テストテストテスト。久しぶりに28

「……今度こそ惰眠貪るのだよ」


 まゆらたちを学院に送り届けて下宿に戻ったのは11時ごろ。

 自分の部屋戻るなりバタンキューでございやす。


(一昨日の夜釣り。昨日の花火と漁港ツアーでの夜更かし。ほぼ48時間ぶっ通しだったから)


 競技会が控えているのに桐京校のアイツらが三縞校を訪問する。

 「何言っちゃってんの?」とか「問題起きちゃうんじゃない?」とか思……わない・・・


「お休みなさぁい」


 僕にとって目下の問題、まずはしっかりお眠することでやんす。


「と、その前に相棒に相談せにゃ。流石に今回の客は刺激が強すぎた」


 それに、邪魔建てないところで諸々解消しなくては。

 裸まで見ちまって、恥じらいが薄いからパンツなんて見せつけられ。

 チョークスリーパーによって首筋に感じるふわりとした感触。

 ロマンが詰まりすぎだ。

 

「ちゅ?」

「お、銀色マンジュウ相棒お久。《オペラ》宿泊中はよーけ隠れてた。悪い。だが今必要な相棒はお前じゃない」

「んチュ?」

「わが身宿りし性欲ダークマター解放せし、封印された右手なのよ」

「ちゅう……」

「蔑みの視線を感じる。お前には目はないけど」 


 下衆なんて笑うなかれ。これも立派なお務め。

 ……五日前、ナルナイを庇ったアルシオーネを剥いてしまった覚えがまだ強く残ってる。

 あの時俺は、エメロードも傷付け……


「必要なの。あの時の事は悪夢って聞いて、そう思い込むようにしてる。でももしまた同じことが目の前で起きたら、その時こそ俺は……」


 ……何だったかな。ルーリィに対し「使ってやろうと思ったのに」とか口走ったんだったか。



「そこまで!」


 シャリエールの一声がこの場を切り裂く。

 あってはならないことが二つ起きた。


「やったぁ☆ ヤマトに初白星っ!」

「くっ! なんだ? 動きがすべて読まれてた」


 第三魔装士官学院三縞校の《刀坂ヤマト主人公》が、第一魔装士官学院桐京校の《竜胆陸華主人公》に敗北した。


「これで分かったかしら石楠灯里? ヤマトきゅんの隣に立つべきは貴女じゃなくてこの私」

「高虎さんに……負けるなんてぇ!?」

「ヤマトさんが負けたのは、サポートに不備があったことも一因でしょう。似た者同士である以上、優れた者が隣に立つべきではないですか禍津さん?」

「おかしいです。以前お会いした時より劇的に強くなったわけではないのに。亀蛇さんにこれほど圧倒されるなんて」


 もう一つ、もしここに一徹が居たら「やめれぇぇぇ! キャラ被りはご法度だからぁ!?」と叫んでしまいそうな状況。

 模擬戦闘が執り行われた。

 三人一チームスリーマンセル対戦バトル

 かたやツンデレでスタイル抜群。少しキツめな顔立ちとお嬢様ステータス同士。

 かたや物腰柔らか。眼鏡。超乳な優等生キャラ美少女同士。

 一徹なら「どっちがどっちか分からねぇ!」と吠えるに決まってる。

 制服に色違いなかったら、見分けがつかない。


「大丈夫ですかヤマトさん♡? お可哀想に」

「サポートが石楠灯里じゃなくて私だったら、決して陸華ごときにやらせないのに♡ ねぇヤマトきゅん、私にしない・・・・・?♡」

「如きってなんだよぅ。折角勝てたんだから僕の事も褒めてよぅ」


 高虎海姫ならび、亀蛇空麗もきっと心の何処かでキャラ被りの危険性に気づいたか。

 似た者同士な対戦相手をさっさと捨て置き、大好きな爽やか好青年刀坂ヤマトに駆け寄った。

 あの高虎海姫ですら媚びた顔、語尾にはハートマーク。


「ブーブー!」


 親友二人に置いて行かれた陸華だけはふくれっ面だ。


「アハハ。よくわかんないけど、もしこの場に山本がいたら……」

「ふん、『刀坂……死ね~』とでも言っている」

「この場に居ないのに言うのはいけないのだろうが、悲しいぞ山本。簡単に予測できてしまう、その程度低さを何とかし給え」

「にしても桐京校の女子訓練生からもモテる。流石、俺たちのヤマトは多方面から縁に恵まれている」

「ん、でもちょっと圧倒され過ぎだよね。両者に力の差はそんなないはず。ま、ヤマトたちと力の差がない時点でとんでもないけど」


