テストテストテスト。久しぶりに22

「バカな。誰だアレは。阿呆……ではないのか?」


(マズい)


 女皇陛下がここにいる。ならば関東筆頭名家、次期跡取りの《王子》でさえ平伏させた。

 

「と、《縁の下の力持ち斗真》さん。いま、何を感じていますか?」

「縁がまるで見えん《委員長富緒》。あの包帯は、確かに今朝、合宿所たる奴の下宿で巻いたものに間違いはない。なら間違いなくアレは奴のはずなのに……」

「まるで同じ器の中に、別の中身が入ってるかのように……ですね? 私もです。急に、山本さんを感じなくなりました」


 事件が収束してからという者、大講堂に集結した際には三組みんなが固まっていたから、平伏した彼らの傍で、降頭せず立っていたルーリィは声を拾ってしまう。


「な、なんだろう。陛下の御前ゆえの言葉遣いなのかもしれないけど、それにしたって……」

「ん、アイツから溢れる覇気が強すぎるね。気持ちが悪い」


 一徹と言えば三組にとってのお笑い担当キャラだ。

 決して見くびっているつもりもないが、いじられキャラとして見ていた彼らにとって、圧倒的存在感を押し付ける男に、違和感しか感じないのは必定。


「や、ヤマト。この感覚って、まるで逆地堂看護学校文化祭最終日の……」

「あぁ。慌てて駆け付けた俺たちが目にした、激烈なまでの雰囲気をあふれさせた時に似てる。有無を言わせぬ圧力。多くに指示を飛ばす豪気さ。いつもの山本と、似ても似つかない」

 

 《主人公》と《ヒロイン》の発言は、クラスメイト達の中でも、特に一徹との付き合いが深いことを示していた。

 いつ一徹の真相に届いてしまうかと恐れるルーリィ、苦い顔をして呻いてしまった。


『アレ……どっちだと思いやす?』

『私語は慎みなさい。陛下の御前です』

『とはいうものの、あんな兄貴は初めてだべ?』

『誠実で臆病な兄貴。卑怯で勇猛な山本一徹。あの人の二つの顔やんに』

『陛下を御前にしてなお堂々たる受け答え。まるで二つが合わさったかの様や。少しやり過ぎやで兄貴。何も、アンタが全部背負うこっちゃあらへんやろ』


 とんとんと、ルーリィの腕を肘で小突いたのはシャリエールだった。


「シャリエール?」

「やはり、《山本組》の数名は既に気づいてしまっているみたいですね」

「救いは、本当の一徹を目にしてなお、彼らが一徹との繋がりを諦めてないことかな」


 その問いに用いられる声色は固い。が、ルーリィの回答に、少しだけ安堵したように吐息した。


「で……どう思います? 今の一徹様とも本来の旦那様とも違うように思えます」

「君の予想の通りだろう。《ゲームマスター》。その役割が、人格変容……とまでは行かないが、第三のキャラクターとして一徹を動かす一助となってる」

「ですね。ご自身を弱いと思い込む一徹様では、陛下を前に畏縮する。では旦那様はどうかと言うと、そもそもご存じない四季陛下を前に膝することはない」

「魅卯少女をかばうこともない。第三魔装士官学院三縞に呼びかけることもしなかった。恐らく《ゲームマスター》と言うキャラは一徹の中で……」

「この世界における、心の強いご自身……ですか?」


(やれやれ、シャリエールには参らされる)


 今度はルーリィがため息をついた。

 ほんの少しでもサダメに狂いあったら、一徹の隣に立つのはシャリエールで良いとすら思えるから。


「ですがマズい。《ゲームマスター》はあくまで演じられているに過ぎない。しかし演じた部分を、陛下が一徹様の本性だと思われたら……」

「頼られてしまう……」

「魔装士官学院をおやめになった方が、一徹様の為なのでは?」


(一徹の事を、本当によく見てくれている)


「頼られ続けたなら、一徹様は強い心を持つ《ゲームマスター》の仮面をかぶり続けることになる。今の正直で素直な一徹様を捨てざるを得ない。この意味、解りますね?」

「『心が強い男だ』……と、今の一徹を知らない者たちが、今後彼に初めて会った時そんな印象を持つ。猶更一徹は《ゲームマスター》の仮面を手放すことが出来なくなる。元の一徹に対し、かつて私達がそうであったように」

