テストテストテスト。久しぶりに21

(なんだこれは! 一体何が起きているっ!?)


 大講堂で避難員に混じりながら、スクリーン越しに状況を見守ってきたシキ。

 考えはまとまらず、頭の中でぐるぐるしている。目を見開き、呆然と立ち尽くすしかなかった。


 先ほどまで、三縞校生一人一人の心は折れそうだったはず。否、すでに折れていたと言って良い。

 月城派と山本派に分かれ、連携の取れない戦力では、この状況を前に絶望的なはずだった。

 土着の退魔衆。怨州駿雅退魔衆も動く気配はない。

 闘魔会を見に訪れた他学院の訓練生も手を貸そうとはしなかった。

 なればもはや三縞校の敗北、壊滅は目に見えていた。

 

 それが……


(英雄三組の活躍を引き金とし、三縞校生のフラストレーションを一気に弾けさせた!?)


 思えば、一徹が炊きつけた若き英雄たちは三縞校の戦意を爆発させるための導火線だった。

 一徹に頼られ、刀坂ヤマトの胸に点いた炎は、次々と他の三組生に広がった。

 発奮した様が、避難員達の心にもその炎を灯らせた。

 そして……


「か、《鑑定眼》を行使っ!?」


 訓練生は決して学外に出たもの達だけではない。

 避難員と、学院を守ろうと待機した者たちもいる。


「ウソ……だろ?」


 応援に熱狂する避難員達と打って変わって、手を後ろに組み、黙って胸を張って立つ姿が印象的だった。

 一人一人が、歯を食いしばらせていた。


「紫……?」


 シキが行使した術は、止水と同じく、人から発せられる感情を色で可視化するもの。


(激情に駆られし赤。冷静に徹する青)


 暴走しかねない程に闘争心を昂らせ、理性をもって己を律する。

 戦うにあたっては理想的な心の色。

 誰一人として、この危機的状況での心の弱さが見られない。


(寧ろ、自分が戦場に出られないこと。力が足りずに選ばれなかったことを悔やんでいる……だと?)


ー勅命の件、しばしお待ちいただきたく。彼が……動きますー


「っくぅっ!?」


(こ……これか……)


 《ゲームマスター》が出てくるまでは、みんな見えない未来に不安していたはず。


ー御身は、徹と私がお守りいたしますゆえー


(これが……)


ーやっと陛下に徹の事を見せて差し上げられますー


(ネネが私に見せたかった……)


ー闘魔会で見せたあんな徹じゃない。私が、本当に陛下のお目に入れたかった徹は別にいますー


(本当の一徹君の姿か!)


 それを、己を無力無能と自嘲し諦め続けてきた少年が、たった一人でこうも変えてしまった……と言う事。  


「……《山本組》保護者会全退魔衆へのマーキングを確認。勢力図への配置情報をアップロード」

「お……い? いま……なんと言った?」


 それだけじゃない。

 土着した場所に縄張り意識のある退魔師。それゆえ、他のシマに関わることも配慮するものだ。

 そのような者達が、しがらみをぶっちぎって、他のシマで動き始めたという情報。


「《山本組》保護者会に依頼した? いや、そんな素振りはなかったはず……」


 息を荒くさせ、ツツーッと鼻血を流しながら、青ざめた顔のネネの呟きに、信じられないとばかりにシキは息を飲む。


「まさか、自ら動き始めるほどに、彼らは一徹君に心を掴まれたとでもいうのか?」


ー徹は……確かなる英雄ですよ陛下? 貴方様の寵愛にたるー


「第一学院桐京校。最強。《山本小隊》の戦場現着。《アンインバイテッド》との交戦開始を確認」

「なっ!?」


 更に、驚きは増すばかりだ。

 ネネが上げた、シキすらが最強と認める少年の名前。なら、傍に同じく無敵の少女がいるに違いない。

 持てる力は強大すぎる二人。

 ゆえにそれは女皇陛下としての肩書を持ったとしてもコントロールするのは困難な相手。

 我が道を行く二人。まさか、この場で助力を買って出るなど、これまでの二人を知っているシキには信じられなかった。


(若き英雄たちの心に火をつけ……退魔衆に自らの制約を引きちぎらせ……最強二人の食指を動かせた……だと?)


