトはトラウマを口にしているのに……


(優しい瞳を向けてくれる)


 この部屋で目覚めたばかりの時の意地わるい眼差しではない。

 どこか温かさを感じさせる笑みを浮かべて居た。


「お、俺は……」


 苦悩をさらけ出すというのは、ある意味麻薬にも近いかもしれない。

 限界ギリギリにまで溜まったダムが決壊し、一気に水が流れ出てしまっては急に止まれないにも等しい。

 一旦悩みを口にできると分かってしまうと、さらけ出したくなってしまう。溜め込むのはストレスが溜まる。だから吐き出せるというのは一気にストレス開放にもつながる。

 精神的な快感にも違いない。


「ちょい待ち」


 言いながら、一徹はヤマトの湯のみに茶を注ぐ。

 拒絶の為の「待った」ではないらしい。


「ネービス」

「はい♡」

「食事が終ったら風呂にする。乙女の柔肌ならいざ知らず、野郎の硬肌なんざ趣味じゃねぇが、今日のところは俺の食客だ。背中の一つも流さねぇと、招いた俺の顔が立たないようだ」


 チラリとネービスに目配せをする。聞きたくないからではなく、どうやらネービスにこの話を利かせたくないからゆえのストップなのだと理解した。


「別に男女の差別を付けたいわけじゃないが、たまには腹ぁかち割って男同士話す必要もあるってね」

「で、ですが私もアーちゃんからご用命を受け……」

「……俺のメンツに・・・・・・泥ぉ塗ってくれるなよ・・・・・・・・・・?」

「「ッツゥ!?」」


 優しい顔の……ままなのに……


(ただ最近……少し、分からないことも増えてきた)


 言葉に練り込まれた凄みよ。

 百歩譲ってヤマト自身は……いい。

 問題は……


「か……か……かしこまりして・・・・・・・


 ヤマトにとって「あの・・」とも言えるネービスまでもが絶句したこと。


「うっし♪ 話は決まった。さっさと食っちまえ。急いで食えよ。あ、急いでも、味わって食ってくれ? ウチのホテル自慢の料理だ」


 ヤマトと風音が一瞬おののいたことなど、当人が知る由もない。

 ニカっと歯を見せる一徹に、警戒してはいけないはずなのに、微かな不安もぬぐえなくなった。

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