「今の一徹様の、大人に至る過程がその様になったとして、それを成長だと思えますか?」


(私が一徹の婚約者に成れたのは、本当に運が良かっただけなんだろうな)


 ルーリィだって人間。感情がある。

 婚約者が別の女をキープする。それが元の一徹決定で、個人的には許しがたかった。

 とはいえ、自分ですらあわや取りこぼしそうになった一徹の違和感を、シャリエールなら見逃さない。

 複雑だが、その点に関して強い信頼がある。

 結婚を誓った彼がシャリエールを傍に置いとくことを、渋々ルーリィが認めた理由だった。


『賞賛に値するのは、何も第三魔装士官学院三縞校だけではないな』


 ルーリィらの心配をよそに、四季と一徹のセカイは進んでいく。

 

『お前たちにも礼を言いたい。よくぞゆかりの無い地に置いてなお、投げず諦めず、余の民を守ってくれた』

『『『は……ハハァっ!?』』』


 女皇四季が呼びかけたのは、同じくこの戦場に置いて魂を燃やした、黒装束集団おおよそ200。


『お前たちが何者かは聞くまいよ。本来であれば英雄一人一人の顔を確かめ、名を覚え頭を下げるのが筋だろう。それがこの場では出来ん。すまない。許して欲しい』

『へ、陛下! いけませぬ! 貴女様が頭を下げるなどあっては……!』

「いや。お前たち各地の退魔衆に、それぞれ衆としての領土があるのは知ってる。今回、志津岡怨州駿雅退魔衆の領土で動いたお前たちは内政干渉したに等しい。それが知れたらのちに問題となる。正体を明かせない理由だ」


 《山本組》保護者会。

 自分らの息子が第二の故郷と定めた街だから防衛に協力した。


「余に有無を言わせないだけの経験と実力があれば、お前たち英雄に正体を隠させるなど、礼を失することはなかった」


 まさかそこに女皇、つまり退魔衆においては全国一の頭領がいたこと。頭を下げたこと。

 顔を隠した大人たちは、狼狽えを禁じ得ない。


「だがそれで、お前たちへ向けられる賛辞が汚されてはならない。余はそんなくだらぬことに配慮し、尽くすべき礼の手立ても思いつかぬ愚皇にはなりたくない」


 更に大人たちは、ともすればはしたないと言って過言じゃない服装をした、皇を名乗ったヤンキー然のギャルに見覚えがありすぎるのだ。


「《ゲームマスター》」

「はっ」

「余の傍付きからアカウントを送らせる。紫印とでも思うがよい」

「シイン?」

「それから発信される余への連絡すべて、今後検閲なしに・・・・・余に届く」

「それは……かしこまりて」


 200人すべてが知っている。

 と言うよりほんの昨晩の話だった。

 酒に飲まれ、バカ騒ぎになってしまった保護者会交流会。

 混じったのは、世間の荒波もまだ知らぬであろう貞操観念の低そうな日本四季ヤンキーギャル。頭の悪そうな山本一徹落ちこぼれ。 

  

 それがいま……

 

「顔無き英雄たちの素性の調査と、余への褒賞授与の推薦を許す。余に、ゆめゆめ恥をかかせるなよ?」

「お引き受けいたします」


 誇り高き日輪現状四季女皇陛下と《ゲームマスター忠臣》の相を呈していた。


「気兼ねせずに酒を飲み、馬鹿をやり、大いに笑った。昨日は楽しかったな。オイ?」

『も……勿体なき……お言葉っ!?』


 平伏する200名。その先頭で頭を垂れるどこぞの保護者は、もはや一言絞り出すしかできなかった。

 

(本当に……マズいな)


「ルーリィ様、これは明らかに行き過ぎです」

「わかってるよエメロード」

「山本一徹に、この世界、一国の長と繋がりが出来た。この国において彼の存在は大きくなってしまう。いつ……契約違反になってもおかしくありません・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 常日頃から落ちこぼれと蔑まれる少年は今、英雄となった。

 なら、彼を取り囲む彼女たちは喜ぶべきところではないか。

 