 ドッドッ……と、心臓が外に出たいと言ってるかのように体の内側を叩く。

 鼓動は強くなっていく一方で、落ち付かなくてならない。

 体も熱くなって もうジッとなんてしてられなかった。


『組長さんっ!?』


 ……終わらない。

 一徹は知らずのうちに、シキの驚愕が終ることを許さなかった。


(あの娘は? この三日間で、一度も顔を見なかったけど)


 大講堂の壇上直下に立った一人の少女。《ゲームマスター》にむけ、声を張り上げ、両手を伸ばしてるではないか。

 《ゲームマスター》が伸ばされた腕に躊躇することはない。自ら迎えに行き、少女の腕を取ると思い切り引っ張る。

 

「陛下、状況がまた・・・・・……動きます・・・・

「あ……え……?」


 壇上に引っ張り上げられた少女は、勢い余って一徹に抱き着くと、すぐに離れ、避難員に向かって神妙な顔で振り返る。

 その手には、マイクが握られていた。


〘私は逆地堂看護学校、看護学士長です!〙


 明らかな私服姿。


〘三縞校内で臨時の野戦治療所を開設します! 三縞校さんに遊びに来ている看護学生は、本アナウンスの後、私の元に集まってください! 他、ご来場者でお医者様の方、名乗り出ていただきたく!〙


 ならば少女は学外から遊びに来たにすぎないはず。


〘また、逆地堂看護学院校舎内での緊急治療所開設の手配も進めています! 作戦展開中の訓練生さんはそちらもご利用ください!〙


 意志の強い瞳。覚悟が見て取れた。


〘なお、本作戦への参加は完全自由です! 繰り返します完全自由です!〙


 完全自由。

 ゲームマスターが「大規模訓練」と称しているのが避難員を気遣ったゆえのウソだと看護学士長もわかっていた。

 最悪、死人が運ばれてくるかもしれない。さらに言うと、野外治療所として看護学校や三縞校の敷地を開けることで、自らに《アンインバイテッド》の牙が及ぶかもしれない。

 死ぬリスクがあるということ。

 それを分かったうえで、《ゲームマスター》と同じ場所に立った看護学士長の佇まいに、シキは圧倒された。


(つ……ついて行けない。展開が早すぎる)