 たっての願いで、一徹にブツクサ言われながら三縞校に連れてきてもらった《オペラ》。

 英雄三組とコンタクトを取り、折角だからと三組との合同訓練……というより、対人戦を執り行うまでに発展した。


「それでまゆら、どんな手品を使った?」

「あら、柔軟になられましたね綾人様。以前の貴方様なら悔しいからと、決して簡単に疑問を投げたりしなかった」

「見損なったか?」

「いえ、その時の綾人様は完璧感が強かったですから。こうやって手を抜くところに人間味が滲み出、私は今の方が好きです。山本君のおかげですか?」

「フン、違うな。あの阿呆のせい・・だ」


 たった今まで戦っていた6人について、外野がやいのやいのと言い始める。

 やはり三組の中で最強を誇るヤマトを地に付けたというのは、英雄三組に小さくない衝撃をもたらしたらしい。


「それで……有希、彼女は何なんだ?」

「え? 彼女? あぁ玉響さん? って彼女の事は正太郎も知ってるじゃない」

「なぜあんな傲慢男と親し気かと聞いてる。あの男とは副隊長として付き合い長い君だ。知ってるだろ? 有り体に話し給え」


 も一つ皆、気になってしまう。

 蓮静院が特定の女子とここまで親し気に話すのを見たことがなかった。


「そういや正太郎は《オペラ》の中でもトップスタァの玉響まゆらの大ファンだもんね」

「ん、ライヴァルが、実は大ファンだったトップスタァと良い仲だったらどうするの?」

「なぁぁ! そ、そんなあり得ないだろう!」

「そんな縁は流石に御免被りたいか。もしそうだったら……釣りにでも行くか正太郎?」

「や、やめ給え! そんな事実あるわけがない!それ以上言うな! 想像したくない!」


 ……本当に、壬生狼正太郎政治家が真実に気づかないことを祈るのみ。

 「嫌いな奴が、僕の好きなアイドルとただれた仲になっていた件」など、もはやエロエロ本本・・・・・・


「やはりARバトルシミュレーターの完成度はとても高いのですね。玉響副会長」

 

 この場において、普段と違う点がある。

 

「そう。先日のウチの文化祭では貴女の目に触れたのね。月城生徒会長」


 他校からの来客ということもある。

 案内、接待役として魅卯がこの場に居るのはおかしいことじゃない。


「解人君の手違いで色々と見せてくれましたから」

「そう。解人様、後で折檻です」

「……まゆら姉……」

「解人様?」

「ハイ。まゆら様」


 哀れや解人君。

 ホームの第二お台場では、アイドル並み人気を誇る美少年に違いない。

 だが圧倒的戦士プレイヤーばかりの場、ほぼ空気と化していた。


「本校に突然訪問されたのは、実戦を通し、シミュレーターの精度の高さを実証する為ですか?」

「フム。えーあーるバトルシミュレーターとは? 縁遠い名だ」

「桐京校はね? 英雄三組生全員の戦闘パターンを研究し尽くし、ヴァーチャル模擬戦闘相手としてキャラクター投影できるところまで来ているんだよ縁の下の力持ち牛馬頭君」

「「「「「「なんだって!?」」」」」」

「フム。スマン。やはり俺には何が何だか」

「これによって第一学院訓練生は、いつでも皆と対人訓が出来るようになった。対策は……相当練られてる」


 年度末の競技会に《オペラ》の訪問がつながるかもしれない。

 ゆえに魅卯からは、いつものニパっとした笑顔が無かった。

 最近の度重なる襲撃もあって、表情にはどことなく疲れも見える。


「動きを読まれていたのは、そういう」

「フン。マズいか。第一学院数百人が、俺たちの戦い方を熟知している」

 

 聞くだけで、対三縞校戦に置いて桐京校の優位度が伺えた。


「そこまで知っているの。そうね。検証も御校を訪れた理由の一つだけれど。他にも二つ」

「二つ?」

「三縞校を陛下がお認めになった。その士気は高揚したと耳にした。実際どれほどのものかこの目で見たかった。結論は……桐京校にとって歓迎できない程、モチベーションが高いのを確認できた」


 「やれやれ」と言って薄く笑うまゆらは、優位差を感じながらも油断してない雰囲気を匂わせた。

 