「何か……おかしくねぇかナルナイ? 気持悪いって言うか」

「アルシオーネの言う通り。ここまで来て、まだストップが入らないんですかフランベルジュ特別指導官? 兄さまはもう、この世界に深く関わるべき存在では……」

「確かに。私達がこの世界に来る前に交わした契約に、いくら何でもすでに触れてるはず。なのに……」


 明らかな警戒。余念のない眼差しで、土下座する一徹の背中を注目していた。


「……リィン様?」

 

 その中で唯一他と違う表情を浮かべるリィンの肩に、シャリエールが手を置いた。


「り……ない……あ……姉ち……なわけ……ない」

「リィン様、如何されたのですか?」

「んだはず……死……はず。死んだ……死んだはず……」

「リィン様ッ!?」

「あ……え? ご、ゴメンなさい。何でもないんですシャリエールさん」


 キュッと、置かれた肩に力が加わり、我に返ったリィンは、慌てて笑った。


「大丈夫かいリィン? 今の一徹を前に、君もショックが大きいんだね」

「あ、ルーリィ姉……さま……」


 笑って、笑っては……いるが……


「本当に……何でもありません」


 次第に表情は曇る。


「り、リィン?」


 やがて、隠すように呼びかけてくるルーリィとシャリエールから顔を背けてしまった。


「それで、《ゲームマスター》からは何かないのか?」

「と……申しますと?」

「お前が、余に何度も言わせるな。存分に戦働きをした英雄への礼を、ただ言にて示すだけの矮小な皇ではいたくない。お前とて……例外ではない」

「それは……」

「何か望むものは無いか? そう、例えば……この学院に残りたい……など」

「ッツ!?」

「大前提として、此度、強者たちの働きをショーとして扱ったことについては不問とする。余のお前・・・・だ。これくらいはさせろ」


 リィンの様子にはじめ眉を潜めたシャリエールは、しかして女皇四季の言葉に目を奪われた。


「まずは面を上げ、お前を良く見せてくれないか・・・・・・・・・・・・・? と、ミイラ男仕様だったな。みなもかまわない。面を上げよ」

「一体、どうしたというのです陛下?」

「何、ただの先行投資だ」

「仰ってる意味が……」

「お前に恩を売っておきたいだけなのかもしれない」


 スイっと、瞳を細めた。



「何か望むものは無いか? そう、例えば……この学院に残りたい……など」

「ッツ!?」

「大前提として、此度、強者たちの働きをショーとして扱ったことについては不問とする。余のお前だ。これくらいはさせろ」


(首を縦に振って! 山本君!)


 最高の結果ではないか。

 事件は無事解決。扇動した一徹は叱責されて学院から追放されることもなくなる。

 雨降って地固まるとは陳腐な物言いか。しかし学院は一枚岩になった。

 一徹が隣に立ってくれるということがどういうものか。今ならはっきりわかる魅卯だから、強く願った。


(うまくいく。これからは全てが、きっとうまくいくから!)


 根拠のない自信が魅卯の中に強く燃えていた。


「まずは面を上げ、お前を良く見せてくれないか? と、ミイラ男仕様だったな。みなもかまわない。面を上げよ」


(お願い。山本君っ!) 


 問われたのは一徹。

 もちろん魅卯が代わりに応えるわけには行かないから、強く願うしかない。

 二言三言を交わした《ゲームマスター》は、得た許しによってやっと地面から額を離した。

 同じく、顔をあげた魅卯はチラリと《ゲームマスター》に目を向ける。


「……本当に、よろしゅうございましょうか?」

「何でも言え」

「では……」


 顔が隠れているから瞳に浮かぶ光で判断するしかないが、何を思っているか見当も付かない

 

「他校が噂しております、彼ら・・三縞校が全学院一落ちこぼれであるとの不名誉な疑いをお祓しになり……」

「「ッツ!?」」

「今一度、陛下の剣となり盾としてご寵用いただけます事、お許しください」


(……どうして……貴方は……)


「どうして……君は……」


 「彼ら」と口にした。なら、願いはそも、自分の為のモノではなかった。


「恐れながら、此度の戦陣に置いて、彼ら若き防人さきもりどもが陛下の眼にどのように映られましたでしょう?」

「それは……」

「英雄とうたわれれし、三組九名だけではない。誰一人として、立ちふさがりし試練から逃げるものなどおりませぬ。これにおりますは奮い立ち、強く立ち向かう、いずれも引けを取らぬ精鋭ばかり」