 200人にも及ぶベテラン退魔師。

 桐京校が誇る。最強戦力。

 そしてこたびは、命の危険があるとして、魔装士官の協力要請になかなか首を縦に振らない医療関係者が名乗りを上げた。


「私はいま、何を見せられているというんだ?」


 すべてがすべて、一徹一人で成し遂げてしまった事実。

 打ちのめされたかのように、シキはふらりと後ずさってしまった。


【【これより《山本組》は……/ これより我ら《インペリアルガード》は……】】


 そんな時だった。

 全学院で支給される同一モデルのインカム。この作戦に使用されるチャンネルに乗って、戦場から男子生徒二人の声が耳に入ったのは。


【【《インペリアルガード・・・・・・・・・と共闘するで・・・・・・! /《山本組・・・と共闘するでガンス・・・・・・・・・!】】


 そして、次に飛び込んできたセリフ。

 それが、絶対にあり得ないことだと分かっているシキは、耳にして一瞬、頭が真っ白になった。


「ちょっと……あり得ない……」


 衝撃的な発言過ぎたから。とうとうそれは、シキから立つだけの力すら足腰から奪ってしまう。


「ウ……ソ……」


 膝から床に崩れ落ち、へたり込んでしまったシキは、自分の感情を置き去りにして、次々と進んでしまう展開に、やがて考えることをやめてしまった。



 《ゲームマスター》が三組以外のリクエストを受付け、《パニィちゃん》がそのうえでの注意喚起をしてからというもの。

 インカムにひっきりなしに入ってくるのは、各ポイント地点で活動中の隊員が、自ら手を下した《アンインバイテッド》の討伐数情報。


【どうですかい!? 単騎で15体目、狩ってやりやしたぜ!?】

【17体目! 駆逐完了デフよ!?】

【15体目でどや顔してるべ? 秒で討伐数開けられてるべ?】

【う、うっせぇ! テメェでテメェが恥ずかしいのなんざわかってやすよ!?】

【22体……たった今23体に記録更新なんだな!?】

【やりますね。さすが、生徒会長親衛隊の名は伊達ではない。今、僕も追加で一体斬ってみせました!】


 その……中でも……


【19体目たいっ!?】

【うぉいっ! するってーとインペリアルガード討伐最小数のお前は、今や山本組のガキどもの何人かに超えられてるんだな!?】

【うっさいたい! 場所が悪いたい! もっと群れに突っ込めたら……たい!】

【いやいや、ヤバいバーッて。ワッター見てたばー。討伐数少ないったって……そのほとんどが第二形態やんに……バケモノマジムンかっ!】


 知らずのうちに互いの競争意識が働いてしまうのが彼らだった。


「ハッ! 知らんわけやあらへんかったが、やっぱ三年生の中でもアンタらはやりよりますのぅ」

「ガキが。生意気ナマ言いやがるでガンスが、大口叩くだけの事はあるみたいでガンスな?」


 生徒会長月城魅卯親衛隊ルナカステルムインペリアルガードと《山本組》。

 その筆頭親衛隊長アインスリッターと舎弟頭筆頭(こっちは勝手に自称)は、各地点で競い合うように《アンインバイテッド》を狩っていく仲間の報告に、互いに呼びかける。


 そう、呼びかけていた。

 二人が所属する小隊は、何の因果か同じ敵生体密集ポイントに駆け付けてしまったから。


『緊っ急ぅ退避ぃっ!』

『退けっ退けぇぇぇっ!?』


 そして二人は、一方向、とある同じものを見つめ、意識を絶対に外さないようにしながら、息を荒くさせる。

 

『ミツネっ! 魅卯に報告をっ! そして付近展開小隊に応援を要請して頂戴!』

『わかってます! 神楽小隊から《パニィちゃん》へ! ……って水瀬何やってる! 一時離脱する! 聞こえないのかっ!?』


 決して、一瞬とて目を離すわけには行かなかった理由。

 いま《インペリアルガード》と《山本組》幹部に働きかけた彼ら二人の所属先小隊の隊員らが、この場から一目さんに後退しようとするところに現れていた。


『良いのでガンスか? 逃げたっていいでガンスよ?』

『まぁ、ワシの兄貴は常日ごろから『無理はするな』言うてくれますかいのぅ」

『なら、殿しんがり(戦場にて最後まで残り、友軍の撤退をサポートする者)は承ったでガンス』

『冗談キツイでホンマ。ここでワシだけ退いて兄貴の看板に泥を塗るわけには行かへん。それに、『インペリアルガード』だけにいい格好させらせますかいな』


 GAJAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!


『大っ三っ形態だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 断末魔にも聞こえる、誰かの叫び。


『《パニィちゃん》! 神楽小隊の神楽ミツネです! 現状にランク巨獣べへモスが出現っ! えぇっ第三形態です!』


 周りが撤退してなお、その場に残った二人の前身は一気に泡立った。


『アレが資料でしか見ぃひんかった第三形態ランクべへモスか。初めて見たがごっついのぅ』

『バカでガンしょうお前。だが……嫌いじゃないバカでガンス』

『じゃあ、お話はここまでにっちゅうことで……』


 それでいて、二人は、ゆっくりと一歩前へと踏み出した。


『じゃ、せいぜい先輩らしいところ見せてもろやないか?』

『いい機会でガンス。少し見てやる。二年生のガキが、入学してこれまで、どこまで成長したのか』


 相変わらず軽口が止まらない。否、軽口でも飛ばしていないと、すぐに《アンインバイテッド》第三形態ランクべへモスの気当たりに呑まれてしまうのだろう。


『オイ水瀬! 撤退だ! 隊長命令が聞こえな……お兄ちゃんっ!?』


 さぁ、もはや意識は巨躯を誇る転召脅威以外に向けることはない。ミツネの必死な呼びかけも、耳には入らない。


「い・く・でぇっ!? 第三魔装士官学院! 《山本組》筆頭舎弟頭っ……!?」

奈羅県倭州大和國、退魔盟主! 神楽家は第一臣家! 《鎮守の水瀬》次期当主っ! 水瀬冬也! 防いでやるから! 破れるものなら破いて見せろ!