「最後の一つは……」


 スイっと……とある方へと視線を向け……


「ルーリィ・トリスクトと一戦交えたいんだ!」


 まゆらが口にするはずだったセリフ。

 闊達に陸華が先んじるから、まゆらはガクッと転びそうになった。


「先に言わないで陸華」

「いいじゃない!」


 大人びた余裕を醸すまゆらでさえ、純粋さには敵わないらしい。

 見ていた三組生全員(蓮静院も含め)もずっこけそうになる。

 これまでずっと無言を貫き、なんなら存在感すらなかったルーリィは……


「へぇ? 私とかい?」


 陸華の好意的な視線に、冷たい目を返した。


「幾ら研究を重ねたところでやっぱり英雄三組は難敵。そして私たちのシミュレーターには、二人ほど分析が足りていない訓練生がいる」


 その冷たい瞳は……


「残念だけど、この場には片割れ、山本一徹はいないみたいだから」

「そう言えば君たち、三泉温泉ホテルに滞在したって?」

「えぇ、丁度同い年の男子がいて。とても良くしてもらったわ。素晴らしいもてなしだった」

「……そうか」


 一徹の名に反応して一瞬だけ暖かな光を取り戻す。


「山本……君……」


 まゆらは見逃さない。その名にルーリィだけではない、僅かながら魅卯も反応したことを。


「なーにが素晴らしいもてなしよ。私たちの入浴中に偶然装って裸で迫ってきて!」

「「「「「「「「「え゛?」」」」」」」」」


 が、魅卯の反応がどういう者か考えるまでもない。

 海姫の不快気な表情に伴う発言が、意識を奪ってしまう。


「ヤマトきゅん! どうしても許せない奴がいるの! ヤマトきゅんのクラスメイトと同姓同名の性犯罪者がいて!」

「ど、同姓同名っていうか。三泉温泉ホテルなら間違いなく山本じゃ……」


 模擬戦に屈し、地面に膝をつくヤマトに、ヨヨヨと泣きながら抱き着いた海姫の訴え。

 押せ押せ。それも灯里に見せつける形ということもあって、ヤマトは慌てふためいてならない。

 しかし……


「ねぇ、私の為に仇をとって! 変態山本一徹に! あろうことか、私に汚らわしいものを押し付けて! 犯されそうになっ……」

「……それ以上喋るな」

「殺しちゃいますよぉっ?」


 話を聞いて、ルーリィとシャリエールが黙ってるわけがない。


「ひぃぃぃぃぃ!?」

「ッツ!? 何ですかこの寒気……」

「すっご……強……やっぱ……ってみたい♡」

「「「「「「「「うわぁ……」」」」」」」」


 今年度に入ってからもう何度も感じてるプレッシャーだから。三組生はかろうじて声上げるにとどまる。

 が、初めて受け止めた《オペラ》全員、総じて凍り付いた。


「なるほど。これが……あの山本徹新君とシャルティエ・アインス・ラブタカに匹敵するとも言われる二対」

「い、いるんだ。あの二人に勝るとも劣らない使い手が……」


 命を握られる感覚。

 微動だに出来ないまゆらは、髪の毛一本風に揺れるまで察知されているのではないかと。それほどまで、意識を向けられている気がして背筋が凍る。

 不用意な発言。イコール即、殺されてしまうような。


「貴女……本当に山本小隊?」

「なにか疑問が?」


 思わず問いかけてしまう。

 昨日の夕食、朝食と、全国最強一年生二人、アルシオーネとナルナイと食事を共にした。

 まゆらは彼女たち二人と同等ランクの実力者として、ルーリィ・トリスクトの存在があること、山本小隊員であることを、桐京校の教官頭、蛇塚重伍から聞いていた。

 いざ、本気の一部を感じてみる。それだけで戦慄した。

 思ってしまう。

 ならば楽しく食事を共にしたナルナイたちも、実はコレほど恐ろしい存在ではないか。

 隊のバランスを考えてみた。

 看護学校生二人も、実は互角以上の実力を秘めているのではないか。


「質問を変える」


 となると、やはりどうしても気になってしまうことがあった。


「貴女ほど実力者の隊長を……本当に彼が務められているの?」

「一徹ほど私の隣に立つにふさわしい男はなく。また彼の隣立つ女として私以上に相応しい者は……」

「シャリエール・オー・フランベルジュ以外に居ません」

「……口を出すなシャリエール」


 何でもかんでも一生懸命。

 人がよさげでおバカな山本一徹が、化け物小隊をまとめている事実。


「山もっちゃんねぇ……多分あぁ見えて超凄いよ。まゆちゃん」

「陸華?」


 醸される冷気に、辛うじて動けた陸華。ゆっくりとした足取りでルーリィに近づく。

 