「分かっているが……」

「陛下、恥を承知で申し上げる。彼らほどの英雄が、己の可能性を放棄してかけていたことはご存じか?」


 「彼ら」と口にした。ではすでに、《ゲームマスター》が三縞校の人間であり続ける事を諦めていることに他ならない。


「彼らは、進むはずだった故郷くにの進路から零れ落ちた。ゆえに心ない評価もぶつけられた。ならば己を信じず、腐さり、将来を自ら潰してもおかしくなかった」


(ねぇ、山本君。嬉しい……よ?)


 逆に言おう。

 保身のために取り繕う必要が無い。だから、何も気にせず誰かを評価することが出来た。

 その発言で誰かが褒められたとして、もはや学院をやめる一徹にとっては利益にも損にもならない。


「ゆかり無いこの三縞への入学は、落ち伸びたと言って過言でない。落人おちうど(負け犬)にも違いない……のに。では、此度の戦働きをどのようにお考えか?」


 故にその訴えは無私にして、純粋。

 誰の心にも通ってしまう。


「それでなお彼らは、己を見失いませんでした。その場がいかに自らの出自と遠く離れた地であろうと、守る為なら己が命さえ燃やせる剛の者」


(でも……)


 隣で必死に訴える《ゲームマスター》の言葉は確かに染み入った。

 現に魅卯の後方からは、何人ものすすり泣く声が聞こえてきた。


「かねてより陛下御寵愛の英雄三組九名だけではない。三年生から一年生に至るまで、わたくしは、彼らほどに心の強きものを知りませぬ」

 

 《ゲームマスター》の申し出が、後方で黙って聞いている者たちにとって嬉しくないわけがないことを魅卯は知っていた。

 いくら活躍しようが、「頑張りました。だから認めてください」とは、誰も口が裂けても言えない。プライドと言うのもある。

 こういうことは、誰かが、客観的な視点で見定めた評価を進言するに限るのだ。

 だが所詮、第三魔装士官学院三縞校は全校一の落ちこぼれ。その様に、訓練生の活躍を純粋に評価し、訴えるような者はこれまで誰一人として現れなかった。


彼ら・・三縞校生こそ、貴女様の振るわれる剣となるにふさわしい」

「言い切ったな」

「何故なら……貴女様は、彼ら英雄がお仕えするに足る名君ゆえに」

「っくぅ……っ」


 それを、恐れ多くも女皇陛下に対し、三縞校生の真なる価値を認めて売り込む者が現れたのだ。

 恥知らずと言ってはばからないことをしている。それでなお、押し通そうとしていた。


「面白い物言いだ。余に選べと言うに。それは余が三縞の兵に選ばれた特権であるとも聞こえるぞ?」

「ご不快か?」

「いや、だがなぜその様な物言いに至ったのか興味があってな」


 居ても立っても居られない。

 魅卯はすぐにでも一徹の顔に撒かれた包帯をむしり取ってしまいたかった。とんでもない申し出をしている彼の思惑を、少しでも表情から掴みたかった。 


「陛下はただ、民を愛するだけに留まらない。決してすめらぎと兵が遠い存在であってはならない。守るための剣と盾。すなわち、我々にも想いを馳せてくださった」

「何を……言ってる?」

「プロではない。学生レベルが制作した映画作品を、面白いと笑ってくだされた」

「くっ!?」

「出店の唐揚げには『衣が多い』と。焼きそばには『ソースが濃い。キャベツばかりで肉が足りない』と忌憚ない意見もくださいました。『カラシマヨネーズはないのか』……と、眉をひそめておられましたな」

「……やめろ……」

「彼ら三組の模擬物産展にご助力くださった折、英雄たちと共に、民たちに向けた笑顔は輝いておられた。まさか女皇陛下がかように笑われるのかと」

「……やめよ……」


 バカ……と言うのはきっと、一徹の地。

 だが、大切なものは決して忘れる男ではない。


「そして……」


 一徹がそのように評価したなら、確かに女皇陛下は楽しんだのだろうと魅卯も理解する。


「件の事件に置いて、決して戦いは、皇にとって遠い世界の事であると……陛下は終わらせなかった」

「ッツ!?」

「民を想い、兵の苦戦をおもんばかり、ゆえに貴女様はおん自ら戦場に出られた。その脇腹の傷が、何よりの証拠なれば」


(あっ……)