 暴挙に他ならない。

 資料でしか見ない程に珍しい第三形態ランクべへモス

 情報も少ない。第三形態と言うならそれ以前の形態よりも厄介で協力極まりないはずなのに。


「ガンッスゥゥゥァァァァァッ!!」

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ! 何塗りつぶしとんじゃ! 人の口上っおんどりゃぁっ!」


 わかっていながら、己を奮い立たせ、二人は吶喊していく。


――結論から言おう。

 

『グゥッ!? 怪我はないでガンスなっ!?』


 二人で巨躯の周りを移動し、かく乱しながら戦い始めて5分も経たない。


 大木ほどに太いのに、ムチのようにしなやかで俊敏な、横殴りでの《アンインバイテッド》の尻尾の一撃。

 結界守護陣を展開して体ごと止めたガンスは、何とか声を絞り出した。


『流石は《鎮守の水瀬》やないですか! だが、ワシの援護はそろそろよろしい!』

『アホ抜かすでガンス! さっきから第三形態ランクべへモスの攻撃を取りこぼしやがって! オイがカバー入らんかったらお前即死だガンス!』

『だ・か・ら! アンタの援護防御でその間、ワシが隙縫って第三形態ランクべへモスに食らわせとるんやないかい!』

『豆鉄砲だガンス!』

『なんやとコラッ!』


 やはり訓練生たった二人では第三形態ランクべへモスと力の差に大きな開きがある。

 二人が戦っている以上、始めは撤退しようとした彼らの小隊員達がその場から離れることはできないでいた。

 だが出来ることと言えば遠巻きに見ているだけ。

 