「いきなりの裸で、空ちゃんや海ちゃんは山もっちゃんの男の子の部分だけ・・・・・・・・凝視してたから気付かなかった。あのカラダ……相当実戦経験があるヤッてる

「陸華がそこまで言うなんて……」


 恐る恐るという表現が正しい。

 身を投げたら死亡確定な崖の終わりギリギリに近づいているように見えた。


「ね、ルーリィちゃん。お願いしていい? 僕、君とってみたい」


 ルーリィの前まで陸華は何とかたどり着く。

 笑みは浮かべて居たが……差し出した手は震えていた。


「……是非もない」


 話は決まった。仕方ないとばかりに、ため息をついたルーリィはガックリ項垂れる。


「せっかくだ。君とそこの二人の三人で来ると良い」

「……余裕なんだねルーリィちゃん」

「というより、ケジメはキッチリつけてもらう。どんな理由があったにせよ、一徹の裸体を目にし君らは素肌を晒した。彼をかどわかし、欲情させるにつながったかもしれない」


 そこから……まゆら、解人含め、《オペラ》全員更に息を飲む。


「よもや、一線を超えるところまでは行ってないだろうが……」


 項垂れ、表情の見えないルーリィの周囲。一層ズンと、空気が重くなった。


「もしそうなら、私は……」


 ビリビリとシャリエール以外の肌を刺激し、肉体を打ち、胸の中を締め付ける感覚。


「君たちを……殺そう?」

「その時はこのシャリエールも混ぜて下さい」


 不安。そして恐怖……

 あくまで向けられているのは《オペラ》にだけだから。

 絶望的空気の対象外である三組生みな、胸をなでおろす。


「山本がいないと、トリスクトって怖いよぉ」

「あぁ、早く山本さんの謹慎が解けないでしょうか?」

「誰か今のうちにタンカを用意し給え。これは、編入すぐの名門一組との騒動以上の惨劇になるぞ」

「もう少し山本以外で集中できないのかトリスクト。魅卯会長の護衛は、いい加減なのに」

「ん、骨は拾う。拾える骨が……あればの話だね」

「第一学院桐京校は、年度末の競技会優勝から縁が遠ざかったな」

「まゆら、解人。スマンがこうなった以上、俺はなんの責任も取れん」


 そんな音は生じていないはず。

 なのにゴゴゴ……との擬音をこの場に居る皆感じとる。


「えっとルーリィ? 彼女たちの裸を見た山本に怒らないところは……ブレないわね」


 灯里は、ツッコミを一つ。


「……もし山本君を奪ったら、私……」


 魅卯、ゴクリと喉を鳴らすしかできなかった。


――三日以上も一徹に会えない。

 ルーリィにとってどのような意味を持つか。どれだけストレスを溜めさせたか。

 知るはずない《オペラ》が勝負を挑んだのは、失策という他なかった。


「お願い!」


 気を吐いたのは陸華。

 大きく振り上げた右足を、腰入れ、地面に踏み込む。

 願いと気合に大地は呼応する。

 ルーリィが取った間合いは意味をなさない。

 叫ぶ陸華を見据えたルーリィの周囲、四方八方から細く鋭い石柱土柱が生えてくる。

 垂直ではない。どれも柱生やしながらダイレクトにルーリィの肉体目がけて伸びる。

 先端はさながら槍先。肉に届いたなら……


「思い切りがいい。君は戦いに慣れてるようだ」


 土色の槍は体を貫くだろう。

 鮮血は飛び出し、生え上がった茶槍を伝って、地面にドス黒いシミを作るはず。

 

「なら……」


 それでも冷めた目をするルーリィが薄い笑みを崩すことはない。


精霊狂わせスピリッツコンフュージョン


 しゃがみこみ、右掌を地面につける。

 静かに口にして……


「うっそぉ!?」


 声を上げたのは陸華。

 ルーリィが呟いた途端、現れた茶槍がボロボロと砕け崩れていく。


「では、参ろうか?」

「ッツゥ!?」


 しゃがみこんだ状態から顔をあげたルーリィの笑みが……秒もなく、陸華の鼻面に迫る。

 地面を蹴り、陸華に飛び込む脚力の爆発。

 陸上で言えばさながらクラウチングスタート。

 