 女皇の存在自体がこの場に置いてセンセーショナル。

 ゆえに負傷した脇腹について、何時しか意識の外になっていた魅卯は息を飲んだ。


『陛下が……負傷?』

『女皇陛下が、命を張ってくださったというの?』

『ちょっと待って。それって……私たちが不甲斐なかったから……』

『神聖なお体を傷モノにしちまった。俺たちは、一体何と恐れ多いことを……』

「うぬぼれるな貴様らっ!? 傷は、助力を申し出られて戦力欲しさに受けちまった俺が、浅はかだったからだ!」


(まただ……)


 負傷の事実に訓練生たちが狼狽えるのは仕方ない。

 ……たった一言で、《ゲームマスター》は黙らせた。


(貴方はそうやって、全ての罪を一身に引き受けようとして……)


「終生忘れることありますまい。天にも頂く女皇陛下ともあろうお方から、『民を守る同志として出来ることは無いか』とお言葉こころを頂戴したこと」

「やめて……」

「一体この世界の幾国に、『民の為に命を懸ける』との言を動に証明できる方がおりましょう」

「もう……いいよ……一徹君」

「民を慈しみ、兵も愛す。あまねく万民を憂う貴女様を置いて、この桐桜花の真の国皇陛下はおりますまい」

「ッツゥ!?」

「そのようなお方こそ、真の英雄、誇り高き彼の者三縞校生を率いるにふさわしい」


 言いたいことはたくさんあるはず……なのに、天にも届くかという女皇陛下に訴える一徹が遠い存在にもなったような気がした。


「ゆえに、今一度お願い申し上げます。彼ら英雄三縞校生を、陛下寵愛の武具として、お認め戴きたく」


 魅卯は何もできない。歯を食いしばり、膝に置いた拳を握りしめるしかできなかった。



(ねぇ君さ、やっぱりずるいよ)


 一徹の訴えに魂を揺さぶられたのは、決して三校生だけではない。


(駄目だってそれは……)


 決して名君になるつもりはない。

 持ち上げられ、称えられてしまったら、きっと民から心の距離が遠くなる。

 ただ、大好きだった祖父が愛したこの国の格を、自分の代で貶めたくもない。

 四季が望むこと。

 最低限、どの国を前にしても誇りを失わず恥ずかしくない皇にはなればそれでいい。


(私が欲しい言葉を、欲しいタイミングでぶつけてくるなんて)


 最低限望むことすら、満足にいきそうにないのが彼女の現状だった。

 四季が簒奪王と呼ばれている事実と理由を一徹はまだ知らない……のに、向けてくる進言すべてがクリティカル。

 四季の背景を知らないゆえの言葉だから、決して気休め、気遣いの類でもない。

 だから素直に響いてしまう。。


 特に「真の国皇」と言う単語は、容易に彼女の心を貫いた。


「三縞校と言う力を手になさいませ陛下」

「うっくぅ!?」


 静かに、しかし力ある声での訴え。

 シキは……あわや受け止めきれなさそうになった。


(……あ……)


「さすればこれら若き防人みな、誇り高き皇剣、皇じゅんとして、陛下の号令を一度頂けますれば血沸き、肉踊らせましょう」


 もはや四季が全身で感じるのは一徹の声だけではなくなってしまったから。

 背筋をピンとただして膝まずき、双眸になんとも言えない光を称えてシキを見据える彼の……後ろだった。


(こ、これは……)


 三縞校生ほぼすべて。三年生から一年生まで、その数は数百を上る。 

 望みの全てを、一徹からの願い出に委ねていた。


 「俺を、私をもう一度だけ評価してほしい。もう二度と失望させやしないから」と、眼差しが物語っていた。


(なんで……)


 疑うべくもない。今回の事件を通し、三縞校生すべてが己の存在意義と実力。潜在能力を示して見せた。

 間違いなく、女皇から見ても控えめに言ってこの学院、一人として漏れることなく英雄に違いない。


(どうしてなんだよ……君は……)