 致し方ない話。

 寧ろ突撃を見せたガンスたち二人の判断の方が異常。

 普通なら、訓練生レベルが第三形態ランクべへモスを相手取るなんてあってはならない。動けない方が普通なのだ。


『……さてぇ? 格好つけたわりに、絶賛大苦戦中な件について……なんだな?』

『まぁ、分かってやしたけどね。あの野郎如きに組の若頭なんざ、土台荷が重すぎる。やっぱ俺じゃねぇと』

『まぁだ言ってるべ?』

『だから御殿うどん務めんならワッター……なーんちゃっててかじゅら?』

『はぁ~? 実際に見てみるとえっらいデカいデフね』


 とはいえだ、善戦したには違いなかった。

 確かに効果的な一撃は未だ与えられていないかもしれない。が、未だ死なず、必死に食らいつき、時間を稼ぐことが出来た。


『で、どうするタイ? 第三形態ランクべへモスなんて、本職の超エリート部隊の部隊長クラスでやっと狩れたくらいの話しか聞いたことないタイよ?』

『どうするも何も、他の三市町に本職がかまけている今、動けるのは僕たちだけなんじゃないですか?』

『だなぁ。しかも、応援要請に応えてせっかく駆けつけてきたってのに、ここで動けないってのも、男が廃るモンヨ』


 駆逐に対して必死に抵抗を見せる第三形態ランクべへモスを中心に、一部の小隊員達が駆け付ける。

 いや、駆け付けてなお、及び腰で動けなくなった学生たちは多いが、落ち着いた口調で前に出る者もいた。


『先輩方、今回ばかりは魔装士官訓練生としての本分を優先し、一つ、休戦と行きませんか?』

『……今、言おうとしていたことを先に言われちまったモンヨ。後輩に諭されるとか、先輩として情けなくなるじゃねぇかモンッ!?』

『では……』


 数人の三年生と二年生の男子訓練生。

 その姿は、ある意味では他の訓練生にとって驚くべきもの。


『……《山本組》古参幹部衆っ!』

『『『『『っしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!』』』』』

『《インペリアルガード》全隊っ!』

『『『『おぅっ!』』』』


 《インペリアルガード》と《山本組》。


『目標は《アンインバイテッド》第三形態ランクべへモスだもんよっ!』

『交戦中の二人を援護します! 必ず駆逐しますよっ!?』


 いつからか、学内でいがみ合っていた二つの集団が今……


『『吶喊とっかんっ!』』

『『『『『『『『『うぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁっ!』』』』』』』』』


 同じ目標に向かって、一つになったのだから……


――そうして……


「……一足遅かったわねヤマト」

「あぁ灯里。流石にヤバいと急いでは来たんだが。ちょっとこの結果だけは予想外だ」


 第三形態ランクべへモスの出現情報。

 それは英雄三組を急行させるに十分だった。


「なんか僕たち、いま結構凄い場面を見てるよね?」

討伐しきりましたか・・・・・・・・・第三形態ランクべへモスを」


 通信用マイクに頼らずに意思疎通が出来ている理由。

 それは三組全員がこの場に集っていたからだ。


「《インペリアルガード》は別として、まさか《山本組》もその一端にからんでいるとは。いや、受け入れ給え僕」

「《インペリアルガード》だけに関して言えばおかしいことではないだろう。一人一人が1組に所属しておかしくない家格を持ち、俺たち三組に加入しても引けを取らん実力者揃いだ。貴様など、余裕で負けているんじゃないか? 壬生狼?」

「……君だって一年生の時、ガンス水瀬に負けただろう。蓮静院」

「フン。記憶にないな」


 英雄たちすら動員してしまう恐怖のはずだった。

 だが、彼らが驚愕に目を見開き、立ち尽くしてしまう。

 目の前の光景、微動だにしない第三形態ランクべへモスが地に伏している。

 その周囲で、《インペリアルガード》と《山本組》二年生がガッツポーズしながら空に向かって怒号を放っていた。


「ん、あの二年生数人、今年に入ってから一気に強くなった。私達も油断できない。下手したら一気に抜かされる……トーマ?」


 その三組の中で、一人だけ見ているものが違うのが、《縁の下の力持ち》だった。


「縁が見える」

「ん、何それ?」


 皆が信じられない光景に絶句している一方で、彼だけ優し気に笑い、目を細めていたのだ。


 ワァァァァァァァ!!