「なんでこんな良く力が乗ったスタートダッシュが!? このフィールドは私の支配下。いま私たち三人以外の力は、地面が吸収してるのに!」

「下がって陸華!」


 残念ながら、意表を付けてなお間合いを詰めたルーリィの短槍は陸華にとどかない。

 

「ッツ!?」


 陸華を見定めたルーリィの死角から何かが飛んだ。

 直感によるものか。

 間合いを詰めて一刹那。全身から重心のシフトウェイト。

 思い切り頭部をバックスウェーしたのは成功だ。


「……しぶき……水使いか」


 頭を陸華から離さなければ、コメカミを水の弾丸が打ち抜いていたはず。


「一旦間合いを開げます! 戦況を立て直しましょう! 破っ!」


 間合いをとったルーリィの目に映ったのは陸華の前に立ちはだかった空麗。

 力ある言葉と同時、風が質量を持ってルーリィの正面を叩きつける。


「突風。風使い。良い連携じゃないか」


 別にルーリィにとって詰めた間合いを無駄にされたところでどうでもいい。

 攻め方、三人の崩し方など、ルーリィにはいくらでもある。


「なるほど。四大(元素)の使役が《オペラ》の本領。確かに目を見張るものがある……この世界だけで言えば」


 ニィッと目を細める。右人差し指に口づけを一つ。そして再び掌を地面につけ…… 


「《シャッドルーウォ》」


 長らく唱えることもない。一つ呟いただけでルーリィの目の前から、2,3メートルは有る太々しい石畳が隆起する。

 波のように次々と隆起しながら、三人に向かって向かっていく。


「海さん援護を! 私の風が……切り裂かれてます!」

「わかってる!」


 幾ら突風とは言え無形のものでは、石畳一つ数百キロ上るだろう波は防ぎきれない。

 

「アクアショットガン!」


 《オペラ》に迫る岩隆起の波の前進は、海姫の要請に応え、瞬時に空間に姿を現した、大気中の水分が集まった数えきれないほどの野球ボール大の水球によって阻まれる。


「いいよ。付き合おう。精霊狂わせスピリッツコンフュージョン感染インフェクション


 またもや短く述べ上げただけ。

 海姫が複数の水塊を作ったなら、ルーリィが呼ぶは直径十メートルは下らない巨大な水塊。


「嘘! 土属性を使役しながら、水術まで使えるとかあり得ない! 私が、大気中の水を支配してるのよ!?」


 違う術を唱え挙げたことで、ルーリィが生み出した石畳の波の前進は止まってしまってそれ以上動かない。

 だが……


「おいで? お前たち」


 ルーリィは構わない。


「ちょっと……待ちなさいよ水の精霊たち! アナタたちどこに……」


 海姫が呼びだした小さな水塊。ルーリィに誘われるまま、ルーリィの極大水塊へと吸い込まれていく。


「大地との契約者たる陸華を土石術で凌駕し、水霊王との契約者たる私を押しのけ、水の精霊たちを支配する……」

「もう少し愉しめると思ったが。まぁいい。終わらせよう」


 先ほどまで地面につけていた掌を、今度は空に向かってかざす。その上に、水なる巨弾はフヨフヨ浮かんでいた。


「……《ウォルタインッ》……」

「いやぁぁぁぁぁ!」


 三人に対して投げるようなモーションに併せ、透明な巨塊は射出される。

 