 そんな猛者共が、四季を皇として認め喜んで忠誠を誓い、力を貸してくれるという。

 

(確かにその力、振るってみたいよ。でもさ、私をその気にまでさせておいて……) 


 ある種、プレッシャーとなった自身に向けられた感情。

 喉を鳴らすとともに、何とか耐えきって見せたシキは、見上げる《ゲームマスター》を見つめ返した。


「スマナイ。なんでも申せと言った余だが……その願いは聞き入れられない」

「なっ!」


 《ゲームマスター》として、冷静に女皇と向き合っていたさしもの一徹。


「何故でございましょうか! 彼の者らの働きぶり、ご覧になられましたでありましょうや!」


 ここにきて初めて狼狽した。

 願いが拒絶されたこと。それはあたかも波のように座礼に及ぶ全三縞校に広がっていく。

 

 「ダメだったか」と涙するもの。落胆するもの。

 拒絶した四季でさえ、民を守ってくれた彼らを悲しませるのは本当は気が引けた。


「陛下ッ!?」

「何か勘違いしているようだ。余が申し出を聞けぬのは《ゲームマスター》、お前からの願いゆえだ」

「なっ!」


 言葉を失い、目を見開く彼の表情。


「私が因……」


 包帯に撒かれても手に取るように分かった。


また・・……俺のせいで・・・・・……」


(違う。そうじゃない!)


 ショックを受けている。ふと垣間見せたいつもの一徹。弱々し気な声色に、シキは心を鷲掴みにでもされたようだった。


「第三魔装士官学院三縞校、全訓練生」


 それでも、女皇としてなら毅然とした態度で臨まなければならない。


「余は、諸官らに謝らなくてはならない。そんなつもりはなかったが、《ゲームマスター》から進言が出る程に、余の手は、みなから離れていたのだとこれまで諸官に思わせてしまった」


 ずっと言を重ねていた《ゲームマスター》から、四季は意識を他の三縞校生に向けた。


「もはや疑う余地はない。想いを滾らせ、民の為に成すべきことを果たしたお前たちの実力、余もしかとこの目で見せてもらった。悲しいかな。《ゲームマスター》の進言で、余が認めるわけには行かない。それはみなを再び傷つける」

「……んでだよ……シキィ……」


 意識を三縞校生に向けたのはワザと。それはつまり、意識的に《ゲームマスター》の本来の姿、一徹を意識していたに他ならない。

 ふと、本来の彼の言葉が耳に入り、四季は喉を鳴らす。


「な、ならば……月城訓練生!」

「……ふぇ?」

「貴官から申し上げられよ! これは千載一遇の好機。いまを置いて他に……」


 願いを拒絶されたこと。自分が理由であること。

 それが彼に、魅卯に代弁してもらうことを願わせた。

 いきなり指名を受けた魅卯は目を丸くし、如何したものかと顔をゆがませる。


(気付いてよ。君はまだ、私が言いたいことが分からないのか?)


《ゲームマスター》とは、心の強い一徹の仮面。

 それがボロボロと剥がれ始め、所々から覗ける本来の弱い一徹が見えてしまうのは、シキにとって心苦してならない。


「いいかげん……まだわからないのかお前は?」

「らしいと言えばらしいがな。この阿呆が」


 確かに誰もがどうして良いか分からなくなった時だった。

 

「恐れながら陛下、発言をお許しください」

「この愚物には説教が必要なようです」


 困惑が広がるなか、鎮めたのは声二筋。


「なっ!」


 声の主を認めた《ゲームマスター》は……固まってしまう。

 

(なるほど、君たちがでてくるか)


だが……


(君たちでいい。いや、君たちだから良い)


 真剣な表情で見据えてくる二人の少年の目をまっすぐ見つめ返したシキは……


「任せる。刀坂ヤマト。蓮静院綾人。余を前に遠慮しなくていい」

「「ありがたく」」


 二人の傍の他数名の決意めいた表情を前に、ニィと口角を釣り上げる。


「お前たちもお前たちの望むようにやって見せろ。三年三組」

「「「「「「かしこまりまして」」」」」」


 令を下した先、ルーリィ以外すべての三組の面々は、深々と頭を下げ……立ち上がり、一徹の元へと集っていった。

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