 言ってしまえば、彼ら英雄以外の生徒たちが大金星を成し遂げたといって言い。

 第三形態ランクべへモスを取り囲んでいた、これまで遠巻きに見ていた訓練生たちは、その立役者たちに万雷の歓声を上げている。


『おう! オドレら耳障りじゃ! 少し黙らんかコラッ!?』


 それを、掌掲げて一喝したのは、《山本組》自称若頭の二年生。


『それじゃあ……ええんでんな?』

『何、今更吹いてるでガンスか?』


 何かを伺いをたてられたことに、一笑したガンス。

 二人はおもむろにインカムのピンマイクを手に取り、口元に近づける。


『《ルナカステルム》及び《ゲームマスター》そして作戦展開中の全訓練生へ。こちら神楽小隊、水瀬冬也でガンス』

『兄……《ゲームマスター》、きこえまっか?』


 そして、その時はやって来た。


【【これより《山本組》は……/ これより我ら《インペリアルガード》は……】】


 忘れてはならない。

 この状況で作戦活動中のすべての者に、この通信は届いてしまうのだ。


【【《インペリアルガード》と共闘するで! /《山本組》|と共闘するでガンス!】】


 決定的な一言。

 「縁が見える」と《縁の下の力持ち》が笑みを見せたのはそういうことだったのだ。


『お、おい、聞いたかよ今の』

『《山本組》と《インペリアルガード》。犬猿の仲同士が手を組んだ……だと?』


 周囲が騒がしくなっていく。


『魅卯派と山本派の筆頭が手を組んだってなったら、私達がいつまでもいがみ合うわけにも行かないでしょうがっ!?』

『やっと三縞校が一つになるんだっ♪』

『ったくぅ遠回り過ぎるんだっちゅうの!』


 しかして何処か、明るい兆しも感じられた。


「縁は、格たるものになった。三縞校は、もっともっと強くなるぞ皆」

「フン。やっとまとまったか。あの阿呆が編入さえしなかったら、初めからまとまっていたんじゃないか?」

「ひ、皮肉が過ぎるぞ蓮静院」


 《縁の下の力持ち》の発言の意図がわかって、さっそく突っ込んだのが蓮杖院と壬生狼。


「確かに彼が編入しなければ学院の二分はなかったかもしれません。でも……」

「ん、ここまで戦力が充実することはなかったね」

「ライバル関係。《インペリアルガード》と《山本組》がいがみ合い、これまで競争し合ってきたから、個々に一気に成長して来たんだよね」


 絶望から始まった大事件だった。

 しかし、思わぬ団結と、後輩たちの予想以上の成長ぶり。


『っしゃあ! 俺たちも《インペリアルガード》と《山本組》に負けるわけには行かねぇぞ!』

『その他大勢に数えられるとか願い下げっ! 英雄三組にだって負けてなるものですかっ!?』

『引き続き、《アンインバイテッド》討伐を継続する!』

『小隊員全隊! 行けっ!?』


 盛り上がった空気に当てられ、勇気を得た者たちは再び任務に向けて動き出した。

 少しずつこの戦場にも勝機と希望が差し込んできていることが、誰の目にも見えてきた。


「……狙っていたと思うヤマト? あのバカが。この流れになると」

「狙っていたわけではないと思う。ただ、山本の存在が鍵になったことは事実だろう」


 再び各ポイントに散っていく他小隊の背中を眺めるヤマト。


「なぁ、灯里。山本の奴はいつも、俺の事を《主人公》だなんて御大層なあだ名で呼んでくるじゃないか」

「それがどうしたの?」


 灯里の問いに釈然としない表情を見せていた。


「なんと言えばいいかな、俺からしてみたら、今の山本の方がよほど・・・・・・・・・・主人公・・・していると思わないか・・・・・・・・・・?」

「……え?」


 その、後ろでだ。


「どう思いますかルーリィ・トリスクト様? 今の《ゲームマスター》は、旦那様の方だと思いますか?」

「いや、まだ今の一徹の方だろう。戦場に自らが赴いていない」


 この場に三組全小隊が現着している。ソレすなわち、帯同していたトリスクト小隊全員もいるということ。


「ただね、心酔させ、意のままに躍らせ操る。それは確かに元の一徹の用兵手法だった。怖いよ」

「……ですね。そうして旦那様に惚れた者たちは、喜んで旦那様の為に命を賭け、次々と死んでいった」

「リィン、エメロード、ナルナイ、アルシオーネ。トリスクト小隊全隊。命令だ」


 彼女たちにとっては、第三形態ランクべへモスですら小指で圧倒できるほどの雑魚だった。


「戦闘区域を自由に動くことを許可する。《アンインバイテッド》駆除についてはどうでもいい。いいか? 訓練生の誰一人として死なせるな」


 一徹を巡っていがみ合う彼女たち。だが、ルーリィの言葉に異論をはさむ者はいなかった。

 返事はない。無言のまま、方々に散っていく。


「良い指示です。ルーリィ・トリスクト様。旦那様はそうして先に逝った者たちに対し、その結果を『自分が不甲斐ないせいだ』と悔やんでおられました」

「一徹はそんな自分に怒り、呪い、二度と犠牲者を出さないためにと用兵をするにあたって一切の情を捨てた。非情かつどんどん冷酷になっていって……」

「「一層壊れてしまった・・・・・・・・・」」


 そこまで言って、ルーリィもシャリエールも黙り込んでしまう。

 いつの間にか、三組全小隊も消えてしまった。

 互いに声を掛けることもなく、二人も、その場から離れていった。

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