「ッツ!? これくらいの水弾ならっ!? 行ってください! 《突風障》!」


 それを着弾間際に防ぎ切ったのは、目には見えない風による何かだ。

 断続的に水球ははじけ飛び、霧となった者は再び空気に溶けていく。その大きさは、みるみる小さくなっていって……。


「いや、残念だけど君たちはここで終いだ」


 陸華の土属性に押し勝ち、海姫の水属性を圧倒する。

 ならばルーリィは……


精霊狂わせスピリッツコンフュージョン感染インフェクション


 風術師たる空麗ですら遥か凌駕した。


「《シルファランス》」


 完全に空麗の術によって水玉が消えてしまう前に、一瞬で細かくしてしまう。

 そして……


「風の精霊、貸してもらうよ?」

「し、信じられませんわ。陸華さんからも海姫さんからも私からも……四大の精霊を取り上げる……」


 パキパキという音。たった今ルーリィによって切り裂かれた巨大水球の欠片が、凝固していく。


「それに……」

氷塊の投石クリスタルバレット


 ルーリィが「借りる」といって使用する風系統の術で、急速冷凍したのだ。


「水と風……二属性同時使役だなんてっ!」


 氷の弾丸が、ルーリィと《オペラ》との間に浮遊した。


「こんなことできるの……この国の精霊神との契約者コントラクター出日聖五いづるひせいご様しかいませんわ!?」

「どうでもいい。私は早く終わらせるだけ」


 言葉の通り。

 ルーリィにとって、相手が《オペラ》だろうがただの雑魚でしかない。

 もしこの場に一徹が居たら、「空気読んでぇ?」と言うだろう。

 ……今、ルーリィを制御できる者はない。

 一徹と離れていることもあるから、情緒が少し不安定にもなっているルーリィは、少しくらい痛めつけてもいいだろうくらいにしか思っていなかった。


「終わ……」

「……ルーリィ様・・・・・、この世界では二度と、旦那様の隣にはいられなくなります」

「ッツゥ!」

「宜しいのですか?」


 ……誰もがこの勝負に最悪な結末をイメージした。

 予想できる結末に至らなかったのは、審判を務めるシャリエールが割り込んだから。


「どうです? 舐めプは楽しかったですか?」


 後ろからルーリィの肩に手を置き、声を掛けた。


「四大属性を扱うに重要なのは、属性ごとの精霊を支配下に置くこと。相手との支配領域の綱引き。ですが小娘供と張り合うなど大人げない」

「大人げない……か。返す言葉もない」

「この世界では、一属性使役するだけで高位の術者と目される。でも私たちの世界の人間族にとって、稚技にも等しいでしょう?」


 シャリエールの呼びかけ、耳元でささやかれたルーリィにしか聞こえない。


「私がかつて所属した王国騎士団では、四大いや、五大術技を扱うは基礎中の基礎。最低限だ。そもそも騎士団の下位組織。市町村ごとの警備兵団の正規兵すら、《オペラ》以上の技を使う」

「イジメは……いけません」

「貴女に諭されるとは」


 《オペラ》にとって、自分たちに飛来するはずだった氷の弾丸が、力失ったように地面に散らばった。

 全員がへなへなと腰を抜かした。

 「助かった」のだと、気が抜けてしまっていた。


「ハイハ~イ。三組皆さん注目ですっ」


 そんな《オペラ》三人をしり目に、教官シャリエールは語尾にハートマークつけて呼びかけた。


「私少し場を外します。桐京校との事は、刀坂訓練生に任せちゃいますね♪ トリスクト訓練生いらっしゃい。久しぶりにお説教です」

「了解した」


 戦いぶりを見せつけられ、誰もが思う。

 シャリエールがルーリィを連れて行こうとする。決して説教の為じゃない。

 これ以上戦いを続けたら、下手しなくても《オペラ》を殺しかねないと判断した。

 

「ARバトルシミュレーター用の戦術データを収集したところでどうにもならない。精霊使役権の強奪エレメンタルハックって!?」


 打ちのめされたのは戦っていた三人だけじゃない。

 まゆらすら、展開に驚愕し、地面に両膝付き呆然とした。 

 

「そんなの……四季と同格、出日聖五いづるひせいごにしかできないはずなのに……」


 目を見開き、わなわなと震えている。


「綾人様……彼女は一体なんなのですかっ!?」

「俺も、最近突っ込むことに疲れてきてな」

「では山本一徹は!? 本当に彼がルーリィ・セラス・トリスクトの隊長を務めているのですか!? あり得るのですか!?」

「ソレも今更追及しようとは思わん」


 そんなまゆらが、蓮静院に問いかけないわけがない。


「この分だと彼女は炎まで使役できるはず。宜しいのですか!? 恐らく綾人様すら凌駕する! この国は最強の炎使い! 《浄化の炎の蓮静院》宗家をも……」

「不本意極まりないがな、俺はあの阿呆との関係を壊したくない」

「綾人様!」


 また、まゆらの身体に寒気が走った。

 山本一徹の得も言われぬ存在感に、空恐ろしく気持ちの悪ささえ覚えてしまった

 今の光景が意味していることに蓮静院は打ちのめされているに違いない……のに。

 まゆらの知っているこれまでの憧れの異性なら、プライドの高さ故、悔しさから絶対に認めようとしないはず。

 だというのに、ここまで言わせてしまう。

 それは……一種の洗脳ではないか……と。

 一見、山本一徹の人間性を認めてる様でいて、実はどこかで……屈服させられてるようにしか……

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